不動遊星の初体験を奪いたい   作:うおのめちゃん

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9話 決戦前日 知らないという罪と知りすぎる罠

 白い雲がまばらに浮かぶ青空の下、透明な素材で構成されたネオドミノシティのハイウェイを、薔薇のような赤色のDホイールであるブラッディー・キッスが駆け抜けていた。その騎手たるアキの心の中にあるのは、焦燥。

 

(チームユニコーンとの闘いでは、《スターダスト》を遊星に繋ぐことは出来た。けれど、私にできたのはそれだけ。アンドレに力が及ばずに負けてしまった。このままだとチームエイチクロスには勝てない。攻撃力4000を超えるモンスターを繰り出し、アンドレに勝つどころかブレオをボロボロにしたテイル。超大型モンスターを2体も召喚し、反撃を許さず勝利したアリア。そして、あの遊星に勝った綴……全員が強敵だわ)

 

 昨日中継された試合を思い出す。テレビの画面越しでも慄いた。自分たちチーム5D’sを敗北寸前の状況へと追い込んだ実力者達が、余裕で蹂躙される恐ろしい光景。

 

(だから、まず私がするべきことはライディングデュエルの腕を磨くこと。遊星とブルーノがあの人たちの戦術を元に詰めデュエルのプログラムを作ってくれた。どんなにとんでもない状況に陥っても、落ち着いて操縦が出来るようにしないと……よし、ブラッディー・キッスのコンディションはバッチリ。詰めデュエルを始めて―――)

 

 アキがプログラムを開始しようとした、その瞬間。Dホイールが意図せず急停止。前輪に何かが引っかかったような感覚。それと同時に機体は頭から倒れこみはじめ、操縦者の身体が宙へと投げ飛ばされる。

 

「《ローズ・テンタクルス》ッ!!」

 

 カードを翳し、サイコ・パワーを用いてクッションとなるモンスターを実体化させようとする。だが、それは身体を受け止めてはくれなかった。結果としてモンスターの立体映像をすり抜けてしまった格好。

 

(え?力が発動しない……!?)

 

 違和感を覚えたのも束の間、アキは猛烈な勢いで頭から地面に衝突し、意識を失った。そしてブラッディー・キッスも横転。コースの脇に衝突し、炎上。黒煙が立ち込める。そんな光景を遠くから眺める3人の男。いかにもチンピラといった風体。

 

「ざまあみろ!」

「女の癖に大舞台に立とうなんざ、百年早いぜ!」

「これでまた300万円が手に入る。この調子でガンガン稼いでやる!」

 

 彼らはヘルマン、ハンス、ニコラス。プラシドの計画が発動していればチームカタストロフとしてWRGPに出場していた小悪党。綴が介入したことにより、“この世界”では、プラシドが指名したWRGPの出場者をクラッシュさせる賞金稼ぎとして活動している。

 

「チームナレシーの連中も全滅させて、チーム5D’sも二人仕留めた!」

「依頼した奴はDブロックのチームに相当恨みがあるようだが……」

「どんな事情があろうと関係ねえ!この金を元手に、必ずのし上がってやる……!!」

 

 破壊衝動を満たし、大金も手に入る。なんと気持ちのいいことか。機嫌を良くしたままこの場を去ろうとした瞬間、排気音が聞こえた。

 

「あン?」

 

 ハンスは停止して後ろを見た。いささかまだ遠い、しかし着実にこちらへと上ってくる荒れた排気音に耳聡く最初に気がついたのだ。それを見て、他の二人も振り向く。

 

「何だ?」

 

 ぶわっ、と風が吹き上がる。ぐらぐらと街灯が囁き、ひんやりとした風が辺りに漂った。

 カッ、と日中にも関わらす強いライトが射し込んでくる。白いライトは、まるで閃光弾のようだ。網膜を焼き尽くすような強烈な明かりに3人がぐっと目を細めたところで、鳥を模した翠色のDホイールはド派手な音と焦げ臭いタイヤが焼けつく匂い、それから強いブレーキ痕を残しながら停止した。

 その騎手は蒼いフライトジャケットを靡かせていた。背格好からして男なのは間違いない。道の真ん中にアイドリングをしたままキーを抜く気配はなかった。羽根飾りのついたヘルメットを被っているため表情は見えなかったが、鋭く強い目がこちらを見ているような気がした。

 

「なんだおまえは?俺達になんか用か?」

「あれ、このヘルメットとDホイール見てわかんねえの?おれだよ、おれ!チームエイチクロスのテイル!」

 

 がぱり、とヘルメットを外し、顔を晒す。若草色の髪が風に揺れた。

 

「Dブロックの出場チームメンバー!なんでここに……!!」

「あんたらは……ヘルマン、ハンス、ニコラスで間違いねえな?」

「はっ!だったらどうするってんだ?」

 

 一触即発の緊張感が漂う。テイルはヘルメットを被りなおすとDホイールに備え付けられたボタンを押下した。

 

「こうする。さあ、ショーの始まりだ!」

「なっ!!Dホイールが勝手に!!」

 

 翠色のDホイールのウイリーを合図に、3人のDホイールもエンジンをふかし、ゆるやかに前進を始める。

 

『DUEL MODE ON. AUTO PILOT STAND BY』

「おい、デュエルしろよ。3vs1だ。ライフも手札も全員一緒。んで、1ターン目はだれも攻撃できない。ただし先攻はもらう」

「はっ!馬鹿かこいつは?ハンデもなしに3vs1だと?余裕で勝てるぜ!!言っておくが、俺達はおそろしいカードを持っている……無事でいられると思うなよ?」

「そうかー。こわいなあ。しかし今回は特別仕様。このデュエルは開始と同時に動画配信サイトで生中継される……そのうえなんと!あんたらが負けると端末やDホイールのデータロックが解除されて、全ての情報がセキュリティに送信されるんだ!法に触れる程わるーいことしてたら、どうなるかな?」

 

 おちょくったかと思えば、平然と、後ろ暗いことのある者にとってはおそろしいことを言ってのけた。ヘルマンとハンスが一瞬怯えたが、ニコラスが檄を飛ばす。

 

「何ひるんでるんだてめえら!勝てば問題ないんだ!さっさとこの身の程知らずをぶっ倒せ!」

「お、おう!ぼこぼこにしてやらあ!」

「二度とふざけた真似ができないようにしてやるぜ!」

「やる気は充分みてえだな。んじゃ、巻きでいこう」

 

 一瞬の視線の衝突。それが開始の合図だった。

 

「「「「ライディングデュエル・アクセラレーション!!!」」」」

 

 4機はスピードの世界を駆けていく。互いの進退が決まる闘いが始まった。

 その結果……

 

「《ヒドゥン・ナイト-フック》を召喚!」

「《ヒドゥン・ナイト-フック》を召喚!」

「《ヒドゥン・ナイト-フック》を召喚!これからテメェは地獄を味わうことに……」

「お、あんたらのすることは終わりか?じゃあエンドフェイズに、フィールドにモンスターが4体以上いるから《つり天井》を発動。表側表示モンスターをすべて破壊する。そのおそろしいカードは全滅。一方、俺のモンスターはセット状態だから無事」

「ぜ、全滅!?」

「焦るな、かかれ!」

 

 刺付き天井がフィールドに落ちる寸前、男のDホイールの影が濃くなり、その闇から3つのフックが出現。前輪の左右を狙って機体をロックしようとするが、翠の機体はウイリーの勢いを利用して跳躍。フックが空を切る。

 

「かわされた、だと!?」

「ばかだな。かかれ!なんて言ったらなんかしてくるってまるわかりだろ。んじゃ、おれのターン、ドローして、《ライトロード・ハンター・ライコウ》を反転召喚して、ヘルマンのセットカードを破壊。デッキからカードを3枚墓地に送る」

(クソッ!《炸裂装甲》が……)

「墓地の《グローアップ・バルブ》を特殊召喚。で、こいつらリリースして《古代の機械巨竜》召喚」

 

 歯車で構成された巨大な飛竜が登場。吼えて威嚇する。

 

「かかったな!《奈落の落とし穴》発動!」

「それに対して《リビングデッドの呼び声》。《人造人間-サイコ・ショッカー》を復活させて、それを無効化。……ワンターンスリィキルなんて芸当は出来ねえから一人ずつ、丁寧に仕留めるぜ?んじゃ、バトル!まずはハンスに2体で直接攻撃―――」

「ぐわあああ!!」

 

ハンス:LP4000→0

 

「ハンス!……だが、俺達のデッキには《ヒドゥン・ナイト-フック》が3枚あるんだぜ!こいつを再び召喚だ!」

「俺も召喚!」

(くくく……罠を封じられようが、こいつの効果さえ無効化されなければ後はどうにでも……)

 

 残る二人が企む。しかし―――

 

「おれのターン、ドローして墓地からチューナーモンスター《ゾンビキャリア》の効果発動。手札を1枚デッキトップに戻して復活する。さらに墓地の《D-HERO ディアボリックガイ》を除外して同名カードをデッキから特殊召喚。こいつらの合計レベルは8。《スクラップ・ドラゴン》をシンクロ召喚」

 

 鉄屑の竜が歯車の竜と並び、空を支配する。

 

「セットした《荒野の大竜巻》とヘルマンの《ヒドゥン・ナイト-フック》を対象に《スクラップ・ドラゴン》の効果で破壊。破壊された《荒野の大竜巻》の効果でニコラスの《ヒドゥン・ナイト-フック》を破壊」

(また破壊されちまう……なら今度こそ!)

 

 今度は前輪と後輪を狙ってフックが影から襲わんとする。だが、またもDホイールは跳躍。再びフックは空を切る。

 

「なぜだ!タイミングがわかるはずが……!」

「ネタバラシすると一瞬影が濃くなるからわかるんだよな。じゃあこれで終わり。《サイコ・ショッカー》でヘルマンを攻撃。ダメージステップいいか?」

「な、なんだよ?」

「SPCを6個取り除いて《Sp-リミッター解除》を発動!機械族モンスターの攻撃力をこのターンのエンドフェイズまで2倍にする。《サイコ・ショッカー》は機械族。《巨竜》も機械族。だから攻撃力は―――」

 

《人造人間-サイコ・ショッカー》ATK2400→4800

《古代の機械巨竜》ATK3000→6000

 

「ば、ばかな!」

「《サイコ・ショッカー》の一撃必殺!」

 

 人造人間が両手から放った衝撃波がヘルマンを襲う。

 

「ぬああああッ!」

 

ヘルマン:LP4000→0

 

「覚悟はいいか?《巨竜》でニコラスを攻撃!」

「や、やめろ!金なら出す!」

「いや、誰が犯罪者から金受け取るんだよ。そんじゃあ、終わり!」

「ぎゃああああっ!!」

 

ニコラス:LP4000→0

 

 《巨竜》のブレスによってニコラスも敗北。敗北したことにより3機全てが強制的に停止。うなだれる3人。同時にセキュリティのサイレンの音が迫る。

 

「お、仕事が早いな!頼りになるのはいいことだ」

「……なぜだ?」

「ん?」

 

 諦めたヘルマンが問いかける。

 

「なんで俺達を狙った?目的はなんだ?」

「急に羽振りがよくなったって、もっぱらの噂になってたんだぜあんたら。例えば一昨日おれの仲間が働いているバーで高い酒頼みまくったりとかな。そういう奴は大概わるーいことをしてるもんだ。お天道様の導きに従って、あんたらをシバきにきた。目的についちゃ、そうだな……たまにはいいことをしようと思ったからってことにしといてくれ」

「ちっ、本当の理由は言わねえってことか」

「嘘は言ってない。おれたちは悪役だけど、徳を重ねられるんなら重ねときたいってのはある。死んだら地獄行きなのは決まってるようなもんだが、閻魔様の裁きがちょっとでもゆるくなったらいいな、みたいな願望はあるんだ」

「馬鹿か、閻魔や神なんざ迷信だ」

「そうだな、少なくともなんでも助けてくれる都合のいい神様はいない。作り上げてもいけない。よーく知ってる」

 

 とりとめのない会話が終われば、牛尾とセキュリティ数人が駆けつける。

 

「ヘルマン、ハンス、ニコラス!違法カードによる不正デュエルの容疑で逮捕する!」

「けっ、俺達はここで終わりか……」

「短い栄光だったぜ……」

「所詮、掃きだめがお似合いってことかよ……」

 

 おとなしく3人が連行されると、牛尾がテイルに険しい顔で近づいた。

 

「助力には感謝するぜ、テイル・バウンサー」

「お、なんか含みのある言い方」

「奴らの情報を知ったのはいつ頃だ?」

「はじまりは昨日の夜。チームユニコーンとの試合が終わった後、祝勝がてらアリアのバーで飲んでたらあいつらのことを客が噂してた。ざっくり言うと金遣いが荒いし、態度がうざいって。で、バーの評判が下がると困るから、早朝からあいつらのアジトでスタンバイ。わるーい事してる瞬間を撮ろうとして、出てったところを尾行したら、とんでもない事をやらかしてるとこに遭遇した」

 

 牛尾の眼光が鋭くなる。テイルの目は泳いでいない。嘘は言っていないのだろう。だが、全てを話していないことは長年の経験ですぐにわかった。

 

「突発的に行動した割には、準備が良すぎるな!撮影器具の準備、奴らの端末やDホイールへのハッキング、すぐに出来るもんじゃ―――」

「遊星なら出来るし、ハッキングは犯罪だけど遊星なら見逃すだろあんた?それはあんたが信じる正義のための行動だから」

「……ッ、なんでそこで遊星の名前を出す?対戦相手だから交友関係を調べたんだろうが、今その話は関係ねえ。なら質問を変えるぜ?明日その遊星との対戦を控えている選手が、練習もせず悪党を取り押さえようと思ったのはなんでだ?……それはお前にとって“気持ちいいこと”か?」

 

 ゆさぶりをかけてみるが、ボロはださない。逆に不意を突かれる。しかし追及は止めない。お返しに、とばかりに核心を突く。真実を捉える/捕らえるために。

 テイルは人差し指、中指、薬指の順に指を開き、回答を口にする。今週の三つ。

 

「一つ、おれ達には練習なんて必要ないから。二つ、おれ達の居場所にああいう小悪党がのさばってんのは嫌だから。三つ、確かに“気持ちいいこと”じゃあないが……それよりも大切にしたいものがあるから」

「大切にしたいもの?なんだそれは?」

「綴」

 

 すっきりした、実に潔い宣言だった。朗らかに笑って、大切なものを愛おしむように目を細める。

 

「遊星を倒したっていうお前たちのチームメイトのことか?そいつが今回の件となんの関係がある?」

「牛尾さん、“貴方”があいつをこの街に生きる一市民として守るって、この場で断言したら話す」

「!」

 

 疑わしい男が、突然試しにくる。けれど彼の語った言葉は、眼差しはどうしようもないほど、胸を打つほどの温かい愛に満ちていた。

 1秒、もっと詳しく話せ、と言いたくなる衝動を抑える。2秒、覚悟を決めた男の顔を見て、己も覚悟を決める。そして―――

 

「ああ、俺の信念に誓ってそいつを守る!」

 

 迷いなく言い切る。余計な言葉はなかった。

 テイルは安心した、と言わんばかりに口元に笑みを浮かべ、安堵の息をつく。

 そしていつも通りの余裕を隠さない表情へと戻る。

 

「3秒数えきる前に答えたからおっけー!いい答えだ。じゃあ……おっと!」

 

 テイルのフライトジャケットから端末の振動音が発せられる。

 内ポケットのジッパーを引っ張って取り出せば、画面の上部に表示されている名前は、『ブルーノちゃん』だった。牛尾にも画面を見せる。

 

「出ていい?」

「ブルーノか……いいぜ」

「承知。……もしもし?」

『もしもし!ボクだよ!大変なことが起きたんだ!アキさんのDホイールがクラッシュして、アキさんは意識不明で病院に運ばれた!遊星達は容態を確認するために病院に行って、ボクは原因を調べに現場に向かってる!キミも協力してくれないか!?』

「ああ、そりゃ大変だ!牛尾さん、あの被害者はアキさんだ。意識不明って」

「なんだと!おい、代われ!」

『牛尾さんも一緒なの!?代わって!』

「ほい」

 

 半ばひったくるかのように端末を取った。

 

「もしもし、俺だ!十六夜の命に別状はないんだろうな!」

「電話ではそう言ってました、けど……もし目覚めることがなかったら……!!」

「落ち着け!まずはお前も病院に向かえ!犯人は逮捕した!捜査は俺達に任せろ!」

「え!?どうしてそんな早く!?……いえ、わかりました!とりあえずボクも病院に向かいます!」

「ああ、遊星達にも俺から伝えておく!また後で連絡する!」

「はい、また後で!」

 

 電話を切る。端末を返すと、ずい、とテイルとの距離を縮めた。疑惑の眼差しが再び向かう。

 

「俺は一旦現場で指揮を取りにいかなくちゃならねえ。お前には、後でたっぷり話を聞かせてもらう。だが、その前に一つ確認だ……!お前は十六夜が狙われると知っていたか?」

「おれが昨日今日で集めた情報だけだと、被害者を予測する材料はない。けど、人伝に聞いてはいた。そいつは、事件を止めたくても止められねえのを悔いていた。だからおれがこの件を解決することにしたワケ。事件が発生する瞬間を直接見ちまったら、騙し騙しで目逸らしてた罪悪感がぶわっ、てなって潰れちまいそうだし」

「お前が言うそいつは、さっき言っていた綴のことだな?」

「察しが良くて助かるぜ。詳しいことは可能な限り話す。けど内容が内容だけにあんたにしか言えないし他言無用。で、最後に1つだけ確認」

「なんだ?」

「未来ってのは人の行動次第で大きく変わるもんだが……遊星やあんた達が辿る未来、その可能性の一つを綴は知っているって言ったら信じる?」

「……突拍子もない話だが、お前が人を騙して喜ぶような嘘つきではないのはわかった。信じるぜ」

 

 正直に言えば、納得はしていない。だが、人を見る目はあると自負している。だからこそ、信じられた。

 

「おお、あっさり……おれ、あんたのこと好きになっちまった。深影さんとお幸せになるよう願っとくぜ」

「テメ、どこまで知って……!まあいい、行ってくる!すぐ戻るからここで待っとけ!」

「りょーかい」

 

 テイルは車に乗った牛尾を見送る。大切な仲間の前途を託すことが出来たからか、大きく息を吐く。

 

(さて、綴とアリアは大丈夫かなっと……)

 

 

 

 病院のロビー。人でごった返す中、椅子に座りながら胸を押さえて深呼吸する綴と、その背中を摩るアリア。

 そこでアリアの端末に着信。テイルからだった。

 

『もしもし?おれおれ!事態は予定通りにいった。おれは治安維持局で事情聴取受けてくるから帰りは遅くなる。綴は?』

「やや過呼吸気味だ。無理もない」

『支えてやってくれ。おれが『衝撃の真実ゥ』をするのは明日だなこりゃ。後は頼んだ』

「承知した」

 

 端末をしまう。綴が心配そうにアリアに振り返る。

 

「テイルから?なんて……?」

「予定通り、とのことだ。事情聴取で帰りが遅くなると言っていたが、これも予定通りだろう?」

「そうね。テイルなら僕が用意したシナリオに沿って、矛盾のない受け答えをしてくれる。安心して任せられるわ」

 

 何も知らない綴。それは幸せなことだろうか。

 

「そうだね。あれはあれで芯の通った男だ。今23歳だったね。あと8歳若ければ襲っていたかもしれない」

「ここ、病院!公共施設!子供もいるんだからやめなさい!」

「冗談だ。突っ込みを入れられるならまだまだ元気だね。少しは楽になったかい?」

「……ありがと」

「どういたしまして」

 

 悪役に徹し、悪に染まり切れない者たちの絆。

 

「あっ!なんでテメェらがここにいやがる!」

「オレ達を嗤いにでも来たか!」

「待て、二人とも!……アキを心配してきてくれたのか?」

「対戦相手だからこそ、気になっちゃったのかい?」

 

 クロウ、ジャックを諫め、遊星とブルーノがやさしく話しかけた。

 

「ええ……容態は?」

「意識を失っているが、すぐに回復するそうだ。命にかかわるような大きいけがもしていない」

「よかったぁ……」

 

 椅子からずり落ちそうになったところを、アリアが支える。

 

「ひとまずは安心といったところかな?」

「……本当に心配してくれて来たのかよ。悪かったな」

「ふん、日頃の行いが悪いから決めつけられるのだ!」

「そうね。ぐうの音もでないわ」

「……どうかしたのか?」

「具合が悪いのかい?」

 

 今までに見せてきた態度とは全然違う。憂いを帯びた表情で、4人に視線を合わせようともしない。

 

「……僕は大丈夫。気にしないで。それよりも明日の試合はどうするの?クロウ、そのギプス……肩の怪我は完治してないでしょ?」

「へっ、心配には及ばねえぜ!逆にメタメタにされる覚悟をしておくんだな!」

「いい気概だ。私達も遠慮せず戦えるというものだよ」

 

 緊張感が高まる中、ここで電話がかかってくる。ブルーノの持つ端末だ。発信元を確認すると、「あ、ごめん牛尾さんから!」と言った後電話を取った。

 

『もしもし?牛尾だ!十六夜はどうだった?』

「あ、ごめんなさい!すぐに連絡できなくて!アキさんは時間がたてば回復するとのことです!その説明を受けた後、エイチクロスのメンバーに会っちゃって……」

『そうか、安心したぜ。今回捕まえた犯人達だが、十六夜だけでなくクロウ、そしてチームナレシーの3人を襲撃したと自白した』

「なにっ!俺の怪我もその連中が原因かよ!」

『テイルが奴らをデュエルで倒してなきゃ、他にも被害者が出てたかもしれねえ』

「テイルが?なぜあいつが……」

 

 遊星の疑問に、アリアが予定通りに答える。

 

「私が働いているバーでの行為が目に余ったからだよ。詳しいことは後でその牛尾さんから聞けるだろう。デュエルの様子は動画サイトにアーカイブで残っているから、時間があるなら視聴するといい」

『今からそのテイルを事情聴取するところだ。湯上綴、いるか?』

「え、ええ。なにかしら?」

『テイルからメッセージだ。「今はしんどいだろうが、必ず良い終わりは来る!あと、遊星にデートを申し込むんならここでやっといた方がいいぜ」……とのことだ』

 

 ぽろり、と右目から綴の一筋の涙が頬を伝った。それを拭うと、照れ隠しに声を荒げる。

 

「余計な事言わないでばか!ありがとう!って伝えておいてください!」

『わかった。ちゃんと伝えておくぜ。じゃあな!』

 

 電話は切れた。感動的な瞬間だった。だが、数秒過ぎれば微妙な空気が流れる。

 

「俺とデート……?」

「え、ええ!明日僕達が勝ったら遊星、僕とデートして!ジャンクパーツ探しやプログラミングの話は勿論のこと、水族館に行ったり、遊園地で観覧車に乗ったりして、最後には僕のお家でお楽しみ。サレンダーとはまた別の、初体験をしてもらうわ!」

「チョイスが微妙に地味で古いのはなんなんだよ……」

「遊星の価値観に合わせて無難なものを選んでみたのよ!」

 

 ドヤ顔を決める綴。呆れるクロウ。しかし遊星は真摯にその『お願い』を聞いた。

 

「いいだろう。だが、俺達はおまえ達を超えてみせる!」

「その余裕も今の内だ!」

「余裕などないさ。君達の実力はちゃんと理解しているとも。しかし、私達の実力も知っているだろう?」

「そうだね、キミ達は今までの中でも一番の強敵だ。けれどボク達チーム5D’sは必ず勝つ!」

「その意気よ。すべてを懸けてかかってきなさい!……じゃ、またね!」

「明日を楽しみにしているよ」

 

 二人は去っていく。足取りが未だに重い綴に、肩を貸すアリアの後ろ姿。

 

「あの人たちも、大丈夫かな……」

「奴らの心配なぞするな!」

「今はあいつらを倒すことだけ考えとけ!」

「ああ、俺達は出来ることをしよう」

 

 4人も病院を後にする。それぞれの願いと、覚悟を秘めた顔つきで。

 

 

 治安維持局の取調室。色味のない殺風景な室内には白熱灯の明かりばかりが目に眩しく、それは室内の壁が灰色に保たれていたせいもあった。窓の外は日が沈んで、夜が潤み始めていた。 

 一切物がおかれていない机では、牛尾とテイルの視線が交差していた。

 

「さて、どこから話せばいいかな」

 

 ゆるやかに真剣味を帯びたテイルの眼が、何気なく空気を舐める。呼応して、牛尾の眼も鋭さを増す。

 

「まずは湯上綴についてだ。当然経歴は調べた。17歳まではシティの児童養護施設で暮らし、その後はグレーゾーンの地下デュエル大会で賞金稼ぎとして活動。有名になったあいつは、護衛としてお前を雇い、バー『グリード』でアリア・ラスティと意気投合。WRGP開催決定後もしばらくは3人で地下デュエルに明け暮れていた……ところまではいい。問題はなぜ突然遊星にデュエルを挑んだか、だ」

「そこは単純に厄介ファンだから。スターである遊星の心に、自分の存在を刻みたいっていう、傍迷惑で自分勝手な欲が暴走しちゃったんだな」

「ここで疑問が出てくる。遊星や俺達の辿る未来、その可能性の一つを奴は知っていると言ったな?」

「言ったなあ」

「遊星に欲望をぶつけることは、その未来に辿り着くために必要なことだったのか?」

 

 真実を追求せんとする意思が、未知の塊である男を射抜いた。

 

「鋭いな!答えはNOだ。綴は未来のことなんざ、考えていなかった。ここで重要情報だ。また三つな。一つ、綴が初めてあんた達を知ったのは、アニメで表現された物語だ。二つ、その物語に綴は登場しない。あくまで綴は別の世界から物語を見ていた視聴者でしかない。三つ、だから自分をこの世界の異物だと認識していて、遊星の初体験を奪えたら、0.1秒後に黒幕によって存在を抹消されてもいいと思っていた」

 

 楽しそうに口角を吊り上げて、ヒントを出す。三つの重要情報のスケールの大きさに牛尾は困惑した。

 

「待て!一つずつ整理させろ。物語ってのはどういうことだ?」

「不動遊星が主人公の物語。牛尾さん、あんたが初めて遊星と戦った時が記念すべき第一話になってる。最終回はネタバレ出来ねえから、一言で言うと概ねハッピーエンドだ!これが綴の知る未来の一つ。じゃ、二つ目に行こう」

「別の世界ってのはなんだ?」

「この世界とは成り立ちが違う、全然別の世界。デュエルモンスターズの誕生は、ある一つの漫画からだった。その漫画はシリーズ化してアニメとなり、様々な作品へと派生していった。さっき語った物語もそのシリーズの一つだ。だから、デュエルモンスターズの創設者はペガサス・J・クロフォードじゃないし、海馬コーポレーションもないからソリッドビジョンシステムもない。1回のデュエルで世界の行末が左右される、なんてこともない。あくまでそれは“物語の中の話でしかない”。競技としての側面はあるが、一般的な認識としてはサブカルチャーの一つでしかない」

 

 薄笑いを浮かべて語られる内容は、常識を覆すものであった。デュエルが中心でない世界など、想像すらしなかった。自分は一体何と関わってしまったのか。悪寒が徐々に広がっていくかのような感覚。しかし、如何に悪寒がしようと追及する他は無い。それこそが自分のやるべきことなのだから。さらに湧いた疑問をぶつける。

 

「……待て、湯上綴はどうやってその世界からこの世界に来た?」

「輪廻転生ってわかる?」

「一度死んだら生まれ変わるってやつだ、ろ……まさか」

「はいそのまさか。綴は別の世界で死んで、前世の記憶を持ち越したままこの世界に生まれた。ああ、思い出したのは6歳くらいの時って言ってたな。そしてその瞬間、前世で知っていたカードが数百種類も手元に現れた。これについては本人すら理由がわかってねえから質問は無意味だ。その中には《邪神》といったこの世界における厄ネタもあったが……それ自体は本当になーんの力もない、ただのカードだった。ま、それでも目を付けられるとやばいから、遊星と戦うまでは地下デュエルでもそいつを使うようなことはしなかった」

 

 淡々とした声で、テイルは続けた。やはり嘘をついている様子はない。この話については受け入れることが出来た。ダークシグナーという、死者が復活した事案をこの眼で見たのだから。

 

「理解はできた。なら三つ目についてだ。……まず、黒幕はどんな手段を用いて人を消せるか、答えられるか?」

「賢いな牛尾さんは。自分も存在を抹消される可能性があるってことに気付いてっから、ちゃんと言葉を選べてる」

「お前は“殺されても”ではなく“抹消”という表現を用いた。しかも0.1秒という具体的数字まで並べた。常識で考えれば、人を一人『いなかった』ことにするには相当の手間と時間が要る。だが、黒幕はそれを一瞬で出来るんだろ?なら、その対象が湯上綴だけとは考えられない。少なくとも、この街の人間であれば誰でも消せる……そうだな?」

 

 与えられた思考拠点を元に、推論を口にした。途端、ぱちぱち、と乾いた拍手の音が響く。

 

「正解だ。遊星達シグナーのような例外はいるが、基本的には全人類が対象って思った方がいいぜ。手段を答えられるかどうかについては、NOだ。今おれ達は黒幕に見張られているから」

 

 淡々と語られるは壮大なスケールと、銃口を直接頭に突きつけられているに等しい、という事実。衝撃で、頭がどうにかなりそうだった。沈黙が何秒続いただろうか。30秒。1分。何も起こらない。2分が経った。何も起こらない。そこで、ようやく牛尾は言葉を絞り出した。

 

「……なぜお前たちは消されていないんだ?黒幕の正体も、この先の未来も知っているんだろ?」

「まだ利用価値があるからだな。遊星達を試す試練として、おれ達はとても都合がいい。ほら、さっき物語はハッピーエンドを迎えるって言ったろ?本当にそうなるかの判断材料ってワケだ。だから、明日の対決が決着するまでは見逃されてるんだと思う。その後おれ達3人をどう扱うかは、黒幕次第」

「……俺は?」

「シグナーと深いかかわりがあるから、赤き竜が守ってくれてる。後、あんた一人がどんな知識を持っていようが、黒幕に影響を与えることはできないから。だってデュエル、強くないだろ?わざわざその手段を使わなくとも、デュエルで倒しちまえばいい。そら、安心できたか?」

「完全に安心は出来ねえし、力不足を指摘されてぐうの音も出ねえよ!」

 

 牛尾はやや怒りを露わにしてテイルを睨む。

 

「ちょっとは安心できたってことだろ?じゃ、漸く本題」

 

 薄笑いが消えた。前置きは終わりとばかりに真剣な表情になる。

 

「三つ目の、自分が抹消されてもいいと考えていた、についてだ。最初そう思ってたのは、綴には一度死んだ記憶があったから。二度目の生に、それほど執着はしていなかったんだな。物語に存在していなかった異物が、黒幕にとって重要人物たる遊星に手を出す。しかもデュエルでは厄ネタとなるカードを使った。抹消には十分な理由だろ?」

「だが、湯上綴は今も存在している。……一つ聞かせろ。お前たちはあいつが抹消される可能性があるとわかっていて止めなかったのか?」

「おれ達はいつ死んでも後悔しないように刹那的に生きる狂人なんだ。欲望を満たせるなら抹消されるのも厭わない。仲間がそうなっても仕方ねえな、って見送ったワケ」

「薄情じゃねえか」

 

 テイルに牛尾の険しい視線が送られる。

 

「ドライなのはそうだな。本題に戻るぜ?遊星とのデュエルの後、綴に黒幕の手先が接触してきた。『我々の目的のために協力する気はないか』ってな。まあ、断る選択肢はないに等しいんだが、綴はあることを思いついた」

「それは?」

「物語では消滅してしまう存在を助けたいって傲慢にも思っちまったんだ。……そいつが消滅することで、遊星は心に傷を負う。物語ではそこまで深く描写されちゃいないし、最終回はハッピーエンドで締めくくられたんだが、仲間を失った苦しみ、悲しみ、痛み……相当デカいはずだ。永遠の思い出になっちまうくらいには」

「……仲間、だと……!?……誰のことかは言えるか!?」

 

 頭に鉄球をぶつけられたかのような衝撃の事実の告白。慎重に問いかけると、テイルはその名をあっさりと告げた。

 

「ブルーノ」

「…………そうかよ」

 

 出せた言葉は、それだけだった。

 

「助けるって言っても、確実な方法なんざない。どうやって消滅するかまでは言えないが、干渉出来る隙もほぼない。それでも、黒幕に己の有用性を示せば、消滅する直前の現場に居合わせることは許してもらえるかもしれない。そんな極々僅かな希望を持ったんだ。で、WRGPへの参加を決意したワケ。実力を示すために」

「おかしいじゃねえか。お前たちは明日遊星と戦った後抹消される可能性があるんだろ?どうやって現場に居合わせるっていうんだ?」

「そこは黒幕の性格に賭けてる。綴をすぐに消すんじゃなくて、どこまで足掻けるか試すっていう方針のはず。おれとアリアについてはわかんねえけど」

「ますますわからねえ。なぜ、お前とアリア・ラスティは自分が抹消される可能性が高まることを厭わず、湯上綴の計画に乗った?そして湯上綴は、お前たち二人を巻き込むことに躊躇はしなかったのか?」

「適当に欲望を満たしながら終わると思っていた人生の中で、大舞台に立てる機会が巡ってきたんだ。それも世界の未来に関わるっていうじゃないか。良き終わりを迎えられるんなら、この命、使ってもいいと思ってな。アリアも同じことを言ってる」

「命を粗末にするんじゃねえよ!」

「もう遅いぜ。既に時計の針は進んじまった」

 

 怒りを受け流すことなく、淡々と言い切った。

 

「……ちっ、湯上綴の方はどうなんだ。あいつは、罪悪感で潰れそうになっていると言ったな。それは、クロウや十六夜が襲われることを知りながら、“物語の辻褄”を合わせるためにそれを見逃したからなんだろうが……そんな図太くない精神の持ち主が、仲間であるお前たちの抹消に耐えきれるとは思えねえ」

「綴は、消えるなら3人一緒だって思い込んでるから。自分が抹消されること自体は怖くないし、ブルーノ消滅の現場に居合わせられない可能性が高いこともわかってる。けど、おれとアリアだけが消える可能性からは目を逸らしてる。だからさ、牛尾さん」

「なんだよ?」

「―――もしおれ達が消えちまったら、綴のこと一市民として守ってやってくれ。誓いは果たせよ?」

 

 そして、重大な使命を牛尾に託した。

 




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