side冬美
「ぐっ……ぬぅ……」
「お父さん!!」
瀬古杜岳の薄暗い木々の中、人の肉が燃える嫌な匂いが広がっていた。
「あ~あ、個性を奪われてるから俺に勝てる訳無いってんのに……何今更俺を頑張って止めようとしてんのさお父さん……」
「燈矢兄ぃ……」
地面に倒れるお父さんを、とてもとても楽しそうに笑いながら……しかし、目だけ……目だけがとてつもなく冷たい光を放ち……燈矢兄は見下ろしていた。
「危うく殺しちまう所だったじゃねえか!!いやーやり過ぎちまったわ!!ごめん!!ごめんよお父さん!!生きてる?ねぇ?ちゃんと生きてるよな!?」
燈矢兄を止めようと、拘束しようと攻撃をしかけたお父さん。
そのお父さんを燈矢兄は返り討ちにしていた。
その……圧倒的な炎の力を使って。
お父さんの個性を使って。
お父さんは酷い火傷をドンドン増やしながら、それでも諦めずに何度も何度も燈矢兄を拘束するために攻撃をしかけていた。
その度に燈矢兄の放つ炎に迎撃され……幾度か繰り返した後に、力尽きたのか地面に崩れ落ちた。
……それが、今だ。
「……やり過ぎちまったよ!!悪いなぁお父さん!!でもまだまだ死なないでくれよなぁお父さん!!これからが本番なんだぜ!!」
「……一体……何するつもりなの、燈矢兄?」
「あは♪」
傷つき気を失い地面に倒れたお父さん。
そのお父さんに寄り添う私。
……そんな私達をとてもとても楽しそうに笑って見下ろし、
「言っただろう冬美ちゃん」
「燈矢兄ぃ……」
狂気に染まった瞳で、口調で、宣言する。
「俺は魔王になるのさ。これから魔王が世界を壊す。轟炎司の血筋から産まれた魔王が、この日本を破壊するんだ。良かったなぁお父さん!!強い息子が欲しかったんだろう!?オールマイトを超えるくらい強い息子が欲しかったんだろう!?願いが叶ったじゃねえか!!俺は最っ高ぉ〜っに!!強い息子になったぜお父さんよぉ!!まだ死ぬんじゃねえぞお父さん!!ちゃんと生きて!!アンタの息子が世界を滅ぼすのを見届けろよ!!世界を滅ぼした後に!!ちゃんとアンタも殺してやるからさ!!」
はぁーーーっはっはっは!!
狂笑する兄。
……そして私は、そんな兄をしばし呆然として見上げていた。
「……ぐっ!!」
「……燈矢兄?」
……笑い続けていた兄が突如両手で頭を抑えるようにして呻く、
「……まだだ……まだだろ……まだ俺のターンだ……約束だろうが、アンタは奥に引っ込んでろ……」
酷い頭痛に突如襲われたように呻く兄、しばらくして落ち着いたのか。
「……ま、そんな訳だ冬美ちゃん。さっさと警察にでも通報して、その後にソイツが死なねえように救急車も呼んでやれよ。お楽しみはまだまだこれから何だからよ」
まだ少し頭痛が残っているようなしかめっ面で、彼はそう言うと口から『ゴボッ』と黒い泥を出して、そしてその泥に飲まれて消えていった。
薄暗い瀬古杜岳。
そこに残ったのは、私と、人の焼けた嫌な匂いと、そして傷ついたお父さん。
……これから私達は……私達家族は、そして日本は……一体どうなってしまうのだろうか……
「う……燈…矢ぁ……」
「……いけない!!ごめんお父さん!!まずは救急車呼ぶね!!しっかり!!しっかりして!!」
将来への不安に苛まれながらも、今出来る事をするしかない。
私はスマホを取り出し、震える手で操作を始めた。
side回原
「エンデヴァーさんと連絡ついたんですか!!」
群訝山荘での決戦後しばらく。
拘束した異能解放軍を警察と協力して刑務所へと連行している最中、ホークスさん宛てにヒーロー公安委員会本部から連絡がはいった。
「……正確にはエンデヴァーさんからじゃなく、その娘さんかららしい」
「……ふむ……不穏デニムだな」
「不穏デニムで済めばいいんですけどね……」
そうしてホークスさんが情報を共有してくれる。
連絡が取れなかったエンデヴァーさん。
その理由は娘さん……家族を人質に取られ、瀬古杜岳に一人で来るように呼び出されていたからだった。
そこで待っていたのは荼毘……エンデヴァーさんの息子。
指名手配中のヴィランだ。
「荼毘は不思議な力でエンデヴァーさんの個性を奪ったそうだ。そして拘束しようと襲ってきたエンデヴァーさんを返り討ちにすると、不思議な泥に包まれて何処かへと去って行ったらしい」
「何処かって……」
「……燈矢兄が親父をボコしたのなら……次の狙いは、俺か?」
轟の発言に皆が注目する。
「……その可能性は高いね。そして、異能解放軍の大勢のメンバーを刑務所に連行しているこのタイミングで襲撃を受けるのは好ましくないね」
「……けっ!頭数だけは揃えてやがったからな連中は!!護送するのも一苦労だぜ!!」
「……結果、ヒーローの戦力は縦に長細く分散されている。かといって戦力を集結させると、今度は異能解放軍の刑務所への護送が不安になる、か……」
「……戦いの前に感じていた不安の正体はこれだったのか?」
トンガリやエッジショットさん、ベストジーニストさんも交え対応を協議する。
捕らえた異能解放軍を刑務所へ連行する。これを止める訳にはいかない。
しかし、連行するならば警察と連携し、刑務所へ向かう車両の警護にヒーローを出す必要がある。
……その為に、ヒーロー側の戦力は分散され……俺達が残っていた群訝山荘近辺の戦力は手薄になっていた。
「……どうしますかホークスさん?」
「……………」
皆を代表した俺の問いかけに、ホークスさんは腕組みししばらく考えると。
「……荼毘の狙いが本当に焦凍くんだとするなら……ある意味で好都合かもしれないな」
「ホークス、それはどういう意味だ?」
轟の疑問に応えるようにしてホークスさんが言葉を続ける。
「すまないけど、焦凍くんを囮に使わせてもらう。ここには焦凍くんと俺達だけが残る。そしてもし本当に荼毘が焦凍くんを狙って襲撃して来たのなら、ここに残った俺達少数精鋭のヒーローで相手をする」
……なるほどな。
戦力が分散されるのが避けられない以上、それを最大限に活かすしかない。異能解放軍の連行はこれまで通りそのまま継続。俺達はもしかしたら襲って来るかもしれない荼毘に備え、この群訝山荘で待機するという事か。
他人の個性を奪う……何とも恐ろしい力だ。
そんな恐ろしいヴィランと戦うのであれば、そんなヴィランと戦っても個性を奪われないような少数精鋭のメンバーで対処するのが適切かもしれない。
「……方針は決まったな」
「ええ。では我々はここの警備に集中するとしましょう」
そうして俺達はヒーローと警察によって次々と連行されて行く異能解放軍を見送りながら、交互に休息を取り襲撃に備えた。
捕らえた異能解放軍は本当に大人数で……全てのヴィランをこの群訝山荘から連れ出す頃には、空は黒くなり星が瞬き始めていた。
……そう、襲撃を警戒している内に、時刻は夜になっていた。
しかし……荼毘が、来ない。
明るいうちではなく、暗くなったこれから襲撃してくるのだろうか?もしくは……
「……もしくは、燈矢兄の狙いは端から俺じゃなくて……もっと別の何かだったのか?」
「轟」
あれからずっと厳しい顔を緩めない轟。
エンデヴァーさん本人から聞いたように、轟の家庭の事情は複雑だ。兄である燈矢……荼毘が轟を狙って来る事は十分に考えられたのだが……
「……それでも来ねえって事は……もっと先に優先する何かがあるって……つまりそう言うことかよクソ……」
「トンガリ」
冷静なトンガリの言葉。
コイツは本当にこういう時は頼りになる。
家族への復讐に燃える荼毘。
そんなヤツがエンデヴァーさんを殺さず、かつその息子である轟を狙わずに……
「……一体、何を考えてやがるんだ燈矢兄ぃ……?」
……一体、荼毘は今何処で何をしているのだろうか……
side AFO
「やぁ……よく迎えに来てくれたね『僕』」
「気が早えよ……まだ『俺』は『俺』だ」
「ああ……それはそれは……すまなかったね」
ここはタルタロスの上空。
本土から5キロ離れた沖にある刑務所。
ヴィランの中でも特に凶悪なヴィラン……そんなヴィラン達を収監する為の特別な刑務所。
それがタルタロスだ。
その上空で僕と僕……いや、敬意を評して『まだ』荼毘くんと呼ぼうか……僕達2人は向き合っていた。
脱獄にも、外部からの襲撃にも、万全の備えをしている筈のタルタロス。
「だけど……内外から同時に襲撃を……電波を使って中と外でコミュニケーション取りながら、かつシステムを復旧不能にされて、更にハイエンド脳無に襲われるような事態までは想定してなかったよねぇ。まあおかげで僕が脱獄出来たからいいんだけど」
……そう、そんな恐るべき警固態勢が備わっている筈のタルタロスは、荼毘くんと彼が連れてきたハイエンド脳無達……そして中から呼応した僕の手によって一晩で陥落していた。
陸から5キロ離れた、人の作りし孤島。
周囲は海以外に何も無く、故に夜の闇は深い。
そんな闇を照らすように、タルタロスの各所から火の手が上がり……あらゆる所から様々な破壊音が響いていた。
暴れるハイエンド脳無。
この機に乗じて脱獄をしようとする凶悪なヴィラン達。
「……一度入ったら終わり……とすら言われてるタルタロスもこうなると呆気ねえもんだな」
荼毘くんの言う通り、内外からの同時攻撃と、それに呼応し暴動を起こした凶悪なヴィラン達によって、タルタロスは一気に崩壊へと進んでいた。
……いや、しかし……
「……おかしいな」
「……何だよ?」
……おかしい……おかしいのだ。
「僕の計画ではもっと……もっと被害が大きい筈だ。もっと火の手は大きく上がり、建物の損害は激しく……何よりも、暴動に参加しているヴィランが……思ってたより、少ない?」
「……んな事ありえんのかよ?ここに捕まってるような奴らは、この機に乗じて一暴れかましてから脱獄しようって、そんな連中ばっかりの筈だろ?」
「……そうなんだよね……だからこそ……何かおかしい……」
……何だ?計画は完璧だった筈だ。
ヒーローと異能解放軍を正面からぶつけさせ、その隙にエンデヴァーを襲撃、炎系最強の個性を奪う。
群訝山荘という遠方にヒーローを集め……その隙にタルタロスを襲撃し、脱獄する。それもタルタロスに収監されていた凶悪なヴィラン達のオマケつきで。
うん……間違いない。完璧な計画だった筈だろ……しかし……
何だ……この言い表せない不安は……
……そうして……タルタロスの上空から下を見渡していて……それに気づく!!
下で暴れていたヴィラン達!!
そのヴィラン達がバタバタと倒れていく!!
次々と!!ドンドンと!!
その原因はあれか!!あの怪し気な紫の霧のようなガス!!
何処から発生したのかわからない!!原因不明の謎のガス!!
あの怪し気な紫のガスのようなものに触れた瞬間!!ドンドンと凶悪なヴィラン達が倒れ!!そしてその紫の何かから逃げる動きが!!下の混乱を!!ヴィラン達の同士討ちを発生させていた!!そりゃそうだ!!何せ連中同士は仲間でも何でもない!!ただ自分が助かる為に!!自分だけが助かる為に行動するような連中だ!!こうなるのは必然だった!!
「一体!!何だ!!どうなっている!!」
急いで暗視+遠見+遠耳の個性を組み合わせて発動!!
この混乱の中心を!!紫の霧を生み出している中心を探す。
……そして、見つけた。
それは、小柄な少年。学生服を着た中学生くらいの少年。
その少年が、対毒ガス用のマスクをつけた彼が、倒れた凶悪ヴィラン達に周囲を囲まれた少年が、ビシッ!!と特徴的なポーズを決めて!!
そして!!叫んだ!!
『し〜ん!!ぱ〜くっ!!』
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ひゅっ」
「……あれは……雄英の合宿襲撃した時の、確かマスタードだったか?……って、おい……どうしたんだよ?」
荼毘くんの問いかけに、冷静になって言葉を返す事が出来なかった。
だって……
だって……
今も毒ガスを撒き散らかすマスタードくんの……その横に浮かんだ黒いワープゲート……うん、黒霧の個性だね……そこから……
「…………うわぁ……あちゃぁ………」
「おい……おい、AFO。どうしたんだよおい!!」
『無敵超人』
『あらゆる中国拳法の達人』
『哲学する柔術家』
『喧嘩百段』
『裏ムエタイ界の死神』
『剣と兵器の申し子』
『風を斬る羽』
『一人多国籍軍』
毒ガス対策のマスクをつけた、梁山泊の豪傑達が次々と姿を現したのだから……