それでは、決着です。
――静寂。
つい先ほどまで、幾重ものカードとモンスターが交錯していた宇宙空間には、異様なほどの静けさが満ちていた。何もない。
フィールドにも。墓地にも。手札にも。
そこにあるはずだったカードはすべて、《創星神 tierra》によってデッキへと還された。
積み重ねてきた戦術も。切り札も。一瞬にして、振り出しへと戻された。
ただ一体。黄金の巨神だけが、その中心に立っている。
《創星神 tierra》。その姿は、まるでこの戦場そのものを支配するために生まれたかのようだった。
《創星神 tierra》ATK3400
「フハハハハッ! 全てをリセットされた気分はどうだ?ここからは、己の引きが、運命が、勝敗を分ける鍵になる!」
その紅い瞳が、遊星と綴を見据える。
「……そして吾輩自身で攻撃、と行きたいが、《ネクロ・ガードナー》に阻まれているからな。これでターンエンドだ」
同時に、《邪神アバター》によって封じられていた魔法・罠の発動制限が消える。
ティエラとアンチノミーのフィールドを覆っていた黒い闇が、静かに晴れていった。
「僕のターン!」
アンチノミーSPC11→12
遊星SPC11→12
ティエラSPC1→2
綴SPC3→4
綴はカードを引き、手札を見つめる。
――足りない。
目の前に立つ《創星神 tierra》を突破するには、あまりにも手札も墓地も心許なかった。
「カードを一枚伏せて、ターンエンドよ」
「ボクのターン!」
アンチノミーSPC12→12
遊星SPC12→12
ティエラSPC2→3
綴SPC4→5
アンチノミーは焦ることなくドローカードを見つめ――ふっと笑った。
「SPCを6つ取り除き、《Sp-シフト・ダウン》を発動。カードを二枚ドローする」
アンチノミーSPC12→6
「この状況で手札増強か……!」
遊星に緊張が走る。
「《TG ロケット・サラマンダー》を召喚!」
ロケットへと改造された両腕を持つ火蜥蜴が、疾走するコースへ躍り出る。
「「TG」であるこのカードをリリースすることで、効果発動!デッキから《TG スクリュー・サーペント》を特殊召喚!」
火蜥蜴が光の粒子へと変わり、その残光を追うように、一体の機械海竜がコースへ滑り込んだ。
「《スクリュー・サーペント》の効果発動!墓地に存在するレベル4以下の「TG」である、《TG ロケット・サラマンダー》を特殊召喚!」
海竜の周囲で螺旋状の渦が巻き起こる。
その中心から、先ほど消えたはずの火蜥蜴が再び飛び出した。
「チューナーと非チューナーが揃った……!」
遊星が呟く。
アンチノミーは、既に次の一手へ移っていた。
「ボクはレベル1の《ロケット・サラマンダー》に、レベル4の《スクリュー・サーペント》をチューニング!」
機械海竜が螺旋の光輪へと変わり、火蜥蜴が一条の光となる。
二つの光が一直線に並び、五つの星が宇宙空間を駆け抜けた。
「リミッター解放レベル5!レギュレーターオープン!アクセラレータOK!トップサポート、オールクリアー!GO!シンクロ召喚!―――カモン!《TG オーバー・ドラグナー》!」
爆ぜた光の奔流の中から、電子的な剣と盾を携えた竜人型の機械が姿を現す。
鋭い装甲。研ぎ澄まされた機械の四肢。その姿は、ただの戦士ではない。
更なる「TG」を呼び起こすための、新たな起点だった。
《TG オーバー・ドラグナー》ATK2100
「《オーバー・ドラグナー》がシンクロ召喚に成功したことで効果発動!墓地から「TG」モンスターを任意の数だけ守備表示で特殊召喚する!蘇れ!《TG ロケット・サラマンダー》!《TG スクリュー・サーペント》!」
二体の「TG」が、再びコースへ舞い戻った。
「なっ……一枚からここまで展開できるのか!」
「そして、蘇ったモンスターでもシンクロ召喚が行える……!」
遊星も綴も息を呑む。
アンチノミーは、その反応を確認することなく次のカードへ手を伸ばした。
「再度!レベル1の《ロケット・サラマンダー》に、レベル4の《スクリュー・サーペント》をチューニング!」
再び二つの光が交わる。
白い閃光が宇宙空間を一直線に貫いた。
「リミッター解放、レベル5!ブースターランチ、OK!インクリネイション、OK!グランドサポート、オールクリアー!GO!シンクロ召喚!―――カモン!《TG ワンダー・マジシャン》!」
光の柱から現れたのは、魔法使いを思わせる機械装束を纏った少女型の「TG」。
背中には妖精のような羽根。
桃色の髪を揺らしながら、細身の身体を翻す。
可憐な外見とは裏腹に、その身体には戦闘兵器としての鋭さが宿っていた。
《TG ワンダー・マジシャン》ATK1900
「《ワンダー・マジシャン》がシンクロ召喚に成功した時、フィールドの魔法・罠カード一枚を破壊する!綴のセットカードを破壊!」
「その効果にチェーンするわ!《針虫の巣窟》! デッキの一番上からカードを五枚墓地へ送る!」
「なるほど。だが、これでキミ達二人のフィールドはがら空き。しかも遊星は、手札にも墓地にもカードがない」
《創星神 tierra》の効果によって、遊星のリソースは完全に消えている。
対してアンチノミーの場には、二体の「TG」。
「《オーバー・ドラグナー》と《ワンダー・マジシャン》の攻撃力の合計は4000。綴、キミが今墓地へ送ったカードが、唯一の命綱というわけだ」
「くっ……!」
「バトルフェイズ!《ワンダー・マジシャン》で――」
「僕は墓地の《光の護封霊剣》を除外して、効果発動!」
綴の墓地から三本の剣が浮かび上がる。
淡い光を帯びた刃が「TG」の前方へ突き立ち、進路を塞いだ。
「このターン、相手は直接攻撃できない!」
「……助かった、綴」
「やはり、キミほどのデュエリストならば運も味方につけているということか」
アンチノミーは感心したように呟く。
しかし――そこで手を緩めるような男ではなかった。
「では、メインフェイズ2だ。いくぞ!」
デルタイーグルが再び加速する。
D・ホイールが風を切り、アンチノミーの視界が流れていく。
恐怖も。苦悩も。欲望も。
それらすべてを超えた先にある、研ぎ澄まされた精神の境地。
アンチノミーの瞳に、鮮烈な光が宿る。
「クリアマインドッ!レベル5の《TG オーバー・ドラグナー》に、レベル5の《TG ワンダー・マジシャン》をチューニング!」
魔術師が五つの光輪へと変わり、竜人を取り囲む。
竜人はその光輪へ飛び込むように加速し、光を纏った。
「リミッター解放、レベル10!メイン・バス・ブースター・コントロール、オールクリアー!無限の力、今ここに解き放ち、次元の彼方へと突き進め!GO!アクセルシンクロッ!!カモン!―――《TG ブレード・ガンナー》ッ!!」
光を裂き、巨大な人型機械が降臨する。
鮮やかな緑の装甲は鋭く洗練され、細身の機体には一切の無駄がない。
全身から零れ落ちる光の残滓が、その輪郭をさらに際立たせる。
右腕に備えられた光刃の銃剣を振り上げ――機体が、静かに構えを取った。
《TG ブレード・ガンナー》ATK3300
「この状況で、アクセルシンクロモンスターか……!」
「ボクはこれで、ターンエンドだ」
「俺のターン!」
アンチノミーSPC6→7
遊星SPC12→12
ティエラSPC3→4
綴SPC5→6
視線の先にあるのは、黄金の巨神――《創星神 tierra》。
そしてアンチノミーのフィールドには、攻撃力3300の《TG ブレード・ガンナー》。
敵の盤面は、未だ容易に崩せるものではない。
だからこそ、遊星は手札を見渡した。
今必要なのは、一撃で勝負を決める力ではない。
この局面を生き延び、次の一手へと繋げるための力だ。
「俺はSPCを7つ取り除き、手札の《Sp-エンジェル・バトン》を公開することで効果発動!デッキからカードを一枚ドローする!」
遊星SPC12→5
「さらに、SPCを4つ取り除き、《Sp-エンジェル・バトン》を発動!デッキからカードを二枚ドローし、一枚を捨てる!」
遊星SPC5→1
新たに手にしたカードへ、遊星は一瞬だけ目を落とす。
――行ける。
「俺はチューナーモンスター《サイキック・リフレクター》を召喚!」
フードを深く被ったサイキッカーが、青白い光を纏って出現する。
「《サイキック・リフレクター》が召喚に成功したことで効果発動!デッキから《バスター・モード》の名が記されたカードである、《バスター・ビースト》を手札に加える!」
遊星は迷うことなく、続けてカードを繰り出す。
「そして、《バスター・ビースト》を手札から墓地に捨てて効果発動!デッキから《バスター・モード》を手札に加える!」
必要なカードが、次々と手元へ集まっていく。
「さらに、《サイキック・リフレクター》の第二の効果発動!手札の《バスター・モード》を公開し、墓地から《バスター・ビースト》を特殊召喚!そして、《バスター・ビースト》のレベルを3上げて7に変更!」
墓地から、鉄球と盾を携えた獣人が姿を現す。
「そして手札を一枚墓地へ送り、墓地の《ジェット・シンクロン》の効果発動!自身を特殊召喚!」
噴射炎を吹き上げながら、小さなジェット戦士が戦場へ滑り込む。
気付けば、遊星のフィールドには三体のモンスター。
「俺はレベル7となった《バスター・ビースト》に、レベル1の《サイキック・リフレクター》をチューニング!」
《サイキック・リフレクター》が七つの光輪へと姿を変え、その中心を《バスター・ビースト》が一つの星となって駆け抜ける。
「集いし願いが、新たに輝く星となる。光さす道となれ!――シンクロ召喚!!飛翔せよ――《スターダスト・ドラゴン》ッ!!」
光の道から、再び白銀の竜が飛翔する。
大きく翼を広げるたび、その身体から零れた光の粒子が星屑となって宇宙へ散っていく。
遊星のエース――《スターダスト・ドラゴン》。
だが、遊星はその力を振るうより先に、さらなる展開へと繋げる。
「さらに墓地の《スターダスト・シャオロン》の効果発動!《スターダスト・ドラゴン》のシンクロ召喚に成功した時、このカードを特殊召喚する!」
墓地から、小さな東洋竜が舞い戻る。
その傍らには、先ほど蘇った《ジェット・シンクロン》。
「レベル1、《スターダスト・シャオロン》にレベル1、《ジェット・シンクロン》をチューニング!」
二つの小さな命が光となる。
「集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う!光差す道となれ!―――シンクロ召喚!希望の力、《フォーミュラ・シンクロン》!」
光の奔流から、小型のシンクロチューナーが飛び出した。
レーシングカーを思わせる機体を身に纏い、タイヤを回転させながら宇宙空間を駆ける。
「《フォーミュラ・シンクロン》の効果!カードを1枚ドロー!」
遊星の手札が一枚増える。
そのカードを確かめると、遊星は静かに前方を見据えた。
まだ足りない。このままでは、《創星神 tierra》を突破することはできない。
ならば――もう一度。
「クリアマインド!」
その宣言とともに、遊星のD・ホイールが一気に加速する。
風が裂ける。星々が後方へ流れていく。世界の輪郭さえも曖昧になるほどの速度。
「レベル8の《スターダスト・ドラゴン》に、レベル2の《フォーミュラ・シンクロン》をチューニング!」
《フォーミュラ・シンクロン》が二つの輝くリングとなり、《スターダスト・ドラゴン》を迎え入れる。
白銀の竜は一切の迷いなく光の中へ飛び込んだ。
その瞬間――遊星と星屑の竜は、世界から姿を消す。
「集いし夢の結晶が、新たな進化の扉を開く!光差す道となれ!――アクセルシンクロッ!!」
刹那。
ティエラの背後を、白銀の軌跡が駆け抜ける。
「――生来せよ!《シューティング・スター・ドラゴン》ッ!!」
白金に輝く流線型の体躯。
幾重にも重なる純白の翼が、流星の尾のように大きく広がる。
その姿は、先ほどまでの《スターダスト・ドラゴン》とは明らかに違う。
より速く。より強く。
そして――より遠くの未来へ届くための姿。
《シューティング・スター・ドラゴン》ATK3300
「ククッ、貴様もアクセルシンクロモンスターを呼び出したか。だが《創星神 tierra》には攻撃力は及ばず、《TG ブレード・ガンナー》とは互角。どうするつもりだ?」
ティエラの言葉に、遊星は答えない。
《シューティング・スター・ドラゴン》は、攻撃のためだけにここへ来たのではない。
今はまだ、勝負を決める時ではない。
この竜とともに、この戦場を生き残る。
そして――次の可能性へ繋ぐ。
「……カードを一枚伏せ、ターンエンドだ」
「消極的だな、英雄!吾輩のターン!」
アンチノミーSPC7→8
遊星SPC1→2
ティエラSPC4→5
綴SPC6→7
ティエラがカードを引く。
《創星神 tierra》は健在。
対する遊星は《シューティング・スター・ドラゴン》を構え、綴も墓地に四枚ものカードを残している。
盤面だけを見れば、容易に踏み込める状況ではない。
だが――ティエラに焦りはなかった。
むしろ、その紅い瞳には獲物を見定めるような愉悦が浮かんでいる。
「吾輩は《クリバンデット》を召喚!」
黒い毛玉のような小悪魔が、盗賊さながらの装束を翻して姿を現す。
《クリバンデット》ATK1000
「バトルだ!《創星神 tierra》で湯上綴にダイレクトアタック!『エクスプロージョン・ノヴァ』ッ!」
黄金の巨神が腕を掲げる。
その動きに呼応して、背後に展開された黄金の構造体が眩い光を放った。
次の瞬間、十字に交差する炎が放たれる。
宇宙空間そのものを焼き払うような灼熱が、綴へと迫った。
「そうはさせない!《シューティング・スター・ドラゴン》の効果発動!このカードをエンドフェイズまで除外し、相手モンスターの攻撃を一度だけ無効にする!」
白銀の流星竜が翼を広げる。
その輪郭が瞬く間に無数の星屑へとほどけ、炎の奔流へ飛び込んだ。
幾千もの光が渦を巻く。
十字の炎は流星の群れに飲み込まれ、勢いを失いながら霧散していった。
「まあ、当然の結果よな」
ティエラは意に介さない。
《シューティング・スター・ドラゴン》が消えることすら、織り込み済みだったかのように。
「続いて、《クリバンデット》で湯上綴にダイレクトアタック!」
小悪魔が地を蹴った。
巨神の攻撃を凌いだ直後――その隙間を縫うように、毛玉の悪魔が綴へと突進する。
「くうっ……!」
小さな身体とは裏腹の勢い。
まともに体当たりを受けた綴のD・ホイールが大きく揺れた。
綴:LP3200→2200
「バトルフェイズは終了。そしてエンドフェイズ。《クリバンデット》をリリースして効果発動」
攻撃を終えた《クリバンデット》の身体が光の粒子へと変わり、静かに消えていく。
「デッキの上からカードを五枚めくり、その中から魔法・罠を一枚選択し手札に加える。残りのカードは墓地へ送る。さあ、何が出るやらな?」
ティエラがデッキの上から五枚を取り出す。そして、それらを全員へと晒した。
《E・HERO シャドー・ミスト》
《シャドール・ビースト》
《超電磁タートル》
《スキル・プリズナー》
《ディメンション・ガーディアン》
五枚のカードが、ティエラの前に並ぶ。
その中から、彼は一枚を迷うことなく指で摘まみ上げた。
「吾輩は《ディメンション・ガーディアン》を手札に加える」
残る四枚が墓地へ送られる。
しかし――それらは、ただ墓地へ送られたわけではない。
「……けど、それだけではないでしょう?」
綴が鋭く言う。
「その通りだ!」
ティエラが愉快そうに笑った。
「墓地に送られた《E・HERO シャドー・ミスト》、《シャドール・ビースト》の効果発動!《シャドー・ミスト》の効果により「HERO」モンスターである《E-HERO ヘル・ゲイナー》を手札に加え、《シャドール・ビースト》の効果で一枚ドローする!」
墓地へ送ったカードすら、次なる手札を生み出していく。
一枚を選び取っただけのはずが、結果としてティエラの手札はさらに膨れ上がった。
「くっ……」
遊星が眉を寄せる。
そして、空いた宇宙空間へ目を向けた。
「だがこのエンドフェイズ、《シューティング・スター・ドラゴン》がフィールドに戻る!」
散らばっていた星々が、再び一つの場所へ集まり始める。
無数の光が渦を描き、白銀の翼を形作る。
やがて、その中心から流星竜の巨体が再び姿を現した。
翼を広げた《シューティング・スター・ドラゴン》が、再び遊星の前へと舞い戻る。
「ふむ。では、ターンエンドだ」
「僕のターン!」
アンチノミーSPC8→9
遊星SPC2→3
ティエラSPC5→6
綴SPC7→8
アンチノミー
LP:3900
SPC:9
Hand:1
Monster:《TG ブレード・ガンナー》
FieldMagic:《スピード・ワールド2》
Magic&Trap:
遊星
LP:4000
SPC:3
Hand:1(《バスター・モード》)
Monster:《シューティング・スター・ドラゴン》
FieldMagic:《スピード・ワールド2》
Magic&Trap:Set1
ティエラ
LP:2300
SPC:6
Hand:3(内2枚は《ディメンション・ガーディアン》、《E-HERO ヘル・ゲイナー》)
Monster:《創星神 tierra》
FieldMagic:《スピード・ワールド2》
Magic&Trap:
綴
LP:2200
SPC:8
Hand:1
Monster:
FieldMagic:《スピード・ワールド2》
Magic&Trap:
その一枚を見た瞬間――彼の瞳が、ほんの僅かに細くなった。
驚きではない。迷いもない。
まるで、今この瞬間に引くことを予期していたかのように、綴はカードを手の中で一度だけ確かめる。
「僕もSPCを6つ取り除き、《Sp-シフト・ダウン》を発動するわ。カードを二枚ドロー!」
綴SPC8→2
綴は手札に加わったカードを確認する。
そして――今度は一切の逡巡を見せなかった。
「カードを二枚伏せて、ターンエンド!」
伏せられたカードは、ただの時間稼ぎなのか。
それとも、この先に待ち受ける何かのための布石なのか。
答えは、彼だけが知る。
「ボクのターン!」
アンチノミーSPC9→10
遊星SPC3→4
ティエラSPC6→7
綴SPC2→3
アンチノミーがカードを引く。
その動きに、ためらいはなかった。
手札を一瞥しただけで、次の一手を決める。
「SPCを6つ取り除き、再び《Sp-シフト・ダウン》を発動。カードを二枚ドローする」
アンチノミーSPC10→4
二枚のカードが手札へ加わる。
それは単なる手札補充ではない。
限られた手段の中で、アンチノミーが次の局面を切り開くための選択肢を着実に増やしていく。
そして――間髪入れず、次のカードを手に取った。
(綴は今まで、何度となくボク達の妨害をしてきた。ならば、ここは彼を攻める!)
「さらにSPCを2つ取り除き、《Sp-サイクロン》を発動!綴のセットカードを破壊する!」
アンチノミーSPC4→2
風圧を伴った竜巻が、綴の伏せカードへ向かって走る。
しかし。
「なら、対象となったこのカードをチェーンするわ!罠カード《戦線復帰》発動!墓地からモンスターを一体復活させる。僕が復活させるのは―――《地縛神 Aslla piscu》!」
「なっ……妨害ではないのか!」
その名が告げられた瞬間だった。
宇宙空間に瞬いていた星々が、一斉に姿を失う。
――いや。消えたのではない。
巨大な影によって、覆い隠されたのだ。
遊星、アンチノミー、ティエラの視線が、揃って天空へ向かう。
そこにあったのは――巨大な翼。
次の瞬間、空間そのものを震わせる羽搏きが響き渡った。
漆黒の翼を広げた規格外のハチドリが、宇宙の彼方から舞い降りてくる。
その巨体が通過するだけで星々の光が遮られ、巨大な影が戦場を覆い尽くしていく。
そして《地縛神 Aslla piscu》は、地上に降り立つことすらなく、悠然と宙に浮かんだまま黄金の巨神を見下ろした。
『……神を名乗るか。ならば、その資格があるかどうか――我が見極めよう』
「ふん」
《創星神 tierra》が、黄金の巨体をわずかに動かす。
「赤き竜に敗れ去った土着の神風情が。貴様程度の力では、吾輩に届きはせぬ」
『……なんだと?』
《Aslla piscu》の翼が、僅かに震えた。
だが、すぐに綴の声が割って入る。
「……今は、争っている場合じゃないわ」
「そうだ。ボクたちはまだデュエルの最中だ」
《Aslla piscu》は二人へ視線を向ける。
しばしの沈黙。
そして再び、黄金の巨神へと視線を戻した。
『よかろう。貴様らの闘いに付き合ってやる。だが――』
漆黒の翼が、ゆっくりと広がる。
『最後に勝つのは我らだ。驕れる者は敗れるが定めよ』
「それはどうかな?チューナーモンスター《TG サイバー・マジシャン》を召喚!」
虚空に幾何学的な光の紋様が展開され、その中心から肩章付きの装甲をまとった少年魔導士が姿を現した。
「このカードを「TG」と名の付いたシンクロモンスターのシンクロ素材とする場合、手札の「TG」モンスターをチューナー以外の素材とすることが出来る。ボクは、手札のレベル1、《ブースター・ラプトル》にレベル1、《サイバー・マジシャン》をチューニング!」
魔導士と原鳥類が光となって交わる。
「リミッター解放、レベル2!レギュレーターオープン!ナビゲーション、オールクリアー!―――GO!シンクロ召喚!カモン!《TG レシプロ・ドラゴン・フライ》!」
光の柱が弾けた。
そこから飛び出したのは、機械仕掛けの巨大な蜻蛉。
薄い翅を高速で震わせながら宙を旋回し、その機械的な眼が戦場を見据える。
《TG レシプロ・ドラゴン・フライ》ATK300
「《レシプロ・ドラゴン・フライ》の効果により、自分フィールドのシンクロモンスターである《ブレード・ガンナー》をEXデッキに戻し、そのシンクロ召喚に使用した一組を墓地から復活!蘇れ、《オーバー・ドラグナー》!《ワンダー・マジシャン》!」
鮮やかな緑の装甲を持つ《ブレード・ガンナー》が光となって消滅する。
代わって、その場所を埋めるように二体のシンクロモンスターが舞い戻った。
竜人型の機械兵《オーバー・ドラグナー》。そして、妖精の羽根を広げる《ワンダー・マジシャン》。
シンクロモンスター三体。それが意味するものを、遊星は瞬時に理解した。
「シンクロチューナーとシンクロモンスター二体……!ならば、《シューティング・スター・ドラゴン》の効果発動!このカードを除外し、このターン、相手の攻撃を一度だけ無効にする!」
遊星を守るように、流星の竜が無数の星々へと分解される。
砕けた光は消えることなく、遊星の周囲を巡り始めた。
まるで、迫り来る攻撃を迎え撃つための星の盾。
「流石だな。ボクが《シューティング・スター・ドラゴン》の効果を封じるモンスターを呼ぶと考えて、予め発動したのか。だが、この攻撃を受けきれるか?」
(……来る!)
アンチノミーの声と同時に、三体の「TG」が動いた。
「バトル!《レシプロ・ドラゴン・フライ》で遊星にダイレクトアタック!」
小型の機械蜻蛉が一気に高度を落とし、遊星へと突っ込んでくる。
遊星は身構えた。
次の瞬間、周囲を漂っていた星々が一斉に反応する。
激突の寸前、星屑が弾け飛び、《レシプロ・ドラゴン・フライ》の軌道を強引に逸らした。
「その攻撃は、《シューティング・スター・ドラゴン》の効果で無効になる……!」
「続いて《ワンダー・マジシャン》でダイレクトアタック!『マシンナイズ・ソーサリー』ッ!」
今度は魔法使いが両手を掲げる。
その先端に圧縮されたエネルギーが収束し、巨大な光球となって膨れ上がった。
光球は逃げ道を塞ぐように軌道を変え――真正面から遊星へと迫った。
「ぐぁあああッ!」
直撃。
衝撃がDホイールを大きく揺さぶり、遊星の身体がシートから浮き上がりかける。
遊星:LP4000→2100
「最後だ、《オーバー・ドラグナー》でダイレクトアタック!この攻撃を防げなければ、キミの敗北だ!」
竜人型の機械兵が一気に距離を詰める。
その手に装着された剣が、遊星へと振り下ろされた。
「罠発動!《ガード・ブロック》!戦闘ダメージを0にして、カードを1枚ドローする!」
刃が遊星へ届く寸前、透明な防壁が展開された。
鋭い斬撃が防壁を打ち砕く。だが、その勢いは殺された。
「それが虎の子のカードか。しかし、その程度ではボクについてこれない!メインフェイズ2!」
アンチノミーがアクセルを踏み込む。
デルタイーグルが、さらに速度を上げた。
周囲を流れていた星々が、まるでその加速に引き寄せられるように軌道を変えていく。
光が走る。速度そのものが、世界の輪郭を削り取っていく。
「―――限界を打ち破る境地!トップクリアマインドッ!!」
瞬間。
世界から色が消えた。
否。色が、アンチノミーの速度についてこられなくなった。
無数の光が一つの奔流となり、宇宙の彼方へと駆け抜けていく。
「レベル2の《レシプロ・ドラゴン・フライ》と、レベル5の《オーバー・ドラグナー》に――レベル5の《ワンダー・マジシャン》をチューニング!」
三体のシンクロモンスターが、それぞれ異なる輝きを放つ。
その光が重なり、絡み合い、一本の巨大な螺旋へと変わっていく。
「リミッター解放、レベルマックス!レギュレーターオープン!ナビゲーション・オールクリアー!次元を打ち破る無限の力、光を超え未来を切り拓け!」
螺旋の光が限界まで収束する。
そして――
「―――GO!デルタアクセル!カモン《TG グレイヴ・ブラスター》!!」
爆発。
白一色となった世界を切り裂き、一体の機械騎士が姿を現した。
赤と橙を基調とした装甲。銀色のフレームに覆われた鋭角的な機体。
背部から展開された巨大な機械翼が光を撒き散らし、その全身から迸るエネルギーが周囲の空間を震わせる。
両手に握られているのは、機体そのものに匹敵する巨大なグレイヴ。その刃が光を受け、鋭い輝きを放った。
《TG ハルバード・キャノン》とは異なる。
あれが巨大な要塞の如き圧倒的な重量を誇る兵器ならば、こちらは研ぎ澄まされた刃そのもの。機械騎士はただ静かにグレイヴを構えた。
《TG グレイヴ・ブラスター》ATK4000
「二体目の「TG」デルタアクセルシンクロモンスター……!」
遊星の視線が、新たに現れた機械騎士へと吸い寄せられる。
その姿だけでも十分な脅威だった。
だが――本当の恐ろしさは、まだ姿を見せていない。
「ボクはエンドフェイズに入る。キミの《シューティング・スター・ドラゴン》がフィールドに帰還する。そうだな?」
「……ああ。戻ってこい!《シューティング・スター・ドラゴン》!」
遊星の傍らで、散らばっていた星々が再び輝きを取り戻す。
無数の光が寄り集まり、白金の流線型を形作っていく。
そして、流星の竜が再びその姿を現した。
遊星の切り札。幾度となく彼を窮地から救ってきた、希望の竜。
「だが!帰還したこの瞬間に《グレイヴ・ブラスター》の第一の効果発動!EXデッキから特殊召喚されたモンスターである《シューティング・スター・ドラゴン》をゲームから除外する!」
「なに!?」
機械騎士が、ゆっくりとグレイヴを掲げた。
その刃の先端から、鋭い光が迸る。
抵抗する暇さえ与えない。白銀の光が《シューティング・スター・ドラゴン》を貫き――その姿を、無数の光の粒へと変えていく。
「《シューティング・スター・ドラゴン》……!」
遊星が息を呑む。
つい先ほどまでそこにいたはずの竜は、跡形もなく宇宙空間から消え失せていた。
「それだけではない。モンスターが表側で除外されたことで、《グレイヴ・ブラスター》第二の効果を発動!そのモンスターを召喚条件を無視して、ボクのフィールドに特殊召喚する!」
「なんだと!?」
遊星の表情が強張る。
除外された。それだけでは終わらない。
《シューティング・スター・ドラゴン》が、アンチノミーの戦力になる。
「ボクの元に来い!《シューティング・スター・ドラゴン》!」
グレイヴが天を指し示す。
すると、先ほど消えたはずの星々が、今度はアンチノミーの頭上へ集まり始めた。
それらが渦を巻きながら収束し、見慣れた翼と流線型の巨体を再び形作っていく。
白銀の翼が開く。流星の尾が煌めく。
だが今、その竜が立つ場所は遊星の傍らではない。アンチノミーのフィールドだった。
機械騎士《TG グレイヴ・ブラスター》と並び立つ二体の切り札。
「くっ……《シューティング・スター・ドラゴン》……!」
遊星の拳が、強く握り締められる。
自分が未来へ託した竜が、今は敵の力として牙を剥こうとしている。
「次はキミのターンだが、予め伝えておこう。《グレイヴ・ブラスター》の第一の効果はお互いのターンに、このカードのシンクロ素材となったチューナー以外のモンスターの数まで使用できる。つまり、二回の除外が可能だ!」
その言葉の意味を理解した瞬間、遊星たちの間に緊張が走った。
一度ではない。
この機械騎士は、二度。同じことができる。
「主力がEXデッキに集中している遊星に刺さる効果ね……!」
綴の声にも、隠しきれない危機感が滲む。
遊星の切り札は、すでに敵の場にある。
そして、それを取り戻すどころか――次の切り札さえも奪われる可能性がある。
「ボクはこれでターンエンド!さあ、打ち破れるものなら打ち破ってみろ!」
「……俺のターン!」
アンチノミーSPC2→3
遊星SPC4→5
ティエラSPC7→8
綴SPC3→4
遊星は引いたカードを確認する。
だが、その表情に浮かんだのは喜色ではなかった。
目の前には、敵となった《シューティング・スター・ドラゴン》と《TG グレイヴ・ブラスター》。
自らの切り札を失った今、正面から突破する手段はない。
「SPCを4つ取り除き、《Sp-エンジェル・バトン》を発動!カードを二枚ドローし、一枚を捨てる!」
遊星SPC5→1
二枚のカードが遊星の手元へ加わる。
その一枚一枚を確かめるように、遊星の視線が走った。
――だが。必要なカードは、まだ足りない。
遊星はわずかに目を伏せると、余計な動きを一切見せずにカードを伏せた。
「モンスターをセット……ターンエンドだ」
「手も足も出ぬとは、まさにこのことよな! 吾輩のターン!」
アンチノミーSPC3→4
遊星SPC1→2
ティエラSPC8→9
綴SPC4→5
ティエラがカードを引く。
そのカードを確認した瞬間――紅い瞳が細くなった。
笑みが浮かぶ。逃げ道を一つずつ塞ぐ。
盤面だけではない。墓地に眠る可能性さえも、今のティエラには見えている。
「吾輩はSPCが2つ以上存在することで《Sp-魂の開放》を発動。お互いの墓地から五枚までカードを除外する。吾輩が除外するのは湯上綴の墓地の《ゴブリンのやりくり上手》二枚、《ネクロ・ガードナー》。不動遊星の墓地の《フォーミュラ・シンクロン》、《スターダスト・ドラゴン》だ」
「それにチェーンするわ!《ネクロ・ガードナー》を除外して効果発動!このターン、攻撃を一度だけ無効にする!さらに!《ゴブリンのやりくり上手》をリバース!墓地の《ゴブリンのやりくり上手》の数にプラス一枚ドローし、一枚をデッキの一番下に戻す!」
綴は間髪入れずにカードを切った。
《ネクロ・ガードナー》が墓地から姿を現し、戦士の霊となって宇宙空間を駆ける。
攻撃を阻むための最後の盾。
同時に、《ゴブリンのやりくり上手》の効果によって、綴の手札へ三枚のカードが滑り込む。
そのうち一枚を選び、デッキの底へ。
墓地を削られながらも、綴は次の一手へ繋がる可能性を手元に残した。
「だが、モンスターが表側で除外されたことで、《グレイヴ・ブラスター》の効果が発動する。そうだな?」
「ああ。除外された《スターダスト・ドラゴン》をボクのフィールドに〝守備表示で“特殊召喚する!」
《グレイヴ・ブラスター》が、その巨大な槍を天へと掲げる。
刃の先端から放たれた光が、虚空を走った。
すると、先ほど《魂の開放》によって除外されたはずの星屑が、光に導かれるように一点へと集まり始める。
無数の輝きが重なり、輪郭を形作る。
帰還した星屑の竜は、遊星のフィールドではなく、アンチノミーの機械騎士の傍らへと降り立った。守備表示。
まるで、かつて遊星が託した希望そのものが、敵の盾として立ちはだかったかのようだった。
「くっ……なんてやつだ……!」
遊星の拳が、強く握り締められる。
《スターダスト・ドラゴン》さえも。
自らの切り札であった星屑の竜さえも――今や、敵の戦力となっていた。
「フハハハハッ、悔しかろう。だが、吾輩は手を緩めんぞ。《E-HERO ヘル・ゲイナー》を召喚!」
虚空が歪む。
そこから這い出るように姿を現したのは、黒い鎧を思わせる装甲に全身を覆われた異形のHEROだった。
装甲の隙間から幾本もの刃が突き出し、両腕には獣じみた鋭い爪が備わっている。
「《ヘル・ゲイナー》の効果発動。このカードを2ターン後の未来まで除外することで、自分フィールド上の悪魔族モンスター――《創星神 tierra》は永続的に2度の攻撃が可能になる」
《ヘル・ゲイナー》が口元を歪め、不敵に笑う。
次の瞬間、その身体が無数の光の粒子へと変わっていった。
残された光の粒子は吸い寄せられるように《創星神 tierra》へと集まり、その黄金の巨体へ次々と呑み込まれていく。
巨神の身体が、わずかに震えた。まるで新たな力を取り込んだことを示すかのように。
「攻撃力3400の二回攻撃……!」
綴の声に緊張が走る。
一度ならば、《ネクロ・ガードナー》が止められる。
だが――二度目はない。
「バトルだ!《創星神 tierra》で遊星のセットモンスターを攻撃!」
黄金の巨神が両腕を広げる。
その胸部に、赤い光が集束した。
「《ネクロ・ガードナー》の効果により、その攻撃は無効となるわ!」
十字の炎が放たれる。
宇宙を焼き払うほどの灼熱が、一直線に遊星へ迫った。
しかし、その進路へ戦士の亡霊が割り込む。
炎と霊体が激突した瞬間、凄まじい衝撃が宇宙空間を駆け抜ける。
《ネクロ・ガードナー》は全身を焼かれながらも、その身を盾として炎を受け止めた。
「では二回目の攻撃だ。焼き尽くせ!灰燼となるまで!」
再度、十字の炎が迸った。
「……!」
遊星には、もう防ぐ手段がない。炎が迫る。
逃げ場を覆い尽くすように広がった業火が、セットされていた一枚のカードを呑み込んだ。――《チューニング・サポーター》。
カードは一瞬で炎に包まれ、その姿すら残さず消滅する。
「くっ……」
遊星が歯を食いしばる。
切り札を失い、墓地を削られ、そして今度はフィールドまで焼かれた。
それでも《創星神 tierra》は止まらない。
黄金の巨神は、まるで当然のように宇宙空間へ君臨している。
「吾輩はカードを一枚伏せてターンエンド」
「僕のターン!」
アンチノミーSPC4→5
遊星SPC2→3
ティエラSPC9→10
綴SPC5→6
綴は手札に残された三枚のカードを見つめた。
黄金の巨神。赤き機械騎士。
そして、その傍らに立つ白銀の流星と星屑
《シューティング・スター・ドラゴン》と《スターダスト・ドラゴン》を奪われている限り、状況は容易には動かない。
『おい、どうするのだ?あの情けなくも奪われた流星の竜がいる限り、我の攻撃は届かぬ上、フィールドを離れた時の全体破壊効果さえも無効化されてしまう……さらに、我が攻撃対象にならないことで、綴、貴様への攻撃を防ぐことは出来ているが。その分、不動遊星に攻撃が集中しているぞ』
《Aslla piscu》の言葉は、綴自身も理解していた。
自分は《地縛神 Aslla piscu》によって守られている。
だが、その代償として――遊星が攻撃を一身に引き受ける形になっている。
このままでは、いずれ遊星のライフが尽きる。
しかし、焦って動けば、こちらまで崩される。
綴は手札を一枚ずつ確認し、そして静かに決断した。
「……ここは防御に回るしかないわ。カードを三枚伏せて、ターンエンド!」
手にした三枚を、迷いなくセットする。
これで綴の手札は空になる。
攻めるためのカードを温存したわけではない。
今はただ、この盤面を生き延びるために。
「ボクのターン!」
アンチノミーSPC5→6
遊星SPC3→4
ティエラSPC10→11
綴SPC6→7
アンチノミーがカードを引く。
戦場を見渡せば、優勢は明らかにこちらへ傾いていた。
《グレイヴ・ブラスター》。その傍らには、敵から奪い取った《シューティング・スター・ドラゴン》と《スターダスト・ドラゴン》。
三体のシンクロモンスターが並ぶ光景は、まさに圧倒的だった。
それでもアンチノミーに油断はない。
ここまで追い詰めてもなお、綴は幾度となく想定を覆してきた。
だからこそ、勝負を決めるための一撃を慎重に選ぶ。
「バトルだ!《グレイヴ・ブラスター》で――」
「バトルはさせないわ!」
綴の声が鋭く割り込んだ。
「《威嚇する咆哮》を発動!このターン、あなたは攻撃宣言できない!」
次の瞬間、凄まじい咆哮が宇宙空間を震わせた。
音など存在しないはずの虚空を、なおも突き抜けるような威圧が走る。
《グレイヴ・ブラスター》の機械翼が展開しかけたところで停止する。
その傍らに立つ二体の竜もまた、攻撃へ移ることを許されない。
絶好の攻撃機会が、一枚の罠によって閉ざされた。
「……しぶといな」
アンチノミーは小さく息を吐く。
だが、その視線は依然として鋭い。
「だが、どうやってボクの布陣を突破する?カードを一枚セットし、ターンエンド」
「待ちなさい!そのエンドフェイズに永続罠《闇次元の開放》を発動!除外されている闇属性モンスター、《カオスハンター》を帰還させる!」
闇色の光が渦を巻き、その中心から一人の女狩人が姿を現した。
長い髪をなびかせ、手にした鞭を鋭くしならせる。
戦場へ降り立ったその瞬間――空気が変わった。
「……!」
アンチノミーの目が見開かれる。
「そのモンスターがいる限り、ボク達はカードを除外することができない……」
《カオスハンター》。
その存在は、今のアンチノミーにとって何よりも厄介だった。
《グレイヴ・ブラスター》の力の根幹である「除外」を封じる。
奪った《シューティング・スター・ドラゴン》も。
綴はただ耐えていたのではない。
この瞬間を狙い、アンチノミーの切り札へ真正面から楔を打ち込んだのだ。
「おのれ……」
ティエラの声にも、わずかな苛立ちが滲む。
「吾輩の墓地のカードも機能停止したか……」
「だけど、ボクのフィールドには《グレイヴ・ブラスター》のみならず、《シューティング・スター・ドラゴン》と《スターダスト・ドラゴン》がいる」
そして、静かに問いかける。
「遊星!切り札を奪われたキミに――可能性は残っているか!」
その言葉が響いた直後だった。
宇宙空間を流れていた無数の星々が、突如としてその軌道を変える。
一つ。また一つ。
光の軌跡を残しながら、四人のDホイールの後方へと吸い込まれていく。
その先にあったのは――巨大なブラック・ホール。
光すら逃れることのできない暗黒が、ゆっくりと、しかし確実に四人との距離を縮めていた。
「ククク……敗者はあれに呑み込まれる。決着の時は近いぞ!」
ティエラの言葉に、遊星はブラック・ホールを振り返る。
逃げ場はない。時間もない。
そして、目の前には敵の切り札を奪った《グレイヴ・ブラスター》が立ちはだかっている。
それでも――遊星の瞳から、光は消えなかった。
「……アンチノミー、おまえが教えてくれたはずだ。自分の可能性を信じれば、自分の限界を超えることが出来る!自分の限界に挑めと!」
その声に、迷いはなかった。
「俺は信じる。俺達の可能性を、未来を!俺のターン!」
遊星がカードを引き抜く。
アンチノミーSPC6→7
遊星SPC4→5
ティエラSPC11→12
綴SPC7→8
アンチノミー
LP:3900
SPC:7
Hand:0
Monster:《TG グレイヴ・ブラスター》《シューティング・スター・ドラゴン》《スターダスト・ドラゴン》(守備表示)
FieldMagic:《スピード・ワールド2》
Magic&Trap:Set1
遊星
LP:2100
SPC:5
Hand:2
Monster:
FieldMagic:《スピード・ワールド2》
Magic&Trap:
ティエラ
LP:2300
SPC:12
Hand:1
Monster:《創星神 tierra》
FieldMagic:《スピード・ワールド2》
Magic&Trap:Set1
綴
LP:2200
SPC:8
Hand:0
Monster:《地縛神 Aslla piscu》《カオスハンター》
FieldMagic:《スピード・ワールド2》
Magic&Trap:Set1+《闇次元の開放》
「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚!」
橙色の装甲を纏った小柄な機械戦士が、勢いよくフィールドへ飛び出す。
小さな身体に似つかわしくないほど強い眼光。
「このカードが召喚に成功した時、墓地に存在するレベル2以下のモンスターを守備表示で特殊召喚する! 甦れ、《チューニング・サポーター》ッ!!」
墓地から一体の機械人形が光に包まれ、遊星のフィールドへと帰還する。
その小さな姿が、《ジャンク・シンクロン》の隣に並んだ。
「……ここだ!」
アンチノミーが即座に反応する。
「リバースカード・オープン!永続罠《安全地帯》を《TG グレイヴ・ブラスター》を対象に発動!対象モンスターは破壊されず、効果の対象にならない!」
罠が開いた瞬間、グレイヴ・ブラスターの周囲を光の障壁が取り囲む。
機械騎士は、さらに堅牢な守りを得た。
「キミが狙っているのは、《チューニング・サポーター》を素材に《アームズ・エイド》をシンクロ召喚することによるさらなるドロー。だが、どんなカードを引こうと、そう易々と突破させはしない!」
遊星は答えない。
確かに、今の手札とフィールドだけでは、この布陣を正面から崩すことはできない。
それでも――ここから先へ繋がる道がある。
「確かに、今の状況を突破できる手段は俺にはない。だが、俺には、まだ可能性が残っている!レベル1の《チューニング・サポーター》に、レベル3の《ジャンク・シンクロン》をチューニング! 集いし勇気が、勝利を掴む力となる。光差す道となれ!」
二体のモンスターが光となって重なり合う。
四つの星が一つに束ねられ、暗黒の宇宙を照らすような輝きを放った。
「―――シンクロ召喚!《アームズ・エイド》!」
翠の光が弾け、その中心から赤く鋭い爪を備えた機械の腕が姿を現す。
「シンクロ素材として墓地に送られた《チューニング・サポーター》の効果発動!カードを1枚ドローする!」
遊星が引いたカードを確認する。一枚。
これが、この絶望的な盤面に残された新たな可能性だった。
「俺はSPCが2つ存在することで、《Sp-シンクロ・デフューズ》を発動!エンドフェイズまで、相手フィールドに存在するシンクロモンスターのコントロールを得る!俺が対象にするのは当然、《シューティング・スター・ドラゴン》だ!」
「なに!?」
アンチノミーの場にいた流星の竜が、光となって遊星のもとへ引き寄せられる。
奪われていた切り札が――再び、その主の手に戻った。
「《アームズ・エイド》の効果発動!《シューティング・スター・ドラゴン》の装備カードになる! そして、装備したモンスターは攻撃力が1000ポイント上昇する!」
《シューティング・スター・ドラゴン》ATK3300→4300
機械の腕が流星の竜へと装着される。
白銀の翼が、大きく開いた。
「さらに、SPCを1つ取り除き、《Sp-シルバー・コントレイル》を発動!《シューティング・スター・ドラゴン》の攻撃力を、エンドフェイズまで1000アップする!」
遊星:SPC5→4
《シューティング・スター・ドラゴン》ATK4300→5300
「攻撃力、5300……!」
「そして、《シューティング・スター・ドラゴン》の効果発動!デッキの一番上からカードを五枚確認し、その中のチューナーモンスターの数だけ攻撃することが出来る!」
「今の状況だけでも奇跡的だというのに、さらにそれを超えようというのか!」
遊星がデッキへ手を伸ばす。
五枚。ここに、未来への道がある。
「さあ、いくぞ!」
最初の一枚が、めくられた。
「……一枚目! チューナーモンスター、《アサルト・シンクロン》!」
「いかん……この流れは……」
ティエラの表情が初めて強張る。
二枚目。
「二枚目!チューナーモンスター、《スターダスト・シンクロン》!」
さらに一枚。
「三枚目!チューナーモンスター!《アンノウン・シンクロン》!」
三枚。
それだけでも十分に異常だった。
だが、遊星の手は止まらない。
「四枚目!チューナーモンスター、《ホイール・シンクロン》!」
四枚目まで――チューナー。
戦場に、息を呑むような沈黙が落ちる。
そして最後の一枚。
遊星が、それをめくる。
「……そして五枚目!チューナーモンスター! 《クイック・シンクロン》!」
「馬鹿な……五回の攻撃を可能にしただと!」
「流石、というべきか……」
《シューティング・スター・ドラゴン》を見上げ、ティエラが驚愕に目を見開く。
一方、アンチノミーは驚きを表に出さなかった。
ただ静かに、目の前で生まれた勝機を見つめている。
この流星竜こそが――遊星の、そして綴の信じた「可能性」の形だった。
「これが、俺達の可能性だ!いけ!《シューティング・スター・ドラゴン》!《創星神 tierra》を攻撃!『スターダスト・ミラージュ』ッ!!」
遊星の叫びに呼応するように、流星の竜が翼を大きく広げた。
次の瞬間、その手足を折りたたみ、より飛翔に適した流線形の姿へと変形する。
そして、一気に上空へと舞い上がった。
宇宙空間を駆け抜けた竜の軌跡が、途中で四つに分かれる。
色彩の異なる四体の分身が次々と姿を現し、五体の《シューティング・スター・ドラゴン》が、星々を背に宙を舞う。
その光景は、まるで五つの流星が同時に降り注ぐかのようだった。
先陣を切った分身が、天上から一気に滑空する。
標的はただ一つ。黄金の巨神――《創星神 tierra》。
「まだだ!永続罠《ディメンション・ガーディアン》を《創星神 tierra》を対象に発動! 対象モンスターは破壊されない!」
黄金の巨神の全身を、幾重ものオーラが包み込む。
それでも、流星は止まらない。
「だが、ダメージは受けて……」
遊星が呟く。その瞬間だった。
「かかったな!」
ティエラの表情から恐怖が消える。
慄いていたのは――演技だった。
「ダメージ計算時に手札から《オネスト》の効果発動!光属性である《創星神 tierra》の攻撃力は、相手モンスターの攻撃力分上昇する!これで終わりだ!希望は潰える!」
すべては、この瞬間のため。
黄金の巨神が眩い光を放つ。
その背から巨大な天使の翼が広がり、五体の竜を迎え撃つべく、両腕を構えた。
――だが。
「そうはさせないわ!カウンター罠《威風堂々》を発動!バトルフェイズ中、相手が発動したモンスター効果を無効にする!」
「……なにぃッ!?」
ティエラの顔が凍りつく。
直後、《創星神 tierra》を覆っていた光が弾け飛んだ。
巨大な天使の翼が消滅する。
そして――上空から飛来した一体目の《シューティング・スター・ドラゴン》が、黄金の巨神へと激突した。
「ぐっ、がぁあああッ!」
凄まじい衝撃が《創星神 tierra》の巨体を揺さぶり、その余波がティエラのDホイールまで震わせる。
ティエラ:LP2300→400
だが、遊星は止まらない。
「二回目の攻撃!ティエラ!これでおまえは終わりだ!」
「ぬぅう……!」
続いて、二体目の分身が空を切り裂く。
その姿が一瞬、流星となった。
二体目の《シューティング・スター・ドラゴン》が、《創星神 tierra》へ真正面から突き刺さる。
「ウォアアアアッ!!」
黄金の巨神の身体が大きく仰け反る。
次の瞬間、ティエラのライフポイントが――0へと落ちた。
ティエラ:LP400→0
敗北。
それを告げるように、ティエラのDホイールが大きく減速する。
その進路の先にあるのは――巨大なブラック・ホール。
漆黒の重力に引かれ、Dホイールが徐々にその暗闇へと吸い寄せられていく。
それでもティエラは、悔しさを露わにすることはなかった。
ただ、満足したように目を細める。
「……見事だ」
その顔には、敗北を受け入れた者の静かな笑みが浮かんでいた。
「神たる吾輩を負かすとは……」
最後までその言葉を言い終えると、ティエラの姿はDホイールごと漆黒の闇へと呑み込まれていく。
やがて、その姿も完全に消え失せた。
「ティエラ……テイル……」
綴が呟く。
その視線の先には、すでにティエラの姿はない。
だが――戦いは、まだ終わっていなかった。
「感傷に浸るにはまだ早いぞ!さあ、遊星!最後までやり遂げるんだ!」
アンチノミーの声が飛ぶ。
その言葉に、遊星は顔を上げた。
「……三回目!《スターダスト・ドラゴン》を攻撃!」
上空で待機していた三体目の分身が、翼を翻す。
流星となった竜が一直線に急降下し、逃げ場を与えぬ速度のまま《スターダスト・ドラゴン》へと激突した。
閃光が弾ける。星屑の竜は、その巨体を光の粒子へと変えながら消滅した。
「《アームズ・エイド》の効果! 装備モンスターが戦闘で相手モンスターを破壊した時、その元々の攻撃力分のダメージを与える! 《スターダスト・ドラゴン》の攻撃力は、2500!」
直後、《アームズ・エイド》から放たれた衝撃波が、凄まじい暴風となってデルタイーグルを包み込む。
「ぐぁああッ!」
機体が激しく煽られ、アンチノミーの身体が大きく揺さぶられた。
アンチノミー:LP3900→1400
だが、遊星は一切の迷いを見せない。
「四回目!《グレイヴ・ブラスター》を攻撃!」
四体目の《シューティング・スター・ドラゴン》が、空を切り裂いて突進する。
狙いは、赤き機械騎士。
《グレイヴ・ブラスター》の周囲には、なおも《安全地帯》の守りが残されている。
流星の竜が激突する。凄まじい衝撃が弾けるも、機械騎士そのものは破壊されない。
しかし――攻撃の余波だけは、確実にアンチノミーを襲った。
「くぅううッ!」
デルタイーグルが大きく傾く。
アンチノミー:LP1400→100
残されたライフは、僅かに100。
それでも、最後の一体がまだ空にいる。
「五回目!再び《グレイヴ・ブラスター》を攻撃!」
上空で静止していた最後の《シューティング・スター・ドラゴン》が、ゆっくりとその姿勢を変える。
狙いを定める。翼を広げる。
そして――一直線。
最後の一体が、夜空そのものを穿つような速度で突撃した。
もはや、止める術はない。
アンチノミーは迫り来る流星を見つめていた。
その顔に、恐怖はなかった。
むしろ――満足そうな笑みが浮かんでいる。
「……流石だ」
小さく呟く。
そして、迫り来る最後の一撃を、真正面から受け入れた。
「ぐぁああああッ!」
轟音。
デルタイーグルの機体が大きく弾き飛ばされる。
アンチノミー:LP100→0
決着。
その瞬間、デルタイーグルが完全にバランスを失った。
機体は制御を失い、後方へと滑っていく。
その先に待ち受けているのは――すべてを呑み込む漆黒のブラック・ホール。
「アンチノミー!」
遊星が叫ぶ。
だが、もう間に合わない。
デルタイーグルがブラック・ホールの重力に捕らえられる。
そして――その巨大な闇は、アンチノミーだけを呑み込んだのではなかった。
遊星のDホイールを。綴のDホイールを。
三人を隔てる最後の距離さえも、無慈悲な重力が引き裂いていく。
「うわあああッ!」
遊星の叫びが闇へと吸い込まれる。
綴もまた、必死に機体を制御しようとする。
だが、ブラック・ホールの引力には抗えない。
三台のDホイールが、三人の身体ごと漆黒の中心へと引きずり込まれていく。
星々の輝きが、急速に遠ざかる。
そして――遊星も、綴も、アンチノミーも。
すべてが、ブラック・ホールの中へと消えた。
「ここは……光さえ抜け出すことのできない空間……!」
遊星の声が、漆黒の空間に響いた。
周囲には、星もない。光もない。
ただ、あらゆるものを呑み込んでいく暗黒だけが、果てしなく広がっている。
遊星と綴の表情に、初めて焦燥が浮かんだ。
その時だった。
後方から、二つの光が近づいてくる。
「……!」
振り返った遊星と綴が目を見開く。
そこには、ティエラのDホイールとデルタイーグルが走っていた。
「大丈夫か!ティエラ!アンチノミー!」
「もうティエラじゃねえよ。今のおれはテイル。やっこさんはスリープモードだ」
軽い調子。
いつもの彼と何も変わらない。
まるで、先ほどまで命を懸けたデュエルをしていたことさえ、遠い出来事であるかのように。
「テイル!」
綴が思わず声を上げる。
「ふっ……」
その隣で、アンチノミーが小さく笑った。
そして――遊星と綴を、まっすぐに見つめる。
その瞳には、戦いの中で見せていた鋭さはなかった。
あるのは、満たされた者だけが浮かべる、穏やかな表情だった。
「遊星、綴……見せてもらったよ。キミ達の可能性を」
「二人が綺麗に連携出来てたのもあるな。おれ達は個人プレーだったし」
テイルが笑う。確かにそうだった。
ティエラとアンチノミーは、それぞれが自らの力を最大限に引き出して戦っていた。
だが、遊星と綴は違った。互いのカードを、互いの判断を信じた。
一人では届かなかった場所へ、二人で手を伸ばした。
「協力しあうことが出来るのも、また、人の可能性だよ」
アンチノミーは、静かに言った。
そして、その言葉を胸の奥から絞り出すように続ける。
「―――遊星、綴。この世界を救い、そしてZ-ONEを救ってやってほしい!」
「どういうことだ!?」
遊星が声を荒らげる。
「おまえは、この世界を破滅させるために戦っていたんじゃないのか!?」
「ティエラはそのつもりだったんだけどなあ」
テイルが、どこか遠くを見るように呟いた。
その言葉を受け、アンチノミーが目を伏せる。
「ボクは、キミ達と過ごした時間の中で何度となく、不可能と思える壁を打ち破る姿を見てきた」
その脳裏に、これまでの戦いが蘇る。
何度追い詰められても立ち上がった遊星。
絶望的な状況の中でも、決して希望を手放さなかった綴。
その姿を、アンチノミーはずっと見ていた。
「そして、記憶を取り戻した時――ボクは決意したんだ。遊星、綴。キミ達の可能性を信じようと!」
「僕達の……」
綴の声が、かすかに震える。
「キミ達なら絶対できる!」
アンチノミーの声が、初めて強く響いた。
「遊星は自分の限界を打ち破れる!綴もまた、希望の光を持っている!」
その言葉には、確信があった。ただの励ましではない。
何度も二人の戦いを見届けた者だからこそ抱く、揺るぎない確信。
「だからボクは、キミ達を導くためにこのデュエルを始めたんだ!」
遊星が息を呑む。これまでの戦い。幾度となく突きつけられた絶望。
そして、そこから這い上がるために与えられた試練。
そのすべてが、一本の線で繋がっていく。
「ティエラっていうZ-ONEの計画の一部を否定したかったのもあるんだろ?」
「ああ。追いつめられたZ-ONEが取ってしまった選択は、人々の可能性によって覆すことが出来ると信じていた」
その言葉が、暗闇の中に静かに響く。
「そして――それは叶うと確信できた!」
遊星と綴を見つめるアンチノミーの瞳に、強い光が宿った。
「おまえは、それを俺達に伝えるために……」
遊星が言葉を失う。
アンチノミーは、静かに笑った。
その微笑みは、まるで最後の使命を果たした者のようだった。
世界を救う力を託すのではない。
世界を救えると――信じる心そのものを、二人に託そうとしている。
漆黒の空間の中で。星一つ見えない闇の中で。
アンチノミーが差し出したものだけが、確かな光としてそこにあった。
「キミ達とは、違う形で出会いたかった。そうすれば、本当の仲間になれたかもしれない……」
その言葉には、これまで決して口にしなかったブルーノの本音が滲んでいた。
友情。信頼。そして――仲間として共に歩みたかったという、ささやかな願い。
「アンチノミー!いや、ブルーノ!おまえは俺達の仲間だ!」
「そうよ!僕達は、貴方の正体を知りながらも、貴方を仲間だと思っていたわ!それは、今だって変わらない!」
「チーム5D’sのDには大好きブルーノちゃんのDが入ってるだろ?」
一瞬。ブルーノの表情から、いつもの余裕が消えた。
「……仲間、このボクを仲間だと言ってくれるのか……」
三人は、力強く頷いた。
言葉ではない。それだけで十分だった。
その瞬間――デルタイーグルと、テイルのDホイールが、同時に減速を始めた。
「……!」
ブルーノが前方を見る。
速度が落ちていく。エンジンの唸りが、少しずつ弱まっていく。
まるで、この空間そのものが彼らを引き離そうとしているかのようだった。
「時間か」
ブルーノは静かに呟いた。
「欲を言えば、キミ達ともっと過ごしたい気持ちがあるんだ。綴、キミが言っていただろう?生きられる可能性があるうちは最後まで足掻きなさいってね。けど、この空間から抜け出すには、敗者が消滅しないといけないんだ」
淡々とした言葉だった。
けれど、その奥にある決意を、遊星も綴も感じ取っていた。
――このままでは、ブルーノが消える。
「……そうはいかないわ!アスピッピ、出番よ!」
『おうとも!』
綴の声に応えるように、小さくなったハチドリがデルタイーグルへ飛び込んでいく。
その身体が機体の中へ消えた、次の瞬間。
弱まりかけていたエンジンが、再び力強く唸りを上げた。
減速していたデルタイーグルが、もう一度、前へ進み始める。
「これは……?」
ブルーノが驚きに目を見開く。
『我は人々の想念から生まれたもの。そしてモーメントは人の心を読み取る。貴様に生きてほしいという想いを、そのDホイールのモーメントエンジンに与えたのだ!』
生きてほしい。
その願いが、力になる。
これまでブルーノが信じてきた「人の可能性」。
それが今、目の前で一つの奇跡となって現れていた。
「よかったな、ブルーノちゃん」
その言葉とは裏腹に――。
テイルの乗るDホイールだけは、減速を止めなかった。
「テイル!キミもこっちへ!飛び移るんだ!」
「早く、テイル!」
「テイル!」
三人の声が、暗黒の空間に響き渡る。
それでもテイルは、穏やかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりと首を横に振った。
「いや、敗者が呑み込まれないと四人全員お陀仏なことには変わらねえんだよな。で、今回は二人負けたわけだけど、おれとティエラで二人分ってことにすれば丸く収まるんじゃねえかなって」
「……!」
遊星の表情が強張る。
綴は、テイルの言葉の意味を理解してしまった。
――自分が消えることで、三人を生かす。
それが、テイルの選んだ答えだった。
「馬鹿言わないでテイル!僕達は欲深なチームエイチクロスでしょう!まだ一緒に生きましょう!」
必死な声。
それを聞いたテイルは、少しだけ目を細めた。
「ん……欲っていやあ、おれは綴とその仲間の幸せが見れるだけで十分だったんだよな。短い間だったが、楽しく過ごさせてもらったぜ。一緒に生きたい気持ちはなくはないんだが……おれはティエラなんて爆弾を抱えている身だ。危ないことに巻き込みたくない気持ちの方が強いんだよ」
軽い口調だった。
いつものテイルと、何も変わらない。
冗談めかして、飄々として。
まるで、これから自分が消えてしまうことなど、大したことではないかのように。
けれど――その笑顔の奥には、確かな覚悟があった。
テイルは知っている。
自分の中には、いつ目を覚ますかも分からないティエラがいる。
その存在が、再び綴たちを傷つける可能性もある。
だからこそ。自分だけが、この先へ進まない。
それが、彼にとって最後にできる「仲間を守る」という選択だった。
「テイル!テイル!」
綴の叫びが、漆黒の空間へと吸い込まれていく。
その声が届くよりも早く、ブラック・ホールの闇はさらに濃く、深くなっていった。
光さえ呑み込む暗黒が、すぐそこまで迫っている。――時間がない。
テイルは、綴のDホイールを見つめた。
そして。自らのDホイールを、綴の後方へと滑り込ませる。
「……!」
次の瞬間――。
テイルはアクセルを一気に踏み込んだ。
Dホイールが跳ねるように加速し、前方の綴の機体へと激突する。
「テイル!?」
無理矢理だった。
綴を前へ押し出すために、自らのDホイールをぶつけたのだ。
綴のDホイールが、闇の中を一気に駆け抜けていく。
「アスピッピ!遊星とブルーノは頼んだ!」
『……任された!』
その声に応えるように、ハチドリの神が舞う。
遊星のDホイールにもデルタイーグルが後方から接続し、その力がモーメントエンジンへと注ぎ込まれていく。
四台のDホイールが、同じ光へ向かって加速していく。
――だが。その最後尾にいるのは、テイルだった。
光は、もう目の前だった。
けれどテイルの後ろは、逃げ場のない暗闇が残されている。
それでも、彼は笑っていた。
「……最後に伝えとくぜ」
一瞬だけ、テイルは前を走る三人を見た。
綴。遊星。ブルーノ。
共に戦い、共に笑い、そして――最後には「仲間」と呼んでくれた者たち。
「―――おれの分まで頑張って生きろよ!じゃあな!」
「テイル!諦めるな!」
「テイル、キミは……」
「馬鹿!テイル!」
それぞれの声が、暗黒の空間に響く。
手を伸ばせば届く距離だった。あと少しだった。
それでも――テイルは、アクセルを緩めなかった。
三台のDホイールが、ついに闇の境界を越える。
漆黒を切り裂き、光の中へ。
綴たちの姿が、光の向こうへ消えていく。最後の一瞬まで、それを見届けていたテイルは、静かに目を細めた。
その表情には、悲しみも、恐怖もなかった。ただ、晴れやかな笑顔だけが浮かんでいた。
自分が生きた証を、確かに残せた。仲間を、未来へ送り出せた。
それだけで――もう、十分だった。
テイルの姿が、光の届かない闇の中へと沈んでいく。最後まで、その顔には笑みが浮かんでいた。
そして――三人のDホイールが、ブラック・ホールの外へと飛び出した。
勢いのまま大きく姿勢を崩し、三台が次々と減速していく。
やがて、力を失ったように停止するDホイール。その上から、三人の騎手が床へと転がり落ちた。
荒い呼吸。震える身体。そして、その足元で稼働していた遊星ギアもまた、ゆっくりと回転を止めていった。
「……」
三人は、誰一人として言葉を発しなかった。
やがて、それぞれが立ち上がる。
遊星が周囲を見渡す。綴も、必死に視線を走らせる。ブルーノもまた、何かを探すように闇の向こうを見つめた。
――いない。どこにも。テイルの姿だけが、なかった。
「テイル……」
綴の唇が震える。そして――
「テイル―――ッ!!」
張り裂けるような叫びが、空間に響き渡った。
綴はその場に泣き崩れる。
遊星は拳を握り締め、無念そうに顔を俯かせた。
ブルーノは綴の傍へ歩み寄り、何かを伝えようと口を開く。
けれど――言葉が出てこない。どんな言葉を掛けても、今この瞬間の悲しみを埋めることなどできない。
つい先ほどまで、三人を送り出すために笑っていた男は、もうここにはいない。
壮絶な闘いを越えた先に待っていたのは、勝利の歓喜ではなかった。
ただ――大切な仲間を失った、深い悲しみだけが残されていた。
これにて、タッグライディングデュエル完結です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。