1話 星を奪わんとする者
不動遊星という男がいる。
どれほど追い詰められても諦めず、どれほど傷ついても仲間を信じる。壊れた機械を直すのが得意で、壊れかけた人間の心にだって手を差し伸べる。
そんな男を、僕はずっと見ていた。
画面の向こう側から。
だから、実際に会えると知ったとき、最初に考えたことは決まっていた。
――彼の心に、僕という存在を刻み付けてやりたい。
できれば一生、忘れられないくらいに。
突然だけど、僕、湯上綴(ゆがみつづり)は『遊戯王5D's』の世界に転生した。
幸いにも生まれたのはサテライトではなくシティ。育ての親のもとを離れてからも、適当にデュエルをしながら暮らしてきた。
デュエルギャングの抗争やセキュリティの暴挙に巻き込まれることもなく、実に平穏な人生だったと思う。
もっとも、僕にとっては少々退屈だったけれど。
なにしろ、この世界には不動遊星がいる。
僕の推しだ。
それも、ただの推しじゃない。画面越しに何度もその生き様を見て、勝手に憧れて、勝手に恋をした相手である。
そんな人が同じ世界に生きているというのに、指をくわえて眺めているだけなんて、できるわけがないでしょう?
とはいえ、何も考えずに会いに行くほど僕も愚かじゃない。
相手は不動遊星。誰かが困っていれば放っておけず、頼まれれば手を貸してしまう男だ。だからこそ、ただの通行人として出会ったところで、彼の記憶に残れる保証はない。
おまけに、今の彼のそばにはブルーノちゃんまでいる。
ポッポタイムをこっそり覗いて確認したから、間違いない。時期は第80話以降、WRGP開催前。満足タウンの一件は、まだこれかららしい。
ふふ。つまり、今が好機というわけ。
ブルーノちゃんには負けない。
いや、別に彼を嫌っているわけじゃないのよ? むしろ好きな方だ。けれど、それとこれとは話が別。
僕は遊星の心に、僕のための場所が欲しい。
たとえ彼が僕を好きになってくれなくても、忘れられない相手にはなれるはず。
……もちろん、好かれるに越したことはないけれど。
そのためにも、まずは彼の初体験を奪わなくちゃ。
そう。
デュエルで、ね。
ちなみに、僕には転生者特典なんて便利なものはない。
使えるカードには、この世界の時代に合わせた制限がある。未来のカードや都合のいいオリジナルカードを持ち込んで無双する、なんて芸当は不可能だ。
けれど、それでいい。
僕が欲しいのは、遊星を一方的に叩き潰したという結果じゃない。
彼が考え、迷い、驚き、そして僕というデュエリストを真正面から見てくれる時間だ。
その時間が、少しでも長ければいい。
できることなら、二度と忘れられないほど濃密であってほしい。
だから僕は、デッキを組んだ。
彼が見慣れているはずのカードを使って、彼の知らない戦い方を見せるために。
ああ、インターホンが鳴った。
待ちに待った時間が、とうとう始まる。
僕は鏡に向かって笑顔を作った。
――さて、不動遊星。
僕のことを、どんな顔で見てくれるかしら?
ネオドミノシティには、季節外れの雪が降っていた。
早すぎる温暖前線に誘われて咲いた桜。その花びらと雪が入り交じり、アスファルトを淡い桃色に染めている。
そんな奇妙な春の景色の中、二人の青年がマンションの三階を訪れた。
一人は不動遊星。
黒い髪に特徴的な金色のメッシュが入り、瑠璃色の瞳を持つ青年だ。左頬には稲妻を思わせるマーカーが刻まれている。
もう一人はブルーノ。
遊星より頭一つ以上背の高い、青い髪の青年だった。工具箱を手にした彼は、廊下の窓から見える桜を眺めている。
「遊星、変な天気だね。桜が咲いてるのに雪なんて」
「ああ。今朝は特に冷え込んだらしい。ヒーターが故障したなら、困っているだろうな」
「そうだね。早く直してあげよう!」
遊星がインターホンを押した。
「依頼されていた修理屋だ。湯上綴の家で合っているだろうか?」
『はぁい! 間違いないです!』
弾んだ声が返ってきた。
それから数秒も経たないうちに、ドアが勢いよく開く。
「いらっしゃいませ!」
現れたのは、水色の長い髪を後ろで括った、小柄な青年だった。
白い上着に黒のタートルネック。ジーンズは右の太腿のあたりが大きく切り取られ、細い脚が覗いている。
しなやかな手つきや柔らかな顔立ちからは女性的な印象を受けるが、声と喉元から男性だと分かった。
「もう、まだ寒いのにヒーターが壊れちゃって……。本当に困ってたんです。よろしくお願いします!」
「ああ。任せてくれ」
「ボクも頑張るよ!」
ブルーノが笑い、遊星は工具箱を開いた。
室内は、奇妙なほど片付いていた。
必要最低限の家具が壁際に寄せられ、リビングの中央には広い空間がある。
修理作業のために片付けたのだろうか。
遊星は一度だけ部屋を見渡したが、特に何も言わずヒーターの前に膝をついた。
故障箇所の特定は早かった。
「へえ……そんなところまで分かるんですね」
傍らから作業を覗き込んでいた綴が、感嘆の声を漏らした。
「見た目じゃ分からない故障もある。こういうときは、一つずつ原因を確かめるのが確実だ」
「ふふっ、さすがですね!」
綴は嬉しそうに笑った。画面越しに幾度となく見てきた、不動遊星という男。その器用な指先が、今は自分の目の前で動いている。そう思うだけで、頬が緩むのを抑えられなかった。
遊星は内部の構造を確認し、ブルーノと手分けして部品を取り外す。二人の手際は見事なもので、ほどなくして修理は終わった。
「よし。これで動くはずだ。試してみてくれ」
「はぁい」
綴がスイッチを押す。
しばらくして、温風が流れ始めた。
「ああ、暖かい……!ありがとうございます!」
「これくらい、お安い御用だ」
「また困ったことがあったら呼んでね!」
工具を片付けたブルーノが立ち上がる。
遊星もそれに続いた。
「それじゃあ、俺たちはこれで――」
「待ってください!」
綴が遊星の腕を掴んだ。
あまりに素早い動きだったので、遊星は思わず振り返った。
「お願いがあるんです」
「なんだ?」
「僕と、一回だけデュエルしてください!」
遊星が目を瞬かせる。
ブルーノも意外そうに首を傾げた。
「デュエル?」
「はい。僕、一人暮らしでしょう? か弱い男の子が身を守るには、デュエルくらい強くなっておかないと不安で……」
綴は胸元で両手を握り合わせた。
「セキュリティが来てくれるとしても、襲われた後じゃ遅いもの。だから、強い人に稽古をつけてもらいたくて」
声は心細げだった。
けれど、遊星を見る瞳には、怯えの色がなかった。
まっすぐだった。
あまりにも、まっすぐに遊星を見ている。
「お金は弾みます。だから、お願いできませんか?」
遊星は綴の顔を見つめた。
不安を訴える口調と、期待に輝く眼差し。
どちらが本心なのか、簡単には判断できない。
ただ一つ、分かることがある。
この青年は、本気でデュエルを望んでいる。
「遊星、受けてあげたらどうかな?」
ブルーノが言った。
「この後、特に予定もないし。せっかく頼ってくれたんだもの」
「ああ」
遊星は頷き、綴へ向き直った。
「金はいらない。ただし、デュエルをする以上、手を抜くつもりもない。それでもいいか?」
綴の顔がぱっと明るくなった。
「もちろんです!」
その笑顔は、あまりに無邪気だった。
だから遊星は、まだ気づかなかった。
この青年が求めているのは、稽古でも、護身術でもないということに。
「それじゃあ、この部屋でお願いします。外でデュエルするのは、ちょっと恥ずかしくて……」
綴がリビングの中央へ進む。
そこには、二人のデュエリストが向かい合うのに十分な空間があった。
ブルーノが周囲を見渡した。
「……ずいぶん広く空けてあるんだね」
「ええ。ちょうど片付けたところなの」
綴は微笑んだ。
遊星がデュエルディスクを構える。
その瞬間、綴の笑顔がほんの少し変わった。
修理を頼んでいたときの、愛想のいい笑顔ではない。
獲物を待ちわびていた者の笑みだった。
「それじゃあ、始めましょうか」
「ああ。いつでも来い!」
「「デュエル!!」」
――やっと。
やっと、僕を見てくれた。
さあ、遊星。
僕が何者なのか、教えてあげる。
「僕のターン、ドロー。モンスターをセットして……ターンエンドです」
初心者なのだろうか。その手つきは拙い。だが遊星は油断せず、気を引き締めてデッキへと手を伸ばした。
「俺のターン、ドロー!」
遊星はデッキから引いたカードを加えた手札から一枚のカードを選びだした。
「《スピード・ウォリアー》を召喚!」
召喚されたのは攻撃力900の《スピード・ウォリアー》。しかし、その攻撃力では心許ない。
「《スピード・ウォリアー》は召喚したターン、攻撃力が二倍となる!!」
《スピード・ウォリアー》 ATK900→1800
攻撃力を上げた《スピード・ウォリアー》を従えた遊星は、腕を振り上げると《スピード・ウォリアー》に攻撃の命を下す。
「行けッ!!《スピード・ウォリアー》! 『ソニック・エッジ』!!」
遊星から号令を受けた戦士は大地を駆け抜けセットモンスターに肉薄すると、鋭い蹴りをセットモンスターへ叩き込んだ。
《スピード・ウォリアー》から放たれた蹴りに、《クリッター》は守備力600のため、ひとたまりもなく粉々に砕け散る。
「ッ!だけど《クリッター》の効果発動!デッキから攻撃力1500以下のモンスター……《ヘル・セキュリティ》を手札に加えます」
「!あれは牛尾が使っていたチューナーモンスター……」
チューナーを手札に加えたということは、狙いはシンクロ召喚だろうか。――そう考えた遊星は手札から一枚のカードを抜き出し、決闘盤へと挿しこんだ。
「カード一枚を伏せてターンエンドだ」
《スピード・ウォリアー 》ATK1800→900
遊星のターンエンド宣言と共に《スピード・ウォリアー》の効果が切れ、攻撃力が元に戻る。
その光景に綴は内心笑みを零した。
今の遊星の場にいるモンスターは攻撃力がたったの900しかない《スピード・ウォリアー》のみ。しかも表示形式は攻撃表示ときている。
“目的を果たす”絶好の機会……この好機、逃さぬ手はあるまい。
綴は己がデッキへと手を伸ばした。
「僕のターン!ドロー!」
新たなカードを引き抜いた綴は手札より先程加えたモンスターを召喚する。
「チューナーモンスター《ヘル・セキュリティ》を召喚!」
頭にパトランプを付け、警棒とメガホンを持った翼をはやした小悪魔が攻撃表示で現れた。ここから何らかの手段で別のモンスターを特殊召喚し、シンクロ召喚につなげるつもりか、そう遊星が身構えた時、綴は予想外の行動に出た。
「バトルです。《ヘル・セキュリティ》で《スピード・ウォリアー》を攻撃……」
「なに!」
「どうして攻撃力100のモンスターで自爆特攻を……?」
遊星とブルーノが疑問を抱く中、小悪魔は戦士の蹴りによって砕かれ、涙目で消えた。
綴:LP4000→3200
「この子には戦闘で破壊されたとき、デッキからレベル1の悪魔族を特殊召喚する効果がある……2体目の《ヘル・セキュリティ》を特殊召喚。バトル……」
「また自爆特攻か!そんなことをすれば……」
「ライフがまた減っちゃうよ!」
2度蹴りを受ける小悪魔。それによって綴のライフが減少する。
綴:LP3200→2400
「《ヘル・セキュリティ》の効果で3体目の《ヘル・セキュリティ》を特殊召喚……バトル」
「一体何を考えているんだ……!」
綴:LP2400→1600
「ラスト、《ヘル・セキュリティ》の効果で《グレイブ・スクワーマー》を攻撃表示で特殊召喚」
小さな悪魔状の羽を生やした、筋肉質な包帯男が招集される。その攻撃力は0。
「《グレイブ・スクワーマー》で《スピード・ウォリアー》に攻撃。『ストラグル・グロウ』」
包帯男が戦士に飛び掛かるが、戦士は蹴りを脇腹に叩き込み、包帯男は砕け散った。
綴:LP1600→700
「《グレイブ・スクワーマー》が戦闘で破壊されたとき、フィールド上のカード1枚を破壊する。遊星さんのセットカードを破壊!」
包帯男の妄執がセットカードに纏わりつき、それを引き裂いた。
(《ガード・ブロック》が……だが、それよりも……)
「あの子の行動は不可解だ。わざわざ遊星のセットカードを破壊するために3300もライフを失うなんて」
「今にわかるわ。メインフェイズ2、墓地の3体の悪魔族《クリッター》《ヘル・セキュリティ》《グレイブ・スクワーマー》を除外し、《ダーク・ネクロフィア》を特殊召喚。さあ、逝っておいで!僕のお人形さん!」
憎悪に釣りあがった瞳。刃物のように鋭い耳。禿げ上がった頭。女性型だが艶やかさの類は一切残されていない。手には息子と思わしき人形を抱えている。身の毛のよだつ猟奇的な造形美。
「“攻撃表示”よ。たった2200しかないわ。カードを3枚セットしてターンエンド。さあ、あなたの番よ遊星さん。残り700しかないライフ、すぐに削り取れるわよね?」
「なめているのか」
「あなた相手に侮るだなんてまさか。僕はただデュエルを楽しみたいだけ」
「……やっぱりおかしい」
ブルーノは呟いた。半ば独り言のように彼は言う。
「《ダーク・ネクロフィア》には、相手によって破壊され墓地に送られたとき、エンドフェイズに相手モンスター1体に憑依し、コントロールを奪う能力がある。けど、この場面でいきなり3300も支払う価値があるとは思えない。《ヘル・セキュリティ》をセットして、凌ぎ続けてから召喚してもいいはずなのに」
(ブルーノの言う通りだ。なにかがおかしい。初心者なら高い攻撃力を誇るか、守備を固めたりするだけのもの。しかし、あいつの戦法には初心者特有の“らしさ”がない)
遊星は思考を回しながらもターンを開始した。
「俺のターン、ドロー!」
遊星はドローしたカードへと視線を落とす。
すると、そのカードを目にした遊星は口元を僅かにほころばせた。
「ふッ……来たか」
彼は引き当てたのだ。
この状況を打開するキーカードを。
遊星がデッキから引き当てたキーカード、それは――――。
「チューナーモンスター《クイック・シンクロン》は手札からモンスター1体を墓地に送り、特殊召喚できる!」
ガンマン風の「シンクロン」の一角が登場。今ここにシンクロ召喚に必要な二つの素材、チューナーとモンスターが揃った。
「俺はレベル2の《スピード・ウォリアー》にレベル5の《クイック・シンクロン》をチューニング!」
遊星の言葉と共に《クイック・シンクロン》は自身を五つの星へと姿を変えた。
《クイック・シンクロン》が身を変えた五つの星が五輪の環を描き、その環の中を《スピード・ウォリアー》が潜り抜けて行く。
「集いし叫びが、木霊の矢となり空を裂く!光差す道となれ!」
遊星の言葉に導かれ、《スピード・ウォリアー》が身体を二つの星へと変じさせていく。
七つになった星々は空に光の道を描くと、その道からくず鉄の弓兵が姿を現した。
「―――シンクロ召喚!出でよ!《ジャンク・アーチャー》ッ!!」
橙色の戦士が唯一の眼を赤く煌めかせて弓を引く。このモンスターこそ《ダーク・ネクロフィア》を突破する手段となる。
「あなたがモンスターの特殊召喚に成功したことで、速攻魔法をリバース。《終焉の地》。デッキからフィールド魔法を発動する!《サベージ・コロシアム》!」
大きな白亜の壁に囲まれた闘技場が部屋一面を覆う。砂埃が舞い、場内はどこか薄暗く、天井に写された赤い空と相まって不穏な空気に包まれている。
「攻撃を強制するフィールド魔法か。だが、《ジャンク・アーチャー》の効果発動!《ダーク・ネクロフィア》をエンドフェイズまで除外する!『ディメンジョン・シュート』ッ!」
青白く輝く光の矢が迸り、《ダーク・ネクロフィア》の胸のど真ん中を射抜く。射抜かれた一点を中心として空間ごと捻じ曲がるようにして《ダーク・ネクロフィア》は消えていく。
「うまい!これなら《ダーク・ネクロフィア》の効果を発動させずに攻撃ができる!」
「バトルだ!《ジャンク・アーチャー》で綴にダイレクトアタック!『スクラップ・アロー』!」
きりきりと弓を引き、狙いを相手プレイヤーに定める。限界まで引き絞った弦を解き放てば、矢が綴に命中……するはずだった。
「壊したらいけないのであれば退かせばいい。いい回答だわ。けど、その対策を僕がしていないと思って?」
「なんだと?」
「ほんのちょっとした脱出マジック……いやトラップね。リバース・カード・オープン。《闇次元の開放》。除外されている闇属性モンスター《ダーク・ネクロフィア》を帰還させる。もちろん攻撃表示で」
《ダーク・ネクロフィア》が次元の穴から再び場に戻ってきた。
「くっ、本来ならバトルフェイズ中に相手モンスターの数が増減した場合、攻撃を止めることができるが……」
「《サベージ・コロシアム》の中では、攻撃可能なモンスターは必ず攻撃しなければならない」
「あの子、ここまでの展開をすべて読んでいたのか……!!」
「さあ、その発射したモノををしっかり《ダーク・ネクロフィア》に当てるのよ」
再び引き絞られる弓、意図せずしてその矢は放たれ、瘴気の源泉たる《ダーク・ネクロフィア》の胸に打ち込む。嗤った。《ダーク・ネクロフィア》が嗤った。弓兵を狂わせる悪魔の嗤い。
綴:LP700→600
「これであなたの《ジャンク・アーチャー》は奪われる。そして《サベージ・コロシアム》の効果。モンスターが攻撃を行った場合、そのモンスターのコントローラーは300ポイントライフを回復する」
遊星:LP4000→4300
「くっ……俺はまだ通常召喚を行っていない!モンスターをセット!カードを1枚伏せ、エンドフェイズ……」
「墓地に転がった《ダーク・ネクロフィア》の効果発動。《ジャンク・アーチャー》に憑依する。ふふ、あなたの一部をもらってちょっと達しそうだけど、まだこれからよ」
呪いの人形が弓兵に憑依し、生気を失った状態で恍惚とした綴の場へと移る。
「すまない、《ジャンク・アーチャー》……」
綴
LP:600
Hand:1
Monster:《ジャンク・アーチャー》
FieldMagic:《サベージ・コロシアム》
Magic&Trap:3 Set2+(《ダーク・ネクロフィア》)
遊星
LP:4300
Hand:1
Monster:《???》(セット)
Magic&Trap:Set 1
「僕のターン、ドロー!《ジャンク・アーチャー》の効果!あなたのセットモンスターをこのターンのエンドフェイズまで除外する!」
ひゅっ、と矢が風を切る音がすれば、遊星のモンスターはまたたく間に消え失せてしまった。
「ぐっ……」
「バトル!《ジャンク・アーチャー》でダイレクトアタック!」
「させない!罠発動、《くず鉄のかかし》!相手モンスター一体の攻撃を無効にする!!」
弓兵が放った矢から遊星を護るように鉄製のかかしが現れる。
《くず鉄のかかし》に対し、矢がぶつかり合い、高らかな金属音と火花を散らす……そんな一瞬の拮抗の後、矢は《くず鉄のかかし》により弾かれた。
さらに遊星は攻撃を防いだ《くず鉄のかかし》を指差すと、もう一つの効果を発動させる。
「《くず鉄のかかし》は効果発動後、再び場にセットされる!」
自身の効果により、《くず鉄のかかし》は墓地に送られる事なく、そのまま裏側表示でセットし直された。
使い減りしない罠カード……それこそが、《くず鉄のかかし》の真骨頂だった。
「最初のターンにそれを伏せなかったのは、《大嵐》のような全体除去を想定していたからかしら?」
「ああ、それに加えて《ガード・ブロック》でドローする目論見もあった」
(おそらく、最初のターン、遊星の手札にチューナーはいなかった。だからあえて攻撃を誘いやすくするようにリバースカードを1枚にとどめ、戦闘ダメージの無効化とドローができる《ガード・ブロック》を優先したんだ)
とっておきの防御札となった《くず鉄のかかし》。だが必ずしも良いことばかりではない。
「……《サベージ・コロシアム》にはエンドフェイズ時、ターンプレイヤーのフィールドに攻撃表示で存在する、攻撃宣言を行わなかったモンスターをすべて破壊する効果がある。だがこの効果は、攻撃を無効にされた場合は適用されない」
「つまり、《ジャンク・アーチャー》は生存する……だけど《くず鉄のかかし》は次のターンからも一度だけ攻撃を無効にする。厄介だわ。ならメインフェイズ2。モンスターをセット。カードを1枚伏せ、エンドフェイズ。あなたの場に《ジャンク・アーチャー》で除外したモンスターが帰還する。これでターンエンド」
綴の余裕は崩れない。最初の初心者のような様相はなくなり、強者の雰囲気を醸し出している。
「おまえは本当に自分がデュエルが強くないと思っているのか?」
「ええ、あなたのように強いデュエリストと戦って研鑽を積まないといけないと思うくらいには弱いわよ?」
「いいや、キミの戦術は厄介極まりないものだ。相手を翻弄するそのスタイル……一流になれる素質があるよ」
「お褒めいただきありがとう。じゃあ、準備も整ったところで、あなたのターンよ遊星さん?」
綴の宣言を耳にしながら、遊星は思案を廻らせる。
今綴が伏せたカードが何であれ、今の綴にとって一番厄介なのは《くず鉄のかかし》である事に変わりはない。このカードのお陰で少なくとも一回の攻撃は無駄に終わるからだ。
(だが問題はある。次のターン、あいつによって《くず鉄のかかし》を破壊されると想定した方がいいだろう。相手がセットしたモンスターもまた、厄介な効果を持ったモンスターであることは確実。ならば、俺がとるべき最善手は……)
考えは巡らせきった。迷いも疑いもない澄んだ心をそのままに、遊星はデッキの一番上のカードへと手をかけた。
「俺のターン、ドロー!」
引いたカードを目にした遊星は目を見開いた。
(これなら……いける!)
望むべきカードを彼は引き当てたのだ。
遊星は引き当てたそのカードを、そのまま決闘盤へと振り下ろした。
「《調律》を発動!デッキから「シンクロン」モンスターである《ジャンク・シンクロン》を手札に加える!その後デッキからカードを1枚墓地に送る。そしてチューナーモンスター、《ジャンク・シンクロン》を召喚!」
橙色の装甲を纏った機械の戦士が勢いよく飛び出した。不動遊星のデュエルを、それたらしめる調律師。小柄な機械の体躯を精一杯躍動させ、闘志を示す。
「このカードが特殊召喚に成功した時、墓地に存在するレベル2以下のモンスターを守備表示で特殊召喚する!甦れ、《スピード・ウォリアー》ッ!!」
墓地から《スピード・ウォリアー》が復活する。
これこそが《ジャンク・シンクロン》のモンスター効果。
どんな窮地に陥ろうとも仲間を呼び寄せ、絆の力で戦況を打開する……その存在のあり方故に、このカードは遊星のデッキでキーカード足りえるのだ。
「さらに、《チューニング・サポーター》を反転召喚!」
鍋のような形状の頭部を揺らし、機械の人形は跳ね回った。
「そして、墓地の《ボルト・ヘッジホッグ》の効果!自分フィールドにチューナーが存在する時このカードを特殊召喚できる!」
針の代わりにボルトを生やした黄色い体毛のハリネズミが飛び出した。《ジャンク・シンクロン》を起点として、カードの効果が繋がっていく。仲間達が集っていく。
「この並びは……《ボルト・ヘッジホッグ》は《クイック・シンクロン》の召喚コストとして墓地に送っていたのね。《調律》をドローした時点で逆転できると確信した顔をしていたんだもの」
「さあ、いくぞ!レベル1の《チューニング・サポーター》とレベル2の《スピード・ウォリアー》、《ボルト・ヘッジホッグ》にレベル3の《ジャンク・シンクロン》をチューニング!」
遊星は腕を振るい、《ジャンク・シンクロン》を導く。腰部に取り付けられたスターターへと手をかけて、引き絞る。同時に背負ったエンジンに火が入り、大きく唸りを上げる。瞬間、《ジャンク・シンクロン》の身体が3つの星へと変わり、それに追従するように残る3体のモンスターも5つの星へと姿を変えていく。
「集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます―――光差す道となれ!!!」
束ねられた8つの星が描くのは魔神の姿。三叉の黄金角が伸びる頭部に真紅の眼光が灯る。藍の鎧に包まれた胴体、そこからは四本の腕が伸びていた。魔神は灰色の床を砕きながら二対の羽根を広げ大仰に降り立つ。
「粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》ッ!!!」
肩から伸びる通常のそれより巨大な二本の腕。その掌中に湛えられた青白い光がごうごうと唸りを上げて、吼えたてる。神々しさと荒々しさが同居した佇まい。生まれついての破壊者がその存在を誇示する。
「シンクロ召喚に成功したことで、《チューニング・サポーター》、《ジャンク・デストロイヤー》の効果が発動!まずは《チューニング・サポーター》の効果でカードを1枚ドロー!
そして《ジャンク・デストロイヤー》の効果が発動ッ!このカードがシンクロ召喚に成功した時、チューナー以外の使用したシンクロ素材の数までフィールドのカードを破壊する事が出来る!俺が素材にしたモンスターは3体!俺が破壊するのは―――」
「駄目よ!速攻魔法《禁じられた聖杯》を発動!《ジャンク・デストロイヤー》の効果を無効にし、攻撃力を400アップする!」
「なに!」
「ここにきて、そのカードが来るのか!」
銀の聖杯が光ると、破壊者の腕から青白い光が消滅し、力を失ったことが目に見えてわかった。
《ジャンク・デストロイヤー》ATK2600→3000
「やるな、だが……!《ジャンク・デストロイヤー》!《ジャンク・アーチャー》を攻撃!」
「攻撃力の差は700!あの子のライフは600!これなら……」
拳に振り被りながらの突進。弓兵はその身体を破砕された。だが―――
綴:LP600→600
「《ガード・ブロック》よ。戦闘ダメージを0にして僕はカードを1枚ドローする!」
「隙が無いな……」
「ギリギリの攻防だからこそ滾ってくるものがある。そうでしょ?簡単にやられちゃつまらないじゃない?《サベージ・コロシアム》の効果で、あなたのライフが300回復」
「……」
遊星:LP4300→4600
攻撃はいなされた。ライフがわずかに回復するが、表情は険しいままだ。
「あの子はデッドラインを見極めて、わざわざ首筋1ミリのところまで身を晒している。
楽しみたいだけなんだ、きっと。それ以外に自爆特攻の理由が見つからない」
「カードを2枚伏せ、ターンエンド」
綴が《くず鉄のかかし》を破壊しても耐えきれるよう布陣を形成する。
綴はそれを鼻で笑った。
「どんなに伏せカードを並べても無駄よ。僕のターン、ドロー!カードを2枚伏せ、《メタモルポット》のリバース効果!お互いの手札を全て捨て、新たに5枚のカードをドローする!」
「ここにきて5枚のドロー……」
「遊星も引けるけど、先手はあの子だ。厳しくなるね……!」
壺の中の単眼の魔物が嗤うと、宝物がお互いの手へとばらまかれた。これによってお互いの手札に可能性が芽生える。引いたカードを確認すると、綴も嗤った。
「ふふ!」
「なにがおかしい?」
「遊星さん。あなたはこのデュエルで、心揺るがす出来事に遭遇するわ」
綴の予言。それは否応なく遊星に不安を植え付けるものであった。
「俺の心を、揺るがす……?」
「何を言っているんだ、あの子は……?」
ブルーノが警戒する。綴は微笑む。
決闘場は、完全に綴によって支配されていた。