一話の感想を書いていただいた方。ありがとうございます。こちらのサイトのルールがわからないので、返信して良いものか分からず、代わりにこちらでお礼を申し上げさせていただきます。
数時間おきに寝て、起きて、世話されてを繰り返しているためあまり正確ではないが、生まれてから数日経過したと思われる。まだ目が開けられないので、20日は経過していないだろう。
しかしこの数日間は、本当に大変だった。生まれ変わったのを理解したものの、何しろ自分は未だ目の開かぬ赤子なのである。
想像してみて欲しい。成人男性が突然、赤子として生活しなければならなくなったときの気持ちを。お腹が空くと、我慢しようと思っても本能に振り回されて体が泣き出してしまう。オムツに排泄した不快感を我慢しようと思っても、これまた本能に振り回されて体が泣き出してしまう。じゃじゃ馬のごとく暴れる本能を、理性で制御できないのだ。元大人としては、はっきり言って申し訳なさと恥ずかしさで一杯なのだ。
そして何より、ぐずる私を、声からして生まれ変わる前の私と同じくらいか、それよりも若いであろう男女にあやされて、安心しきって泣き止んで眠りについてしまう自分が一番恥ずかしいのだ。どれくらい恥ずかしいかというと、教師をママと呼んでしまった時の3000倍くらい恥ずかしい。
いや、そんなことはひとまずどうでも良い。いやどうでも良くはないのだが、一旦置いておいて、色々考えることが山積みなのだ。
まず、何で私は生まれ変わっているんだ?そもそも死んだ記憶が無い。
いつも通り仕事が終わり、いつも通りのルーティンを済ませて、眠りについた。しかし起きたら、母親の胎内で意識を取り戻していたわけで、全くもって意味不明なのだ。死んだ記憶もなければ、記憶を持ったまま生まれ変わる原因も想像がつかない。
実は夢を見ているだけかも?とも思ったが、こんなに感覚も思考もクリアで、時間感覚が起きている時と変わらないと夢とは考えづらい。
他にも、今この瞬間、私は死にかけていて、過去の記憶が走馬灯のように蘇っているのかとも思ったが、私の記憶している過去の事実と、今体験している事に齟齬があるのだ。そもそも両親の声が明らかに違う。加えて、私が前世で生まれたときは、確か病院で取り上げられたはずだが、今世はおそらく自宅出産ぽいのだ。
お世話は看護師ではなく両親とお手伝いさん?のような人がしてくれているうえ、周りから聞こえる音がそもそも違う。病院なら聞こえてくるはずの音、隙間や段差のないツルツルだが滑って転倒しずらいあの床特有のキュッキュッという音、患者や見舞いの人の履いているスリッパのパタパタ音、車椅子や点滴の袋を吊るす台や歩行器についた車輪やキャスターの出すカラカラ音。そういった病院特有の音が聞こえないのだ。
聞こえるのは生活音、木の床を歩くコツコツという音(裸足や靴下にしては音が鋭いし、珍しい土足の家?)。炊事洗濯をする水の音と、陶器のぶつかり合うカチャカチャした音。レトロ感を感じる据え置き電話の着信音。
前世の記憶と齟齬があるのだから、走馬灯ではないのだろう。そして何より、我が家はお手伝いさんを雇えるほど金銭的余裕のある家庭というわけでもなかったはずだ。
あと考えられるのは、精神疾患や脳に異常をきたした場合だが、これに関しては、もう素人の自己判断によってどうにかなるような問題ではないので、一旦考えないでおこう。というか、現実的に様々な可能性を考慮して考えても、その辺にいるサラリーマンAでしかなかった私の知識では、こんな非現実的な状況を説明できる気がしないので、記憶を持ったまま生まれ変わったのは、もうそういうものとして受け入れることにした。
次に考えたのが、私が生まれたこの場所が一体どこなのか、一体どういう環境なのかだ。まず両親とお手伝いさんが喋っている言語は明らかに日本語だ。しかし土足で歩いているような足音がしたり、会話にときどき日本では聞きなれない単語が混じっているのだ。(ヨルビアン?バルサ諸島?どこかで聞いたことがあるような単語だが、両親の会話の文脈的にどこかの地名?)
なので、日本語で会話していることも加味して、日本語話者の家庭だけど海外在住、もしくは日本在住の外国人家庭のどちらかと推測している。
金銭的には、そこそこ裕福なのだろうと思われる。まずお手伝いさんが知る限りでは(いつも同じ人が1人だけではあるが)毎日いて、何か用事を頼まれていなければ、常に母親か私のそばにいるのである。さらに言えば、外から人の喧騒が聞こえてこないあたり、そこそこ広い土地の一軒家なのだろう。子供の声も聞こえてこないあたり、一人っ子。家持ちの裕福な家庭に一人っ子、生まれた環境としてはかなり良い方なのではないだろうか?
問題は、そんな裕福な生活を支える収入源がわからないことだろうか?父親が家で仕事の話をするのが嫌いなのか、少なくとも私の聞こえる範囲では一切仕事の話をしないし、母親もそれがわかっているのか、言及している所も聞いたことがない。まあこれは小さな問題で、私が育っていく間に何かしらの聞く機会もあるだろうと思われる。(安定した職業だと嬉しいと思うが)
さて、ここまで色々と思考を巡らせて誤魔化してきたが、今後のことを考えるといつまでも現実逃避していられない。私のこと、特に性別のことについて考えようと思う。いや、まあ、考えるも何もないのだ。自分で下の処理が出来ないから、周りの人間にお世話されている時に、本来あるべき感覚が無かった。それだけの話なのである。まあ、濁さずに言えば言ってしまえば、前世で二十年以上一緒に過ごしてきた下半身の相”棒”の感覚がない。私、女の子に生まれ変わってないか?というだけなのだ。
個人的に男の方が気楽に生きられるからよかったのだが、無いものねだりをしてもしょうがないだろう。いや感情的には、何もしょうがなく無いだろ!どういうことだよ!と思っているが、グダグダ男の方が良かったとか思っていても相棒が帰ってくるわけでも無いし、ストレスが溜まるだけで良いことが一つもないので、仕方なく、本当に仕方なく一旦受け入れようということである。問題の先送りともいうが、十数年後。具体的には月の物が来始めるまでに、心の整理がついて、新たな自分の性別を真に受け入れられていることを祈るばかりである。
TSは完全に作者の性癖です。