不動遊星の初体験を奪いたい   作:うおのめちゃん

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33話 明日へ翔けるために

 シェリーが発動した《Z-ONE》――否、《魂縛門》と化したそのカードがフィールドに姿を現した瞬間から、空間そのものが重くなったように感じられた。

 巨大な門を形作る骨の怪物。その異形の腕にシェリーの身体は固定され、閉じられた門の奥では底知れぬ闇が渦巻いているようだった。

 先ほどまで《ブラック・ローズ・ドラゴン》が撒き散らした破壊の余韻など、とうに消え去っている。あるのは、異様な静寂だけ。

 クロウは無意識に拳を握りしめる。目の前にいるのは、かつて共に戦った仲間だ。

 それなのに今は、ネオドミノシティを犠牲にしてでも自らの願いを叶えようとしている。

 その事実が、どうしようもなく重かった。

 

「シェリー、お前は命を懸けてまで過去を変えようってのか!」

 

 怒気を込めたクロウの声が、広大な遊星ギアの空間に響き渡る。

 だが、シェリーは眉一つ動かさなかった。

 

「黙りなさい。デュエルはまだ続いている。十六夜アキ、おまえのターンよ」

 

 冷たい声だった。

 まるでクロウの言葉など、今の彼女には届いていないかのように。

 

「……待ちたまえ、シェリー」

 

 そこでアリアが口を挟んだ。

 《魂縛門》の不気味な威容を見上げながら、彼女は静かに言葉を続ける。

 

「流石に《魂縛門》の効果を教えないのはフェアではないだろう。私が説明する。いいね?」

「ええ、構わないわ」

 

 シェリーは即答した。

 その声音には一切の焦りがない。

 

「その程度で私達の勝利は揺らがないのだから」

「余裕ね……」

 

 アキが鋭い視線を向ける。

 確かに、今の相手フィールドに存在するカードは《魂縛門》ただ一枚。

 《ブラック・ローズ・ドラゴン》の全体破壊によって、アリアの《光の結界》も、シェリーの《フルール・ド・バロネス》も、伏せカードも全て消え去っている。

 戦況だけを見れば、むしろアキとクロウの側が優位に立っているようにも見えた。

 

「あなた達の場は、その《魂縛門》以外存在しないのに」

「ふふ……」

 

 アリアは小さく笑った。

 その笑みは、先ほどまでの《THE WORLD》を失った者とは思えないほど穏やかだった。

 

「では教えよう。《魂縛門》の効果、それは――」

 

 アリアの声に合わせるように、巨大な門の奥で禍々しい光が瞬く。

 

「コントローラーたるシェリーのライフポイント未満の攻撃力を持つモンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時。そのモンスターを破壊し、全てのプレイヤーは800ポイントのダメージを受ける」

「……!」

 

 アキの表情が強張った。

 その効果が意味するところを、すぐに理解したからだ。

 

「シェリーのライフは4000……」

 

 クロウが呟く。

 つまり――攻撃力4000未満のモンスターを召喚すれば、問答無用で破壊される。

 しかも、破壊されるだけではない。

 そのたびに、全員が800ポイントのダメージを受ける。

 アキの視線が墓地の《ブラック・ローズ・ドラゴン》へ向く。

 攻撃力2400。このままでは、復活させたとしても《魂縛門》によって葬られてしまう。

 

「攻撃力4000のモンスターなんざ、そう簡単に出せやしねえ!」

 

 クロウが苛立たしげに吐き捨てる。

 これまで何度も逆境を乗り越えてきた彼でさえ、すぐには突破口を見つけられない。

 だが、アキは冷静だった。相手の狙いは明白だ。

 《魂縛門》は、こちらがモンスターを出せば出すほどライフを削り、戦力を奪っていく。

 ならば今、無理にモンスターを召喚する必要はない。

 アキは手札を確認し、そして静かに決断した。

 

「……なら、カードを4枚伏せて、ターンエンドよ!」

 

 アキの前に、四枚のカードが並んだ。

 《魂縛門》の効果を前にして、モンスターを展開することは出来ない。ならば今は、次の一手に備えるしかない。攻めるためではなく、生き残るために。

 アキは静かに息を吐いた。

 

「ようやく一巡したね。私のターン!」

 

 アリアがデッキからカードを引き抜く。

 その瞳に宿っているのは、先ほど《ブラック・ローズ・ドラゴン》によって《THE WORLD》を失った時の動揺ではない。

 むしろ――待っていたのだ。この瞬間を。

 

「私は《死者蘇生》を発動!」

 

 カードが掲げられる。

 次の瞬間、荒れ果てたフィールドに禍々しい光が渦巻いた。

 

「蘇れ――時の世界の支配者!《アルカナフォースXXI-THE WORLD》!」

 

 光の中から、巨大な黒鉄の機械天使が再び姿を現す。

 先ほど砕かれたはずの身体が、まるで何事もなかったかのように再構築されていく。

 

「《THE WORLD》……!」

 

 アキが息を呑む。

 だが、その攻撃力を見てクロウが声を上げた。

 

「待て!攻撃力は3100だ!」

 

 クロウの視線が《魂縛門》へと向けられる。

 

「折角復活させたはいいけどよ!《魂縛門》の効果が発動するじゃねえか!」

 

 その言葉に応えるように、巨大な門が低く唸った。

 門の奥から蒼い稲妻が迸る。

 幾筋もの雷光が空間を走り、《THE WORLD》の巨体へと絡みついた。

 

「ふふ、焦らないことだ」

 

 アリアは涼しい顔で告げた。

 

「私はその効果にチェーンし、《THE WORLD》を対象に《禁じられた聖衣》を発動!対象モンスターの攻撃力は600下がる。だが、このターン効果では破壊されず、お互いは効果対象にできない」

「と、いうことは……」

 

 クロウが目を見開く。

 

「《THE WORLD》は無事ということだ!」

 

 アリアが言い切る。

 攻撃力は失われる。

 だが、それだけだ。

 《魂縛門》が放った破壊の力は、《禁じられた聖衣》によって弾かれ、《THE WORLD》の身体を傷つけることなく霧散していく。

 

「そして――《THE WORLD》の特殊召喚成功時の効果が発動!」

 

 黒鉄の機械天使が描かれたカードが回転を始める。

 

「今回は《光の結界》がないため、正位置・逆位置は運命によって決まる!」

「……!」

 

 アキが身構える。

 《光の結界》が存在していた時、アリアは《アルカナフォース》の運命を自ら選択することが出来た。だが今は違う。フィールド魔法は破壊されている。

 だからこそ――この一枚に託された力は、純粋な偶然に委ねられる。

 正位置か。逆位置か。

 時間そのものを支配する天使の運命が、今まさに決まろうとしている。

 

「さあ、その運命を決めるのはクロウ、君だ」

「なに……?」

「任意のタイミングで『ストップ』と言いたまえ」

 

 アリアの言葉に、クロウは眉を寄せた。

 まるで自分自身が運命を選んでいるように錯覚させる。

 だが、選べるわけではない。ただ回転するカードを止めることしか出来ない。

 

「……ちっ」

 

 クロウは拳を握った。

 目の前ではカードが回り続けている。

 ほんの数秒。それだけの時間が、異様なほど長く感じられた。

 そして――。

 

「……ストップだ!」

 

 クロウの叫びと同時に、カードの回転が止まった。

 その向きは――。

 

「――正位置」

 

 アリアの口元が、僅かに吊り上がる。

 

「当然、正位置だ」

「くそ!」

 

 クロウが歯噛みする。

 偶然に委ねられたはずの運命。

 それは最悪の形で、彼らの前に立ちはだかった。

 

「さあ、チェーン終了だ」

 

《アルカナフォースXXI-THE WORLD》ATK3100→2500

 

 黒鉄の機械天使が、低い駆動音を響かせながら戦場を見下ろす。

 攻撃力は落ちた。それでも、奴は生き残った。

 そして――正位置を得た《THE WORLD》には、時間を奪う力がある。

 クロウは、背筋を走る悪寒を覚えていた。

 ただでさえ《魂縛門》によってモンスターの展開を封じられている。

 そのうえ《THE WORLD》まで復活した。最悪の状況。

 アリアは静かに笑っていた。まるで――ここから始まる絶望こそが、本当のデュエルなのだと言わんばかりに。

 

「クロウの場はがら空き。このままでは……」

 

 アキが呟く。

 クロウのフィールドには、モンスターが一体も存在しない。

 対して、アリアのフィールドには《アルカナフォースXXI-THE WORLD》が立っている。

 攻撃力は2500まで下がっているとはいえ、それでも直接攻撃を受ければ致命傷だ。

 

「バトル!《THE WORLD》でダイレクトアタック! 『オーバー・カタストロフ』ッ!」

 

 宣言した瞬間、その頭部に備えられた巨大なモノアイが禍々しく輝く。

 赤い光が一点に収束する。

 

「――ッ!」

 

 放たれた。

 轟音と共に放たれた破壊光線が、一直線にクロウへと迫る。

 回避する時間はない。

 

「クロウ!」

 

 アキが叫ぶ。だが――クロウは笑った。

 

「そう簡単にやられてたまるかよ!」

 

 クロウは手札から一枚のカードを引き抜いた。

 

「相手の直接攻撃宣言時、手札から《速攻のかかし》を捨てて効果発動!その攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する!」

 

 小型のターボエンジンを備えたかかしが、凄まじい勢いでフィールドへ飛び出した。

 《速攻のかかし》は縦横無尽に飛び回る。背部のターボエンジンが激しく回転し、大量の白煙をまき散らした。

 《THE WORLD》のモノアイがクロウの姿を探す。

 だが、濃密な白煙に遮られ、正確な照準を定めることが出来ない。

 放たれた破壊光線はクロウのすぐ脇を掠め、そのまま背後の壁へと突き刺さった。

 轟音。壁面が爆ぜ、破片が床へと降り注ぐ。

 クロウは大きく息を吐いた。

 

「……っぶねえ!」

 

 間一髪。ダメージはない。そして何より――攻撃は凌いだ。

 

「あら」

 

 シェリーが口元を歪める。

 

「それは遊星のカードじゃない。借りたの?」

「へっ!早々やられるわけにはいかねえからな!1枚もらったんだ!」

 

 その言葉には、まだ諦めるつもりなどないという強い意志が込められていた。

 遊星から託されたカード。今は、それだけでも十分だった。

 

「なるほど。遊星の仲間らしい選択だね」

 

 だが――。

 アリアの笑みは消えなかった。

 

「だが、それで安心しちゃいけないよ」

「なに……?」

「バトルが終了し、メインフェイズ2。私はモンスターをセットする」

 

 カードが一枚、フィールドへ伏せられた。

 クロウが眉をひそめる。

 

「セット……?」

「そう。セットであれば、《魂縛門》は適用されない」

「……!」

 

 クロウとアキの表情が強張る。

 《魂縛門》は表側表示で召喚・特殊召喚されたモンスターを破壊する。

 ならば、最初から裏側守備表示で伏せてしまえば、その効果をすり抜けることが出来る。

 そして――アリアには、まだもう一つ手段が残されている。

 

「そして、エンドフェイズ!セットモンスターと、《THE WORLD》自身を墓地に送り――効果発動!」

「なっ……!」

 

 クロウの顔から血の気が引く。

 

「またかよ!」

 

 黒鉄の機械天使が、ゆっくりとその身体を光へと変えていく。

 せっかく復活した《THE WORLD》自身を墓地へ送る。その代償によって得られるものは――。

 

「クロウ、君のターンを――」

 

 空間そのものが歪み始めた。床も、壁も、光さえも。

 まるで世界そのものが巨大な時計の針に巻き取られていくように、視界がねじれていく。

 

「――再びスキップする!」

「くそおおおッ!」

 

 クロウが叫ぶ。

 だが、その声すらも歪んだ空間の中へと吸い込まれていった。

 時が飛ぶ。一瞬だった。

 しかし、その一瞬の中で――本来ならば存在するはずだった時間だけが、丸ごと切り取られた。

 

「私のターンね」

 

 シェリーが静かにカードを引いた。

 その動作には焦りも、迷いもない。

 二度目の時間跳躍によって、クロウに与えられるはずだったターンは再び消失した。

 本来ならば反撃のために与えられるはずだった一巡を、アリアの《THE WORLD》は奪い去ったのだ。だが、その《THE WORLD》もすでに墓地へ送られている。

 アリアのフィールドに残っているカードはない。手札も尽きている。

 一見すれば、こちらにもようやく反撃の機会が巡ってきたように見えた。

 しかし――そうはならない。フィールドには、異形の門がある。

 巨大な骨の怪物と一体化した《魂縛門》。

 その門は、ただ存在しているだけで四人のデュエルそのものを縛り付けていた。

 召喚、反転召喚、特殊召喚。

 攻撃力4000未満のモンスターを呼び出せば、破壊される。

 そして、すべてのプレイヤーが800ポイントのダメージを受ける。

 モンスターを出すだけで、敵味方の区別なく命を削られる。

 それこそが、この門の恐ろしさだった。

 

「ふふ、この《魂縛門》からは誰も逃れられない!私はデッキの一番上のカードを墓地へ送り、墓地の《グローアップ・バルブ》の効果発動!」

 

 シェリーの墓地から、小さな生命の気配が生まれる。

 

「このカードを特殊召喚する!」

 

 次の瞬間。

 床を突き破るようにして、小さな球根が姿を現した。

 ほんのわずかな生命。

 けれど、それは確かにモンスターとしてフィールドに現れようとしていた。

 

《グローアップ・バルブ》ATK100

 

「……!」

 

 アキが息を呑む。その瞬間だった。《魂縛門》が反応した。

 門の周囲に青白い光が走る。

 次いで、幾本もの蒼い稲妻が一斉に放たれた。

 

「なっ――!」

 

 稲妻は《グローアップ・バルブ》へと殺到する。

 逃げる暇すらない。

 小さな球根の身体を雷光が貫き、その姿が一瞬で焼き尽くされた。

 

「《魂縛門》の効果!コントローラーである私のライフポイント以下の攻撃力を持つモンスターが特殊召喚された時、そのモンスターを破壊する!」

 

 そして――。

 門から放たれた雷は、それだけでは終わらなかった。

 

「さらに、その効果によって全てのプレイヤーは800ポイントのダメージを受ける!」

「ちっ!」

 

 次の瞬間、フィールド全体が蒼白い閃光に包まれた。

 

「ああぁあ!」

「くううううッ!」

「ぐあああッ!」

「きゃああッ!」

 

 四人の身体を同時に衝撃が貫く。

 まるでデュエルのルールそのものが牙を剥いたかのようだった。

 クロウは両腕を交差させ、必死に衝撃を受け止める。

 アキもまた歯を食いしばり、吹き飛ばされそうになる身体を踏みとどまった。

 だが、それでもダメージは確実に蓄積されていく。

 デュエルディスクの表示が一斉に数字を変えた。

 

アリア:LP3000→2200

クロウ:LP4000→3200

シェリー:LP4000→3200

アキ:LP4000→3200

 

「この痛みは……これも《Z-ONE》の効果だってのか!」

 

 クロウが胸元を押さえる。デュエルによって受けるはずのダメージが、今や明確な痛みとなって肉体を襲っている。

 

「実際のダメージで自分の身を削ってまで、私達を倒そうだなんて……」

 

 アキは苦痛に顔を歪めながらも、シェリーを睨みつける。

 しかし、シェリーは動じない。

 

「そう。いくら足掻こうと、この地獄の門を抜けることは出来ない」

「ふふ、門の先には絶望が待っているかもしれないけどね。構わず続けてくれ、シェリー」

 

 アリアが愉しげに笑った。

 その声音には、これから始まるものを待ち望むような響きすらあった。

 

「ええ、私は《黒き森のウィッチ》を召喚!」

 

 紫色の髪を持ち、固く瞳を閉じた魔女がフィールドに姿を現す。

 

《黒き森のウィッチ》ATK1100

 

 だが、その召喚を待っていたかのように、《魂縛門》が反応した。

 

「《魂縛門》の効果により、《黒き森のウィッチ》を破壊し、全プレイヤーに800ポイントのダメージを与える!」

 

 門から蒼い稲妻が迸った。

 魔女の身体を雷光が貫き、一瞬でその姿を焼き尽くす。

 そして、行き場を失った稲妻はフィールド全体へと拡散した。

 

「ああッ!」

「ぐああッ!」

「くううッ!」

「きゃあッ!」

 

 再び、四人の悲鳴が響き渡る。

 衝撃に身体を揺さぶられながらも、シェリーとアリアだけは笑みを崩さなかった。

 ライフポイントが、また一斉に減少する。

 

アリア:LP2200→1400

クロウ:LP3200→2400

シェリー:LP3200→2400

アキ:LP3200→2400

 

「はぁ……っ、はぁ……!」

 

 クロウが荒い息を吐く。また800。

 たった一体のモンスターを召喚しただけで、四人全員のライフが削られた。

 だが、シェリーはそんなことなど意に介さず、墓地へ送られたカードへと視線を向ける。

 

「墓地に送られた《黒き森のウィッチ》の効果で、デッキから守備力1500以下のモンスターを手札に加える。私が加えるのは《エフェクト・ヴェーラー》」

 

カードを手札へ収めると、シェリーは再び《魂縛門》を見上げた。

 

「ふふ、これで《魂縛門》で破壊される攻撃力のラインは2400未満となった」

「……!」

 

 アキの表情が強張る。

 シェリー自身のライフポイントは、すでに2400。

つまり、《魂縛門》は今や攻撃力2400未満のモンスターを召喚すれば、確実に破壊できる。

 モンスターを出せば破壊される。そして、そのたびに全員のライフが削られる。逃げ場のない消耗戦。そう思われた――その時。

 

「私も《死者蘇生》を発動!《フルール・ド・バロネス》を復活させる!」

 

 墓地から白い光が噴き上がる。

 その光の中から、一頭の白馬が躍り出た。

 高らかに蹄を鳴らし、その背に跨がるのは、白百合の意匠を纏った女男爵。

 先ほど《ブラック・ローズ・ドラゴン》によって破壊されたはずのシェリーの切り札が、再びフィールドへ舞い戻った。

 そして、その姿を確認した瞬間――アキの目が見開かれる。

 

《フルール・ド・バロネス》ATK3000

 

「まずい……!そのカードは《魂縛門》で破壊されない!」

 

 アキの声が震えた。

 

 攻撃力3000。

 シェリーの現在のライフポイントは2400。

 《魂縛門》が破壊できるのは、あくまで2400未満のモンスター。

 つまり、この女男爵だけは――この地獄の門の拘束から逃れている。

 

「……ふふ。ようやく気づいたようね」

 

 白馬が一歩、前へ踏み出した。

 蹄の音が、重苦しい空間に響き渡る。

 

「《魂縛門》は私達だけを守るための門ではない。私達が、この門を支配するための力なのよ」

 

 クロウは歯を食いしばった。

 《魂縛門》にすら阻まれない攻撃力3000のモンスターを立たせた。

 戦況は――再び、敵の側へと傾き始めていた。

 アキは自分のフィールドに伏せられたカードを見つめた。

 対抗する手段は、まだ残されている。

 だが、それを使うための状況そのものが、敵によって少しずつ削り取られていた。

 

「《フルール・ド・バロネス》の効果! 十六夜アキのセットカード一枚を破壊する! 『フルール・ド・セレナード』!」

 

 シェリーが指を掲げる。

 白馬に跨った女男爵が優雅に剣を振るった。

 刃の軌跡から放たれた衝撃波が空間を切り裂き、アキの伏せカードへと一直線に突き進む。

 

「――っ!」

 

 次の瞬間、セットされていたカードが砕け散った。

 だが。その破壊されたカードの残骸を中心に、突然、風が巻き起こる。

 最初は微かな風だった。それが瞬く間に渦を巻き、床に散らばったカードの欠片を巻き上げながら、巨大な竜巻へと姿を変えていく。

 

「なっ……このエフェクトは……」

「《荒野の大竜巻》の効果!セットされたこのカードが破壊され墓地へ送られた時、フィールドの表側表示のカード一枚を対象にして、破壊する! 私が対象にするのは――当然、《フルール・ド・バロネス》よ!」

 

 荒れ狂う風が女男爵へと牙を剥く。

 もし直撃すれば、《バロネス》を破壊できる。

 アキは拳を握った。 ――これで、ようやく一枚。

 《魂縛門》に続いて戦場を支配している、もう一つの脅威を取り除ける。

 そう思った、その瞬間だった。

 

「やらせないわ!手札から《禁じられた聖槍》を《フルール・ド・バロネス》を対象に発動!」

「なんですってっ……!」

「対象モンスターはエンドフェイズまで攻撃力が800ポイント下がる。けれど、このターン、このカード以外の魔法・罠の効果を受けない!」

 

《フルール・ド・バロネス》ATK3000→2200

 

 白馬が嘶く。

 その背に乗る女男爵が聖槍を構えると、迫り来る大竜巻へ向けて一気に突き出した。

 ――ズガァンッ!!

 荒れ狂っていた風が、まるで巨大な布を裂くように真っ二つに断ち切られる。

 竜巻は力を失い、空中で霧散していった。

 

「くっ……」

 

 アキは唇を噛む。

 《フルール・ド・バロネス》の無効効果を使わせるどころか、それ以外の対処手段まで残していた。

 

「《バロネス》の無効効果以外にも対処策があったのね……」

「使わせることが出来なくて残念だったわね?バトル!《フルール・ド・バロネス》でクロウにダイレクトアタック!」

 

 白馬が地面を蹴った。

 

「『フルール・ド・ラプソディ』ッ!」

 

 蹄が床を叩くたび、甲高い音が空間に反響する。

 一直線。クロウへ向かって、女男爵が突撃する。

 

「くっ……!」

 

 クロウは咄嗟に身構えた。

 次の瞬間、白馬の突進が彼の身体を真正面から捉えた。

 

「ぐあああああッ!」

 

 衝撃に吹き飛ばされ、クロウの身体が何度も床を転がる。

 

クロウLP:2400→200

 

「クロウ!」

 

 アキが駆け寄ろうとする。

 だが、クロウは片膝をつきながらも、自分の腕を支えにして立ち上がった。

 

「へっ……まだ、倒れてねえぞ……!」

 

 呼吸は荒い。

 身体中が痛みに軋んでいる。

 それでも、目だけは死んでいなかった。

 

「ふふ……」

 

 アリアがその姿を見て微笑む。

 

「これでクロウ君は《魂縛門》の効果の致死圏内に入った。ピンチだね?」

 

 クロウのLPは、僅か200。

 今の《魂縛門》が破壊する攻撃力の下限は2400。

 つまり――クロウの前で、攻撃力2400未満のモンスターが召喚されれば。

 それだけで終わる。

 

「へっ……まだ諦めてたまるかよ!」

 

 クロウは拳を握った。

 膝が震える。

 それでも、決して倒れようとはしなかった。

 

「相変わらず口が減らないわね」

 

 シェリーは冷淡に告げる。

 

「カードを一枚伏せ、ターンエンド」

「私のターン!」

 

 アキがカードを引く。

 しかし、そのカードを確認した瞬間、彼女の表情は晴れなかった。

 アキは改めてフィールドを見渡す。シェリーの《魂縛門》。そして《フルール・ド・バロネス》。

 クロウのLPは200。

 今の自分達の対抗策は、あまりにも少ない。

 

(《魂縛門》のラインは、まだ2400もある……)

 

 アキの脳裏に、先ほどの光景が蘇る。

 《グローアップ・バルブ》が召喚された瞬間。

 門から放たれた青い稲妻。そして、全員を襲った800ポイントのダメージ。

 

(下手にモンスターを出せば、その瞬間にクロウが敗北してしまう……)

 

 何かをしなければならない。

 けれど、何かをすることそのものが、クロウの命を奪う可能性がある。

 

(……まだ耐えるしかない)

 

 アキは歯を食いしばった。

 

(けど……次のターン、アリアが攻撃力2400未満のモンスターを出せば同じこと。クロウのライフはゼロになる……)

 

 《魂縛門》がある限り、敵にはいくらでもクロウを殺せるチャンスがある。

 それなのに、こちらからは不用意に動くことすらできない。

 まるで、首に刃を突きつけられたまま、動くことを強要されているようだった。

 

(相手の引きに……祈るしかないの?)

 

 アキの額に、冷たい汗が伝う。

 

「……カードを一枚伏せて、ターンエンド」

 

 宣言と共に、アキのターンが終わる。

 カードを伏せる手が、僅かに震えていた。

 焦りの色が、確実に濃くなっていく。

 

「さあ、この引きでクロウ君の運命が決まる!私のターン!ドロー!」

 

 アリアがカードを引き抜いた。

 クロウは息を止めた。

 もし、あの手札から攻撃力2400未満のモンスターが出れば終わる。

 ごくり、と喉が鳴った。

 

「モンスターカードは引けなかったよ」

「……!」

 

 その一言に、クロウの肩から僅かに力が抜ける。

 アキもまた、気付かぬうちに詰めていた息を吐いた。

 ――助かった。ほんの一瞬だけ、そう思った。

 だが。

 

「けれど、まだ焦ってもらおうか」

 

 アリアの声に、再び緊張が走る。

 彼女は墓地へ視線を落とし、そこに眠るカードを一枚ずつ確認する。

 

「墓地の《アルカナフォースXV-THE DEVIL》、《創造の代行者 ヴィーナス》、《神聖なる球体》3体の計5体を対象に《貪欲な壺》発動!対象モンスターをデッキに戻し、カードを2枚ドローする!」

「……!」

 

 アキとクロウが同時に息を呑む。

 墓地から五枚ものカードが消え、デッキへと戻っていく。

 そして――二枚。

 アリアの手に、新たなカードが加わった。二枚のドロー。

 たったそれだけの行為が、今のクロウにとっては死刑宣告にも等しかった。

 次の一枚がモンスターであれば、それだけで、この状況が終わる可能性がある。

 アリアは引いたカードを確認すると――小さく息を吐いた。

 

「……まったく、運のいいことだ。私はカードを2枚伏せ、ターンエンド」

 

 新たな伏せカードが二枚。

 それを見届けた瞬間、張り詰めていた空気がほんの僅かに緩んだ。

 クロウは胸元に手を当てる。まだ、生きている。まだ、自分のターンは残っている。まだ――戦える。

 

「へへっ……運命はまだ決まっちゃいないってことだ!」

 

 ここまで何度も追い詰められてきた。

 ターンを奪われ、ライフを削られ、あと一撃で倒されるところまで追い込まれた。

 それでも、クロウは立っている。

 そして今度こそ、自分のターンが回ってきた。

 

「やっとオレのターン!ドロー!」

 

 一枚のカードが、デッキから引き抜かれる。

 

アリア

LP:1400

Hand:0

Monster:

FieldMagic:

Magic&Trap:Set2

 

シェリー

LP:2400

Hand:1(《エフェクト・ヴェーラー》)

Monster:《フルール・ド・バロネス》

FieldMagic:《魂縛門》(《Z-ONE》)

Magic&Trap:Set1

 

クロウ

LP:4000

Hand:5

Monster:

FieldMagic:

Magic&Trap:

 

アキ

LP:2400

Hand:0

Monster:

FieldMagic:

Magic&Trap:Set4

 

(といってもな……)

 

 クロウは自分の手札とフィールドを見比べる。

 《魂縛門》がある限り、攻撃力2400未満のモンスターを召喚すれば、その瞬間に破壊される。【BF】が得意とするモンスターの展開など、今の自分にはできない。

 ならば――。

 クロウの視線が、シェリーのフィールドへ向けられる。

 《フルール・ド・バロネス》。攻撃力3000を誇り、カード効果を無効にする力まで持つ厄介な存在。だが、その強力な効果にも制限はある。そして何より――。

 

(こいつは、相手のカードを破壊するために動いてくる)

 

 そこに、僅かな勝機がある。

 

「カードを3枚伏せ、ターンエンド!」

 

 クロウは何食わぬ顔でターンを終えた。

 だが、その瞳だけは鋭い。

 シェリーのフィールドには《フルール・ド・バロネス》。そして《魂縛門》。

 その二枚が存在する限り、こちらから正面突破することは難しい。

 だからこそ、賭けに出た。

 

「ふふ、どう足掻いても無駄よ! 私のターン!」

 

 優勢を確信したシェリーがカードを引く。

 クロウのライフは僅か200。

 アキのライフも2400まで削られている。

 対する自分たちは、《魂縛門》という強固な壁を維持している。

 あと少し。そう思わせるだけの戦況だった。

 

「《フルール・ド・バロネス》の効果発動!クロウのセットカードを破壊する!」

 

 《バロネス》が白馬を走らせ、剣を振り抜く。

 衝撃波が一直線に飛び、クロウの伏せカードへと迫った。

 

「へへっ……」

 

 その瞬間。

 クロウが笑った。

 

「この時を待ってたぜ!罠発動!《仕込み爆弾》!」

「……!」

 

 シェリーの表情が僅かに変わる。

 

「相手フィールドのカードの数1枚につき、300ポイントのダメージを与える!お前の場には《フルール・ド・バロネス》と《魂縛門》とセットカード1枚!」

 

 クロウが指を突きつける。

 

「900ダメージを喰らいやがれ!」

 

 仕掛けられていた爆弾が一斉に起爆する。

 凄まじい爆発がシェリーを包み込み、炎と煙がフィールドを覆い尽くした。

 

「ぐっ……!無効にはしない!」

 

シェリー:LP2400→1500

 

「また外れをひいた……!?」

 

 アリアが驚きの声を上げる。

 

「それだけじゃないぜ!《仕込み爆弾》の効果!このカードは破壊された時、相手に1000ポイントのダメージを与える!」

 

 クロウが狙っていたのは、最初からこちらだった。

 《フルール・ド・バロネス》に《仕込み爆弾》を破壊させる。

 その瞬間に発生する、追加の1000ダメージ。

 もし通れば、シェリーのライフは1500から500へ。

 そして何より――《魂縛門》の破壊ラインをさらに下げることができる。

 

「そんなことはさせない!」

 

 シェリーが即座に反応する。

 

「《フルール・ド・バロネス》の効果! カードの効果が発動した時、それを無効にする!」

 

 女男爵が剣を高々と掲げる。

 

「『フルール・ド・ノクトュルヌ』!」

 

 剣先から放たれた光が、爆発の中へと突き刺さった。

 次の瞬間。木っ端微塵になった《仕込み爆弾》から生じた誘爆が、光の壁に遮られる。

 轟音が一度だけ響き――そのまま消えた。

 

「これは防がれたか……!けど、ライフは削らせてもらったぜ!」

 

 シェリーのライフは1500。

 その数字が持つ意味を、アキも理解していた。

 

「……そうか、《魂縛門》のラインが……」

 

 1500。

 先ほどまで2400だった境界が、確実に下がっている。

 攻撃力2400未満だった致死圏は、今や1500未満。

 僅かな差。だが、追い詰められているクロウたちにとって、その差は決して小さくない。

 シェリーはデュエルディスクに表示された1500という数字を見つめた。

 これまで崩れることのなかった表情に、初めて焦りが滲んでいる。

 

「……けど、十六夜アキの場にはモンスターがいない!」

 

 シェリーが《フルール・ド・バロネス》へ手を向ける。

 

「バトル!ダイレクトアタック!」

 

 白馬が嘶く。

 女男爵が剣を構え、そのままアキへ向かって一気に駆け出した。

 鋭い蹄音が響く。迫り来る白馬と、その背に跨る女男爵。

 アキは動かない。否――動く必要がなかった。

 

「罠発動!《和睦の使者》!このターン、私が受ける戦闘ダメージを0にする!」

 

 瞬間、アキと《フルール・ド・バロネス》の間に淡い光の壁が生まれた。

 女男爵の剣が振り下ろされる。だが、その一撃は光の壁に阻まれ、アキへ届くことはない。白馬の突進が止まる。

 

「くっ……」

 

 シェリーが歯噛みした。またしても、あと一歩が届かない。

 

「カードを1枚伏せてターンエンドよ」

 

 シェリーが新たなカードを伏せる。《フルール・ド・バロネス》は健在。

 《魂縛門》も健在。それでも――シェリーの余裕は、少しずつ失われつつあった。

 

「私のターン!」

 

 アキがカードを引く。その瞳には、もう迷いはない。

 これまで何度も追い詰められてきた。それでも、クロウは諦めなかった。

 ならば、自分もまた同じだ。ここで止まるわけにはいかない。

 

「リバースカードオープン!《戦線復帰》!墓地から《ロクスローズ・ドラゴン》を特殊召喚する!」

 

 咲き誇るイザヨイバラを思わせる花弁を身体に纏った小竜が、鋭い鳴き声と共に舞い戻った。

 

《ロクスローズ・ドラゴン》ATK1600

 

「攻撃力は1600。《魂縛門》の効果は発動しない!」

 

 攻撃力1500未満。その境界を、僅かに超えた。

 だからこそ、この竜は門に阻まれない。

 

「そして特殊召喚成功時、効果発動! デッキから《ブラック・ローズ・ドラゴン》の名が記されたカード1枚を手札に加える!」

「手札の《エフェクト・ヴェーラー》を墓地に送り、効果発動!《ロクスローズ・ドラゴン》の効果を無効にする!」

 

 中性的な少年の姿から放たれた白い光が、薔薇を纏った小竜を包み込む。

 《ロクスローズ・ドラゴン》の身体から放たれていた力が消えていく。

 

「……っ」

 

 アキは僅かに目を細める。だが、その程度で止まるつもりはなかった。

 

「まだよ!墓地の《ガーデン・ローズ・メイデン》を除外して効果発動!《ブラック・ローズ・ドラゴン》を復活させる!」

 

 黒薔薇の竜が再び姿を現し、天を仰いで嘶いた。

 同時に。アキの腕に刻まれたシグナーの痣が、強烈な輝きを放つ。

 

「レベル7の《ブラック・ローズ・ドラゴン》に――レベル3の《ロクスローズ・ドラゴン》をチューニング!」

 

 《ロクスローズ・ドラゴン》が光へと変わる。

 その身に咲かせた無数の薔薇が、一輪、また一輪と宙へ舞い上がっていく。

 薔薇の花弁が巨大な輪を描く。七つの星を宿した黒薔薇の竜を、その輪が包み込んだ。

 そして――黒薔薇の竜の身体が、光の中へ沈んでいく。

 代わりに現れたのは、一つの巨大な蕾。

 それは決闘場そのものを覆い尽くすほどに巨大だった。

 幾重にも重なった花弁が閉じ、その内側に新たな生命の気配が膨れ上がっていく。

 シェリー、アリアが息を呑む。

 

「……なんなの、あの薔薇は……!」

 

 アキは静かに目を閉じた。

 自分が歩いてきた道。憎しみに囚われていた過去。

 そこから救い出してくれた仲間たち。そして、今この瞬間も共に戦っているクロウ。

 そのすべてを胸に刻み、アキは目を開く。

 

「激情の炎が世界の全てを包み込む。気高き思いの華よ、示して!」

 

 次の瞬間。――蕾が、爆発するように開花した。

 

「シンクロ召喚!咲き誇れ――《ブラッド・ローズ・ドラゴン》ッ!!」

 

 轟音。

 花弁の嵐を突き破り、一体の竜が天へと舞い上がった。

 美麗な翼を広げる。その身体を覆うのは、鮮血を思わせる緋色の鱗。

 そして、その身から噴き出すように咲き乱れる無数の薔薇。

 《ブラック・ローズ・ドラゴン》が持っていた洗練された美しさとは異なる。

 もっと荒々しく。もっと本能的で。もっと生命そのものを感じさせる姿。

 それは、破壊の力を恐れていた少女が、その力すらも自らの一部として受け入れた証だった。

 《ブラッド・ローズ・ドラゴン》が天へ向かって咆哮する。

 その咆哮は、アーククレイドルの内部を震わせ、遊星ギアの駆動音すら一瞬だけ掻き消した。

 

《ブラッド・ローズ・ドラゴン》ATK3200

 

「シンクロ召喚に成功した《ブラッド・ローズ・ドラゴン》の効果を発動!お互いの墓地のカードを全て除外する!」

「なに……!?」

 

 アリアの表情が変わる。

 

「そして、《ブラック・ローズ・ドラゴン》がシンクロ素材となったことで――このカードを除く、お互いのフィールドのカードを全て破壊する!」

 

 《ブラッド・ローズ・ドラゴン》の周囲に、緋色の炎が渦巻く。その瞬間――。

 

「そんなこと、させはしない!」

 

 シェリーが即座にカードを発動する。

 

「罠カード《無限泡影》を発動!《ブラッド・ローズ・ドラゴン》の効果は無効化される!」

 

 罠から放たれた無数の電子光が、緋色の竜へと絡みつく。進化した薔薇の竜が身を震わせる。その巨体を駆け巡る電子の奔流が、今まさに放たれようとしていた力を押さえ込んでいく。咆哮が途切れた。

 

「けれど、攻撃まで止められたわけじゃない!いけ、《ブラッド・ローズ・ドラゴン》!《フルール・ド・バロネス》を攻撃!『ブラッド・ローズ・フレア』!」

 

 緋色の竜が咆哮した。次の瞬間、その身体から無数の薔薇が噴き出した。

 それは花弁ではない。灼熱の炎を纏った、巨大な薔薇の奔流。

 赤と黒が入り混じった破壊の嵐が一直線に《フルール・ド・バロネス》へと迫っていく。

 

「まだよ!墓地の《花騎士団の白馬》の効果発動!私のセットカードを対象とし、相手の攻撃を無効に――!」

「させねえよ!カウンター罠《透破抜き》を発動!モンスター効果が墓地で発動した時、その効果を無効にし、そのモンスターを除外する!」

 

 カードから放たれた衝撃波が、シェリーの墓地へと突き抜ける。

 そこに眠っていた《花騎士団の白馬》の姿が一瞬だけ浮かび上がった。

 

「そんな……!」

 

 シェリーの瞳が見開かれる。

 次の瞬間、白馬の姿は無数の粒子へと分解され、異次元へと吸い込まれていった。

 

「これで、攻撃を止める手段はねえ!」

「くっ……」

 

 シェリーが歯を食いしばる。

 だが、もう遅い。

 《ブラッド・ローズ・ドラゴン》の咆哮とともに、緋色の奔流が《フルール・ド・バロネス》へと直撃した。

 無数の薔薇がその身体を覆い尽くし、白百合の装甲を砕き、白馬の姿を炎の中へと飲み込んでいく。

 

「うああああああああッ!」

 

シェリー:LP1500→1300

 

「こんな……」

 

 シェリーの唇が震える。

 先ほどまで絶対的な守護者として立ちはだかっていた《フルール・ド・バロネス》が、ついにフィールドから消えた。《魂縛門》こそ残っている。

 しかし、それだけだ。

 自分たちの切り札を一つずつ崩され、戦況は明らかに動き始めていた。

 

「ターンエンドよ」

「こんなことが……」

 

 俯きかけたシェリーを、アリアの声が支える。

 

「諦めてはいけないよ、シェリー!」

 

 その声には、これまで以上の強い意志が込められていた。

 

「私達は何のためにここまで来た?何のために、Z-ONEと契約をした?」

「アリア……」

「絆を紡ぎあったあの夜、私達は誓い合ったじゃないか。必ず過去を変えると!」

 

 その言葉が、シェリーの胸へと突き刺さった。

 脳裏を過ぎる失われた家族。取り戻したい過去。

 決して埋まることのなかった空白。

 それら全てを取り戻すために、二人はここにいる。

 だからこそ――ここで退くことなど、できるはずがなかった。

 

「……ええ」

 

 シェリーがゆっくりと顔を上げる。その瞳から、迷いが消えていく。

 

「そうね、アリア」

 

 握り締めた拳に、力がこもる。

 

「私はまだ諦めない!」

 

 それは追い詰められた者の声ではなかった。

 絶望の淵に立たされながら、それでも自分の願いだけは手放さない者の声。

シェリーの瞳には、底知れぬ気迫が宿っていた。

 

「くそ、なんでわかんねえんだ! 過去を変えるために多くの犠牲を出して、それでいいってのか!」

「クロウ君、きみだってチャンスがあれば、過去を変えたいと思うはずだよ?」

 

 アリアが静かに問いかける。

 

「オレがそんなこと―――」

「じゃあ、見せてあげるわ。Z-ONEの力を!」

 

 瞬間、まばゆい光が視界を覆い尽くした。

 

「なっ……!?」

 

 クロウとアキが思わず目を細める。ほんの一瞬。

 その光が晴れた時――そこに広がっていた光景は、先ほどまでの殺伐とした決闘場とはあまりにもかけ離れていた。

 穏やかな日差しが降り注ぐ公園。

 そこでは、何人もの子供たちが笑い声を上げながら駆け回っている。

 

「なに……?」

「なんだ、ここは……?」

 

 戸惑うクロウとアキの耳に、明るい声が届いた。

 

「おーい!」

 

 公園の向こうから、父親と母親が子供たちを呼んでいる。

 

「パパー!」「ママー!」

 

 子供たちは嬉しそうに駆け寄り、その胸へ飛び込んでいく。

 抱き上げられ、頭を撫でられる子供たち。

 そこにあるのは、どこにでもあるような、ごく当たり前の家族の光景だった。

 

「これが、Z-ONEの力で変わる世界」

 

 シェリーの声が響く。

 

「おまえの深層心理に眠る願望よ」

「オレの……深層心理だって……?」

 

 クロウは、目の前の光景から視線を逸らせなかった。

 

「クロウ、お前が心の奥底で願うのは、ゼロ・リバースが起こらなかった世界。お前の周りにいる孤児達が、本当の家族と幸せに暮らすことのできる世界よ」

「……」

 

 クロウの表情から、言葉が消える。

 視線の先では、子供たちが両親に囲まれ、幸せそうに笑っていた。

 

「あの子達が……本当の家族と?」

「そう」

 

 アリアが答える。

 

「きみが望めば、あの子達の両親を取り戻すことが出来る」

「……条件があるんだろ?」

 

 クロウが低く呟く。

 

「賢いわね。このデュエルをサレンダーして、私達に協力なさい」

「そうすればZ-ONEは、この世界を現実のものにするだろうさ」

 

 アリアの声が重なる。

 

「あいつらが……家族と……」

 

 クロウは、目の前の光景を見つめたまま呟いた。

 その声には、いつもの強気な響きはなかった。

 やがて、光景が揺らぐ。公園も、子供たちも、そして幸せそうな家族の姿も、すべてが白い光の中へと溶けていく。

 そして――再び、決闘の場へと意識が引き戻された。

 

「……」

 

 クロウは何も言わなかった。

 先ほどまで目の前にあった光景が、まだ脳裏に焼き付いている。

 笑顔で両親に抱きつく子供たち。その隣で、幸せそうに微笑む父親と母親。

 もし、あの光景が現実になるのなら。もし、本当にあの子供たちを救えるのなら――。

 

「クロウ!」

 

 アキの声が響く。

 

「シェリーとアリアの言葉に惑わされないで!私達はネオドミノシティを救うため、そして遊星達を死なせないために来たんでしょう!」

「アキ……」

「私だって、出来ることならあの子達を救いたい!でも、私達が諦めれば街は滅び、大勢の人が犠牲になる!」

 

 その言葉に、クロウの拳が強く握り締められた。

 

「あの子達が、それと引き換えに両親を取り戻すことを本気で望むと思うの?」

「……」

 

 クロウは答えられなかった。けれど、先ほどまで揺らいでいた瞳には、少しずつ光が戻り始めていた。

 アリアとシェリーのフィールドは、確かに追い詰められている。

 《魂縛門》によって召喚そのものを制限されているとはいえ、クロウのライフは僅か200。

 一方、アキのフィールドには《ブラッド・ローズ・ドラゴン》が健在している。

 数字だけを見れば、戦況は明らかにこちらへ傾いていた。

 ――だが。

 

「ふふ……今は確かに、私達が劣勢だね」

 

 アリアの笑みには、追い詰められた者の焦りがまるでない。

 

「サレンダーしろと言っても、受け入れられないのも当然だ。しかし――ここからが本番なんだよ!私のターン! ドロー!」

 

 決闘場に、カードを引く音が鋭く響き渡った。

 

アリア

LP:1400

Hand:1

Monster:

FieldMagic:

Magic&Trap:Set2

 

シェリー

LP:1300

Hand:0

Monster:

FieldMagic:《魂縛門》(《Z-ONE》)

Magic&Trap:

 

クロウ

LP:200

Hand:2

Monster:

FieldMagic:

Magic&Trap:Set1

 

アキ

LP:2400

Hand:0

Monster:《ブラッド・ローズ・ドラゴン》

FieldMagic:

Magic&Trap:Set2

 

「まずは……手札から《皆既日食の書》を発動! フィールドに存在するモンスターを全て裏側守備表示にする!」

 

 アリアがカードを掲げる。

 その瞬間、決闘場を覆うように暗い光が広がった。

 夜の帳が下りるかのように光が陰り、《ブラッド・ローズ・ドラゴン》の巨体を包み込んでいく。

 

「何を狙っているの……?」

「私にもあるのだよ。Z-ONEから授かった力が!」

 

 アリアの声には、これまで以上の自信が満ちていた。

 

「ライフを半分払い、リバースカード、オープン!《幻魔の扉》を発動!」

 

 アリア:LP1400→700

 

 ライフを大きく削った代償として現れたのは、巨大で禍々しい一枚の扉。

 まるで異界そのものへと繋がっているかのようなその扉が、決闘場の上空に浮かび上がる。

 

「このカードは――相手フィールドのモンスター全てを、破壊する!」

「なっ……!」

 

 扉が大きく開く。

 そこから伸びた闇が、裏側守備表示となった《ブラッド・ローズ・ドラゴン》を呑み込んだ。緋色の巨体が抵抗する間もない。

 竜は闇の奥へと引きずり込まれ――そのまま、無数の破片となって砕け散った。

 

「アキの切り札が……!」

「そして、破壊に成功した時――相手の墓地からモンスター1体を復活させる!私の元へ来い!《ブラッド・ローズ・ドラゴン》!」

 

 闇の扉から、無数の薔薇の花弁が噴き出した。その中心から、緋色の竜が再び姿を現す。

 だが、その竜が立つ場所は――アキの隣ではない。アリアのフィールドだった。

 《ブラッド・ローズ・ドラゴン》が咆哮する。

 アキと共に戦った竜が、今はその牙をかつての仲間へと向けている。

 

「そんな……!」

「バトル!《ブラッド・ローズ・ドラゴン》でクロウを攻撃!『ブラッド・ローズ・フレア』!」

 

 緋色の竜が咆哮した。

 次の瞬間、その身から放たれた無数の薔薇が炎のような奔流となって押し寄せる。

 

「これで、まずは一人……」

「何、勘違いしてやがる!」

 

 薔薇の奔流の向こうから、クロウの声が響いた。

 

「オレはまだ生きてるぜ!」

「な、なぜ……」

 

 アリアが目を見開く。

 

「オレは《ガード・ブロック》を発動していたんだ!その効果で、戦闘ダメージを0にした! さらに――カードを1枚ドロー!」

 

 薔薇の奔流が消え去る。

 クロウはまだ立っていた。その表情に、決して折れない意志が浮かんでいる。

 ――だが。

 その胸の奥には、先ほど見せられた光景がまだ残っていた。

 幸せそうな子供たち。失われたはずの家族。

 もし、本当に取り戻せるのなら。

 そんな迷いを、クロウはまだ完全には振り切れていなかった。

 

「ふっ……だが、十六夜アキのエースカードはアリアの手中にある!」

 

 シェリーが静かに告げる。

 

「サレンダーする方が賢明だと思うよ?……ターンエンド」

 

 その言葉にクロウは黙って、アリアのフィールドに立つ《ブラッド・ローズ・ドラゴン》を見つめた。

 その姿を見ていると、先ほど見せられた光景が脳裏に蘇る。失われた家族。

 幸せそうに笑う子供たち。――そして、それを取り戻せるという甘い誘惑。

 

「……オレのターン」

 

 ドローしようと伸ばした指が、ひどく重く感じられた。

 

「聞いて、クロウ!」

 

 アキの声が響く。

 

「私は、遊星にサイコパワーの闇から救われた。彼が身の危険を顧みず、命がけで説得してくれたことで。そして今はサイコパワーも消えて、新しい私になれた……」

 

 アキはまっすぐにクロウを見つめる。

 

「その時思ったの! 自分の可能性を信じて生きていけば、必ず未来は変えることが出来るって!」

「未来は……変えられる……」

「そうよ。あの子達だって、未来を信じて今を懸命に生きてるわ! 決して不幸なんかじゃない!クロウ、あなたもそうだったんでしょう!」

「……!」

 

 その言葉に、クロウの脳裏に過去の光景が浮かんだ。

 荒廃した街。身を寄せ合って生きていた子供たち。

 そして――遊星やジャック、仲間たちと出会い、共に未来を歩んできた日々。

 

(そうだ……あいつらは、昔のオレと同じだ……)

 

 失ったものを抱えながら、それでも今を生きている。

 過去を取り戻すのではなく、仲間と共に未来を掴もうとしている。

 

「……悪いな、みんな」

 

 クロウの拳が、強く握り締められる。

 

「あやうく、間違えるところだったぜ」

 

 そして、クロウはアリアとシェリーへ向き直った。

 その瞳に、もう迷いはなかった。

 

「おまえは……過去を変えるチャンスを自ら捨てる気なのか?クロウ!」

 

 シェリーが叫ぶ。

 

「オレは、あいつらの未来を信じる!この街の未来も、遊星も!」

 

 迷いを振り切るように、カードを力強く引き抜く。

 

「――ドロー!」

 

 その瞬間。

 まるでクロウの決意に応えるかのように、引き抜かれたカードが光を放った。

 デッキは――彼の意志に、応えてくれた。

 

「よし!《闇の誘惑》を発動! カードを2枚ドローし、闇属性モンスターである《BF-刻夜のゾンダ》をゲームから除外する!」

 

 迷いを振り切ったクロウの声が、決闘場に響き渡る。

 

「そして、手札を1枚捨て、装備魔法《D・D・R》を発動!除外されている《刻夜のゾンダ》を帰還させる!」

 

 次元を引き裂くように空間が歪む。

 その裂け目から、夕暮れ色の羽を纏った鳥獣の剣士が勢いよく飛翔した。

 

《BF-刻夜のゾンダ》ATK2300

 

「そして、チューナーモンスター《BF-嵐砂のシャマール》を召喚!」

 

 薄紅の体毛を持つ鳥が、クロウの傍らへ舞い降りる。

 

《BF-嵐砂のシャマール》ATK1600

 

「オレはレベル6の《刻夜のゾンダ》に、レベル4の《嵐砂のシャマール》をチューニング!」

 

 二体のモンスターが光となり、空へと駆け上がる。

 六つの星と四つの星が重なり、荒々しい旋風となって決闘場を駆け巡った。

 

「黒き旋風よ!猛き嵐となって天空を突き破れ!」

 

 風が唸る。

 大気そのものが震え、巨大な旋回軌道を描きながら、二体の光が一つへと収束していく。

 

「―――シンクロ召喚!吹き荒れろ、《BF-フルアーマード・ウィング》ッ!!」

 

 轟音と共に、黒き嵐が弾け飛ぶ。その中心から、一人の戦士が降臨した。

 全身を覆う漆黒の重装甲。右手には鋭き剣。そして左腕には、銃剣を思わせる大型火器。

 拳一つで戦場を駆けたかつての姿とは、まるで別人。

 それは、黒き翼を持つ鳥獣戦士の、完全武装たる姿だった。

 

《BF-フルアーマード・ウィング》ATK3000

 

「エースモンスターの登場だね……」

 

 アリアが《BF-フルアーマード・ウィング》を見上げる。

 

「けれど、《ブラッド・ローズ・ドラゴン》の攻撃力には届かない!」

「届かなくたっていいんだよ!」

 

 クロウは不敵に笑った。

 

「墓地の《BF-南風のアウステル》を除外して効果発動!相手フィールドの表側表示モンスター全てに、楔カウンターを打ち込む!」

 

 その瞬間、床が大きく震えた。

 地面から漆黒の杭が突き出し、一直線に《ブラッド・ローズ・ドラゴン》へと飛翔する。

 黒い杭が、緋色の竜の身体へ深々と突き刺さった。

 

「《D・D・R》のコストで墓地に送ったモンスターか……!」

 

 アリアが驚愕する。

 

「けれど、それがなんになる!」

「《フルアーマード・ウィング》の効果発動!」

 

 漆黒の鳥獣戦士が翼を大きく広げる。

 

「楔カウンターが置かれているモンスター1体のコントロールを得る!」

「なんですって!」

 

 《ブラッド・ローズ・ドラゴン》を覆っていた黒い楔が、今度は光を放つ。

 その身体を縛っていた見えない力が、ゆっくりとアリアのフィールドから引き剥がされていく。

 

「オレ達の元に戻ってこい!《ブラッド・ローズ・ドラゴン》!」

 

 緋色の竜が咆哮した。

 その巨体がクロウのフィールドへと舞い戻る。

 黒き翼を纏う《BF-フルアーマード・ウィング》。

 そして、激情を宿した《ブラッド・ローズ・ドラゴン》。

 二体のエースが、今度はクロウの側に並び立つ。

 その光景を前にしても、アリアとシェリーの瞳から戦意は消えなかった。

 

「なんと……ここから逆転されるとは……だが、まだだ!」

「……そうよ!私は過去を変え、幸せな世界に戻る!お父様が残したこのカードの力で!」

 

 シェリーが叫ぶ。

 

「いい加減にしろ、シェリー!お前の親父さんは、そんなことのためにそいつを託したのか!?」

「黙れ! 私は会いたいのよ! お父様とお母さまに!」

 

 張り詰めていた感情が、一気に堰を切った。

 

「あの大きな手で抱きしめてほしい……あの優しい手で撫でてほしい! それがどうしていけないの!?」

「そうさ……そして私も、あの子と会って幸せな人生を送る!」

 

 アリアもまた、抑えていた想いを吐き出す。

 

「未知の病気なんてものに侵され、声を上げることもなく死んだなんて、認められるものか!もう一度抱きしめてあげたい!もう一度、笑ってほしい!」

 

 二人の声が、重なる。

 

「私達が家族と共に生きようとすることを、否定するな!」

「どうしてわかってくれないんだ、二人とも!」

 

 クロウが叫び返した。

 

「オレ達が今を懸命に生きるのは、たった一度しか人生がないからじゃねえか! 過去に戻ってやり直したって意味がないんだ!」

 

 握り締めた拳に、力がこもる。

 

「どんなに悲しいことがあったって、未来を信じて、今を強く生きていくしかねえんだよ!」

「黙れ……」

「二人とも、もうやめてくれ!」

「黙れ、黙れ黙れ!」

 

 シェリーとアリアの感情に呼応するように、二人の身体が淡い光に包まれる。

 《魂縛門》と一体化した骨の怪物が大きく蠢き、アリアの身体までもその腕で捕らえた。二人を縛る拘束が、さらに強くなる。

 

「……お前らを救うには、もうこれしかねえのか」

 

 クロウは静かに息を吐いた。そして、二体のエースを見据える。

 

「行け、《フルアーマード・ウィング》!アリアにダイレクトアタック!」

 

 銃口から放たれた威嚇射撃が大地を穿つ。

 その爆煙を切り裂き、《フルアーマード・ウィング》が一気に距離を詰める。右手の剣が、真っ直ぐアリアへと振り下ろされた。

 

「かかったな!罠発動!《ディメンション・ウォール》!」

 

 アリアの前に、空間そのものが裂けた。

 

「私が受ける戦闘ダメージは、相手が受ける!」

「無駄よ!カウンター罠《トラップ・ジャマー》を発動!バトルフェイズ中に発動した罠カードの発動を無効にし、破壊する!」

「なんだと!?」

 

 空間の裂け目が、音を立てて閉じていく。

 そして――漆黒の剣閃が、アリアを捉えた。

 

「があああッ!」

 

 凄まじい衝撃。

 デュエルディスクの数値が、無情に0を示した。

 

アリア:LP700→0

 

 アリアはそのまま意識を失い、崩れ落ちる。

 

「アリア!」

「シェリー、おまえも救ってやる!《ブラッド・ローズ・ドラゴン》でダイレクトアタック!『ブラッド・ローズ・フレア』ッ!」

 

 無数の紅い花弁が渦を巻き、巨大な奔流となってシェリーへと迫る。

 

「ああああッ!」

  

 紅蓮の光が、彼女の身体を呑み込んだ。

 

シェリー:LP1300→0

 

 シェリーもまた、気を失う。

 そして――遊星ギアの駆動音が、止まった。

 

「ギアの動きが……止まった……」

 

 直後。大地そのものを揺るがすような地鳴りが響き渡った。

 《魂縛門》が大きく軋む。亀裂が走り、巨大な門が崩壊を始めた。

 拘束を失ったシェリーとアリアの身体が宙へ投げ出される。

 

「シェリー!」

「アリア!」

 

 クロウとアキが同時に駆け出した。

 二人の身体を受け止めようと手を伸ばす。

 だが、その頭上から――崩れ落ちた《魂縛門》の瓦礫が降り注いだ。

 

「くっ……!」

 

 轟音。

 視界が、瓦礫と粉塵に覆われる。

 それでも――四人は生きていた。

 その身を守っていたのは、巨大な緋色の翼だった。

 意識を失ったシェリーとアリアの脳裏に、不思議な光景が浮かび上がる。

 

(シェリー……)

「……!」

 

 聞き覚えのある声。

 

(この声は……お父様……?)

 

 そして、もう一つ。

 

(お母さん……)

(この声は……パスト?あの子なのか……?)

 

 二人の記憶の中に、大切な家族の姿が蘇る。

 

(シェリー、よく話を聞くんだ)

(これから、辛いこと、悲しいことが起こるかもしれない)

(お母さん……だけど、決してくじけちゃいけないよ)

(自分の正義を、信念を曲げずに生きていくんだ)

(そうすれば、必ず未来は切り拓ける)

 

 二つの声が重なった。

 それは、失ったはずの家族から届けられた、最後の言葉だった。

 

「……そう」

 

 シェリーの瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。

 

「お父様は強く生きろと……これを私に……」

 

 彼女は震える手で、《Z-ONE》を見つめた。

 

「……ごめんなさい、お父様……」

 

 その隣で、アリアもまた目を開く。

 

「パスト……すまない……」

 

 頬を伝う涙を、拭うこともできなかった。

 

「いてて……どうなってるんだ?オレ達、瓦礫の下に……」

 

 クロウが身体を起こし、頭上を見上げる。

 そこには――《ブラッド・ローズ・ドラゴン》がいた。

 その巨体で瓦礫を支え、四人を守っていたのだ。

 

「二人を助けたい……そう必死に願ったら、《ブラッド・ローズ・ドラゴン》が……」

 

 アキが呟く。

 すると、緋色の竜の身体が淡い光を帯び始めた。

 戦いによって傷ついた四人の身体を、柔らかな光が包み込む。

 

「これは……」

 

 痛みが、少しずつ消えていく。

 

「サイコパワーか?……暖かい……」

 

 その力は、誰かを傷つけるためではない。

 ただ、そこにいる者を守り、癒やすためにあった。

 

「本当のサイコパワーってのは……人を癒やす力なのかもしれねえな」

 

 四人の傷が完全に癒える。

 役目を終えた《ブラッド・ローズ・ドラゴン》は、静かに光の粒子となって消えていった。

 

「私達は……今まで、なんてことを……」

 

 シェリーが俯く。

 

「どう償えばいいのか……」

 

 アリアもまた、涙を拭う。

 そんな二人へ、クロウとアキが歩み寄った。

 

「なあ、二人とも」

 

 クロウが手を差し出す。

 

「今からでも遅くない。オレ達と一緒に、未来を変えようぜ」

 

 その隣で、アキも手を伸ばした。

 

「街を救いましょう。そして、遊星たちを」

 

 シェリーにはクロウが。アリアにはアキが。

 二人の手が、それぞれの前に差し出されていた。

 今度は、迷わなかった。

 シェリーがクロウの手を取る。

 

「……わかったわ」

 

 アリアもまた、アキの手を取った。

 

「私達も共に行こう……綴も心配だからね」

「行こうぜ!太陽ギアで、遊星が待ってる」

 

 失われた過去は、もう戻らない。

 それでも――未来は、まだここにある。

 四人は並んで、次の戦いへと走り出した。




次回のデュエルは構成難易度が高いため、更新が空きます。ご容赦ください。
助けてくれぇえ、遊星!
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