スタジアム観客席、その後方。
ブラック・バードがホセを追ってデュエルレーンへ飛び出していく。その背中を見送り ながら、綴は祈るように両手を握り締めた。
「クロウが心配か?」
隣でテイルが肩をすくめる。
「ま、ギリギリとはいえ赤き竜に力を引き出してもらったんだ。簡単にはやられないとは思うぜ」
その言葉に、綴はゆっくり顔を上げる。
けれど、その表情は晴れない。
「……勝つ、とは言わないのね」
「言えないだろ」
即答だった。
「《グランエル》を突破したって、その先が本番だ。クロウ一人で全部覆せるヴィジョンは、おれには見えねえなあ」
テイルは視線をコースへ向けたまま続ける。
「それに、もうこの世界は観測された物語から外れてる。だから、おれたちにできるのは、チーム5D'sが最後に勝つと信じることと――」
観客席を見渡す。
「ここにいる人たちを、少しでも巻き込ませないことだろ?」
綴も小さく頷いた。
未来を知る者だからこそ、できることは限られている。
だからこそ、その限られた役目だけは果たさなければならない。
『ふん』
手の甲へ、小さな影が舞い降りる。
デフォルメされた《地縛神 Aslla piscu》――アスピッピが、小さなくちばしで綴の手を軽くつついた。
『奴らが負けるようなら、赤き竜もその程度だったということだ』
鼻を鳴らすように言い放つ。
『だが貴様らは違う』
黄金色の瞳が綴を見据えた。
『我の使い手である以上、不甲斐ない姿だけは見せるな』
その不器用な激励に、綴は思わず笑みを浮かべる。
「……うん」
胸の前で握っていた手をゆっくりほどく。
「僕たちも、僕たちの戦いをしよう」
その瞳に、もう迷いはなかった。
彼らがそれぞれの決意を胸に刻む一方で、ブラック・バードは猛然とサーキットを駆け抜ける。
エンジンが唸りを上げる、風を切り裂き、ついにホセのG・ヘカトンケイルの後方へとついた。
「待ちやがれ、怪物野郎!今度はオレが相手だ!」
クロウの啖呵にも、ホセは表情一つ変えない。
「フッフッ。この《機皇帝グランエル∞》の力を目の当たりにして、なお恐れず立ち向かうか。褒めてやろう」
黄土色の機皇帝が鈍く光る。
その圧倒的な威容を前にしても、クロウは不敵な笑みを崩さない。
「へっ!テメェに対抗する手段は、オレだって持ってるんだぜ!」
その言葉に、ホセは静かに目を細めた。
「いいだろう」
獣輪態となった巨体から、静かな闘気が溢れ出す。
「お前の持つ全ての力をぶつけてこい。人間の可能性というものを、この私に見せてみろ」
「「デュエル!!」」
その瞬間。
二台のD・ホイールが爆音とともに加速し、新たなライディングデュエルの幕が切って落とされた。
「オレのターン!」
クロウが勢いよくカードを引き抜く。
しかし、その瞬間。
「《闇のデッキ破壊ウイルス》はホイーラーが交代しようと、なお感染する」
ホセの静かな声が割って入った。
黒い瘴気がデッキの最上部へまとわりつき、新たに引かれたカードを侵食していく。
「さあ。ドローカードを見せるがいい」
クロウは舌打ちしながら、引いたカードを掲げた。
「オレが引いたのは《BF-毒風のシムーン》!残念だったな、罠じゃねぇ!」
「ふん……運が良かったな」
興味を失ったようにホセは目を閉じる。
その態度が、かえってクロウの闘志に火を点けた。
シムーンを指先で軽く弾き、ニヤリと笑う。
「目ん玉ひん剥いて、クロウ様の力をよぉく見てな!」
クロウSPC7→8
ホセSPC6→7
クロウ
LP:4000
SPC:8
Hand:6(1枚は《BF-毒風のシムーン》)
Monster:
FieldMagic: 《スピード・ワールド2》
Magic&Trap:
ホセ
LP:12000
SPC:7
Hand:1
Monster:《機皇帝グランエル∞》(ATK15500)《グランエルT》《グランエルA》《グランエルG》《グランエルC》
FieldMagic: 《スピード・ワールド2》
Magic&Trap:Set3+《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》(装備状態)
「手札の《BF-突風のオロシ》を除外して、《BF-毒風のシムーン》の効果発動!」
漆黒の翼が一枚、風に溶ける。
その犠牲を糧に、クロウの背後へ黒き旋風が吹き荒れた。
「まずはデッキから《黒い旋風》を置くぜ!」
デュエルレーンを黒い風が駆け抜ける。
渦を巻く旋風はクロウの背後へ集まり、翼を思わせる巨大な風の輪となって広がった。
「そして効果により、《毒風のシムーン》を召喚!」
旋風の中心から、一羽の黒き魔鳥が舞い降りる。
紫紺の翼を大きく広げ、鋭い眼光で機皇帝を睨み据えた。
《毒風のシムーン》ATK1600
「この瞬間、《黒い旋風》の効果発動! デッキから《シムーン》より攻撃力の低い『BF』を手札に加える! オレが選ぶのは、攻撃力1300の《BF-南風のアウステル》!」
黒い旋風がさらに勢いを増す。
風の中から一枚のカードが舞い上がり、クロウの手へ吸い込まれた。
「ほう……」
ホセは微動だにしない。
「『Sp』以外の魔法を使えば、《スピード・ワールド2》の効果でダメージを受ける。だが、それはあくまでカードの発動に対してのみ」
静かにクロウを見据える。
「『効果の発動』には何ら制約はない。うまく盲点を突いたものだ」
「まだまだいくぜ!」
クロウは間髪入れずに次のカードを叩きつける。
「チューナーモンスター《BF-南風のアウステル》を召喚!」
爽やかな蒼風が黒き旋風へ吹き込み、新たな翼が戦場へ舞い降りた。
「召喚成功時の効果!除外されているレベル4以下の『BF』である、《オロシ》を特殊召喚!」
黒い風が一瞬だけ裂ける。
その裂け目から、小柄な黒き鳥が飛び出し、三体の仲間がクロウの前へ並び立った。
《BF-突風のオロシ》DEF400
「そして、この効果にも《黒い旋風》が反応!」
風は止まらない。
再びデッキから一枚のカードを呼び寄せる。
「《BF-下弦のサルンガ》を手札に加える!そして、SPCを4つ取り除き、《Sp-エンジェル・バトン》を発動!カードを2枚ドローし、1枚を捨てる!これで準備は整ったぜ!」
クロウSPC8→4
ドローカード:《ブラック・バード・クローズ》(墓地へ)、《D.D クロウ》
クロウの手札が瞬く間に入れ替わり、逆転への布陣を形作っていく。
「レベル6の《BF-毒風のシムーン》にレベル4の《南風のアウステル》をチューニング!」
紫苑の鳥が6つの光輪を形作り、その中に飛び込んだ艶やかな鳥は上空に駆けあがっていく。
「黒き旋風よ!猛き嵐となって天空を突き破れ!―――シンクロ召喚!吹き荒れろ、《BF-フルアーマード・ウィング》ッ!!」
黒き嵐をまとい、一人の戦士が降臨する。
頭部から流れる薄紫の長髪。全身を覆う漆黒の重装甲。
右手には鋭き剣。左腕には銃剣を思わせる大型火器。
拳一つで戦ったかつての姿とは一線を画す、完全武装の鳥獣戦士。
その背に漆黒の双翼が大きく広がる。
刹那、仮面の紅いモノアイが、妖しく輝いた。
《BF-フルアーマード・ウィング》ATK3000
「……なるほど。それが貴様の切り札か」
ホセは《フルアーマード・ウィング》を見据え、ゆっくりと頷いた。
「ただのシンクロモンスターではないようだな」
その声音には、嘲りも焦りもない。
ただ、未知を観測した研究者のような興味だけが滲んでいた。
「ならば見せてもらおう。その翼が《機皇帝グランエル∞》にどこまで通じるのかを」
「まずは自分フィールドに「BF」シンクロモンスターが存在することで、《エンジェル・バトン》で墓地に送った《BF-下弦のサルンガ》を除外して効果発動!」
墓地より風の中から現れた黒翼の射手は弓を引き絞り、漆黒の矢をつがえた。
「相手フィールドの表側表示カード1枚を破壊する! オレが狙うのは、《グランエルG》だ!」
放たれた一矢は風を裂き、機皇帝の右腕ユニットへ一直線に突き進む。
「無駄なことを。《グランエルC》の効果!《グランエルG》を選択し、選択したモンスターは破壊、または除外されない!」
機皇帝の前方へ黄金色の障壁が展開される。
漆黒の矢は激突した瞬間、火花を散らして砕け散った。
「へっ……だったらこれはどうだ?墓地の《南風のアウステル》を除外し、効果発動!相手の表側表示モンスター全てに楔カウンターを置く!」
地面から放たれた漆黒の杭は一直線に飛び、機皇帝を構成する五つのパーツへ次々と突き刺さった。
――カッ、カッ、カッ、カッ、カッ。
乾いた音が響くたび、黒き楔が深々と食い込んでいく。
まるで、その巨体を縫い留める呪いの杭のように。
(《グランエルG》がいる限り、まともに戦闘は通らねぇはずだ。だが、このままエンドフェイズまで持ち込めば――)
勝機を確信しかけた、その瞬間だった。
「ふん……目障りな楔だ。大方、これを起点にするつもりだな?」
ホセが静かにカードを掲げる。
「ならば、取り外させてもらおう。罠発動。《魔砲戦機ダルマ・カルマ》!」
虚空が歪み、だるまを模した異形の兵器が姿を現す。
次の瞬間、無数の砲台が眩い閃光を放った。
光は波紋のように戦場を駆け抜け、機皇帝を包み込む。
すると、刺さっていた黒き楔は音もなく消滅し、五つの機体は次々と裏側守備表示へと反転した。
さらに、巻き込まれた《オロシ》も裏返り、レーンへ伏せられる。
「なんだと!?」
「《魔砲戦機ダルマ・カルマ》は、フィールドの表側表示モンスターを全て裏側守備表示へ変更する。」
淡々と告げるホセに、クロウは笑みを崩さない。
「だが、《BF-フルアーマード・ウィング》は他のカードの効果を受けないぜ!」
漆黒の翼は微動だにしない。
閃光すら寄せ付けず、なお戦場に君臨していた。
「ふむ……"運が良かったな"」
その一言に、クロウの表情が曇る。
「《ダルマ・カルマ》の真価はここからだ。処理後、フィールドに表側表示モンスターが存在する場合――」
ホセは《フルアーマード・ウィング》を指差した。
「そのコントローラーは、自身の表側表示モンスターを全て墓地へ送らねばならない。」
「なっ……!」
クロウが瞠目する。
「プレイヤーへ適用される効果……!」
「その通り」
ホセは静かに言い放つ。
「カードの効果を受けないモンスターであろうと、逃れることはできん」
「くそっ!」
黒き翼が、ゆっくりと粒子へと還っていく。
戦場へ降り立ったばかりの切り札は、一太刀浴びせることすら叶わぬまま、風となって消え去った。
クロウは唇を強く噛み締める。
切り札は失った。
盤面も決して優勢とは言えない。
それでも、その瞳から闘志が消えることはなかった。
(あいつは自分の罠で《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》を墓地へ送っちまった……だったら――ここは!ジャック……お前が命懸けで繋いだ希望、無駄にはしないぜ!)
「カードを2枚伏せ、このエンドフェイズ!《シムーン》の効果で置かれた《黒い旋風》は墓地へ送られ、オレは1000ポイントのダメージを受ける!」
《黒い旋風》が風に溶けるように霧散する。
クロウLP4000→3000
「……ぐっ!」
見えない衝撃がクロウの全身を駆け抜ける。
現実となったダメージは、自らに及ぶ効果であっても容赦なく牙を剥いた。
「その程度か?私のターン」
クロウ SPC4→5
ホセ SPC7→8
ホセは静かにデッキの頂へ手を伸ばす。
引き抜いた一枚を確認すると、その視線は伏せられた五枚のカードへ移った。
「再びこの大地を蹂躙せよ!反転召喚!《機皇帝グランエル∞》!《グランエルT》!《グランエルA》!《グランエルG》!《グランエルC》!」
裏返されていた五枚のカードが次々と表を向く。
眠りから覚めたパーツが低い駆動音を響かせ、一斉に宙へ浮かび上がった。
《グランエルT》が頭部へ。
《グランエルA》が左腕へ。
《グランエルG》が右腕へ。
《グランエルC》が脚部へ。
各部が寸分の狂いもなく噛み合い、重厚な金属音を轟かせながら一つの巨体を組み上げていく。
最後に胸部の無限を象る孔へ青白い光が灯る。
それは鼓動ではない。機械仕掛けの巨人が、再び起動した証。
その姿は、まるで大地そのものが意思を持って歩き出したかのようだった。
《機皇帝グランエル∞》ATK12000
《グランエルT》ATK500
《グランエルA》ATK1300
《グランエルG》ATK500
《グランエルC》ATK700
「カードを1枚伏せ、バトルだ。《グランエルT》でセットされた《オロシ》を攻撃!」
モノアイから発せられた光線が、小鳥の身を無惨に散らさせる。
「これで終わりだ。《機皇帝グランエル∞》でダイレクトアタック!『グランド・スローター・キャノン』ッ!!」
殲滅兵器の砲塔がクロウに向けられ、破壊光線を発射せんとした瞬間。
「やらせるかよ! 手札を1枚捨て、罠発動!《ダブル・フッキング》! 墓地から《BF-フルアーマード・ウィング》と《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》を復活させる!」
「ふっ、愚かなシンクロモンスターを盾にする気か? いいだろう……」
「テメェが発動するカードはないみてぇだな……なら、《ダブル・フッキング》にチェーンして、手札の《D.D.クロウ》を捨てて効果発動!お前の墓地の《ブレイクスルー・スキル》を除外する!」
体の一部を機械化された黒き烏が甲高い鳴き声を響かせながら飛翔する。
鋭い鉤爪が墓地に眠る罠カードを掴み上げ、そのまま次元の裂け目へと連れ去った。
妨害の芽は、これで摘んだ。
「蘇れ!《BF-フルアーマード・ウィング》!そしてオレに力を貸してくれ!《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》!」
漆黒の旋風が戦場を駆け抜ける。
風は渦となって一人の戦士を形作り、完全武装の黒き翼が大きく広がった。
続いて、紅蓮の炎が轟音とともに噴き上がる。
灼熱の業火を裂いて現れた超新星の竜は、天を震わせる咆哮を放った。
その双眸がクロウを一瞥する。そこに宿るのは敵意ではない。
この場にはいない王者が命懸けで託した、揺るぎない闘志だった。
ジャックが命懸けで繋いだ希望は、今、クロウの盤上で一つの形となった。
《BF-フルアーマード・ウィング》DEF3000
《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》DEF3000
「並べたところで《グランエル》には及ばん。モンスターの数が変化したことで攻撃対象は巻き戻される。私は《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》を――」
「その攻撃前に《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》の効果発動!このカードをゲームから除外し、その攻撃を一度だけ無効にする!」
紅蓮の竜が咆哮とともに炎へと還る。
爆ぜた業火は陽炎の壁となり、《機皇帝グランエル∞》の砲口を覆い隠した。
ホセはその光景を静かに見つめる。
「《グランエルT》がシンクロモンスターの効果を無効にするのはあくまで《グランエル∞》が攻撃する時のみ……構わん、そのシンクロモンスターは逃がしてやろう」
その言葉に、クロウの眉がぴくりと動く。
(なんだ……?今の言い方は……)
「《ダブル・フッキング》は復活させたモンスターがフィールドを離れた場合破壊され、対象となっていたモンスターも破壊されちまうが、《フルアーマード・ウィング》はカードの効果を受けない!」
「では、《BF-フルアーマード・ウィング》を攻撃だ。『グランド・スローター・キャノン』」
轟音とともに放たれた破壊光線は、なお戦場に残る陽炎の壁へと激突する。
「その攻撃は無効だ!」
紅蓮の残り火が光線を受け止め、砲撃を霧散させた。
クロウは思わず息をつく。
――防いだ。
だが、その安堵は長くは続かなかった。
「ぬるいな!罠発動!《バトル・リターン》!」
《機皇帝グランエル∞》の全身を包む光が収束し、その巨躯から溢れていた力が半分ほど削ぎ落とされる。
《機皇帝グランエル∞》 ATK12000→6000
「ターン終了時まで攻撃力を半減させ、再び攻撃を行う」
「なっ……!」
砲身が再び《フルアーマード・ウィング》を捕らえる。
「今度は防げまい。『グランド・スローター・キャノン』ッ!」
轟く閃光。
漆黒の翼は真正面からそれを受け止め――やがて光に呑まれた。
黒い羽根が燃え尽き、風に散る。だが、それだけではない。
胸部の無限の孔が妖しく明滅する。
そこから伸びた幾筋もの光が、墓地へ沈みゆく《フルアーマード・ウィング》を絡め取った。
「何をするつもりだ!」
「希望とは脆いものだ。《グランエルA》の効果を発動。戦闘で破壊したシンクロモンスターを、《機皇帝グランエル∞》へ吸収する」
光の縄が引き寄せる。
漆黒の翼を持つ鳥獣戦士は抗う術もなく宙へ引き上げられ、そのまま無限の孔へと飲み込まれていく。
《機皇帝グランエル∞》 ATK6000→9000
「くそッ!」
「カードの効果を受けぬのは、あくまでフィールドに存在する間だけ。墓地へ送られた時点で、その効果は失われる」
《フルアーマード・ウィング》を失った戦場には、伏せカードが一枚残るのみ。
機皇帝を阻む壁は、もはや存在しない。《グランエル》を構成する三つのパーツが鈍く輝きを放った。
「《グランエルA》、《グランエルG》、《グランエルC》――総攻撃」
号令とともに右腕、左腕、脚部が一斉に本体を離れる。
三方向から放たれた鋼鉄の凶刃が、逃げ場を塞ぐようにクロウへ殺到した。
クロウは伏せカードへ視線を落とす。
(……このリバースカードを切れば、この攻撃は凌げるかもしれねえ)
一瞬だけ、その考えが脳裏をよぎる。だが――
(いや、駄目だ。タイミングはここじゃない!)
クロウはハンドルを握り直し、迫り来る機皇帝を真正面から睨み返した。
鋼鉄の三連撃が炸裂する。
「ぐぁあああッ!!」
クロウ LP3000→1700→1200→500
激痛にブラック・バードが大きく揺れる。それでもクロウはハンドルを放さない。
肩で荒く息をつきながら、なお前だけを見据えていた。
「紙一重で耐えたか。エンドフェイズ、《機皇帝グランエル∞》の攻撃力は元に戻る。ターンエンド」
《機皇帝グランエル∞》 ATK9000→12000
「オレのターン!」
震える指でデッキの頂へ手を伸ばす。今、この一枚に全てが懸かっていた。
ゆっくりと引き抜かれたカード。 ――《聖なるバリア-ミラーフォース-》。
だが、その瞬間。黒い霧がカードへ絡みつく。――《闇のデッキ破壊ウイルス》。
三ターンにわたり牙を剥く呪いは、最後の希望すら容赦なく喰らい尽くした。
《ミラーフォース》は一度もその力を振るうことなく、墓地へと落ちる。
「ふ……最後の希望にも見放されたか。最早、お前の足掻きに未来はない」
クロウは墓地へ送られたカードを一瞥する。
それでも視線を落としたのは、その一瞬だけだった。
「うるせぇ!」
叫びとともにアクセルを吹かす。
「最後の最後まで諦めてたまるかよ!」
クロウ SPC5→6
ホセ SPC8→9
クロウ
LP:500
SPC:6
Hand:0
Monster:《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》
FieldMagic:《スピード・ワールド2》
Magic&Trap:Set1
ホセ
LP:12000
SPC:9
Hand:1
Monster:《機皇帝グランエル∞》(ATK15000)《グランエルT》《グランエルA》《グランエルG》《グランエルC》
FieldMagic: 《スピード・ワールド2》
Magic&Trap:Set2+《BF-フルアーマード・ウィング》(装備状態)
ホセの場には万全の状態の機皇帝と伏せカードが2枚。
(まともに攻撃しても防がれるだろうが、ここは攻めて1枚でもカードを使わせる!)
「オレは《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》を攻撃表示に変更!そして、《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》は墓地のチューナーの数だけ攻撃力を500アップさせる!チューナーの数は《オロシ》の1体。よって攻撃力は4000だ!」
紅蓮の竜が炎を噴き上げ、闘気をさらに高める。
「どう足掻くか、見せてもらおう」
「バトルだ!《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》で《グランエルC》を攻撃!」
炎を纏った竜が一直線に駆ける。
だが、その瞬間。
「《グランエルG》の効果発動。相手モンスターの攻撃対象を、吸収したシンクロモンスターへ変更する。」
「なにっ!?」
《機皇帝グランエル∞》の胸部――無限の孔が妖しく輝く。
その奥から引きずり出されたのは、黒き翼を持つ鳥獣戦士。
《BF-フルアーマード・ウィング》。
全身を光の鎖で拘束され、まるで盾として晒し上げられる。
「んなっ……! オレの《フルアーマード・ウィング》を盾にするだと!?」
止まれない。
炎を纏った《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》は、そのまま黒き翼へ激突した。
爆炎が弾け、漆黒の羽根が宙を舞う。
味方の切り札が、味方自身の攻撃によって打ち砕かれた。
ホセ LP12000→11000
《機皇帝グランエル∞》 ATK15000→12000→11000
「《グランエルC》はモンスター一体に効果耐性を与える。だが、《フルアーマード・ウィング》は他のカードの効果を受けない。ゆえに、その耐性は適用されん。……皮肉なものだ。その絶対耐性に救われたな。お前のシンクロモンスターは解放されたぞ」
「……チクショウ!」
クロウは拳を強く握り締める。
――だが、その双眸に宿る光だけは、まだ消えてはいなかった。
「ターンエンドだ!」
「そろそろ終わらせてやろう、私のターン!ふっ……」
クロウ SPC6→7
ホセ SPC9→10
ホセが静かに嘲笑する。
「人間の可能性など、この程度か。仲間同士で争い、互いを傷つけ合う。その愚かな構図こそ、人間という種の本質。シンクロモンスターとは、その愚かな進化の象徴に過ぎん」
「ふざけんじゃねぇ!」
クロウが怒声を張り上げる。
「オレたちはシンクロモンスターと一緒に戦ってきた! 苦しい時も、どんな強敵が相手でも、信じて走り続けてきたんだ!テメェらに悪く言われる筋合いはねぇ!」
「気づいておらぬようだな……その甘さこそが、人類を破滅へ導く」
「何言ってやがる……!」
「滅びゆく者へ、これ以上語ることはない」
ホセは迷いなくカードを掲げた。
「SPCを4つ取り除き、《Sp-エンジェル・バトン》を発動。カードを2枚ドローし、1枚を捨てる」
ホセSPC10→6
二枚のカードがホセの手札へ加わる。必要な一枚だけを残し、不要なカードは躊躇なく墓地へ送られた。
「野郎……《スピード・ワールド2》の効果を使えば勝てたはずなのに、それを使わなかっただと?」
「貴様の次の相手は、不動遊星だ。その下準備をしたまでのこと」
勝利を目前にした者の慢心ではない。
この決闘すら未来へ至る工程の一つとしか見ていない――そんな絶対的な余裕が、その声音には滲んでいた。
「《グランエルG》を守備表示へ変更。バトルフェイズに入る」
機皇帝の左腕の砲身がゆっくりとクロウへ向く。
ホセが攻撃を宣言しようとした、その瞬間。
「その前だ!」
クロウが鋭く叫ぶ。
「《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》の効果発動!このカードをゲームから除外し、一度だけ攻撃を無効にする!」
紅蓮の竜が咆哮を響かせると、その巨体は再び炎へと還る。
燃え盛る業火は陽炎の壁となってクロウの前へ立ちはだかり、最後の防壁を築き上げた。
「今さら構うものか」
ホセは陽炎を一瞥しただけで、表情一つ変えない。
「バトルだ。《グランエルT》でダイレクトアタック!」
「その攻撃は無効になる……!」
明らかに誘いだった。
頭部ユニットから放たれた光線が陽炎の壁へ突き刺さる。
炎は激しく揺らめき、紅蓮の障壁は役目を終えたように霧散した。
「終幕だ。《機皇帝グランエル∞》でダイレクトアタック!――その身に機皇帝の鉄槌を受け、消え去るがいい!」
破滅の光が砲口へ集約されていく。
『おーっと! この攻撃を受ければクロウのライフは0!勝負はここで決まってしまうのかぁ!?』
「クロウ!」
ピットから龍亞、龍可、アキが叫ぶ。
遊星もブルーノも固唾を呑み、その行方を見守っていた。
クロウは息を荒げながらも、静かに伏せカードへ指を伸ばす。
「これが最後の賭けだ……!罠発動!《躯売りのカラス》!」
闇色の翼が舞い散る。
黒いマントを羽織った商人が姿を現し、その内側から薬品、武具、呪具――数多の"商品"を並べ立てた。
「このカードは、お互いの墓地の罠カードの種類の数+1枚、最大4枚までデッキの上から墓地へ送る!テメェもオレも、合計で3種類以上の罠を使ってる!墓地へ送られるのは4枚だ!」
「今さら墓地を肥やして何になる?」
ホセは冷めた眼差しを向ける。
「この効果には続きがある!その中からモンスター一体を特殊召喚するか、魔法・罠1枚をセットできる!この効果でセットされたカードが速攻魔法・罠カードの場合、このターン発動できる!」
四枚。その中にあるか。
遊星へ希望を繋ぐ、一枚が。
(頼む……!遊星へ繋がるカード……来てくれ!)
ゆっくりと確認する。
そして――
「……オレは罠カード《緊急同調》をセットする」
一枚のカードが静かにフィールドへ伏せられた。
『しかし、《緊急同調》には攻撃を防ぐ効果はない! これは運が悪かったかぁ!?』
スタジアムに落胆が広がる。
ホセは小さく息を吐いた。
「天にすら見放されたか。消えていくがいい。『グランド・スローター・キャノン』ッ!」
轟音。
世界を裂くような閃光が一直線に走る。
「うわああああああッ!!」
爆炎がブラック・バードごとクロウを呑み込み、轟音がサーキットを揺らした。
クロウ LP500→0
『決まったァーーッ!!セカンドホイーラー、クロウのライフは0!これでチーム5D'sは、ラストホイーラー、不動遊星を残すのみィ!!』
歓声と悲鳴が入り混じる。
着弾地点は黒煙に包まれ、その姿は誰にも見えない。
「やはり、この程度か……」
ホセが静かに言い放つ。その瞬間。
「――まだだ!」
煙の奥から、声が響いた。
「む……!?」
ホセの表情が初めて揺らぐ。
風が煙を吹き払う。
そこには全身傷だらけになりながらも、なおブラック・バードへ跨ったクロウの姿があった。
「まだ……バトルフェイズは終わっちゃいねぇぜ……!」
クロウは不敵に笑う。
その瞳だけは、最後まで折れていなかった。
爆炎を切り裂くように、ブラック・バードが再びアクセルを吹かす。
傷だらけのマシンはなおも走る。その後方では、G・ヘカトンケイルが静かに追従していた。
「オレは……墓地の《BF-天狗風のヒレン》の効果を発動……!」
荒い息の合間を縫うように、クロウは声を絞り出す。
「ダイレクトアタックを受け、その戦闘ダメージが2000以上だった時……このカードと、墓地のレベル3以下の「BF」一体を特殊召喚できる!」
墓地から黒い旋風が巻き起こる。
漆黒の風は二つに分かれ、一つは大地を踏みしめる天狗の鳥人へ、もう一つは小さな黒鳥へと姿を変えた。
「オレの元へ蘇れ……!《BF-天狗風のヒレン》!《BF-熱風のギブリ》!」
二体の黒き翼がクロウの前へ舞い降りる。
傷ついた主を守るように。
最後の希望を繋ぐために。
「さらに罠発動!《緊急同調》!」
伏せカードが開き、白銀の光が二体を包み込む。
「バトルフェイズ中にシンクロ召喚を行う!レベル5、《天狗風のヒレン》に、レベル3、《熱風のギブリ》をチューニング!」
《ヒレン》の身体が五つの光輪へと分かれ、宙へ浮かび上がる。
その中心を、《ギブリ》が三つの星となって駆け抜けた。
八つの光が一つへ重なった瞬間。
黒き旋風がサーキット全体を包み込む。
「黒き疾風よ!秘めたる想いをその翼に現出せよ!」
光の柱が天を貫く。
「シンクロ召喚!」
その中心から、巨大な影が翼を広げた。
「―――舞い上がれ!《ブラックフェザー・ドラゴン》ッ!!」
轟く咆哮。
漆黒の竜が黒い羽根を吹き散らしながら天高く飛翔する。竜の紅い双眸は機皇帝を真っ直ぐ射抜いた。
《ブラックフェザー・ドラゴン》ATK2800
「なんと……己の身を犠牲にしてまでシンクロ召喚を成功させるとは。だが、理解できぬ。《躯売りのカラス》で墓地へ送られたモンスターを蘇生すれば、《グランエル》の攻撃を防げたはずだ。何故、自ら敗北を選んだ?」
クロウは苦しげに息を吐きながら、それでも笑った。
「決まってんだろ……」
口元に浮かぶのは、勝者の笑みではない。
仲間へ未来を託した者だけが浮かべられる、穏やかな笑みだった。
「これが……チームの勝利のための敗北だからさ」
ホセは黙って耳を傾ける。
「お前は言ったよな。人間は互いに争い、傷つけ合うだけの存在だって。だけどよ……人間は、自分一人じゃ届かねぇ場所まで、仲間に想いを託して走ることもできる」
一拍置き、静かに言い切る。
「――それを"絆"って言うんだ」
「……絆」
ホセはその言葉を静かに反芻する。
その声音に嘲りはない。
ただ、己の知らぬ概念を確かめるような響きだけがあった。
「そして、エンドフェイズ……」
クロウが最後の効果を宣言する。
「《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》が帰還する……」
燃え盛る炎が天空へ渦を巻く。
その中心から、超新星の紅蓮竜が再び姿を現した。
《ブラックフェザー・ドラゴン》。
《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》。
二体のシグナーの竜が並び立ち、遊星の進むべき道を照らすように咆哮する。
その姿を見届けたクロウは、小さく息を吐いた。
「今回は……ちょっと、しんどかったな……」
霞む視界の先には、仲間たちがいる。
「遊星……」
最後に浮かべたのは、いつもの不敵な笑み。
「後は頼んだぜ……」
その言葉を残し、クロウは意識を手放した。
ブラック・バードはなおも走り続け、ゆっくりとピットへ帰還する。
「クロウ!」
「早く担架を!」
医療班が駆け寄り、龍亞と龍可も涙を浮かべながら後を追う。
アキは無言でクロウの肩を支え、ブルーノは安堵の息を漏らした。
その間にも、デュエルディスクに残されたカードは静かに次のホイーラーへと受け継がれていく。
《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》。
《ブラックフェザー・ドラゴン》。
二人のエースモンスター。
仲間が命懸けで繋いだ希望は、確かに最後の走者へ託された。
それこそが、一人では辿り着けない未来へと続く―――絆。
遊星は静かに目を閉じ、仲間たちの想いを胸に刻む。
「行ってくる」
振り返り、ブルーノとアキへ短く告げた。
「ジャックとクロウを、よろしく頼む」
「ああ」
「任せて!」
力強い返事を背に受け、遊星はアクセルを開く。
その後方を飛ぶように寄り添うのは、紅蓮の竜と黒き翼の竜。
二人の魂が形となったように。
仲間の想いを背負い、遊星は最後の決戦へと駆け出した。
エンジンが咆哮を上げ、アクセルを開く。コースを駆け抜けるホセとの距離がみるみる縮まっていく。
そして二台のD・ホイールが並走した、その瞬間。
「いくぞホセ!」
「「デュエル!!」」
闘いの火蓋は切られた。
「俺のターン!」
遊星 SPC7→8
ホセ SPC6→7
遊星
LP:4000
SPC:8
Hand:6
Monster:《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》《ブラックフェザー・ドラゴン》
FieldMagic:《スピード・ワールド2》
Magic&Trap:
ホセ
LP:11000
SPC:7
Hand:2
Monster:《機皇帝グランエル∞》(ATK11000)《グランエルT》《グランエルA》《グランエルG》《グランエルC》
FieldMagic: 《スピード・ワールド2》
Magic&Trap:Set2
「俺は手札の《ジャンク・コンバーター》とチューナーである《ジェット・シンクロン》を墓地へ送り、その効果を発動!デッキから『シンクロン』モンスターを手札に加える!俺が選ぶのは《ジャンク・シンクロン》!そして、《ジャンク・シンクロン》を召喚!」
橙色の装甲を纏う小さな機械戦士が勢いよく飛び出した。
不動遊星のデュエルを象徴する調律師。
小柄な身体に似合わぬ力強さで拳を握り締め、主の前へ立つ。
「《ジャンク・シンクロン》の効果発動!墓地のレベル2以下のモンスターを守備表示で特殊召喚する!蘇れ、《ジャンク・コンバーター》!」
くず鉄のソフトウェアが再び姿を現し、迷うことなく調律師の隣へ並ぶ。
「レベル2、《ジャンク・コンバーター》に、レベル3、《ジャンク・シンクロン》をチューニング!」
《ジャンク・シンクロン》の背負うエンジンが轟音を響かせる。
二体の身体は光へと還り、五つの星が空へ散った。
遊星は静かに右腕を掲げる。
「集いし星が、新たな力を呼び起こす――光差す道となれ!」
五つの星が一本の光の道を描く。
その果てから蒼き装甲の戦士が飛び出した。
「シンクロ召喚!出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」
ツインアイが紅く輝き、巨大な右拳を天へ掲げる。
「さらに、《ジャンク・コンバーター》の効果発動!墓地のチューナー、《ジャンク・シンクロン》を特殊召喚!」
再び調律師がフィールドへ舞い戻る。
「そして手札を一枚墓地へ送り、《ジェット・シンクロン》の効果発動!自身を特殊召喚!」
噴射音と共に、小さなジェット戦士が勢いよく飛び出した。
遊星のコンボは止まらない。
「レベル5、《ジャンク・ウォリアー》にレベル3、《ジャンク・シンクロン》をチューニング!」
三つのリングが蒼き戦士を包み込み、八つの星が天空へ解き放たれる。
遊星は真っ直ぐホセを見据えた。
「集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ!」
八つの星が一本の道となり、未来へ伸びていく。
その光を切り裂くように、純白の翼が広がった。
「―――シンクロ召喚!飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」
白き星屑の竜が天高く舞い上がる。
仲間と幾度となく未来を切り拓いてきた、希望の象徴。
「さらに墓地の《スターダスト・シャオロン》の効果発動!《スターダスト・ドラゴン》のシンクロ召喚に成功した時、このカードを特殊召喚する!」
墓地から小さな東洋竜が姿を現す。
続いて、墓地から蘇った《ジェット・シンクロン》もその傍らへ滑り込んだ。
「レベル1、《スターダスト・シャオロン》にレベル1、《ジェット・シンクロン》をチューニング!」
二つの小さな命が光となる。
「集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う!光差す道となれ!」
光の奔流から、小型のシンクロチューナーが誕生した。
「シンクロ召喚!希望の力、《フォーミュラ・シンクロン》!」
レーシングカーを胴体へ組み込んだ白銀の機械兵が、タイヤを回転させながら降り立つ。
「《フォーミュラ・シンクロン》の効果!カードを1枚ドロー!」
遊星に迷いはない。
ここから先は、希望を未来へ届けるための加速だ。
「クリアマインド!」
その宣言と共に、世界が一変する。
《フォーミュラ・シンクロン》は二つの輝くリングとなり、《スターダスト・ドラゴン》を迎え入れた。
星屑の竜は躊躇なく光へ飛び込み、遊星のD・ホイールも限界まで加速する。
景色が流れ、風が裂ける。
速度は音を追い越し、光さえ置き去りにしていく。
「集いし夢の結晶が、新たな進化の扉を開く!光差す道となれ!――アクセルシンクロッ!!」
刹那。
遊星と星屑の竜は世界から姿を消した。
次の瞬間、ホセの背後。白銀の軌跡だけを残し、進化した竜が天空へ舞い上がる。
「――生来せよ!《シューティング・スター・ドラゴン》ッ!!」
白金に輝く流線型の体躯。
幾重にも重なる純白の翼は流星の尾を思わせ、神々しい光を放つ。
その瞳は遥か未来を見据え、全身から希望そのものを体現するかのような威厳を漂わせていた。スタジアム中が息を呑む。
《シューティング・スター・ドラゴン》ATK3300
そして遊星のフィールドには、三体の竜が並び立った。
紅蓮の《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》。
漆黒の《ブラックフェザー・ドラゴン》。
そして白金の《シューティング・スター・ドラゴン》。
三人のシグナーが命を懸けて繋いだ切り札。
ジャックの魂、クロウの魂、そして遊星自身の希望。
チーム5D's、そのすべての力が、今このフィールドへ集結した。
「ほう、シンクロモンスターを揃えたか……いいだろう、お前の全てを見せてみろ」
「《シューティング・スター・ドラゴン》の効果発動!自分のデッキの上からカードを5枚確認し、その中のチューナーモンスターの数だけ1度のバトルフェイズ中に攻撃できる!」
ホセの場の機皇帝のパーツは《グランエルG》を除き、全て攻撃表示。この瞬間こそ、勝利への道筋が開かれている。
「一枚目!チューナーモンスター《スターダスト・シンクロン》!」
一筋目の流星。
「二枚目!チューナーモンスター《デブリ・ドラゴン》!」
二筋目。
「三枚目!チューナーモンスター《ドリル・シンクロン》!」
三筋目。
「四枚目!チューナーモンスター《クイック・シンクロン》!」
四筋。
「五枚目!チューナーモンスター《異次元の精霊》!」
そして最後の一筋。
五枚全てがチューナーモンスター。
スタジアムがどよめく。
『《シューティング・スター・ドラゴン》、最大の五回攻撃だァーーーッ!!』
歓声が爆発する。
誰もが勝負は決まったと思った。
――ただ一人を除いて。
「……くっ」
ホセが嗤う。それは追い詰められた者のものではない。
待ち望んだ瞬間を迎えた者の笑みだった。
「く、ふははははははッ!!それがお前の可能性か!ならば――罠発動!《ハイレート・ドロー》!」
紫電がフィールドを走る。
「自分フィールドのモンスターを2体以上任意の数だけ破壊し、2体につき1枚ドローする!」
「何!?」
遊星の瞳が見開かれた。
「私は――《機皇帝グランエル∞》以外の4つのパーツを破壊!2枚ドローする!」
「何だと!?」
次の瞬間。
右腕。左腕。脚部。頭部。
4つのパーツが一斉に砕け散り、無数の光となって空へ吸い込まれていった。
胸部を司る本体だけが、不気味に浮いている。
「各パーツを攻撃することで私のライフを削り、《機皇帝グランエル∞》ごと私を倒そうとしたのだろうが、目論見が甘いな。これで攻撃力11000の《機皇帝グランエル∞》をそのシンクロモンスターで突破することは不可能になった」
三体の竜をもってしても届かぬ壁。
スタジアムの空気が重く沈む。
だが、遊星は一歩も引かなかった。
「いや――まだだ!SPCを2つ取り除き、《Sp-ハンマーシュート》を発動!フィールドで攻撃力が一番高いモンスターを破壊する!」
遊星SPC8→6
「フィールドで最も攻撃力の高いモンスターを破壊する!」
巨大な木槌が虚空より現れ、轟音と共に振り下ろされる。
「砕けろ、《機皇帝グランエル∞》!」
衝撃が大地を震わせた。
木槌は機皇帝の胸部を真正面から叩き潰し、巨大な躯体は爆炎を上げて四散する。
だが、遊星の表情は晴れない。
(おかしい、《ハイレート・ドロー》で《グランエル》本体だけを残すならバトルフェイズで使用するべきだった。だが、メインフェイズに発動した理由はなんだ?何を考えている……!?)
遊星の胸に警鐘が鳴る。
その視線の先、3体の竜に包囲される中でホセは笑った。
「ふはははは!見よ!これで私のフィールドはがら空きになってしまった。まるで焼け野原だ。人類はこの光景を自らの手で生み出してしまった」
ホセの視線は、遊星ではない。
遥か彼方――空を見上げていた。
「シンクロ召喚の果てに待つもの……その結末を、まだ理解しておらぬようだな」
その声音は、まるで未来を知る者だけが口にできる断罪だった。
「見せてやろう。愚かな人類が歩んだ未来を」
その瞬間だった。遊星たちの身体は光に呑み込まれていく。
遊星。アキ。ブルーノ。龍亞。龍可。
そして観客席にいた綴とテイルまでも。
医務室へ運ばれたはずのジャックとクロウでさえ、意識だけが強引に引きずり上げられる。
視界が晴れた先に広がっていたのは――生命の気配なき荒廃した大地。
地平線の果てまで続く墓標のように、無数のカードが石碑となって突き立っている。
空は夕暮れよりなお昏く、赤黒く濁っていた。
「あれは……!」
アキが息を呑む。
視線の先には、見るも無惨に崩壊したネオダイダロスブリッジ。
かつて街の象徴だった巨大なモニュメントは、今や瓦礫の山と化していた。
「ここは……ネオドミノシティなのか?」
遊星の問いに、ホセは静かに頷く。
「そうだ……すべては、シンクロ召喚から始まった」
その言葉と同時に、荒野が別の光景へと塗り替えられる。
まだ平和だった未来都市。街を支える巨大なモーメント。
シンクロ召喚によって飛躍的な発展を遂げる文明。
「ある者は語った。D・ホイールがシンクロ召喚時に発する波長は、モーメントと共鳴している、と」
都市は繁栄した。
エネルギーは世界を満たし、人類はかつてない発展を遂げる。
だが――。
繁栄と比例するように、人の欲望もまた際限なく膨れ上がっていった。
争い。支配。略奪。憎悪。
人の悪意はネットワークを侵食し、やがて世界そのものを蝕んでいく。
映像の中で、巨大な機械群がまだ平和だった街へ飛来する。
無数の機皇帝。
人類を守るためではない。
人類という脅威を排除するために造られた殲滅兵器。
戦争が始まる。
炎が街を呑み込み、機皇帝が空を覆う。
それでも人は争うことをやめなかった。
そして最後の日。
モーメントが逆回転を始める。
世界中のネットワークが暴走し、機皇帝も、モーメントも、自らを爆発させた。
眩い閃光が地平線を埋め尽くす。
都市は崩れ、大地は裂け、文明は跡形もなく消え去った。
静寂だけが残る。
それが―――この世界の未来だった。
誰一人、言葉を発せない。
目の前に広がるのは、映像ではない。
ルチアーノ、プラシド、そしてホセの記憶。
いや――未来を生きた一人の男が、この目で見届けた滅びの記憶、そのもの。
イリアステル三皇帝。その肩書きではない。
今そこにいるのは、人類最後の日を生き延びた、一人の証人だった。
「モーメントが再び暴走しただと!そんなこと……!」
遊星は目の前の光景から目を逸らせなかった。
「……あるの」
静かに、その言葉を継いだのは綴だった。
「僕たちがずっと警告してきた"破滅の未来"。それが、この景色……」
彼の瞳には、この世界を初めて見る者の驚きはない。
テレビという媒体で見た、どこか他人事のような映像を、改めて現実として突きつけられた者の痛みだけが宿っていた。
未来から来たホセの証言。
そして、物語を観測した綴。
二人の証人が同じ結末を示している。
だからこそ、遊星は否定したかった。
そんな未来を。
そんな結末を。
自分たちが積み重ねてきたシンクロ召喚の歴史が、世界を滅ぼす原因になるなど―――信じたくはなかった。
荒廃した未来の幻影は消え去り、世界は再び現実へと引き戻される。
だが、胸に刻まれた光景だけは消えない。それでも遊星はアクセルを緩めなかった。
三体の竜とともに、ホセの背を追って疾走する。ホセの場に残るカードは伏せ一枚のみ。
勝機は、今しかない。
「さあ、来るがいい。不都合な現実を認めたくないのだろう。その力で否定してみせるがいい」
嘲るような声に、遊星はただ前を見据えた。
「……バトルだ!《ブラックフェザー・ドラゴン》でダイレクトアタック!『ノーブル・ストリーム』ッ!」
黒き翼が大きく広がる。
次の瞬間、竜の喉奥から放たれた漆黒の奔流が一直線にホセへと襲いかかった。
――だが。ホセは避ける素振りすら見せない。
「ふっ……その程度の力で、現実は変わりはしない。罠発動!《ピンポイント・ガード》!」
光の壁が展開されると同時に、墓地から一枚のカードが跳ね上がる。
「墓地のレベル4以下のモンスターを守備表示で特殊召喚する」
「まさか、《グランエル》を――!?」
「否」
ホセは静かに首を振った。
「私が呼ぶのは、《機皇兵廠オブリガード》」
《機皇兵廠オブリガード》DEF1800
小型の機械兵がホセの前へと割り込む。
機皇帝とは比べものにならぬほど小柄な兵士。
守備力も《ブラックフェザー・ドラゴン》の攻撃力を下回る。
にもかかわらず――。
黒翼の奔流はその身体を呑み込みながら、最後まで砕くことはできなかった。
「なにっ……!?」
遊星の表情が揺らぐ。
「《エンジェル・バトン》で墓地へ送っていたのか……だが、なぜ破壊されない!?」
「《ピンポイント・ガード》で特殊召喚されたモンスターは、このターン破壊されない」
爆炎の向こうで、機皇兵はなおも膝をついたまま立ち続ける。
ホセはその光景を見届けると、冷笑した。
「残念だったな。いかに強大な力を従えようと、この程度の雑兵一体すら突破できぬ。それがお前たち人間の限界だ」
「くっ……!」
歯噛みする遊星。
ホセの伏せは、単なる防御札ではなかった。
「どれほど足掻いても未来は変えられない」―――その思想そのものを突きつける一枚だった。
「……カードを3枚伏せ、ターンエンド!」
遊星は深く息を吐いた。
三体の竜を並べながらも、一撃も届かなかった。
ホセはそんな遊星を見据え、静かに口を開く。
「安心するがいい。この未来は私たちが――いや、このアポリアが修正してやる」
「……アポリア?」
聞き慣れない名に、遊星が眉をひそめる。
その問いに答える代わりに、ホセはゆっくりと両腕を広げた。
「絶望より生まれし三つの魂よ――今こそ、一つに!」
瞬間。
轟音とともに、ホセの身体がD・ホイールから射出されるように宙へ舞い上がった。
同時に、コースの彼方から二つの影が一直線に飛来する。
「おせぇよ、ホセ。これでまた、不動遊星と闘うことが出来る」
「僕もだけどね!」
プラシド。ルチアーノ。
二人もまた重力を無視するように空中へ浮かび上がり、ホセのもとへ集う。
三人は互いを見据えると、まるで最初から一つであったかのように距離を縮めていく。
未来の科学が可能にした奇跡か。否、それこそが彼らの真の姿。
三つの身体が重なり、輪郭が光に溶けていく。それは変身ではない。
分かたれていた魂が、本来あるべき姿へと還る瞬間。――合体。
「何が起こっている!?」
三人の額に刻まれていた∞の紋章が眩い光を放ちながら一つへと重なり、光はそのまま顔全体を覆う銀の仮面を形作る。
やがて、仮面が消える。
その仮面の奥から現れたのは、ホセでも、プラシドでも、ルチアーノでもない。
だが、その誰もの面影を宿した、一人の男だった。
ホセ以上の巨躯、プラシドの若さ、背に備えられたルチアーノのパーツ。
三皇帝それぞれの特徴を一つの肉体へと溶け合わせたようなその男は、静かに瞼を開く。
その瞳には、人類の終焉を見届けてきた者だけが宿す、底知れぬ絶望の色があった。
「我が名は――アポリア」
未来の絶望をその身に宿す魔人――アポリアが顕現した。