代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
勝敏達が逃走してから凡そ数時間後。
第八指定居住区(琥珀ゲットー)保安隊本部
「お、お待ちください閣下」
ゲットーでの争乱。職業訓練所への襲撃
これらが一先ず沈静化した直後、上司である、
「悪いが、決定事項だ。誰かが今回の責任を負わねばならん」
「ですが!」
「ゲットー、いや居住区内におけるテロリストの活動を把握しきれていなかったこと、襲撃を許したこと。これらは充分、罪に当たると思わんかね?」
「私が、裏切っていると?!しかし、直ぐにゲートに対する襲撃は鎮圧致しました!」
「まんまと逃げられたではないか」
「っ...!」
アルト准佐は、それに反論する材料は持ち合わせていなかった。
実際、職業訓練所への襲撃という報を受けてから、ものの20分もせず、第一ゲートを襲った武装集団はさっさと逃げ出してしまったのだ。
それこそ、呆気に取られるほどにあっさりと。
「武器庫とやらの通報も、だ。押収したブツは殆どが旧式か不良品。その上ビルが二棟、無人の使われていないのが爆破されている。無人の、空きビルだぞ?このゲットーで。何故把握出来ていなかった?」
「登記にはテナントが入っており...」
王からの詰問に、ただただ嫌な汗をのみ増やしていく。
アルト准佐は、ハッと顔を上げ、そうだとばかりにこう口を開いた。
「ウィッカム軍曹。そう、ビルの件はウィッカム軍曹が調査していた筈です!情報がなかったということは、つまり彼が!」
アルト准佐は、我が身を守るために部下を売ることを瞬時に決意したのだ。
だが、アルト准佐の見出だした希望は、幻想に終わる。
「勿論、彼の責も問う。既に彼は勾留済みただ」
「そんな...」
「残念だが、そういうわけだ。今までご苦労。アルト准佐」
冷たく言い渡される、引導。
アルト准佐は、膝から崩れ落ちそうになるのを堪えながら、どうにか逃れようと更に弁解の言葉を探した。
だが、それも無意味。
既に彼の両脇は、待機していた兵士二人に抱えられていた。
「閣下。お待ちを!閣下!」
「連れていけ」
その言葉を最後に、アルトは、王少将の声を聞くことは、二度となかった。
そこから更に半日と少し。
「くそっ!あいつら!俺達の仕業にしやがった!」
坂堂の毒づく声が鷹鸇、雅緂ゲットー支部の食堂に響く。
速報として、といっても、実際は丸一日経過してから、起源国のメディアが流したニュースを聞き、憤っているのだ。
職業訓練所に侵入したテロリストによって、"訓練生"84名が死亡した、と発表されている故に。
「ガスを流して処分しやがったのはあいつらだろう!栂池さんだってあれで...!」
怒りをぶつけることの出来る相手もおらず、坂堂はわなわなと震えていた。
「やはり奴等は救いようがないな」
他の面々も憤りは抱いているものの、坂堂の爆発を見ているからこそ、溜飲を僅かに下げ、ある程度冷静でいることが出来ていた。
「これで、我等は起源国民からは恐怖される存在となったわけだ。それはいい。が、問題は"名誉起源民"にもこれを信じる者はいるだろう、ということだ」
作戦中、勝敏とは別の隊で隊長を勤めていた、中年の、僅かに髪が薄くなり始めている"
「ある程度は仕方あるまいが、いきなり同胞すら殺す団体だと認知されてしまっては今後に支障がでるかもな」
別な者もそう同調する。
「その点は心配無いかもしれないですよ」
その声に、食堂にいた全員が入り口の方へと視線を向けた。
「秋久か。どういうことだ?」
雅緂ゲットー支部の情報管理責任者である秋久は、皆の前に歩みでると、持ってきていたあるモノを掲げて見せた。
「これ、勝敏さんが司令室らしき部屋から咄嗟に取ってきたものらしいんですけど、この情報媒体、結構重要な物っぽいんですよね」
「ほう?」
「そんで調べてみたら、緊急時の対応だったり、まあ他にも色々と、マニュアルみたいなのが出てきました」
「本当か?!」
脇田の驚く声に、秋久は首肯し、データを開いて見せた。
「ほらこれ、プランEーTって奴です」
「訓練所の防衛が困難かつ、増援の見込みがない場合や、対応不可能なほどの脱走が発生した際に想定されているみたいです」
計画をざっと見た脇田は、怒りと困惑の混じった声を挙げた。
「収容者の処分だと?!」
「なんつー奴等だ...」
坂堂すらも、最早呆れが先に来ているようだった。
「このデータと、坂堂さんの音声記録なんかを流せば、起源国の仕業であることは明らかに出来ます。勿論、ネットに流そうと直ぐに削除されるでしょうが、名誉起源民にはこれで充分届く筈です。彼らとて、起源国のプロパガンダをただ鵜呑みにしているわけでないのですから」
「なら、印象の問題は解決だな!」
秋久の説明に、坂堂がそう結論する。
脇田も、特に異存はないようで、頷き、同意した。
「となると、残る問題は...」
脇田の言葉の先を皆察していた。
基之は、帰ってから一度も、部屋から顔を出していなかった。
最後に彼らが見たのは、救出した人々に、彼の姉はいなかった、と申し訳なさそうに勝敏に告げられ、一言、「そうですか」とのみ呟いた姿だった。
今、彼がどんな状態かは分からない。
万が一も考え、明子が彼の部屋の前に待機している。
しかし、それ以上、何か手を講じることは彼らに出来てはいなかった。
彼らも、失ってきた者達が大半故に。
その苦しみが、よく分かる。
それに、まだ新参とは言え、ここに来てからの一月、彼らも彼とは多少の交流があった。
事情もある程度は聞いている。
だからこそ、かける言葉を、見つけられないでいたのだ。
基之は、自室のベッドで小さく踞っていた。
まるで、全てを拒絶するかのように。
「.......」
彼は、自分を責め続けている。
ただ、ひたすらに。
俺は、姉ちゃんも、母さんも、助けられなかった。
何も、出来なかった。ずっと、助けて貰っていたのに。
俺のせいだ。全部。全部。俺が、役に立たなかったからだ。
今まで、抗うことをしなかった。
ゲットーに移住させられてからも、ただ現状を受け入れて、生活していただけだった。
姉ちゃんが襲われてからだってそうだ。
ただ現実に流されるだけで自分からなにかをしようとはしなかった。
姉ちゃんが連れていかれた後も、
姉ちゃんを助けることに、協力してくれると、勝敏さんらが言ってくれたから、戦えた。
もし、明子さんが助けてくれなくて、姉ちゃんを連れ去られた後、たまたま助かっていたとして、俺は、一人ででも戦おうと思えただろうか。
きっと、誰も帰ってこないあの部屋で、一人、踞り続けていただろう。
姉ちゃんが奴等に襲われても、起源国に抵抗しよう、なんて思いもしなかったんだから。
たまたま、勝敏さんが助けてくれて、お膳立てしてくれたから、戦えた。
でも、それだけだ。
結局助けることも出来なくて。
結局、現実に流されるしかなくて。
俺は、全部喪った。
基之は、自身を責め続けているせいか、どんどんと卑下が加速し、負のスパイラルに陥っていた。
自分の無能を、自分の情けなさを、呪い、怨み、やり場のない怒りを、燻らせていく。
そんな無限にも思える循環は、彼一人では終わらせることが出来なかった。
しかし、一つの契機が、彼の思考を変えていくことになる。
明子が、数度のノックの後、ゆっくりと、控え気味に顔を出し、拒絶されないことを確認してから、そうっと部屋に入ってきたのだ。
自身の存在を醸し出しつつも、不用意に基之を刺激しないよう、静かに、彼の下へと歩み寄る。
そして、基之が踞るベッドに腰掛け、暫くの間、ただ、そこに座っていた。
「...私、浅菜さんを助けた時、自暴自棄になってた彼女に尋ねたの。貴方に大切な人はいる?って」
数分の後、彼女はそう口を開き、基之の方へ、ゆっくりと視線を向けた。
「彼女は直ぐに頷いた。きっと、貴方達のことがとても大切だったんだろうね...貴方には、いないの?大切な人」
基之は、質問の意図を掴みかねた。
彼女は、基之の境遇を知っているのだ。
つまり、分かっている筈である。
家族は全て喪ったことを。
にも関わらずそう聞いてきた。
この一月で、こんな時に皮肉や嫌味を言う娘でないことも、基之は分かっていた。
だからこそ、理解出来なかったのだ。
「...いるわけない。分かっているだろ」
投げやりに言う基之に、明子は食い下がる。
「本当に?」
「...姉ちゃんも、母さんも死んだ!...それに祐輔だって、俺は何にもしてやれなくて!結局あいつら...に...」
基之は腕に沈めていた顔を、小さく上げた。
「祐輔...そうだ。あいつは...まだ、生きている..」
明子は優しげな笑みを浮かべながら、基之と目を合わせた。
「いるじゃん。やっぱり」
明子の言葉は再び基之の耳には届いていなかった。
それ程までに、祐輔の存在に、何も見えなくなっていた暗闇の中で見出だした、細い、一筋の光に、目を取られていたのだ。
そうだ。姉ちゃんだけじゃない、祐輔の時も、結局俺は、あいつの言ってくれた、優しい嘘を受け入れて、自分を誤魔化した。
そして祐輔は、起源軍に入った。
でも、祐輔はまだ生きている。
あいつは、起源国軍に入らざるを得なくて。
今も、望まない任務をさせられている。
祐輔は、まだ、生きている。
まだ、あいつは、喪ってない。
任務前、基之はニュースで祐輔の名を聞いていた。
ごく小さく取り扱われたのみだったが、惑星ハヤブサの名誉起源民において初の下士官が誕生した、というニュースで。
それ故、生きていることは知っていたのだ。
彼のことを忘れていたわけではない。
しかし、それを上回る事態が彼に休む暇なく襲いかかり、考える余裕などなかったのだ。
だが、今は、唯一基之の希望となって、再び彼の眼前に現れたのである。
きっと、昇進したきっかけだってそうだ。あいつは進んで虐殺に加担したりなんてしない。
家族を人質に取られてるからだ。
だから、俺が、家族も一緒に、解放する。
いや、しなきゃ。絶対に。
祐輔まで喪いたくはない。
喪わない為には、戦わなきゃ。
戦わなければ、また、奪われる。
明子は、少し様子のおかしい基之を心配そうに見つめるが、彼は反応を返さず、ますます思考を深みへと向かわせていった。
そうだ、今まで俺は、ずっと受け身のままで、奪われ続けてきた、喪い続けてきた。
なら、もう、奪われないために。
姉ちゃんも、母さんもいなくなった。
だから、もう起源国が来る前の日常を、完全に取りと戻すことは出来ない。
けれど、祐輔がいれば、その一部でも、一欠片でも、きっと取り戻すことが出来る。
あの日、あの夜が明けて、またいつもの"来る筈だった明日"を!
基之の目には、光が灯り始めていた。
その光は、清く輝くモノではなかったが。
踞っているだけじゃ誰も助けてくれはしない。
今回だってそうだ。
俺が命をかけると言ったから、勝敏さん達も全力で助けてくれた。
なら、動かなくちゃ。
奪われるのを待つだけなんて、もうしない。
戦って、奪われたモノを、取り戻す為に、もう二度と、喪わない為に、俺は、戦わなきゃいけないんだ。
そうだ。立って、俺は祐輔を。
祐輔と過ごしたあの日常を。
"来る筈だった明日を"起源国から、奪い返す。
祐輔達が安心して暮らせる世界には、起源国が邪魔だ。
だけど、起源国は、既に人類社会を統一している。
なら、俺が目指すべきは、ただ一つ。
「俺は...戦う。祐輔を解放するために。起源国を倒して、あの日々を。絶対に」
腕をほどき、組んでいた足も崩した基之は、明子の方へと目を向けた。
「明子さん。俺、決めたよ。これからも、鷹鸇で、俺は戦う。起源国を、滅ぼすために」
明子は、基之の目に光が戻ったことに僅かな安堵を覚えていたが、それを打ち消す程の、後悔と寒気と、畏怖を感じていた。
彼の目に宿った光は、輝いていた。空々しく、しかし、強く、誰よりも強く、燃えるように輝いていたのだった。
Tips
起源国保安隊
起源国の保安隊は軍を管轄する統合省によって異動を命じられた軍人と地球から派遣された警察の一部によって構成されている、総督府における治安維持組織のことである。
起源民が多数を占める都市には通常警察も勤務しているが、ゲットーには保安隊しかいない。
また、地球にも当然、彼らは存在しない。
ただ地球には別の通常警察とは異なる法執行機関、所謂秘密警察、が別途存在してはいる。
保安隊は軍の階級を基本的に流用しており、尉官以上が警察における警部の位置にいるなど、地位と階級に関する規定は細かい。
そして通常警察との最大の違いは、ゲットーにおいては実質的に政府機関の役割を担っていることである。
飾りでしかない指定居住区住民評議会に指示を出し、行政を回しているのは保安隊なのだ。
統治と治安維持という名の弾圧を行う組織として各星系総督府では名誉起源民から恐れられている。