不動遊星の初体験を奪いたい   作:うおのめちゃん

33 / 33
32話 過去を抱く者、未来を掴もうとする者

 アーククレイドル内部へ落ちていく遊星達チーム5D’sと謎のD・ホイーラー、綴、テイル。上下すら判然としない漆黒の空間。重力に引かれながらも、遊星たちは必死に機体を制御し、互いの姿を見失わないようにしていた。

 暗闇の中が開けていくと、降下地点に三つに分かれた通路が見えた。

 遊星たちはそれぞれ機体を傾け、減速しながら通路へと着地した。

 

「みんな、大丈夫か!」

「どうやら、全員無事のようだな」

「だが、これではみんなで一緒に進むことは不可能だ」

 

 ジャックの声に周りを見渡せば、広大な空間には三本の通路が存在している。

 そして仲間たちは、それぞれ別々の通路へ分断されていた。

 一つ目の通路には、アキとクロウ。

 二つ目には、ジャック、龍亞、龍可。

 そして三つ目には、遊星、謎のD・ホイーラー、綴、テイル。

 

「……これを見てくれ」

 

 謎のD・ホイーラーがDホイールのコンパネを操作すると、アーククレイドルの内部がスキャンされ、その画像がみんなのDホイールに転送される。複雑に入り組んだ機械構造。その中心に巨大な歯車――太陽ギアが存在し、それを取り囲むように三つの遊星ギアが配置されている。

 

「今、私達が立つ三本の道は、それぞれが太陽ギアに取り巻く三つの遊星ギアに繋がっている。まず、その遊星ギアを止めなければ、中心部にある太陽ギアを動かすモーメントをプラスの回転に戻すことは出来ない。―――遊星、時間がない。急がなければネオドミノシティにアーククレイドルが落下してしまう」

「ああ。みんな、聞いてくれ!ここから先は、この三組に分かれてそれぞれのギアに向かうことにする。俺はみんなを信じている。必ず太陽ギアで、合流することが出来ると!」

「任せろ!」

「絶対に合流しましょう!」

「うん!」

 

 それぞれの声が重なる。

 そして三組は、それぞれの通路へとD・ホイールを向けた。

 アクセルを踏み込む。

 轟音と共に、三台、四台、そしてまた別の機体が走り出していく。

 同じ目的のために。

 同じ未来を掴むために。

 

 その中で――一組目の二人もまた、暗く長い通路を駆け抜けていた。

 クロウとアキ。二台のD・ホイールが、アーククレイドル内部を高速で疾走する。

 壁面には意味を読み取ることのできない無数の機械装置が並び、時折、青白い電子信号が走り抜けていく。

 外の世界から隔絶された巨大な機械の胎内。

 アクセルを緩める理由はない。

 やがて――前方に、一筋の光が見えた。

 

「見えてきたぞ」

「ええ」

 

 二人は同時にアクセルを緩める。

 長い通路を抜けた先に広がっていたのは、巨大な円形の空間だった。

 中央には天井まで届くほど巨大な黒い柱。

 その表面には無数の電子信号が走り、まるで生き物の血管のように青白い光が脈打っている。そして、その足元。

 床の下では巨大な歯車が低い唸りを上げながら回転していた。空間そのものを揺らすような重低音。

 クロウは周囲を見渡した。

 

「ここが……遊星ギアだな」

「そうみたいね」

 

 ただの機械仕掛けではない。

 この巨大な歯車の回転が、アーククレイドル全体を動かしている。

 そして、その先にはネオドミノシティの命運がかかっている。

 

「だったら、さっさと止めて――」

「ふふふ……」

 

 不意に、声が響いた。

 静かな、それでいてどこか楽しげな声。

 

「ようこそ。破滅のショーの特等席へ」

「なにっ!?」

 

 クロウが振り向く。

 巨大な柱の陰から、二つの人影が姿を現した。

 一人は、金色の髪を揺らす女騎士。

 そしてもう一人は、その傍らに静かに立つ亜麻色の髪の女性。

 

「……シェリー」

「アリア……!」

 

 アキの表情が強張る。

 二人は敵意を隠そうともせず、こちらを見つめていた。

 

「残念だけど――貴方達はここから先へ進めないわ」

「……どうして」

 

 アキが問いかける。

 怒りよりも、困惑が勝っていた。

 

「どうしてあなた達はZ-ONEの側についたの?あなたは言っていたじゃない。イリアステルは両親の仇だって」

「そうだ!」

 

 クロウも声を荒らげる。

 

「お前の親父さん達が、こんなことをして喜ぶとは思えねえ!」

 

 そして、アリアへ視線を向ける。

 

「それにアリア! なんで綴を裏切った!」

 

 アリアの表情は変わらない。

 

「……貴方達には関係のないことよ」

「そうさ。ここで潰える君達にはね」

「……」

 

 クロウは拳を握った。敵になった。

 それだけなら、まだいい。だが、かつて仲間だった二人が、なぜここまでしてZ-ONEに従うのか。

 その理由だけが、どうしても理解できない。

 だからこそ――クロウはポケットから一枚のカードを取り出した。

 そして、シェリーへ向かって投げる。

 

「……!」

 

 シェリーが反射的にカードを受け取った。

 そこに記された名を見た瞬間、その瞳が大きく揺れる。《Z-ONE》。

 

「これは……なぜ、貴方がこれを……!」

「ミゾグチから渡してくれと頼まれた。そいつは、お前の親父さんの形見なんだろ!」

「……」

 

 シェリーはカードを握り締める。

 その指が、僅かに震えていた。

 

「そうよ……全ては、このカードから始まったのよ」

 

 シェリーの視線がカードへ落ちる。

 

「幸せな時間が、突然壊されたあの日」

 

 両親を失った日。

 それまで当たり前だった日常が、何の前触れもなく消えた。

 

「あの日以来、私は人生の全てを懸けて両親の仇を探してきた」

 

 その言葉に込められていたのは、長年積み重ねてきた憎悪。

 だが――それだけではなかった。

 

「けれど……」

 

 アリアが静かに口を開く。

 

「今や彼女の仇は、この世界から完全に消滅している」

「……」

「復讐だけを誓って生きてきた彼女には、復讐を果たした後に何が残るのかという問いだけが残った」

 

 アリア自身も、どこか遠くを見るような目をしていた。

 

「空虚だったのよ」

 

 シェリーが呟く。

 

「復讐を果たせば、私は満たされると思っていた。でも……違った」

 

 握り締めた《Z-ONE》が、僅かに震える。

 

「何も残らなかった」

 

 その声には、怒りも憎しみもなかった。

 ただ――途方もない虚無があった。

 

「だから私は、その空虚を埋めようと思った」

 

 アリアが続ける。

 

「私自身の空虚もね」

「あなたたち……」

 

 アキが息を呑む。

 かつての二人を知るからこそ、その言葉が重かった。

 

「私達にも、神はいたわ」

 

 シェリーが顔を上げる。

 

「Z-ONEは、私達に生きる希望を与えてくれた」

「Z-ONEは一体、何を吹き込んだってんだ?世界を滅ぼすことが希望だってのか?」

「違うわ」

 

 シェリーは静かに首を振った。

 

「私達は、取引をしたのよ」

「取引?」

「そうさ」

 

 アリアが答える。

 

「Z-ONEに協力する。その見返りに――私達の願いを、一つだけ叶えてもらう」

「願い……?」

 

 クロウが眉をひそめる。

 

「何だよ、それ」

「それが何なのかは――」

 

 シェリーが《Z-ONE》をデッキへ投入する。

 

「教えてあげないわ」

「なに?」

「貴方達に話す必要はないもの」

 

 そして、シェリーはアキを見つめた。

 

「それに――」

 

 その瞳に、一瞬だけ皮肉めいた光が宿る。

 

「私を“物語”として観測した湯上綴も、人のプライバシーまでは侵害しなかったようね」

「……!」

 

 アキの表情が変わる。

 綴が観測してきた未来。

 記憶されていた出来事。

 しかし、それでも知ることのできなかったもの。

 シェリーの願いを、綴は言わなかった。それはいい。

 だが、本来なら“物語”に存在しなかったアリアがZ-ONEに望んだ「願い」。

 それだけは、綴の観測の外側にあった。

 

「綴はいい子だね。“守ってあげたくなる”」

 

 アリアが、ほんの僅かに笑う。

 

「……だから、君達には分からない。私達が何を求めているのかも」

 

 その言葉に、クロウは一瞬だけ黙った。

 理解できない。

 だからこそ、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。

 

「……だったら、なおさらだ」

「クロウ?」

 

 クロウはシェリーとアリアを真っ直ぐに見据える。

 

「お前らが何を願ってようが、知ったこっちゃねえ!」

 

 デュエルディスクが展開される。

 

「ここでお前らを倒して、アーククレイドルを止める!」

「ええ」

 

 アキもまたデュエルディスクを構えた。

 

「私達は、未来を諦めない」

 

 その瞬間。

 シェリーとアリアも、静かにデュエルディスクを展開する。

 それぞれの絶望と願いを胸に、敵として向かい合う。

 四人の視線が交差した。

 次の瞬間――床一面に白い光が走った。

 巨大な遊星ギアを取り囲むように、決闘のフィールドが展開される。

 

「遊星ギアの稼働装置と、私達のライフは直結している」

 

 シェリーが告げる。

 

「我々を倒さない限り、君達は遊星ギアを止めることはできない!」

 

 クロウが口元を吊り上げる。

 

「わかってるぜ!」

 

 そして隣に立つアキへ、視線を向けた。

 

「いくぜ、アキ!」

「ええ!」

 

 二人が同時にデュエルディスクを構える。

 シェリーとアリアもまた、静かに身構えた。

 四人の間に、逃げ場のない緊張が張り詰める。

 かつて仲間だった者たちとの、決着。

 そして――アーククレイドルを止めるための、最初の戦いが始まった。

 

「「「「デュエル!!」」」」

 

最初に動いたのは――アリアだった。

 

「私のターン。ドロー」

 

 引き抜いたカードを一瞥し、アリアは迷うことなく手札から一枚を墓地へ送る。

 

「私は手札の《アルカナフォースXV-THE DEVIL》を捨てて効果発動! デッキからフィールド魔法《光の結界》を手札に加え、これを発動!」

 

 カードがデュエルディスクへと置かれた瞬間――

 ぶわり、と光が膨れ上がった。

 白い輝きが地面を走り、四人を円形に取り囲む。

 それは単なる照明ではない。

 まるで、この決闘を外界から切り離す結界そのものだった。

 

「このカードが場に存在する限り、「アルカナフォース」と名の付くモンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚時に決まる、正位置または逆位置の効果は――私が決めることができる」

「……コイントスを無視するってことかよ」

 

 クロウが顔をしかめる。

 【アルカナフォース】。本来ならば、召喚された瞬間にコイントスを行い、その表裏によって効果が変化するカード群。

 だが、《光の結界》が存在する限り、その不確定要素すらアリア自身が支配する。

 

「そして、さらに《アルカナリーディング》を発動!《光の結界》が存在することで、私はデッキから『コイントス』を行うカードを手札に加える効果を選択する!」

 

 デッキから一枚のカードが引き抜かれる。

 

「私が加えるのは――《アルカナフォースXXI-THE WORLD》!」

 

「なっ……!」

 

 アキが目を見開く。

 アリアの展開は、まだ始まったばかりだった。

 

「それでは、いこうか。《創造の代行者 ヴィーナス》を召喚!」

 

 眩い光と共に、金星の女神の名を冠した天使が降臨する。

 その姿を一瞥したアリアは、すぐさま効果を発動した。

 

「ライフを500支払い、《ヴィーナス》の効果発動!」

 

アリア:LP4000→3500

 

「デッキから《神聖なる球体》1体を特殊召喚する!」

 

 ヴィーナスが手を掲げる。

 その掌から聖なる光が溢れ出し、白い球体が一つ、ゆっくりと浮かび上がった。

 

「そして、この効果に回数制限はない!」

「これは……最初に会った時のデュエルの再現か!?」

 

 クロウが叫ぶ。

 

「ふふ、どうだろうね。さらにライフを500支払い、《神聖なる球体》を特殊召喚!」

 

アリア:LP3500→3000

 

 もう一つ。

 白い球体がフィールドへ現れる。

 

「そして、もう一度!」

 

アリア:LP3000→2500

 

 さらに三体目。

 気付けば、アリアのフィールドには《創造の代行者 ヴィーナス》を中心として、三体の《神聖なる球体》が並んでいた。

 四体のモンスター。だが、アリアはそれらを眺めて満足する様子すらない。

 

「何をするつもりなの……?」

 

 アキが警戒する。

 アリアは答えない。

 代わりに、墓地へ送られたカードへと手を伸ばした。

 

「さらに、《アルカナリーディング》を墓地から除外することで効果発動」

「墓地から……!?」

「手札から《アルカナフォース》モンスター1体を召喚する!私は――《神聖なる球体》2体をリリース!」

 

 白い球体が一斉に輝く。

 二つの光が絡み合い、巨大な光球となって天へ昇っていく。

 その中心から――巨大な影が現れた。

 

「アドバンス召喚!《アルカナフォースXXI-THE WORLD》!」

 

 大地を震わせる轟音と共に、それは降臨した。

 現れ出でるは――巨大な黒鉄の機械天使。

 天使族という言葉から連想される優美さとはかけ離れた、無機質な装甲。

 幾重にも重なった黒い金属の外殻。その姿は兵器そのものと言っていい。

 それでも、その全身にはどこか神聖さがあった。

 天使でありながら機械。機械でありながら、神秘的。

 その異様な存在感が、遊星ギアの空間を圧迫する。

 

《アルカナフォースXXI-THE WORLD》ATK3100

 

「いきなりエースモンスターの登場ってわけか……」

 

 クロウが唸る。

 

「驚くのは、まだ、早い!《アルカナフォースXXI-THE WORLD》の召喚時の効果は、《光の結界》が存在することで私が決める」

 

 アリアが指を立てる。

 

「当然――正位置だ」

 

 《THE WORLD》の身体に、禍々しい光が走った。

 

「カードを1枚伏せ、エンドフェイズ!」

 

 アリアのフィールドに存在する《ヴィーナス》と、残った《神聖なる球体》へ視線を向ける。

 

「《ヴィーナス》と《神聖なる球体》の2体を墓地へ送り、《THE WORLD》の効果発動!」

 

 瞬間。

 周囲の空間が歪んだ。

 時計の針が止まるような、不気味な静寂が訪れる。

 

「相手ターンを――」

 

 アリアの声が、静寂の中に響く。

 

「1ターンスキップする!」

「な……!」

 

 クロウの顔から余裕が消えた。

 

「なんだよ、そのインチキ効果は!」

「インチキではないさ」

 

 アリアは冷静だった。

 

「《THE WORLD》が支配する、当然の結果だよ」

 

 そして、シェリーは視線をクロウへ向ける。

 

「次のターンプレイヤーは――クロウだったわね?」

「……!」

 

 クロウが息を呑む。

 自分のターンが来る。

 その当たり前の未来が――消えた。

 

「けど――」

 

 シェリーが冷酷に言い放つ。

 

「貴方の世界は、閉じた」

 

 その言葉を最後に、遊星ギアの駆動音だけが空間を支配した。

 その音はまるで、この場所そのものが時を刻んでいるかのようだった。

 クロウはデュエルディスクを構えたまま、動けずにいた。

 

「……なんだよ、これ……」

 

 自分のターンが来ない。

 正確には――来るはずだったターンそのものを、目の前の機械天使によって奪われた。

 《アルカナフォースXXI-THE WORLD》。黒鉄の巨体は微動だにしない。

 

「さあ、私のターンよ!チューナーモンスター、《ネクロ・シンクロン》を召喚!」

 

 紫色の身体を持つ、球根を思わせる小さな調律師がフィールドへ降り立つ。

 続けざまにシェリーは別のカードを掲げた。

 

「さらに、自分フィールドにレベル2以下のモンスターが存在することで、《花騎士団の白馬》は特殊召喚できる!」

 

 空間を切り裂くように蹄の音が響く。

 純白の鎧を纏った白馬が颯爽と駆け抜け、その背後に輝く花びらを舞わせながらフィールドへと現れた。

 

「《ネクロ・シンクロン》の効果発動。このカード以外の自分フィールドのモンスター1体のレベルを2つ上げる!」

 

 ネクロ・シンクロンが白馬へと光を放つ。

 

「《花騎士団の白馬》のレベルを6から8へ変更!」

 

 白馬の周囲を駆け巡っていた光が一気に膨れ上がる。

 

「チューナーと、それ以外のモンスターが揃った!」

 

 アキが身構える。

 

「ええ。私の切り札も見せてあげる」

 

 白馬が嘶く。

 その身体が無数の光へと分解され、空中へ駆け上がった。

 

「レベル8となった《花騎士団の白馬》に、レベル2の《ネクロ・シンクロン》をチューニング!」

 

 中空で次々と重なっていく光が巨大な光輪を形成し、その奥から純白の花弁が舞い散る。

 

「高貴なる白百合よ!革命の時は来たれり! 勝利を我が手に!――シンクロ召喚!」

 

 眩い閃光の中から、一頭の白馬が躍り出る。

 その背に跨るのは、優雅な衣装を纏った女騎士。

 しかし、その姿は単なる騎士ではない。鋭利な装飾を備え、手には巨大な剣。

 気高く伸びた背筋と冷徹な眼差しは、戦場を支配する女王のような威厳を放っている。

 

「咲き誇れ――《フルール・ド・バロネス》!」

 

 白き騎士が剣を振り下ろす。

 衝撃波が床を走り、周囲の空気を震わせた。

 

《フルール・ド・バロネス》ATK3000

 

「シェリーの野郎もエースモンスターを……!」

 

 クロウが苦々しく吐き捨てる。

 《THE WORLD》に続き、《フルール・ド・バロネス》。

 時間そのものを奪う機械天使と、あらゆるカードを無力化し得る白き女騎士。

 その二体が並んだだけで、クロウ達の前に立ちはだかる壁は一気に高くなった。

 だが――シェリーは、それだけでは終わらなかった。

 

「ただエースを呼び出したわけじゃないわ」

「なに?」

「風属性シンクロモンスターの素材となった《ネクロ・シンクロン》の効果発動!」

 

 墓地へ送られた《ネクロ・シンクロン》から、一条の紫色の光が伸びる。

 その光がシェリーのデッキへと入り込み、一枚のカードを引き寄せた。

 

「デッキから、植物族かつレベル1のモンスター――《グローアップ・バルブ》を守備表示で特殊召喚する!」

 

 地面に小さな魔法陣が浮かび上がる。

 そこから姿を現したのは、一つの球根だった。

 

「さらにモンスターを……!」

 

 クロウが眉をひそめる。

 《フルール・ド・バロネス》を呼び出しただけでも十分に脅威だというのに、シェリーはそのシンクロ召喚を利用して、さらに次の布石まで用意していた。

 

「ふふ」

 

 アリアが微笑む。

 

「このタッグデュエルでは、すべてのプレイヤーが先攻1ターン目に攻撃することができない。運が良かったね、クロウ君?」

「へっ……」

 

 クロウは不敵に笑った。

 

「仕留める機会を逃したことを、後悔させてやるぜ?」

「……強がりを」

 

 シェリーは小さく息を吐く。

 

「1ターンを失ったというのに、まだ余裕なのね」

「1ターンくらいでへこたれてたら、ここまで来られてねえよ!」

 

 クロウがデュエルディスクを構え直す。

 その言葉に、アキも僅かに口元を緩めた。

 確かに苦しい。

 だが、まだ何も終わってはいない。

 

「あらそう?なら、カードを1枚伏せて、ターンエンド!さあ、貴方の番よ。アキさん?」

「私のターン!」

 

 アキがカードを引いた。

 そして、改めて敵陣を見渡す。

 

アリア

LP:4000

Hand:2

Monster:《アルカナフォースXXI-THE WORLD》

FieldMagic:《光の結界》

Magic&Trap:Set1

 

シェリー

LP:4000

Hand:3

Monster:《フルール・ド・バロネス》《グローアップ・バルブ》

FieldMagic:

Magic&Trap:Set1

 

クロウ

LP:4000

Hand:5

Monster:

FieldMagic:

Magic&Trap:

 

アキ

LP:4000

Hand:6

Monster:

FieldMagic:

Magic&Trap:

 

 フィールドを支配する二体の脅威。

 《アルカナフォースXXI-THE WORLD》。そして――《フルール・ド・バロネス》。

 アキは数秒だけ思考を巡らせた。

 《THE WORLD》は、条件を満たせば相手のターンそのものを奪う。

 そして《フルール・ド・バロネス》には、フィールドに存在する限り一度だけ、カードの発動を無効にして破壊する力がある。

 どちらも厄介。

 だが――。

 

(《フルール・ド・バロネス》は、一度だけならカードの発動を無効にできる……)

 

 アキの視線が白き女騎士へ向く。

 

(綴のおかげで、そのことはわかっている)

 

 ならば、最初に狙うべきは決まっている。

 アキはカードを一枚、デュエルディスクへと差し込んだ。

 

「速攻魔法《月の書》を《フルール・ド・バロネス》を対象に発動!対象モンスターを裏側守備表示に変更!」

 

 カードから青白い光が溢れ出す。

 それは一冊の本へと姿を変え、ページがひとりでにめくられていく。

 次の瞬間――そこから放たれた青い光が《フルール・ド・バロネス》を包み込んだ。

 

「……」

 

 白き女騎士が抵抗する間もない。

 その姿が光に覆われ、ゆっくりと地面へ沈んでいく。

 最後に見えたのは、白百合を思わせるその姿だけだった。

 パタン、と。まるで本を閉じるように、カードが裏側へと変わる。

 

「好きになさい」

 

 シェリーはそれを黙って見届ける。

 

「その効果は通すわ」

 

 アキはフィールドを見渡した。

 《フルール・ド・バロネス》は裏側守備表示。

 《THE WORLD》は健在だが、少なくともシェリーの切り札による無効効果は、今この瞬間だけ封じられている。

 ――妨害が、一つ消えた。

 ならば、この機を逃すわけにはいかない。

 

「……よし。チューナーモンスター、《ロクスローズ・ドラゴン》を召喚!」

 

 薔薇の蔓を思わせる装甲を纏った小さな竜が、鋭い羽音とともにフィールドへ舞い降りる。その身体にはイザヨイバラを思わせる花弁が咲き、可憐な外見とは裏腹に、秘めた力を感じさせる。

 

「《ロクスローズ・ドラゴン》は召喚に成功した時、デッキから《ブラック・ローズ・ドラゴン》の名が記されたカード1枚を手札に加えられる!」

 

 アキの指がデッキの一枚を引き抜く。

 

「私が手札に加えるのは、永続魔法《黒薔薇の華園》!そして――発動!」

 

 瞬間、フィールドの景色が一変した。

 アキを中心として無数の薔薇が咲き誇り、巨大な庭園が形成されていく。

 その中央に鎮座するのは、一体の竜を象った石像。

 《ブラック・ローズ・ドラゴン》。

 シグナーの竜を象徴するその像を中心に、黒と赤の薔薇が風に揺れていた。

 

「《黒薔薇の華園》の発動時、デッキから『ローズ・ドラゴン』モンスター、《ホワイト・ローズ・ドラゴン》を手札に加える!」

 

 そして、間髪入れずに次のカードを繰り出す。

 

「さらに、《ホワイト・ローズ・ドラゴン》は、私のフィールドにドラゴン族チューナーが存在することで特殊召喚できる!」

 

 白い光が弾ける。

 咲き誇る白薔薇を背に、一体の竜が姿を現した。

 純白の翼を広げ、優雅に宙を舞うその姿は、先ほど現れた《ロクスローズ・ドラゴン》とは対照的だった。

 

「レベル4の《ホワイト・ローズ・ドラゴン》に、レベル3の《ロクスローズ・ドラゴン》をチューニング!」

 

 白き竜が光へと変わる。

 三つの光球が軌跡を描き、その周囲を四つの星が巡る。

 四つの星と三つの星。

 合計七つの星が空中で絡み合い、やがて一つの光へと収束していく。

 

「冷たい炎が世界の全てを包み込む――漆黒の花よ、開け!」

 

 七つの星が弾け、無数の黒い花弁が空間を舞った。

 

「シンクロ召喚!!―――現れよ!《ブラック・ローズ・ドラゴン》ッ!!」

 

 巨大な黒薔薇が咲き、その中心から一体の竜が飛翔する。

 漆黒の翼を広げ、長い尾を翻しながら、シグナーの竜が戦場へと舞い降りた。

 黒薔薇の竜は咆哮を轟かせる。

 その姿は、少女の胸に宿る決意そのものだった。

 

「シンクロ召喚した《ブラック・ローズ・ドラゴン》の効果と、シンクロ素材となった《ホワイト・ローズ・ドラゴン》の効果が発動!」

 

 アキの視線が墓地へ向く。

 

「まずは《ホワイト・ローズ・ドラゴン》の効果!デッキからレベル4以上の植物族モンスター、《ステイセイラ・ロマリン》を墓地へ送る!」

 

 一枚のカードが墓地へ送られる。

 

「そして――《ブラック・ローズ・ドラゴン》の効果!」

 

 黒薔薇の竜が翼を大きく広げた。その瞬間、空気が震える。

 

「フィールドのカードを全て破壊する!『ブラック・ローズ・ガイル』!!」

 

 アリアが即座に反応した。

 

「その効果にチェーンさせてもらうよ!《デストラクト・ポーション》!」

 

 黒い薬液のような光が《THE WORLD》を包み込む。

 

「《THE WORLD》を破壊し、その攻撃力分のライフを得る!」

 

 黒鉄の機械天使が、ひび割れた。

 次の瞬間。《THE WORLD》の巨体が砕け散り、無数の光となってアリアの身体へ吸い込まれていく。

 

「ふっ……!」

 

 アリアのライフが大きく回復する。

 

アリア:LP2500→5600

 

「切り札を自分から破壊して回復だと……!」

 

 クロウが驚く。

 だが、アキは動じない。

 

「けれど、効果そのものが止められたわけじゃない!あなた達のフィールドは――全て破壊する!」

 

 無数の黒い花弁が舞い上がった。それは美しい花吹雪などではない。触れたもの全てを飲み込む、破壊の嵐。

 《光の結界》が砕ける。伏せられていたカードが吹き飛ぶ。

 朽ちた球根も、裏側守備表示となっていた《フルール・ド・バロネス》さえも、花弁の渦に巻き込まれる。

 シェリーのフィールドから、カードが次々と消滅していく。

 そしてアキ自身の《黒薔薇の華園》さえも例外ではなかった。

 庭園が崩れ落ちる。

 黒薔薇の石像が砕け、その破片が風に散っていく。

 ――これで、フィールドは更地。

 だが。

 

「この瞬間!墓地へ送られた《ステイセイラ・ロマリン》の効果発動!エクストラデッキから《ガーデン・ローズ・メイデン》を墓地へ送る!」

 

 さらに、アキは破壊されたカードへ視線を向けた。

 

「そして、《黒薔薇の華園》にも、破壊された時の効果がある!墓地の植物族モンスター1体につき、100ポイントのダメージを与える!」

 

 アキの墓地には、二体の植物族モンスター。

 

「さらに!《黒薔薇の華園》が《ブラック・ローズ・ドラゴン》の効果で破壊されたことで、追加で2400ポイントのダメージ!」

「……!」

 

 アリアが目を見開く。

 

「墓地の植物族モンスターは2体!」

 

 アキが指を突きつける。

 

「合わせて2600ポイントのダメージを受けなさい、アリア!」

「くううううッ!」

 

 黒い花弁が再び舞い上がる。

 それはアリアの身体を包み込み、容赦なくライフを削り取った。

 

アリア:LP5600→3000

 

 無数の花弁が消え、舞い上がっていた粉塵がゆっくりと床へ落ちていく。

 そこに残されたのは、荒れ果てたフィールドだけ――そのはずだった。

 

「……愚かね」

 

 静寂を切り裂く声。

 アキが顔を上げる。

 シェリーの手には、一枚のカード。

 先ほど《ブラック・ローズ・ドラゴン》の力によって破壊されたはずのカードだった。

 

「私が、その効果を想定していないと思って?」

 

 シェリーはゆっくりとカードを掲げる。

 

「破壊された《Z-ONE》の効果は、すでに発動していた!」

「《Z-ONE》だと!」

 

 クロウが驚愕する。

 シェリーの手の中で、一枚のカードが光を放ち始めた。

 それは眩しいほどの白。

 けれど、その輝きに温かさはない。

 むしろ、触れてはならない何かがこちら側へ滲み出してくるような、不気味な光だった。

 

「お父様が残したこのカードの力で――」

 

 シェリーの瞳に、今まで以上の強い意志が宿る。

 

「貴方達を葬り去ってあげるわ!」

「シェリー!アリアも!いったい何が貴方達をそこまでさせるの!?」

 

 二人の足元に残るのは、もう引き返せないほどの決意だった。

 シェリーは一瞬だけ目を伏せる。

 そして、その胸の奥にしまい込んでいたものを吐き出すように答えた。

 

「私は――大切な家族を取り戻すために、ここにいるのよ!」

「家族……?」

 

 アキが息を呑む。

 

「そして……」

 

 アリアもまた、静かに口を開いた。

 

「私は、大切な子供の死を否定するためにここにいるのだよ」

「子供……だと?」

 

 クロウの表情が強張る。

 それまで二人が見せていた冷徹さの奥に、初めて生々しい感情が覗いた。

 憎しみでもない。怒りだけでもない。――喪失。

 取り戻すことのできない過去を前にした者だけが抱く、深い絶望だった。

 

「貴方達がZ-ONEに願ったことって……いったい何なの?」

 

 アキが尋ねる。

 シェリーは答える代わりに、《Z-ONE》を握る手に力を込めた。

 

「Z-ONEは、過去を改変する力を持っている」

 

 その言葉に、空気が張り詰める。

 

「私達が貴方達を倒せば――私達の過去を変えることができる」

 

 シェリーの脳裏に、失われた日々が蘇る。

 家族と笑い合った時間。何気ない会話。

 当たり前だと思っていた日常。それら全てを奪い去った、あの日。

 

「家族との幸せな暮らしが……戻ってくるのよ」

 

 その声は震えていた。

 けれど、それは恐怖によるものではない。

 今にも零れ落ちそうなほど強い、執念だった。

 

「誰にも止めさせはしない」

 

 アリアの脳裏にも、子供の笑顔と、それを奪い去られた記憶がよみがえる。

 冷たくなった身体に触れ、涙を流した瞬間。

 

「否定はさせない。決してね」

「テメェらは……!」

 

 クロウが一歩前へ出る。

 

「ネオドミノシティの人間を滅ぼしてまで、その願いを叶えようってのか!」

「……そうよ。私達の希望は……未来にはないことを知ったの。だったら、せめて……幸せだった過去を取り戻したい」

「……」

 

 クロウは言葉を失う。

 その隣で、アキもまた拳を握り締めた。

 彼女達の願いが理解できないわけではない。

 失ったものを取り戻したいという気持ちは、痛いほど理解できる。

 だからこそ――その願いを叶えるために、何の罪もない人々を犠牲にすることだけは認められなかった。

 

「綴には悪いけどね」

 

 アリアが小さく息を吐く。

 

「それよりも、優先するべきことがあるのさ。さあ、シェリー!」

「ええ!」

 

 シェリーが《Z-ONE》を掲げる。

 

「Z-ONEに与えられた力を――解放する!」

 

 カードが激しく輝いた。

 

「《Z-ONE》の効果により、デッキからフィールド魔法《魂縛門》を除外する!」

 

 デッキから引き抜かれた一枚のカードが、空間そのものに呑み込まれていく。

 

「なに……?」

 

アキが目を見開く。カードが消えた。だが、効果はそこで終わらない。

 

「この時、《Z-ONE》は――《魂縛門》としてフィールドに発動できる!」

 

 大地が震えた。

 床面に巨大な亀裂が走り、その奥から黒い何かがせり上がってくる。

 それは門だった。巨大な二本の柱。その間に広がる、頑丈な扉。

 そして、その門そのものと一体化するように、一体の巨大な骨の怪物が姿を現した。

 無数の骨で構成された腕が伸びる。

 巨大な手がシェリーの頭上を越え、彼女の身体を包み込むように固定した。

 まるで門そのものが、彼女を依代としてこの世界に現れたかのようだった。

 

「う……!」

 

 アキが思わず後ずさる。禍々しい。

 それだけではない。この門の向こう側には、生者が踏み込んではならない何かが存在している。そんな本能的な恐怖を感じさせる。

 

「さらに――」

 

 シェリーの身体を拘束する骨の腕が、ぎしりと音を立てた。

 

「この効果によってフィールドに現れた《Z-ONE》は、破壊できない!」

「なんだと……!」

 

 クロウが歯を食いしばる。

 先ほどの《ブラック・ローズ・ドラゴン》による全体破壊。

 あれほど強力な一撃を受けても、この門だけは残るということだ。

 

「これが――《魂縛門》。貴方達を、この門の先へ一歩も行かせるわけにはいかない!」

 

 門の奥から吹き抜ける隙間風が、四人の髪と衣服を激しく揺らす。

 遊星ギアの駆動音。異様な門の唸り。そして、遠くで響く機械の鼓動。

 アーククレイドルは今も降下を続けている。

 ――時間は刻一刻と迫っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:5文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

軍貫使いはZEXALで寿司を握る(作者:Dの軍貫 シンキハヨ・チョーダイナ)(原作:遊戯王)

転生したら寿司屋の息子になったらしい人がZEXALでそれっぽく振る舞うみたいな話。一気見で熱が高まって収まらないので書いてみました。▼みんなも軍貫使おう!


総合評価:3104/評価:8.07/連載:51話/更新日時:2026年07月31日(金) 07:00 小説情報

コードギアス 教導のルルーシュ‐Archive Stories‐(作者:ライト鯖)(原作:ブルーアーカイブ)

レクイエムを完遂したルルーシュ。▼彼は目覚めると、聞いたこともない都市、"キヴォトス"にいた。▼子供達が統治を担う学園都市で先生となったルルーシュは、生徒達を、キヴォトスを見つめ、何を思うのか。▼"ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア"として、"ゼロ"として、"先生"として、或いは、&q…


総合評価:1696/評価:8.25/連載:51話/更新日時:2026年08月02日(日) 23:54 小説情報

君は完璧で究極の式神(作者:水際)(原作:呪術廻戦)

少女、アイは異質で魔性だった。▼母親に疎まれ、ガラス入りの米を食わされる。▼腹の底から湧き出す負の感情。▼――なんか影から犬、出てきた……。▼


総合評価:3822/評価:8.39/連載:22話/更新日時:2026年05月26日(火) 18:05 小説情報

スタイリッシュ異能バトルの世界で俺だけ魔法少女としてエロゲの敵と戦っている(作者:かませ犬S)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

気付いたら俺が大好きだった漫画『アビリティ・ストライク』の世界に転生していた。▼その漫画は所謂、能力もののバトルファンタジーで、主人公やヒロイン、魅力的な敵キャラたちの能力を駆使した時に戦闘シーンが魅力の作品だった。▼漫画の大ファンだった俺はこの世界が『アビリティ・ストライク』の世界であることに気付いた。▼好きだった漫画の世界に転生したなら、原作に介入してみ…


総合評価:5640/評価:8.63/連載:46話/更新日時:2026年06月12日(金) 07:04 小説情報

コードギアス 転生のルルーシュ(作者:よみや)(原作:コードギアス)

気がついたらルルーシュに転生していた男が、ハーレムエンドを目指して頑張る話。


総合評価:16187/評価:8.68/連載:23話/更新日時:2026年07月26日(日) 21:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>