代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
第三星系総督府 第五指定居住区(雅緂ゲットー)保安局支部
雅緂ゲットー政庁ビルの隣、保安隊の入るビル、その最上階、そこには保安局支部の責任者である、トーマス・ウィリアムズ准将が居を構えている。
トーマス・ウィリアムズ准将は第五指定居住区内では"復讐派"として知られている。
"平等派"に利益をもたらしかねない行動を取った、と見なされた彼の部下達は幾人も更迭され、拘束され、場合によっては"失踪"してきた。
そんな彼は、この支部では"復讐鬼"と渾名されており、平等派の人間からは勿論、それ以外からもその徹底ぶりから恐れられている。
少なくとも、周りからは徹底した復讐鬼と見られていた。
「なんだと?」
部下の報告に眉を歪め、ウィリアムズ准将は不機嫌そうな声を漏らした。
報告をした部下は、その様子に背筋をビクリ、と震わせた。
「れ、例の大尉が
「マーカス...懲りていなかったか!」
机をドン!と叩き、ウィリアムズは苛立ちを隠さない。
「何だ?」
ウィリアムズは、苛立ちながらも、部下の何やら言いたそうな様子に目敏く気が付き、睨み付けるようにして詰問した。
「は、はい。いえ.....失礼ながら、叛徒の逮捕は喜ばしいことでは...」
そこまで言って、部下は背筋を凍らされた。
ウィリアムズの冷たい、しかし、憤怒に包まれたその顔によって。
「奴等が究極的に追っている事件を知っているか?」
「い、いえ...」
「下らん話だ。どこぞの馬鹿な兵士が名誉をレイプしていたところ、その名誉を助けるためにバカ共を殺した人間、そいつを追っている」
不機嫌そうに、ウィリアムズは説明する。
「要するに、鷹鸇にその目当ての人間がいるんだろうな。奴等の根本はそこにある」
「ですが、結果として..」
「奴等が鷹鸇の鼻をあかして下らない強姦事件の真相を明らかにしてみろ。平等派がどう食い付くか分かったもんじゃない!
叛徒共の捜査は私が管轄し、私が進める。
少なくとも奴等に任せてはならんのだ!」
「し、失礼しました...」
恐れおののき、部下はそれ以上踏み込むことはしなかった。
ウィリアムズも、一度机を叩いてからは落ち着きを取り戻したようで、フーッと息を吐きながら繰り返した。
「奴等に、捜査は任せられない。勝手に動いて無用な真実を明らかにされてはならんのだ。下らん正義感で動きおって...」
とにかく、とウィリアムズは部下に指を向けた。
「その捕らえたという鷹鸇メンバーの尋問は奴等にさせるな。設置した特別捜査本部の誰かにやらせろ!いいな!」
「はっ!」
敬礼の後、部下は逃げるように執務室から退くのであった。
同じ頃。
鷹鸇 雅緂ゲットー支部
「皆に集まって貰ったのは他でもない。緊急の要件だ」
基之や明子始め、幹部クラスではないものの組織内で大きな位置を占めている者や、実際の幹部。
各部隊の隊長らが召集された会議の席で、勝敏は重苦しい雰囲気で切り出した。
「我が支部の重要メンバーが奴等に捕らえられた」
「「!?」」
衝撃が室内に走る。
だが、言われてみて、殆どの参加者は気が付いた。
こういう時、呼ばれていなくてもとりあえず参加しようとしれっと室内にいることの多い、彼が今日はいないことに。
「板東が、捕まった」
「板東さんが...?!」
「鶴田さんが拘束されて直ぐ、丁度基之らの襲撃作戦中に捕まっていたようだ」
勝敏は努めて淡々と、把握出来ている事実を伝えていく。
先日、保安隊から板東が職質を受けていたこと。
それは偶然によるものだったが、彼のダミー自宅が捜索されたこと。
そして、彼らの追及はそれだけで終わらなかったこと。
鶴田実は拘束、尋問を受け、殆ど情報は吐かなかったものの、彼の反応から黒を確信した保安隊は、そこに出入りし、丁度職務質問を受けていた板東が追跡されたようで二度目の家宅捜索まで行われた。
結果として、発信器付きの服だけが綺麗に処分されていたため、それを決め手とし、無理矢理な理屈で板東が拘束されるに至ったこと。
拘束理由としては本来、余りにも弱い。
不当拘束とすら言えるだろう。
だが、当然起源国にそんな理論は通用しない。
それは皆が、板東も分かっていることだった。
うまり、少々迂闊だった、と言えるだろう。
だが、そんなことを議論する意味もない。
現実は、その程度の事実を顧慮する暇もない情勢であるからだ。
「さて、当然だが、情報提供者らや末端の細胞構成員とは違い、板東は肩書きこそ無いものの最古参。持っている情報モカなり多い。要するに見捨てることは出来ない。
よって、いかなる形であれ鶴田さん含め奪還作戦を実行することは決定事項だ。
その上で、皆にはその方法論について議論して貰いたい。事は慎重に運ばねばならん。
皆の知見も是非欲しいのだ」
勝敏によって、議論の要旨が明かされると、早速幾つかの挙手が出る。
「ではまず、脇田」
指名された実行部隊の一つを率いる脇田は立ち上がり、口を開いた。
「何処を襲撃するか、という点がまず問題となるかと思います。
保安所の留置場なのか、収容所なのか、ということです。
移送中、という選択肢もありますが、その辺り、勝敏司令は何か方針を決めておられますかな?」
「襲撃は留置場だ」
勝敏の即答に、脇田のみならず、幾人かも意外な表情を見せる。
「根拠をお尋ねしても?」
「...まだ話すことではない。いや、話せない、の方が正しいな。
だが、留置場の襲撃想定をしておいてくれ。
殆どそれは確実なことだ」
「なるほど...でしたら前に職業訓練所を襲撃したような方法はどうでしょう?陽動で敵戦力を分散させ、隙を付く」
脇田の提案は、暫しの沈黙、思考の後に小さく首を振った勝敏によって却下された。
「いや、あの件は保安隊全体に共有されてしまっている。恐らく同じミスはしてくれんだろう。
ある程度の戦力分散は見込めるが、二年前のような混乱は望めない。
可能性としては全く否定されるものではないが、やはり厳しいだろう」
その答えを受け、脇田は「ううむ..」と首を捻りながら着席する。
「では、よろしいですか?」
話の一段落を見、基之が今度は挙手をした。
「基之か。妙案はあるかね?」
「妙案、という自信はありませんが、提案をば」
基之は先ず、と指を立て、話し始めた。
「脇田さんの案の応用であることを断っておきます。
確かに、勝敏さんの仰るように、起源国も対策は練っているでしょうから、それ単体では意味をなさないでしょう。
ですが、彼らの動きを推測することは出来ているわけです。
無視して対処を一切しない、という真似は出来ませんから、必然、ある程度の分散は見込めます。
その上で、我らの狙いが別にある、と敵に誤認してもらうのです」
「ほう?」
基之の提案に、勝敏は興味を惹かれたようだった。
「例えば、我々が狙ってもおかしくない場所、保安隊ビルの隣にある、指定居住区政庁。とか」
「近すぎないか?」
脇田の疑問は尤もである。
政庁と保安隊のビルは隣同士であり、何なら別の棟、というだけだ。
「勿論これは例ですよ。他にも我々が狙ってもおかしくない場所は幾つかあります。
職業訓練所、駐屯軍の拠点、武器庫、資源貯蔵庫。挙げればまだあるでしょう」
「なるほど。つまり、其方に本隊が向かった、向かっている、と誤認させるわけだな」
勝敏は理解した、と頷きながら言った。
「ええ。一度は実際に向かわせても良いかもしれません。その上で転進し、電撃的に留置場を襲撃するのです」
「いずれにせよ、緻密な連携が必須だな」
基之の案は、概略だけでもそれが繊細な注意と緻密な連携の必要性が明らかである。
上手く行けば、被害も少なく成功させられるモノでもあるが、同時に難度の高い作戦となることは、皆が察するところだった。
基之もそれは理解していた。
だが、一般人の被害、鷹鸇の被害、これら全てを最小限にするには、これしかない、とも考えていた。
陽動に使う建物はどうせ無人であるし、欺瞞作戦に使う部隊も即座に撤退することになるのだ。
これこそが最善、と基之は信じていた。
だが、その難易度の高くなるだろう作戦には勝敏も直ぐに首肯することは出来なかったようだ。
熟考を挟み、その間に別の男、
「良いですか?」
「朴か。勿論だ。他に案かね?」
「ええ。基之君のよりももっと簡単で、かつ奴等の混乱を作るのに効果的な策です」
その自信満々な様子に面々の視線が集う。
朴は、勝敏に目をかけられ、自身でもその優秀さを認めるところである基之以上の案を出せる、という自信と期待から高揚しているようだ。
彼は勿体ぶるようにしてゆっくりと口を開くのだった。
再び雅緂ゲットー保安局支部。
アーノルド・マーカス大尉は数年前、まだ地球で軍務に着いていた頃のことを思い返していた。
「マーカス。貴官はまだ若いから分からんだろうがね?貴官の行動は少々軽挙が過ぎる。正しい、正しくないではないのだ。我々主戦派の不利を明らかにする必要など何処にもない。面倒事を増やすな。故郷の家族のためにも出世したいのだろう?」
起源国は、四年前、各外惑星へと侵攻を開始するまでは主戦派と非戦派による派閥争いが繰り広げられていた。
マーカスはその派閥争いに爆弾を投げ込みかねないことを憲兵隊員として行ったのだが、その際に自身の上司から言われた言葉が思い出されていたのだ。
今、正に目の前で烈火のごとく怒る男、数年前と同じ上官の口から、固有名詞のみが入れ替わった言葉が紡がれているがゆえに。
しかし、数年前とは違い、その声色は怒髪衝天といった様相であった。
「貴様は、何故懲りない!勝手をするなと言っただろう!平等派を付け上がらせるな、と!」
「閣下。ですが、そのような場合ではないのです。相手は鷹鸇、今や我が総督府においても注目されている一大反乱組織と繋がっているのですから」
「だから特別捜査本部を置いているのだ!お前達が勝手にやる理由も、意味もない!」
「でしたら我々を捜査本部にお加えください。我々は二年前から追っていたのですから、お役に立てるかと存じますが」
数年前、あの頃はただ黙ってウィリアムズの嫌味ったらしい"お説教"を聞くのみであったが、今、マーカスは堂々と反論をするようになっていた。
経験、自信、様々な要因はあるが、一番の原因は、背後に守るべき部下がいることと、その部下に多いに影響されてしまった、ということだろう。
「何を勝手な」
「失礼ながら、我々が合流することに非合理性を見出だすことが出来ません。これまでの経験はお役に立つでしょうし、どうせ我々は暇なんです。他の業務に煩わされることのない人手でもあります」
「私の指示に従わん人間を入れる理由があると?」
バン、と机を叩き威嚇するウィリアムズ。
だが、マーカスは一歩も退かない。
「そもそもは指示もへったくれもなかったでしょう。二年前をお忘れですか?
元は貴方から何ら指示はなかった。しろ。ともするな。ともね。貴方の意志を忖度するか否か、でしかなかった」
まあ、とマーカスは自嘲を浮かべる。
「私は始め、閣下のご意志を尊重し、グエンに諦めるよう促しましたが。
しかし、閣下から直接の指示はなかった。
現在の部署に移動となってからも、直接的な命令は一度たりとも受けていません。
であるならば、保安隊隊員として、その職務を全うせんとしたことを責められる謂れはない、と小官は愚考致しますがね?」
チッ、とウィリアムズは舌打ちをする。
マーカスの述べた経緯が事実に即したものであり、自身は直接指示を出していないことも、彼は良く分かっていた。
その上で、マーカスの非を鳴らすべく、敢えて命令違反をしたかのように責め立てたのだ。
だが、マーカスがかつてのようには怯まなかったことが、彼にとっての想定外であった。
ズバズバと反論された以上、これ以上虚偽や誇張で攻撃することの不利は明らかであり、黙り込むしかなかったのである。
「閣下。重ねてお願い申し上げます。我々も捜査本部にお加えください。現在は人手不足から、特別捜査本部の人間も幾つか業務を並行していると聞き及んでおります。
ですが、鷹鸇はそんな片手間でどうにかなる相手ではありません。
国家全体の為に、何卒懸命なご判断を下されるようお願いします」
ウィリアムズは、プルプルと怒りで肩を震わせながらも、自制を働かそうとしているのか、荒い深呼吸を数回行い、やがて、歯噛みしながら顔を上げた。
「グエン兵長の参加は認める。...貴様は一人でチェス・プロブレムでも解いていろ」
どうやら怒らせ過ぎたらしい、とマーカスは小さく肩を竦めた後、「ありがとうございます」と頭を下げた。
そうして部屋を退出したマーカスを待ち構えていたのは、グエン・バン・ライン兵長であった。
「大尉殿!」
「ああ、待っていたのか?」
「大丈夫でしたか?何か、罰とか..」
「問題無い。お前の捜査本部参加も認めてくださった」
「え...大尉殿は..」
「漸く迷惑事から解放だ。仕事をせずに給料を頂く身分に戻れるって訳だ」
表情一つ動かさず、皮肉たっぷりな声音で言うマーカスに、グエンは何と言葉をかけるべきか分からなかった。
「申し訳ありません...私のせいで...」
「そう思うなら、次からはもっと上手く立ち回ることだな。ま、今の俺が言えた義理ではないが」
「っ...」
苦笑するマーカスを見たグエンは、思わず言葉を詰まらせてしまった。
「責めている訳じゃあない。こうなったのも俺の選択だ」
だが、とマーカスは立ち止まり、周囲を警戒する様子を見せてから、こそりとグエンにのみ聞こえるように言った。
「どうもおかしい」
「何がです?」
話の繋がりが読めず、グエンは困惑した様子だ。
しかしそれでも、マーカスに合わせて声の大きさは極小に抑えている。
「閣下の態度さ。まあ、勝手をした我々に怒るのは尤もだが、どうにも不自然なところがある」
「と、仰いますと?」
「鷹鸇の脅威は既に派閥争いを前提として良いモノではない。ハヤブサ連邦奪還政府を名乗る連中が暴れまわった時の反省もあるが、多少は関係も改善されている」
しかし、とマーカスはウィリアムズの部屋がある方にチラリ、と視線を向けた。
「彼は余りに頑迷だ。平等派の口実にされかねない事件、確かに我々はそれを追っていた。だが、こう言っては何だがそれは最早些事だ」
そう、ウィリアムズが拘っている程には、マーカスらの行動の最初の理由である兵士殺害に、少なくともマーカスは全くこだわっていなかったし、グエンも気にかけているものの、状況はそんな悠長な状態ではないため、強い拘りはない。
「あの件を盾に、俺達の動きをどうしても邪魔したがっているように見えたんだ。
あの事件程度揉み消しても最早鷹鸇の反逆性は明らかだ。強く拘る理由がないはずなんだ」
「なるほど...」
ウィリアムズと実際に会話をしてはいないグエンは分かったような分かっていないような、という曖昧な頷きを返した。
「こればかりは直接話さんとなあ」
その様子に気付いたマーカスは頭を掻いて、ぼやく。
「いえ、私は大尉殿を信じます」
グエンのフォローに、マーカスは微笑を浮かべた。
「助かるよ。まあ何が言いたいのか、というと、閣下は何かを隠したがっている。若しくは鷹鸇の捜査を自分が完全に把握出来なくなることを恐れている、と推測しているんだ。
他の面子は別な業務との掛け持ちになっているから、動ける時間に限りもあるし、今は閣下が全体を常に把握しやすいんだ。
だが、我々は暇だ。まあそれも閣下の采配によるものだが。
となると、自由に捜査に動ける。
どうにも、それを防ぎたがっているように思ってな」
「それは...何故でしょう?」
当然のグエンの疑問に、マーカスはさてね、とジェスチャーし、言う。
「分からんよ。だから、グエン。君に話した」
「私に調べろ、と?」
グエンの質問に、マーカスは笑った。
「上手くやれと言ったろう。俺はただ君という親しい部下に推理を雑談がてら話しただけ。これを聞いて君が何をするかは私俺の関知する所にない。
俺は俺で今の雑談を基にして、色々勝手に、かつ派手に動くんでな」
「!」
「責任は分散していこう。俺は勝手に動く。君は君で好きにしろ。もう、部下ではないことだしな」
神妙に頷くグエン。
マーカスも、小さく頷いた。
「ただ一つ。恐らくお前が自由に動かんように色々閣下が世話を焼かれるだろうから、暫くは何をするにしろ、しないにしろ、大人しくしておきたまえ。
俺から友人らには口添えするが、それも万全ではないしな」
「助言頂きありがとうございます」
マーカスは、「うん」と言い、廊下の曲がり角へと来た所で、手を挙げた。
「じゃあ、達者でな」
「本当にありがとうございました。マーカス大尉」
グエンの敬礼に見送られながら、マーカスはさっさとチェス盤のみが待つ、彼の、彼だけとなる執務室へと戻るのだった。
Tips
各ゲットーの保安局責任者は原則として佐官以上が勤めている。