アーククレイドルの暗い通路を、ジャックのD・ホイール――ホイール・オブ・フォーチュンと、龍亞、龍可のD・ボードが疾走していた。
壁面には光のない機械構造が延々と続き、時折、遠くのどこかから低い駆動音が響いてくる。
まるで巨大な生物の体内を走っているかのような、不気味な感覚だった。
「もう、後戻りは出来ないんだな……」
龍亞がぽつりと呟く。
「ここまで来て怖気づいたか」
横を走るジャックが振り返ることなく答えた。
「大丈夫!怖くないって言ったら嘘になるけど……オレなんかより遊星の方が、もっともっと怖いはずなんだから」
龍亞は自分に言い聞かせるように言葉を重ねる。
その隣を走る龍可が、静かに口を開いた。
「遊星と……わたし達が死ぬという未来……」
「忘れろ!」
ジャックの声が、暗い通路を鋭く切り裂いた。
「そんな未来はない。それを証明するために、オレ達はここにいる!」
「そうだよね!」
龍亞の声に、再び力が戻る。
「うん、オレもそう思う!」
その瞬間だった。
暗闇の彼方に、一筋の光が見えた。
「……!」
三人は同時に前方を見据える。
光は次第に大きくなり、やがて長い通路が途切れた。
ジャックがホイール・オブ・フォーチュンの速度を落とし、龍亞と龍可もそれに続く。
そして三人は、広大な空間へと滑り込んだ。
「ここは……」
龍可が息を呑む。
そこは、かつてアキとクロウが戦った場所と同じような、巨大な円形の空間だった。
中央には、天井を突き抜けるほど巨大な黒い柱がそびえ立っている。
その表面には無数の電子信号が走り、青白い光が脈打っていた。
それはまるで、巨大な機械の血管。アーククレイドルそのものが、今も生きているかのようだった。
そして、その足元。床の下では、途方もなく巨大な歯車が低い唸りを上げながら回転している。重低音が空間全体を震わせ、足元から身体の奥へと響いてくる。
「これが……遊星ギア……」
龍亞が呟いた。
「その通りだ」
返ってきた声は、冷たく重かった。
次の瞬間、黒い柱の表面に亀裂のような光が走る。
その奥から、一人の男が姿を現した。
白銀の鋼鉄。巨大な身体。人間離れした異形の輪郭。
絶望そのものを具現化したかのような男――アポリア。
「そんな!」
「おまえは……!」
「アポリア!」
三人の間に緊張が走る。
アポリアはゆっくりと歩みを進め、やがて三人の前で足を止めた。
「お前達の足元にあるのが遊星ギアだ。だが、それを止めることは出来ない。私がここにいる限り」
「お前が?」
ジャックが睨みつける。
だが、アポリアはその問いに答えなかった。
代わりに――黒い柱の内部から、三つの小型機械が射出された。
「なっ――!」
それぞれがまるで意思を持っているかのように空中を旋回し、ジャック、龍亞、龍可へと飛来する。
次の瞬間。
三人の左胸に、それぞれの機械が食い込むように装着された。
「むっ!」
「なんだよこれ!」
「取れない!」
三人が慌てて機械を引き剥がそうとする。
しかし、その直後だった。
地面が開き、機械仕掛けの足枷がせり上がり、それぞれの左足を容赦なく拘束した。
「こんなもの!」
ジャックが胸元の機械を力任せに外そうとした、その瞬間――
小さな作動音と共に機械の内部から、鋭い針が飛び出した。
「痛い!」
針が胸元へ食い込み、龍可が顔を歪める。
「な、なんだよ……!」
「貴様!何をした!」
アポリアは三人を見下ろしたまま、淡々と告げた。
「これでお前達は逃げられない。無理に逃げようとすれば針が心臓を刺し貫く」
「ええっ!?」
「なに!?」
龍亞と龍可の顔から血の気が引く。
だが、アポリアの表情には一切の揺らぎがない。
「私と遊星ギアは一体化している。もし止めたいのであれば、デュエルで私を倒すしかない」
「なんだって!」
「そんな……」
龍可が不安そうに胸元の機械へ目を落とす。
逃げることもできない。遊星ギアを止めるには、目の前のアポリアを倒すしかない。
そんな絶望的な状況を前にして――
「上等だ!」
ジャックが一歩前へ出た。
その目に宿るのは恐怖ではない。燃え盛る闘志だった。
「このジャック・アトラスが貴様を倒してやる!」
ジャックがデュエルディスクを構える。それを見た龍亞も、拳を握り締めた。
「よーし、こうなったらオレもやるぞ!」
「その意気だ、龍亞。これはチーム5D’sの闘いだ」
「うぉお!オレ、燃えてきた!龍可、オレ頑張るよ!」
「うん、頑張ろう!」
そう答えた龍可だったが、直後、小さく息を吐いた。
「……ふぅ……」
額には薄く汗が滲んでいる。
強がってはいても、恐怖が消えたわけではない。
無理もない。胸には心臓を狙う機械。
足は拘束され、目の前にはかつて絶望の未来を背負った男が立っている。
そんな妹の様子に気づいた龍亞が、そっと声をかける。
「龍可……心配ないって!オレが絶対に龍可を守ってあげるから!」
「ありがとう、龍亞」
龍可は小さく微笑んだ。
その二人の姿を見て、ジャックは満足そうに頷く。
仲間を守るという意志。未来を諦めないという決意。
それさえあれば、十分だった。
「覚悟は決まったようだな」
「当然だ、さっさとここを通してもらうぞ!」
ジャックが啖呵を切る。
するとアポリアは、淡々とデュエルの条件を告げた。
「デュエルは変則タッグルールで行なわれる。各々のライフは4000」
「お前も4000?」
「そう。そして私のターンはお前達3人のターンの後に回ってくる。条件は圧倒的に私の不利。ただし先攻はもらう」
「いいだろう。龍亞、龍可! いくぞ!」
「おう!」
「はい!」
双子がそれぞれデュエルディスクを構える。
アポリアもまた、背中に備えられたパーツを分離させ、デュエルディスクへと変形させる。
逃げ場のない戦場。未来を懸けた、三人対一人の決闘。
「……始めよう」
アポリアの瞳に、冷たい光が宿った。
「「「「デュエル!」」」」
先攻は事前の取り決め通りアポリア。
ジャック、龍亞、龍可の三人が一斉に身構える。
対するアポリアは、微動だにしない。ただ冷たい視線だけを三人へ向けていた。
「私のターン!私はデッキの一番上から10枚のカードを裏側で除外し、《強欲で貪欲な壺》を発動。カードを2枚ドローする。そしてフィールド魔法《機動要塞フォルテシモ》を発動!」
カードが展開された瞬間、周囲の景色が一変した。
巨大な鋼鉄の壁。無数の砲台や兵器が格納された要塞が、決闘場そのものを呑み込んでいく。天井も壁も、もはや元のアーククレイドルの面影はない。
ここは戦場。そして、その中心に立つのは――一人の人間ではなく、巨大な兵器そのものだった。
「うぉおおおおッ!」
アポリアが咆哮する。その声に呼応するように、要塞の奥から巨大な台座がせり上がった。
アポリアは両足を揃える。すると脚部の装甲が機械音を響かせながら展開し、無数のコードが彼の身体へと伸びていく。接続端子が台座と次々に接続され、肉体と機械が融合していく。
やがて――アポリア自身が、要塞の一部となった。
「これで私達は、デュエルそのものと一体化された」
「なんだと!」
「お前達の命はこれより数値化され、ライフポイントにリンクされる。ライフが0になった時、お前達の命も同様に0になる!」
「そんな!」
「それって……死んじゃうってこと!?」
龍亞と龍可の顔から血の気が引く。
先ほどまで数字としてしか見えていなかった4000というライフポイント。
それが今は、自分たちの命そのものを意味している。
予言された死の未来が、数字となって目の前に突きつけられた。
「ふざけるな!オレ達の命を、貴様などに弄ばれてたまるか!」
「弄びなどしない」
アポリアの声には、感情がなかった。
「これは純然たるデュエル。だからお前達が勝てば、胸の装置は外れ、遊星ギアは止まる……この闘いに感情などいらない。勝つか負けるか。生か死か。心を持たないマシーンになって闘う」
「心を持たないだと?」
「そうだ。よりよき未来のために、絶対にお前達を行かせない!お前達を、ライフ0にする!」
「……!」
「《機動要塞フォルテシモ》の効果発動!手札からレベル4以下の機械族モンスターを特殊召喚できる。私は、《機皇兵廠オブリガード》を特殊召喚!」
要塞の一角が開く。
内部から、小型の機械兵が重々しい駆動音を響かせながら姿を現した。
その装甲には《機動要塞フォルテシモ》と同じ意匠が刻まれている。
「《機皇兵廠オブリガード》の効果発動。このカードを破壊し、デッキから《オブリガード》を除く「機皇兵」モンスターを二体特殊召喚する!現れろ、《機皇兵ワイゼル・アイン》!《機皇兵スキエル・アイン》!」
《オブリガード》の装甲が弾け飛ぶ。
自らの身体を構成していた部品が無数の機械片となって散り、その残骸の中から二体の機械兵が姿を現した。
《ワイゼル》と《スキエル》を一回り小さくしたような姿。胸部にシンクロモンスターを取り込むための無限機構は存在しない。
「さらに、墓地へ送られた《オブリガード》の効果発動。このターンのエンドフェイズに、私のフィールドの「機皇」と名の付くモンスター一体につき100ポイントのダメージを与える」
僅か100ポイント。
だが――今の状況では、その僅かな数字ですら軽視できない。
ライフポイントは命そのもの。
一歩間違えれば、その数字が死へと直結する。
「そして、私は場に「機皇」モンスターが2体のみ存在することで《機皇帝の賜与》を発動。カードを2枚ドローする」
「またドローカードを……!」
「これだけではない」
アポリアは淡々とカードを引き抜く。
「2枚目の《機皇帝の賜与》を発動、カードを2枚ドロー。さらに、3枚目!」
「そんな!」
「まだだ。機械族モンスターが2体存在することで《アイアンドロー》を発動。カードを2枚ドローする」
「どれだけドローすれば気が済むんだよ!」
「無論――お前達を倒すまでだ」
増え続ける手札。
その光景は、これから始まる戦いが一方的な消耗戦になることを予感させた。
そしてアポリアは、ゆっくりと二体の機皇兵へ視線を向ける。
「さあ、慄くがいい。私は、2体のモンスターをリリース!」
「このパターンは……来るか!」
《ワイゼル・アイン》と《スキエル・アイン》の身体が、眩い光の粒子へと変わっていく。無数の光は天へ昇ることなく、その場で一点へと集束した。
光が重なり、巨大な影を形作る。空気が震えた。
要塞そのものが、その降臨を待ち望むかのように低い唸りを上げる。
「しかと目に焼き付けるがいい、真の絶望を――最強の力!《機皇神マシニクル∞³》!」
眩い白光を突き破り――巨神が降臨した。
その巨体が着地した瞬間、決闘場全体が大きく震える。
純白の装甲は神像を思わせる神々しさを纏っていた。
しかし、その美しさの奥にあるのは生命の温もりではない。
徹底的に研ぎ澄まされた、機械の冷酷さ。神の名を冠しながら、その姿に慈悲はない。
人類へ裁きを下すためだけに造られた、白き絶望だった。
《機皇神マシニクル∞³》ATK4000
「いきなり《マシニクル》だって!?」
「私は手札の《グランエルG3》を墓地へ送り、《マシニクル》の効果発動。コストにした「機皇帝」のパーツの効果を得る」
「確かそいつの効果は……」
「自分のターンに1度、相手モンスターが発動した効果を無効にする」
さらに、アポリアは一枚のカードを掲げた。
「永続魔法《フィールドバリア》を発動。このカードが場に存在する限り、フィールド魔法は破壊されず、新たにフィールド魔法を発動することはできない」
発動と同時に、要塞全体を翡翠色の障壁が包み込む。
逃げ道すら、また一つ塞がれた。
「カードを3枚伏せ、さらに永続魔法《魔力の枷》を発動」
カードがフィールドに置かれる。その瞬間――
「うわあ!」
「また、変なものが!」
「厄介なものを!」
四人の腕に、黄色い金属製の枷が突然現れた。
重々しい拘束具が腕を締めつけ、まるで命そのものを縛り上げるかのように鈍く輝く。
「効果は知っているようだな。このカードが場にある限り、お互いのプレイヤーは手札からカードを場に出す行為、または効果を発動する行為を行う際に500のライフを支払わなければならない」
アポリアの声が、要塞の中に冷たく響く。
「お前達が足掻こうとすれば――苦痛が伴うということだ」
ジャックたちは言葉を失った。
アポリアの手札は2枚。目の前に立つのは、4000という圧倒的な攻撃力を持つ《機皇神マシニクル∞³》。
決闘の場である《フォルテシモ》を固める《フィールドバリア》。
そして、行動するたびに命を削る《魔力の枷》。
逃げ場はない。
「エンドフェイズ。場の『機皇』モンスターが1体存在することにより、《オブリガード》の効果でジャック・アトラス、お前に100ポイントのダメージを与える」
アポリアの宣言が、静まり返った空間に冷たく響いた。次の瞬間、ジャックの足元から細い光線が迸った。
「くおぉッ!」
光が身体を貫き、ジャックのライフが減少する。
ジャック:LP4000→3900
僅か100ポイント。ただのデュエルなら、取るに足らない数字だった。
だが今は違う。この数値は、彼自身の命そのものなのだ。
ジャックの膝が僅かに揺れ、思わず片足をつきかける。
「大丈夫!?」
龍亞が声を上げる。
「平気だ、こんなもの!」
ジャックはすぐさま立ち上がった。
痛みに屈することなど、決して許さないと言わんばかりに。
「……ターンエンド」
アポリアの宣告とともに、重苦しい静寂が戻ってくる。
(このままじゃ、あの《魔力の枷》のせいでオレ達のライフがどんどん減っちゃう。だったら、ここは……!)
「オレの番だ!へへっ、いいとこ見せてやるぜ!ドロー!」
龍亞は勢いよくカードを引き抜いた。
「お前のスタンバイフェイズに罠発動。《根絶の機皇神》!墓地の「機皇」モンスターを3体特殊召喚する。甦れ、《オブリガード》、《ワイゼル・アイン》、《スキエル・アイン》!」
「3体も展開するだと!?」
アポリアの背後で、要塞の装甲が開く。
次々と射出口から機械兵が発進し、鈍い駆動音を響かせながらフィールドを飛翔する。
《機皇兵廠オブリガード》ATK1200
《機皇兵ワイゼル・アイン》ATK1800→2100
《機皇兵スキエル・アイン》ATK1200→1800
「《ワイゼル・アイン》は、このカード以外の「機皇」1体につき100ポイント、《スキエル・アイン》は200ポイント攻撃力を上昇させる」
「けど、関係ないよ!500のライフを払って、《サイクロン》を発動!《魔力の枷》を破壊する!うぅっ……!」
龍亞:LP4000→3500
腕に嵌められた黄金の枷が、龍亞の生命力を吸い上げる。
苦痛に顔を歪めながらも、龍亞は歯を食いしばってカードを発動した。
渦巻く風がフィールドを駆け抜け、風の刃となって黄金の枷へと迫る。
「無駄だ。カウンター罠《魔宮の賄賂》。魔法・罠の効果を無効にし破壊する。そして、相手はカードを1枚ドローする」
風の刃が、枷へ届く寸前で霧散した。
「くっそぉ!」
龍亞の表情に悔しさが滲む。
せっかく支払った500のライフも、何も生み出さないまま消えてしまった。
「オレはライフを500支払い、モンスターをセット!さらに、ライフを500支払い、カードを1枚セット!くぅ……!」
龍亞:LP3500→3000→2500
またしても、枷が生命を削り取る。
呼吸が荒くなり、龍亞の肩が大きく上下した。
「ターンエン……」
だが、その言葉を言い終えるより早く、アポリアが告げる。
「このエンドフェイズ、《機動要塞フォルテシモ》の効果発動。機械族モンスターをコントロールしていないプレイヤーは自身のターン終了時に100ポイントのダメージを受ける」
「ええッ!?」
要塞の砲門が開いた。
そこから放たれたのは、あまりにも細い一筋の光。
だが――今の龍亞にとって、その100という数字さえ軽くはない。
「うわぁああッ!」
光線が龍亞の身体を撃ち抜く。
龍亞:LP2500→2400
微かなダメージ。
それでも、確実に命は削られていく。
龍亞は荒い息を吐きながら、それでも倒れまいと踏みとどまった。
「ターンエンド!」
「わたしのターン!」
龍可がカードを引く。
(カードを出すたびに、ライフポイントが失われる……それだけじゃない。フィールド魔法のせいで、さっき龍亞を襲った衝撃まで……)
握ったカードに力がこもる。
龍可の表情から、不安を隠しきれない。
その様子を見た龍亞は、何か声をかけようと口を開きかけた。
けれど――言葉が出てこない。
(どうしよう……このままじゃ、オレ、龍可を守れない……)
胸に去来する恐怖を振り払えない龍亞。
その時、背後から鋭い声が飛んだ。
「耐えろ! 必ず突破口がある。それまで耐え抜くんだ!」
「ジャック……」
その言葉に、龍可は小さく息を吸った。
「わかったわ……」
震えを抑えるようにカードを構える。
「わたしはライフを500支払い、モンスターをセット!さらに、ライフを500支払い、カードを1枚セット!あぁ……!」
龍可:LP4000→3500→3000
再び、腕に嵌められた枷が淡い光を放つ。
生命そのものを削り取られるような苦痛が、容赦なく龍可を襲った。
誰一人として例外はない。
カードを出すたびに命を削られ、ターンが終われば要塞がさらに追い打ちをかける。
「そして、エンドフェイズ……」
「《フォルテシモ》の効果により、100ポイントのダメージを受けてもらう」
要塞の一角が開き、細い光線が放たれる。
「きゃぁああッ!」
龍可:LP3000→2900
光に貫かれた龍可の身体が大きく弾かれ、そのまま床へと倒れ込む。
「龍可ッ!」
「平気……心配してくれてありがとう……ターンエンド!」
龍可は震える膝に力を込め、どうにか立ち上がった。
しかし、その顔には疲労が色濃く浮かんでいる。
(命を懸けたデュエル。身体の弱い龍可には、負担が大きすぎる……)
ジャックは龍可を一瞥し、拳を強く握り締めた。
(ここは速攻あるのみ!)
「オレのターン!」
ジャックは迷いを振り切るようにカードを引き抜いた。
反撃の一手を求めて、その闘いを開始する。
「ライフを500支払い、手札を1枚捨て、《ツインツイスター》を発動! フィールドの魔法・罠を2枚対象に取り、破壊する!オレが破壊するのは《魔力の枷》と《フィールドバリア》だ!ぐっ……!」
ジャック:LP3900→3400
再び、腕の枷がジャックの生命力を吸い上げる。それでもジャックは怯まない。
放たれた二つの竜巻がフィールドを駆け抜け、金色の枷と、要塞を覆っていた翡翠色の障壁へと襲いかかった。
荒れ狂う風が二つの防壁を引き裂く。
やがて風が収まった時、《魔力の枷》も《フィールドバリア》も跡形なく消滅していた。
「これでカードを出すことに制限がなくなった!」
「流石ジャックね!」
龍亞と龍可の表情に、久方ぶりの喜色が浮かぶ。
「ほう……」
だが、アポリアだけは微動だにしない。
「《ツインツイスター》の発動コストにより墓地に送られた《ヴィジョン・リゾネーター》の効果発動!デッキから《レッド・デーモンズ・ドラゴン》の名が記された魔法・罠1枚を手札に加える!オレが手札に加えるのは《クリムゾン・ヘルガイア》!」
ジャックの手札に、新たな一枚が加わる。
反撃の流れは、まだ止まらない。
「そして、このカードは、貴様のフィールドに光属性の《機皇兵廠オブリガード》と《機皇神マシニクル∞³》の2体が存在していることで、手札から特殊召喚できる!来い!《神禽王アレクトール》!」
空間を切り裂くように、巨大な翼が翻った。
赤い羽根が舞い散る中、彫像を思わせる白磁の鎧を纏った鳥人の王が、悠然とフィールドへ舞い降りる。
《神禽王アレクトール》ATK2400
「その特殊召喚成功時、永続罠《レベル・カノン》を発動!」
アポリアが宣言した瞬間、要塞が低く唸る。
「モンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚したプレイヤーは、そのレベル1つにつき200ポイントのダメージを受ける!《神禽王アレクトール》のレベルは6!よって1200のダメージを受けてもらう!」
「なに!?」
要塞の装甲が開く。
内部から巨大な砲台が四基、せり上がった。
砲口に眩い光が集束する。
次の瞬間――四条の光弾が、一斉にジャックへと撃ち込まれた。
「ぬぁああああッ!」
ジャック:LP3400→2200
爆発の衝撃がジャックの身体を吹き飛ばす。
ジャックは両腕を交差させ、足を踏みしめた。床を削りながらも、決して倒れない。
(《根絶の機皇神》を龍亞のスタンバイフェイズに発動したのは、このカードで自分がダメージを受けないことが狙いだったか……)
ようやく、その意図が繋がった。
アポリアは最初から、この罠によるダメージすらも計算に入れていたのだ。
「この程度の痛み、屈するものか!」
ジャックは顔を上げる。
「《神禽王アレクトール》の効果発動 1ターンに1度、フィールドのカード1枚の効果をエンドフェイズまで無効にする!オレが無効にするのは、《レベル・カノン》!」
鳥人の王が翼を広げる。その眼光が、忌々しい永続罠を射抜いた。
フィールドを覆っていた圧力が、わずかに薄れる。
「……」
しかし、アポリアは何も言わない。表情すら変わらない。
まるで――その一手さえも、とうに想定していたかのように。
「オレは手札に加えた永続魔法《クリムゾン・ヘルガイア》を発動! その効果で、デッキから《レッド・デーモンズ・ドラゴン》の名が記されたカードである《ソウル・リゾネーター》を手札に加え、これを通常召喚!」
ジャックの傍らに、小柄な悪魔が飛び出した。
頭部には赤い羽飾り。その手にした音叉を打ち鳴らすと、澄んだ音色が要塞の内部へと響き渡る。
「このカードが召喚に成功したことで効果発動!デッキからレベル4以下の悪魔族モンスター、《ボーン・デーモン》を手札に加える!」
広がった音波に呼応するようにデッキホルダーが波打ち、指定されたカードが一枚、せり出してくる。
「フィールドの《アレクトール》を墓地に送ることで《ボーン・デーモン》の効果発動! このカードを特殊召喚できる!」
「その効果にチェーンし、手札から《増殖するG》を墓地へ送り効果発動」
その瞬間、要塞の空気がざわめいた。
無数の小さな気配が蠢く。正体は不快な害虫――だが、ソリッドビジョンのシステムが配慮したのか、その姿が立体映像として現れることはなかった。
「私はこのターン中、相手がモンスターを特殊召喚する度に1枚ドローする効果が適用される」
「厄介な真似を……!その効果処理後、《ボーン・デーモン》は特殊召喚される! 来い!」
「《増殖するG》の効果により1枚ドロー」
要塞の床を突き破るように、白髪の骸骨が這い出した。
同時に、アポリアのデッキから一枚のカードが引き抜かれる。
「《ボーン・デーモン》のさらなる効果!自身を対象にデッキから悪魔族チューナーである《クリムゾン・リゾネーター》を墓地へ送り、レベルを1つ上げる!」
次々と繰り出されるジャックの展開。
だが、それを迎え撃つアポリアの手札もまた、確実に増えている。
「いくぞ! オレはレベル5となった《ボーン・デーモン》にレベル3の《ソウル・リゾネーター》をチューニング!」
《ソウル・リゾネーター》が再び音叉を打ち鳴らした。
高らかな音色が響き渡る。三つの光の環が生まれ、その中へ《ボーン・デーモン》の姿が収まっていく。五つの星が一直線に連なり、交差した瞬間――要塞を閃光が呑み込んだ。
「王者の鼓動、今ここに列を成す!天地鳴動の力を見るがいい!―――シンクロ召喚! 我が魂、《レッド・デーモンズ・ドラゴン》ッ!」
轟音と共に炎が噴き上がる。燃え盛る紅蓮の中から、一頭の竜が姿を現した。
ジャック・アトラスという男、そのものを象徴するかのような紅き巨竜。
咆哮が要塞を震わせ、機械仕掛けの大空間にまで響き渡る。
《レッド・デーモンズ・ドラゴン》ATK3000
「その特殊召喚にも《増殖するG》の効果が適用。カードを1枚ドローする」
「構わん!カードを2枚伏せ、エンドフェイズ!」
「《フォルテシモ》の効果により、100ポイントのダメージを受けてもらう」
要塞の一角が開く。
そこから、またしても細い光線が放たれた。
「ぐううッ!」
ジャック:LP2200→2100
光線がジャックの身体を打ち抜く。僅か100ポイント。
それでも、積み重なる痛みは確実にその身体を蝕んでいた。
ジャックは膝を折りかける。だが――倒れない。
紅き竜を背に、王者は己の意地だけを支えにして、崩れそうになる身体を踏みとどまらせた。
「ターンエンドだ!」
「私のターン」
アポリアが無機質にカードを引く。
アポリア
LP:4000
Hand:4
Monster:《機皇神マシニクル∞³》《機皇兵廠オブリガード》《機皇兵ワイゼル・アイン》《機皇兵スキエル・アイン》
FieldMagic:《機動要塞フォルテシモ》
Magic&Trap:《レベル・カノン》
龍亞
LP:2400
Hand:4
Monster:Set《???》
FieldMagic:
Magic&Trap:Set1
龍可
LP:2900
Hand:4
Monster:Set《???》
FieldMagic:
Magic&Trap:Set1
ジャック
LP:2100
Hand:1
Monster:《レッド・デーモンズ・ドラゴン》
FieldMagic:
Magic&Trap:Set2+《クリムゾン・ヘルガイア》
アポリアはフィールド全体を一瞬だけ俯瞰した。
そして――迷いなく、次の一手へ移る。
「《機皇神マシニクル∞³》の効果発動。《レッド・デーモンズ・ドラゴン》を吸収する!」
「やらせるか!永続罠《デモンズ・チェーン》!《機皇神マシニクル∞³》の効果を無効にし、攻撃を封じる!」
虚空から伸びた悪魔の鎖が、白き巨神の巨体へ幾重にも絡みつく。
だが、アポリアは動じない。
「……いいだろう。私は《機皇兵グランエル・アイン》を召喚」
要塞のハッチが開く。
そこから、《グランエル》を一回り小型化したような機械兵が姿を現した。
「モンスターを召喚したことで、永続罠《レベル・カノン》の効果により私は800ポイントのダメージを受ける」
四基の砲台が一斉に反転する。
光弾が放たれ、要塞と一体化したアポリアの身体を直撃した。
アポリア:LP4000→3200
爆煙が晴れる。
しかし、その身体にも、表情にも変化はない。
「貴様、痛みを感じぬのか!?」
「《機皇兵グランエル・アイン》が出現したことにより、《ワイゼル・アイン》、《スキエル・アイン》、そして《グランエル・アイン》の攻撃力が上昇する」
《機皇兵ワイゼル・アイン》ATK1800→2200
《機皇兵スキエル・アイン》ATK1200→2000
《機皇兵グランエル・アイン》ATK1600→2000
三体の機械兵が同時に駆動する。
機械音が重なり合い、その戦闘能力が一段階引き上げられていく。
機械の軍団が、さらに強大な牙を剥いた。
「私のフィールドに「機皇神」が存在することで、墓地の《根絶の機皇神》を除外し、効果発動。相手フィールドのシンクロモンスター1体を破壊し、その攻撃力分のダメージを与える。《レッド・デーモンズ・ドラゴン》を破壊!」
《マシニクル》に絡みついた鎖の隙間から、凄まじい波動が放たれる。
紅蓮の竜を呑み込み、消滅させようと迫る。
「やらせん!《レッド・デーモンズ・ドラゴン》を対象に永続罠《ディメンション・ガーディアン》を発動!対象モンスターは破壊されない!」
紅き竜の前に障壁が展開される。
押し寄せた波動が障壁へ激突し、激しい火花を散らして弾き返された。
「ならばこうだ。《機皇兵グランエル・アイン》の効果発動。1ターンに1度、相手フィールドのモンスター1体を対象に、攻撃力か守備力を半分にする。私は《レッド・デーモンズ・ドラゴン》の攻撃力を半分にする。『グラヴィティ・プレッシャー』」
地の機皇兵、その砲身が唸る。
放たれた重力球が空中の紅蓮の竜を捉えた。
巨体が見えない力に押し潰され――そのまま地面へと叩き落とされる。
《レッド・デーモンズ・ドラゴン》ATK3000→1500
「おのれ……!」
「バトル。《機皇兵ワイゼル・アイン》で《レッド・デーモンズ・ドラゴン》を攻撃。『クォーク・カーブ』」
人型の機皇兵が跳躍する。左腕が変形し、鋭い光の刃が伸びた。
その一閃が、地に伏した紅蓮の竜を切り裂く。
《ディメンション・ガーディアン》の障壁が破壊そのものは阻む。
だが、攻撃の衝撃までは消せない。
「ぬうッ……!」
ジャック:LP2100→1400
「《スキエル・アイン》で《レッド・デーモンズ・ドラゴン》を攻撃。『ツイン・パルス』」
今度は空の機皇兵が上空へ浮かび上がる。
二基の小銃が同時に火を噴き、無数の光弾が地に伏せた紅き竜を撃ち抜いた。
「がぁああッ!」
ジャック:LP1400→900
ジャックの身体が大きく揺らぐ。
足から力が抜け、崩れ落ちそうになる。
その時――胸元に装着された機械が、赤い危険信号を明滅させた。
ジャックは反射的に胸を押さえる。だが、耐えきれない。
その身体が、ついに地面へと倒れ伏した。
「ジャック!!」
「《ワイゼル・アイン》の効果により、《グランエル・アイン》は貫通効果を得る。龍可のセットモンスターを攻撃。『グラヴィティ・ブラスター』」
「……!」
龍亞の叫びも届かない。
重力球が放たれ、龍可の伏せたモンスターを真正面から捉える。
《妖精胞スポーア》DEF800
圧倒的な重圧に晒された胞子が弾け、無数の欠片となって散った。
その余波が、龍可の身体を襲う。
「ああぁああッ、くぅ……!」
龍可:LP2900→1700
龍可は必死に踏みとどまった。
だが、アポリアのフィールドには、まだ攻撃可能な機皇兵が残っている。
「龍可!」
「そして、《オブリガード》でダイレクトアタック!」
「だめだ!だめだ、だめだッ!」
龍亞の声が悲鳴へと変わる。それでも、機械の兵士は止まらない。
《オブリガード》の砲門が開き、ミサイルが一斉に発射された。
逃げることもできない龍可へ、無慈悲な軌道を描いて迫る。
「うぁああああッ!」
龍可:LP1700→500
直撃。
龍可の身体が宙へ跳ね上がり、足枷に引っ張られ力なく落下する。
膝から崩れ、地面に倒れ伏した。
「龍可!龍可!龍可ッ!」
龍亞は必死に叫ぶ。
駆け寄りたい。今すぐ龍可を抱き起こしたい。
だが、足元を拘束する足枷が、その願いを無情にも阻んでいた。
「そんな……龍可……ジャック……」
目の前で倒れた二人。助けることもできない。自分には、何もできない。
「なんで……なんでこんなことに……」
震える声が、広大な要塞の中へ虚しく響く。
「私はカードを3枚伏せる。そして手札から永続魔法《ロックオン・レーザー》を発動」
その声に感情はなかった。
アポリアはただ、淡々とターンを進める。
要塞の装甲が開き、新たな光線銃が姿を現した。
「魔法・罠ゾーンにカードをセットした相手プレイヤーは200ポイントのダメージを受ける」
「……」
龍亞は答えなかった。
アポリアに背を向けたまま、俯いている。
「お前達が動けば動いただけ、その代償はライフとなって払われ、命は削られる。もっとも――二人は既に動けぬか」
「……」
龍亞の膝から、力が抜けた。
その場に崩れ落ちる。
「心が痛いか?心があるから人間は愚かな希望を抱く。そして、いともあっさりと望みは絶たれ、苦しみにまみれ、のたうつ」
倒れたジャック。意識を失った龍可。そして、動けずにいる龍亞。
その光景を前にしても、アポリアの声には一片の揺らぎもなかった。
「……くだらん。心がなければ、未来の破滅もなかった」
そして――
「少年。これが絶望だ」
龍亞の頬を、一筋の涙が伝った。
「―――ターンエンド」