来る世界を間違えた艦   作:無名戦士

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第一話:目覚め

 ウィルキア王国のクーデターから始まった世界大戦は連合軍の勝利という結果に終わった。

 ウィルキア帝国が世界にに与えた傷は深い。その傷は容易に癒えることはなく、ウィルキアという国は長い時間をかけてその罪を償わなければならないだろう。

 異次元といえる性能を持つ超兵器群の悉くを海の藻屑にし、連合軍を勝利へと導いた放軍所属の双胴戦艦「近江」は激しい戦闘の末、今まさに沈まんとしていた。

 

「機関室浸水、機関停止!」

「複数の弾薬庫が誘爆、火災も勢いを増して消火できません!現在艦傾斜角11度、復旧は……絶望的、もってあと30分です」

 

 絶望的な報告が次々と挙がる。いや、むしろ今までよく持ちこらえてくれたと言うべきか。

 双胴戦艦「近江」の艦長を務めるシュルツは深くかぶっていた軍帽を更に深くかぶり、彼の視界は軍帽の生地で覆われた。

───もはやこれまでか。

 応急修理は間に合わず、沈没は時間の問題。シュルツは複雑な感情を抱いていた。

 勝利に対する達成感、そしてともに死地を乗り越えたこの(ふね)を北極海という冷たい海底沈めなければならない悔しさが彼の胸の中で渦巻いていた。

 

「現在友軍艦艇が急行中です。不本意ではありますが退艦命令を……艦長ッ!!!」

 

 ブラウンの言葉に、シュルツは我が返った。

 今はまだ思いに耽る暇がないという事、そしてなによりこの艦の艦長は己なのだ。艦長である以上、乗員を守る義務がある。

 

 「っ……。そうだな、総員退艦せよ!」

 

 その言葉は酷く重苦しく、これまでの人生において最も苦しい命令であった。

 

 

 

 巨艦が沈む。

 その光景は筆舌に尽くし難く、シュルツにとって……いや、乗組員にとって悲しいものであった。

 爆発が各所で発生し、艦の構造物が崩壊する音は艦の悲鳴と言ってもいい。

 

「せめて母港に帰れたらよかったのですが……」

「いや、これでいいんだナギ少尉。戻ったところでこの艦が沈む未来は変わらない」

 

 ナギの呟きに、ヴェルナーは答えた。

 彼の言う通り、帰ってきたとしてもこの近江が記念艦として保存される未来は絶望的だ。いくら帝国を打倒したのが解放軍でも世界は近江の存在を許さない。

 異常ともいえる戦歴を持つ彼女は、ある種の戦略兵器と言っても過言ではない。帝国軍の超兵器はすべて近江が撃破したのだから、世界がその存在に恐怖するのは当然だ。

 ナギもそれは十分に理解していた。彼女もまた近江の乗組員でその活躍ぶりにある種の恐怖さえ抱いていたのだから、理解したくなくても理解せざる得なかった。

 このまま近江が沈む方が戦後処理もスムーズに進む。彼女を巡って新たな火種が燻ることなくなったのだ。そんなこと、近江も望んでいないだろう。

 今彼らができることはただ一つ……。

 

「総員、共に戦ってきた戦友に対し……敬礼ッ!!」

 

 号令と共に、救命ボートに乗っていたすべての乗員が近江に対し敬礼した。

 中には泣く者さえいる。苦楽を共にし、幾多の死線を潜り抜けてきた戦友を失うのは家族を失うに等しい。

 

「近江が……」

 

 シュルツの号令から数十秒後、彼らの敬礼を見届けるかのように戦艦近江はあっという間に海中へと沈んでいく。

 その姿を見た時、彼らは思った。

 

 戦争が終わった。

 

 と。

 世界は混沌の時代を終わらせ、新たな時代へと動き出していった。

 

 

■■■

 

 

 ここは……。

 いつから、私は眠っていたのだろう。

 冷たい、冷たい海の中で眠っていた。ここはどこで、私は誰なんだろう。

 分からない。

 艦長……わたしは、わたしは……。

 

 誰。

 

 

 

 

「───ちょう!……かん……ッ!」

 

 声が聞こえる。

 誰かを呼ぶ声が。ゆさゆさと身体が揺さぶられる。

 他の艦と接触事故が起きたのだろうが。それにしてもこの揺れ、結構おっきい。かなりの巨艦に違いない。

 また艦長が無茶な戦術でもやったのだろうか。いつものことだけど、ちょっとおかしい。

 

「艦長!!!」

「うひゃぁ!?」

 

 あまりにも突然な出来事に、私は思わず飛び起きてしまった。

 身体はびちょびちょ、どうやら冷水を顔にかけられたようだ。人の気配を感じ、視線を向ける。

 

「おはようございます艦長。お身体の調子はいかがですか?」

 

 にこやかに問いかける男性がいた。

 その手にはバケツ、私がびしょ濡れにした犯人が立っていた。

 

「えっと……?」

「混乱なされているようですね。簡単に説明しますと、貴女はこの艦の艦長です」

 

 私の疑問に答えるかのように、彼はにこやかに言った。

 艦長?私が?いやまて───

 

「待って、艦長はシュルツ少佐であって───」

「そう仰るとおもっていました。えぇ、ご尤もです。ですが、なにか気付きませんか?」

 

 男性はそう言いながら私の身体を指を指した。

 びしょ濡れということ以外はなんの変哲もない。ウィルキア近衛海軍の制服に手、足、胸、腹……。

 ぺたぺたと手で身体を触る。何度も何度も、確認するかのように触る。今度は制服の袖を摘み、引っ張る。感じるのは制服の生地と腕が引っ張られる感覚の二つ。そして、それと同時に五感の全てを感じる。

 

「嘘、人の……からだ?」

 

 あり得ない。

 理解して、次に感じたのはこの言葉だった。私はウィルキア近衛海軍の双胴戦艦「近江」で、そもそも人ではなく兵器だ。無数の帝国軍を打ち倒し、祖国を戦争を終わらせるために奔放した兵器だ。

 人間である筈がない。

 

「艦長、一度着替えてみてはいかがです?風邪、ひきますよ?」

 

 男性の言葉に、思わず私は抗議の視線を送った。

 びしょ濡れにした犯人が何を言うか!思わずそんな言葉が出そうになるも、私はそれをぐっと堪えて見せた。

 ここで押し問答をしたところで答えは出ないのだ。それに、いい加減この寒さから解放されたい。

 ひとまずここは男性の言う通りにした方がいいだろう。

 

「着替えは?」

「ここに」

 

 見るとベッドに備え付けられていた小さなテーブルに着替え一式が揃っていた。

 ずいぶんとまあ準備がいいことだ。最初から水をかけて起こすつもりだったのだろう。そんな意図が見えて仕方がない。

 寒い。早く着替えて何が起こっているか聞き出そう。

 男性に出ていくよう伝えようとすると、彼は既に扉の向こう側にいてそっと閉じていく姿が見えた。

 覗くつもりがない事に僅かに安堵し、着替え始めた。

 

「ここ、艦長室……だよね」

 

 慣れない着替えをしながら部屋を見渡す。

 私の記憶通りであれば本棚にシュルツ艦長の趣味の本が……あった。タイトルも記憶通り、何度も本が読まれた形跡がある。

 艦内であることに間違いはないようだ。シミの数も私の記憶通りにある。

 

「これで、合ってるかな……」

 

 鏡を見ながらポツリと呟いた。

 鏡に映る私は女性で、年齢はナギ少尉と同じくらいだろうか。けれど、胸はない。船体は大きかったのに、胸は戦艦級ではなく駆逐艦級のようだ。ちょっとこれには納得いかない。それでもまあ、動きやすさを考えれば無い方がいいかもしれない。いや、やっぱり納得できない。

 もっと盛って欲しい。てか盛れ。

 私がもんもんと思考を巡らませていると扉からノックと共に男性の声が聞こえた。

 

「失礼します」

 

 入室してきた男性に視線を向ける。

 こちらの混乱を知ってか知らずか相変わらずにこやかに笑みを浮かべていた。とはいえ別に不快感を感じた訳ではない。

 むしろ信頼に近いナニかを感じ取ったのだ。

 私の身に何が起きているのか知るために問いただそうとしたその瞬間、男性はスッと手を挙げ遮るように口を開いた。

 

「ここで説明するより実際に見ながら説明した方がいいでしょう。艦長、同行願いますがよろしいでしょうか?」

 

 艦長、そう呼ばれることに強烈な違和感を感じ、私は訂正を求めようとしたがそれをやめた。

 まずは今何が起きているか知るのが最優先事項なのだ。個人の感情に任せて話を伸ばしてもなんの意味もない。

 私はひとまず彼の言う通り付いて行き、見慣れた通路を歩き始めた。後ろには水兵が同伴しており、銃を携帯している。見た時何か私を警戒しているのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。区画ごとに完全武装の水兵が配置されているらしく同伴する水兵は監視というより護衛に近い。

 ただ、どうやら彼らは私がしる乗組員ではないらしい。武装して何かを警戒する水兵もただ通り過ぎた水兵も私の記憶にはいない人ばかりだ。そして、共通するのは私が近くを通るたび作業を中断してまで敬礼してくること。

 はじめは男性に向けた敬礼だと思っていたが、どうやら違うらしい。敬礼の対象は私自身だという事だ。

 誰もが慌ただしく動いているのに、作業を中断してまで敬礼してくるのだから気まずいとさえ思えてくる。

 

「自己紹介が遅れましたね。私は艦長の補佐を担当する副長、のようです。名前は……ありませんね、副長と呼んでください」

「はい?」

 

 突然の事に私の思考は停止した。

 名前が、ない?言葉として認識はできたが、意味は何一つ理解することはできなかった。

 その言葉通りの意味であるなら、彼はこの艦の副長で名前がないという事になる。名前がないという人間はいくら何でも聞いた事は無い。

 艦長が趣味で読んでいたスパイ小説でもこんな設定は無かったのだ。

 

「確かに、名前がないのは可笑しいですね。ですが私……いえ、この艦の乗組員全員に人の名前はありません」

「人の名前が、ない?」

「はい。数日前、私たちも艦長と同じくこの艦で目が覚めました。とはいえ、私含め各々がやるべきは理解しています」

「やるべきこと?」

 

 立ち止まり、副長はこちらに振り返る。

 私の目をジッと見つめ、天井に指を指しながらこう言った。

 

「この艦の運用です」

「運用って、あの運用?」

「はい、その認識で間違いありません。乗員4592名が現在任務に従事しており艦長の指示を待っています」

 

 副長の言葉に、私は絶句した。

 つまり彼は状況もまだ掴めていない私に指揮を求めているのだ。そんなの、普通にあり得ない。

 艦の命運を私個人に委ねるのは、常識を照らし合わせてもあり得ない。それこそ経験豊富な人物に任せなければ如何に強力な艦でも瞬く間に沈むのだ。

 そして何より、私にとっての艦長はシュルツ少佐ただ一人で……一人で……。

 あり得ない。私はあの時、究極超兵器と交戦して……。

 

───沈んだはずだ。

 

 ゾクり私の背筋が凍った感覚を感じた。

 北極海の海の底、誰にもたどり着けない場所に私は沈んだはずだ。なのに今もこうして浮かんでいる。それに加え、軍艦であったはずの私が人の姿となって今この場にいる。

 超常的な現象だ。それこそ超兵器機関以上にでたらめなことが立て続けに起こっている。

 

「心中お察しします」

 

 私がすべきことは何なのか、考えた。

 艦長の素質が私にあるのか分からない。けれど、乗員は私を艦長と仰ぎ今もこうして指示を待っている。いきなり人間の姿で目が覚めて、いきなり艦長をやれと言われれば誰だって困惑はするだろう。

 この()の艦長はシュルツ少佐で、それはこれからも変わらない。彼以外の人は到底考えられない。けれど、いくら私がそう思ったところで彼らが私を必要としていることに変わりはない。

 だから、私がやるべきことは───。

 

「状況を、教えてください」

 

 指揮を執ることだ。




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