代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
「無事で何よりだ。Dr.チャンドラ」
鷹鸇の襲撃が、彼らの撤退によって終了した頃、士官学校の学生達と共にシェルターへと避難していたチャンドラ、そこに青木祐輔と随伴して研究所に来る筈たったジェフ大佐がやって来ていた。
「ジェフ大佐 ...来られていたのですね」
「たった今ね。何分緊急の要件があったのだ。今回の襲撃に関わる重大事だ」
ジェフ大佐の歪んだ笑みに、嫌な予感を覚えつつ、チャンドラは続きを尋ねる。
「と、申しますと?」
「Dr.チャンドラ。Dr.カリーヌ。君達には叛徒共へ青木祐輔来訪を漏らし、今次襲撃を誘発した容疑がかかっている」
「なっ!?」
「待ってください!私達はそんな..!」
チャンドラの近くにいたカリーヌも驚愕し、抗議の声を挙げる。
しかし、ジェフ大佐がそれを聞き入れる筈もない。
「残念ながら証拠は上がっているのだ。よって貴様らは現時点をもって拘束する。抵抗は無意味であると理解せよ」
それと共に、警備兵がシェルターへと雪崩れ込み、チャンドラとカリーヌを捕縛、拘束する。
シェルター内は騒然とつつも、事態を見守るしかなく、彼らの周りにはバリアでも貼られているかのような空間が生まれていた。
「連行せよ。裏切り者には相応の報いが必要だ」
ジェフ大佐は、下卑た表情を隠しながら、警備兵らにそう指示を出した。
彼は、自らの裏切りを隠すためのスケープゴートに選び、今、正に連行されていく二人を、哀れむでもなく、ただ嬉々として見送るのであった。
翌日。
「そうか...殺せなかったか」
基之からの報告を受けた
「申し訳ありません...仲間も殺されたのに..」
「...そうだな。だが、今回は致し方ない。私も、随分酷な命令を出した」
「承ったのは俺です...如何様にも罰せられる覚悟です」
勝敏は、小さく頷いた後、大きくかぶりを振った。
「いや、君の覚悟を問わなかった私にも責はある」
基之は言葉に詰まってしまった。
俺は何処までも気を遣わせてしまって...。
思わず俯き、拳を握り締める。
「...もし次があるなら、その時は覚悟を決めろ。彼が敵足ることを選択したのだ。その選択にも向き合い、引き金を弾け」
「......はい」
勝敏に諭され、基之は小さく、そう返答した。
そう簡単に割り切れるものではないが、勝敏の言うことは尤もなことであり、そうする他無かったのだ。
「...失礼します」
何のおとがめもなく済ませてくれた。
この事実は、むしろ基之の心を苛んでいた。
殺された仲間は、チームから離れ、勝手な行動を取っていた二人ではあった。
しかし、その事実も、基之の罪悪感を和らげる、正当化の材料になりはしない。
志を共にする仲間を殺され、勧誘も拒否され、それでも、引き金を弾くことが出来なかった。
祐輔を解放するために戦うと決めたが、彼がそれを望まない可能性を、そして、互いの道が相容れなくなる可能性への覚悟を、持てていなかったのだ。
二年経ち、幾度も任務をこなしてきても、未だ覚悟の甘かった自身への憤り。
祐輔に拒絶されたことから来る空虚さ。
その二つが、基之の心中を覆っていた。
「俺は...何のために...」
静寂漂う廊下で基之は思わずそう小さく洩らしてしまう。
そんな彼の背後から意識して明るく振る舞っている、と直ぐ様分かる声色の声がした。
「基之!
声の主は
彼女は、固めた笑顔で基之の前にくるりと回り込んだ。
「...ああ、終わったよ。別段、罰もなかった」
「そ。...それにしては浮かない顔だね」
「分かっている癖に」
明子は、基之から諸々の事情を聞いているため、現況含め、把握している。
言われた明子は「まあね」と言った後、「でも」と基之の側へ身を乗り出した。
「貴方が本当に落ち込んでいる理由は分かってない」
「何を...」
「昌と河下がやられたのに撃てなかった。...それを悔いているのは、嘘じゃないだろうけど、一番大きな所はそこにない。違う?」
「!」
まるで全てを見透かされているようで、曖昧に頷き返すことしか出来ず、基之は少々居心地が悪かった。
「...断られて、戦う理由が無くなった?」
その質問に、基之は最早何も隠すことは出来なさそうだと諦めた。
「参ったな...全部見透かされてるみたいだ」
誤魔化すように苦笑したが、諦めたように肩を揺らし、「そうだな」と彼は呟いた。
「断られる可能性なんて、考慮しておくべきだったと思う。..でも、思いもしなかった。だって、断られたら、俺が戦うと決めた理由の殆どが揺らぐから」
多分、と基之は自嘲する。
「無意識的に考えないようにしてたんだろうな。あいつの性格なんて分かりきってる筈なのに」
明子は、ただ黙って相槌を打つ。
「....仲間を殺された。それだけじゃない。あいつは、もう多くの人を手にかけている。それでも...」
言葉に詰まった後、基之は苦し気に、「分かっているんだ」と呻いた。
「俺が、こんなこと考えちゃいけない。言っちゃ行けない立場なのは。...でもさ、罪とか資格なんかどうだって良いんだ。俺はただ、あいつに隣にいて欲しいだけなんだ...」
ただ、それだけで。と俯き、視線を落とす。
「分かるよ。ただ、一緒にいられたら..そういう気持ちは、痛い程に」
明子は、そう寂しそうに笑い、言うのだった。
「...明子さんも、誰かを..?」
思わぬ同意に、基之はつい、尋ねていた。
「それに答える前に、二つ、聞きたいことがある」
明子はしっかりと基之に向き合った。
「貴方は今、自分の戦う理由に覚悟が足りないと思ってる。どう?」
「やっぱり分かるか..。そうだね。甘かったんだと思ってるよ」
「そ。なら、言っとくわ。私はそれで充分だと思う。友達を取り戻したい。それが理由で何が悪いのよ。目指す所は、同じだしね」
「でも...」
「はあ。その様子だと聞く間でも無さそうだけど。...もう、諦めたの?祐輔君を取り戻すこと」
まったく。と溜め息を付きながら、そう明子は尋ねる。
基之は、その質問に、ピクリ、と身体を反応させ、痛いところを突かれたと全身で物語った。
「...ああ」
「どうして?」
「あいつはもう、覚悟を決めてしまっていたから...これ以上説得しようとしても、多分...」
「甘えだね」
今度はきっぱりと切り捨てられ、基之は思わず顔を上げた。
「貴方の戦う理由は甘いとは思わない。けれど、それは甘えだ。覚悟も足りていない」
「...あいつの意志を踏みにじれってのか?」
勝敏に、次は撃て、と言われていたこともあり、思わずムッとし言い返す。
だが、明子は更にバサリと斬りかかって来た。
「貴方の言ったことが一字一句違わないなら、勝敏さんが言ったのも、諦めろって話じゃない。組織に属する人間として、どうしてもとなれば次は逃げるな。そういうことでしょ」
「.....」
「祐輔君の意志?それなら貴方の取り戻すだとか解放するだとかも踏みにじってたことになるんじゃない?」
「入隊はあいつの望んだことじゃあない..!」
「でも、最後に決意したのは彼でしょう。軍に入ると。そして、その意志を貴方は認めていない」
「それは...!脅されたようなものだって!」
「今も大して状況は変わらないじゃない。いくら貴方が、鷹鸇が、その力で家族を解放してみせると言っても、リスクは無くならない。失敗するかもしれないし、先んじて処分されるかもしれない。違う?」
反論は悉く潰され、基之は何も言葉を紡ぐことが出来なかった。
「結局、彼の意志より貴方自身の意志じゃない。
それが必ずしも悪いとは思わない。祐輔君が入隊を心から望んでいないかったことは確かでしょうしね。
けれど、貴方は今更、彼の"意志"を出汁に逃げるつもり?」
今まで見たことの無い剣幕の明子に、基之は動揺しつつあった。
こんな風に怒っている所を見たことがなかった、と。
「良い?祐輔君は"まだ"生きてるじゃない。
まだ何度だってチャンスはある。
貴方の想いを伝えるチャンスが、願いを伝えるチャンスが!」
まだ、生きている、その言葉に強く力と、想いが籠っていた。
「今度は状況が変わってるかもしれない。
ハヤブサを奪還してからだって遅くはない。
奪還したってまだまだやるべきことはあるんだし。
それにその頃にはもう、奴等に従う意味なんてないでしょう」
基之、と明子は彼の肩を掴んだ。
「あんたはまだ会えるんだ!逃げるな!」
「っ....!」
そこには、憤り。だけではなく、実感や、後悔、そして、羨望が混じっており、基之もその感情の大波に圧倒されていた。
「...ごめん」
思わず謝罪が口を付く。
「あっ...いや、私こそごめん。言い過ぎた」
いつからか興奮し我を忘れかけていたようで、ハっと我に返った明子はそう頭を下げた。
「いや、君の言う通りだ。....元々、全部俺の都合で...あいつの都合も、意志も、尊重するふりをしてた..。覚悟が、足りていなかった」
基之は拳を握り締め、震えていた。
明子の言葉を認めることしか出来ない程に、足りていなかった自覚。
それに対する憤りであった。
「そうだな。...あいつは生きてる。今度は、この惑星を取り戻せる目処が立った時に、会いに行くよ。
"名誉起源民"の"象徴"を目指す必要性も、家族の安全を心配する必要もなくなってから、そうしてから、もう一度」
深呼吸をし、なにかを呑み込むようにしてから、目を見開いた基之は、結局、と口を開く。
「やることは変わらない。目指す所は、ハヤブサの解放。起源国の、打倒。理解していたことなのに、分かってはいなかったみたいだ。
あの日決意したことと、俺の成すべきことは何も変わらない。
今ようやく、自分の決意の意味を理解出来た気がする」
ありがとう。と今度は基之が頭を下げた。
「お礼を言われることなんかじゃあない。
ただちょっと、ムッとして、言い過ぎちゃっただけだから...」
明子は困ったように笑う。
基之はそんな彼女の様子と、先程聞きそびれたこととを思い返し、少し逡巡したものの、尋ねるべく、切り出した。
「明子さん。答えたくなければ、それで良いんだけど。...明子さんが戦う理由って、もしかして...」
かつて、少しだけ彼女の根幹に触れた時のこと、自分や、浅菜を助ける理由に、復讐の意味もあると言った時の、彼女の表情も思い返される。
「...あれだけ言い放って秘密にするのもフェアじゃないかもね」
小さく微笑んだ後、「場所、変えよ」と歩み始める。
そして、雅緂ゲットー支部は基本的に地下に施設が造られており、かつて観測施設であった地上部分は殆ど使われていないため、そこの、地平線を見渡すことの出来る展望室に移動した明子は、基之を誘って窓際の放置されている二人がけの椅子に座った。
外の、徐々に夕陽となって沈み行く新陽を眺めながら、彼女は大きく、息を吸った。
「勝敏さん以外では、初めて話すんだ。
私のこと」
「本当に良いのか?無理はしなくても..」
「フェアじゃないのが嫌いなの」
明子は、窓外の陽光に目を細目ながら、暫しの沈黙の後、基之に、こう尋ねた。
「私のこと、ITエンジニアかプログラマーだと思ってるでしょ?」
「違うの..?色々任務のサポートしてくれてるのに?」
「秋久さんと私ぐらいしか、水準に届いているメンバーがいないからやってるだけで、専門ではないんだ」
「そうだったんだ」
「うん。私の専門は、機械工学。もっと言うとロボット工学が本当の専門。コンピュータ技術に関しては、必要だから身に付けてたってだけ」
「ついでで身に付く技量を超えてる...」
基之は、普段、起源国の衛星をジャックしたり監視カメラの映像を改竄したりしている明子を思い浮かべると、思わずそう洩らさずにはいられなかった。
「ありがと。まあ、私はこの惑星で二番目の天才学生だったからね。当然よ」
「二番目...一番じゃないんだ?」
「ええ。一番は揺るがない。あいつは、私に初めて土を付けて全てを変えられた。
私に取って、大切な友人で、ライバルで...多分、いや、初恋の人だった」
そうして、彼女は自らの過去を、"根幹"を語り始めた。
彼女は幼少の頃から天才だと言われ続けてきた。
それに誇りこそ抱き、自尊の一因にこそしてきたが、鼻にかけたことはない。
彼女の興味は機械に、特にロボットに向いていた。
今となっては、きっかけも思い出せない。
SFフィクションに登場するロボットに憧れたのか、何かで見た、人間に出来ない作業を平然とこなす、冷たいヒーローに心惹かれたのか。
心当たりも多すぎて分からないのだ。
しかし、それ程幼い時に抱いた憧れを、彼女は維持し続け、夢として抱き続けてきた。
そして、高校生となりその分野に強い学校で、仲間を集め、惑星規模で開かれる、高校生、大学生、高専生が混合するハヤブサ連邦学生ロボットコンテストに出場した。
中学生までは、州レベルの、子供向けの催し物から大人も集まるイベントで自らの成果を発表し、賞状と大人達からの注目を勝ち取ってきていた彼女は、ここでも優勝することを疑っていなかった。
驕りと言われればそうなのだろう。
しかし、彼女としては、実績に基づいた確信であった。
ここで優勝し、更に上の、ハヤブサ連邦トップの大学へ進む弾みとするつもりであったのだ。
だが、結果は惨敗。
決勝にまで進みはした。
しかし、そこで彼女は初めて土を付けられたのだ。しかも特大の。
自らの才能も、努力も、実績も、全てが優勝の裏付けであると確信していた彼女は、見事に折られてしまった。
だが、優勝したチームを主導していた彼女は、
「貴方達凄いわね!」
は?と思わず素面で明子はやって来たその女を見つめていた。
嫌味か?嫌味なのか?これは。
ケンカを売られているのだろうかと思う程の結果であったのだ。彼女がそう考えたのも当然だろう。
「皆さんのロボット、すっごく柔軟性に長けていましたよね!今回の決勝では内容的にそこを発揮しきれていませんでしたが、勝負内容次第では結果も変わっていたかもしれません。ああ、それと━━」
ペラペラと楽しそうに語る彼女は、少々デリカシーと空気を読む力に欠けているが、嫌味ったらしさは全く無く、ただ純粋に、凄い。と思ったところを伝えに来て、そして、圧倒的な結果にも拘らず、アドバイスを受けに来たのだと気付くのに、面々は少々時間を要した。
「よろしければ以上の点、ご教授願えませんか?」等と言われた時は、明子含め、全員がどう反応すべきかとフリーズしていた。
だが、彼女の純粋に、いつの間にやら明子のポッキリ折られた自尊心も、嫌味を言われているのかと感じていた苛立ちも、何処へやらと吹き飛び、直ぐに打ち解けていったのだった。
彼女達は、友人となった。
少なくともその時は、明子にとっても、友人であった。
しかし、今にして思えば、この時に見た彼女の笑顔に心を奪われていたのかもしれない。と、今の明子は感じている。
だが、明子にとってのライバルでもあり続けた。
その後も高校三年間で、一度たりとも明子は志望に勝つことが出来なかったのだ。
負ける度に妬みや嫉みを感じもした。
だが、志望の人柄を知ってしまった以上、それは長続きしなかったし、いつか越えてやるというライバル心のようなモノへ昇華されていった。
志望は、惑星のほぼ反対側に住んでおり、大会以外での交流はほぼなかった。
何度かプライベートで会いに行ったり、会いに来たり、としたが、それ程数は多くない。
しかし、その数回は、明子にとって忘れ難い、輝く、何よりも大切な記憶となっている。
「アタシ達は二人とも流行りに疎い」
「そうですね。機械を弄ってばかりでよくは知りませんわ」
「あんたの場合、お嬢様なのもありそうだけどね」
「そうでしょうか..」
明子は何度か大会で敗北を重ねる内に知ったことだが、志望は大企業という括りに入る会社の社長令嬢であった。
明子自身、家庭の事情や本人の趣味嗜好もあって浮世離れしている自覚はあったが、ほんな彼女でも呆れるほどの世間知らずだったのだ。
「そうだよ。流行りの歌手を知らない処か電車の乗り方すら知らないとは思わなかった」
「その節はどうも..」
「だからこそ、今日は普通の女子高生っぽいことしよう!」
「そうですわね。私も色々社会に出る前に勉強しませんと」
結局、SNSの見よう見まねで流行りの店に行ったり、"バズった"スポットに行ってみたりとしたが、明子も志望も、その楽しさは理解することが出来ずに終わった。
しかし、二人でそうやって時間を無駄にした記憶は、経験は、とても、楽しいモノになってもいた。
少なくとも明子にとってはそうである。
大学生となってからも、もう実績の面から行えば既に不要なのだが、二人は会う機会を作るためにも、相変わらず大会に出ていた。
結局、志望のチームを打ち負かしたのは、全6回の対戦中、1回だった。
「私の勝ち、ですね」
いつからか、明子の熱と負けん気に当てられて志望も勝負を意識するようになっていた。
彼女も、何故だか、明子には負けたくないと、そう考えるようになっていたのだ。
明子は明子で、負けた後、悔しさもあれど、それはそれと割りきり志望に助言を求めに行ったりするようになり、互いが互いに影響を与えたようで、変容していた。
そして明子は、大学二年生の頃になって、漸く気が付いていた。
自分の抱いていた恋心に。
彼女の笑顔が、発せられる声が、たまらなく愛おしく、少しでも長く一緒に過ごしたい、と、何だかんだと理由を付けて引き留めたりするようになっていたが、自覚はなかった。
その経験もなかった故に。
だが、その数年前からずっと、会場で見かける度に目でおいかけ、プライベートで会った時には、柄にもなく服装に気にかけたりとしていたのである。
きっかけは、簡単なことだった。
ただ、後二回で大学を卒業し、大会には出なくなる。そうなれば、疎遠になったりするのかな。そう、何とはなしに想像した瞬間であった。
強烈な胸の痛みに、不快感に襲われたのだ。
そうして、彼女は気付いた。
今までの自分の行動にはある程度自覚があったので、その理由に、そして、その正体に。
何がそうさせた、というのは彼女がロボット工学の道に進んだ理由のようなもので、難しい。
ただ、交流を重ね、志望の人となりを知ったから、としか形容は出来ない。
彼女の純粋さと、そこから発せられる、穢れなき笑顔。
上げればキリは無いのだが、そのどれもが絶対的なものではなかった。
ただただ、たまらなく愛おしく、離れ難い、そう感じていたのだ。
だが、その気持ちは伝えられずにもいた。
志望は、自身のことを、友人と認識しているだろう、と確信に近い想いを抱いていたからだ。
根拠は特に無かったが、そう思い込んでいた。
そして、その関係を壊したくはない、と恐れていたのだ。
しかし、明子は今になって後悔し続けている。
その考えは、"明日"がいつも通りやって来ることが前提だったから。
大学四年生の夏。
世界は、ある種の終わりを迎えた。
起源国の襲来により、全てが変わってしまったのだ。
「...あの時、インターネットも一回閉鎖されちゃったでしょ?」
明子は、既に頭の先しか見えない新陽に視線を向けながら、答えを求めている訳ではないが、確かめるようにそう言った。
基之は、それに小さく頷く。
「連絡を取れなくなって、本当に心配だった。あの娘の家が経営してるトコ、宇宙事業の会社だったから、ひょっとしたら起源国に狙われるんじゃないかって」
「悪い想像って当たるものよね」。そう、息を吐きながら明子は、携帯端末を取り出し、画面を基之に見せた。
「起源国がインターネットを復活させてから直ぐに来たの。これが」
その画面は、チャットアプリのモノだった。
『お父さんとお母さんが殺された』
『許せない。起源国を』
『だから、ごめんね。私は決めたよ』
『戦うって、決めました』
『さようなら。私の親友』
「優しい人達だった。あの娘も、両親のことを愛していたと思う。チャットでも丁寧な言い方だったのに、それが崩れてるし、心がぐちゃぐちゃだったんだろうね」
端末を腿き置き、明子は基之の方にチラリと視線を向けた。
「この後、何回かメッセージしたけど返事は来なかった。電話もダメで。
結局、自由合衆国が滅ぶちょっと前だったかな。その時に流れたニュースで、亡くなったのを知ったの」
あの娘、と明子は端末を、愛しみを持って、撫でながら続ける。
「レジスタンスに参加してたわ。鷹鸇じゃない、もっと小さな、地元の」
「凄いのよ。あの娘」と空元気の笑顔で笑う。
「一個中隊に満たない人数しかいなかったのに、起源国軍二個連隊を相手にして、一個を壊滅させたんだけどね、その組織。
後から、鷹鸇に入ってから裏の情報とか噂とか、色々見て知ったんだけど、あの娘、ロボ以外の機械も趣味で弄ってて、それを活かしたんだろうね。
警察のテーザーガンを改造したり蘆角装備や旧式装備を利用したりして兵器を造ってたんだって。
その武器があったから、少ない人数でも連隊を相手に出来たんだって」
明子は、俯き、呟く。
「本当に、凄い娘だよ...」
10秒ほどそうしていたが、彼女は顔を挙げ、いつもの笑顔を作っていた。
「長くなったけど、アタシ..私の戦う理由は要するに復讐が一番なんだ。
志望を、私の大切な人を奪った。あの娘の大切な家族を奪った。どれだけの絶望を感じたか、想像も出来ない」
だから、と彼女は言う。
「私は起源国を許さない。許せない。絶対に、彼女の無念を晴らしたい。絶望をせめて癒せる結果を見せたい」
でも、それだけじゃない。と彼女は苦笑する。
「志望を越えたい、って想いもあるの。
あの娘は、二個連隊を相手にして見せた。
負け越している私としては、一個宇宙艦隊位、私の力で翻弄してやらなきゃね。
あの娘の勝ちっぱなしだもの。
ライバルだって言ってくれた。
だから私は、志望を越える結果を残す。絶対に」
それが、と再び窓外に目を写し、彼女は決意するように、拳を握りしめた。
「私なりの、彼女への鎮魂よ」
「...そっか。強いね。明子さんは」
「全然よ。あの娘が戦わなきゃ、わたしはここにはいないもの。
友達殺されて大人しくしてるような奴、だなんて知られたら、きっと幻滅されてしまうから。
だから、戦うことを決めた。その程度の人間よ。"アタシ"も」
そっか。と基之は呟き、「さて、話は終わり。戻りましょ」と、既に出口へ向かいはじめていた明子の背中に向けて、尋ねる。
「今でも、志望さんのこと、愛してるの?」
くるり、と振り向き明子は少し照れ臭そうに笑う。
「当たり前。ずっと愛し続けるわ。私の初恋は、最後の恋で、最大の愛にするつもり」
そっか。と同じ言葉だか、今度は何処か寂しそうに、呑み込むような表情で、基之は笑った。
「改めてこれからもよろしく。明子さん」
「何?改まって」
「何でもないよ。ただの再確認。俺は、いつか必ず祐輔を取り戻す。
その為に、起源国を倒さなきゃいけない」
「そうね」
「俺達は同じ方向を向いていると思ったからさ」
「...なるほど。なら、私からも。よろしくね。基之」
窓の外に映る無数の星々が、基之と明子を見守るように瞬いく中で、二人は固い握手を交わすのだった。
Tips
明子は志望の死をしるまでは大人しく起源国に従っていたが、実はそれ以前に両親は逮捕されている。
ただ、母は暴力的で私生活への干渉の激しい親であり、父はそんな母を刺激しないことばかり考え、明子の味方など一度もしたことがなかった為、両親の消失では彼女は全く感情が動かず、行動に移ることはなかったのだ。
ロボット工学に関しては、彼女の母がかつて諦めた学者の道に繋がっているため、偶然見逃されていた。