代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第二十四話 決壊

 

僅かに時間を遡り、20分弱前。

 

『…大丈夫?』

明子(ミョンジャ)に通信を通して尋ねられ、物陰に隠れている基之は一瞬の間を置いてから、口を開いた。

 

「大丈夫だよ…うん」

 

言い聞かせるように、誰も見ていないにも関わらず、頷き、呑み込むように応えた。

 

『貴方はよくやったと思う。勝敏さんにも談判して、他の作戦を考えて…』

「ありがとう。…でも、これはきっと、俺達皆の罪になる」

 

明子の慰めに、基之は感謝を返しつつも、これから起きることを止めきれなかった後悔を滲ませていた。

 

『でも、清廉なままではいられない』

「そうだね。俺もそう思う。…だから、大丈夫だ」

『…そう。…じゃあ、幸運を祈るわ』

「ありがとう」

 

通信を切り、基之は腕時計を睨んだ。

あと10分。

それが作戦の始まりの時間である。

 

基之は、そのままそうっと物陰から身体を出し、今回彼の率いる隊員達が待機している場所へと戻るのだった。

 

 

同刻

第五指定居住区 保安隊支部

 

敷地と外を仕切る数メートルはあるフェンス、その中に一箇所空いた入口に造られているゲート。

そこは少し前からちょっとした喧騒に包まれていた。

 

「さっきから言っているでしょう?ウィリアムズ支部長に伝えてくだされば分かる、と」

 

ゲートに止められた車、その後部座席で、うんざりした様子の運転手の頭越しに一人の若い女性が、衛兵を怒鳴りつけている。

 

「お約束がない方はお通し出来ないので…」

「ウィリアムズに伝えれば直ぐに分かる、と言っているじゃない!」

 

約束のない人間がこうも粘らせる必要は、本来衛兵にはない。

強制的に退去させれば良いのだが、事情が事情だけにそうも行かないのだ。

ウィリアムズが拘束され、事実上罷免されていることは未だ公表はされておらず、形式上ウィリアムズはこの支部のトップとなっている。

この措置は、彼の同盟者らの尻尾を掴むため、証拠隠滅や逃亡を計らないように、油断させる為のモノである。

当然、支部内でも真相を知る者は極わずかだ。

幹部らや、背後関係の確認が取れた衛兵含む一部職員のみで、残る職員はウィリアムズの病気療養と聞かされている。

 

そんな中でそのトップの名を出し、通せ、と主張する若い女。

強制的に拘束する訳にもいかないが、このタイミングでウィリアムズの関係者がお誂え向きにも訪ねてきたのだ。

調査のためにも話は聞きたいと思うだろう。

しかし、だからといって易易と通せば、それも返って他の訪問者達から見れば不自然。

それ故に、衛兵達はこうして暫くの押し問答を繰り返していたのである。

既に、支部の幹部らには連絡済みであり、彼らの使者がやってくるまでの時間稼ぎとして。 

 

保安隊支部ビル 四階 事務総長室

 

「何?ウィリアムズを尋ねる来客?」

 

部下からの報告を受けた事務総長は、怪訝な声でオウム返しをし、部下に確認をした。

 

「はっ。若い女性でありまして…旧い友人、と…」

「……私の手には負えん」

「では、追い返しますか?」

「バカ!処置を取ってどうする。上に報告だ。最上階で顔を集めてる代理達にだ」

「直ちに!」

 

かくして部下は風のように飛んでいったが、それでも幾らかの手順を踏み、幹部陣の会議に割り込むまでには、まだ幾分かの時間を要することとなったのだった。

 

 

その間、衛兵と女性との押し問答はなおも続き、初めから数えれば既に10分近くは経過していた。

故に、後ろで待つ他の訪問者らからの不平も聞こえつつある。

そんな中、1台の車から降りてきた男が、衛兵らの前に立ち、敬礼。

それと共に、周りには聞こえないような小声で、こう言った。

 

「我々は総督府よりの使者です。ソナム・ドルジ大佐と申します。代理閣下にお目通り願いたいのですが」

 

衛兵らは互いに顔を見合わせたが、1人が努めて冷静にその男に尋ねる。

 

「そのようなお約束は聞いておりませんが…」

「緊急の要件です。先にお通し願えませんか?」

「…少々お待ちを。直ぐに上へ確認を」

 

言いかけた衛兵を手で制止し、軍服に身を包んだ"ドルジ大佐"は言い放つ。

 

「テロリスト共の活動を掴んだ!一刻を争う事態だ!こんな下らんモンに待たされて、更に待てと言うのか?!」

「…で、ですが」

 

丁寧な言葉遣いが崩れた、衛兵に取っては階級の遥か上の男、それの激昂には背筋を凍らせざるを得なかった。

 

「良かろう。待とうじゃあないか。代わりに、このことはきっちり報告させて頂く。私も遅刻しました、などとバカな言い訳をしたくはないのでな」

 

それはつまり、責任はお前達にある、という意味に他ならない。

後ろで様子を伺っていた他の衛兵達も、顔を青くさせていた。

 

「で、では身分証を…その確認だけは譲れません!」

 

小刻みに腕を震わせながらもドルジ大佐の応対をしていた衛兵は、はっきりとそう言い切った。

 

「…無論だ」

 

その様に、軍人と思しき男は頷き、身分証を提示した。

他の車に乗っていた二人の軍人も同様に、衛兵へ身分証を渡す。

 

「…本物、か」

 

スキャンにかけても異常は検知されず、衛兵らはほっとしたような、ゾッとしたような感覚を同時に覚えつつも、しかしそれを表には出さないよう努め、彼らに身分証を返却した。

 

「…ありがとう。悪かったね。こっちもピリピリしてたんだ」

「…いえ、大変失礼致しました!」

「君等は義務を果たしただけさ」

 

最後には僅かに笑顔を零し、ドルジ大佐が再び車に乗り込むと、ゲートの隙間を通って支部の地下駐車場へと消えていくのだった。

 

ひとまず大きな問題にはならず終わったこの事態に息を付きたい衛兵らだったが、当座の問題はなおも残ったままである。

しかも、重要案件故に優先した、等と説明も出来ない為、他に待っている人々からも先に通せ、と苦情が飛んでくるはめになったのだった。

ここに来ているのは何らかの業務である場合が多い。

つまり、皆、急いでいるのは同じなのだ。

これによって彼らは更に苦境へ立たされてしまったのである。

 

「……!!」

 

衛兵の責任者は、腹を括る。

どうやらまだ彼女の処遇は決まっていない。

ならば、この混乱を鎮めるには、と。

 

「あの女の車を敷地に入れろ。道の邪魔にならん詰所の横に停めさせるんだ」

「よろしいのですか?!」

「ではどうする?重要案件を運んだ車だったので通しただけで皆さんは無理です!等と説明するか?」

「…それは!」

「苦肉の策だ。案内しろ」

「…はっ」

 

苦々しげに"旧い友人"の車を睨みながら、責任者は後ろに待つ者達に呼びかけた。

 

「お待たせ致しました!只今より検問再開致します!」

 

同時刻

保安隊支部 最上階

 

ここには、支部長代理含め、幹部陣の殆どが集い、レジスタンス組織、鷹鸇への対応と、弾圧作戦について協議していた。

が、そこに一人の兵士が駆け入ってくる。

 

「会議中失礼致します!!衛兵詰所より、重要な報告が!」

「なんだ?」

 

地図に置かれた兵士の配置を示すコマや、付記された情報とにらめっこしていた幹部ら全員が兵の方を見る。

兵は、その圧迫感に緊張しながらも、何とか報告を成した。

 

「なるほど。確かに公衆の面前での拘束は難しいな。しかも追い返すには勿体ない」

「はい…。故に閣下に対処法を伺いたい、と」

「車から降ろし、ボディチェックを軽くしたら面会室へ通せ」

 

あっさりとしたウラジーミル支部長代理の指示に、兵は拍子抜けしたような顔を見せた。

 

「驚くことはあるまい。客、と思わせておけば良いのだ。その間、車を調査し何かないか調べろ。運転手は拘束。

女を通す面会室は、B-3。警備室の近く、だ。

手早くな」

「はっ、はい!」

 

駆け戻ろうとする兵士だったが、「待て」と呼び止められ、急ブレーキを踏んだかのごとく踏みとどまる。

 

「おいグエン。悪いが君がまず応対してやってくれ。支部長補佐、の肩書きを使えば向こうもほいほい付いてくるだろう」

「承知しました」 

「君は先に戻り、支部長補佐が来ることを伝えて宥めておいてくれ」

 

兵士は指示を受け、今度こそ走り去った。

 

「…では、私も失礼します」

「私も一段落すれば直ぐに向かう。まあ要らんだろうが、万が一必要そうなら兵の10や20好きに使え」

「ありがとうございます。それでは」

 

そしてグエンはこの直後、マーカスと鉢合わすのだった。

 

 

更に同時刻

保安隊支部 地下駐車場

 

「上手くいったね」

 

軍服の"ドルジ大佐"もとい、朴 仁珍は軍帽を叩きつけるように助手席に置きながら息を吐いた。

 

「まだ侵入出来ただけでしょ。おれらはこのまま敷地外に脱出しなくちゃ。しかも5分以内に」

 

同行しているのは朴の友人でもある、山下康介と尹敘俊(ユンソジュン)である。

 

「分かってるよ。さっさと服脱いで撤収しよう」

「暑くて敵わんねえ。二枚重ねは」

「仕方ないさ。時短、時短」

 

服を脱ぎ終えた3人は、最低限の武器をのみ身につけ、車を降りる。

 

「スイッチは?」

「入れたよ。今からきっかり5分後だ」

「よし!じゃあ行こうか」

 

3人はさっさと地下駐車場を抜け出し、階段を駆け上って一階へと出る。

 

一階は人通りが多いため、怪しまれないようネクタイを締めたワイシャツ姿でゆっくりと歩いていく。

だが、少しでもロスすれば、彼ら自身、命はない。

 

こうした実行役のリスクが高い危険な作戦においては提案者が必ず参加することが鷹鸇の通例なのだ。

自分が実行する覚悟もない机上でモノを語ることを許さない、というある種、組織としての覚悟の現れである。

 

不審がられることもなく、彼らは出口の一つにたどり着く。

どうやら業者の出入りする場所らしく、良いカモフラージュになっていた。

 

3人は、自分達の幸運を喜びながら扉に手をかけ、外に出た瞬間、弾けるようにして駆け出した。

 

外は、なおも"ウィリアムズの旧い友人"にかかりきりで、注意はそちらに向いていたが、さすがにゲート以外の場所に一目散駆ける人間が気付かれないはずも無い。

 

簡素な作りのフェンス故に登ることは簡単であるが、彼らが登っている途中で、敷地を走る不審者に気付いた幾人かの衛兵がそちらに照準を向けながら向かい始めていた。

 

「急いで!」

 

朴の声に押され、他の二人は脱出。

朴もどうにかフェンスの頂上についた。

だが、瞬間、頬を銃弾が掠める。

 

「全員手を挙げろ!」

 

陸上種目の経験者なのだろうか、凄まじいスピードで駆けてきた一人の衛兵が、朴に銃口を、既に数メートルの距離から向けていた。

 

しまった。

 

朴達が自分達の命を諦めそうになった瞬間。

 

耳をつんざく轟音が響き、同時に襲い来た強風によって、朴はフェンスの外へと落下するのだった。

 

 

爆音。

それは時計が丁度、作戦開始時刻へと変わった瞬間に基之の耳にも入ってきていた。

そして、それに続いて様々な方向から、最初のよりは小さな、爆発音も。

 

「行くぞ!」

 

隊員らに声をかけ、基之は立ち上がり、路地から通りに飛び出し、既に目の前に見えている保安隊支部のゲートへと突撃した。

 

「し、侵入者だ!」

 

気付いた衛兵が即座に戦闘態勢を取ったが、側面からの銃撃を受け、彼らは一斉に崩れ落ちる。

 

「ウィリアムズ閣下の友人を敷地に入れちゃダメじゃあない」

 

冗談めかした言い方で笑う、"ウィリアムズの友人"を自称していた女性、鷹鸇の夢宮環菜は、そう怪しく微笑んで見せた。

 

「基之くん、あれが留置場よ!」

 

基之達には人懐っこい笑顔でそう本庁の隣にある建物を指差し、告げる。

 

「ありがとう!二人はもう撤収を!軽装備では危険だ!」

「言われなくとも!」

 

混乱によって逃げ惑う人々の中にそのまま運転手と共に夢宮は紛れ込み、消えていった。

 

「予定通り分散するぞ!私の隊は留置場を、川下の隊は本庁を襲え!無理はしなくて良い。ヤバくなれば一時撤退も構わない!」

「了解!」

 

戦力の分散は本来避けた方が良いものではあるが、今回の基之らは先発として、混乱状態にある支部を落ち着かせることなく、混乱させ続けることが任務である。

それ故、両方を狙い、敵からの攻撃を分散させることが肝要となるのだ。

 

「とは言っても、本庁はほぼ廃墟だがな…」

 

市民を威圧するかの如き威容を誇った巨体は、今や黒煙を上げ、ガラガラとそこかしこで瓦礫が耐えず落ち続け、ビルの外装も吹き飛び、無骨なコンクリートが露出する、無機質な建造物に変容していた。

巨体な為に、全てが崩落しているわけでも、甚大な被害を負っているわけでもないが、惨状、という他なかった。

 

 

「……………」

 

アーノルド・マーカスは、コツン、と何かが頭に当たった衝撃で、目を覚ました。

掠れる目は、そこから見えるはずのない青空を捉えている。

 

「…くっ。…何が…」

 

風が運んでくる爆煙の臭い、周囲の瓦礫に塗れた状況。

マーカスは、自身の記憶の最期を思い出し、察した。

 

「爆弾か…」

 

同時に、自身の横たわる身体の下が、コンクリートの感触でないことにも気が付く。

 

「…っ!」

 

まだ重い身体を転がせ、うつ伏せになりながら、その正体を見た。

 

 

「グエン…」

 

グエン・バン・ライン兵長が、マーカスを守るような態勢で、倒れていた。

 

「グエン…グエン!おい!」

 

呼びかけるが、返事はない。

匍匐前進でグエンの顔近くへ進み、マーカスは耳を近付け、手はグエンの手首を抑え、脈と呼吸を確認した。

 

「…っ!!」

 

彼の口から発せられる風はなく、ただ外へ露出したビルの穴から吹きすさぶ風と、それが運んでくる銃声、二つだけが彼の耳を撫でる。

手首も、ただ、生温かいモノを持ったかのごとく、静寂であった。

 

「俺なんぞを守りおって…バカモノが…!」

 

事ここに至って、マーカスはグエンの頭部から大きな出血のあることを知り、そう呻きを漏らした。

 

「くそっ…!くそっ…!」

 

まだ暖かい身体。

恐らくそれ程時間は経っていないのだろう。

だが、まだ満足に立てもしない彼は、ただ頭から血を吐き出し続けているグエンを、見ることしか出来なかった。

 

 

同じ頃、支部の敷地外へ逃れた朴達は、路地へ隠れ、一息付いていた。

 

「基之が修正してくれた案のおかげだな、これは」

 

山下康介が息を整えつつ苦笑する。

 

「だねえ。夢宮達が衛兵の注意を引いてくれてたからギリギリ間に合ったよ。侵入も簡単になったし」

 

尹敘俊も頷き、笑う。

朴はそれを面白くなさそうに聞いていたが、しかし、認めざるを得ない、という風に不承不承頷き、「そうだね」と呟いた。

 

夢宮環菜が"ウィリアムズの旧い友人"として衛兵の注意を引く、という部分は基之が考案した作戦なのだ。

それは、衛兵達を混乱させることで、朴らの侵入を容易にしつつ、脱出にも余裕を保たせる為の策であった。

しかし、基之は、その作戦に誰にも話していないもう一つの意味を持たせてもいた。

それは、検問を停止させるか、少なくとも滞らせることで少しでも無関係の人間が支部へ入る数を減らす為、でもあったのだ。

 

作戦時点で既に内部にいる人間は結局巻き込む為、言い訳でしかない、と基之は考えていたが、それでも、犠牲者を減らせて、なおかつ作戦の成功率をも上げられるのなら、と進言したのだった。

 

「さて、僕達はこのままさっさと夢宮達と合流して、基地に戻ろうか」

「ああ」

「だな」

 

3人はそのまま、爆音や銃声轟く保安隊支部を不安そうに見つめる市民の人だかりを逆走しつつ、その場を離れるのであった。

 

 

「誰か!誰か!聞こえたら返事を!若しくは何か音をたててくれ!」

 

マーカスは、数分の絶望を過ごしていたが、その声に我へと返った。

 

「ここ…だ!階段、の、方だ!」

 

振り絞る。

 

「階段?!了解した!そちらに向かう!」

 

慎重に、しかし、可能な限り目的地に速く着こうとする靴音が近付いてきて、一部が崩れ落ちた上階への階段、そこにぽっかりと空いた穴の向こう、つまり、階下からの階段を昇って、人影が出てきた。

 

「あっ!大丈夫ですか?!マーカス大尉!」

 

声の主に気が付いたその人影は、口調を上官に対するそれとし、呼びかける。

 

「私は、何とか…!だが、部下が!」

「直ぐにそちらへ行きます!」

 

幸いにも階下に繋がる階段は無事だったようで、人影はマーカスの前に姿を現した。

 

「リカルド曹長であります!……グエン兵長、ですか…」

 

名乗ると同時、マーカスの隣に倒れるグエンを見、リカルド曹長は悔しそうに拳を握り締めた。

 

「私は良い、グエンを、救護に…!」

「………っ」

 

グエンの呼吸が止まっていることを確認したリカルドは、申し訳なさそうに、そして、無念そうに口を開く。

 

「申し訳ありません大尉殿。…その、現在救護班からも負傷者が出ており、手も、資材も何もかもが足りていません。…故に、トリアージが行われており、心肺停止者は…その…」

 

言葉を濁したリカルド。

マーカスは察し、唇を強く、噛んだ。

 

「私は、明確な生存者のみを捜索するよう命じられておりまして…私も、友人としてグエンを助けたくはありますが…しかし…!」

「そうだったか。すまんな…」

「いえ…。大尉殿は、動くことができますか?」

 

きゅっと絞った表情に、お互い全てを噛み殺しながら、軍人としての会話を続ける。

 

「暫くは無理そうだ…。肩を貸してくれるか?」

「それは勿論です。大尉殿」

「すまない。……グエン。後で必ず迎えに来る。

お前さんの家族は、俺が面倒を、必ず見るからな」

 

開かれたままのグエンの目を閉じさせ、マーカスはリカルドの肩を借りて、立ち上がった。

 

「今、現状は?戦闘中か?」

「はい。何者かの襲撃を受け、現在本庁と留置場で戦闘中です。主な戦域は正門前広場であります」

「指揮系統は?」

「ジュノ准尉が中庭に臨時指揮所を設け、指揮しています」

「中庭は無事か…」

「瓦礫が散乱はしていますが、まだ戦域からは遠く、どうにか」

「代理や、他の高官達は?」

「現在捜索中です…」

「そうか」

 

そうして、どうにか中庭に到着したマーカスは、空いていた椅子に腰かけ、僅かに力を抜いた。

まだ身体の至る所が痛み続けているのだ。

駆けつけた救護班の診察と応急処置を受ける間、マーカスは中庭の周囲を見渡していた。

 

どうやら、正面ゲートに向いた本庁以外の棟、中庭を取り囲むように配置されている隊員の訓練所や武器庫等の雑多な施設が入るA棟や、救護所や武器以外の資材倉庫のあるB棟、そして中庭を挟んで本庁の向かいにある隊員寮は、爆風の影響こそ受けているが、大した損壊はなかったらしいことが確認出来た。

 

「武器庫に引火しなかったのは不幸中の幸いか…」

 

ボソリと呟くマーカス。

そこに、一人の軍人が駆け寄ってきた。

 

「マーカス大尉殿でいらっしゃいますね?」

「ああ」

 

その軍人は敬礼し、名乗る。

 

「私はジュノ・カールトン准尉であります。到着したばかりで、かつ、負傷中の大尉に申し訳ありませんが、報告があります」

 

嫌な予感が、マーカスを襲っていた。

 

「…何だ」

「ウラジーミル・コズイレフ支部長代理閣下の死亡が確認されました」

「っ!!」

「更に、会議に参加していた高官全員が死亡か意識不明、又は現在も行方不明です」

「…他の幹部は?事務総長だったり」

「事務総長は恐らく失明、腕と足の骨折。その他瓦礫の衝突等による負傷により指揮が困難です。可能であれば直ちの救急搬送が必要です」

「そうか。…それでつまり」

 

先を悟ったマーカス。

ジュノ准尉も頷き、続ける。

 

「はい。現在、生存が確認され、指揮を執ることが不可能でない最高位はアーノルド・マーカス大尉殿であります。よって、軍規に則り、只今よりこの臨時指揮所の指揮を、マーカス大尉に執って頂きます」

 

マーカスは天を仰ぐ。

 

ありがとう。グエン。お前に救われた命に、意味を持たせることが出来そうだ。

 

瞠目。

そして、大きく深呼吸をしてから、彼は応えた。

 

「了解。只今より第五指定居住区保安隊支部臨時指揮官として、貴官らを指揮する。……早速だが、留置場の部隊に連絡を取れ」

「はっ。直ちに…リカルド曹長」

「はい!」

 

ジュノに促されたリカルドが無線の方へと向かう。

 

「しかし、留置場ですか。何故…」

「捨てて構わん。撤退させろ」

「なっ?!しかし、あそこには大量の収容者が…」

 

驚愕するジュノを他所に、マーカスはリカルドの持ってきた旧式無線を取った。

 

「これは…盗聴の警戒もくそもない程旧い奴だな」

「申し訳ありません。無事なのがそれぐらいしか…」

「いや、仕方ないさ。……此方臨時指揮所。先程ジュノ准尉より指揮を移譲されたアーノルド・マーカス大尉だ」

『此方留置場警護隊隊長、ウィルヘルム中尉!マーカス臨時指揮官殿!丁度良いところでした!応援を送っていただくことは可能ですか?!』

 

藁にも縋るような声色の通信に、マーカスもさすがに伝えるのは気が引けたが、しかし、自分の判断を信じ、伝えることとした。

 

「悪いが、増援は送れない。此方からは命令を一件伝達する。…撤退せよ。収容者は放置して構わん」

『はっ!?本気ですか?!』

「冗談を言っている暇があると思うか?」

『いや、しかし…!奴等の狙いは恐らくここですよ?!』

「だろうな。だからこそ、だ。この状況で死者を積み上げる訳にはいかん。このゲット…指定居住区の治安維持に既に支障を来すほどだ。

それに陽動の可能性は高いが、本庁も攻撃を受けている。

もし、万が一にも此方が本命であった場合を考えると、今は救護所と指揮所の置かれている本庁に戦力を集中すべきだ」

「…ですが、収容者をみすみす…」

 

マーカスの考えは概ね正しいと言える。

増援が来る前に万が一本庁を落とされる。

武器庫を襲われ中の兵器類が強奪される。

そうでなくとも爆破されでもすれば、甚大な被害を生む。

それを避けるためにも、侵入者の狙いが推測でしか語れない以上、本庁とそこと繋がる各棟を守ることが優先されるべきだろう。

 

「それに、留置場は唯一独立した棟として設置されている。現状では最も守りにくい上、優先順位も低い。

確かに、奴等の狙いが留置場の可能性は高い。

だが、あくまでそれは状況証拠に基づく推論だ。

留置場は陽動で、この上武器庫を襲われでもしてみろ。目も当てられんことになる」

 

数秒の沈黙。

やがて、無線の向こうから、全てを呑み込みながらの返答がやって来た。

 

『Remember Origin。直ちに、撤退します。

…ですが、可能かは分かりませんよ』

「大丈夫だ。奴等の狙いが留置場なら逃げるお前達を積極的に襲う愚は犯さんだろうし、増援は無理でも此方で撹乱位は出来る。

撤退を開始してくれ」

『はい』

 

続いてマーカスは消防部隊に連絡を取る。

 

「わかってるとは思うが、武器庫周辺の消火を最優先だ。折角爆発で引火しなかった幸運を無駄にするな」

『もうやっています!』

「よし。次、珍小隊、此方指揮所。隊長はいるか?」

『此方隊長代理、イブラヒム伍長です。指示は私がお受けします』

「現在地から留置場方面に向けて発砲。

勿論施設ではなく、その周囲をうろつく獣共にだ」

『了解』

「カヴーラ小隊、本庁正面玄関から駆け出ろ。その後威嚇射撃を行い、即時撤退。

敵を僅かでも混乱させろ」

 

次々と指示を出し、留置場の部隊撤退の為の撹乱を実行していくマーカス。

更に合間に他の指示をも的確に出し、この極限の状況で彼は、初めてその能力の限界を引き出したのであった。

 

 

留置場。

とある部屋。

 

「まさか、処刑人より早く、あんたがここに来るとはな」

 

トーマス・ウィリアムズは、目の前に立つその男に向かって、侘しい笑顔を向けた。

 

「あんたを探してた連中なら始末したよ」

 

淡々と告げるのは、覆面を取った勝敏である。

 

「そんなに起源国に渡したくないか?」

「分かっているだろうに。俺がここに来た理由も、な」

 

外の喧騒に反し、二人の間には冷たい静寂が、張り詰めていた。

 

勝敏は、ウィリアムズを直接始末するために、ここまで来たのである。

 

 





Tips 呼称
ゲットーは正式名称ではなく、公的に認められた呼称でもない。
正式には"指定居住区"或いは短縮して居住区と呼ぶことが公的には定められている。
ゲットーとはあくまでスラングであり、起源民は居住区を見下すニュアンスでその言葉を使い、名誉起源民は指定居住区の実情を踏まえ、苛立ちを込めて使っている。
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