代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第十七話 蠢く影

 

 

グエン・バン・ライン兵長とアーノルド・マーカス大尉は、雅緂ゲットーの東通りにある、とある酒場へ向かっていた。

 

「パブ"イーグル"の店主が鷹鸇(ようせん)の協力者である可能性、か。この情報は確かなのか?」

 

マーカスは、グエンが秘密裏に纏めていたメモを見ながらそう尋ねる。

 

「確実と言えません。保安隊の"民間協力者"が"イーグル"にて、怪しげな会話を聞いた、というモノですから」

「これまた曖昧な。会話の内容は?」

「何でも、"荷物"は明日中に雅緂市に届く。だが、"建設作業"の準備は終わりきっていないからどうのこうの、と。その後は他の客の会話に遮られ上手く聞き取れなかったようで」

「ふむ。それは店主と会話してたのか?」

「いえ、それ自体は客同士の会話だったそうです」

「では何故店主が?」

 

二人が通りを少し早歩き、という速度で歩きながらこうした会話をしているのは、公共施設の場合、何処で聞かれているか分からないこと、また、止まって会話をして誰かに聞かれることも避けるためである。

 

「よく店主の動きを観察していると、その二人の場合、先に来ていた方の隣、店主の目の前に案内していたそうなのですが、他の複数客はカウンターには可能な限り案内しないようにしていたそうなのです。

しかも、一人の客も、その二人からそれとなく離れた位置を案内していた、と」

 

グエンの報告に、マーカスは腕を組み、考え込む。

 

「ううむ。どれも微妙な話だな。そもそも会話内容も、直ちに妙とは言えないだろう」

「そうですね。ですが、別の日には"建設作業"、ではなく"医療品"の話を片方が別な人間としていたらしいのです」

「なるほど確かにそいつは少々臭うな」

「ええ。それに、大尉も私と同じことを思い浮かべているのではないですか?」

 

グエンに言われ、マーカスはふっと苦笑し、頷いた。

 

「この会話をしていたのが6月20日。3日後に雅緂市で建設中の軍関連施設で"爆破事故"が発生していた。偶然にしては、合致する部分のある会話だ」

「はい。そうなると、店主が何か知っている可能性も」

「充分にある、か。なるほど。調べる価値はあるな」

 

得心が行った、とマーカスが頷く。

そして丁度、二人は目的地の看板が目に入る場所へと到着した。

 

「ん?」

 

店の扉まであと数メートルというところで、マーカスは「ん?」と突然立ち止まった。

 

「どうしました?大尉」

「...ちょっと待ってくれ」

 

彼は、今正に店から出たばかりの青年に向かっていき、肩を叩く。

 

「失礼」

「あ?何だよおっさん」

 

肩を叩かれた男は、ガラの悪そうな顔で振り向いた。

 

「保安隊だ」

「は?...保安隊?!」

 

相手が保安隊であると分かると、男は不味い、というような顔をし、直ぐにぎこちない笑顔を作って見せた。

 

「いや~こいつは失礼しました。で、何でしょうか?俺に何か?」

「ちょっとした職務質問だよ。昼間から酒場に出入りしているようだが、職は何かね?」

「ああ。しがない建設作業員ですよ。今日は休みなんですわ」

「休み、か。何処の建設会社だ?」

「"鷲爪建設(わしづめけんせつ)"」

 

近くで聞いていたグエンがピクリと反応したが、マーカスは一切の感情を表出させることなく、質問を続ける。

 

「IDを見せて貰おうか?」

「勿論ですよ」

 

平身低頭なまま、男はIDを取り出し、渡した。

 

「ふむ。...異常はないな」

 

スキャンを終えたIDを返しながら、マーカスはもう一度、男の顔を見て、肩に手を置いた。

 

「以上だ。手数をかけたな。堂坂駆(どうさかかける)くん」

「いやいや。保安隊さんらもお疲れさまです。...それじゃあ俺はこれで」

 

男が人混みに消えたのを見てから、グエンがマーカスに言った。

 

「大尉、鷲爪建設ですが..」

「分かっている。それも捜査対象だったな」

「はい。よろしいのですか?あんなあっさりと..」

「発信器を付けておいた」

「!...さすがは大尉殿です」

「店主に話を聞いてから追うとしよう。そもそもが勘で声をかけたんだ。ダメで元々、何か掴めればラッキーだが、それよりも俄然怪しい此方を優先せねばな」

 

そうして二人は、酒場へと入るのだった。

 

マーカスから職務質問を受けた堂坂駆、とゲットーでは偽名で通している、"坂堂歩"は、通りを抜け、人気のない道へ入ると、大きく一度、息を吐いた。

 

「何なんだ。突然保安隊なんてよお」

 

チッと舌打ちをする坂堂。

だが直後、はた、と立ち止まった。

 

「.....一回帰るか」

 

鷹鸇のゲットー内基地へと向かうつもりであった坂堂だが、先程のやり取りもあり、尾行等をされているのでは、と思い至る。

彼は、直情的な所はあるが、決して頭の回らない男ではない。

万が一を考え、囮でもある自宅で一度チェックをしてから基地に向かおうと判断したのだ。

 

数十分後。

 

酒場から出たマーカスとグエンは肩透かしを食らっていた。

 

「大した話を聞けませんでしたね。もう少し反応をするかと思いまたが」

「そうだな。あれは相当な手練れだ。が、隙もある。突然尋ねてきた保安隊員に、客のしていた会話だのなんだのと詰問されて、一切の動揺を見せないというのも不自然だとは思わないか?」

「...確かに!もう少し不安そうになったりしそうなものです」

「故に、隙は間違いなくある。突き崩せないことはないだろう」

「それでも、まだまだ時間はかかりそうですね」

「そいつはたっぷりあるがな」

 

マーカスの皮肉的な自虐に、グエンは苦笑で返した。

そして、表情を切り替えてから尋ねる。

 

「先程の、堂坂を追いますか?」

「ああ。奴が何処に消えたか見させて貰おうじゃあないか」

 

装着された発信器はしっかりと反応を示しており、少し離れた集合住宅地を指し示している。

 

「ふむ。これだけでは判断が付かんな、やはり。グエン、行くぞ」

「はい」

 

二人は、先程坂堂の歩いていったのと同じ道筋を辿り、発信器の示す住所へと向かうのだった。

 

その頃、坂堂はダミーの自宅へ戻り、全ての服を着替えていた。

 

「よし。後はさっさと出掛けるか」

 

偽装工作を終えた坂堂は、そそくさと部屋を後にし、監視カメラの少ない裏路地へ入ってから複雑なルートを取って、基地へと向かうのだった。

 

更に十数分後。

坂堂の出ていった部屋の前にはドア横に取り付けられたインターホンを押すグエンとマーカスの姿があった。

 

「堂坂さん。保安隊です。少々お話よろしいですか?」

 

ドンドンとドアをノックするも、やはり返事はない。マーカスは、溜め息を一つ付き、仕方ない、と懐からカードキーを取り出した。

 

このカードキーは全ての指定居住区内にある建築物に取り付けられているマスターキーである。

扉に直接付けられているアナログな鍵は住民や管理者のモノであるが、その鍵は保安隊の持つこのカードキーによって無力化されるのだ。

 

「入るぞ」

 

中へと押し入るマーカスとグエン。

部屋の内部は、所謂汚部屋ではないものの、散らかっており、生活感は感じさせるモノであった。

 

「発信器はここで間違いないよな?」

「ええ。間違いなく。ハズレ、ですかね?」

「...何のために帰宅したんだろうな?直ぐに出ていったことになるが」

「着替えるため、じゃないんですか?」

 

辺りをひっくり返しながらグエンが言う。

 

「そうだろうな。だが、何のためだと思う?別に小汚ない格好でもなく、汚れている訳でもなかった」

「それは...」

 

考え込むグエンを余所目に、マーカスは洗面所へと入り、発信器の受信機を拡大していった。

 

「この辺り、か」

 

数メートル範囲まで絞り込めるそれにより、位置をおおよそ掴んだ彼は、目星を付け、洗濯機の蓋をガバッと開けた。

 

「...洗濯機にねえ...」

 

マーカスは訝しむように放り込まれている服を見ながら呟く。

 

「怪しいモノは見つかりませんね」

 

グエンの報告に、マーカスは肩をすくめた。

 

「ああ、不自然な程にな。服は小綺麗なままだ。しかし、汚れていなくとも着替えることはある。...店主といい、"妙"な所はあれど、決定的なモノは上手く隠されている」

 

マーカスの物言いに、グエンは不安そうな表情となる。

 

「...心配するなグエン。我々は警察ではない。保安隊だ。名誉相手に手続きも確たる証拠も不要」

「...と申しますと?」

「"妙"な点がある。それだけで捜査をするのも、拘束するのも問題なく可能、ということだ」

 

ニヤリ、とマーカスは笑った。

 

「我々のやり方を見せてやろうじゃあないか」

 

 

三日後。

雅緂ゲットー支部。

 

ゲットー内基地からゲットー外にあるこの支部へとやって来た坂堂が、先日起こったことを、改めて口頭で勝敏(かつとし)に報告を終えたところであった。

 

「それで、二号偽装住宅が捜査されていた、と?」

「そうなんすよ。基地の奴等が隠しカメラで見てくれてたみたいで」

「ふむ...職質を受けた際に発信器でも付けられてたか?」

「多分そうなんでしょうね...すみません」

「いや、話を聞いた限り気付きようもなかっただろう。むしろ、念のために着替えてくれてよかった。だが、問題は奴等が何処まで嗅ぎ付けているか、だ」

 

肩を落とす坂堂を、慰めつつ、勝敏は思案をする。

 

「昨日、基之達が向かった作戦に気付いているのでしょうか?」

「それはないだろう。その場合、其方を妨害するなりするはずだ。こんな迂遠なやり方を取る理由がない」

 

同席していた脇田の発言に、勝敏はそう首を振った。

その時、扉が開かれ、ゲットー内基地と連絡を取り合っている通信員が駆け込んできた。

 

勝敏(スンミン)さん!"イーグル"店主が拘束された、と通信が!」

「鶴田さんが?!」

 

思わず、という様子で勝敏はガタリと立ち上がった。

 

「容疑は?」

 

脇田の質問に、通信員は首を振る。

 

「それが、理由は不明で...突然保安隊員に拘束され、連れていかれた、と」

「な...奴等!」

 

脇田がそう憤る横で、勝敏は「なるほど」と口にしていた。

 

「鶴田さんからも報告は受けていたが、まだ何かしら動くには拙速に過ぎると思っていた。しかし、そうだな。名誉相手に丁寧な裏取りなど不要だったな」

「どうしますか?」

「どうにも出来んよ。今は。焦って他の作戦に支障を来すわけにはいかん」

 

こめかみを抑えながら、勝敏は悔しそうに言う。

 

「ですが、これではっきりしましたね」

 

脇田の言に、勝敏も頷いた。

 

「どういうことっすか?」

 

坂堂は分からず、首を捻る。

 

「奴等が何処まで嗅ぎ付けているか、だよ。鶴田さんを大した理由もなく拘束したって事は、その程度の情報しか持ってないってことさ。とりあえず情報が欲しい、という段階だろう」

「とはいっても、尾の先を掴まれたのは事実だ。警戒が必要だな」

 

なるほど。と坂堂は頷いてからでも、と何かに気付いた様子で切り出した。

 

「鶴田さんは、見捨てるんすか...?」

「貴重な情報屋な上、元ハヤブサ連邦防衛隊員だ。そう簡単には切り捨てられん。だが、今は作戦が進行中だ。其方の方がついてからだろうな」

 

勝敏がそう言うと、坂堂は胸を撫で下ろした。

 

「じゃあ、基之が帰ってきたらってことっすね?」

「そうだな。上手く行けばまあ明後日には帰ってくるだろうし、そこからだ」

 

 

同刻。

第5指定居住区(雅緂ゲットー)保安隊本部

 

「捜査は私が言い出したことなので今更ではありますが、大尉殿。取り調べ室を我々が使っても大丈夫なのでしょうか?」

 

拘束した酒場の店主、鶴田実を取り調べ室に置き、そおをマジックミラーで見通せる裏部屋にてグエンが不安そうにマーカスに尋ねていた。

 

「問題ない。元々、鷹鸇に対する捜査本部が結成される予定だったからな。さすがにあの少将もイデオロギー的理由から放置して自らの立場を危ぶむ気はなかったらしい」

 

それに、とマーカスは得意そうに笑って見せる。

 

「本部長は私の友人でね。こうしてここに居られるのも、彼と懇意にしていた部下達のおかけさ」

「凄い...ですが、彼らもバレたら不味いのでは?」

「まあな。だから、こっちの部屋は録音機能を今は切ってくれている。カメラは切る訳にはいかんから回っているが、まあ、取り調べに同席する位は言い訳が効く」

 

グエンは驚きを隠すでもなく、感嘆の息を漏らしていた。

 

「そこまでしてくれるなんて...」

「友人は作っておくものだよ。グエン君」

「勉強になります」

 

二人がそう話していると、扉が開き、二人程部屋に入ってきた。

また、同時に取り調べ室にも尋問官が入る。

 

「マーカス。俺達はまだこっちに取りかかれる余裕はないんだぞ」

 

軽い調子で気さくな笑みを称えながら一人がマーカスの横に立つ。

 

「だから俺達が代わりにやっているんだよ。ヤコブ」

「ったく物好きだねえ。まあ、いいさ。仕事が減るのは良いことだ」

「いつも悪いね」

「今更言うことかよ」

 

親しげに話す二人の視界の先、そこにはミラー越しに取り調べ室が写っていた。

鶴田が尋問官に頭を押さえつけられながら詰問される様子を眺めながら、二人はその後も暫しの談笑に興じる。

その後暫くしても、鶴田が一切口を開かない様子を見ていた二人は、談笑を止め、顔には笑顔を張り付けたまま、ミラーの向こうを凝視し、ヤコブと呼ばれたマーカスの友人が肩をすくめ、再び口を開いた。

 

「マーカス。彼は中々頑固なようだ。ここらで我々に無意味に楯突くとどうなるか、教えてやる必要があるかと思うが」

 

マーカスはわざとらしさを感じる真面目な顔で頷いた。

 

「そうだな。彼の肉体的、精神的頑丈さを確かめて見ようじゃあないか」

 

二人は冷徹に、そして残酷に短く笑みを交わすのだった。

 





Tips
保安隊は法的には名誉起源民相手だけでなく起源民にも令状なしの捜査が可能だが、緊急時を除き原則として起源民相手には捜査令状を取得してから動いている。
これは形としてはあくまで保安隊の自主的な申請ということになるため、(法的な)差別はない、と起源国が言い張れる状況となっている。
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