バズり女王なのに俺の声にだけフニャるひよの先輩   作:茉森 晶

8 / 37
第8話 戻らない声

 

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 私がここへ来たから!」

 

 

 『先輩のせいじゃない』

 

 そう言いたかったが、鷹也の喉からは咳しか出なかった。

 

 

「どうしよどうしよどうしよ! 551! じゃなくて! 115! 違う!」

 

 

 慌てふためく陽代乃を少し心地よく感じながらも、『声のことだから余計に心配してくれるのかな?』と、ふと思ってしまう。

 

 そんな自分のネガティブさに呆れていた鷹也だが、その気配にハッとして、ヤツの姿を確認すべく視線を投げた。

 

 

「うあああああぁあぁぁあああぁああぁぁあぁあああああッッッ!!!」

 

 

 ナイフを構えた佐崎が、陽代乃に向かって突っ込む映像が目に映る。

 

 アニメやドラマで見たような光景。

 

 鷹也の脳裏に『まさか、死? 転生?』と一瞬よぎる。

 

 あくまで一瞬。

 

 その葛藤が生まれるより早く、鷹也の体は動いていた。

 

 

「きゃうッ!?」

 

 

 鷹也に突き飛ばされ、陽代乃の長い手足がそこらの機材をガシャガシャと叩き落とす。

 

 転がった先、床の上で顔を上げる。

 

 その時、陽代乃が見た光景は、鷹也が佐崎のアゴを掌底で打ち抜く場面だった。

 

 

「えっ? えっ? 私、また庇ってもらっ……」

 

 

 陽代乃の言葉を待つことなく、鷹也は小さな呻き声を吐きながら、ゆっくりと膝をつく。

 

 

「だ、だいじょぶ? 早く保健室へ……」

 

 

 まだ状況が判らない陽代乃は、慌ててハイハイ状態で鷹也に近寄る。

 

 その目に映ったシャツの腹部は真っ赤に染まり、突き立ったナイフを伝った赤い雫がいくつも床を叩いていた。

 

 

「あッ…………イ、イヤァ――――――――――ッ!!」

 

 

     *          *

 

 

「うあ――――ッ! うあ――――ん! おかーさ――ん! おにーちゃんが――ッ!」

 

 

(ああ……千鶴が泣いてる。近くの公園、1本だけ立った柿の木の下。無様に落ちて、うずくまってる俺。そう……体中痛い……)

 

 

 鷹也は千鶴に呼びかけようとする。

 

 が、体が重く、頭が上がらない。

 

 

(確か……手首の骨にヒビが入ってて。あんまり千鶴が泣きわめくから、近所の人が来るんじゃないかって……恥ずかしいから自力で起き上がっ……)

 

 

「ぅ…………ふ……?」

 

 

 (まぶた)を開いた鷹也の視界が、白い天井で埋まる。

 

 そこには点滴パックが吊られるレールが走り、自分の周りはカーテンで囲まれている。

 

 記憶を辿ろうとするが、頭の中はボーッとして靄がかかったようだった。

 

 

(病院…………そうだ、俺、刺されて……気を失って……)

 

 

「おにー!?」

 

 

 声の方へ、ゆっくりと顔を向ける。

 

 そこには、夢の中と同じように瞳を潤ませる妹が立っていた。

 

 

「あ、頭大丈夫? 違う、意識……うっ……うあ――――ん!!」

 

 

 抱きつく5cm前で思いとどまり、千鶴はシーツの端に顔を押しつけ泣きじゃくる。

 

 妹の頭のつむじを眺めながら、鷹也はほかに誰もいないことを確認。

 

 妹だけでも付いててくれる人間がいてよかった、と心の中で苦笑いした。

 

 

(窓が見えないけど……だいぶ時間が経ってるのか? あのストーカーを殴って……ナイフ刺さってるの見て『前に倒れられない』と思って、なんとかゆっくり後ろへ……あ、そうだ……ひよの先輩が受け止めてくれて……)

 

 

 思い出しながら、ハッとする。

 

 意識が途絶えたそのあと、どうなったのか――

 

 

「ぢ…………ぐッ!」

 

「声出そうとしないで! 今、医者(せんせい)呼ぶから……」

 

 

 千鶴は慌てながらも呼び出しのコールを押した。

 

 すぐに医師と看護師がやって来て、ベッドの上半身部分を起こし、鷹也にタブレットPCを手渡した。

 

 

「小埜鷹也さん、声は出さないで、とりあえず聴くだけにしてください。言いたいことがあれば、文字入力してくださいね」

 

 

 医者の念押しに、鷹也はコクリと頷く。

 

 薬のせいか甘苦くなっている自分の喉がどんな状態なのか、想像して、今は飲みづらい固唾(かたず)を呑む。

 

 

「まず、おなかの方ですね。不幸中の幸いですが、臓器の大きな損傷は見られず、深刻な後遺症はないでしょう。点滴で痛み止めを入れてますが、痛みが出たら教えてください」

 

 

(痛み……怖いな。だけど、刺された分には、まだ運が良かったってことなのか)

 

 

「喉の方ですが……炎症の処置はしましたが、しばらく声は出さないようにしてください。どういう薬品だったか確認中ですが……患部の状態を見た限り、2・3日でまた声を出すことができるでしょう」

 

 

(アイツ……自分で作った薬品だとか言ってたっけ。不完全な出来だったのかな……)

 

 

「ただ、もしかしたら、少しかすれた声に変わるかもしれないですね」

 

 

 医師のその言葉を聞き、鷹也の眉が数mm動く。

 

 そして、初めてタブレットに文字を入力し、医師に見せた。

 

 

『前と同じ声に戻らない、ということですか?』

 

「最初はそうかもしれませんね。それも時間が経てば、普段会話する人にはわからないくらいの変化になると思いますよ」

 

 

(声が……元の声じゃなくなる? それって……)

 

 

 100万人が認める陽代乃(ひと)が、認めてくれた声。

 

 少し自分に自信が持てそうな、人生の転機になりえるような、大事なものを失ったかもしれない。

 

 鷹也の中に、そんな喪失感が湧き起こる。

 

 

(いやいやいや、自分のことなんかどうでもいい。ひよの先輩が無事なら……)

 

 

 もちろん、それも本心だった。

 

 が、鷹也の中で、名状しがたい不安が渦を巻いていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。