やはり俺の幼馴染と後輩がいる日常は退屈しない。 作:あべかわもち
「せんぱい!私って天使っぽくないですか?」
「は?いきなりなに言ってんの?」
放課後、奉仕部の部室では部長である雪ノ下と一色、そして俺の3人が部室の真ん中に鎮座する長机の周りで各々それぞれのやりたいことをしていた。つまり暇を持て余しているだけなのだが、誰もそこには突っ込まない。いや暗黙の了解で誰も突っ込まないことになっているといった方がいいな。
さて、そんな中、俺はいつものごとく奉仕部の部室で読書に勤しんでいたのだが、一色はそんな俺から小説を取り上げて、俺の目の前でいきなり冒頭の天使宣言をしてきたというわけだ。ついにこの子は電波でも受信したのだろうか。そんなのはどこぞの堕天使アイドルに任せておけばいいのに。
そういえばこの間その堕天使アイドルがラジオに出ていたっけな。まぁ、あれくらい堂々としていればむしろ魅力的でさえあるが、一色があざとく宣言してもあざといとしか感じられない。自分で天使っていう女の子ってどうよ?
「だってぇ、私みたいに可憐で可愛い後輩女子ですよ!これはもう天使と言っても過言ではないと思うんですよね」
「いや過言だろ。お前が言ってもただあざといだけだしな」
「あざとい?なんですかそれ。私には相応しくない言葉ですね」
「いやいや。一色からあざとさをとったら何が残るんだよ・・・うん。なにも残らないな」
「しみじみと言わなくてもいいじゃないですか」
見るに明らかに落ち込んだ風な一色。本気の反応をみると、ちょっとあざとい連呼しすぎたかもと思わなくもない。いや、でもなぁ。一色はいつもあざといことばっかりしてくるし、俺にとって一色の印象はあざと可愛い後輩でしかない。むしろこれ以外の印象は無いまでもある。
「なんですかその眼は?あまり見つめられると照れちゃうじゃないですか。まぁ、いくらせんぱいが私のことをあざと可愛くて結婚したいくらい想ってくれていても口をついて出てくる言葉があまり嬉しくないですから出直してきてほしいかもなのでやっぱりごめんない!」
「なんかもはやよくわからない振られ方になってきたな」
こいつに振られるのも何度目だろうなと思いながらも、なんで口説いてないのに振られないといけなのかと静かな抗議を込めた視線を一色に送る俺。いやだって言葉で抗議してもどうせ聞いてくれないから。
それならいっそ無言の圧力というものを使えるようになっておこうと思っての行動だ。早くも成果が表れたのか、一色はなぜか頬を少し赤くしながら眼を逸らしてきた。なんだそんなに視線を合わせるのも嫌なのか。これじゃ逆効果じゃないか。
「うぅ・・・雪ノ下先輩!先輩がいじめてきます!」
一色は俺の視線から逃れるように、長机を介して俺と正反対に座っている雪ノ下の背後に身をひそめて、こっちの様子を伺ってくる。
「い、一色!雪ノ下に頼るのは卑怯だぞ!」
「ふん!せんぱいが悪いんですからね!・・・帰り道とかでしてくれたらよかったのに」
俺のなにが悪いというのか。最後の言葉はこんな疲れる会話を下校しながら繰り広げろということだろうか。なんてやつだ。ぼっちで省エネ主義の俺にとってそれは苦行でしかないぞ。一色、恐ろしい子!
最初は本から視線を外さなかった雪ノ下だが、軽くゆさゆさと揺さぶってくる一色の行動に耐えかねたのか、その視線を上げて一色に反応を返した。
「あの、一色さん。私、今読書中なのだけれど」
軽くため息をつきながら、少し不機嫌そうに一色に声をかける雪ノ下。雪ノ下さん、由比ヶ浜だけじゃなく一色にも甘くないですかね?
「お邪魔してしまってすみません。すべては先輩の責任です」
「おいこら。なんで俺の責任になってんの」
「まったく。比企谷くん、あなたの後輩なのだからきちんと教育しないとダメじゃない」
「お前の後輩でもあるぞ」
「たしかに一理あるわね。でも私の後輩である前に、あなたの幼馴染で昔からの後輩でしょう?付き合いの長さからも、年長者としての諸々の責任はあなたにあると思うのだけれど」
なかなかに正論を並べ立てる雪ノ下。こいつに舌戦で勝つのは面倒くさいことになりそうだな。ここは変化球でいこう。
「それを言うなら、俺だけの責任じゃないがな。あいつだってその条件に合致するだろ」
「八幡、それってあーしのこと?」
「おわ!?」
ぬるっと俺の後ろから現れた三浦に心底驚いてしまう。
「いつの間にきたんだよ。心臓に悪いじゃねえか」
「ごめんごめん。本当は後ろから抱き着いて驚かそうと思ったんだけど、話の途中だったし」
「なるほど。たしかに三浦さんも該当するわね」
「だろう?」
「いったい何の話?」
さすがに中身までは聞いてなかったようで、俺と雪ノ下は困惑気味の三浦につらつらとこれまでのいきさつを話す。
「いろはが天使、ねぇ?」
「そこは別に食付かなくていいじゃないですか」
弱々しい反論を返す一色。きっと自分で天使と言ったことを後悔しているのだろう。
「そして八幡はいろはが天使って思ってるわけ?」
「なんでそうなるんだよ。全く思ってない。俺の中の天使は小町含めて数人だけだ。あれ?なんで数人もいるんだ?」
「天使ってそんなに何人もいるものかしら」
「雪ノ下の主張は最もだが、事実、俺の周りにいるのだから仕方ない」
「そういうことなら、あーしは?」
「は?」
「八幡にとって、あーしは、天使じゃない、かな?」
なんでしおらしく俺の制服の袖を引きながらそんなことを言うんですかね。ちょっとドキッとしてしまったじゃなねえか。でも、天使ってのはなぁ。
「いや、お前が天使って無理があるだろ」
「三浦先輩・・・」
「天使の定義を話あうところから始めましょうか」
「あぅぅ」
三浦は頭を抱えて机に突っ伏してしまった。自分で言って皆からダメ出しうけて、恥ずかしいことを言ったのだと自覚してしまったのだから、そのダメージには計り知れないものがあるだろう。というか、三浦が天使と想像してみると、コスプレ感というか、違和感というか、そんな何かを感じる。
やっぱり、根っからの女王様気質なんだし、しいて言えば女神くらいが妥当のように思える。そう言えばよかったのかもしれないが、事態が好転していたかはわからない。それに、彼女らの反応をみるに、天使って言われる方が嬉しいのだろう。
しかし、一色しかり三浦しかり、まだ天使についてよく理解していないようだ。天使っていうのは、小町や戸塚みたいな奴のことを言うんだよ。
「やっはろー!!今日は依頼人を連れてきたよ」
「お、お邪魔します」
「あ、天使きた」
俺の中の3人目の天使こと、戸塚彩加が由比ヶ浜と共にやってきた。噂をすればなんとやらだな。このタイミングの良さは見えざる者の力が働いたとしか思えない。どうやら、ラブコメの神様はきちんと仕事をしているようだ。ありがとう神様!
「私も奉仕部の部員だし、ちゃんと活動しないとって思ってたら、彩ちゃんが悩んでるっぽかったから連れてきたの」
「由比ヶ浜さん」
「いやぁ。お礼なんていいよ、ゆきのん。これも部員としての正式な活動っていうか。義務っていうか」
「いえ、そうではなくて。その、言いにくいのだけれど」
「うんうん」
「由比ヶ浜さんは部員ではないのだけれど」
「へ?」
「だって、入部届もでていないし。平塚先生からも何も聞いていないもの」
「えぇ!?私、部員じゃなかったの!?」
「そういうことになるわね」
「・・・じゃあ書くよ!!入部届くらい、何枚でも書くから!だから、仲間に入れてよゆきのん!」
まじかよ。由比ヶ浜が部員でないとか、かなりの衝撃なんだが。あれだけここに入り浸っていたというのに。由比ヶ浜のやつ、涙目になりながら、ルーブリーフに何か書き出したぞ。まさかそれが入部届のつもりか!?しかも、入部届を「にゅうぶとどけ」って書く高校2年生って・・・
「結衣、ここ間違ってるし。次はこう書きな。というか、あーしが使った時の余りがあるから、こっちにきちんと書きな」
あっ、三浦に訂正くらってる。三浦のやつなんで正式な入部届の用紙を持ってるんだよ。まぁ、どうせ、見かけによらず心配性のあいつのことだから、何枚か余分にもらっていたんだろうけど。改めて思うことだが、三浦はなんだかんだ言って面倒見がいいんだよな。じつは俺もけっこう助かってるし。
「由比ヶ浜さんは置いてくとして「ひどい!?」・・・戸塚彩加くんだったわね。あなたの要件を聞かせてもらえるかしら?」
そうだった。由比ヶ浜が一人で盛り上がって自滅していたから、連れられてきた戸塚は一人蚊帳の外状態だったが、依頼があってきていたんだった。一体どんな悩みを抱えているというのか。もし誰かにいじめられてるというのなら、この比企谷八幡がステルスヒッキーを全力で使って相手をストーキングし、ありとあらゆる弱みを握って、そいつを社会的にどうにかしてやるところなのだが。いやいや。我ながらなんて陰湿なやり方なんだよ。
「う、うん。じつは僕が入っている部活のことなんだ。部活っていうのはテニス部なんたけど、すごく弱くて、人数も少ないんだ。これから3年生が抜けるともっと弱くなると思う。それもあってか、部員のやる気もあまり高くなくて」
あははと力なく笑う戸塚もとい俺の天使。話を聞いていると戸塚はかなり悩んでいるようだ。テニス部、ね。そういや、マイベストプレイスからテニスコートが見えるから、たまに眺めているが、たしかにあまり活気があるとは言えないかもしれん。戸塚はほぼ毎日昼休みにコートに来ていて、誰かとラリーの練習をしているか、そうでなければ壁打ちしているらしい。ただ、他の部員は日によって参加したりしなかったりだという。
「状況はある程度理解できたわ。それで、あなたはどうしたいの?」
「強くなりたい。強くなって、皆を引っ張れるようになりたいんだ」
「要するに、あなたを鍛えればいいのね?」
「うん。僕が強くなれば、きっと皆もやる気が出て、練習とか試合とか集中して取り組んでくれて、テニス部として強くなれると思うんだ」
なるほど。まずは自分が音頭をとって、部員のやる気を引き出そうということか。なんて真面目なやつなんだ。さすがは俺の天使だ。
「彩ちゃん偉いんだね!そんな風に皆のことを考えられるなんて。私も見習わないと!」
「自分が強くなれば、か」
三浦がブツブツと呟いるのが気になったが、それよりも由比ヶ浜が変なやる気スイッチを出している方が喫緊の問題だ。またいつぞやのクッキーの時のように、別世界の何かを錬金してしまうかもしれん。後で雪ノ下と対策を練らなければ。
「そう。わかったわ。あなたの依頼、引き受けます」
俺が由比ヶ浜の言葉に戦慄を覚えていると、いつの間にか、うちの部長はこの依頼を受けることにしたようだ。
俺を含めてとくに異論は出なかったので、雪ノ下のこの決断によって、戸塚の依頼が奉仕部の次の案件となった。