バズり女王なのに俺の声にだけフニャるひよの先輩   作:茉森 晶

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第36話 スベッてますよ

 

 

 背後からドアの音がして、千鶴は無言でグラスを洗い出す。

 

 

「あ、あの時、別れてから、どこ行ってたんだ?」

 

 

 『見られたことなど気にしていない』と強調するように、鷹也はバスタオルで頭を掻きながら軽い調子で言う。

 

 

「どーでもいーでしょ。そっちはどうだったのよ。ふたりっきりにしてあげたんだから、うまくやったんでしょーね」

 

「え? あ、ああ……お陰様で楽しく過ごせたかな」

 

 

(ま、大体は陰から見守らせてもらったんですけどねー)

 

 

「陽代乃ちゃん、ちゃんと楽しませた?」

 

「う……努力はしたけど、どうだろうなぁ」

 

「気の早いセクシーアドベンチャーとか、おっぱじめてないでしょーね」

 

「し、してないわ! 何だ、セクシーアドベンチャーって!」

 

「ならいーけど。あんなイイ子、泣かせたら許さないよ?」

 

 

 そう捨て台詞を吐き、千鶴はドスドス荒い足音を立てながら部屋を出て行った。

 

 

「ほんと……ひよの先輩のこと、自分の同級生くらいの感覚でいるな。まさか、こんなに仲良くなるとは……」

 

 

     *          *

 

 

「さすがに先輩のことばっか考えすぎだよな、俺……」

 

 

 自室に戻ってきた鷹也はノートPCを起動し、配信用アプリを準備する。

 

 

(テキストでコミュニティは更新してたけど、配信の方はだいぶ開いちゃったな。入院のことは言ってあるし、視聴者さんは待っててくれると思う。配信者としてのモチベも上がってるし……)

 

 

 隣の部屋の(ちづる)を少し気にしながら、Dr.ホーくんの2Dキャラを表示させ、同期の確認。

 

 

「千鶴に知られちゃったんだよなぁ……。あんまり興味ないだろうし、チェックしてないと思うけど」

 

 

 どうしても、家族に知られる気恥ずかしさというのは特殊なもののようで。

 

 一瞬ためらうが、意を決し配信をスタートさせた。

 

 

「こんばんほ~……って、まぁ、誰も居ないわけなんですが。ひとりのうちに、リハビリ喋りさせてもらいますね」

 

 

 2Dモデルのアニメーションを確認しながら、ひとつ咳払い。

 

 

「ん~、久しぶりの配信でちょっと緊張しますね。雑談配信ですが、入院のことを気にしてくれる人もいるのでアーカイブは残すつもりで……あっ、うぇっこーさん、こんばんほ~! ローズさん、こんばんほ~!」

 

 

 ぽつぽつと視聴者数のカウントが上がり、挨拶コメントが2件ほど。

 

 通知を受けて数分で駆けつけるその視聴者(アカウント)たちは、鷹也の見知った名前だ。

 

 

(ひよの先輩のアカウント、結局ハッキリ聞いてないけど……確か【とさか】さんだよな。今は来てない……な)

 

 

 【甘い言葉100連発】でリクエストしていた件がバレ、それが古くから見ている名前だったこともあり、鷹也の中で陽代乃のアカウント名は特定されていた。

 

 

(普通に用事あるか、もしくは気を遣ってくれてるか。さすがにコメントされたら意識しちゃうもんな)

 

 

「お久しぶりです! いやー……コミュニティでも書きましたが、入院してました。実はですね……通り魔におなか刺された上、毒ガスで喉が焼けまして!」

 

 

 インパクトでウケるかと思い、ほぼ事実を言ってみる。

 

 が、その後のコメントTL(タイムライン)は、マジレスで溢れ返った。

 

 

「わわわ? えーと……『冗談でも、そういうのはよくないと思う』『ウケ狙ってるけど、スベッてますよ』 す、すみません! 僕が悪かったです。いや、大体ほんとのことなんですが『反応してくれるかな?』って、ネタっぽく言っちゃって……」

 

 

 予想以上の反応に鷹也は焦る。

 

 素直に謝り、画面の中のDr.ホーくんもペコリと頭を浅く下げる。

 

 SNSにおいて、こういう健康方面の話題は反応しやすいため、常連視聴者はもちろん『初コメです』というROM専(Read Only Member)たちも思わずコメントしていた。

 

 

「詳しくは言えないんですけど……ちょっと危険な事件に巻き込まれまして。入院中は声も出せなかったんですが、今はもう大丈夫です! あっ……りこちゃんさん、ナイスパです! えーと……『もしかして体の負担があるからチャンネルやめちゃうんですか?』 いえいえ、やめないです! ほんと心配しないで……あ、ローズさん、ナイスパです! ちょ、みんな一旦落ち着いて!」

 

 

 しばらく投げ銭(スパチャ)の対応をしながら言い訳を続けていると、ようやく騒ぎも落ち着いてきた。

 

 

「いや、本当にすみませんでした。こんなに心配してもらえるなんて……。このチャンネル始めて、よかったなぁ……あはは」

 

 

 Dr.ホーくんの声は、小さく震えていた。

 

 元々、他人(ひと)に何か認められたくて始めたことだが、自分でも戸惑うくらいの感動があった。

 

 

(ひよの先輩に認めてもらうだけでも幸せすぎる人生だってのに、こんなたくさんの人が俺との時間に価値を感じてくれる。本当に……ありがたいことだ)

 

 

 そんな潤んだ声に、今度はイジリのコメントが続く。

 

 それはもちろん、(ホーくん)が愛されている証拠。

 

 

「な、泣いてないですよ! 楽しく雑談配信って言ってるのに、そんなウェットな雰囲気はダメでしょう。何かもっと馬鹿馬鹿しい話題を……」

 

 

 Dr.ホーくんの戸惑いを見て、みんな、いい機会だとばかりにコメントを投げてくる。

 

 

「えーと……『初コメですが、いつも超楽しみにしてます』 あ、ありがとうございます! 『このチャンネルのお陰で、不登校だった私は学校へ行けるようになりました』 ぼ、僕そんな大きな助けになりました? やっ……ありがとうございます!」

 

 

 鷹也本人にあまり自覚は無いが、ゲーム実況でも雑談配信でも、視聴者のちょっとした悩みなどに親身になって答えることは多かった。

 

 そんな天然の人のよさが、刺さる人にはブッ刺さるボイスで展開されるので、陽代乃のようなガチファンも実際かなり増えている。

 

 

「『ホーくん、もう少し自分のスゴさに気付いてもいい』? いやいや、僕ほんとそんなスゴい配信してないんで! っと……『その天然タラシなところがいいんだけど』? そ、そんな風に思われてます? ちょっと待って! 何ですか、今日のこの展開!」

 

 

 その後も、Dr.ホーくんへの感謝の言葉は続いていく。

 

 今まで『本人のキャラクターに影響を与えまい』と暗黙の了解で控え目にしていたファン達の想いが堰を切って溢れ出していた。

 

 

「み、みんな……やめてくださいよ! なんで泣かせるんですか……ううっ!」

 

 

 ただでさえ、陽代乃と出会ってからの日々は情緒がジェットコースター状態だった。

 

 

(こんなに『必要とされてる』って思えるなんて。最近、幸せすぎて……俺、近いうち天に召されるの?)

 

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