side死柄木弔
「ほれ!これが完成した薬じゃぞい!」
「……ああ」
夕食後、ドクターの秘密の研究室。
そこで俺とドクターは向かいあっていた。
俺の個性を復活させる薬が出来た。
そう呼び出しを受けたからだ。
そして俺はその薬を受け取る。
見た目はトリガーとかと同じタイプ。おそらく空気圧で首筋から体内に取り込むのだろう。
「残念じゃが……あのエリとかいう子の血の性質上……対象者の時間を巻き戻すことで失った個性を取り戻すという薬になってしもうた。その為、お主の個性は取り戻せるが、あの泥花市での、圧倒的な破壊の力が覚醒した後の数分……あのピンポイントを狙って巻き戻す調整がどうしても出来んかった……」
ドクターが薬について説明していた。
俺の個性は戻るが、泥花市で目覚めた連鎖する崩壊の力はおそらく使えないだろう、と。
俺はその説明を、どこかぼんやりとした気持ちで聞いていた。
「……どうしたんじゃ?」
……そんな俺の、どこかぼうっとした様子を見て、怪訝そうにドクターが問いかけてくる、が、
「ああ……聞いてたよ。まあ、それは仕方ない。元々ヒーローにしてやられた俺が悪いんだからよ」
「……死柄木……弔?」
……薬は受け取った。だから、ここにもう用はない筈だ。
「……悪ぃけど今日はちょっと調子が悪くてな……今晩ゆっくりと寝て、明日体調を万全に整えてからこの薬は使わせてもらうことにする」
「……あ、ああ!!そ、そうかの……お、お大事に、な……」
背中を向けて研究室から立ち去る俺。
その背中に『一体コイツはどうしてしまったんだ?』という視線が突き刺さっているのがハッキリとわかる。
だが、俺はそれを無視してこの部屋を退出した。
「……聞いてたぜ。薬、使わねえつもりかよテメエ」
「……荼毘か」
ドクターの元を去り部屋に向かう途中の廊下で荼毘に出会う。いや、コイツが俺の前に立ち塞がったというのが正しく、俺は足を止めて荼毘と向き合っていた。
……何らかの個性を使って俺とドクターのやり取りを聞いていたのだろう。
「随分とつまんねえ奴になっちまったなあ死柄木弔さんよう!!泥花市の負けで心が折れたんかよ!!世界を壊すって!!ギラギラしてたあん時のテメエは何処に行ったんだ!!!」
激情のまま、俺に向けて叫ぶ荼毘。
「……薬を使わねえとは言ってねえだろ。今日は体調が悪いんだ。ゆっくり寝て明日万全の状態になってから使う……そんだけの話だ」
「はっ!!そうかよ!!じゃあ俺は!!明日もお前の体調が悪くなってないことを心の底から祈っておくぜ!!」
俺の言葉を一切信用していない……そんな荼毘の言葉。
それに俺は、
「……別に、お前がそう思うのはお前の勝手だ……じゃあな、俺は部屋帰って休む」
それだけ言って、俺は歩くのを再開。荼毘の横を通り過ぎ廊下を歩いて行き、
「……テメエがちゃんと薬を使って、またあの恐ろしい個性を……泥花市で見せたあの圧倒的な破壊の力に再度覚醒するのを祈ってるよ……俺はな、マジで期待してんだよ……テメエとなら……あの時の死柄木弔となら、この世界をマジでぶっ壊せるってよ……俺の……僕を……俺、の……期待を裏切るんじゃねえぞ死柄木弔……」
俺の背中に突き刺さってくるその言葉。あの泥花市で見せた俺の個性を、心の底から望む荼毘。
「……なあ、荼毘?」
「……なんだよ?」
……俺は再度足を止めて、後ろを振り返りまた荼毘を見る。
……火傷の消えた、本来の端正な顔立ちをした……しかし、狂気の炎をその奥に宿した、危険な魔王を。
「……もし、俺が個性を取り戻して……泥花市での、あのとんでもない破壊の力に再度目覚めたとして……そしたら、お前はそんな俺と何がしたいんだ荼毘?」
俺の問いかけに、荼毘が答える。
「……ああ?さっきも言っただろうが。ぶっ壊すんだよ。ぶっ壊すんだよ!!そう!!このクソ食らえな世界をよ!!お前のあの力があれば!!その気になれば日本って国そのものを!!日本って大地そのものだって崩壊させられるだろうが!!破壊だよ。壊すんだよ!!全てを滅ぼすんだよ!!俺はお前とそうしたいんだよ死柄木弔ぁ!!」
最初は落ち着いて話そうとして、すぐに抑えきれない激情に声を荒げ、その勢いそのままに叫ぶ荼毘。
「そうかよ、だがな……」
「……あん?」
そんな荼毘に、俺は努めて冷静に、
「……俺が壊したいって言ってたのはよ……俺が本当に壊したいのは、それじゃねえんだよ荼毘」
「………」
努めて冷静に、俺は荼毘に語りかける。
「俺が壊したいのは、この歪んだヒーロー社会……その社会的、政治的、固定観念であったり、今世の中に蔓延っている超人社会ならではの歪んだ常識とか考え方とか、そう言った目に見えないが確かにある『何か』だ」
「………」
「『物理的にマジで世界を壊す。破壊し尽くす』だなんて、一体誰が望んでるなんて言ったんだよ。それは俺の望む破壊の過程でその内の何%かは起こり得るかもしれない……だが世界を物理的に破壊し尽くした後で……そんな後では、俺達ヴィランだって生きていけねえだろうが」
俺の冷静な言葉を荼毘は大人しく聞いていて……聞いていた、と思った、が……
「……は!!随分と大人しいお利口ちゃんな意見じゃねえか!!意識高い系魔王でも目指してんのかよテメエ!!」
「……荼毘……お前……」
……が、再度激昂した荼毘が、吠える。
「魔王がやる事なんざ破壊だ!!殺戮だよ!!それ以外に何があるってんだ!!破壊し尽くして殺し尽くした後の事なんざ知るか!!そんなの魔王の考えることじゃねえだろ!!滅びこそ我が喜び!!死にゆくものこそ美しい!!って大魔王様も言ってんだろうが!!」
……そのネタで言うと、実際その大魔王様は上手いこと人間を滅ぼし尽くさずコントロールしている訳だが……そんな事を大人しく聞ける精神状態ではなさそうだった。
「興醒めだ!!つまんねえ!!つまんねえ!!」
「……荼毘」
「そのつまんねえツラを俺に見せんな!!さっさと行っちまえ!!」
「……ああ」
……これは、何を言っても無駄か……
これ以上の問答を諦め、俺は再度荼毘に背を向けて歩き出した。
「クソが……クソが!!クソが!!」
ゴッ!!ガッ!!グシャ!!
……そんな俺の背後からは、怒り狂った荼毘が周囲の物に当たり散らす音が……当たり散らす音が響き、徐々に遠ざかっていった。
「……………」
俺は何も言わず、その場から歩き去り……
「……死柄木」
「……弔くん」
「……コンプレスにトガか」
……少し離れた所で、俺達の様子を見ていた2人の前に立った。
「……アイツ……前からあんなだったっけか?」
「……前から過激な所はあったと思いますが……ですが再会してからは……正直、ついていけません」
「……確かにな」
元々ヴィラン連合に合流した時点で、荼毘は凶悪なヴィランだった。人を殺す事など何も罪悪感を持たないような、そんな凶悪なヴィラン……
だが……
(……それにしても、だとしても、再会してからのアイツは様子がハッキリ言っておかしい……おかしすぎる)
ドクターから先生の個性を……AFOを受け取った荼毘。
それに耐えうるような肉体改造も行った荼毘。
……その代償に精神に何らかの異常をきたしたのか?
「……弔くん?」
「……いや、何でもねえ」
ちらとトガを見る。
以前はしょっちゅう血を吸いたい血を吸いたいと煩かった猟奇的な彼女は、再会してからはかなり精神的に落ち着いていた。
それは彼氏であるコンプレスのおかげもあるだろうし……定期的に血を吸わせて貰うことで精神が安定している、という個性を原因とした理由もあるのではないか?
(先生の個性を植え付けられた事で……荼毘の精神に異常が……元々持っていた破壊衝動が酷くなっている……あり得るのかよ、そんな事が……)
個性が原因で、精神が世間一般の世の中の人から逸脱する、というのはトガを例とすればわかりやすい。
……実際、それで世間に馴染めず、やむを得ずヴィランになる者は他にも多数いるのだろう。
(だから……お前もそうなのか、荼毘……?)
……そして、だとしたら……
(……俺も、か?)
泥花市で個性を失ってからの事を落ち着いて考える。
……あれから、慢性的な皮膚の痒みは無くなった。
……不思議とスッキリとした気持ちで、自分の境遇を受け止められるようになった。
……そして、世の中を壊したいというあの暗くて強い衝動が……不思議と薄れているのを感じる。
ただ、最後のはきっと……
(……アンタのおかげもあるのかもしれないけどな、オールマイト……)
『雄英の教師って暇なのかよ?』
……しょっちゅう面会に来るオールマイトに嫌味混じりに言った俺の言葉。それに困ったように笑っていた彼の顔をふと思い出す。
泥花市からの3ヶ月。
オールマイトとは本当に色々な事を話したと思う。
俺の事をたくさん話したし、アイツの事もたくさん聞いた。
……だが、以前の俺であれば、もしかしたら冷静にオールマイトと話せなかったかもしれない。
本来無かったかもしれない、俺の精神的な落ち着き。
その落ち着きをもたらしたのが、崩壊という物騒な個性の喪失だとしたら……
(……荼毘)
……今のアイツの危険な精神状態は、受け取った個性が原因なのだろうか……
「……大丈夫か?」
「……ああ、悪い何でもねえ。ちょっと考えこんでただけだ」
「そうですか。それなら安心なのです」
そのまま3人で話ながら廊下を歩く。
2人はまだお菓子でも食べながら一緒にいるつもりらしく食堂に向かうそうだ。バカップル万歳で結構な事だ。
途中まで一緒の道の為3人で歩いていると、
「あ!!エリちゃんなのです!!」
「トガちゃん!あっくんさん!!弔さん!!」
ちょうど食堂から出てきたエリという女の子とばったり出会う。
「どうしたのですかエリちゃん?」
トガの問いに、
「お部屋で飲むお水無くっちゃったからもらいにきたの」
そう言ってペットボトル入りの水を見せてくる。
「そっかー。言ってくれたらおじさんエリちゃんの為にお水持っててあげたのになあ」
「このロリコンは本当に幼女に甘いですねえ」
「待って!!ねえ待って!!ねえ!!今のは世間一般レベルの優しさじゃないの!?ねえ!?ねえ!?」
「……うぜえよ俺を見るな巻き込むなこのバカップル共が」
……さっきまでの暗い雰囲気を隠すように、早速夫婦漫才を披露する2人。そんな2人を楽しそうに見ている女の子。
「みんなはどうしたの?」
「私とあっくんは食堂でお菓子食べながら駄弁る予定です。弔くんは……」
「……このまま部屋に戻る」
俺がそう言うと、
「じゃあ途中まで一緒だね。一緒に行こ、弔さん」
……その小さい女の子は、俺に向けて、その小さな小さなてのひらを伸ばしてきた。
「……あ……うぁ……」
脳裏に何かの映像が浮かんでは消え、浮かんでは消え、そして浮かんでは消えていく。
フラッシュバックする小さな頃の微かな記憶。
自分に対し手を伸ばす、別の小さな女の子。その小さなてのひら。
「……弔さん?」
「……あ」
……一瞬、意識がどこかに飛んでいた。
本来であれば恐れる理由など何一つない箸の小さな小さなてのひらによって。
(……俺は、この手を取っていいのだろうか?)
「……おまえ、俺と手をつないでもいいのか?」
……思った事が、ほぼそのまま口から出ていた。
無意識に。
俺の言葉にエリという子は頷き、
「うん。お部屋までお手々つないで行こう弔さん。トガちゃんもあっくんさんともいつもそうしてるの」
「……そう、か……」
俺は、この手を取っていいのか?
壊れないのか?大丈夫なのか本当に?
個性は、崩壊の個性はすでに失っている。
だから、絶対に大丈夫な筈だ。
理屈では大丈夫とわかっているが、どこかで騒ぎ立てる心、それを抑える事が出来なかった。
おっかなびっくり、恐る恐る伸ばした俺の手。
それが、少女の手を取る。
(……小さいな。小さな、手だ)
……暖かく、小さくて、脆くて弱い……個性を持たない俺ですら、力一杯握ってしまえば壊れるであろう……そんな小さなてのひら。
……俺は、それを今、握っていた。
……そんな俺の心の動きを何も知らないこの子は、ようやく手を取った俺を見て笑い。
「じゃあ行こ弔さん。トガちゃん、あっくんさんまた明日。おやすみなさい」
おやすみーおやすみーという2人の言葉を背に、俺とエリという子の2人で歩き出す。
手をつないだ、そのままで。
特に会話が無かった。いや、本当は俺が何か話すべきなんだろうな、大人なんだし。
「……なあ、飴食べるか?」
たしかこんな時の為にポケットに入れといた筈……そうポケットを漁る俺を、
「ううん。今日はもう歯磨きしちゃったから甘いの食べられないの。でもありがとね弔さん」
首を左右にふるふる振りながら断った。
「……そうか、もう今日は歯磨きし終わったのか」
「うん」
そうか、歯磨きしたのか。
「……そうだな。じゃあ、もう今日は甘いもの食べられないな。そうだよな。うん。当たり前の事だよな」
「うん」
それから2人でゆっくりと、こいつのペースに合わせながら手をつないで歩く。
何でもないような、どうでもいいような、とても普通の、当たり前の事を話しながら。
これがおそらく年内ラストの更新になります。
少し早いですが読んで頂いた皆様、拙作にお付き合い頂き誠にありがとうございます。
誤字脱字のご協力ありがとうございます。この場で御礼申し上げます。
いつも感想、高評価、いいかもなどしていただいている方もありがとうございます。更新の大きな励みとなっております。
本年は大変お世話になりました。
皆様よいお年を。
完結まで頑張りますので、来年もどうぞよろしくお願いします。