不動遊星の初体験を奪いたい   作:うおのめちゃん

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34話 白き絶望のA

 アーククレイドルの暗い通路を、ジャックのD・ホイール――ホイール・オブ・フォーチュンと、龍亞、龍可のD・ボードが疾走していた。

 壁面には光のない機械構造が延々と続き、時折、遠くのどこかから低い駆動音が響いてくる。

 まるで巨大な生物の体内を走っているかのような、不気味な感覚だった。

 

「もう、後戻りは出来ないんだな……」

 

 龍亞がぽつりと呟く。

 

「ここまで来て怖気づいたか」

 

 横を走るジャックが振り返ることなく答えた。

 

「大丈夫!怖くないって言ったら嘘になるけど……オレなんかより遊星の方が、もっともっと怖いはずなんだから」

 

 龍亞は自分に言い聞かせるように言葉を重ねる。

 その隣を走る龍可が、静かに口を開いた。

 

「遊星と……わたし達が死ぬという未来……」

「忘れろ!」

 

 ジャックの声が、暗い通路を鋭く切り裂いた。

 

「そんな未来はない。それを証明するために、オレ達はここにいる!」

「そうだよね!」

 

 龍亞の声に、再び力が戻る。

 

「うん、オレもそう思う!」

 

 その瞬間だった。

 暗闇の彼方に、一筋の光が見えた。

 

「……!」

 

 三人は同時に前方を見据える。

 光は次第に大きくなり、やがて長い通路が途切れた。

 ジャックがホイール・オブ・フォーチュンの速度を落とし、龍亞と龍可もそれに続く。

 そして三人は、広大な空間へと滑り込んだ。

 

「ここは……」

 

 龍可が息を呑む。

 そこは、かつてアキとクロウが戦った場所と同じような、巨大な円形の空間だった。

 中央には、天井を突き抜けるほど巨大な黒い柱がそびえ立っている。

 その表面には無数の電子信号が走り、青白い光が脈打っていた。

 それはまるで、巨大な機械の血管。アーククレイドルそのものが、今も生きているかのようだった。

 そして、その足元。床の下では、途方もなく巨大な歯車が低い唸りを上げながら回転している。重低音が空間全体を震わせ、足元から身体の奥へと響いてくる。

 

「これが……遊星ギア……」

 

 龍亞が呟いた。

 

「その通りだ」

 

 返ってきた声は、冷たく重かった。

 次の瞬間、黒い柱の表面に亀裂のような光が走る。

 その奥から、一人の男が姿を現した。

 白銀の鋼鉄。巨大な身体。人間離れした異形の輪郭。

 絶望そのものを具現化したかのような男――アポリア。

 

「そんな!」

「おまえは……!」

「アポリア!」

 

 三人の間に緊張が走る。

 アポリアはゆっくりと歩みを進め、やがて三人の前で足を止めた。

 

「お前達の足元にあるのが遊星ギアだ。だが、それを止めることは出来ない。私がここにいる限り」

「お前が?」

 

 ジャックが睨みつける。

 だが、アポリアはその問いに答えなかった。

 代わりに――黒い柱の内部から、三つの小型機械が射出された。

 

「なっ――!」

 

 それぞれがまるで意思を持っているかのように空中を旋回し、ジャック、龍亞、龍可へと飛来する。

 次の瞬間。

 三人の左胸に、それぞれの機械が食い込むように装着された。

 

「むっ!」

「なんだよこれ!」

「取れない!」

 

 三人が慌てて機械を引き剥がそうとする。

 しかし、その直後だった。

 地面が開き、機械仕掛けの足枷がせり上がり、それぞれの左足を容赦なく拘束した。

 

「こんなもの!」

 

 ジャックが胸元の機械を力任せに外そうとした、その瞬間――

 小さな作動音と共に機械の内部から、鋭い針が飛び出した。

 

「痛い!」

 

 針が胸元へ食い込み、龍可が顔を歪める。

 

「な、なんだよ……!」

「貴様!何をした!」

 

 アポリアは三人を見下ろしたまま、淡々と告げた。

 

「これでお前達は逃げられない。無理に逃げようとすれば針が心臓を刺し貫く」

「ええっ!?」

「なに!?」

 

 龍亞と龍可の顔から血の気が引く。

 だが、アポリアの表情には一切の揺らぎがない。

 

「私と遊星ギアは一体化している。もし止めたいのであれば、デュエルで私を倒すしかない」

「なんだって!」

「そんな……」

 

 龍可が不安そうに胸元の機械へ目を落とす。

 逃げることもできない。遊星ギアを止めるには、目の前のアポリアを倒すしかない。

 そんな絶望的な状況を前にして――

 

「上等だ!」

 

 ジャックが一歩前へ出た。

 その目に宿るのは恐怖ではない。燃え盛る闘志だった。

 

「このジャック・アトラスが貴様を倒してやる!」

 

 ジャックがデュエルディスクを構える。それを見た龍亞も、拳を握り締めた。

 

「よーし、こうなったらオレもやるぞ!」

「その意気だ、龍亞。これはチーム5D’sの闘いだ」

「うぉお!オレ、燃えてきた!龍可、オレ頑張るよ!」

「うん、頑張ろう!」

 

 そう答えた龍可だったが、直後、小さく息を吐いた。

 

「……ふぅ……」

 

 額には薄く汗が滲んでいる。

 強がってはいても、恐怖が消えたわけではない。

 無理もない。胸には心臓を狙う機械。

 足は拘束され、目の前にはかつて絶望の未来を背負った男が立っている。

 そんな妹の様子に気づいた龍亞が、そっと声をかける。

 

「龍可……心配ないって!オレが絶対に龍可を守ってあげるから!」

「ありがとう、龍亞」

 

 龍可は小さく微笑んだ。

 その二人の姿を見て、ジャックは満足そうに頷く。

 仲間を守るという意志。未来を諦めないという決意。

 それさえあれば、十分だった。

 

「覚悟は決まったようだな」

「当然だ、さっさとここを通してもらうぞ!」

 

 ジャックが啖呵を切る。

 するとアポリアは、淡々とデュエルの条件を告げた。

 

「デュエルは変則タッグルールで行なわれる。各々のライフは4000」

「お前も4000?」

「そう。そして私のターンはお前達3人のターンの後に回ってくる。条件は圧倒的に私の不利。ただし先攻はもらう」

「いいだろう。龍亞、龍可! いくぞ!」

「おう!」

「はい!」

 

 双子がそれぞれデュエルディスクを構える。

 アポリアもまた、背中に備えられたパーツを分離させ、デュエルディスクへと変形させる。

 逃げ場のない戦場。未来を懸けた、三人対一人の決闘。

 

「……始めよう」

 

 アポリアの瞳に、冷たい光が宿った。

 

「「「「デュエル!」」」」

 

 先攻は事前の取り決め通りアポリア。

 ジャック、龍亞、龍可の三人が一斉に身構える。

 対するアポリアは、微動だにしない。ただ冷たい視線だけを三人へ向けていた。

 

「私のターン!私はデッキの一番上から10枚のカードを裏側で除外し、《強欲で貪欲な壺》を発動。カードを2枚ドローする。そしてフィールド魔法《機動要塞フォルテシモ》を発動!」

 

 カードが展開された瞬間、周囲の景色が一変した。

 巨大な鋼鉄の壁。無数の砲台や兵器が格納された要塞が、決闘場そのものを呑み込んでいく。天井も壁も、もはや元のアーククレイドルの面影はない。

 ここは戦場。そして、その中心に立つのは――一人の人間ではなく、巨大な兵器そのものだった。

 

「うぉおおおおッ!」

 

 アポリアが咆哮する。その声に呼応するように、要塞の奥から巨大な台座がせり上がった。

 アポリアは両足を揃える。すると脚部の装甲が機械音を響かせながら展開し、無数のコードが彼の身体へと伸びていく。接続端子が台座と次々に接続され、肉体と機械が融合していく。

 やがて――アポリア自身が、要塞の一部となった。

 

「これで私達は、デュエルそのものと一体化された」

「なんだと!」

「お前達の命はこれより数値化され、ライフポイントにリンクされる。ライフが0になった時、お前達の命も同様に0になる!」

「そんな!」

「それって……死んじゃうってこと!?」

 

 龍亞と龍可の顔から血の気が引く。

 先ほどまで数字としてしか見えていなかった4000というライフポイント。

 それが今は、自分たちの命そのものを意味している。

 予言された死の未来が、数字となって目の前に突きつけられた。

 

「ふざけるな!オレ達の命を、貴様などに弄ばれてたまるか!」

「弄びなどしない」

 

 アポリアの声には、感情がなかった。

 

「これは純然たるデュエル。だからお前達が勝てば、胸の装置は外れ、遊星ギアは止まる……この闘いに感情などいらない。勝つか負けるか。生か死か。心を持たないマシーンになって闘う」

「心を持たないだと?」

「そうだ。よりよき未来のために、絶対にお前達を行かせない!お前達を、ライフ0にする!」

「……!」

「《機動要塞フォルテシモ》の効果発動!手札からレベル4以下の機械族モンスターを特殊召喚できる。私は、《機皇兵廠オブリガード》を特殊召喚!」

 

 要塞の一角が開く。

 内部から、小型の機械兵が重々しい駆動音を響かせながら姿を現した。

 その装甲には《機動要塞フォルテシモ》と同じ意匠が刻まれている。

 

「《機皇兵廠オブリガード》の効果発動。このカードを破壊し、デッキから《オブリガード》を除く「機皇兵」モンスターを二体特殊召喚する!現れろ、《機皇兵ワイゼル・アイン》!《機皇兵スキエル・アイン》!」

 

 《オブリガード》の装甲が弾け飛ぶ。

 自らの身体を構成していた部品が無数の機械片となって散り、その残骸の中から二体の機械兵が姿を現した。

 《ワイゼル》と《スキエル》を一回り小さくしたような姿。胸部にシンクロモンスターを取り込むための無限機構は存在しない。

 

「さらに、墓地へ送られた《オブリガード》の効果発動。このターンのエンドフェイズに、私のフィールドの「機皇」と名の付くモンスター一体につき100ポイントのダメージを与える」

 

 僅か100ポイント。

 だが――今の状況では、その僅かな数字ですら軽視できない。

 ライフポイントは命そのもの。

 一歩間違えれば、その数字が死へと直結する。

 

「そして、私は場に「機皇」モンスターが2体のみ存在することで《機皇帝の賜与》を発動。カードを2枚ドローする」

「またドローカードを……!」

「これだけではない」

 

 アポリアは淡々とカードを引き抜く。

 

「2枚目の《機皇帝の賜与》を発動、カードを2枚ドロー。さらに、3枚目!」

「そんな!」

「まだだ。機械族モンスターが2体存在することで《アイアンドロー》を発動。カードを2枚ドローする」

「どれだけドローすれば気が済むんだよ!」

「無論――お前達を倒すまでだ」

 

 増え続ける手札。

 その光景は、これから始まる戦いが一方的な消耗戦になることを予感させた。

 そしてアポリアは、ゆっくりと二体の機皇兵へ視線を向ける。

 

「さあ、慄くがいい。私は、2体のモンスターをリリース!」

「このパターンは……来るか!」

 

 《ワイゼル・アイン》と《スキエル・アイン》の身体が、眩い光の粒子へと変わっていく。無数の光は天へ昇ることなく、その場で一点へと集束した。

 光が重なり、巨大な影を形作る。空気が震えた。

 要塞そのものが、その降臨を待ち望むかのように低い唸りを上げる。

 

「しかと目に焼き付けるがいい、真の絶望を――最強の力!《機皇神マシニクル∞³》!」

 

 眩い白光を突き破り――巨神が降臨した。

 その巨体が着地した瞬間、決闘場全体が大きく震える。

 純白の装甲は神像を思わせる神々しさを纏っていた。

 しかし、その美しさの奥にあるのは生命の温もりではない。

 徹底的に研ぎ澄まされた、機械の冷酷さ。神の名を冠しながら、その姿に慈悲はない。

 人類へ裁きを下すためだけに造られた、白き絶望だった。

 

《機皇神マシニクル∞³》ATK4000

 

「いきなり《マシニクル》だって!?」

「私は手札の《グランエルG3》を墓地へ送り、《マシニクル》の効果発動。コストにした「機皇帝」のパーツの効果を得る」

「確かそいつの効果は……」

「自分のターンに1度、相手モンスターが発動した効果を無効にする」

 

 さらに、アポリアは一枚のカードを掲げた。

 

「永続魔法《フィールドバリア》を発動。このカードが場に存在する限り、フィールド魔法は破壊されず、新たにフィールド魔法を発動することはできない」

 

 発動と同時に、要塞全体を翡翠色の障壁が包み込む。

 逃げ道すら、また一つ塞がれた。

 

「カードを3枚伏せ、さらに永続魔法《魔力の枷》を発動」

 

 カードがフィールドに置かれる。その瞬間――

 

「うわあ!」

「また、変なものが!」

「厄介なものを!」

 

 四人の腕に、黄色い金属製の枷が突然現れた。

 重々しい拘束具が腕を締めつけ、まるで命そのものを縛り上げるかのように鈍く輝く。

 

「効果は知っているようだな。このカードが場にある限り、お互いのプレイヤーは手札からカードを場に出す行為、または効果を発動する行為を行う際に500のライフを支払わなければならない」

 

 アポリアの声が、要塞の中に冷たく響く。

 

「お前達が足掻こうとすれば――苦痛が伴うということだ」

 

 ジャックたちは言葉を失った。

 アポリアの手札は2枚。目の前に立つのは、4000という圧倒的な攻撃力を持つ《機皇神マシニクル∞³》。

 決闘の場である《フォルテシモ》を固める《フィールドバリア》。

 そして、行動するたびに命を削る《魔力の枷》。

 逃げ場はない。

 

「エンドフェイズ。場の『機皇』モンスターが1体存在することにより、《オブリガード》の効果でジャック・アトラス、お前に100ポイントのダメージを与える」

 

 アポリアの宣言が、静まり返った空間に冷たく響いた。次の瞬間、ジャックの足元から細い光線が迸った。

 

「くおぉッ!」

 

 光が身体を貫き、ジャックのライフが減少する。

 

ジャック:LP4000→3900

 

 僅か100ポイント。ただのデュエルなら、取るに足らない数字だった。

 だが今は違う。この数値は、彼自身の命そのものなのだ。

 ジャックの膝が僅かに揺れ、思わず片足をつきかける。

 

「大丈夫!?」

 

 龍亞が声を上げる。

 

「平気だ、こんなもの!」

 

 ジャックはすぐさま立ち上がった。

 痛みに屈することなど、決して許さないと言わんばかりに。

 

「……ターンエンド」

 

 アポリアの宣告とともに、重苦しい静寂が戻ってくる。

 

(このままじゃ、あの《魔力の枷》のせいでオレ達のライフがどんどん減っちゃう。だったら、ここは……!)

「オレの番だ!へへっ、いいとこ見せてやるぜ!ドロー!」

 

 龍亞は勢いよくカードを引き抜いた。

 

「お前のスタンバイフェイズに罠発動。《根絶の機皇神》!墓地の「機皇」モンスターを3体特殊召喚する。甦れ、《オブリガード》、《ワイゼル・アイン》、《スキエル・アイン》!」

「3体も展開するだと!?」

 

 アポリアの背後で、要塞の装甲が開く。

次々と射出口から機械兵が発進し、鈍い駆動音を響かせながらフィールドを飛翔する。

 

《機皇兵廠オブリガード》ATK1200

《機皇兵ワイゼル・アイン》ATK1800→2100

《機皇兵スキエル・アイン》ATK1200→1800

 

「《ワイゼル・アイン》は、このカード以外の「機皇」1体につき100ポイント、《スキエル・アイン》は200ポイント攻撃力を上昇させる」

「けど、関係ないよ!500のライフを払って、《サイクロン》を発動!《魔力の枷》を破壊する!うぅっ……!」

 

龍亞:LP4000→3500

 

 腕に嵌められた黄金の枷が、龍亞の生命力を吸い上げる。

 苦痛に顔を歪めながらも、龍亞は歯を食いしばってカードを発動した。

 渦巻く風がフィールドを駆け抜け、風の刃となって黄金の枷へと迫る。

 

「無駄だ。カウンター罠《魔宮の賄賂》。魔法・罠の効果を無効にし破壊する。そして、相手はカードを1枚ドローする」

 

 風の刃が、枷へ届く寸前で霧散した。

 

「くっそぉ!」

 

 龍亞の表情に悔しさが滲む。

 せっかく支払った500のライフも、何も生み出さないまま消えてしまった。

 

「オレはライフを500支払い、モンスターをセット!さらに、ライフを500支払い、カードを1枚セット!くぅ……!」

 

龍亞:LP3500→3000→2500

 

 またしても、枷が生命を削り取る。

 呼吸が荒くなり、龍亞の肩が大きく上下した。

 

「ターンエン……」

 

 だが、その言葉を言い終えるより早く、アポリアが告げる。

 

「このエンドフェイズ、《機動要塞フォルテシモ》の効果発動。機械族モンスターをコントロールしていないプレイヤーは自身のターン終了時に100ポイントのダメージを受ける」

「ええッ!?」

 

 要塞の砲門が開いた。

 そこから放たれたのは、あまりにも細い一筋の光。

 だが――今の龍亞にとって、その100という数字さえ軽くはない。

 

「うわぁああッ!」

 

 光線が龍亞の身体を撃ち抜く。

 

龍亞:LP2500→2400

 

 微かなダメージ。

 それでも、確実に命は削られていく。

 龍亞は荒い息を吐きながら、それでも倒れまいと踏みとどまった。

 

「ターンエンド!」

「わたしのターン!」

 

 龍可がカードを引く。

 

(カードを出すたびに、ライフポイントが失われる……それだけじゃない。フィールド魔法のせいで、さっき龍亞を襲った衝撃まで……)

 

 握ったカードに力がこもる。

 龍可の表情から、不安を隠しきれない。

 その様子を見た龍亞は、何か声をかけようと口を開きかけた。

 けれど――言葉が出てこない。

 

(どうしよう……このままじゃ、オレ、龍可を守れない……)

 

 胸に去来する恐怖を振り払えない龍亞。

 その時、背後から鋭い声が飛んだ。

 

「耐えろ! 必ず突破口がある。それまで耐え抜くんだ!」

「ジャック……」

 

 その言葉に、龍可は小さく息を吸った。

 

「わかったわ……」

 

 震えを抑えるようにカードを構える。

 

「わたしはライフを500支払い、モンスターをセット!さらに、ライフを500支払い、カードを1枚セット!あぁ……!」

 

龍可:LP4000→3500→3000

 

 再び、腕に嵌められた枷が淡い光を放つ。

 生命そのものを削り取られるような苦痛が、容赦なく龍可を襲った。

 誰一人として例外はない。

 カードを出すたびに命を削られ、ターンが終われば要塞がさらに追い打ちをかける。

 

「そして、エンドフェイズ……」

「《フォルテシモ》の効果により、100ポイントのダメージを受けてもらう」

 

 要塞の一角が開き、細い光線が放たれる。

 

「きゃぁああッ!」

 

龍可:LP3000→2900

 

 光に貫かれた龍可の身体が大きく弾かれ、そのまま床へと倒れ込む。

 

「龍可ッ!」

「平気……心配してくれてありがとう……ターンエンド!」

 

 龍可は震える膝に力を込め、どうにか立ち上がった。

 しかし、その顔には疲労が色濃く浮かんでいる。

 

(命を懸けたデュエル。身体の弱い龍可には、負担が大きすぎる……)

 

 ジャックは龍可を一瞥し、拳を強く握り締めた。

 

(ここは速攻あるのみ!)

「オレのターン!」

 

 ジャックは迷いを振り切るようにカードを引き抜いた。

 反撃の一手を求めて、その闘いを開始する。

 

「ライフを500支払い、手札を1枚捨て、《ツインツイスター》を発動! フィールドの魔法・罠を2枚対象に取り、破壊する!オレが破壊するのは《魔力の枷》と《フィールドバリア》だ!ぐっ……!」

 

ジャック:LP3900→3400

 

 再び、腕の枷がジャックの生命力を吸い上げる。それでもジャックは怯まない。

 放たれた二つの竜巻がフィールドを駆け抜け、金色の枷と、要塞を覆っていた翡翠色の障壁へと襲いかかった。

 荒れ狂う風が二つの防壁を引き裂く。

 やがて風が収まった時、《魔力の枷》も《フィールドバリア》も跡形なく消滅していた。

 

「これでカードを出すことに制限がなくなった!」

「流石ジャックね!」

 

 龍亞と龍可の表情に、久方ぶりの喜色が浮かぶ。

 

「ほう……」

 

 だが、アポリアだけは微動だにしない。

 

「《ツインツイスター》の発動コストにより墓地に送られた《ヴィジョン・リゾネーター》の効果発動!デッキから《レッド・デーモンズ・ドラゴン》の名が記された魔法・罠1枚を手札に加える!オレが手札に加えるのは《クリムゾン・ヘルガイア》!」

 

 ジャックの手札に、新たな一枚が加わる。

 反撃の流れは、まだ止まらない。

 

「そして、このカードは、貴様のフィールドに光属性の《機皇兵廠オブリガード》と《機皇神マシニクル∞³》の2体が存在していることで、手札から特殊召喚できる!来い!《神禽王アレクトール》!」

 

 空間を切り裂くように、巨大な翼が翻った。

 赤い羽根が舞い散る中、彫像を思わせる白磁の鎧を纏った鳥人の王が、悠然とフィールドへ舞い降りる。

 

《神禽王アレクトール》ATK2400

 

「その特殊召喚成功時、永続罠《レベル・カノン》を発動!」

 

 アポリアが宣言した瞬間、要塞が低く唸る。

 

「モンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚したプレイヤーは、そのレベル1つにつき200ポイントのダメージを受ける!《神禽王アレクトール》のレベルは6!よって1200のダメージを受けてもらう!」

「なに!?」

 

 要塞の装甲が開く。

 内部から巨大な砲台が四基、せり上がった。

 砲口に眩い光が集束する。

 次の瞬間――四条の光弾が、一斉にジャックへと撃ち込まれた。

 

「ぬぁああああッ!」

 

ジャック:LP3400→2200

 

 爆発の衝撃がジャックの身体を吹き飛ばす。

 ジャックは両腕を交差させ、足を踏みしめた。床を削りながらも、決して倒れない。

 

(《根絶の機皇神》を龍亞のスタンバイフェイズに発動したのは、このカードで自分がダメージを受けないことが狙いだったか……)

 

 ようやく、その意図が繋がった。

 アポリアは最初から、この罠によるダメージすらも計算に入れていたのだ。

 

「この程度の痛み、屈するものか!」

 

 ジャックは顔を上げる。

 

「《神禽王アレクトール》の効果発動 1ターンに1度、フィールドのカード1枚の効果をエンドフェイズまで無効にする!オレが無効にするのは、《レベル・カノン》!」

 

 鳥人の王が翼を広げる。その眼光が、忌々しい永続罠を射抜いた。

 フィールドを覆っていた圧力が、わずかに薄れる。

 

「……」

 

 しかし、アポリアは何も言わない。表情すら変わらない。

 まるで――その一手さえも、とうに想定していたかのように。

 

「オレは手札に加えた永続魔法《クリムゾン・ヘルガイア》を発動! その効果で、デッキから《レッド・デーモンズ・ドラゴン》の名が記されたカードである《ソウル・リゾネーター》を手札に加え、これを通常召喚!」

 

 ジャックの傍らに、小柄な悪魔が飛び出した。

 頭部には赤い羽飾り。その手にした音叉を打ち鳴らすと、澄んだ音色が要塞の内部へと響き渡る。

 

「このカードが召喚に成功したことで効果発動!デッキからレベル4以下の悪魔族モンスター、《ボーン・デーモン》を手札に加える!」

 

 広がった音波に呼応するようにデッキホルダーが波打ち、指定されたカードが一枚、せり出してくる。

 

「フィールドの《アレクトール》を墓地に送ることで《ボーン・デーモン》の効果発動! このカードを特殊召喚できる!」

「その効果にチェーンし、手札から《増殖するG》を墓地へ送り効果発動」

 

 その瞬間、要塞の空気がざわめいた。

 無数の小さな気配が蠢く。正体は不快な害虫――だが、ソリッドビジョンのシステムが配慮したのか、その姿が立体映像として現れることはなかった。

 

「私はこのターン中、相手がモンスターを特殊召喚する度に1枚ドローする効果が適用される」

「厄介な真似を……!その効果処理後、《ボーン・デーモン》は特殊召喚される! 来い!」

「《増殖するG》の効果により1枚ドロー」

 

 要塞の床を突き破るように、白髪の骸骨が這い出した。

 同時に、アポリアのデッキから一枚のカードが引き抜かれる。

 

「《ボーン・デーモン》のさらなる効果!自身を対象にデッキから悪魔族チューナーである《クリムゾン・リゾネーター》を墓地へ送り、レベルを1つ上げる!」

 

 次々と繰り出されるジャックの展開。

 だが、それを迎え撃つアポリアの手札もまた、確実に増えている。

 

「いくぞ! オレはレベル5となった《ボーン・デーモン》にレベル3の《ソウル・リゾネーター》をチューニング!」

 

 《ソウル・リゾネーター》が再び音叉を打ち鳴らした。

 高らかな音色が響き渡る。三つの光の環が生まれ、その中へ《ボーン・デーモン》の姿が収まっていく。五つの星が一直線に連なり、交差した瞬間――要塞を閃光が呑み込んだ。

 

「王者の鼓動、今ここに列を成す!天地鳴動の力を見るがいい!―――シンクロ召喚! 我が魂、《レッド・デーモンズ・ドラゴン》ッ!」

 

 轟音と共に炎が噴き上がる。燃え盛る紅蓮の中から、一頭の竜が姿を現した。

 ジャック・アトラスという男、そのものを象徴するかのような紅き巨竜。

 咆哮が要塞を震わせ、機械仕掛けの大空間にまで響き渡る。

 

《レッド・デーモンズ・ドラゴン》ATK3000

 

「その特殊召喚にも《増殖するG》の効果が適用。カードを1枚ドローする」

「構わん!カードを2枚伏せ、エンドフェイズ!」

「《フォルテシモ》の効果により、100ポイントのダメージを受けてもらう」

 

 要塞の一角が開く。

 そこから、またしても細い光線が放たれた。

 

「ぐううッ!」

 

ジャック:LP2200→2100

 

 光線がジャックの身体を打ち抜く。僅か100ポイント。

 それでも、積み重なる痛みは確実にその身体を蝕んでいた。

 ジャックは膝を折りかける。だが――倒れない。

 紅き竜を背に、王者は己の意地だけを支えにして、崩れそうになる身体を踏みとどまらせた。

 

「ターンエンドだ!」

「私のターン」

 

 アポリアが無機質にカードを引く。

 

アポリア

LP:4000

Hand:4

Monster:《機皇神マシニクル∞³》《機皇兵廠オブリガード》《機皇兵ワイゼル・アイン》《機皇兵スキエル・アイン》

FieldMagic:《機動要塞フォルテシモ》

Magic&Trap:《レベル・カノン》

 

龍亞

LP:2400

Hand:4

Monster:Set《???》

FieldMagic:

Magic&Trap:Set1

 

龍可

LP:2900

Hand:4

Monster:Set《???》

FieldMagic:

Magic&Trap:Set1

 

ジャック

LP:2100

Hand:1

Monster:《レッド・デーモンズ・ドラゴン》

FieldMagic:

Magic&Trap:Set2+《クリムゾン・ヘルガイア》

 

 アポリアはフィールド全体を一瞬だけ俯瞰した。

 そして――迷いなく、次の一手へ移る。

 

「《機皇神マシニクル∞³》の効果発動。《レッド・デーモンズ・ドラゴン》を吸収する!」

「やらせるか!永続罠《デモンズ・チェーン》!《機皇神マシニクル∞³》の効果を無効にし、攻撃を封じる!」

 

 虚空から伸びた悪魔の鎖が、白き巨神の巨体へ幾重にも絡みつく。

 だが、アポリアは動じない。

 

「……いいだろう。私は《機皇兵グランエル・アイン》を召喚」

 

 要塞のハッチが開く。

 そこから、《グランエル》を一回り小型化したような機械兵が姿を現した。

 

「モンスターを召喚したことで、永続罠《レベル・カノン》の効果により私は800ポイントのダメージを受ける」

 

 四基の砲台が一斉に反転する。

 光弾が放たれ、要塞と一体化したアポリアの身体を直撃した。

 

アポリア:LP4000→3200

 

 爆煙が晴れる。

 しかし、その身体にも、表情にも変化はない。

 

「貴様、痛みを感じぬのか!?」

「《機皇兵グランエル・アイン》が出現したことにより、《ワイゼル・アイン》、《スキエル・アイン》、そして《グランエル・アイン》の攻撃力が上昇する」

 

《機皇兵ワイゼル・アイン》ATK1800→2200

《機皇兵スキエル・アイン》ATK1200→2000

《機皇兵グランエル・アイン》ATK1600→2000

 

 三体の機械兵が同時に駆動する。

 機械音が重なり合い、その戦闘能力が一段階引き上げられていく。

 機械の軍団が、さらに強大な牙を剥いた。

 

「私のフィールドに「機皇神」が存在することで、墓地の《根絶の機皇神》を除外し、効果発動。相手フィールドのシンクロモンスター1体を破壊し、その攻撃力分のダメージを与える。《レッド・デーモンズ・ドラゴン》を破壊!」

 

 《マシニクル》に絡みついた鎖の隙間から、凄まじい波動が放たれる。

 紅蓮の竜を呑み込み、消滅させようと迫る。

 

「やらせん!《レッド・デーモンズ・ドラゴン》を対象に永続罠《ディメンション・ガーディアン》を発動!対象モンスターは破壊されない!」

 

 紅き竜の前に障壁が展開される。

 押し寄せた波動が障壁へ激突し、激しい火花を散らして弾き返された。

 

「ならばこうだ。《機皇兵グランエル・アイン》の効果発動。1ターンに1度、相手フィールドのモンスター1体を対象に、攻撃力か守備力を半分にする。私は《レッド・デーモンズ・ドラゴン》の攻撃力を半分にする。『グラヴィティ・プレッシャー』」

 

 地の機皇兵、その砲身が唸る。

 放たれた重力球が空中の紅蓮の竜を捉えた。

 巨体が見えない力に押し潰され――そのまま地面へと叩き落とされる。

 

《レッド・デーモンズ・ドラゴン》ATK3000→1500

 

「おのれ……!」

「バトル。《機皇兵ワイゼル・アイン》で《レッド・デーモンズ・ドラゴン》を攻撃。『クォーク・カーブ』」

 

 人型の機皇兵が跳躍する。左腕が変形し、鋭い光の刃が伸びた。

 その一閃が、地に伏した紅蓮の竜を切り裂く。

 《ディメンション・ガーディアン》の障壁が破壊そのものは阻む。

 だが、攻撃の衝撃までは消せない。

 

「ぬうッ……!」

 

ジャック:LP2100→1400

 

「《スキエル・アイン》で《レッド・デーモンズ・ドラゴン》を攻撃。『ツイン・パルス』」

 

 今度は空の機皇兵が上空へ浮かび上がる。

 二基の小銃が同時に火を噴き、無数の光弾が地に伏せた紅き竜を撃ち抜いた。

 

「がぁああッ!」

 

ジャック:LP1400→900

 

 ジャックの身体が大きく揺らぐ。

 足から力が抜け、崩れ落ちそうになる。

 その時――胸元に装着された機械が、赤い危険信号を明滅させた。

 ジャックは反射的に胸を押さえる。だが、耐えきれない。

 その身体が、ついに地面へと倒れ伏した。

 

「ジャック!!」

「《ワイゼル・アイン》の効果により、《グランエル・アイン》は貫通効果を得る。龍可のセットモンスターを攻撃。『グラヴィティ・ブラスター』」

「……!」

 

 龍亞の叫びも届かない。

 重力球が放たれ、龍可の伏せたモンスターを真正面から捉える。

 

《妖精胞スポーア》DEF800

 

 圧倒的な重圧に晒された胞子が弾け、無数の欠片となって散った。

 その余波が、龍可の身体を襲う。

 

「ああぁああッ、くぅ……!」

 

龍可:LP2900→1700

 

 龍可は必死に踏みとどまった。

 だが、アポリアのフィールドには、まだ攻撃可能な機皇兵が残っている。

 

「龍可!」

「そして、《オブリガード》でダイレクトアタック!」

「だめだ!だめだ、だめだッ!」

 

 龍亞の声が悲鳴へと変わる。それでも、機械の兵士は止まらない。

 《オブリガード》の砲門が開き、ミサイルが一斉に発射された。

 逃げることもできない龍可へ、無慈悲な軌道を描いて迫る。

 

「うぁああああッ!」

 

龍可:LP1700→500

 

 直撃。

 龍可の身体が宙へ跳ね上がり、足枷に引っ張られ力なく落下する。

 膝から崩れ、地面に倒れ伏した。

 

「龍可!龍可!龍可ッ!」

 

 龍亞は必死に叫ぶ。

 駆け寄りたい。今すぐ龍可を抱き起こしたい。

 だが、足元を拘束する足枷が、その願いを無情にも阻んでいた。

 

「そんな……龍可……ジャック……」

 

 目の前で倒れた二人。助けることもできない。自分には、何もできない。

 

「なんで……なんでこんなことに……」

 

 震える声が、広大な要塞の中へ虚しく響く。

 

「私はカードを3枚伏せる。そして手札から永続魔法《ロックオン・レーザー》を発動」

 

 その声に感情はなかった。

 アポリアはただ、淡々とターンを進める。

 要塞の装甲が開き、新たな光線銃が姿を現した。

 

「魔法・罠ゾーンにカードをセットした相手プレイヤーは200ポイントのダメージを受ける」

「……」

 

 龍亞は答えなかった。

 アポリアに背を向けたまま、俯いている。

 

「お前達が動けば動いただけ、その代償はライフとなって払われ、命は削られる。もっとも――二人は既に動けぬか」

「……」

 

 龍亞の膝から、力が抜けた。

 その場に崩れ落ちる。

 

「心が痛いか?心があるから人間は愚かな希望を抱く。そして、いともあっさりと望みは絶たれ、苦しみにまみれ、のたうつ」

 

 倒れたジャック。意識を失った龍可。そして、動けずにいる龍亞。

 その光景を前にしても、アポリアの声には一片の揺らぎもなかった。

 

「……くだらん。心がなければ、未来の破滅もなかった」

 

 そして――

 

「少年。これが絶望だ」

 

 龍亞の頬を、一筋の涙が伝った。

 

「―――ターンエンド」

 

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