代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第二十二話 狼煙

 

 

マーカスとウィリアムズの口論が巻き起こってから3日後。

 

トーマス・ウィリアムズは自室で神経質そうな貧乏揺すりをしながら、暫く部下も追い出し思案している。

やがて、大きなため息をつきながら、諦めたような、決意したような様子で秘匿回線を使った通信を立ち上げた。

数回の呼び出し音の後、相手方がそれに応答した。

 

『もしもし、此方、(おおとり)コンサルティング』

「私だ。ウィルだ」

『ああ、ウィルさん。ご無沙汰しております。例の件ですかね?』

「ああ。今問題ないか?」

『ええ、どうぞ。此方は一切問題ありません。そちらは?』

「確認済みだ」

『では、ウィリアムズさん。現状、どうなんですか?』

「引き延ばしは行っているが、解放は難しそうだ。君らは今や有名人だからな。総督府の意向もある」

『でしょうな。しかし、そちらの落ち度だ。部下の管理はしっかりして頂きたいところですね』

 

痛い所を突かれ、ウィリアムズはぐっ。と黙り込む。

 

『引き延ばしは出来ているのなら、せめて移送は留めて下さいね』

「勿論だ。だが、そちらはどう動くつもりだ?無茶は止めてくれよ?私の立場が無くなる」

 

通話口の向こうから、不穏な沈黙が流れる。

まさか、とウィリアムズは一瞬背筋を凍らせた。

 

『移送されるはめになれば、動かざるを得ないでしょうな』

 

相手にバレないよう、ウィリアムズは安堵の息を漏らした。

 

「そうはならないようにする」

『釈放に向けても動いてくださいね?』

「当然だ。関係者ではない、とどうにか印象付け、解放させてみせるよ」

 

難易度の高い仕事となることは認識しながらも、彼はそう言わざるを得なかった。

 

『我々の方でも、その印象を強化させるように動くとします。…では、また。成功報酬はいつも通りのルートでお渡ししますよ』

「助かるよ。では、また後日」

 

プツリ、と通信を切り、苛立たしげにウィリアムズは足を組む。

そして部下を呼び出し、鷹鸇(ようせん)の捜査状況を尋ねるのであった。

 

ウィリアムズが最上階で秘匿通信をしているのと同じ頃、中層階の食堂にて。

 

 

金龍会(こんりゅうかい)という名を聞いたことは有りますか?」

 

昼食中、ざわさわと騒がしい食堂の隅に陣取るマーカスは、隣にやって来て座ったグエンにそう話しかけられていた。

 

「…噂では聞いたことがあるな。"復讐派"、"平等派"、"中立派"そのどれにも属さず、というより属しながらもそのネットワークに所属する者同士で繋がるグループ、と」

「そうです。そしてその目的は、自分達の自己利益の為、と。要するに互いが互いの権限に基づき、互いの利益を擁護するべく動いている連中、良く言えば互助組織、というわけですね」

「そういう噂だな、実在するならそいつらは汚職犯が殆ど。存在を公開するはずないだろうし、噂に留まるのも当然だ。むしろ、噂のある、ということはそれらしい集団が実在はするのだろうな」

「ええ」

「で、何故突然その話を?」

 

問われたグエンは、一瞬周囲の様子を伺ってから、そっと口を開いた。

 

「閣下が、そうなのでは、という疑念がありまして」

 

"閣下"というぼかし方にマーカスは苦笑しつつ頷いた。

 

「閣下か。確かに"復讐派"にしては、不自然な言動がある。何せ、叛徒共があれだけ猛威を振るい、総督府直々に最優先対処を各支部に通告してくるほどだというのに、"派閥"の為に捜査は控えろ、と。しかも、古い、今となっては下らない一件を持ち出して命じておられるのだからな」

 

それに、とマーカスはたまも苦笑した。

 

「グエン。君とは気が合うな。俺の方に、実は総督府の友人から話があってね。実は、閣下のことを総督府では現在、少々疑っている者達がいるそうなんだ」

「と、いいますと?」

「俺が抱いたのと同じ疑念を持つ者がいたわけだ。どうにも不自然だとな」

 

マーカスは肩をすくめ言った。

 

「君の話を聞いて俺は確信したよ。金龍会の実在はともかく、閣下には何か後ろめたい事情があるのだろう、と。

しかも生半可な奴じゃあない。ド級の劇薬を隠しておられるのだろうさ」

 

グエンが頷くのを確認してから、マーカスは「ただ」と続けた。

 

「閣下を擁護する勢力もまだいるようだ。まあ、あれだけ復讐派を気取っておられるからな。

とはいっても、"イデオロギーに囚われすぎてちょっとおかしくなっている"という類いの擁護だが」

 

グエンもこれには失笑してしまった。

 

「それは擁護なのですかね?」

「悪意ある犯罪者などではなく正義に酔って気が狂っているだけだ、というのだから立派な擁護だろう。いずれにせよ、閣下自身は存じない所で、既に立場は失われているようだ」

「では…」

 

グエンの意味深な目線に、マーカスは頷きで返した。 

 

「俺は総督府の友人とよく連携を取ることとするよ。裏付けは任しても良いな?」

「ええ、必ずや、閣下が正気であられる証拠を見つけてご覧に入れます」

 

皮肉たっぷりな物言いをするグエン。

マーカスはそれを聞き、クックックッと噛み殺した笑いを漏らした。

 

「お前、俺から悪い部分を学んだな?」

「まさか、大尉殿からはチェスも学ばせて頂きましたよ?」

 

グエンはそう、悪戯っぽく笑いながら応えるのだった。

 

同刻

雅緂(かだん)ゲットー支部

 

勝敏(かつとし)は、通話を切ると同時、舌打ちをしながら椅子に深く座り直していた。

 

「全く、面倒だな」

 

こめかみを叩きながら、勝敏は呟く。

 

「協力者や他の守銭奴連中の情報からして総督府はウィリアムズを疑っている。

そろそろ、切り時だろうな」

 

そう、トーマス・ウィリアムズは"復讐派"等ではない。

それを蓑に彼は、自らの権益や、協力関係にある者達の利益を擁護する行動を取ってきたのだ。

金龍会は存在する。

強固な組織ではなく、緩やかなネットワークとして。

起源軍内に流れる噂通り、互いの利益の為に協力しあう。当然、危なくなれば切り捨てることも辞さないが。

 

彼はそうした者達の中でも特に酷く、その対象は起源国に留まらなかったのだ。

つまり、反乱勢力との結託、有り体に言えば買収とそれに対する利益供与である。

鷹鸇とも協力しており、彼は情報を提供したり、情報操作を自らの"復讐派"的態度で以って行い、代わりに金や現物での対価を受け取っているのだ。

だが、勝敏は既にウィリアムズが総督府で疑いの目を向けられつつあることを知り、切り捨てることを考えていた。

 

ウィリアムズは今まで、自分の際限ない欲からか、危ない橋を渡ってきた。

正に鷹鸇との協力がそれだ。

それ故、立場を危うくしている。

そして、そんな者に配慮し、重要な古参メンバーを見捨てることは出来ない、と勝敏は考えていた。

 

つまり、彼との通話での発言はウィリアムズを欺き、時間を稼がせる為の言葉でしかなかったのだ。

もし、ウィリアムズを切り捨てないのであれば、留置場への襲撃など言語道断となる。

責任を取らされ、ウィリアムズは左遷されるか逮捕されるだろうからだ。

だが、こうなった今、それを躊躇する理由はない。

 

だから、ウィリアムズに時間を稼がせ、留置場を襲撃、坂東達を奪還しようと企図しているのだ。

それ故、留置場の襲撃を前提とし、基之らに断言していたのである。

 

「…脇田。今、いいか?」

 

数秒程の思案を挟んでから勝敏は内線を開き、脇田を呼んだ。

 

「お呼びですか?勝敏(スンミン)さん」

 

二分と経たずやって来た脇田に、勝敏は空中ディスプレイの画面を見せた。

 

「脇田、明子(あきこ)か秋久、他に人手が必要なら更に加えて、この作戦の指揮を執ってほしい」

「拠点の移動、ですか?」

 

脇田は画面を睨みながら、その内容を読み上げる。

 

「ああ。さすがにゲットーの保安隊支部を襲撃でもすれば、捜査も本格化、いや、激化するだろう。ウィリアムズもダメになるだろうし、総督府の介入もあり得る」

「なるほど。故に、拠点の移動、ですか」

 

得心したと脇田は頷き、データを勝敏のデバイスから受け取る。

 

「ですが、この候補地で本当によろしいのですか?余りに…」

 

移転は納得し、データを受け取ったものの、脇田は候補地に関しては難色を示した。

 

「問題ない。そこのことは知ってるのか?」

「いえ、こんな鉱山は…」

「だろうな。それは起源国も同じだ」

「…?どういうことでしょう」

 

脇田の疑問に勝敏は立ち上がり、紙の地図を取り出し、広げて見せた。

 

「いいか?ハヤブサ連邦は惑星全土に居住地があったわけじゃあない。各地に点々と都市と街がある。これが何を意味するか?」

 

脇田は話が読めず、ただ黙って続きを待つ。

 

「人のいない場所の情報は常に果断なく更新されている必要はない、ということさ」

 

言いつつ勝敏は広げた地図を指さす。

 

「ここ、この何も書かれていない山、こいつが移転先だ」

「ですが、データでは巨大な研究施設跡地に見えますが…」

 

勝敏は頷き、続ける。

 

「完成直前に、起源国がやって来たんだ。そしてこの施設は鉱山兼、その特殊な鉱石を解析するための研究所になる予定だったが、開業することはなかった」

「地図が、更新されておらず、バレなかった、と?」

「そういうことだ。近くに居住地がないからな。工事をしていようと通る者もいない。こういう時、わが国は完成してから更新することにしていたのだ。必要性の観点はともかく、今となっては、その最初の理由も分からないがね」

 

ですが、と脇田はなおも納得がいかないようで、首を捻った。

 

「工事のデータやらから見つかりそうなモノですが…」

「その通り。だが、此方は人の執念、或いは願いだ。

正体は分からないし、いつか何かの為にと思ったのか、単なる嫌がらせかも分からないが、担当していた誰かが、関連するデータ全てを消去していたようだ」

「まさか…そんな偶然」

「我々にとってはな。だが、その誰かに取っては偶然じゃあない。我が国の地図事業の性格を知っていれば誰でも思い付く妨害なのだからな」

 

データが起源国に把握されていない、これは[RB:明子,ミョンジャ]や秋久がハッキングをし、得られたデータから勝敏が結論付けたことであった。

根拠はそれともう一つある。

 

「奴等が未だ、そこに1度たりとも足を踏み入れていない事実。

これも裏付けと言えるだろう?」

 

漸く納得のいった脇田は、一度深く頭を下げ、改めて、勝敏からの任務を受諾する。

 

「分かりました。微力を尽くします」

「頼むよ。まあ、万が一らウィリアムズが上手くやる可能性もあるからもう少し様子見兼、拠点移動の準備に充てる。焦らずやってくれ。

私は襲撃に参加するからね。その作戦を詰めねばならんし、こっちは君等が頼りだ」

 

そのセリフは、脇田には聞き捨てならないものだった。

 

「勝敏さん!?本気ですか?!止めてください。貴方に万が一があったら…!」

「私がいなくとも組織は回る。だが、今回は私がやらねばならないことがあるんだ」

「ご自分の立場は分かっているでしょう?!」

「ああ。充分にな。その上で、だ」

「いいえ。わかっていません。大体貴方はいつもーー」

 

更に暫く、押し問答は続くのであった。

 

そこから3日後、事態は急転直下、動き出すこととなる。

事の始まりは、マーカスの下に届いた二通のメール。勿論、秘匿された暗号文の、である。

 

『ウィリアムズ閣下の秘書より密告。マーカス大尉に宛てたモノです』

 

1つ目はグエンからのモノだった。

暗号文を読み解き得られた内容は、普段飄々としたマーカスの表面から余裕を取り除くに充分だった。

 

更にもう一通は、総督府からのモノ。

彼の友人からである。

 

『証拠があれば、直ちに動ける。

ウィリアムズを疑う者は勿論、擁護する者達も、潔白の証明を、という建前で賛同した。

弱くても構わない。動く根拠さえあれば、我々はそちらへ向かえる』

 

マーカスは、今までの人生で握ることのなかったキャスティングボードを、今、この瞬間のみ、握ることとなった。

その不可思議な高揚感、興奮に包まれながら、彼は上官の運命を決める。

グエンからの連絡を、友人に転送したのだ。

こうして、後に記録される惑星ハヤブサが経験する激動の時期。

これの狼煙が、静かに、だが、幾つかの熱意を火種に、上げられることとなった。

 

今は、マーカスの送信ボタンへ伸ばす指、それがもたらす激変の結果をまだ、誰も知らない。

 





Tips 起源国の派閥について
復讐派、平等派、両者と異なる立場として中立派が存在している。
しかし、彼等は明確に派閥を形成しているわけではない。
一部グループを除いて、殆どは思想はともかく派閥争いは御免、という復讐、平等両派閥の争いに嫌気がさしている者達である。
つまり、思想的には復讐派、或いは平等派の者も多くいるが、基本的に政争に関与しない、という立ち位置を取っている者達、それが"中立派"と便宜上呼称されている。
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