不動遊星の初体験を奪いたい   作:うおのめちゃん

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 必要だと思ったので書いた幕間。


幕間
6.5話 希望に抗う欲望


 遊星達の拠点、ポッポタイム。そのガレージには朝日が差し込んできている。風や鳥の声、葉がこすれる音。そういうものが、近くで、遠くで、よく聞こえる。

陽に照らされるは、Dホイール2機。純白の機体、ホイール・オブ・フォーチュン。漆黒の機体、ブラック・バード。Dホイール独特のロータリーサウンドが響く中、ジャックがブルーノに向けて人差し指を突きつけた。

 

「いいか!オレ達が留守の間、カップラーメンを勝手に食べたら承知せんからな!」

「こいつがそんなせこい真似するかよ……1日分の材料と、メシのレシピは残しておいたから、適当になんか作っとけ。あ、うっかりドジこいて調味料を出しすぎたりすんなよ!俺達の家計に余裕はねえから、追加で買うもん増やすんじゃねえぞ!」

「わかったよ、ジャック、クロウ。みんながいない間、ボクがちゃんとこの家を守っておくから!」

「ふん、おまえも男ならば約束は守れ。いくぞ、クロウ!」

「いってくるぜ!後は任せたからな!」

 

 2つの機体は滑らかに走り出し、ブルーノの視界から遠ざかっていく。彼らが向かうは、遊星と鬼柳のいるクラッシュタウン。そこで彼らは合流し、チーム・サティスファクションの一時的復活と共に活躍劇を繰り広げるのだが、それはまた別の話。

 

「ふう、1日だけとはいえ、みんながいなくなると寂しいな……けど、ボクがしっかりしないと!クロウが来るなってきつく言ったのに、またあの人達がやってくるようなことがあれば、きちんと撃退して―――」

「呼んだ?ブルーノちゃん?」

「呼んだか?ブルーノちゃん?」

 

 噂をすれば影。鈴を転がすような声と、低く冴えた声が鼓膜に届く。綴とテイルが、開けっ放しの状態にしていたガレージのシャッターの右端から顔を覗かせていた。

 

「うわあ、出た!!来るなって言われたよね!?」

「そりゃあ、言われちゃったけど」

「このタイミングでしかあんた個人と話せねえから」

「ボクに話……?とりあえずそのまま!中に入ってこないで!」

 

 両方の掌を前に突き出して待ったをかける。言われた通り唯々諾々と従い、ガレージの扉の境界線からは足を踏み出さないようにしつつも、身長199㎝の大男を、見上げる形で厄介者二人は視線を合わせる。

 

「みかんが好きだって聞いたから持ってきたけど……食べない?」

「怪しい人からものをもらわないよ……それに、そんな情報はどこから仕入れたんだい?」

「業務用スーパーで遊星にこれ買ってもいいかな?って聞いてんのをたまたま見かけた」

「油断も隙も無いね……それで、本題はなにかな?今日はアリアって人がいないみたいだけど」

「アリアは興味ないからパスだとさ。あんた、おれよりデカいし」

「で、本題ね。あなたのパーソナリティにかかわる問題よ。覚悟は良くて?」

 

 真剣な表情で、問いかける綴。《スターダスト》を凌辱した人物とは思えないほど、真剣だった。

 

「それはボクの失った記憶に関係あるのかい?キミ達はなにか知っているのか?」

 

 ブルーノの興味が惹かれる。自分を待っている人がいるかもしれない、と不安になる時もあったのだ。

 

「まずは僕の質問に答えて。あなたは、遊星達のために命を投げ出すことができる?」

「……え?」

 

 あまりに唐突な質問だった。

 ブルーノは思わず聞き返した。

 

「どういう意味だい?」

「例えば、あなたが命を捨てることで、遊星達が助かるとしたら?」

「そんな……」

「遊星達だけじゃないわ。もっと大勢の人達が救われるかもしれない。僕達が言っていた、破滅の未来だって避けられるかもしれない」

「……どうして、そんなことを聞くんだい?」

 

 ブルーノの声が僅かに強張った。

 

「ボクは、みんなと一緒にいたいよ。遊星とDホイールを整備したり、ジャックやクロウと他愛のない話をしたり……そういう毎日が好きなんだ」

「ええ、知っているわ」

「だったら……!」

「でも、あなたはきっと、みんなの命が懸かっていたら、自分のことを後回しにするでしょう?」

 

 ブルーノは答えられなかった。

 綴は、その沈黙を見つめていた。

 

「じゃあ、質問を変えるわ。遊星とあなた、どちらか一人しか助からないとしたら、どちらを生かす?」

「やめてくれ!」

 

 ブルーノは思わず声を荒らげた。

 

「どうして、そんな意地悪なことを聞くんだい!遊星を死なせるなんて、できるわけがないだろう!」

「……そう」

 

 綴は小さく頷いた。

 

「なら、あなたが死ぬことを選ぶのね」

「それは……」

 

 ブルーノは拳を握り締めた。

 

「……怖くないわけじゃないよ」

 

 その言葉に、綴が目を見開く。

 

「死ぬなんて、考えたくもない。みんなと離れるのだって嫌だ。でも……それでも、ボクがいなくなることでみんなが助かるなら……」

 

 ブルーノは俯いた。

 

「きっと、そうすると思う」

 

 綴は、その答えを聞いて初めて悲しそうな顔を見せた。テイルは、あーあ、と呆れた表情を浮かべる。

 

「もっと強欲になれよ?遊星を生かすか、自分が生き残るか。そんな二択を出されたからって、律儀にどっちか選ぶ必要なんかねえだろ」

「でも、もし本当にそれしか方法がなかったら……」

「だったら、三つ目を探せばいい」

「三つ目……?」

「遊星もあんたも生き残る方法だよ。あるかどうかも分からねえ? そんなの、探してみなきゃ分からねえだろ」

 

 ブルーノは言葉を失った。

 

「……僕も、同じことを言いたかったの」

 

 綴が静かに口を開く。

 

「誰かを守るために死ぬ。それが立派な選択だってことは、僕にも分かるわ」

 

 綴はブルーノをまっすぐ見据えた。

 

「でもね、僕はそんな結末、気に入らないの」

「綴……?」

「あなたが死んで、遊星が生き残って、みんなが泣いて……それで世界が救われました、めでたしめでたし?」

 

 綴は吐き捨てるように笑った。

 

「冗談じゃないわ」

 

 ブルーノは息を呑んだ。

 

「世界を救うのも結構。大切な人を守るのも結構。でも、あなた自身が幸せになることまで諦めないでよ」

「……!」

「遊星達と一緒に生きたいんでしょう? だったら、その欲望を最後まで手放さないで」

 

 綴はガレージの境界線から動かず、ブルーノをまっすぐ見上げた。

 

「たとえ、あなたが死ぬことになっているとしても。そんな運命、最後まで疑いなさい」

 

 そして、いつものように微笑んだ。

 

「あなたは遊星達の希望なのよ。誰かを想って消えるなんて、僕は許さないわ」

 

 それは綴の、心からの忠告だった。

 

(あなたを遊星の永遠の思い出にはさせない。絆で結ばれた仲間であり、師弟関係であり、趣味の合う頼れるお兄さんとしてその生を全うするのよ。僕は、“生き延びることが出来れば”、別の唯一無二のポジションに入らせてもらうわ!)

 

 私情が挟まっているが、それでも、綴はブルーノを一人の人間として好いている。

 

「……ありがとう」

 

 ブルーノは静かに頭を下げた。

 

「キミ達がどうしてこんな話をしてくれたのか、まだよく分からないけど……ボクのことを心配してくれているのは、伝わったよ」

「そう? それならよかったわ」

「でも、だからって、キミ達のやったことを許したわけじゃないからね」

 

 綴が瞬きをする。

 

「遊星の《スターダスト》にしたことも、アキさん達をあんなふうに追い詰めたことも。ボクは、今でも酷いと思っている」

「……ええ」

 

 綴はあっさり頷いた。

 

「それでいいわ」

「それでいいの?」

「だって、僕達は敵だもの」

 

 綴は楽しそうに微笑んだ。

 

「嫌いな相手の言葉だって、役に立つことはあるでしょう?」

「……キミって、本当に変わっているね」

「よく言われるわ」

 

 ブルーノは困ったように笑った。

 

「それでも、今日の言葉は忘れないよ。ありがとう、二人とも」

 

 ブルーノは、二人に向かって笑いかけた。

 けれど、胸の奥にはまだ小さな引っ掛かりが残っていた。

 もし本当に、自分か遊星のどちらかしか助からない状況になったら。

 そのとき、自分は迷わず遊星を選ぶだろう。

 それは、きっと変わらない。

 でも。

 

(……三つ目の道、か)

 

 テイルの言葉を思い出す。

 どちらか一人が犠牲になるしかない。

 そんな状況を、最初から受け入れる必要はないのかもしれない。

 

(ボクだって、みんなと一緒にいたいんだ)

 

 遊星と、ジャックと、クロウと。

 この場所で過ごす日々を、失いたくない。

 

(もし、そんな日が来たら……最後の最後まで、別の方法を探してみよう)

 

 ブルーノは、胸の内で小さく決意した。

 

「んじゃあ、今回の見返りってわけじゃないが、ひとつ頼みがある」

 

 テイルがブルーノを見上げた。

 

「身体を少し調べさせてもらっていいか?」

「……身体?」

「ああ。あんた、記憶がねえんだろ? だったら、身体に何か手掛かりが残ってるかもしれねえ」

「それは……そうかもしれないけど」

 

 ブルーノは警戒するように二人を見た。

 

「変なことはしないよね?」

「もちろんよ。僕が本気でときめいているのは遊星だけだもの」

「おれは年齢を重ねたマダム専門。あんたにそういう興味はねえよ」

「その説明で安心できると思っているのかい!?」

「ま、嫌ならやめるけどな」

 

 テイルが両手を上げる。

 ブルーノは少し考えた。

 

「……分かったよ。でも、嫌だと思ったらすぐにやめてもらうからね」

 

 ブルーノは二人をガレージへ招き入れた。もっとも、工具やDホイールには勝手に触れないよう、念を押すことも忘れなかった。

 

「了解」

 

 テイルはブルーノの許可を得て、上着の裾を少し持ち上げた。

 

「ふむ……見たところ、普通に鍛えた人間の身体だな。筋肉のつき方にも不自然なところはねえ」

「それで何か分かるのかい?」

「少なくとも、記憶を失う前から身体を使うことには慣れてたんじゃねえかな。スポーツか、肉体労働か……」

「ライディングデュエルかもしれないわね」

 

 綴が付け加える。

 

「Dホイールの整備に詳しいし、乗り方も知っている可能性があるわ」

「……なるほど」

 

 ブルーノは自分の手を見つめた。

 

「ボク、記憶を失う前は何をしていたんだろう……」

 

 綴とテイルは顔を見合わせた。

 二人とも、その答えを知っている。

 しかし、今ここで教えるつもりはなかった。

 

「ま、見ただけじゃ分からねえことも多いな」

 

 テイルは腕を組んだ。

 

「けど、身体を動かすのには慣れてそうだし、機械の知識もある。となると……」

「となると?」

「そういやブルーノちゃん、あんた、デュエルはやらねえの?」

「ボクが?」

「ああ。Dホイールの整備ができるんだ。だったら、実際に乗ってデュエルする方にも興味があるんじゃねえか?」

 

 ブルーノは少し考え込んだ。

 

「……そう言われると、やってみたい気持ちはあるかもしれない」

 

 テイルはにやりと笑った。

 

「なら、まずは普通のデュエルからだな。リクエストはあるか?」

「……機械族のモンスターなら、使ってみたいかもしれない」

「おっ、いいじゃねえか!」

 

 テイルが嬉しそうに笑った。

 

「機械好きなら、やっぱり機械族だよな」

「それなら【ガジェット】なんてどうかしら?」

 

 綴が提案する。

 

「お互いに仲間を呼び合って、手札を補充しながら戦うデッキよ。扱いやすいし、工夫次第で色々な戦術が組めるわ」

「仲間を呼び合う……」

 

 ブルーノが興味深そうに呟いた。

 

「面白そうだね」

「切り札は《マシンナーズ・フォートレス》でどうだ?」

「強いカードなのかい?」

「そりゃもう。機械族を使うなら、頼りになる一枚だぜ」

 

 テイルは手持ちのカードを選び、束にして差し出した。

 

「ほら。とりあえず、これだけあれば形にはなる」

「えっ、もらっていいの?」

「ああ。残りは自分で考えて組んでみな」

 

 ブルーノはカードの束を受け取った。

 

「……ありがとう。ボク、自分でもデッキを作ってみるよ」

「ええ。あなた自身のデッキにしなさい」

 

 綴は微笑んだ。

 

「どんなデュエルをするのか、楽しみにしているわ」

「いいのかい?ここまで融通してもらって」

「万が一にもないとは思うが、わるーい連中のせいであんたらから欠員が“二人以上”出た場合、頼れんのはあんただし。そっちのチームになんか被害出そうになったら言ってくれ。シバき倒してやるからよ」

「ちゃんと僕達と準備万端で戦えるようにしておくのよ?いい!?」

「……ボク、ますますキミ達のことが分からなくなってきたよ」

 

 ブルーノは受け取ったカードを見下ろした。

 

「遊星達に酷いことをしたのは事実だし、キミ達のデュエルは今でも好きになれない。でも、今日の言葉や、こうしてカードを譲ってくれたことまで嘘だとは思えないんだ」

「別に、嘘なんかついてねえよ」

 

 テイルが肩をすくめる。

 

「悪いことをする奴が、いつでも誰にでも悪いことしかしないと思うか?」

「……それは、そうかもしれないけど」

「だったら、深く考えなくていいわ」

 

 綴が楽しそうに笑った。

 

「僕達はあなた達の敵。それだけは忘れないで」

「……うん。忘れないよ」

「結構!」

 

 綴は満足そうに頷いた。

 

「今度こそ大会で会おうぜ!またな!」

 

 嵐のように去っていく二人。追いかけようとして、やめた。先程言われたことが頭の中で反芻される。

 

「生きられる可能性があるうちは最後まで足掻け、か。存在なあやふやな今のボクでもわかる。この言葉は、きっとこの先の未来に関わってくるんだってこと」

 

 こうして、ブルーノの心に生きる意志を残した綴達。その彼らはというと……

 

「ああ、いつイリアステルに歴史改変で消去されるか、気が気じゃなかったわ」

 

 ポッポタイムを離れたところで、綴が大きく息を吐いた。

 

「最終的にどうするかを決めるのは、『戦慄』を思い出した後の彼でしょうけど……」

「まあ、そうだろうな」

「遊星に情を抱いているから消滅は本望、なんて考えられたら困るのよ」

「だから、ああやって釘を刺したってわけか」

「ええ。彼には生きてもらわないと」

 

 テイルは綴を横目で見た。

 

「……なあ、綴」

「なに?」

「さっきブルーノちゃんに何て言った?」

「最後まで希望と欲望を捨てるな、って」

「だよな。じゃあ、綴自身はどうなんだ?」

 綴は一瞬、口を閉ざした。

 

「……僕は、一度死んでるから」

「だから?」

「消去そのものは、そんなに怖くないわ」

「おいおい」

 

 テイルは呆れたように笑った。

 

「他人には生きろって言っておいて、自分は消えても構わねえってか?」

「構わないとは言ってないでしょ!」

 

 綴がむっとする。

 

「僕には目的があるの。遊星に僕の存在を刻み付けるっていう、何より大事な目的が!」

「だったら、その後も生きてりゃいいじゃねえか」

「……簡単に言わないでよ」

 

 綴は少しだけ声を落とした。

 

「僕は異物なの。ここにいていい存在なのかどうかさえ、分からないんだから」

「それで?」

「……それで、って?」

「異物だろうが何だろうが、今ここにいるだろ?」

 

 テイルは肩をすくめた。

 

「生き残りたいなら、生き残りたいって言やいいじゃねえか。さっきブルーノちゃんに言ったみたいにな」

「…………」

「ま、綴が何を選ぼうと、おれは最後まで付き合うけどよ」

 

 綴は少しの間、黙っていた。

 そして、いつもの調子で笑った。

 

「……ありがと、テイル」

「おう」

「でも、最優先は遊星よ。そこは譲らないから」

「はいはい。分かってるって」

「さ、帰ってデッキ調整しましょ」

「おう! アリアも交えて、欲望を滾らせねえとな!」

 

 二人は歩き出した。

 綴が、最後まで生き残りたいと口にすることはなかった。

 悪役たちは帰路に着く。いつも通りの調子で。

 これは、希望と欲望が対決する物語、その間にあった、些細な出来事だったのだ。




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