千年という長きに渡って栄華を誇ってきた国がある。
しかし、その輝きの陰に腐敗の足音が忍び寄る。
治極まれば乱に至る。
過去の至言が示すとおり、帝国建国時の平穏はとうに失われ、時代は乱へと向かっていく。
賊の横行、官吏の腐敗、そして佞臣による専横。
既に末期の病魔のごとく国中に蔓延る悪。
苦しみ、虐げられ、殺されるのはいつも罪なき民衆である。
力なき彼らは抗えず、嵐が過ぎ去るのを待つようにただ耐え忍ぶことしかできない。
しかし、絶望するにはまだ早い。
先の言葉には続きがある。曰く、乱極まれば治に至る。
乱極まったこの世界、少しずつ各地で立ち上がる者が出てきた。
それは帝国の内部であったり外部であったりと、立場は様々である。
だが彼らの思いは一つ。
”この国を変える”
人が次第に朽ちゆくように、国もいずれは滅び行く。
千年栄えた帝都すらも、今は腐敗し生き地獄。
人の形の魑魅魍魎が、我が物顔で跋扈する。
民の祈りを顕現し、天にかわって悪を討つ。
千年帝国という巨大な国家の終焉に瀕し、己が正義を胸に、我が道を闊歩する数多の英傑たち。
これはそんな彼らが織り成す物語である。
第一話 北の嵐
始皇帝によって建国され、千年もの間、繁栄を享受してきた帝国。
その帝国の中心にして最大の町、帝都。周囲は高い城壁で囲まれ、長大な運河と連結している。
その帝都のさらに中心部、まさしくこの国の中心とも言えるその場所には、都にあっても一際、壮大な建物が聳え立つ。
この建物こそが、帝国の象徴にして最高権力者、皇帝の座す宮殿である。
もっとも先代亡き後、跡を継いだ現皇帝はまだ年端もいかない少年のため、現在実際に政務を司っているのは彼の側近、大臣オネストである。
宮殿内、一際豪勢な装飾のなされた一室、そこには現在大臣の命令によって帝国の主だった将達が集められていた。その彼らを見渡せる位置、玉座に腰掛ける皇帝は困ったような様子で首をかしげる。幼くして帝位を次ぐことになったこの皇帝、年齢はまだ十にも満たない。そんな彼が仰々しい服装で飾られた玉座に腰掛ける姿は一見すると、その整った容姿も相まってまるで人形のようである。
「して、大臣。余は一体どうしたら良いというのだ」
皇帝は無垢な瞳で隣に控える大臣、オネストへと助けを求めるように問いかける。よく見ればその瞳にはうっすらと涙が浮かぶのが見える。
彼がこれほどに頭を悩ますつい先日、北方より舞い込んだ、ある一報に因があった。
”北の異民族蜂起”
この知らせは緊急と銘打たれて即座に帝都へと伝えられた。
これを受け皇帝、実際には大臣だが、はすぐさま関係する官吏たちを招集し、ここ玉座の間において今後の対応を講じる会議を開いた。とはいえほとんどの官吏たちは突然の事態に慌てるばかりでまともな意見が出てこない、その為皇帝は縋るように大臣へと尋ねたのである。
「ふむ、北の異民族はここ近年、その勢力を伸ばしていたと聞いております。そこに今回の蜂起となると、いやはや少々厄介ですなぁ」
玉座の隣に立つオネストは、皇帝の問いに頭を痛めるような素振りをしながら答える。だが、その仕草には何処か道化じみたものがあり、さほど深刻な様子には見えない。
帝国の中心、この帝都にあってもっとも力を持つ者は、と問われれば帝都に住む一部のものは皇帝陛下、残りのほとんどが大臣オネストの名を口にするだろう。それほどまでに彼は帝国における政治に絶大な権威を持っている。現皇帝が並み居る後継者たちを差し置いて、この若さで帝位につけたのもひとえに彼の策謀によるものであるという。そのような経緯もあり、現皇帝からの信頼は著しく、彼が決める決定の全てが皇帝に認められる。実質この帝国における最高権力者、それがオネストである
身の丈はおおよそ1m90cmほど。体格は巨漢、より端的にいえば肥満体型。しかし、そんな外見とは裏腹に前述したようにかなりの切れ者であり、あらゆる政務に通じているのだから人は見かけによらない。ただ、非常に我欲が強く、酒池肉林を体現するような為人のため、その政治も必然的に私利私欲を満たすものといわれ、方方から批判を受けることもあった。もっとも、彼はそういった自身に逆らう輩を許すほど寛大でもなければ、最高権力者の皇帝という最高の後ろ盾も持っている。故に大臣はそういった者共を片端から放逐、あるいは処刑をいとも容易く可能で、繰り返してきた。大臣が権力の座についてからで彼に始末された官吏、軍人の数を数えたら日が暮れるほどになるだろう。勿論、正しいのは大臣による専横を止めようとした彼らであろうが、正しいものが勝つとは限らない、それが現在の帝都の政治である。また彼は政敵を駆逐していくのと同時に、己の近辺を自分に協力的、少なくとも敵対しないもので固め、その地位を磐石にしてきた。ここに居並ぶ官吏たちもほとんどが多かれ少なかれ彼の息がかかったものだ。それほどまでにオネストがこの国で持つ権力は圧倒的である。
「それに今回の報告の末には、国境からの撤退許可を求める文がありますし、なかなか事態は深刻、と言わざるをえませんな。はぁ全く、悩ましくて食が細る一方ですよ」
懐から取り出した報告書を眺めながらオネストは愚痴のように零す。ちなみに“食が細る”と言いながら彼の報告書を持つ手と反対の手には大きなパンが握られており、読みながらむしゃむしゃと頬張っていることに突っ込むものはいない、彼はこれが素なのだ。
「うむむ、やはりそんなに深刻であるのか。これはすぐにでも鎮圧せねばならぬのだな!」
「ええ勿論です、陛下。それにこれはチャンスとも言えますぞ」
「チャンス?」
言葉の意を図りかね、言葉を繰り返す皇帝にオネストは至極丁寧な口調で、子供をあやすように説明する。
「はいそのとおり、チャンスにございます。確かに今回の蜂起は厄介ですが逆に考えてみれば、これまで散々国境地帯周辺を荒らしまわってきた奴らを一気に叩ける機会でもあります。現在奴らは戦局が優勢なこともあってこのまましばらく帝国領内に留まるでしょう。そこに強力な討伐部隊を送り込み奴らが外部へ逃げる前に一網打尽にしてしまえば今後の憂いを立つことができます」
「なるほど!流石だな大臣、この難局ですら好機と捉えるとは!お前にはいつも救われるぞ」
皇帝はオネストの説明に納得した様子で、笑みを向ける。
居並ぶ官吏たちもオネストの言葉におぉ、と感嘆を洩らすとそのまま口々に賛成を告げる。
「身に余る光栄です、陛下」
笑みを浮かべオネストは恭しく礼を執る。
その姿は美しい主従関係にも見えなくないが、この男をするものからは全く違うものに見えるだろう。
「しかし、大臣よ。確かに素晴らしい考えだとは思うのだが、本当に上手くゆくのか?最近は優秀な将軍たちが何人も反乱軍へ流れていったと聞く。今の帝都にそれだけのことを為せる将軍がいるのか?」
すこし落ち着き、それから不安になったのだろう、皇帝はおずおずといった様子で大臣に尋ねる。
現在、帝国における政治はほとんどオネストの独裁状態であり、その政治は欲にまみれ暴虐そのもの。民衆の暮らしは搾取に次ぐ搾取で苦しくなる一方。その為、各地に反対勢力というものが点在するのが現状である。皇帝の言う”反乱軍”とはその中でも最大規模の組織であり、帝国の南部に拠点を置き、勢力を拡大してきている。実際、帝国軍から離反した者の多くが反乱軍に合流しており、その勢いは捨て置けなくなってきている。
「はは、確かに嘆かわしくも最近はそういった輩が増えていますが、彼らは所詮いつか陛下に仇為す反乱分子共です。そういった連中のことなど捨て置けば良いのです。それに、私たちには帝国最強の将軍、エスデス将軍がいます。彼女に任せておけば北の異民族も南方の賊軍もものの数ではありません。陛下が心配する事などなぁにもありませんよ」
「そうか!おまえがそういうのであれば安心だな!ならばすぐにエスデス将軍に下命し、討伐軍の編成を急がせよ」
オネストは手元のパンを齧りながら皇帝の心配を一笑に付す。
そんな強気なオネストの発言に背中を押されるように安堵する皇帝は気を取り直して命令を下した。
ここでオネストの口から出た、エスデス将軍というのは帝国軍が誇る二人の最強将軍のひとりである。
年齢は20代前半。女性の身でありながらその若さで帝国軍将軍の地位まで登りつめた彼女の見た目は麗しき美女そのものである。しかしそんな見た目からは想像もつかないほど天性のサディストであり、その戦闘は苛烈にして残虐、彼女の軍が通った後には敵兵は一人として立っていないとまで言われる。そんな戦闘の指揮能力もさる事ながら、将軍個人の戦闘力も破格であり一人で数千の軍勢に匹敵しうるほどだ。北の少民族の出自でありながら将軍になれたことからもその能力の高さが窺える。
そんな彼女なら北の異民族の殲滅など容易である、確かにそうなのだが、オネストはひとつの不安要素を告げる。
「は、エスデス将軍には直ちに準備をさせましょう。しかし、いくら彼女とは言え軍の編成、兵站の確保、補給線の構築といった軍備全てとなりますと、すぐにとはいきません。何分、北は帝都から遠いですからな。その間、敵を放っておくわけにもいきませんし、かといって地方の守備隊はさほどあてになりませんし、なんとか時間を稼ぐ必要がありますな」
「それは・・・・・・どうしたら良いのだ?」
オネストの述べた懸念は尤もであり、皇帝も言葉を詰まらせる。
確かにエスデス将軍の準備が整うまで敵が悠長に待ってくれることはない。放置しておけば被害が拡大するかもしれず、さらに悪ければ自国へ逃げ帰られるかもしれない。そうなれば一網打尽など不可能、みすみす領地を荒らされてなにも戦果を得られない。そうなっては非常に拙い。なんとか時間稼ぎ、そして足止めの手段を考えなければならない。
「とりあえず交渉の使者か何かをたてて、譲歩するように装ってはいかがでしょう?」
「奴らが交渉の席につけば良いのですが、その可能性は低いでしょう。それに今それをすれば戦勝ムードに乗ってとんでもない要求をしてくるかもしれませんから、さほどの足止めにはなりませんよ」
官吏の一人が提案するもオネストはその案を即座に却下する。交渉というのはあまり使いたくない。一度でも異民族に対してそのような姿勢を見せては今後、彼らにつけ込まれる可能性があるのだ。帝国は西、南、そして北と三方を異民族に囲まれている。今後のことも考えると、異民族に弱腰な姿勢、譲歩など見せられるわけがない。異民族には強硬に対応する、それが帝国建国以来の鉄則とも言えるのだ。
「まぁ、現実的なところとしては、だれか将軍と小規模の部隊を派遣してなんとか足止めをしてもらう、あるいは現地兵達に奮闘してもらう、といったところですかな」
オネストは自身の顎から伸びる髭をゆっくりと撫でながら述べる。
この提案に場の一同は一定の同意を示すも、あまり反応はよくない。この案を選ぶにしても、問題はある。まず、誰を送るのか、である。現在帝国軍は人材が不足気味である、とりわけ優秀な将軍となるとその数は少ない。先程オネストが反乱軍への流出など関係ないと皇帝に告げたが、そこには強がり、という一面も存在している。当然、そのせいで帝国が揺らぐことはないと確信しているのに余念はない。だが、確かに人材不足という影響があるのも事実であった。
(最悪、エスデス将軍を先遣として送り出し、後を追わせる形で本体を送り合流させる、という手を取るしかないですね)
だが、そうしたら万全の状態で敵に臨めず、殲滅という目的の遂行に支障をきたすかも知れない。あるいはエスデス将軍ならそれでもやってのけそうなのだが、今回の敵の蜂起はある意味で好機、可能な限り万全を期したい。
先程述べたように帝国は三方を異民族に囲まれ、内部には反乱軍という火種を抱えている。これらの勢力は個々では弱小なのだが、もし連携をとって同時に蜂起ということになれば話は別だ。その時の厄介さは今回の比ではないだろう。それ故、今回の北の異民族の蜂起はその同時反乱の芽を一つ潰せる好機。オネストが撃退でなく殲滅を提案した大きな理由はそこにあるのだ。ここで北の異民族を再起不能に追いやれば今後の反乱対策が随分と楽になる。
オネストや皇帝を含め、玉座の間にいる全員が何か善後策はないかと思案する。
そんな折、
「失礼いたします!」
扉の外から大きな声がかけられると同時にはげしく扉が開かれ、一人の兵士が室内へと入ってきた。
「ええい、無礼者!ここを何処と心得る?!畏れ多くも陛下の御前にあるぞ!!」
突然現れた闌入者に文官の一人が激しい怒気を顕わにして罵倒を口にする。彼が言うように、一兵士たる身分の者が帝国皇帝の会議に乱入するなど無礼も甚だしく、そんなことをすれば打ち首どころではすまないほどの罪状だ。
「はっ、無礼であるのは重々承知にございます。しかし、わが主、ブドー大将軍から陛下に火急の言伝を預かってまいったため、失礼を承知で参上いたした次第です」
だが、当の本人、乱入した兵士の彼は文官の叱責など意に介さぬように、手短に経緯を述べるとその場に跪き皇帝を見つめた。
露骨に己を侮ったような態度をとる兵士に文官は顔を紅潮させ、更なる罵詈雑言をぶつけるべく口を開こうとしたが、それが実行に移されることはなかった。
「なんと、ブドー大将軍からの言伝か!?ブドー大将軍は何と言っておるのだ」
「ふむ、このタイミングとなると十中八九、北の異民族についてのことでしょうな。あの堅物がこうして使者まで送ってくるとは珍しい」
彼よりも先に、眼前の兵士に声をかける者がいた。ほかならぬ皇帝である。それに追随するように隣に控えるオネストも声をかけ、この部屋における二大権力者に兵士の行為をとがめる様子はない。故に文官も口を閉ざすほかなく、苦虫をかみつぶしたような顔で佇まいを直すと改めて兵士へ目を向けた。ここで己が声高に兵士を弾劾し続ければ、自身が陛下の不興を買いかねないと判断したのだ。
「はっ、では申し上げます。・・・・・・」
かくて、使者から帝国軍最上位、ブドー大将軍の言伝が皇帝、大臣に伝えられた。
その内容は奇しくも、大臣たちの懸案の解決に合致する内容であり、この伝言をもって北の異民族への対応策は決定された。
そしてすぐさま皇帝の名の下で大規模な北方征伐軍編成の号令が発された。
ここに、帝国と北方異民族との間で戦端が開かれることが確定したのである。
この戦争がこれから始まる帝国動乱の先駆けに過ぎないのだが、それを感じ取れたのはほんの僅か。大多数のものは気づかなかった。
時代は進む、ほとんどのものに気取られず、だが確実に進んでいる。
歴史の大きな転換点へと。
一週間に1から2話くらいの間隔で書くつもりです
2話は早めに投稿します