代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第十四話 沈み行く藁

 

 

琥珀(こはく)市。

その名の通り、琥珀湖の湖岸に建設された街である。

琥珀湖は、惑星ハヤブサに置いても特殊な湖であり、その水に含まれる成分故に黄色く、正に琥珀のような色合いとなっているのだ。

毒性はほぼなく、一日にリットル単位で飲み干しでもすれば腹を下す程度である。

しかし、その生態系は独特で、両生類にも魚類にも見える足とヒレの付いた生物や、羽のようなエラを持つ魚等、美しい琥珀色の水と珍しい生物の両輪が、観光客を呼び込んでいる。

この都市は、琥珀湖によって成り立つ、観光都市なのだ。

 

そんな琥珀市から、目的の琥珀ゲットー、第八指定居住区へ行くには、湖を半周して都市を抜け、更に北へと向かわねばならない。

勝敏(かつとし)、基之らは、琥珀支部の面々と合流し、彼らの用意した車両に乗り込み、市外を目指していた。

彼らには幻想的な風景を楽しむ余裕も時間もなく、一向を乗せた合計三台のトラックは湖岸を猛スピードで走り抜けていく。

陽光を反射し一層黄金に輝く湖の見えなくなる程度には離れ、代わりに雪がその頂点を覆う山々が現れる場所、その麓に、壁で囲まれた指定居住区が佇んでいる。

都市からゲットーの行政区域へ入ることは、その逆よりは警戒も比較的緩いため、問題なく入り込むことに成功した。

 

 

「さて、後は外壁を回って"職業訓練所"へ向かうぞ」

 

職業訓練所は、ゲットーを囲む壁の外に設置されている。

理由は単純で、実質的な収容所を街中に据えるというのはさすがに建前もあり避けた方が良いからだ。

 

壁自体は直ぐに半周することが出来る。

指定居住区は過密都市として設計されている故に、人口の割には巨大なものではない。

 

ゲットーから少し離れた先に、ポツンと建つ建造物。

そこに直線で繋がる道路に着いた一向は、最後の確認を行うのだった。

 

「いいか?まず、3分後に━━」

 

第八指定居住区(琥珀ゲットー)保安隊本部

 

琥珀ゲットー保安隊で警部を勤めているアルト准佐は、部下のウィッカム軍曹と自身の執務室、その窓辺で会話をしている所であった。

 

「その不審者というのは、他に何を?」

「それが、第三ストリートのaブロックにある、テナントの入っていない雑居ビルに入って以降、見失ってしまったようで」

「ふむ...」

 

突如、ドオンという爆音が響く。

そして、遅れてくる地響きによるものだろう震動。彼らの側にあった窓ガラスも激しく揺れていた。

 

「何だ?!」

 

思わず窓の外に首を向けたアルト准佐の目には、立ち上る煙が写っていた。

 

「爆発...?!待て...あの方向は..」

 

言おうとするアルト准佐を邪魔するように、再び爆発音が響いた。

 

「な..?!」

 

今度は、更に遠いようで、震動は大して来なかったものの、外に見える煙は二本に増えていた。

 

「二ヶ所...!ウィッカム!最初の爆破地点、あそこは第三ストリートのaブロックじゃないか?!」

「...っ。恐らく...!」

 

ウィッカムは、やられた。というような表情を浮かべながら、そう頷いた。

 

「テロか...?。いや、とにかく保安部隊に出動を命じろ!住民も近付けさせるな!誰が何を企んでいるか分からんのだ!」

「はっ!」

 

ウィッカムは、走り、近くの通信機に向かい、命令を伝達する。

 

「一体何者だ..?!」

「准佐!」

「何だ?!」

 

命令を伝えにいったはずのウィッカムが顔を青くさせながら戻ってきた。

 

「琥珀市へ通ずる第一ゲート付近に正体不明の車両複数と!」

「な...?!反乱か?!」

「さ、更に、巡回途中の保安隊によると、住民からの通報で、武器の貯蔵されている施設を発見したと..!」

「何が..起きて...?」

 

立て続けに耳に届くそれらの報告にアルト准佐は、頭の整理を付けることが出来なかった。

混乱のまま、どうにか指示を絞り出す。

 

「第一ゲートに二個中隊を向かわせろ。爆破地点にはそれぞれ二個小隊、貯蔵施設には巡回中の者を順次だ!他の隊員は居住区内の警戒を強化!私は直ちに少将殿にお会いし、居住区内に戒厳を出して頂く」

「は!直ちに!」

 

今度こそ、ウィッカムは命令伝達に走り、それと共にアルトは上官の下へと向かうのだった。

 

「くそっ!何が起きてやがる?!」

 

混乱と困惑による悪態を呟きながら。

 

琥珀職業訓練所

 

ここは、門扉の正面に鎮座する本館と、その横にある訓練棟と呼ばれる強制労働施設、そして最奥の別棟という大まかに三つに分割されている巨大な施設である。

 

その施設の出入口を守っている詰所の衛兵達は、二連続で発生したゲットーでの爆発に気を取られ、反応が遅れてしまっていた。

今、正に、門扉へと突っ込んでくるトラックへの。

 

「うわあああああ!」

 

衛兵の何人かは撥ね飛ばされ、どうにか避けた者達は、体勢を立て直そうと、必死に戦闘準備をし始める。

だが、一度取り落とした銃を拾ったり、ホルスターのハンドガンを取り出そうとする。

だが、三台のトラックの荷台から、合計30人近い武装した人間が降り立ったことで、彼らの抵抗は不可能となった。

一斉射撃によって、衛兵は全滅。

 

武装集団、鷹鸇の面々は、そのまま訓練所の施設内へと突入するのだった。

 

"職業訓練所"のホールに入った彼らは、受付にいる軍装の者を射殺。

そのまま、なだれ込むようにして占拠し、僅かにいる一般人らしき者達は外へと出させる。

そして、人がいなくなったのを確認し、彼らは三つに別れ、各々の担当するエリアへと向かった。

 

「行くぞ!俺達は別棟に向かう!」

「了解」

 

勝敏の号令に続き、雅緂ゲットー支部のメンバーは別棟を目指す。

別棟とは、訓練所の入所者の中でも何らかの問題、それが精神的であれ身体的であれ、を抱えている者を隔離、軟禁する施設である、と彼らが入手した情報には記されていた。

 

「姉ちゃん...!」

 

浅菜の状況からして、いるなら別棟の可能性が高いこと、最も入り口から距離的に離れているため、作戦の提案者たる雅緂ゲットーが請け負うべきという筋、その二点から彼らがそこを担当することとなったのだ。

 

警備も混乱しているようで、殆ど抵抗なく、廊下を突き進むことが出来ていた。

しかし、基之は、恐らく過剰に分泌されているアドレナリンによる高揚と興奮の中でも、消え去らない恐怖を僅かに感じていた。

姉を助けることが出来るか、という点は勿論だが、最早後戻りなど出来ないことや、自身が引き金を引き、衛兵を撃ったこと、つまり、人を殺した事実、に恐怖を覚えていたのだ。

 

 

「ははっ!楽勝じゃねえか!」

 

そんな基之とは正反対に、坂堂歩が、調子に乗ってそう笑う。

 

「油断するな。今は奴等も混乱しているだけだ。直ぐに来るぞ」

 

勝敏は、そう嗜めつつ、周囲のクリアリングをしていく。

 

 

そのまま一行は階段を上り、別棟へ繋がる渡り廊下を目指す。

渡り廊下は、壁が一面ガラス張りになっており、彼らのいる方向とは、反対側にあるもう一本の渡り廊下の全景を見渡せることの出来る造りであった。

 

渡り廊下にさしかかった瞬間、基之は、視線の端で何かが光った気がした。

瞬間、気付く、屋上に不自然な影の見えることに。

 

勝敏(スンミン)さん!」

 

叫ぶ基之。

瞬間、先頭を走っていた一人が、ガラスの割れる音と共に走っていた勢いそのまま横向けに倒れ、それきり動かなくなった。

 

「狙撃だ!伏せろ!」

 

全員、体勢を低くするも、窓は殆ど床から延びている為ほぼ意味はなく、次なる銃弾が坂堂を襲った。

 

「ぐうわああ!」

 

腕を撃たれたようで苦しむ坂堂。

勝敏は、くそっ!と吐き捨てながら、全員に下がるよう指示を出す。

 

「一旦退け!強行突破は無理だ!」

 

屋上の影は複数おり、無理に突破しようとすれば、更に犠牲を積み重ねることになるだろう。

数人が坂堂を引きずり、というより投げ捨てるようにして共に退避させ、どうにか全員窓のない棟と渡り廊下の付け根へと逃れることに成功する。

 

「しかし...厄介だなスナイパーとは」

「奴さんら、対応が速いですね..」

 

実際、勝敏らが侵入して未だ、五分程度しか経過していない。

ここまで順調であったこともあり、意外な抵抗だったと言えるだろう。

とはいえ、五分は大きい。

彼らは預かり知らぬところであったが、既に施設内の警備部隊は緊急時のマニュアル通りの配置へと付きつつあった。

 

「どうします?時間は無さそうですよ」

「反対側の、奴等がいる側の渡り廊下を使うか?」

 

副隊長の栂池桐人(つがいきりひと)に言われ、勝敏は頷きながら対応策を考えるも、直ぐには決めきることが出来なかった。

 

「...あっちの屋上に狙撃手がいるなら、此方の屋上にもいる可能性が高いんじゃないでしょうか」

 

栂池の更なる言に、勝敏は神妙に頷く。

 

「確かに...その通りだな。しかも、向こうは敵さんの司令室が近い。となると..」

 

しかし、二人の会話を聞いていた基之は、栂池の言とは異なることを考えていた。

ブリーフィングで見た施設の地図を頭に浮かべながら。

だが、さすがに作戦にまで口を出すことは躊躇われ、栂池と勝敏の議論を十数秒程聞いていた。

すると、まごついている間に階下から声と、慌ただしく鳴り響く固い靴音が響いてきてしまう。

 

「こっちだ!侵入者は問答無用で射殺せよとのことだ!一人二人生かしていれば全員殺して構わん!」

 

勝敏らも気付いたようで、バッと階段の方を振り返った。

 

「全員、構えろ」

 

勝敏がそう命じるが早いか、動ける者は各々の銃を構えた。

基之は銃を構えると同時、あるモノを手に握り、階段を上って直ぐ、彼らのいる渡り廊下とは反対側に向かう通路に聳える柱へと駆けていった。

 

「あ、おい!」

 

誰かが呼び止めるが、基之は止まらず、柱の影に潜み、息を殺す。

 

「あいつ安全なとこに..!」

 

腕を撃たれた坂堂が、憎々しげに言ったが、勝敏は何も言わず、静かに構えるのみだった。

果たして、階段を駆け上ってきた訓練所の警備部隊が、勝敏らを発見し、交戦状態となった。

まず、気配を察知していた勝敏らが先んじて発砲を開始。

散弾銃の弾が階段のヘリや壁、窓に当たり、何割かは警備部隊に命中する。

幾人かの警備部隊員が倒れるも、二十人以上はいるだろう部隊員が次々階段より頭を出し、上り来る。

故に、10人程度しかいない上、一人は死亡、一人は戦闘不能となっている勝敏らでは抑えきることが出来ず、警備部隊は直ぐに階段を上りきり、今度は勝敏らのいる渡り廊下へ向かって一斉に発砲を開始することとなる。

向こうも散弾銃が主武装のようで、壁や背後にあるガラスの割れる音と共に何人かのメンバーが崩れ落ちていった。

 

「物陰に身を隠せ!」

 

指示するまでもないことではあったが、それ位しか現状、勝敏に言えることはなかった。

物陰とはいっても、壁が少々出張っているといった小さな柱程度しかなく、完全に身を隠すことなど出来なかった。

対照的に警備部隊らは、大部分が即座の判断に基づき、階段を幾らか降りることで、頭と銃口のみを出す簡易的な塹壕としていた。

勝敏らの明らかな劣勢である。

 

基之は、しかし、これを好機と捉えていた。

警備部隊員らが階段に集結したのを見計らい、先程手に取っていた"あるモノ"、鷹鸇が準備していた手榴弾を階段に投げ入れたのだ。

 

「はっ..?おい!」

 

気付いた誰かの叫びを最後に爆音が辺りを包み、声を消した。

どうやら今の一発で来ていた部隊はほぼ全滅に近い様相となったようで、反撃も飛んでは来なかった。

 

「すみません。貴重な爆弾を」

 

謝罪しながら戻ってきた基之に、メンバーらは驚きを隠せていなかった。

 

「今の、狙ってたのか..?」

「はい。階段を塹壕にされると厄介だろうな、って...でも説明している時間は無かったので、すみません..」

 

驚く面々に対して、勝敏だけは異なる表情を浮かべていた。

 

「敵の動きを読んでいたわけか」

「いやそんな大層なモノじゃ..」

「まあ、良い。どうだ?基之。現状、此方を強行突破するのは難しい。手詰まりな訳だが、何か考えはないか?」

 

今度は基之も驚いた。

まさか、作戦の提案を求められるとは思ってもみなかったからだ。

 

「え..と」

「さっきから何か言いたそうにしていたろう?」

 

ニヤリと笑う勝敏。

基之は、見抜かれていたのか、と少々罰の悪い思いを感じた。

しかし、無意味にまごついたところで、再び敵が来るだけだ。そう考えた基之は、意を決して口を開くのだった。

作戦を聞いた勝敏は、再度口角を上げ、大きく頷いて見せた。

 

「確かに、基之の予想は正しいように思う。それに、この作戦なら、司令室も無力化出来るやもしれん」

 

よし。と勝敏は全員を見渡した。

 

「時間はない。基之の作戦に賭けるぞ」

 

全員、異議はなかった。

 

「坂堂!お前も多少は動けるだろう?陽動頼むぞ。栂池は坂堂のサポートをしてやってくれ」

「おうよ!」

応急で腕を止血したものの、左腕は動かせず、止血用の布を赤く染める坂堂だったが、空元気かいつもの調子でそう笑って見せた。

 

「では、行くぞ!」

 

勝敏の掛け声と共に坂堂と栂池含む陽動に残る者数名を除いた全員が走り出す。

そこから所定の秒数が経過したタイミングで坂堂が数名を引き連れ、先程撃たれた渡り廊下へ飛び出るそぶりを見せ、狙撃手に存在をアピールする。

銃弾が飛んでくるが、直ぐ様後退した彼らにケガはない。

そして、直ぐ様、手榴弾を廊下側へと投げ込んだ。

 

爆音と共にガラスが飛び散り、壁は破片を飛ばした。

向こう側に陣取る狙撃手らは、想定外の事態に戸惑い、照準をずらしてしまう。

隙に、未だ、埃や土煙舞う渡り廊下を坂堂らは駆け抜けていった。

 

「崩れてねえってことは..」

「パターンAだな」

 

坂堂と仲間は言いながら、渡った先にある階段を駆け上っていく。

 

そして。

勝敏や基之らは、爆音と共に、先程まで彼らを狙っていた狙撃手のいる真下の渡り廊下を駆ける。

 

「予想通りあっちにはいなかったようだな」

 

爆発によって生じた煙埃が立ち込める中、一切の、伏せているだろう影もない先程の廊下の屋上を見ながら勝敏は感心したように言った。

 

「ええ。それに、廊下も崩れていませんし。パターンAですね」

「ああ」

 

勝敏は渡り廊下を渡った先に敵が待ち構えていないか先頭行き、クリアリングを済ませた仲間の合図に頷きつつ、そう同意を示した。

 

そして、警備部隊の司令室、と地図にはあった部屋が廊下の突き当たり、渡り廊下と通路の付け根の更に右奥、にあるのだが、そこの扉に視線を向ける。

基之の作戦通り、無力化するべく準備を始めようとしていたのだ。

 

基之の作戦は、まず、可能な限り発見リスクを下げるべく煙幕等は削らざるを得ず、持ち合わせていなかった為、虎の子の手榴弾をその代わりに使う。

そして、爆発によって隙が生まれるので、その間隙を縫い、陽動の者達には可能であれば、つまり、渡り廊下が崩落する、若しくは狙撃手が直ぐ様反応する、等がなければ駆け抜けさせる。

そして、渡り廊下を渡りきれた場合、先んじて収容者の解放を始める。

基之達本隊は、反対側の渡り廊下を陽動の隙を付き、渡る、というものだった。

 

もし、元々基之らのいた側の屋上にも狙撃手がいようと、手榴弾の爆発にやられるか、そうでなくともまともに狙撃を即座に出来る状態ではなくなるだろうからだ。

とはいっても、基之は其方側にはいない可能性が高いと考えていた。

其方、基之らがいた方から狙える廊下は司令室と繋がっており、つまり戦力は充分にある方向だ。

しかも、狙撃手を配置しているといっても、ある程度の犠牲を覚悟すれば、強行突破は不可能ではない。

故に、むしろ余計な誤射を避けるためにも配置していないのでは、と予想していたのである。

その予想は当たっているように見えた。

そして、そのまま司令室の無力化を行うフェーズへ突入する。

筈であった。

 

まず、勝敏が、続いて基之が気付き、他の者達も違和感を覚えた。

付近で爆発があったにも関わらず、司令室からは何一つとして、物音も、人の声も聞こえてこないのだ。

不審に思ったメンバーの一人が、警戒しつつも、そのまま突入を慣行した。

 

「なっ...!」

 

驚愕と困惑と入り交じった室内に突入したメンバーの声が響く。

それを聞き、勝敏や基之らも突入した。

そこは、既にもぬけの殻となっていたのだ。

 

誰一人として部屋にはおらず、書類やコーヒーカップ、何かの道具。

そうしたモノが散乱こそしているが、人の気配だけは、全く無かった。

 

「何故、誰もいない..?」

 

幾ら侵入者が出たからといって、情報になりうる書類やらコンピューターやらを置き放しで簡単に放棄する筈はない。

誰もいない...?

基之も勝敏も想定外の事態に一瞬固まった。

直後、警報音が響き渡り始める。

 

「何だ?!」

「勝敏さん!不味いです!」

 

廊下を見張っていた者が慌てた様子でそう報告に来た。

 

「どうした!」

「ゲートが!このままでは閉じ込められます!」

 

勝敏は、側の机上に放置されている記憶媒体らしきモノ一つだけを瞬時に握ると、全速力で部屋を出でた。

彼らがやって来た渡り廊下と別棟の付け根の辺り、そこを遮断せんとするシャッターが降りつつあった。

 

「何か不味いな...全員退避!閉まりきる前に!」

 

言われ、殆ど全員は駆け出し、シャッターを潜っていく。

しかし、基之は。

 

「姉ちゃん...!」

 

ここにいる可能性が高いのだとすれば、置いてはいけない。

しかし、シャッターは十数秒と経たず閉まりそうな状況だ。

彼の思考は連続した想定外もあり、止まりかけていた。

 

「っ...!おい!基之引きずってけ!」

 

まだ残っていたメンバーに勝敏が指示を出す。

 

「了解!」

「まって!姉ちゃんが..!姉ちゃんが..!」

 

しかし、基之はそう叫ぶが、当然ながらそれは無駄に終わる。

必死に基之の腕を掴んだ二人のメンバーは、基之ごとシャッターの隙間から滑り込んだのだ。

 

「坂堂!そっちは無事か?!」

 

勝敏は、遮断していた通信を行った。

 

『俺は無事だけどよ...俺を庇って[RB:栂池,つがい]さんが!』

 

悲壮感漂う声が無線を通して届く。

 

『栂池さん!聞こえるか?!栂池さん!』

 

坂堂は栂池との間を隔てるシャッターに叫んでいた。

 

「...ス...ガス...息...」

 

苦し気な、しかし、それでも義務を果たさんとする男の途切れ途切れな報告が聞こえてくる。

 

「ガス..?勝敏(スンミン)さん!内側にはガスだって..!」

『ガス...?まさか...』

 

少し前。

勝敏、基之らが渡り廊下で初めの足止めを喰らった頃。

司令室は基之らが突入した時とは真反対に喧騒に包まれいた。

 

「閣下!侵入者、西側渡り廊下にまで浸透しているようです」

「くそっ...!増援は?」

「指定居住区内でのテロによって時間がかかる見通しです」

「...我等だけで対処するしかないか..?」

 

だが、直後。

 

「閣下!西側渡り廊下へ向かった部隊からの通信途絶!直前に爆発音らしきモノが..!」

「っ..仕方ない...ここの戦力だけでは止めきれんか..」

 

司令官は、深い溜め息をついた後、こう指示を飛ばした。

 

「総員!書類も情報も放置して構わん!別棟から退避!プランEーTだ!」

「しかしそれは..!」

「どうせこっちにいるのは格安の風俗に流すか臓器を捌く程度しか役に立たん連中だ!構わん!それよりも、侵入者は収容者を解放して回っていると本館から連絡があった。であるなら、西側渡り廊下にいる連中も同じだろう。テロリストに目的を達成させるわけにはいかんのだ!...分かったら早く行け!」

 

瞬間、司令室にいる全員が揃って立ち上がり、そのまま整然と、司令室から最も近い階段を駆け降りて行くのだった。

司令官も、一つのボタンを手順に則って直ぐ様押し、彼らの後を追う。

その司令官が階段を降りきった時、爆発音が西側渡り廊下から轟いた。

その数秒後、渡り廊下を駆けて、もぬけの殻となった司令室を目指す基之らがやって来るのであった。

 

そして、現在。

 

「ガス...?」

 

勝敏の呟きに、基之は、何か足下の崩れ行く感覚を味わっていた。

姉ちゃんいるかもしれない場所に、ガスが...?

基之は、叫ぶようにして閉じられたシャッターにすがり付いていた。

 

「姉ちゃん!姉ちゃん!」

「...基之!落ち着け!」

 

勝敏がそう引き離すが、それで冷静さを取り戻せるわけなどない。

 

「姉ちゃん...」

「くそっ...。本館の方、状況は?!」

 

どうにか基之を抑えながら、勝敏は他の隊に通信を行う。

 

『此方本館西側。全員トラックに収容が完了している』

『東側、間もなく完了だ』

「そうか...では、我々も戻るぞ」

 

メンバーらは頷き、元来た道を引き返し始める。

 

「基之!お前の姉さんも本館の方にいたかも分からんのだ!まだ絶望するには早いぞ!立て!」

「....っ。はい...」

 

気休め。

そんな言葉も脳裏に過ったが、しかし、基之としても、その可能性に縋るしかなく、勝敏に従うのだった。

だが、しかし、建物を出てもなお、彼の耳には、先程の警報音が、木霊し続けていた。 

 

その後の事は、基之の記憶では曖昧だった。

彼らの乗ってきた元々トラックは一台十人と考えると余りにも巨大であったのだが、それは収容者を載せる為であり、満員となった解放者らを載せて、彼らは道なき道をひた走っていった。

 

指定居住区内での混乱によってか追っ手は、大して来ず、組織のハッキングにより、衛星の追跡も可能な限り妨害し、2台は第三群州内の、協力的なゲットーへと逃げおおせる。

そして、最後の一台、基之らと幾らかの収容者の乗るトラックは複雑なルートと、リスクは承知の上で衛星妨害を駆使しながら雅緂支部へと戻るのであった。

 





Tips
起源国の旅行について
起源国は唯一恒星間飛行を可能とした国家であるが、一般人が観光の為に星系外惑星へ行くことは難しい。
中流階級の平均年収、その8割程がまともに旅行をしようとすると消え去ることもある。
格安プランでも数カ月の給与と賞与が一緒に吹き飛ぶだろう程だ。
その為、観光客としてハヤブサ等を訪れる起源市民の多くは富裕層となっている。

ただし、植民の為に移住する場合に於いてはその限りでなく、起源国政府から莫大な補助を受けることができる。
また、商談であったり、起源国の生産活動に大きく寄与するだろうと認められた場合に限り、移住以外でも補助が出ている。
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