代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
統一暦242年(西暦2692年)9月末
琥珀ゲットーにて発生した正体不明の武装勢力による職業訓練所襲撃事件から二年近くが経過した惑星ハヤブサは、急速にその安定を失いつつあった。
新高麗半島で発生し、二つの街を占拠、起源軍との戦闘に発展するに至った新高麗蜂起事件。
湖南ゲットーで発覚した大規模な起源軍と反乱勢力の癒着、湖南大逆事件。
総督府住民局長暗殺事件。
北極近くにある最北端の起源軍基地が襲撃され、武器、兵器を奪われた極北基地襲撃事件。
全惑星の3割近い地域に電波ジャックが行われ、鷹鸇の宣伝が流された東部放送事故、がある。
鷹鸇の活動に触発され起きた、彼らとは関係のないローカルな勢力や他組織の起こした事件も数多くある。
桜山市内で発生したゲットー内の騒乱、桜山事変。オルゲン=サトウ中将が演説中に狙撃されたオルゲン事件。
ハヤブサ連邦奪還政府を名乗り、
核兵器による焦土化の可能性があるにも関わらず、大きなモノでこれだけの事件が発生しているのだ。
ハヤブサ市民の我慢は、怒りは、総督府の考えていたよりも強力なモノだったと言えるだろう。
少なくとも、行動を起こした彼らは、絶望からか、怒りからか、とにもかくにも動くことを選んだ。
結果として、総督府は中央政府、つまり地球本星から能力不足、怠慢などと指摘され、二回も総督が入れ替わる事態となってしまっていた。
それに伴う行政の混乱は、更なる情勢悪化に繋がりかねなかったが、独裁国家というのは指導者や政府の誤りは認められないものである。
スケープゴートを用意せねばならず、そうした措置を取らざるを得なくなったのだ。
惑星ハヤブサは、あの日以来、新たな局面を迎えていたのである。
「既に、俺達の手には負えない状況となっているように思うが、まだ続けるつもりなのか?」
アーノルド・マーカス大尉は、二人しかいない小さな部屋の真ん中で黒いチェスの駒、
「しかし、今までの地道な捜査で奴等の本拠地か、少なくとも重要な支部がこの雅緂ゲットー、第5指定居住区で活動していることは疑いようが無くなっています」
マーカスの置いたビショップを一瞥した後、グエンは
「そうだな。しかし、我等がボス殿の目と耳は鋭く、今や我々はこうして無事に陽光の変化を眺める役職に就いている」
皮肉っぽく笑うマーカスに、グエンは真顔でこう言い返す。
「私は、貴方と一日中チェスを打つつもりでしたよ」
「ははっ。参ったな」
グエンが置いたナイトに一瞬眉を歪めたマーカスは苦笑し、
「私にチェスを教えて頂けませんか?」
大真面目に、覚悟を決めた目でそう言った彼の姿を、マーカスは昨日のことのように思い出せた。
そんなことを思い返しながら、暫く
「それに、警部」
「もう警部じゃない。何だ?」
「失礼、大尉殿。我々はまだ保安隊員ではありますよね?」
「そうだな。それがどうした?」
「であるなら、まだ、捜査は可能なのでは?」
「!...確かに法令に基づけばそうだな。ここの役職も、警察業務が禁じられている訳ではない。だが、それは理論的な話だ。俺達にはもう、証拠もデータもない。全部取られちまったからな」
最早出し惜しみをせず、マーカスは
「個人的に残していたメモならあります」
「はっ。聞かなかったことにしてやろう。しかし、資料はある、というわけだ」
彼らは、既にこの狭苦しい部屋に盗聴機のないことは確認済みであった。
つまり、彼らの地位は、保安隊のみならず、起源国において最早気にかける必要もない程に低く、無価値な場所にある、というわけだ。
「はい。ですので、ご協力頂けませんか?」
「次は、陽光も拝めなくなるかもしれないぞ?」
「チェス・プロブレム位なら差し入れてくれるでしょう」
苦し紛れのマーカスの城将による直進は、
「...分かったよ。それで、当面の宛てはあるんだろうな?」
「はい。先ずは、ゲットー内で目星を付けていた店に行きましょう」
「退屈はせずに済みそうだ」
はあ、と溜め息を付きながら
グエンも、最後にもう一つの
盤面を見たマーカスは、渋い顔をグエンに向ける。
「チェックメイトです。大尉殿」
「お手上げだな。色々と」
やれやれと笑いながら、マーカスは、グエンと共に狭い部署から歩み出るのだった。
『青木祐輔准尉 またも手柄』
"平等派"が強い影響力を有している放送局の配信するニュースにおいて、そんな文章が紙面に踊る。
彼は、第三星系総督府において発生した幾つもの事件に、"平等派"の根回しによって参加し、功績を挙げ続けていた。
桜山事変では、蜂起勢力の首魁を逮捕。
オルゲン事件においては、速やかな処置によってオルゲン=サトウ中将が一命を取り留めることに貢献した。
彼のそうした"熱心さ"も相まって"平等派"のみならず、どちらにも所属しない中間的な軍人からの評価も高まりつつある。
更に、他にも小さな事件や小規模な戦闘で活躍したことで、彼の名は、起源民、名誉起源民問わず、浸透をしていっていた。
「見事ですな。閣下。予想通りの情勢です」
第三星系総督府 総督政務庁ビルの一室に集った人々の中でジェフ大佐の発した称賛に、対象となったアウグスト・バルテル文化局長は鷹揚に頷いた。
「英雄のプロデュースは順調だ。名誉起源民の中でも、起源国政府へ積極的に阿る恭順者や、テロなんかの武装闘争を忌避する者達から支持が強まっていることだし、総督府居住の起源民においても、彼を評価している層は6割近い」
バルテルも満足気にそう報告する。
「やはり、桜山事変が転機でしたな。閣下のご指示に基づき、お膳立てしたかいがありました」
「見事なドラマを作ることが出来たのは、皆の協力あってこそだ。あれで青木祐輔がかつての"同胞"であっても容赦せず、起源軍人として任務を遂行する、と印象付けることが出来た。改めて、感謝したい」
「それで言うと、サトウ中将にも頭が上がりませんな」
誰かの言に、バルテルも深く同意する。
「そうだな。彼は"平等派"というわけではないが、協力してくれたおかげで、あの場に居合わせただけの青木祐輔を功労者に祭り上げることが出来た。幸い、周囲は我々の同胞が固めていたしな」
そんなこんなと一通り社交辞令が済むと、バルテルは「さて」と本題へ入るべく、口を動かした。
「そろそろ、彼には次なるステップへと進んで貰いたいと思っているのだ」
「と、申しますと?」
「各地で頻発した騒乱も最近は漸く落ち着きつつあり、小康状態だ。この隙に、彼には士官教育を受けさせたいと思っている」
バルテルの提案に、軍部から参加している者達は微妙な表情をした。
「名誉を入れるのはさすがに難しいのではないですかな..?」
提案自体に反対ではないが、現実的じゃない。
それが軍部の認識であった。
「ふむ。やはり捩じ込むのは難しいかね?」
「軍学校における"平等派"の力は弱いので、面接や書類審査で落とされるでしょうね。いくら有名になりつつある軍人といっても、"復讐派"からすればただの名誉です」
「そうか...何とか短期間だけでも受けさせたいところなのだがなあ...」
「階級が追い付けば自動的に入学することになりますし、そうなれば"復讐派"も手出しは出来ないでしょう。ですので、やはり今まで通り昇進を進めるべきでは?」
誰かの提案に、皆がうんうんと同意する。
「ふーむ。しかし、そう都合良く事件等起きないからなあ。さすがに完全な捏造は不可能事であるし」
「致し方ないですな。待つことも重要だと思いますよ」
窘められ、バルテルは、「分かっているんだ」と小さく応答する。
「ただ、"復讐派"は何もせずとも力を付けれるのだ。我々としても手は打ちたい。何か、他に妙案はないかね?」
言われ、一同は頭を悩ませるが、中々そんなものは直ぐに思い付かない。
しばしの沈黙が流れることとなる。
だが、一人の軍人が挙手をし、その沈黙を終わらせる。
「ん?エリック少将か。どうした?」
「宣伝工作になりますが、一つ案を思い付きました」
「ほう?是非話してみてくれ」
全員がエリック少将の言葉に耳を傾ける。
そして、彼が説明を終えると、バルテルは、感心したように頷いていた。
「素晴らしい。効果は未知数だが、大して金も人員もかからん。やる価値はありそうだ。しかし、コネクションはあるのかね?」
「ええ。勿論ですとも」
「では、決定だ」
満足そうに宣言するバルテルの裁可を以て、青木祐輔の次なる任務が事実上、決定されるのであった。
同じく総督政務庁ビル。
中層に位置する階層のロビー、その隅にある喫煙所にて、電子タバコを吸いながら寛いでいたのは、[RB:李強,リー・チアン] 中佐だ。
横には、タバコは吸わないものの、上官との雑談に付き合う彼の補佐、トシン・オゴチュクウ准尉も立っている。
「最近、"平等派"に入れ込み過ぎではないか、と中佐殿の"ご友人"が懸念されていましたよ」
「はっ。大きなお世話だな。まあ、気持ちは理解出来るが、これも重要なことさ。それに私は、手駒を一つ貸し出しているに過ぎん」
オゴチュクウ准尉が声を潜めながら伝えた報告を、李は一笑に付す。
「ですが、彼はそうはお考えでないようです」
「用心深いことだ。まあ、上手く伝えておいてくれ。手駒を一つ貸すだけで私の評価も上昇しているのだ。手放す訳にもいくまいよ?」
「承知しました」
煙だけが舞う、静かなその空間で二人はそのまま、"余り聞かれたくはない話"、を纏めて済ませるのだった。
そして━━
雅緂ゲットーから少し離れた位置。
鷹鸇 雅緂ゲットー支部。
「いや~今回も上手くいったなあ!おい!」
坂堂の調子に乗っていると分かるおちゃらけた声が食堂に響いていた。
つい昨日、軍の施設を一つ襲撃し、兵器を奪取したところであるからだ。
職業訓練所襲撃以来、それを号砲とし、襲撃以前までに各地に広がっていた鷹鸇の細胞ネットワークを介して得られた情報を基に、積極的な活動を行うようになっていた。
それまでの人員拡大を重視した路線から、一気に闘争路線へと変わったのは、"ボス"の指示であり、その手始めがあの訓練所襲撃であった。
その後は増援等を送り辛い、人口の少ない場所にある小規模な駐屯地等を重点的に狙い、武器、兵器を蓄えつつ、"復讐派"において重要な位置を占める軍人や政治家を襲撃、暗殺するなど、この一年の間に起源国から存在を警戒される組織に変化した。
その一貫として行われた基地襲撃が、今回も上手く成功したことを、坂堂は喜んでいたのだ。
「にしても、あいつの作戦はすげえな。見たか?あの俺らが別動隊として現れた時のあいつらの顔!」
「あれは傑作だった。少し前までは勝敏さんのカバーが無ければ危ないところもあったのに、最近は想定外も余り起きなくなっているし、あいつは本当に凄い」
脇田適も、感心し通しといった様子だ。
「あいつの活躍とか、皆の頑張りもあって、鷹鸇の活動は上手く行ってるし良い調子だね。僕達」
メガネを掛け、ピッチリとした髪型の若い男、
「そうね。惑星ハヤブサ全体が他組織の活動もあって不安定化、しかも総督交代による行政の混乱。これらも私達には追い風になってる。
元々、あの訓練所襲撃前時点では、三年もすれば全惑星の居住地域全てをカバーした強力監視体制が完成する筈だったし、それによって私達の人員は増えるどころか、活動は制限が増え、細胞組織の縮小が始まるって予測だった」
けれど、と
「星城大騒乱だったり、鷹鸇の活動によって監視システムは大きな損害を被って、停滞している。私達情報部門も全力で妨害もしてるから、コンピュータや専門の人達の推測では、少なくとも二年、多くて三年、時間が産まれたわ。
時間が私達の敵であることに変わりはないけれど、活動に使える時間はかなり増えたってわけ」
「要は俺達はよく頑張ってるってこったろ?」
坂堂はガハハと笑いながらそう単純に結論した。
間違ってはいないので、明子は苦笑しながらも、「そんなとこね」と頷く。
「あれ?てか、功労者のあいつはどこにいったんだ?」
一頻り楽しそうに大笑いした後、坂堂ははたと周囲を見渡し、その疑問を抱いたようだ。
「勝敏さんに次の作戦立案に意見を来れ、って呼ばれてたよ」
明子は、今更気付いたのか。と呆れつつ、答える。
「マジか。じゃー戻ってきてから労ってやるか」
坂堂は調子よく言いながら、皆を見渡した。
皆も、反対するようなことでもないので、賛意を示し、再び祝勝へと浸る。
「......。少しでも力を抜いてくれると良いんだけど」
そんな面々を眺めながら、明子は、そう小さく気遣わしげに呟くのだった。
Tips
鷹鸇メンバーの多くは元軍人等ではなく一般人出身です。
勝敏は防衛省の官僚であったため、多少の知識があり、防衛隊出身の烏と二人で軍事に関する知識を補っています。