「はじめまして!雄英高校ヒーロー科。1年B組の回原旋です。本日はお忙しいところ、お時間取って頂きありがとうございます!」
6月に入り、予定の調整がついたのでベストジーニストさんの事務所にお邪魔する事になった。
事務所に入ったらまずは挨拶。礼儀は大事。
そう多くのヒーロー事務所を見た事がある訳ではないが、同じトッププロヒーローでも事務所に違いがあり面白い。
例えば、エンデヴァーさんの事務所。
サイドキックの人達の活動するメインフロアとは別に、社長室とでもいうべきエンデヴァーさんの専用執務室があった。
ベストジーニストさんの事務所はそれとは対照的に、事務所内のワンフロアにメインのスタッフ全員が集まっているようだ。
手前にサイドキックの人達の机が並んでおり、奥の社長席のような全員を見渡せる席がベストジーニストさんのデスクとなっていた。
個室を作りサイドキックの人達と敢えて一線を引くことで、威厳を出すエンデヴァーさん。
区切りは付けつつもサイドキックの人達と同じフロアで仕事をし、親近感と一体感を出すベストジーニストさん。
事務所を見るだけでも色々双方の違いが伺えて面白い。
エンデヴァーさんの事務所は質実剛健で、ベストジーニストさんの事務所はお洒落なオフィスという違いもあった。
「遠い所よく来てくれた。私がベストジーニストだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
奥の席からベストジーニストさんがこちらに来てくれた。
そのまま来客時の応接用の席に案内してくれる。
「さて……エンデヴァーからは君が個性を伸ばすためのヒントを……ヒントとなるような助言をして欲しいと頼まれている。内容に間違いはないかな?」
「はい」
「うむ。では早速だが、君は旋回という個性をドリルのように利用し活用している。この認識で間違いないな?」
「はい、合っています」
「では……そんなドリルについて、君は調べた事はあるかな?例えば」
そう言って、ベストジーニストさんは応接スペースの机の上に持っていた箱をのせ、開く。
箱の中には何本かのドリルがあった。
「例えば、一口にドリルと言っても様々なドリルがある。ドリルの母材の違い、構造の種類、形状の違いなどだな。君が訪ねてくると決まって、軽く通販サイトで調べて買ってみたが、それだけでもこれほど多くのドリルがあった」
そしてベストジーニストさんが説明してくれる。
例えば母材の違い。
ハイスドリルと超硬ドリル。
例えば構造の違い。
ソリッドドリル、ロウ付けドリル、スローアウェイドリル。
例えばシャンクの形状の種類。
ストレートシャンクドリル、テーパシャンクドリル。
例えばドリル部分の違い。
コアドリル、テーパピンドリル、段付きドリル、ツイストドリル、ストレートドリル……
「更に言えばドリルの刃長、溝長などの違いもある。君はこういったドリルの違いについて調べて見た事があったかな?」
「……いえ、正直全く思いつきもしませんでした。同じドリルでもこれほど多くの種類があるんですね……」
何せ元来はシンプルな増強型と考えていたくらいだ。
体を鍛えてもっと早く、もっと力強く回転させてナンボくらいのイメージだった。
ドリルの種類……おそらくは用途や目的によって使い分けるのだろう。当たり前だ。
こんなにもドリルに種類があるなんて初めて知った。
「これはそのまま君にあげるとしよう。家に帰ってから色々調べ、試してみるといい。おそらく様々な発見があるだろうからな」
「ありがとうございます!!」
マジ大感謝である。
ホント今日来て良かったわ。
「個性を伸ばす際に大切なのは、今出来る事から、更に新しく何か出来ないか?という繋がりを意識する事だ。これだけしか出来ない。これだけ出来ればいい。というのでなく、縦や横の繋がりを意識するといいだろう」
「はい」
「例えば私の個性は繊維を操る。1番扱いやすいのはデニム生地だが、他の繊維でも操る事は出来る。そして炭素繊維で作ったワイヤーなども操る事が出来る。だが、そもそもデニム生地とその他の生地の繊維の僅かな差で何故扱いやすさに差が出る?成分か?分子レベルまで分解した時に、そんな差が生まれるようなものなのかその差は?」
「確かに……」
「……だが、実際に差が生まれている。ならばその差は我々が受け入れるべき差なのだ。その僅かな差、意識出来るか出来ないかの僅かな差が、個性の強弱に影響を及ぼす。故に君が個性をドリルのように捉えるならば、君はもっとドリルへの理解を深めるべきなのだ」
「はい」
「……まあ、長々と色々話したが、言葉だけではなく色々実際に試してみるのがいいだろう。私だって学生の頃は色々試したのだからな。繊維を並べて味比べなどもしたものさ」
「え!……まさか食べたんですか?」
「フッ……まさか、舐めてみたくらいさ。だが、そういった一つ一つの積み重ねが、積み重ねた研究と努力が私をここまで押し上げてくれたと考えている」
「なるほど……」
エンデヴァーさんの言葉を思い出す。
国内でトップクラスの個性の使い手。
その裏側にこんな地道な努力があっただなんて。
俺は幸運だな。
本当に今日ここに来れて良かった。
「雄英高校のカリキュラム的には、おそらく夏休み明けにまた職場体験かインターンがあるだろう。良ければ次はウチの事務所に志望を出すといい。今日は時間が無いためこうして軽く話すくらいしか出来ないが、次の機会には直接個性の使い方をレクチャーする時間も取れるだろう」
「本当ですか!!ありがとうございます!!………あ、でも……」
「でも?」
うーん、不味いなあ……
ねじれ先輩との約束を思い出す。
次はねじれ先輩のインターン先のリューキュウ事務所行くって約束しちゃったからなあ……
しかしベストジーニストさん直々の個性レクチャーは魅力的過ぎる……めちゃくちゃ悩ましい。
ベストジーニストさんは悩む俺を見て、ふむ……と何かを納得した顔になり、
「……なるほど理解したぞ。つまりあれだな。君はすでに素敵なレディースジーンズと先約デニムしてしまっていると、つまりこういう事だな」
「合っています……合っていますが何故ジーンズでデニムなのでしょうか?」
「そして君は私の事務所に来たいと考えているが、先約をどう綺麗に裾上げし、タイトに上手くまとめるか悩んでる、と。つまりはこういう訳だ」
「あ、このまま行く流れなんですねこれ……」
これがベストジーニスト事務所の標準語なのだろうか?
「ふむ……そういう事ならば、雄英高校のOBでもある私に任せるといい」
「おお……つまり、このシーンに合わせたグッドなデニムをチョイス頂けると。そういう事ですね」
……よござんしょ。
ならば不詳この回原、お相手務めさせて頂きます。
「雄英高校近くに美味しい紅茶とケーキを出してくれる雰囲気の良い喫茶店がある。彼女をそこに招待し、ケーキと紅茶をご馳走するといいだろう。そして『貴方との約束は本当に大切なんだ。けれど私の夢の最短距離の為に下したこの決定を理解し、受け入れて欲しい』そう伝えるといいだろう。その時に渡す花束の用意も忘れないように」
「手慣れている……明らかに手慣れていますね……ひょっとして在学中はプレイボーイデニムでしたかベストジーニストさん……」
「ふっ……優れたヴィンテージデニムには豊かな歴史・ストーリーがつきものだ。そう思わないか?私の経験上、これで浮気や二股以外は許してもらえる筈だ」
「いけません……いけませんよベストジーニストさん……それはなんというか開き直りデニムというものではないでしょうか……」
なんというかまずはプレイボーイ疑惑の否定が先ではなかろうか?
(ヒソヒソ……あの雄英の子やるなあ)
(ヒソヒソ……まさか初見でデニム語に対応する学生がいるとはね………)
あれ?ひょっとしてコレ標準ではないのかしら?
近くを通りがかったサイドキックの人達のヒソヒソ声が聞こえる。まじかよ頑張ったのに。
そんなこんなで実りの色々と多いベストジーニストさんとの時間は終わった。
念の為、喫茶店の情報はしっかりと教えてもらいました。