代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第十九話 望まぬ日昇

 

 

少し時間を遡り、三日前。

 

鷹鸇(ようせん)雅緂(かだん)ゲットー支部。

勝敏(かつとし)の執務室に呼ばれた基之は、新たな命令、それも、彼にとっては、足下が崩れるような命令を、受けていた。

 

「そ、その情報は確かなのでしょうか?」

 

上擦る声をどうにか抑えながら基之はそう尋ねた。

無駄だと分かっていても、どうにか御破算に出来やしないか、と抗って。

 

「匿名でのたれ込みだ。まあ信憑性自体はさほど高くない」

「でしたら...!」

 

パッと顔を挙げるも、悟られないように直ぐに顔に力を入れ、表情を抑える基之。

だが、彼の希望は脆くも打ち砕かれる。

 

「しかし、奴が来ると垂れ込みのあった場所は軍の研究施設だ。例えデマでも問題ない。研究施設の襲撃とデータや現物の奪取、これを主目的とすれば良い。奴については副菜だな」

「...なるほど」

「それにこれはチャンスなんだよ。今や"名誉起源民"から支持を集め、恭順者の英雄となりつつある奴を、青木祐輔を排除する。

恭順によって、支配を受け入れてしまう。

そんな自体を座して待つわけにはいかない」

 

祐輔を排除する。そんな、基之に取っては最も承服しがたい、いや、承服することなど不可能な命令。

それは御破算にはならず、基之はどうにか中止させられないか、どうにか命令を変えさせることは出来ないか、と頭を回した。

 

「...物理的排除以外の手段も考えられるのではないでしょうか」

「例えば?」

「此方に引き込むのです。仲間となれば、充分過ぎるほどの効果がありませんか?!彼ですら愛想を付かす程の起源国だ、と宣伝に出来ます!」

「...確かに。可能ならばそれでも構わんな。

むしろ、それがベストか。..まあ、恭順者の英雄様が受け入れるとは思わんが」

 

基之は、これを突破口とするしかない、と畳み掛けた。

 

「どうにか説得してみせます」

「まあ、説得ぐらいしても良いかもしれんな。話してみれば案外、ということもあり得る」

「では!」

「ああ、一度拐うなり他の手段でも良い。説得してみて、ダメなら予定通り排除してくれ」

「っ...排除は、ボスのご命令なのですか?」

「...私の決定だ。しかし、既にこれは決定事項」

 

ボスの命令かと問われると、勝敏の目が一瞬だけ揺れた。その揺れには、何か隠しきれない思いが込められているように見える。

 

「でしたら!」

 

だが、基之は、そんな勝敏に違和を抱くことも出来ない程に必死であった。

更にそう食って掛かる。

 

「何だ?随分と青木祐輔の排除に否定的だな」

「いえ、そういうわけでは...」

 

今度は基之が隠すようにして首を振った。

だが、此方は勝敏に見通されてしまう。

 

「正直に話せ。この二年、随分貢献してくれたんだ。今更ちょっとやそっとのことでどうにかしたりしない」

「っ.....」

 

基之は、どうするべきかと戸惑った。

しかし、いっそ正直に打ち明けてしまった方が、という思考も手伝い話すことを決める。

大きく息を吸い、彼は口を開いた。

 

「青木祐輔准尉、祐輔は、俺の友達なんです」

「.....そうか。いや、なるほどな。だからか」

 

驚愕の表情を見せこそしたが、勝敏は、努めて冷静に基之の告白を受容した。

 

「では、今回は降りるか?」

「それでも、他の誰かが、祐輔を殺しに行く事になりますよね..?」

「そうだな。悪いが、彼が我々に取って障害足る事実は変わらん」

「でしたら、やはり俺が行きます。きっと、俺が話した方が、可能性は高い。あいつが軍にいるのは、別に望んだからじゃありません。だから、あいつを阻む物さえ取り去れば、きっと!」

「望んでいない?英雄様が、か?」

 

訝しむ勝敏に基之は事情を話した。

家族が実質的に人質とされていること。

そして、家族の無実の為に軍に入ったことを。

 

「成程。奴等のやりそうなことだ。似たような連中の家族を集めて住まわせれば、僅かな手勢で監視し、数百もの兵力を確保出来るだろうからな」

 

苦々しげに吐き捨てる勝敏に、基之も頷く。

 

「ですので、家族の問題さえどうにかすればあいつが軍にいる理由は無くなる筈です」

「...分かった。ならばもし、引き入れることが出来たなら直ぐ様彼の家族を解放する作戦を実施しよう。

拐ったという形にすれば、直ぐに家族が処分されるとは考えにくいし、充分だろう」

 

基之の懇願の混じった言葉を受け、勝敏は暫しの熟考を挟んでから、そう鷹揚に頷くのであった。

 

「ありがとうございます!」

「だが、ならば一つ確認しておかねばならないことがある」

 

勝敏は頭を下げる基之に、そう切り出した。

 

「何でしょうか...」

「もし、引き入れること叶わなかった時、お前は.....」

 

そこまで言ってから、勝敏は黙り込んでしまう。

そして、数秒の後、頭を振った。

 

「いや、やっぱり良い。最善を尽くせ」

「...すみません。ありがとうございます」

 

基之は、勝敏が何を問おうとしていたのかを察し、そして、それを口にはしなかったことに深く感謝を述べるのだった。

 

そして、現在。

基之と祐輔が廊下で鉢合っている頃、少し離れたビルの一室で一人の男が、煙の上がりパニック状態となっている研究所を眺めていた。

男は、タバコを灰皿に燻らせながら、電話を耳に当て、会話をしている。

 

「ああ。現状、順調そのもの。レジスタンス、多分鷹鸇だろうな、あの手際は。奴等が研究所をしっかり襲ってくれている。食い付いてくれたようで何よりだ。これで青木祐輔は奴等が始末てくれるだろう」

『しかし、本当に上手くいくのか?研究所を襲わせて叛徒共にデータや技術を奪われただけ、となったら笑えんぞ』

 

電話口の向こうから、失敗への懸念が聞かれたので、男は苦笑しつつ肩を竦めた。

 

「残念ながら上手く行けば儲けものって程度さ。ただ、研究所もここは支部だ。大した損害にはならんし、所長は"平等派"の重鎮。天秤の比重がどちらに向いてるかは明らかだろう?」

『しかしだなあ』

「それに忘れてるぜ?俺らが直接手を下すわけにはいかないって縛りをな。さすがに同じ軍の、何の罪も犯していない人間を始末なんてすれば、そっちの方が問題になる。今やってるこっちは、バレなきゃ俺達に塁は及ばん。そこを忘れてもらっちゃ議論は出来ない」

『...確かに、そうか。名誉の、それも叛徒共に頼らねばならんとは何とも不愉快なことだが、仕方あるまいか』

「お互いメリットがあるんだ。向こうは名誉の体制側のシンボルを消せる。こっちも"平等派"の象徴を消せる」

 

それに、と男は続ける。

 

「不愉快と俺に言わないでもらいたいね。"平等派"に潜入して、思ってもいないおべっかや思考を強制されてんだから」

『悪かったよ。それで、ジェフ』

「何だ?」

 

ジェフ大佐は、タバコを手に取り、一度大きく吸い、煙をゆっくりと吐き出した。

 

『順調か?』

「ああ、問題ない。バルテル文化局長には信頼されている。恐らくな。機嫌取りをし続けた甲斐があった。おかげで派閥内では随分良い待遇さ」

『それはそれは。快適過ぎて裏切るなよ?』

「出世も約束されてんだ。今更裏切るか。とはいっても、もう暫くは信頼しておいて頂く必要があるんでね。罪は、他に着せる。可哀想だが事故にあったと思ってもらうしかない」

『了解。送られてきた人物データの奴だな?準備しとくよ』

「助かる。俺はそろそろ現場に向かうよ。第三星系総督府における"平等派"領袖、アウグスト・バルテル文化局長の忠犬、"ジェフ・コワルスキー"としてね」

 

ジェフ大佐は、そう笑って電話を切るとタバコの火を消し、ゆっくりと立ち上がった。

 

研究所内。

基之と鉢合わせた祐輔は、困惑が勝り、震える口を、ゆっくりと動かしていた。

 

「おま...何で...レジスタンスに、なった...のか?」

 

基之の方は、尚も逡巡色濃い表情で、しかし、しっかりと祐輔の問いに頷き返す。

 

「祐輔。俺は決めたんだ。取り戻すために、奪われないために戦うって」

「いや、でも、お前。家族は、浅菜さんは?優奈おばさんは?」

「....」

 

基之の顔から、祐輔は察する。

 

「まさか...」

「死んだ。..いや、殺されたよ。起源国に」

「っ.....」

 

罪悪と悲哀に祐輔の顔は染まる。

 

「..ごめん」

「祐輔が謝ることじゃないさ。君が軍にいる理由は、俺がよく知っているから」

「すまん...ありがとう」

 

いつの間にか、祐輔は構えていた銃を下ろしていた。

 

「...姉ちゃんも母さんも喪った。だけどさ、まだ、俺には残っている。祐輔、君が」

 

基之は、大きく深呼吸を一度してから、祐輔に真っ直ぐ目を向けた。

 

「一緒に来てくれ。祐輔。俺は取り戻したいんだ。あの日、夜が明けたら、"来る筈だった明日"を、日常の、欠片を!」

 

銃を構えていたのとは反対の手を、祐輔へと差しのべる。

そうしてから、基之は話を再開した。

 

「家族のことは大丈夫。俺は、あの時とはもう違う。俺自身が戦える。それだけじゃない。仲間も協力してくれる。俺の上司も、約束してくれた。祐輔を連れ出すことが出来たら、君の家族を解放しに、専用居住街を襲撃すると」

 

だから、と基之は手を更に祐輔の方へ進める。

しかし、祐輔はその手を取ることは出来なかった。

 

「...祐輔?」

 

怪訝な表情となる基之。

祐輔は、ぎこちない微笑を浮かべながら、ゆっくりと息を吐き、ごめん。と小さく呟いた。

 

「俺は、行けない。行くわけにはいかないんだ」

「どうして...!家族のことなら、絶対に成功させてみせる!起源国になんか従う必要はないんだ!」

 

声のトーンを上げる基之。

しかし、彼は何処かこれを予期していたのか、困惑することも、声を荒げることもなかった。

ただ、縋るように、言葉を紡ぐのみだった。

 

「そうじゃないんだ!」

 

祐輔の方はというと、想定外の事態であり、基之とは違い、覚悟も予想もしていなかった。

それ故に、基之の声色に釣られ、捲し立てるようにしてそう言い放った。

 

「...どうしてだ?」

 

聞きたくはない。しかし、聞かねば引き下がれない。

基之は、分かっていた。

祐輔が来てくれる可能性の低いことを。

彼が僅かでも家族を危険に晒す選択はしないだろうということと、そしてもう一つ。

だが、それでも、聞かねばならなかったのだ。

 

「罪だよ。俺の手は、清廉な血でどす黒く汚れてる。君らと肩を並べて戦う資格がないんだ。

俺だけが救われて良い理由も」

 

そうだ。こういう奴だ。祐輔は。

責任感が強くて、一度決めたら、頑固で。

基之は、天を仰ぎ見、水滴が溢れるような、小さな呟きを、漏らした。

 

「だよな..」

 

でも、と再び祐輔に向き合う。

 

「そこにいても、更に罪を重ねるだけだろう?!もうこれ以上、罪のない人を犠牲には!」

「君たちも民間人の犠牲は出しているだろう?」

 

思わぬカウンターに、基之は言葉に詰まってしまう。

 

「それは...入植者、起源民じゃないか!侵略に加担してる人間だ。ハヤブサ市民じゃあない」

「経済的な理由、政治的な理由、家族に連れられて仕方なく。そういう人達も、丸ごと罪人だと言うのか?」

 

答えに窮する基之。

祐輔は自嘲を浮かべながら、勿論。と続ける。

 

「侵略に抗うお前達と、侵略者に加担する俺。どっちが悪いかなんてのは理解している。だから、資格がないと言ったんだ。

でも、どうせ重ねてしまう罪ならば、俺は貫き通すべきだと思っている」

 

そうだ。こいつは、一度決めたら頑固で。

基之は、ここに来て初めて苦悶に顔を歪めた。

 

「俺はね。多分基之も知ってるだろ?第三星系総督府初の"名誉起源民"として下士官になったんだ。起源国全体で見ても三人目。そして、初の准尉だ」

「...そうだな...」

 

基之は、頷くのみだった。

 

「"平等派"って派閥から担ぎ上げられただけの偽物だ。でも、彼らは..大多数は人道的な理由じゃあないけど、それでも、"名誉"の解放を目指している。その為に俺を、シンボルに仕立て上げた。

おかげで、"名誉起源民"からもこの惑星の"起源民"からも俺は支持されているらしい」

「何が、言いたいんだ?」

「貫き通したい、って話だよ。基之。皆が皆、戦える訳じゃない。それはお前もよく分かっているだろ?」

「.....」

 

基之は、自身が祐輔と離れるしかなかった時のことを、そして、家族と暮らしていた時のことを思い出していた。

 

「色んな理由で、戦えない人がいる。戦わない人がいる。戦いたくない人がいる。

そんな人達に、もしも希望を与えられるのだとしたら、それはきっと、俺...違うな。

青木祐輔という、"象徴"なんだと思う。

"名誉"でも出世出来る。

"名誉"の活躍で、起源民からの評価が上がって、平等に近付くかも。

そんな希望を、可能性を、俺は見せられる存在になれる。今はそういう状況だ」

 

覚悟の籠った祐輔の目に、基之はただ歯噛みすることしか出来なかった。

 

「だから俺は、お前の言う"来る筈だった明日"を求めることは出来ない。

俺は、俺自身も含めて、抗うことの出来ない人達の"訪れてしまう明日"の為に戦うんだ。

どうしたって、朝日は昇ってしまうから。

だから、自分の守れる範囲の大切なモノを守って、その人達と明日を迎える為に。

抗えない人達に取っては、望んではいない、けれど、踠き、求めている明日を示す為に」

 

祐輔は決意を、基之に示す。

 

「俺は、起源軍人として、戦う」 

 

基之も、祐輔が話している間に、受け入れていた。

現実を。

 

「そっか。やっぱり、そうだよな」

「うん。でも、ありがとう。来てくれて。嬉しかったよ」

「ごめんな。祐輔。ただ、迎えに来た訳じゃないんだ」

「そうなのか」

「ああ、だから..」

「そうだな。なら..」

 

二人は同時に、降ろしていた銃を互いに向けた。

互いが、引き金にかけた指に、グッと力を込める。

しかし。

 

「撃たないのか?」

「そっちこそ」

 

どちらも、最後の引き金を弾くことは出来なかった。

二人は、まんじりともせず、見つめ合う。

祐輔が、先に口火を切った。

 

「.....俺は、ここで死ぬなら仕方ないと思ったんだ。殉教者として讃えられるだろうし、無意味な死にはならない。

それに、お前に撃たれるなら本望だから」

「っ...」

「基之はどうなんだ?」

 

問われ、基之は迷いながらも、答えを紡ぐ。

 

「俺は.......やっぱり、撃てる訳がない...撃たなきゃいけないんだ。けれど、無理だ。お前は、俺の恩人で、親友だから...」

 

祐輔は少し困ったように眉を下げ、笑った。

 

「正直だな。でも、だよな。俺も、友達は撃ちたくない」

 

と、そこに基之の胸元から通信音声が流れてきた。

 

『基之さん。敵さんの応援が近付いてるらしいですよ。一応研究データやらなんやらは奪取済みですが、どうします?』

「...分かった。全員撤退するよう伝えてくれ。俺も直ぐに追いかける」

 

基之は、数秒の沈黙の後、通信にそう応えた。

 

『そうだ。青木祐輔は見つかりましたか?』

「........」

 

祐輔をチラリと見てから、基之は漸く、諦めたような覚悟を決めたような息を吐き、口を開いた。

 

「いや。いなかったよ。仕方がないさ。全員早く退避するようにな」

『そうですか。残念っすね。了解しました』

 

通信は切れ、静寂が二人に訪れる。

 

「基之」

 

口火を切るのはまたも祐輔だった。

 

「見逃してもらった借りだ。俺も見逃す。今日は、それで終わりにしよう」

「...そうだな」

「じゃあな。基之」

 

ぎこちない笑顔で別れを告げる祐輔。

基之は、目を瞑り、全てを呑み込まんと喉に力を込めていた。

そして。

 

「俺は、諦めないぞ。祐輔。別れは言わない。

だから、またな。祐輔」

 

基之の言葉に、祐輔は一瞬驚いた顔をしてから、今度は心からの笑みを浮かべ、頷くのだった。

 

「ああ、またな。基之」

 

二人は、互いに反対方向へと歩を進め、それきり、振り替えることも、言葉をかけることも、しなかった。

 

 





Tips
"平等派"の大部分は人道的な理由から差別に反対しているわけではない。
差別する為だけのゲットーであったり"復讐派"の非合理的な政策に対する反対、というわけだ。
予算を無駄につぎ込むだけでメリットは大して存在しないゲットーになど押し込むより、まだまだ未開拓の地域に移住させ労働力として使用する方が余程経済的であり、国の発展にも役立つ、という経済合理性の観点から"平等派"に与する者達が最も多い。
つまるところ、"平等派"とはいっても大多数は"復讐派"よりも名誉起源民の扱いがマシというだけで、本来的な意味での平等を志向している者は少ないのだ。
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