《スターダスト・ドラゴン》のブレスが、《トリシューラ》に襲い掛かる。途端、綴は嗤っていた。
「罠にもいろいろあるわよねえ……さっき使った《強制脱出装置》はシンクロモンスターの大敵、強力なカード。けどこれから私が使うカードはうんと弱いカードなの」
「何が言いたい……」
「あなたの『シューティング・ソニック』は、ほんのちょっとの、ティッシュ1枚を掴む力で無駄打ちに終わる。賢者タイムを迎えなさい。《地縛霊の誘い》を発動。『シューティング・ソニック』の矛先は私が決める。攻撃対象は《ジャイアントウィルス》よ!」
攻撃の矛先をほんの少し曲げる。洗脳というには微弱すぎる発射管理。地縛霊に誘われた星屑の龍の愚行。巨大な毒々しい色の球菌を撃ち抜く。
「くっ……あのカードには戦闘で破壊されたときに発動する効果がある……」
「その通り。相手に500ポイントのダメージを与え、デッキから可能な限り同名モンスターを特殊召喚する!」
遊星:LP2000→1500
球菌が2体に増殖。戦況はやや不利となってしまった。
「《ダーク・ネクロフィア》や《エネミーコントローラー》のようなコントロール奪取だけじゃない。《サベージ・コロシアム》に《地縛霊の誘い》といったモンスターの攻撃の強制……キミのコンセプトは『操る』ことなんだね」
「その通り。だけど、簡単に屈するような相手じゃつまらないじゃない?強固な意志を持ったデュエリストが抗い乗り越えていかんとする姿。思わずときめいちゃうでしょう?」
「なんにせよ、おまえの想定通りにはさせない!モンスターをセットしてターンエンドだ」
「つれないわね。じゃあ、僕のターン、ドロー!」
綴
LP:1900
Hand:1
Monster:《氷結界の龍 トリシューラ》《ジャイアントウィルス》《ジャイアントウィルス》
FieldMagic:
Magic&Trap:Set1
遊星
LP:1500
Hand:1
Monster:《スターダスト・ドラゴン》《???》
Magic&Trap:Set1
「《成金ゴブリン》を発動。1枚ドローしてあなたのライフを1000ポイント回復する」
遊星:LP1500→2500
「折角削ったライフを回復させた?このデュエル、お互いに堅実なプレイングをしているから、ライフアドバンテージも馬鹿にできないのに」
「意中のキーカードを引くためには仕方がないわ。けど、このカードだけじゃ僕の望みは達せられない。もっと欲望を滾らせないと!リバース・カード・オープン!《無謀な欲張り》!!ドローフェイズを2回スキップする代わりに、2枚ドロー!……さて」
一瞬、綴の笑みが消えた。そして、再び嗤った。
「これから呼び出しますは、《ダークネス・ネオスフィア》と同等以上のモンスター!盛大な拍手でお迎えくださいな!フィールドに存在する3体のモンスターをリリース!」
漆黒の闇が、氷結の龍と球菌2体を飲み込む。そこから現れ出でるは巨大な体躯と禍々しい波動。大地の下から、天を憎悪するかのように雄々しき姿。その在りようは、見るものすべてに『恐怖』の念を抱かせる。そう、それは『恐怖』の象徴!
「おいで、僕の神様!《邪神ドレッド・ルート》!!」
「また最上級モンスターを……!!」
黒々とした威容。振り仰いで逆に、下から目が眩むほどの存在感。【邪神】の名の通り明々白々に強大で、一目で畏れられ、忌み嫌われ、崇められてもきただろうその神性存在が、自分たちに向かって殺意を向けている。
誰もが戦慄するであろう。身体がすくむであろう。理性が飛ぶであろう。それでも遊星は抗わんとする。ブルーノも遊星の支えとなるべく、へたりこみそうになった身体を必死で踏ん張っている。
「まだよ!さらに、フィールド魔法《オレイカルコスの結界》発動!」
決闘場の上空から、二人のデュエリストを囲むように翡翠色の円状の文字盤が地面に敷かれる。するとその円の中に、線が迸って、六芒星を描く。結界が完全に張られると、翡翠が一際輝き、場の異様さを際立てていた。
「なんだこれは!?」
「このカードは本来なら敗者の魂をこのカードに封じる危険な代物。だけど“これ”は邪神様も含めてただの劣化コピー。この2枚があったところで、ダメージは実体化しないし、負けてもどうにかなるわけじゃない。そこは安心して?」
「……どうしてキミがそんなものを持っているのかな?」
「んー。企業秘密。そんなことはほっといて、効果を説明しないと。《邪神ドレッド・ルート》は自身以外の全てのモンスターの攻守を半分にする。そして《オレイカルコスの結界》は僕のフィールド上のモンスターの攻撃力を500ポイントアップさせる。だから……」
《邪神ドレッド・ルート》ATK4000→4500
《スターダスト・ドラゴン》ATK2500→1250
「攻撃力の差は、俺のライフを上回っている……!!」
「このターンで僕の勝ちは確定!バトルフェイズ!」
「まだだ!バトルフェイズに入る直前、手札から《エフェクト・ヴェーラー》の効果発動!《ドレッド・ルート》の効果を無効化する!」
「よし、これで……」
《スターダスト・ドラゴン》ATK1250→2500
「邪神の攻撃を受けても俺のライフは残る!」
綴
LP:1900
Hand:1
Monster:《邪神ドレッド・ルート》
FieldMagic: 《オレイカルコスの結界》
Magic&Trap:
遊星
LP:2500
Hand:0
Monster:《スターダスト・ドラゴン》《???》
Magic&Trap:Set1
「《成金ゴブリン》のせいね。あーあ。けど、今から喰らう一撃、恐ろしくってよ?《ドレッド・ルート》で《スターダスト・ドラゴン》を攻撃!『フィアーズ・ノック・ダウン』!!」
邪神が腕を振り上げる。触れたものすべてを滅する恐怖の拳。冷酷な敗北の重みを突きつけんと黒緑の一閃を描いて星屑の龍目掛けて振るわれた。迫る龍への死刑宣告。叩きつけられ、消滅する《スターダスト》と、その拳の衝撃が炸裂し、遊星の服を小刻みに揺らす。彼の額に汗が滲む。
「ぐあっ!!」
「遊星!」
遊星:LP2500→500
(実体化していないカードでもこの威力……だが!)
「罠発動!《奇跡の残照》!この戦闘で破壊された《スターダスト》を守備表示で復活させる!」
淡い光がフィールドを照らし、星屑が凝縮されると、星屑の龍は再誕した。残されるは希望か。
「まだ決着はついていない。一見すると絶望的な状況だけど、彼は2回ドローフェイズをスキップしないといけない。その間に体勢を立て直すことができれば逆転は可能だ!」
「……逆転、ね。さっき言ったでしょう?このターンで僕の勝ちは確定って。《成金ゴブリン》も、《エフェクト・ヴェーラー》を使われるのも計算のうち。メインフェイズ2、永続魔法《魔力の枷》を発動」
二人のデュエリストの背後に土の壁が現れ、手足首に壁とつながった金色の輪がはめられた。
「遊星!」
「これは……この状況は……」
遊星の顔に焦りが浮かぶ。そして、絶望の色が濃くなっていく……。
「《魔力の枷》がある限り、お互いに手札からカードを場に出したり、効果を発動する際には必ずライフを500支払う必要がある。だけど、あなたのライフは500丁度。今言った行為をすれば即敗北。……手札以外で使えるカードは、フィールドの《スターダスト》とセットモンスターのみ。墓地には《スキル・サクセサー》しかない。《ドレッド・ルート》を攻略する手段はないわね?」
「ぐっ……」
「……ふふっ。初めてのサレンダー、する?」
綴が微笑んだ。
《邪神ドレッド・ルート》が見下ろす先で、遊星はデュエルディスクを握り締めている。
ライフは500。
《魔力の枷》が存在する限り、手札からカードを使うだけで、その500ポイントを支払わなければならない。
手札にどれほど強力なカードを引き込もうと、発動することさえ許されない。
「このデュエルには、何も賭けていないでしょう?」
綴の声は優しかった。
「命も、仲間も、未来も。あなたがここで負けたって、誰も困らない。だったら、無理に続ける必要なんてないじゃない」
「……何が言いたい」
「サレンダーは悪いことじゃない、ってことよ」
綴は両手を広げた。
「勝てないと分かったら、負けを認めてもいいの。最後まで戦うことだけが勇気じゃないわ。引き際を見極めるのだって、立派な決断でしょう?」
ブルーノは、わずかに眉を寄せた。
言っていること自体は、間違っていない。
デュエルは、命を懸けてまで続けなければならないものではない。
だが、綴の眼差しには、相手を思いやる者のそれとは違う熱が宿っていた。
「それにね」
綴が、遊星を見つめる。
「僕、見てみたいのよ。あなたが自分の意思で負けを認めるところ」
その言葉に、遊星の表情が険しくなった。
「……俺がサレンダーするところを見たいのか」
「ええ」
綴はためらわず頷いた。
「あなたは、どんなときでも諦めない人でしょう?だからこそ知りたいの。あなたが諦めるとき、どんな顔をするのか」
ブルーノが口を開く。
「綴、それは――」
「大丈夫よ。初めてのことだもの、きっと勇気がいるわよね」
綴は、まるで本当に相手を安心させようとするように笑った。
「僕が受け止めてあげるから」
遊星は、その笑顔を正面から見返した。
綴は嘘をついていないのだろう。
サレンダーが恥ではないと、本気で思っている。
だが同時に、遊星が望まない決断をする瞬間を、心から楽しみにしている。
「……断る」
遊星は静かに答えた。
「俺はサレンダーしない」
綴が目を瞬かせる。
「あら。どうして?」
「まだデュエルは終わっていない」
遊星は《邪神ドレッド・ルート》を見上げた。
「勝つ方法が見つからなくても、俺は自分で考え続ける。おまえが俺の負けを決めるんじゃない」
綴は、しばらく遊星を見つめていた。
やがて、その唇がゆっくりと吊り上がる。
「……そう」
拒まれた。
けれど、不快ではなかった。
むしろ胸が高鳴っていた。
「なら、あなたがそう言えなくなるまで、付き合ってもらおうかしら?ターンエンドよ」
綴がターン終了を宣言する。
遊星は、まだ知らない。
綴がどこまでやるつもりなのかを。
綴
LP:1900
Hand:0
Monster:《邪神ドレッド・ルート》
FieldMagic: 《オレイカルコスの結界》
Magic&Trap:《魔力の枷》
遊星
LP:500
Hand:0
Monster:《スターダスト・ドラゴン》《???》
Magic&Trap:
「ドロー。ターンエンドだ」
「《無謀な欲張り》の効果でドローフェイズをスキップ。《ドレッド・ルート》で《スターダスト・ドラゴン》を攻撃」
無慈悲に再び殴殺される星屑の龍。
(すまない……)
遊星は一瞬俯いたが、すぐに綴を見据えた。
「まだ続ける?ターンエンドよ」
「もちろんだ。俺のターン、ドロー!ターンエンドだ」
綴は訝しんだ。
(ここから本気で往復40ターンくらい何もしない作業をする気?……だったらあのカードを引き当てて、意地でもサレンダーさせないと……)
何もできないはずだった。何もすることが出来ないはずだった。信念を載せて構築してきたデッキも、戦略も、もはや無力化されたも同然。手足を切り取られた状態でただ「ターンエンド」を宣言するだけ。この作業の果てに得るものはないはずなのに。
「僕のターン、《無謀な欲張り》の効果で2回目のドローフェイズスキップ。バトル!《ドレッド・ルート》でセットモンスターを攻撃!」
三度振るわれる拳。だが、ガキン、という音とともに拳は弾かれた。邪神と比べればちっぽけな桃色の鳥によって
「《ロードランナー》は攻撃力1900以上のモンスターとの戦闘では破壊されない!」
「しぶとい……!たかだか守備力300で……」
「このまま《ロードランナー》を突破できない状態が続くかもしれない。これなら……」
「わずかな希望にすがるのね。ふうん?ターンエンド」
何も投げ捨てることなくデュエルを終えられる可能性がブルーノによって提示されるも、遊星の顔は険しいままだった。
「俺のターン、ドロー。ターンエンドだ」
「僕のターン、ドロー!きたわよ……!《魔力の枷》により、ライフを500支払い《死者蘇生》を発動!」
綴:LP1900→1400
綴の宣言とともに、墓地から光が立ち上った。
「あなたの墓地から《スターダスト・ドラゴン》を特殊召喚! もちろん、僕のフィールドにね」
「何だと……!」
遊星が顔を上げる。
星屑が集まり、白い竜の姿を形作っていく。
だが、現れた《スターダスト・ドラゴン》は、遊星のもとへ戻らなかった。
綴の側へ降り立った竜は、頭上に君臨する《邪神ドレッド・ルート》の威圧を受け、その翼を低く垂らしている。
「《オレイカルコスの結界》で攻撃力は500アップ。けれど、《ドレッド・ルート》の効果で半分になるから……」
《スターダスト・ドラゴン》 ATK2500→3000→1500
「これで《ロードランナー》も突破できるわ」
綴は満足げに頷いた。
「さあ、遊星さん。まだサレンダーしない?」
「……しない」
「そう」
綴は小さく笑った。
「じゃあ、もう少し楽しませてもらうわね」
綴が《スターダスト・ドラゴン》へ歩み寄る。
そして、竜の脚に手を伸ばした。
「……何をしている?」
遊星の声が低くなる。
「何って、せっかく近くに来てくれたんだもの。少しくらい触れてみたいじゃない?」
綴は、竜の身体を眺め回した。
鱗の形、翼の付け根、長い尾。
その視線は、やがて露骨な好奇心を帯びていく。
「ふふ……。こうして近くで見ると、思っていた以上に綺麗ね」
綴は手を滑らせ、竜の身体をなぞるような仕草を続けた。
触れているのはソリッドビジョンにすぎない。
指先に感触があるわけでもない。
それでも、綴の振る舞いが何を模しているのかは、誰の目にも明らかだった。
「やめなよ!」
ブルーノが声を荒らげた。
「それはもう、デュエルじゃないだろう!」
「あら。ルール違反はしていないわよ?」
綴は悪びれずに振り返る。
「実体のない映像に触れる真似をしているだけ。誰も傷ついていないでしょう?」
「そういう問題じゃない!」
遊星の声が響いた。
綴の手が止まる。
「《スターダスト》から離れろ」
それは、これまでのデュエルで一度も聞かせなかったほど、険しい声だった。
綴は遊星を見た。
怒っている。
明らかに怒っている。
遊星の瞳は、綴の姿をまっすぐに捉えていた。
その眼差しを受けて、綴の胸が高鳴る。
――ああ。
今、あなたは僕のことしか見ていない。
胸が高鳴る。あれほど望んだ視線が、ようやく自分だけに向けられている。
――なのに。
遊星の目には、綴が思い描いていた熱がなかった。
怒りだ。わかっている。少なくとも、喜んでくれてはいない。
それでも、今さら手を引く気にはなれなかった。
ここでやめたら、きっと自分は、彼にとって通りすがりのデュエリストに戻ってしまう。
そんなのは、嫌だった。
「そんなに大切なのね、この子が」
「当たり前だ」
遊星は即答した。
「《スターダスト》は、俺と一緒に戦ってきた仲間だ」
「……仲間」
綴は、その言葉を口の中で転がした。
そして、微笑んだ。
「だったら、なおさら放っておけないわよね」
「綴……!」
「僕は、あなたにサレンダーしてほしいだけなの」
綴は《スターダスト・ドラゴン》へ再び向き直った。
「あなたが負けを認めてくれたら、すぐにやめるわ。誰も傷つかずに終われるのよ?」
ブルーノの顔から、笑みが消えた。
それは提案ではなかった。
遊星が大切にしているものを利用した、脅迫だった。
「……おまえは」
遊星が声を絞り出す。
「俺がサレンダーするまで、続けるつもりなのか」
「ええ」
綴は、当然のことのように頷いた。
「僕は、あなたの初体験が欲しいんだもの」
綴の笑顔は変わらなかった。
遊星の顔から、血の気が引いていく。
勝てないからではない。
自分が戦い続けることによって、大切な仲間が辱められる。
そんな選択を迫られているからだった。
遊星はデュエルディスクを見下ろした。
その手が、わずかに震えていた。
「俺のターン、ドロー!」
綴
LP:1400
Hand:0
Monster:《邪神ドレッド・ルート》《スターダスト・ドラゴン》
FieldMagic: 《オレイカルコスの結界》
Magic&Trap:《魔力の枷》
遊星
LP:500
Hand:4
Monster:《ロードランナー》
Magic&Trap:
「…………」
「もういいよ、彼の策略に乗るのはいやだけど、サレンダーしよう。これ以上、キミが辱められる必要なんてないんだ」
ブルーノが発した言葉は、天使の誘いか。遊星の迷いを断つには十分だった。
「……サレンダーだ」
遊星の声は、かすかに震えていた。
デュエルディスクが停止する。
《邪神ドレッド・ルート》が消えた。
《オレイカルコスの結界》が砕け、《スターダスト・ドラゴン》も星屑となって霧散していく。
部屋には、ヒーターの稼働音だけが残った。
「ふふ。僕の勝ちね」
綴は満足げに微笑んだ。
「どう? 初体験を奪われた気分は」
「……いいものではないな」
遊星は短く答えた。
綴は、少しだけ首を傾げる。
念願の初サレンダーを奪えた。
遊星は最後まで抵抗したし、想像していた以上に手応えのあるデュエルだった。
なのに、胸の奥に残っているのは、奇妙な物足りなさだった。
「……あら」
「どうしたの?」
ブルーノが尋ねる。
「いえ。もう少し、こう……」
綴は言葉を探した。
遊星に忘れられない経験をさせたかった。
それは間違いなく達成したはずだ。
けれど、今の遊星は、綴を見ようとしない。
ーーーさっきまで、あんなにも僕を見てくれていたのに。
怒っていたって構わないと思っていた。けれど、いざ視線を外されると、妙に寂しい。あの瑠璃色の瞳に、もう一度自分を映してほしかった。
なのに、デュエルディスクを外し、黙ってカードを確かめている。
その横顔を見ていると、なぜだか勝った気がしなかった。
「……まあ、いいわ」
綴は手を叩いた。
「それじゃあ、反省会よ!」
「……反省会?」
ブルーノが眉をひそめる。
「そう! 今のデュエルには、いくつも改善できるところがあったでしょう?」
「ちょっと待ってよ」
ブルーノの声は、先ほどまでの柔らかいものではなかった。
「キミは、遊星にあんなことをしておいて、何もなかったみたいに話を始めるつもりなの?」
「何もなかった、だなんて。とても楽しいデュエルだったわよ?」
「そうじゃない!」
綴は目を瞬かせた。
ブルーノは一歩、遊星の前へ出た。
「遊星は、キミが勝つことを嫌がっていたんじゃない。自分の大切なカードを、あんなふうに扱われるのが嫌だったんだ」
「……でも、ソリッドビジョンでしょう?」
「それでも嫌だって言ってるんだよ」
綴は口を閉じた。
言い返すことはできた。
ルール違反ではない。カードの映像には実体もない。デュエルで相手の弱点を突くのは当然だ。
どれも、綴にとっては正しい理屈だった。
けれど、ブルーノはそれを聞きたいわけではないらしい。
「……遊星さんも、そう思う?」
綴が尋ねる。
遊星は顔を上げた。
「ああ」
短い返事だった。
「俺は、デュエルに負けたことを責めるつもりはない。おまえの戦術は見事だった」
綴の表情が、少し明るくなる。
「だが」
遊星は続けた。
「《スターダスト》にしたことは、許せない」
綴の笑顔が止まった。
「……そう」
遊星は、そこで話を終わらせなかった。
「それと、サレンダーを認めること自体は間違っていないと思う」
「でしょう?」
「だが、おまえは俺に選ばせようとはしなかった」
綴は、何も答えなかった。
「俺が嫌がることを続けて、サレンダー以外の道を塞いだ。それは、おまえが言う『勇気ある決断』とは違う」
綴は、しばらく遊星を見つめていた。
それから、ふっと笑った。
「……手厳しいわね」
納得したわけではなかった。
勝つために使える手段を使った。それの何が悪いのか、綴にはまだよく分からない。
ただ、遊星が本気で怒っていることだけは分かった。
「でも、せっかくだから聞いてほしいことがあるの」
綴は、少しだけ声の調子を改めた。
「これから始まるWRGPには、どんな手段を使ってくる相手がいるか分からない。モンスターを奪うだけじゃなく、仲間を狙うような相手だっているかもしれないわ」
遊星の目つきが変わった。
「……何か知っているのか?」
「さあ、どうかしら?」
綴は肩をすくめる。
「でも、僕みたいな決闘狂人がいるってことは、今日分かったでしょう?」
「……ああ。それは確かだな」
「だったら、対策を考えない?」
綴はカードを一枚取り出した。
「例えば、《ダーク・ネクロフィア》への対処。あの場面で《ジャンク・アーチャー》の効果を使う以外にも、選択肢はあったはずよ」
遊星は、綴の持つカードを見た。
先ほどまでのデュエルが頭をよぎる。
悔しさは消えていない。
それでも、綴の戦術から学べることがあるのは事実だった。
「……話だけは聞こう」
遊星は言った。
「ただし、今日のことを忘れたわけじゃない」
「ええ、もちろん」
綴は笑顔で頷いた。
忘れてもらっては困る。
遊星の心に自分を刻み付けるという、最初の目的が果たせなくなってしまうから。
そんな綴の本心を、遊星もブルーノも知らなかった。
「はい、じゃああの場面についてよ。《荒野の大竜巻》や《ダブル・サイクロン》なりが引けるのを待ってからでも遅くなかったはず……」
綴が一枚のカードをテーブルに置いた。
《ダーク・ネクロフィア》。
先ほど遊星の《ジャンク・アーチャー》を奪った、悪魔族のモンスターだ。
「たしかに……あの《ヘル・セキュリティ》の自爆特攻で大きくライフを減らした不可解さが、決着を急がせたが、その選択もできた」
「《ダーク・ネクロフィア》は受動的なモンスター。《ロードランナー》のように戦闘破壊耐性を持った仲間たちで時間を稼いで、冷静に対処することはできたね」
ブルーノの指摘に、遊星が頷く。
「ああ。相手のライフが少ないからといって、攻め急ぐ必要はなかった」
「そういうこと。僕のライフが減ったのは、あなたが削ったからじゃなくて、僕が自分で減らしたから。そこをもっと疑ってほしかったわね」
「……おまえの思惑に乗せられた、というわけか」
「ふふっ。乗ってくれて嬉しかったわよ?」
綴が楽しそうに笑う。
遊星は苦笑しかけて、口元を引き締めた。
戦術の話をしている間は、普通のデュエリストと変わらない。
むしろ、カードへの理解も、相手の選択を分析する能力も高い。自分が見落としていた可能性を、的確に指摘してくる。
だからこそ、先ほどの行為が理解できなかった。
「それにしても、あの《魔力の枷》は厄介だったね」
ブルーノが話題を変える。
「ライフを500に調整してから発動するなんて、普通は思いつかないよ」
「正確には、500に調整できるように《成金ゴブリン》を使ったのよ。《エフェクト・ヴェーラー》が飛んでこなければ、あのターンで決着していたでしょうし」
「……そこまで考えていたのか」
「もちろん。だけど、遊星があそこまで粘るとは思わなかったわ」
綴は頬に指を当て、わずかに首を傾げる。
「正直、もう少し早くサレンダーしてくれると思っていたのよね」
遊星の表情が硬くなった。
ブルーノも口を閉じる。
「あら。まだその話は駄目?」
「……綴」
遊星は静かに言った。
「さっき伝えたことは、忘れないでほしい」
「ええ、分かっているわ」
綴は頷いた。
けれど、その返事を聞いたブルーノは、どこか釈然としない顔をしていた。
「……本当に分かっているなら、いいんだけど」
綴は二人の顔を見比べる。
どうやら、自分が思っている以上に、二人にとっては重大なことだったらしい。
「ごめんなさいね。やりすぎたわ……」
謝罪は本心だった。
少なくとも、二人をここまで怒らせるつもりはなかったのだから。
ただ、何がそこまで許せないことだったのか、綴にはまだ理解できていなかった。
遊星もブルーノも、それ以上は追及しなかった。
しばらくして、ブルーノが壁の時計を見上げた。
「あっ、もうこんな時間だ。遊星、そろそろ帰らないと」
「ああ。ヒーターの調子も確認できたしな」
遊星が立ち上がる。
綴は名残惜しそうに唇を尖らせた。
「あら、もう帰っちゃうの? せっかく仲良くなれたと思ったのに」
「……仲良く、か」
遊星は、その言葉を繰り返した。
「少なくとも、おまえが腕の立つデュエリストだということは分かった」
「それだけ?」
「今は、それだけだ」
綴は一瞬きょとんとして、それから笑った。
「ふふ。それでもいいわ」
拒絶されたとは思わなかった。
今は、ということは、これから変わる余地があるということだ。
遊星がそういう意味で言ったのかどうかは、綴には分からない。
だが、綴はそう受け取ることにした。
「じゃあ、次はもっと仲良くなりましょうね。ライディングデュエルなんてどうかしら?」
「……機会があればな」
「ブルーノちゃんも、また来てね?」
「その呼び方はやめてほしいな……」
ブルーノは困ったように笑いかけ、すぐに真顔へ戻った。
「それと、次にデュエルするときは、相手が嫌がることをしないでほしい」
「ええ、承知したわ」
「……本当に分かってる?」
「分かっているわよ?ああいう方向性がダメなんだってことは」
綴は悪戯っぽく片目を閉じた。
ブルーノは大きくため息をつく。
「まったく、キミって人は……」
玄関まで二人を見送る。
遊星は靴を履き、ドアノブに手をかけたところで振り返った。
「綴」
「なあに?」
「デュエルの助言には感謝する。WRGPに向けて、今日のことは参考にさせてもらう」
「ええ。ぜひそうして」
「……だが、次に会うときは、普通にデュエルがしたい」
綴は、その言葉を聞いて目を細めた。
普通に。
相手を困らせる仕掛けも、予想外のカードも、心を揺さぶる駆け引きも、すべてデュエルの醍醐味だと思っている綴には、少しばかり難しい注文だった。
けれど。
「ふふっ。その時を楽しみにしているわ」
遊星は小さく頷き、ドアを開けた。
「それじゃあな」
「またね、綴」
「ええ。また会いましょう。二人とも」
扉が閉まる。
足音が遠ざかり、部屋に静けさが戻ってきた。
綴は玄関に立ったまま、しばらく閉じた扉を見つめていた。
念願だった不動遊星とのデュエル。
その初めてのサレンダーを奪い、勝利を手にした。
戦術について語り合うこともできたし、次に会う約束とまではいかなくとも、可能性は残せた。
十分すぎる成果だ。
それなのに、遊星の最後の言葉が妙に耳に残っていた。
『次に会うときは、普通にデュエルがしたい』
「……普通に、ねえ」
普通に、という言葉が引っかかった。
自分にとっては、あれも立派なデュエルだった。
勝つために考え抜いたし、遊星の強さも間近で見られた。
なのに、最後の彼は笑わなかった。
思い出すのは、サレンダーを告げた声と、こちらを見ようとしなかった横顔だ。
勝ったのに、何かを取り逃がした気がする。
――でも。その何かに名前をつけるのは、今は少し怖かった。
「次はもっとソフトにいかないと、かしら?」
綴は首を傾げた。
遊星が自分を忘れない限り、何度だって会う機会は作れる。
そして、いつかは。
自分のことを、もっと深く心に刻み付けてみせる。
「……さて、と」
綴は一つ伸びをした。
遊星とブルーノが帰って、ようやく一息つける。
そう思った、その瞬間だった。
背後に、気配が生まれた。
「――貴様、何者だ?」
低い声が響く。
綴は振り返った。
「過去の遺産の劣化コピーなんぞを使って、不動遊星に勝利するような奴など、本来の歴史にはいなかったはずだ」
「……あなたは――」
半分をオールバックにした銀髪。
右目には、∞をあしらった眼帯。
人知を超えた何かを思わせる、神聖な白を基調とした服装。
その姿を、綴は知っていた。
『遊戯王5D's』屈指の名キャラクターの一人。
「プラシドだ」
男は尊大に名乗った。
「気に食わんが、ホセの指示でな。貴様をチーム・カタストロフに入れてやる」