代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
アナスタシア・クセナキスは、保守的な起源国にしては珍しい、女性の高級幹部である。
第三星系総督府の保安局局長を務めている中将である。
起源国は元々、イエナ・アース・オクトールという英雄、少なく共彼らのナラティブでは、によって生まれた国家であるが、彼は2300年代の地球に似つかわしくない程に保守的な一面があった。
彼はそのイデオロギーを、自身の人気と権力を背景にして、徐々に制度的にも精神的にも浸透させていき、晩年には人々が持つ意識の時計を400年程後退させることに成功させた。
勿論、全ての人が賛同したわけでは無い。多くの批判者が現れはした。
しかし、他の面での彼の実績。
これが為に、大きな反発が組織されることはなかった、いや、実質的に不可能だったのである。
先代の執政官が、種々の政治的妥協の産物かつ、唯一とは言え女性が務める等、かなりの改善は見られているものの、結果として未だに、2000年代以前に近しい社会意識が続いているのだ。
アナスタシアは、内心でこれを下らないことと吐き捨てている。
有能な人間は性別関係なく取り立てられるべきだし、バカみたいにオクトール初代執政官の言葉とやらを守る必要もない、と断じていた。
だが、それはおくびにも出さない。
そんなことをすれば、性別だのと関係なく豚箱行きだ。
しかして彼女は、忠実かつ有能な女傑として、起源国に順応し、ここまで上り詰めて来た。
その自負が、プライドが彼女にある。
イエナ・アース・オクトールは性別に係る観念に問題こそあったが、他は優れていたし、人類統合という大目標は偉大なもの、という忠誠心を抱いてもいた。
その大目標を実現し、更には彼女達のような存在にも大いに目をかけている現執政官、ジョルジュ・アース・ンガングガには更に巨大な忠誠を持っている。
だからこそ、彼女は目の前の、自分とは真逆の存在に軽蔑と、憎悪の念を向けざるを得なかった。
「まさか、保安隊支部長にこんな薄汚い売国奴が紛れ込んでいたとはね」
「何の話でしょうな?局長閣下」
部屋に入って来るなり放たれた上官からの一言に、虚を突かれたような表情でトーマス・ウィリアムズ准将はそう応答する。
「貴方のとこの秘書官が通報してくれたのよ。…この、マーカス大尉を通じてね」
目で促され、後ろに控えていたマーカスが歩み出る。
「マーカス…貴様、何やら嗅ぎ回っているとは思っていたが…!」
マーカスへの怒りを滲ませたウィリアムズだったが、数瞬の後、アナスタシア・クセナキスのセリフを思い出し、フリーズした。
「…秘書官、ですと?」
「ええ、彼が売国行為を行う貴方のことを通報してくれたの。だからこうして私自ら飛んできた、って訳」
アナスタシアの横から出てきた顔は、ウィリアムズが毎日見ている男のモノであった。
「貴様!一体幾ら払ってやったと思っている!」
怒りのままに噛み付くが、彼の秘書官、だった男は薄ら笑いを浮かべるのみだった。
「おや。支部長殿こそ、何の話をされているのでしょうな。私はただ、貴方の売国行為を偶然知り、黙っていることに良心が耐えかねただけですよ」
「何をいけしゃあしゃあと!貴様の自邸建設費は誰のおかげで捻出出来たと思っている!!」
「確かに、私は支部長殿に収入や貯蓄の不安をご相談させて頂いたことはあります。
お心遣いも頂きました。…ですが、まさかそれが私を引き込む為のモノだったとは思いもよりませんでしたよ」
わざとらしく、困ったように首を振る秘書官に、ウィリアムズは今にも掴みかからん勢いでまくし立てる。
「貴様!よくもそのような身勝手をペラペラ話せるな!私がどれだけ貴様にも利益を与えてやったか!」
その言葉の続きは、アナスタシアに首根っこを掴まれたことで中断させられる。
「いずれにせよ、貴方が薄汚い売国奴であることに変わりはないわよね。
無駄なお喋りはもう終いよ」
「このアマ!」
アナスタシアに対する慇懃な態度も崩れ、ウィリアムズは彼女にも噛み付く。
それに対し、アナスタシアは一切目の笑っていない笑顔を向けた。
「あらあら、最近准将に昇進したからと調子に乗っているのかしら?
でも、人の性別を見る前に、階級章を見てから発言を決めた方が良いわよ」
「…!」
ウィリアムズは、漸く現実を認識するに至り、がくり、と観念したように項垂れた。
「……こうなった以上、最早諦めるしかない。だが」
彼は、嘲笑するような目でアナスタシアやマーカスを睨めつける。
「私にだってプライドはあります。そう簡単に何でも話すとは思わんことです」
「ええ、勿論よ。ところで、ウィリアムズ准将。貴方、熱いモノはお好き?それとも強力なマッサージなんていかがかしら?」
「冷たい方が好みですな」
「あらそう。ですって、マーカス大尉」
アナスタシアはそうマーカスに目を向けた。
マーカスの方も、「考慮に入れます」と頷く。
「…?本部に移送、ってわけじゃあないのですね」
ウィリアムズは、自身の立場や恐らくバレているだろう罪からして、本部へ即座に移送されると考えていたため、訝しんだ。
「ええ。総督交代があったばかりで色々立て込んでいるのよ。
それにマーカス大尉達のことも考えると、彼らに任せた方が良さそうだもの」
ウィリアムズは顔を青くさせ、抗議を叫んだ。
「起源国軍人とあろう者が尋問に個人的復讐を用いるおつもりか?!」
「貴方が起源国軍人云々を口にする?」
冷ややかな、呆れた、と言わんばかりの刺すような視線に、彼も黙り込まざるを得ない。
「さ、連れていきなさい。その薄汚い鼠を」
命じられ、部屋の外に待機していた隊員達がドタドタと雪崩込み、ガッチリとウィリアムズの両脇を固めた。
そうして、不服そうながらも、ウィリアムズは連行されていった。
「わざわざご足労頂き感謝致します。局長閣下」
ウィリアムズを見送った後、マーカスはそう、アナスタシアに頭を下げる。
「気にしなくて結構よ。これで金龍会とかいうふざけた連中の尻尾を捕まえられたんだもの。
今までは肩書も大したことない連中で、情報らしい情報もなかったから、これは大きいわ」
「…ですが、それならばなおのこと我々が取り調べを担当しても良いのでしょうか?」
「良いのよ。先々月の総督交代で起きた混乱がまだ収まりきってないのは事実だしね。金龍会も大事だけど、そんな薄汚い連中の為に力を割いてる余裕がまだないの。腹立しいことだけどね。
だからむしろ、しっかり調べてくれることを期待しているわ」
「必ずやご期待に沿ってみせます」
敬礼するマーカスに、アナスタシアは頷いてから、それと、と扉の方へ目を向けた。
「支部長の代理にする部下も連れてきたから、挨拶してくれる?」
「お待たせ」とアナスタシアが声を掛けると、扉の影からスッと人影が現れた。
「ウラジーミル・コズイレフ准将です。短い期間になるでしょうが、どうぞよろしく」
物腰の柔らかそうな、階級から類推される年齢よりは若く見える、青年の風貌を残したその男は、丁寧にマーカスらへ挨拶をした。
「よろしくお願い致します」
マーカスとグエンはそれに丁寧な態度で返したが、ウィリアムズの元秘書官はそうではなかった。
「局長閣下…話が違います」
憤りと驚きが半分、といった微妙な声色で彼は抗議をぶつけたのだ。
「全ての情報をお渡しすれば、私を代理とし、後々、支部長としてくださる、と仰っていたではありませんか」
そんな元秘書官にアナスタシアの向けた目は、憐れみと軽蔑だった。
「あら、"何の話"かしら?」
「なっ…!何の為に貴方方にお話したと!マーカス!、グエン!お前らにも条件は伝えたよな?!」
巻き込まれたマーカスとグエンだったが、二人はその声を黙殺する。
「貴方の話をぜーんぶ、本当に全部、信じてあげた。どうしても、という所は聞こえていない。
これだけじゃご不満かしら?
それなら、ウィリアムズと一緒に牢獄へ行く?」
冷たくそう言い放たれた秘書官は、悔しそうに押し黙るしか無かった。
「いえ…失礼致しました。ご無礼をお許しください」
彼の敗北宣言に、アナスタシアはニッコリと笑い、マーカス達に再び首を向けた。
「じゃ、後のことはウラジーミルとよろしくね。移送手続きだけは済ましとくから、取り調べが終わったら連絡をしてちょうだい」
「はっ!何から何までありがとうございます」
「こちらこそ助かったわ。貴方達がいたからスムーズに事が運んだんだもの。
…と、それと、そこの元秘書君が余計なことをしたりすれば、そっちも連絡ちょうだいね」
「はっ!」
薄汚いモノを見る視線を向けられ、ビクリと縮み上がった秘書官を尻目に、マーカスに対して敬礼をした。
マーカスとグエンは慌てて敬礼を返す。
「Remember Origin」
「Remember Origin」
こうしてアナスタシアは風のように去っていったのだった。
翌日
星京 第三星系総督府政務庁ビル
「閣下、少しよろしいでしょうか?」
補佐であるトシン・オゴチュクウ准尉の問いに、話題を察した
スイッチを切り、電源がオフとなったのを確認してから、オゴチュクウ准尉に向き直る。
「ウィリアムズの件か?」
「既にご存知でしたか」
「ついさっき、別口でな」
「ご存知ならば話は早いですね。どう対処いたしましょう?」
オゴチュクウ准尉の質問意図は、李中佐にとっては明白である。
「ウィリアムズとの関係は記録も残っていない。そこの心配はない。
ただ、用心に越したことはないな。暫く大人しくする必要があるだろう。
それと、公式にウィリアムズを糾弾する文書を出そう。
万一奴が余計なことを口走ったとしても、逆恨みによる八つ当たりだと言い張れる程度には強い言葉で、だ」
「直ちに。…ウィリアムズ本人に手を下すことはなさらないのですね?」
確認の為に尋ねるオゴチュクウ。
李は、問題ない。と頷いた。
「そちらの方がリスクは高い。
まあプライドは高いし口を滑らせでもしない限り余計なことは言わんだろうさ。
それに、私は奴を知っているが、奴は私が私であることを知らん。
だからまあ、大丈夫だろう」
階級が下であるはずの李強が一方的に正体を知っていることに引っかかりを覚えたオゴチュクウだったが、それを深く追及することはリスクであるとも同時に察し、「なるほど」と曖昧に頷くに留めた。
「…では、承知しました」
オゴチュクウの首肯を確認してから、李は愚痴をぼやく。
「それにしても、人様の心配をする前に自分の足下を注意しておいてほしかったな」
「ですな。我々が平等派に近付き過ぎている、等と懸念している暇に足下を崩されていたとは、笑えない話です」
「我々も気を引き締めるとしよう」
「はい。我々は彼の部下とか違い、一蓮托生ですからな」
「そうだな」
オゴチュクウに同意し、李はニヤリ、と彼と顔を見合わせるのだった。
同日
鷹鸇 雅緂ゲットー支部
幾つかのルートを通じて入ってきたその情報に、
早い。余りに早すぎる。
一体何をやらかしたらこんな直ぐに捕まるんだ。
無意味な恨み節が頭をもたげる程に彼は冷静さを失っている。
「くそっ!まだ準備も整ってないってのに」
どうしたものか、と勝敏は落ち着きなく机を指で叩きながら、どうにか思考を纏めようとしていた。
ウィリアムズの件は大部分のメンバーには秘匿している。
ただ金を払っているだけならまだしも、時折奴の成果の為に此方の情報を渡すことだってあった。
理解を示す奴が多いは多いだろうが、反発を生みかねない事実だ。
しかも、それを公表するということは、つまりもう一つの重要事も必然的に公表せざるを得なくなる。
だが、まだその時じゃあない。
しかし、秘匿したまま作戦実施を早めて貰う?
どうやって。
そこに、タイミング良くノックの音が響き、勝敏は一瞬、責め立てられている様な感覚を覚え、思わず勢い良く振り向き、扉の方を見た。
「…誰だ?」
「基之です。
脇田であったならある程度事情を話せたのだが、と一瞬脳裏をよぎったが、頭を振り、即座に切り替えた。
どちらにせよ、彼の方も手一杯だ。余計に悩ませることは避けなければならない。
息を整え、彼は扉の向こうにいる基之に声をかける。
「入れ」
「失礼します。…どうかされたんですか?」
勝敏の顔を見るなり基之に尋ねられ、勝敏は内心で僅かに動揺する。
「い、いや。…報告とはなんだ?」
「奪還作戦の概要が纏まったので報告に上がりました」
「そうか…。君の方も、何か浮かない顔だな?」
勝敏の方も、基之の陰りがある表情に気が付き、そう気遣った。
「いえ…何でもありません」
「…そういえば、今回の作戦には余り乗り気でなかったな」
「そういうわけでは…」
「隠さなくても良い。君のことだ。自分の作戦案が採用されなかったから拗ねてるというわけではないのだろう?」
「…お見通しですね」
基之は苦笑する。
「何か気がかりがあるのかね?」
「…罪無き人が、徒に犠牲となる可能性があります」
「………。ハヤブサ市民に犠牲は出ないよ」
基之が懸念している所はそこにないことを理解しながら、勝敏は話を逸らした。
「それも確実ではないと思いますが、例え起源民でも、不必要に命を奪うことが、正しいとは思えないんです。可能な限り犠牲を減らせるだろう方法はありますし」
指定居住区の保安隊支部とは言え、軍属の事務員や、職員の家族、関係する業者の者等、軍人以外の起源民は多くいる。
基之は、祐輔に指摘されたこと、「君たちも民間人の犠牲は出しているだろう?」「経済的な理由、政治的な理由、家族に連れられて仕方なく。そういう人達も、丸ごと罪人だと言うのかい」
それを気にしていたのだ。
果たして、彼らを単純に断罪するだけで良いのだろうか、と。
「………彼らの為に我々が不要なリスクを負う必要はない。君の作戦等は確かに"民間人"の犠牲は減らせるだろうが、我々の犠牲が大きくなる危険がある。失敗の可能性も高い。
ここでギャンブルに出る意味はない」
「…分かっています…それでも…」
拳を握り締める基之に、勝敏は仕方ない、と息を吐いた。
「無理なら参加しなくても良いぞ。代わりに脇田の方の人員と入れ替えても問題はない」
しかし基之は、その提案には首を振った。
「罪から逃げるつもりはありません。
いずれにせよ、これが実行されるなら、我々全体の責任になると、俺は思いますから」
「…そうか。まあ、気持ちは分からんでもないが、割り切らねば戦うことの出来ない相手だ。
そのあたりも…いや、これは釈迦に説法かな」
「ええ。現実も見ています。綺麗事だけで倒せる相手じゃないってことくらいは…。
……俺はこの組織のトップでも何でもないです。
だから、これでやるというのであれば、従います」
「なら、良い」
報告書を受け取り、勝敏が机に置くのを待ってから、基之は話題を変えた。
「勝敏さんは何に悩まれていたんです?」
カウンターのように尋ねられた勝敏は思わず苦笑をする。
「参ったな。そっちもお見通しというわけだ」
「私で力になれることであれば何でも協力しますよ」
勝敏は、暫し考え込む。
話してしまってもよいのだろうか、と。
基之はこれを聞き、反発を覚えやしないだろうか。
そして、別の秘密にも、思い至ってしまうのではないだろうか、と。
だが、結局彼は、ある程度事情を話すことに決めた。
現状の手詰まりを何とかして打開したかったのだ。
「実はな……」
勝敏は、そう切り出し、取引相手であったウィリアムズの逮捕により、実行を早めねばならなくなったことを告げる。
基之は、驚いた顔こそしたが、反発も、勝敏の覚悟した軽蔑も向けては来なかった。
「…もう少し、衝撃を受けられるかと思っていた」
ぼかしつつも白状する勝敏に、基之は首を傾げて見せた。
「まあ、軍人と取引をするのは必要でしょうし…。活動の為にはある種当然かと」
「そこは現実的なんだな」
「民間人が絡む訳では無いですから。相手も起源軍人で、軍を欺くためであったのなら、何も思う所はないです」
どうやら、勘付かれて欲しくはない事には気付いていないようだと勝敏は少々安堵し、力を抜いた。
「それで。どう説明するか、でしたよね?」
「あ、ああ」
「此方の情報が漏れている可能性がある。だから、実行を早め、相手に対策させない必要がある、とかで誤魔化してはダメなんですか?
これなら嘘ではないですし、バレにくいのでは」
基之に言われ、勝敏は「確かに…」と呟いた。
いつもなら基之に言われるまでもなく思い付いていたような言い方だ。
しかし、彼は今回全く思い至らなかった。
それ程までに動揺していたのだろう。
ウィリアムズの逮捕そのもの、というより、それに付随する事情を知られてしまうことと、そこから彼が最も隠したいこと、それがバレてしまうのではないか、という懸念や不安が、彼の脳を鈍くさせていたのだ。
我ながら小さい神経だな。
内心で自嘲しながら、勝敏は基之に礼を言う。
「助かったよ。それで行こうと思う」
「お力になれたならなによりです」
基之も、普段の勝敏なら直ぐに思い付きそうなのに、と感じていたため若干怪訝な様子を見せたが、特に深く突っ込むことはなく、去っていった。
基之も基之で、作戦に当たるために心の整理を終える必要があったからだ。
こうして、武器であったりルートの下調べ、身分証の偽造等、下準備はあらかた終わっていたこともあり、鷹鸇は2日後に作戦を実施することに決めたのだった。
そして2日後。
第五指定居住区 保安隊支部
庁舎と隣接した留置場の結合部分。
重要人物の尋問室はそこに設置されている。
「おはようございますウィリアムズ准将。お疲れですか?」
マーカスは尋問室に入ると、皮肉をこめた笑顔で椅子に拘束されているウィリアムズに挨拶する。
「2日連続で飽きないかね?」
「まだ二回目ですから」
マーカスはウィリアムズの向かいにある尋問者の椅子に腰掛け、正式に尋問担当者交代を告げた。
「ウィリアムズ准将、出来れば手早く話して頂きたいモノですね。時間は有効に使いましょう」
「はっ。俺に取ってはここで粘る方が命が長引くんでね。有効に使わせてもらってるよ」
「…売国行為を行って、反省の色もないとはね」
「反省するならそもそもやっとらんだろう」
バカにするように、ウィリアムズは嘲笑を浮かべる。
「確かに。ですが、こうなった以上、抵抗は無意味です。知っていることを話して、今からでも国に貢献してください。
売国奴のまま、終わるつもりですか?愛国心の一欠片位、貴方にもあるでしょう?」
「…その類いのお説教は無意味だぞ。聞き出したいなら拷問でもなんでもすりゃあいい」
「仮にも上官ですから。出来れば大人しく話して頂きたいモノです。
貴方の祖国の為に」
ウィリアムズはそれに対して、呆れたようなため息で返すだけだった。
「なんです?」
ウィリアムズの態度に怪訝な表情をマーカスは作った。
「祖国、愛国心、ねえ…下らない」
マーカスは反射的に身体を仰け反らせていた。
そんな発言は、許されないものであり、聞いていただけで処罰されうる類いの話だからだ。
だが、直ぐにこれが取り調べであることを思い出し、冷静になる。
尋問やらの場でなら幾らでも聞く話だ。問題はない、と。
「准将。ヤケになっても良いことはありませんよ」
「至って正気さ。おかしいのはそっちの方だ」
断定的に言われ、マーカスはムッとしてしまい、売り言葉に買い言葉、とばかりに反論する。
「あんたに言われる筋合いはない。この拝金主義者め」
だが、ウィリアムズはむしろ冷静である。
「その通り。俺は拝金主義者だ。…で、マーカス。お前は?」
訝しむマーカス。
ウィリアムズは返答を望んではいなかったようで、言葉を続ける。
「起源国という祖国の為に働く忠実なる愛国者?それとも、法律という正義を奉じる保安軍人?」
バカバカしい、と彼は吐き捨てる。
「祖国だから愛せ?何と便利な言葉だろうな祖国とは、愛国とは」
天井に首を向け、彼はまくし立てた。
「生まれた国を愛せ?!何故愛や忠誠を強制されねばならん!仕える価値のない国であっても、生まれたからには愛せと言うのか?!」
マーカスも、これには黙っていられなかった。
「ウィリアムズ容疑者。我が国は仕える価値の無い国だと言いたいのか?」
「その通りさ。マーカス大尉」
全くの躊躇なく放たれた同意に、むしろマーカスがたじろいでしまう。
こんな奴だったか?
思わず疑問が頭をもたげた。
「君はむしろ、起源国が愛するに値する国だと思っているのかい?」
「私を育ててくれた、人類を統一した、偉大な国家です」
「人類統一!ああ、何と甘美な響きだろうね!…いかんなハイになっている!寝かしてもくれないんだもんな!」
話がそれたな、となおもハイな様子でウィリアムズは続ける。
「人類統一の内実はどうだ?差別、差別、そこらに溢れている名誉起源民の扱い!これらが偉大だと?バカを言え」
乾いた笑い。
ウィリアムズはしかし、まっすぐにマーカスを見つめていた。
「君は疑問を持たないのか?下らん殺人事件一件に拘る正義とやらは、何も言わんのかね?
私は下らんと思っているよ。
何も偉大さなどない。尊敬も忠誠も誓う価値を見出さない」
であるならばこそ、とウィリアムズは漸く落ち着いてきたようで、トーンを落とした。
「私は父が軍の幹部で、進路は決まっていた。
だが、こんな国に一生を捧げるつもりはなかった。かといって逃げ出しても、それも結局国に人生を左右されることになる。
だから俺は、この下らない国で生きるに当たって、父の人脈も、手に入れた権力も利用して、自らの利益を見出そうとした。
動機はそれだけだ」
マーカスは、彼の言葉を呑み込むよりも早く、反射的に本能に近い反発をする。
「そんな下らない言い分が、売国行為の理由か?」
今度は、ウィリアムズの視線が哀れむものに変わった。
「君らの思考のほうが余程下らないな。
そこらに満ちている矛盾を深く考えず受け入れて、疑問を持つことすらしない、君らの方がね」
果たして、とウィリアムズは挑戦的に言う。
「私は別に差別に憤ったりはしていない。ただ下らないと嘲笑っているだけ。
しかし、彼らから金を受け取って、とはいえ協力していた私と、矛盾を見ようともせず、差別を是とする君達、どちらが後世から見てマシな存在だろうね」
その言葉を最後に、ウィリアムズは発言を止めた。
「……ウィリアムズ准将?」
「……………」
目を閉じ、彼は一切答えない。
数分程経つと、ウィリアムズが寝息を立て始めたことにマーカスは気付いた。
そして、マーカスは彼を起こそうとはせず、ゆっくりと無言で立ち上がり、部屋を出た。
「大尉殿、どうされましたか?」
待機していた記録官に気遣わしげに尋ねられたが、マーカスは「大丈夫」と誤魔化した。
「少し手洗いにいくだけだ。すまんね」
「はあ…」
「私が帰るまでに起こしておいてくれると助かるよ」
言いながら足早に、マーカスは尋問室を後にした。
「大尉殿!どちらに?」
本館庁舎の手洗いの方が近いため、庁舎へと戻ったマーカスは、偶然グエンと鉢合わせた。
「グエンか。手洗いだよ」
「そうでしたか。どうですか?取り調べの方は」
「…やはり中々口を割らんよ。…妙な演説も聞かされたしな」
「それはお疲れ様です」
心底同情したような顔を見せるグエンに、マーカスはひっそりと息を付いた。
やはり、グエンとは安心して話せるな。
いや、保安隊員としてはもう少し言葉の行間を読むべきなのだろうが。
信頼してくれているのだろうかな。
マーカスはそんなことを考えながら、グエンに反対に質問し返す。
「グエンは今、何をしてるんだ?」
「支部長代理の補佐を命じられまして」
「ほう?出世だな。おめでとう」
「正式な支部長が決定するまでですがね。
それで今会議中だったのですが、前任支部長に面会を求めている者がいる、と守衛から連絡があったので、私が確認に行こうと」
「なるほどな。…何者だろうな」
「分かりません。…旧い友人を名乗る若い女性だそうなので、コレやも」
愛人を示すジェスチャーをしたグエン。
マーカスも頷き、言う。
「いずれにせよ、話は伺いたいところだ」
「ええ」
そうして階段を下っていた2人が踊り場に差し掛かった時だった。
突如、轟音と共に、激しい揺れをマーカスは感じた。何かの割れる音。
それと同時に、身体の投げ出される感覚も。
そして彼の視界は暗く染まり、意識がそこで途切れるのであった。
Tips 金龍会
金龍会は派閥関係なく政府や軍の各所に潜り込んでおり、互いに基本的に正体を知らせ合うことはなく、指示や依頼に基づき自らの権限を利用してそれを達成する。
逆に自分が依頼を出すことも出来る為、そういう形でお互いを利用し合って利益誘導を行なっている、腐敗の為のネットワークなのだ。
李強がウィリアムズの正体を把握しているのは、強の方が金龍会の首魁に近しい立場にあるためである。