初めて師に出会った日を思い出す。それは日曜日の安穏とした午後のティータイム。
「さて
忘れもしない。開口一番に
「あのブリテンの時計塔でもこの世の理を解き明かすにはまるで程遠いし、そうだな、畢竟ずるところ、万能に等しい
男は唖然としたこちら側に頓着するそぶりも見せずに言葉を繋ぐ。
「たとえば
つまり生と死と再臨という三つの間を繋ぐミッシングリンクは存在していない、魔術師にはね。」
「魔術の営みは科学のそれと同じく何ともつつましく泥縄式なんだ。科学と魔術。両者は結局アプローチの違いに過ぎないとも言える。
ちなみに三国という耳慣れない表現は、京都で生まれ育ちベナレスと
「ふむ…」顎に片手を添えて「いや、妬みとも取られかねないか。まあそれはいいとして…」男はやにわに微笑んで、「魔術に期待し過ぎちゃいけないよ」
嗚呼…何てこと。自分の最初の家庭教師がこんな冒涜を云い放ったのだから。
私の魔術師としての道行きは最初から邪道なものだったのかもしれない。紅茶を淹れて来た父さんは目を丸くしていたし、母さんの苛立ちは、微笑みの顔に浮かんだ目じりのひきつりで察せられた。今でも疑問に思う。あの男は新参者の私を祝福したかったのか、
男は三流魔術師一家の困惑を少し
「まあ私が言いたいのは、そんなに肩肘張らなくても良いということさ」
と明るく言い放った。
一応、善意で解釈すれば期待と不安の二重苦で、浮かれているのか緊張しているのか
……多分。
でもタイムマシンがあったら絶対に
幼い私はおずおずと口を開く。
「けど、先生。それは『まじゅつし』の掟への冒涜じゃありませんか?だって『こんげん』にいたるのが『まほうつかい』だもの」
「そうだね。でも根源に至ることを諦めてしまった『まほうつかい』もいるだろう?」
「ユウジョウ先生はあきらめたんですか?そう……それならわたしの家庭教師にはふさわしくないわね、失礼だけれど!!」
「だけど僕が培い積み重ねた魔術を君たちに伝えることはできる。言っておくけど、私の魔術は伊達じゃない。私の成績が89点だとしたら、君の家の成績は良い所、30点だね。それは賢い君になら分かるだろう?お嬢さん。
男は本当にうれしそうに笑う。
「う゛……」
痛い所をつかれた。成績のことを言われるとつらいものが込み上げてきて。
押し黙ってしまう。
けっきょくその時に私はセンセイに反論することができなかった。
こういうわけで、世界一の「まほうつかい」になるという幼い私の野望は初めの一歩で足元を掬われたってわけ。
位置について、ヨーイ、ドン!で出遅れた。誰かが仕掛けたイタズラでずっこけて。ああ私の人生って本当疫病神に憑かれてる。
でもね。あの遠坂家のような名家でもなく、細々といじましく続く労働者階級のわが
これじゃあ仕送りをしれくれている兄さんだって浮かばれないわね。まあ魔術の道を早々に諦めて順風にサラリーマンやってるお気楽者には関係ないのだけど。そう、あのクソダサ眼鏡アニキにはね。
ああ、結局はあの男の放言に心を挫かれてしまった私の負けってことか。でも魔術の鍛錬には精一杯人並み以上の努力はした積りだし、根本の所で折れていたとは言え、野望はまだ完全には消えずに燻っていたわけで。だからこその今がある。それを否定してはいけない気がする。だから道はまだ途絶えている訳じゃない。きっとなってみせる。世界最高級の「魔法使い」に。
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公儀理家に夜のとばりが降りる。古びた長屋敷を改修したここの生活はひどく緩やかだ。もしかして時間操作の呪いでも掛けられてるんじゃないだろうか、この家。
持ち主が首を吊った事故物件だけど、だからこそまだローンも払い終わっていない前の家を売り払ってまで飛びついたわけでもあり。
持ち主が魔術師だったというのは仏間を魔術工房として使っていた痕跡から容易に知れた。どうして首を吊ったのかは分からない。家族ではあまり話題に出さないけど。壮年の手すさびで魔術に手を出した好事家が、いたずら好きなダイモーンに狂わされて、魔術の道から魔に落ちて精神を病んだ末の自殺、みたいな納得になっている。私たちの中では。センセイはあまり気にしなくていいとしか言ってない。魔術師の自殺はよくあることなのだと、当たり前の常識でもって多くを語ることは避けている。
首吊り自殺だか何だか知らないけど元の持ち主はきっと成仏してる筈。何せ見えないものはしょうがない。知られないもの、それは存在していないことと同じ。そう、見えないんだから自殺した元家主の霊など存在していないことになる。
「目に見えないもの、それは存在しない」
そんな定式を信奉するようになった我が公儀理家はある意味で先生の魔術の継承者と言えるかもしれない。
そうやって私たちのご先祖様の座にすわった
そもそも魔術の家庭教師はおよそ魔術師として常識の埒外にある。少なくともこの日本ではそう。自らなにがしかの到達点に達しながら、その魔術刻印を子孫に継承させる気のない変わり者。根源に至る気のないバチ当たり者。労働者階級に属する私たち魔術師一家はそんな風変りな奇天烈漢に頼りつつ生きてきた。何せ可処分時間は圧倒的に少なく、ともすれば魔術の研鑽も怠りがち。こうやって涙ぐましい小細工を積み重ねて、物的と霊的の様々な
「古い神秘の伝承を含んでいるとは言え、短くない歴史上の時間をかの大英帝国に蹂躙され、決定的にその影響を受けたインドと中国の魔術方式は、実は時計塔のそれと其れ程異なっているというわけではない。これは西洋魔術の不肖の弟子に過ぎない、日本の魔術師たちも同じ事情を抱えている…」
くたびれた教科書を読み直して、しばし感慨に耽る。ごめん言い直す、しばらくぼーっとする。
日曜の夜。歯を磨いてお風呂に入って以下略。
勉強しているようでしていない。復習しているようでしていない。もうとっくに習ったはずの教科書を何度も読み直しながら、眠りを待つのが至福の時間。スマホは睡眠時間を削るので無駄に触らない主義。
魔術の教科書とは名ばかりの手書きの大学ノートの山は何も知らない人が見ればただの妄想を書き連ねた代物にしか思えないでしょうね。これぞ神秘の隠匿のために我が師が丹精込めて作ってくれた汗と時間と涙の結晶。
……だったらいいんだけど式神に口頭筆記させたものを、これまた式神に何冊も写し書きさせているだけ。我が恩師、雄定捺樹が特別ものぐさなワケじゃなく、魔術のごく一般的な教え方の一つなんだけど何だか味気ない。
「ふう……。この部屋は我が家以上に我が家ね。」自室で欠伸を殺しつつ独りごちる。私自身の起源に紐づけた結界術式に守られたこの部屋は父さんも母さんも通さないこの世の孤島みたいなもの。並み以上の使い手なら無理やりにでも破れるのだけれど。あ、父さんと母さんが並み以下とかそういうことを言いたいわけじゃないのよ?ええ違いますとも。「君子、親には孝行すべし。」『論語』にそんな言葉があったはず。
明日は学校。甘い眠りに誘われつつ、そろそろ
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「ーーー
ああ、今夜は酷く寒いーーー。
「ーーー然れど」
「然れど汝はその眼を混沌の内に曇らすべし。」
「狂乱せよ、
早く儀式を終わらせなければ凍えてしまいそう。
つきが、あおいわ。
あおいのね、あおいのね。そうなのね、そうなのね。
それはとてもすてき!
あおは、しあわせのいろ。
あおいいろは、わたしのてんしさま。
あおは、なみだのいろ。
あおいいろは、わたしのしにがみさん。
こんな夜にこそきっと……。
来て、
もう、三人も殺めてしまったの。
私の可愛い
ああ、四人目の