代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
私、ケビン・ヤマシタ・アルトーは、本社からの命を受け、第三星系総督府へ取材に向かう途上にあった。
宇宙港から宇宙船に搭乗し、間もなく大気圏外へ出る。
格安の、エコノミークラスの船舶であった場合、重力制御機構が備え付けられておらず、無重力に放り出されるままとなる為、その感覚には慣れない者の多くは激しく酔う。
大気圏外へ出た後、トイレが一杯になるのが恒例だ。
しかし、今回はビジネスクラス。
重力制御機構が備え付けられている為、大気圏外に出た後も快適である。
今回はそれなりに長旅になるということで会社が全額負担してくれたおかげだ。
いつもは、突然感覚が変わることによる不調に耐えねばならず、窓外に注目することなどないのだが、今日は違う。
窓の外に目を向けると、何処までも広がる、黒い虚空に無数の光が瞬く光景か飛び込んでくる。
チラリ、と後方へ視線を移すと、今、正に飛び出たばかりの地球が広がっている。
青く、輝く美しい故郷。
それはどんどんと小さくなっていき、やがて窓からは見えなくなった。
遷光速で航行する船は、どんどんと速度を上げ、太陽系の外を目指す。
まだ、ワープは行われない。
エッジワース・カイパーベルトの座標に至るまでは通常航行なのだ。
8時間近くが経過し、漸く海王星を越え、カイパーベルトが見える程になってきた。
同時に、船内に放送が流れ、ワープ航行へ入ることが告げられる。
全員がベルトを締めて着席したことを確認すると、船は一気に加速した。
未だにワープ技術は完全に安定しているとは言い難く、その上、超長距離ワープが不可能である為、何度か目的地までに繰り返す必要のあることから、事故率は0.09%も存在している。
交通事故とほぼ同じくらいの確率で宇宙に消える可能性があるわけだ。
それ故に、いつもワープに入る直前は緊張する。
それでも、殆ど大丈夫ではあるのだが。
人類の発見したワープ航法は、クラウディオ鉱と呼ばれる特殊な、極少量が土星の衛星から発見された物質を使ったものだ。
その物質は組成の不安定さから、僅かな衝撃や空気に触れただけで爆発する代物である。
そのクラウディオ鉱の爆発は、空間に異常を発生させる。
次空間に歪が生まれ、ワープホール、とでも言うべき穴が空間に空くのだ。
その穴に超高速で飛び込む必要があるのだが、穴の発生時間は極僅かであるため、失敗し、船体が真っ二つ、という事故例もある。
船体が一瞬軋むような感覚が伝わる。
体の内側が引っ張られるような錯覚を覚えたが、それも一瞬のことだった。
どうやら、今回も無事に穴に飛び込めたようだ。
窓外の景色は、歪んだ、それ以上は形容のしようがない不可思議な光景となっていた。
学者達が
これが、人類の発明したワープ航法だ。
その後、また暫く通常航行を行い、ワープをする、という繰り返しで目的地へと向かう。
その為、私が向かう第三星系総督領へは二週間以上もかかってしまうのだ。
安定航行に入ったタイミングで、私含め乗客達は三々五々、席を立ち、チェックインの始まった其々の個室へと向かう。
個室、個室だ!。
エコノミーではカプセルホテルのような寝室か、良くて寝台列車の四人部屋の様な場所で寝るしか無い。
しかし、ビジネスクラス以上では個室があるのだ。
二週間も狭苦しい空間に閉じ込められる苦行とはおさらば。
そう思うと足取りも軽くなる。
客室へと向かう途上、年甲斐もなく高揚した気分であったが、職業柄というべきか、見覚えのある顔を見つけ、私ははたと、足を止めた。
「あれは確か…」
そうだ。思い出した。
経済に明るい者や私のような記者には有名な顔。
スペースロボティクスにおけるトップ企業のCEO、カルミネ・ソルデットだ。
ああ、そう言えば、第三星系総督領に拠点を作るとかの話があったな。
彼自ら出向くのか。
もしかすると到着後のネタになるかもな、等と考えながら、遠目に眺めていたが、数秒してから響いた後ろの客の咳払いに押されるようにして、私は足早に客室へと向かうのだった。
統一暦242年(西暦2692年)11月末
第三星系総統府 起源国軍
青木祐輔は、その日も食堂で"偶然"出会った
既に祐輔の昼休みは1/4ほど経過していたが、正に食べ始めたばかりである。
しかし、これも彼にとっては重要かつ、必要なことであった。
「今日も同じ時間ですね」
樱花は見透かしたような微笑みを浮かべ、祐輔と目を合わせる。
「偶然だね」
アハハと祐輔も笑うが、どうやらわざと時間を合わせていることはバレているらしいな、と悟っていた。
「嬉しい偶然です」
クスクスと笑う樱花に、祐輔は若干居心地の悪さを感じていた。
反応からして、祐輔の思惑にまでは気付いていないだろうからだ。
ただ純粋に知人を待っていただけ、と思っているのだろう。
一抹の申し訳なさを覚えつつも、それでも彼は、李強に対する手札とするために、彼女と親交を深めようとしているのだ。
「ところで、祐輔さんっていつも同じの食べてますね」
「一番安いからね」
「…?基地所属の者は無料なはずですが…」
「俺は正式にここの所属になってないんだ。本部から派遣されてるって形式。名誉出の軍人は全員そうだよ」
祐輔の説明に、樱花は顔色を変える。
「そんな…!」
何のためにそんな形式にしているのか、など直ぐに察せられる。
名誉起源民であっても軍籍に入れば、法律上は平等になる。
しかし、それを快く思わない連中は多い。
そうした連中が名誉出は基地での種々の補助が受けられないようなやり口を考え出したのだろう。
実際、数日間や数週間、調査だったりの名目で派遣されることはある。
そうした一時的な場合に使われるシステムを明記されていないのを良いことに半恒久的に派遣という形式で配属している、というわけだ。
「すみません。私ったら…」
「気にしてないよ。さすがに多少後ろめたいのか喧伝されてないことだし、知らないのも当然だ」
「どうしてここまでするんでしょうね…。下らないったらありゃしない」
心底憤るような表情を見せる樱花。
祐輔はこうした純朴な彼女の言葉や表情に触れるたび、つい気を許しそうになってしまう。
他愛もない雑談をしている時等は、コロコロと笑い、その笑顔に思わず相手が李強の娘ということも忘れ、見入ってしまうこともしばしばだ。
「…さあね。でも、慣れてるし問題ないよ」
その度に、祐輔は自らの緩みかけた精神を叱咤し、これは李強に対抗するための演技で、取り入る為の会話なのだ、と思い直す必要がある。
「慣れちゃダメですよ!怒るのを忘れたら、いつか理不尽を理不尽と感じなくなってしまいます」
はた、と彼女は言葉を止め、ごめんなさい。と謝罪した。
「偉そうにすみません。私は何の被害も被ってないのに知ったようなことを…」
「…でもきっと、君の言う通りなんだと思う。
俺の目的を考えるなら、確かに理不尽に無感情になっちゃダメだな。…樱花さんは優しいね」
祐輔は彼女と暫く交流し、いくつか気付いた事がある。
まず、彼女は割とあけすけな所がある。
そして、あの李強からどうやったらこんな娘が育つのだ、という程に純粋かつ、一般的に善良と形容される優しさも持っている。
それらが演技だと疑った瞬間もあった。
特に、基地で再開した初日に語った、護衛対象たるルーシーに対する言葉が主な理由であった。
しかし、こうして何度か話している内、あれは彼女なりの強がりだったのだろう、と思うに至っていた。
本人は気がついていない様だが、基地に来る前の思い出話をすると、大抵ルーシーのことも話題に上がるのだ。
それも、笑顔をもたらす内容として。
護衛対象として割り切っていたにしては親し過ぎる程に。
それに、研究所での彼女らは、互いに言葉を交わさずとも同じ方向を向いていた。
それらを考えると、親しくなれた友人と離れざるを得なかったことで、拗ねていて、そして、寂しさを紛らわすために強がっていたのだろう、と評価するのも自然だ。
それ故に、やはり、演技をする理由に思い至らず、これが彼女の素なのだと結論付けざるを得なかったのであった。
「目的、ですか?伺っても良いですか?」
「隠すことでもないしね。俺が名誉出身の英雄みたいに持ち上げられてるのは知ってるでしょ?」
「よく存じています」
「そんな俺だから、もっと実績積んで、出世して有名になれば、名誉に対する見方とか扱いも少しは変えられるんじゃないか、と思っててね」
「なるほど…」
「だから、理不尽をおかしいと思えなくなってしまえば、俺は目的を達成出来なくなるかも、と思ったんだ」
そこまで言ってから、ハッと祐輔は不自然に見えないように、だが口をつぐんだ。
何を話しているんだ。
彼女の口から強に伝われば、俺の内心まで…。
つい、話し過ぎてしまった自分の口を諌めつつ、樱花の反応を伺う。
「ふふっご安心下さい。誰にも話したりはしませんよ。警戒なさるのも分かりますけどね」
彼女は、純朴で素直な所もあるが、それでいて鋭い。
祐輔は、その点を未だに強く警戒していた。
自らの、樱花に近付く本当の目的が悟られてしまうのでは、と。
だから、彼は彼女の前では勤めて友人のように振る舞おう、と強く意識している。
「…ごめん」
「謝られることではないですよ。大体の原因が私の父にあるんですから」
樱花は苦笑し、頭を下げる祐輔をそう窘めた。
「…祐輔さんは強いんですね。理不尽な状況に否応なく置かれているのに、なお戦おうとされてる」
「そんな大層なものじゃないよ…。ただの言い訳と取られてもおかしくはない」
自嘲する祐輔。
だが、樱花は至って真面目な顔で「いいえ」ときっぱり言い切った。
「私はそうは思いません」
そして樱花は、ニッコリと笑った。
「私は心から、祐輔さんのことを尊敬していますよ」
その笑顔は止めてくれ。
つい、心を許してしまいそうになる。
その純真な眩しい笑顔は俺をおかしくさせる。
樱花の真っ直ぐな笑みを見る度に、祐輔は自らの心を叱咤せねばならなかったのだ。
「優しいね。樱花さんは」
半分は本心、半分は狙いを籠めて言いながら、彼はそう返した。
「な、何ですか急に!」
俺はこの娘を利用しているんだ。
狙い通りの効果をもたらしたことを樱花の反応から伺いながら、彼は自らに言い聞かせ続ける。
決して、友でも、それ以外にもなりはしない。
なってはいけないんだ。
そうだ。俺の手は汚れているから。
何を浮かれた気持ちになっているんだ。
樱花と笑い合い、会話し感じる、楽しさも、何もかもを否定するどす黒い感情も、彼は常に抱き続け、その相反する情念と共に、なおも、笑顔を続けるのであった。
2日後。
樱花は実家に呼び出されていた。
「急に何?基地から遠いんだからそう易易呼び出さないでくれない?」
祐輔の前では決して見せない刺々しい声色で、彼女は軽蔑し、嫌っている父、李強に相対していた。
「すまんな。だが、気になる噂を聞いてね?」
「"噂"。お友達が多くて羨ましいね。私は誰かさんのせいで避けられちゃうからなあ」
嫌味。それも、ルーシーや祐輔の前では見せたことのない表情である。
それ程までに父を憎んでいるのだろう。
「……青木祐輔と仲が良いそうだな?」
「で?だとしたら?」
「お前には奴がどんな人間か散々話してきただろう?」
「そうね。赴任前に聞いたわ。何度も。同胞殺しを平気でやり遂げる、出世欲に塗れた貴方の同類って」
「………」
娘の軽蔑の視線はさすがの強も居心地が悪いのか、視線をしっかりと合わせようとしない。
「実際に話してみたら正反対だったわ。私は私の感覚を信じる。貴方のプロパガンダなんかじゃなくね。
私を近付けさせたくはなかった?」
「…あれだけ言い聞かせただろう。奴は…」
「あんたの大切な政治の駒。下手に近付けば巻き込まれるかも?
知ったことじゃないわ。駒と駒を接近させるのは貴方にとっては面白くないのでしょうけどね」
強は、はあ。と深いため息をつく。
「そんな風に育てた覚えはないんだがな」
「私も育てられた覚えはないわね。育ててくれたのは母さんだもの」
「彼女も今のお前を見たら…」
樱花はキッ、と強を睨み、言葉を遮った。
「母さんを捨てた癖に持ち出すな」
「捨てたんじゃあない。彼女が逃げたんだ」
「私に見向きもせず陰謀陰謀陰謀。
母さんが何を言っても否定して、一度も顧みなかったよね。
私が幼かったからって覚えてないとでも思った?
あんたが捨てたも同然なんだよ」
怒りの籠もった目で、父を、いや、樱花にとっては関わりたくもない屑に侮蔑を送った後、背を向け、話は終わりとばかりに立ち去るのであった。
Trps 李夫妻について
李強は彼の妻、樱花の母とは政略結婚であった。政略結婚と言ってもその目的を妻には明かさずに行った為、一方的な打算と妻の側は家に押し切られる形で半ば無理矢理婚姻関係を結ばされていた。
それでも樱花の母は強を愛そうと努力もした。
だが、強の方はそんなことに興味はなく、子供、樱花が産まれてからは更に無関心に拍車がかかる。
我慢の限界を迎えた彼女は逃げ出した。
強に不満をぶつけ、すべてを吐き出したが、強が動くことは無かった為に、彼女は出ていったのだ。
樱花を連れ出そうとしたが、強はそれを実力でもって阻止し、娘という手駒は確保したのであった。