第二話 決意
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帝都の北 フェイクマウンテン
帝国の首都、帝都から北へ少しいったところに広がる山岳地帯、それがフェイクマウンテンである。険しい山々が連なり、北から帝都への道をふさぐ天然の要害となっている。もし北から帝都に攻め込もうとすれば必然的にここを通ることになるが、それが容易なことではない。
このフェイクマウンテンには多くの危険種が生息している。
危険種と獰猛で凶暴な生物のことである。小型から大型、あるいは超大型に至るまで大きさ、そして姿かたちも様々である。またその危険種はその強さ、そして人間に害する度合いによって危険度が設定されている。一番下の等級、三級の危険種ならば多少腕におぼえのある者ならば狩るのはさほど難しくないが、特級、そして超級の危険種ともなるとその強さは手練れの軍人であっても倒すのは容易ではない。とりわけ超級危険種は伝説とまで言われる強さを誇る。
また危険種は帝国各地で見ることができ、食料や生活の糧、あるいは腕試しの相手として狩りの対象になっている。
こういった危険種がこのフェイクマウンテンにも多数生息しているのだが、フェイクマウンテンに住む危険種たちは他地域とは違うある特徴がみられる。彼らは擬態能力に優れているのである。ここの危険種たちは、一見するとただの木や道端の石にしか見えないように擬態するようなものが多くいる。そして、獲物が無警戒で近づいてきたところを強襲するのである。
この山々がフェイクマウンテンと呼ばれる所以はここにあり、現れる危険種の等級以上に危険な地帯として帝国内部でも名高いのである。
本当ならばあまり近寄りたくもない場所、それが素直なフェイクマウンテンへの感想だ。
「はぁ、こんな危険地帯はさっさと抜けるに限るな」
そんな思いが思わず口から零れる。
三級や二級危険種なら多数を相手にしても後れを取るつもりはないが、不意を打たれるとその限りではない。気づいたときには隣に咲く花に食べられていた、なんてことになったら目も当てられない。
「大丈夫ですよ!もし危険種が出てきても私が倒しますよー」
俺の独り言が聞こえたのだろう、隣を並走する馬にのる少女から間延びした声が聞こえてきた。言ってる内容は頼もしいのだが、そのトーンのせいで全く頼もしく聞こえないのだから困る。
「レムスさんに言われても全然安心できません。レムスさんは人の心配よりまず自分の心配をすべきですよ」
「ええー、ひどいよリラ」
俺と同じことを思ったのだろう、レムスとは反対側を並走するリラが呆れたように言い、レムスが不満そうにする。だが、二人の様子に険悪なものはなく、リラの方もレムスの反応を楽しんでおり、呆れ顔にも少し笑みが浮かんでいる。たとえるなら不出来な妹を心配する姉のような表情だ。
「とにかくこんな辛気臭いとこはさっさと抜けるとしよう、救援に間に合わず親父に叱られるのはまっぴらだしな」
「そうですね、周囲の警戒はそのままでもう少し急ぎましょうか」
「ちょっと、まだ私の話も聞いてよー」
いまだに抗議を続けるレムスを余所に俺とリラは後ろ兵士たちに行軍を急ぐよう告げ、馬の脚を速めた。
目的地はここよりさらに北、ここであんまり時間を無駄にするわけにはいかない。
俺はまっすぐ北の方角を見つめて、この先に待ち受けているだろう困難を思い、顔を引き締めなおした。
★★★
帝都 近衛隊本部
時は少し遡る。
玉座の間において、北の異民族に対する会議が開かれるよりも少し前。
宮殿内にある、近衛隊の本部に俺は呼び出された。
「なるほど、北でそんなことが起こっているのか」
一しきりの説明を目の前の男性、ブドー大将軍から聞き終えた俺は独り言ちるように呟く。
ブドー大将軍、帝国軍に一つしかない大将軍の地位にこの人、年齢は40代半ば。非常に大きな体躯の持ち主で、着込んだ鎧越しでもわかるほど引き締まった肉体はまさしく武人のそれと言えるだろう。代々続く大将軍の生まれという出自の彼はその家系に恥じぬだけの類まれな武才を持ち、強大な帝国軍の全てを統べるに足るだけの人物である。とりわけ彼が直接指揮を執る近衛隊の練度は帝国随一と名高い。
ちなみに俺の恩人でもある。
「ああそうだ、それで誰かを対処に向かわせる必要があるのだが・・・、行ってくれるか
」
ブドー大将軍、親父は神妙そうな顔で、静かにだが重みのある声で俺にそう問いかけてきた。
ここで出た“イリヤ“とは、俺の名前である。年齢は20代半ば、性別は言うまでもなく男。この国、帝国の軍人をしている。
生まれは帝国内で西の辺境、ほぼ国境に近くの小さな村で生まれた。この村は国境に近いせいで幾度となく西の異民族からの侵略に晒される地域だった。村を戦場にして何度も繰り返される攻防、そんな生活の果てに俺は5歳の時、家族を失った。父は殺され、母は西方に拉致され、弟は流れ矢にあたって死んだ。もちろん住んでいた家も焼かれ、生活のあらゆるものを失った俺は、その後しばらく流浪の生活を送った。幸い、生前、父から教わった狩りの仕方や戦い方のおかげで何とか命からがら食いつないでいたが、子供一人の力ではどうしようもならないことが多く、限界をむかえた。要するに餓死しそうになった。
あの時の俺は、苦しみのあまり目に映るあらゆるものが憎く、どうして自分だけがこんな目にあうんだ、と半ば自棄に近い状態に陥っていた。
俺がブドー大将軍に出会ったのはそんなときであった。
その後、紆余曲折の果てに、ブドー大将軍に引き取られることになった俺は彼に武をはじめ様々なことを学び、帝国の軍人となった。
そんな経緯もあって、俺は親父、ブドー大将軍に返しきれないほどの恩がある。
「『行ってくれるか』ってどうせ断れないんだろ・・・分かりました、行かせていただきますよ」
その親父の頼みとあれば、俺に断るという選択肢はない。二つ返事で了承する。
ちなみに少し、ひねくれて答えたのは俺が断らないのを知っていながら聞いてきたことに対するささやかな抵抗である、無論、効果などないが。
「でも、すぐに動かせる手勢となれば500くらいしかいなけどそれでいいのか?」
「ああ構わん、その500に合わせて私の近衛兵500を貸してやろう。合わせれば1000、それだけいけば十分だろう」
「近衛兵を?!それは非常にありがたいが、親父はそれでも大丈夫なのか?」
兵力不足を述べた俺に親父は近衛兵を貸す、と告げる。
近衛兵とは前に述べたように親父の直属の部隊でありその錬度は帝国最強、まさしく虎の子ともいえる部隊である。近衛兵の本来の勤務は宮殿内の守護であり、帝国最後の砦である。そんな近衛兵を貸し与えては宮殿の警護に穴が生まれるのではないか。
「ふ、案ずるな。もしこの機に、なにか仇為そうとする輩がいたならば、直々に処刑してやる、私のアドラメレクでな」
だが、そんな俺の心配は杞憂に終わる。
「それとも、お前は自分の師の力を信じられぬとでもいうつもりか」
そういいながら親父は試すように笑う。こう言われてはもう俺の方から心配すべきことなどない。
「そうだった、ならありがたくお借りしますよ」
「うむ、お前はお前の為すべきことを為せ、こちらのことは何も心配する必要はない」
近衛兵を貸し与える、このことが示す意味が分からないほど俺は愚鈍ではない。親父が直々に鍛錬してきた近衛兵を預ける、その信頼にこたえないわけにはいかない。
俺は気を抜けば漏れ出してしまいそうになる笑いを押し殺し、身震いすらしかねない体を必死に押しとどめつつ、親父に背を向けて部屋を後にする。
静かにだが激しく燃え上がる炎を胸に滾らせながら。
★★★
フェイクマウンテン北
「それで、帝都からの命令はなにと?」
「今回の件で帝国は本腰を挙げて北の異民族の討伐に動くようで、エスデス将軍を主将として大規模な征伐軍を編成中のようです。ついてはイリヤ将軍にその征伐軍が到着するまで現地兵を統括し、敵の侵攻を押しとどめよ、とのことです」
「つまるところ?」
「エスデス将軍が来るまで精々粘れ、といったところですね」
フェイクマウンテンを抜けた俺たちは一度進軍を停止し具体的な方針を立てるため軍議を開き、伝書用の鷹によって伝えられた命令書を吟味する。
その内容は、身も蓋もない言い方ではあるがおおよそリラが言った通りである。
「期待されていないとは思ったが、こうもはっきり言われると流石に少しショックだな」
「帝都の愚図に何と言われようと気になりませんよ。そんなことを気にして仕儀を損ねるようことの無いようにしてくださいよ、イリヤ将軍」
「無論だ。だが何にせよ、今は偵騎からの報告待ちになるな」
たしなめるように言うリラにそう返しながら俺は目の前に置かれた茶を一気にあおった。
現在、進軍を一時停止した俺たちはここで戦況の把握をすることにした。今回の武力蜂起は帝国にとって寝耳に水に近い出来事であり、圧倒的に情報が不足していた。現地から送られてきた報告は混乱もあってか、敵の規模やその内容、進軍ルートに至るまで十人十色な状況であり、全くと言っていいほど役に立たなかった。正確な戦況把握は欠かせなく、そのためには正確な情報が必要だ。
故に、俺たちは帝都を発つと同時に、いくつかの偵察騎を先行させた。その彼らからの情報をまつ、それが今の状況である。
そのため軍議用として、急遽設営した幕舎の中にいるのは俺と、その眼前に座すリラだけである。もう一人の補佐官、レムスはその偵察騎たちからの情報収集にあたっているためこの場にはいない。
俺の傍らに控える女性、まだ少女と呼んでも差し支えない彼女の名前はリラ。短く切りそろえた黒髪と切れ長の瞳が特徴の彼女には今回の出陣に際して、副将を任せてある。
整った容姿を持ち、女性ながら軍学校を首席で卒業した彼女は才色兼備を体現するような人物として帝都でも評判だった。そんな彼女の才能をひときわ高く評価したのが俺の親父、ブドー大将軍であった。彼はリラが軍学校を出て、軍に配属されると、すぐに近衛隊へと誘った。これは新人としては異例の大抜擢であり、ブドー大将軍直々に声をかけたことも相まって彼女の名は一時、帝都で知らぬものがいないほどであった。彼女としても毅然とした武の体現者であるブドー大将軍を尊敬しており、二つ返事で誘いを受け、近衛隊に入隊した。
これがおおよそ5年ほど前の話。そこで、当時近衛隊所属であった俺とリラは出会ったのである。
当時の彼女の性格を表すとよく言えば真面目、悪く言えば狷介であった。彼女をよく知る者の評価はどちらかと言えば後者に近かっただろう。自身が非常に優秀でありかつ武門の家系に生まれたかの彼女はたとえるなら研ぎ澄まされた純鋼の剣。己の中に確立した武人のあるべき姿というものを持っており、そこに一切の妥協や甘えを許さない人物であった。これだけならば素晴らしいのだが、昔の彼女はその理想像を他人にも強要するような節があり、何かにかけて人に指図することが多かった。そこに他人を見下すような意図はなかったのだろうが歯に衣着せぬ物言いをする彼女は何かと敵を作りやすく、学生時代は“堅物”と揶揄されていた。
事実、優秀であった彼女を親父が比較的楽に引き抜けたのも、彼女のその性格と優秀すぎる能力のため上官達から疎まれていたからという理由が大きい。
出会った当初は、最初の出会い方が最悪であったこともあって俺はまるで親の仇のように思われていたが、その後様々な経験を経て今では俺の一番の部下になっているのだから世の中わからない。
「そんなにジロジロ見てきて何ですか?」
過去を振りかえっていた俺は知らず知らずのうちに彼女を見つめてしまっていたようでその切れ長の目を細め、緑翠の双眸が剣呑な様子で睨んでくる。
「いや、あれだけ俺を目の敵にしていたお前が、今ではこうやって轡を並べるようになったと思うと、感慨深いものがあってな」
「なに、ジジくさいことを言ってるのですか。それに今の私はあの頃よりずいぶんと丸くなりましたよ」
こんな時に何を言ってるんだ、といった様子で答えるリラ。随分丸くなったというがその毒舌はいまだ健在であり、彼女が鍛錬する兵の多くが心を病むといわれている。なお、一部ではその罵倒で新たな性癖に目覚めたものたちで結成されたファンクラブが存在するという噂があるがこの真偽は定かではない。
「まぁ、何にせよ頼りにしてるぜ、副将」
「い、言われるまでもありません」
リラは短くそう言うとそっぽを向くように顔を背ける。
大人びたように見えるがこういった所作はまだ年相応であり、若干紅くなった頬を隠そうとするその姿は普段の凛とした姿との対比もあって非常に可愛らしい。
「レムス、ただいま戻りましたー」
俺とリラがそんなやり取りをしていると、幕舎の扉を開きながらおっとりとした声とともにレムスが中へ入ってきた。
胸に書類、おそらく偵察の報告書を大事そうに抱えながら部屋に入ってきた彼女はレムス。先ほど言っていたもう一人の補佐官である。
腰近くまで伸ばした金髪と、もうすぐ20歳になるというのに全くそうは見えないほど幼い顔立ちの彼女は、ドレスを着こめば貴族のお姫様と言っても違和感がないほど儚げな雰囲気を持っている。
まぁ実際の彼女の出自はそんな温室ではなく、もっと殺伐としたものであるがそれを語るのはまたの機会にしておこう。
「おお、ご苦労だったなレムス。それじゃあ報告書を見せてくれ」
「了解しましたー」
レムスは、お世辞にもきれいとは言えない敬礼をしてから胸に抱えていた報告書を差し出した。彼女の妙に間延びした声は聴くものの気持ちを穏やかにさせ、軍内における貴重な癒しとして兵士たちからの人気は絶大だ。性格は天真爛漫、常に笑顔でいるような為人であり、彼女がいるだけで場の雰囲気が和む。以外にも正反対ともいえるような性格のリラとは非常に仲が良く、非番の時は二人で帝都の町に出かけるほどである。
また、彼女はリラほど武才には恵まれていないが、その差を埋めるほど事務処理などに才を発揮している。軍の兵站管理や情報の整理をさせれば軍内で右に出る者はいない。
この軍における役割を表すならば武のリラ、智のレムスといった具合である。
そのレムスからの報告書を受けっとった俺は、それに目を通しながら、自分たちがとるべき行動を決めるべく、脳内で様々な方策をめぐらすことへ没頭していった。
残された時間はあまり多くないが安易なことはできない、ここで一手間違えば取り返しのつかぬ事態にすらなりかねないだから。
かくて、北方における戦端はすぐそこにまで迫りつつあった。
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上官からねぎらいの言葉を受けとり、書類を手渡したレムスは、ひとまず一つ仕事を果たせたことに小さく息をついた。
そして、ほめられたことで緩みそうになる頬を気取られぬように必死にこらえながら眼前で策を巡らしているであろう上司を見つめる。その目線はすでに自分にはなく表情はいつになく真剣だ。今回の任は彼が敬愛するブドー大将軍から直々に与えられたものなのだから無理もない。
彼はブドー大将軍に返しきれない恩を感じているというが、それはレムスとて同様である。レムスも彼、イリヤには返しきれない恩がある。何しろ命を救ってくれたのだから。
故に、そんな彼がここまで必死になるならばその力になりたいと彼女が思うのは必然ともいえた。
勿論、それを口にしても当の本人は“気にするな”と返すだろうが、こればかりは譲れない。
傍目には普段と変わらずのんびりした様子ながらここにも決意を固める者がいた。
決して口にも素振りにも出さないが、少しも揺らがない信念をもって。