代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第二十八話 幻想戦争論

統一暦242年(西暦2692年)12月1日

 

鷹鸇 旧雅緂ゲットー支部(雅緂山脈研究所予定地跡)

 

 

日野基之は、今後の方針を決定する会議に参加するべく、シェルターを改造した会議室へと向かっていた。

エレベーターに乗りながら、ぼんやりとだが、先んじて考え得る方針について纏めていく。

 

「…勝敏さんもそろそろ動くつもりかな?」

 

ボソリと呟いたのとほぼ同じタイミングで、エレベーターは到着の音を鳴らし、停止した。

 

『8階です。ドアが開きます』

 

無機質な機械音声と共に扉が開かれ、基之は会議室や応接室として部屋割された、ここが本来の目的である鉱山兼研究所として使われていた場合、事故に備えたシェルターとして設定されていたフロアに足を踏み入れるのだった。

 

「来たか。明子(あきこ)は?」

「もう少ししたら来ると思いますよ」

「そうか。…さて、どうなるかね」

 

勝敏は、会議室で一人、全員の到着を待っていたようだ。

今回は基地の者だけてなく、他支部の幹部も可能な限り集まることが決まっている為である。

 

「すみません。お待たせしました」

 

明子(ミョンジャ)も、数分程遅れてやってきたが、その彼女の後ろには基之にとって随分懐かしい顔の初老の男が立っていた。

 

「丁度到着されたみたいで、ご案内を」

「久しぶりだな。勝敏。…それと、日野基之くん、だったかな?」

 

そう挨拶をしたのは、烏というコードネームを持つ、鷹鸇においても最古参に位置する幹部であった。

 

「はい。お久しぶりです。(カラス)さん」

「まだまだ元気なようですね」

 

基之派頭を下げ、勝敏は軽口を叩く。

 

「まだ連邦の定年にもなっとらんわ」

 

笑いながらどっこらしょとわざとらしく呻きながら腰を落ち着けた烏は、基之に目を向けた。

 

「改めて、基之くん。久しいね。噂はかねがね聞いている。活躍しているそうじゃあないか」

「恐れ入ります。烏さんからも評価頂けているとは」

「止めてくれ。私はただここで一番の老人ってだけだ。…我々は同じ目的に向かっているんだ。これからも頼むよ」

「精進致します」

 

そんな会話を交わしていると、他の参加者達も次々と案内されて、会議室へと集い始めた。

 

「揃ったな」

 

5分程経ってから部屋をぐるりと見渡した勝敏は顔ぶれを確認してから立ち上がった。

 

「それでは、始めましょうか」

「それは良いけど、ボスは今回もいないわけ?」

 

参加者の一人、基之にも見覚えのある、職業訓練所襲撃に備えた会議にも参加していた女性、川辺雪菜(かわべゆきな)、がそう不平を上げた。

しかし、勝敏は動じることなく窘めるような調子で答える。

 

「…ボスが顔を出せない理由は知っているだろう?」

「ええ。勿論。…でも、あんたと烏さんぐらいなんでしょ、会えるの。ボスの意志が本当の所はどこにあるのか、アタシ達には分からないじゃない」

「我々を信頼出来ませんか?」

「そうは言ってないわ。でも、裏切りを警戒するというなら、貴方達も本来その対象であるべきしゃない?古参というだけで信頼されていると?」

「…まあ尤もな話だな」

 

烏はそう呟き、勝敏に意味深な視線を向ける。

だが、その視線に勝敏は、ほんの僅かに頭を振るのみであった。

 

「…恐らく、もう間もなく皆の前にも姿を現せるようになると思う」

「へえ。そりゃどういうわけで?」

 

勝敏の言葉に反応し、声を上げたのは崔 明博(チェ ミョンビャク)だ。

 

「それに応える為にもまずは、ボスの提案を伝える」

 

勝敏は咳払いをしてから、再び口を開いた。

 

「我々は今後、最終目標に向けて動き出すべきだ、と考えている。しかし、これは決定ではない。

最重要事項に付き、幹部陣で議論し、結論を出してほしい」

「へえ?」

 

崔は興味を唆られたようで、身を乗り出して勝敏の話に耳を向ける。

 

「つまり、ここでの結論次第では、最早ボスの正体を隠す意味もなくなる、というわけだ。我々の最終目標はハヤブサ連邦の奪還。それに向けて動く以上、待っているのは敗北か、勝利の二択だからな」

「なーるほどね。理解したよ。…しかし、随分とまた急だね」

 

川辺もとりあえずは引き下がりつつ、今度はその性急さに疑問を呈した。

 

「雅緂ゲットーでの一件が無関係とは言い難い。その点は迷惑をかけること、謝罪させて欲しい」

 

勝敏はそう言って頭を下げた。

一ゲットーの、とは言え実質的な政庁を襲撃したのだ。

総督府も本腰を入れることは想像に難くない。

 

「元々、既に総督府から警戒されてはいた。そこに来て今回の一件だ。恐らく、向こうも本気になるだろう。惑星規模での捜査へ発展する可能性がある」

 

それに、と勝敏は一度、手元の資料に目を落としながら続ける。

 

「皆も知っていることと思うが、第四群州で発生し、昨年鎮圧されたハヤブサ連邦奪還政府による蜂起。あれによって、第四群州の監視網は人的にもシステム的にも崩壊した。

それの建て直しの為に、総督府はリソースを第四群州に集約。

これにより、他地域の監視システム向上の速度はこれまでになく低下することになった。

その上、未だ復興途上にある第四群州を経由した物資、情報の受け渡しも可能であったため、我々の活動は勢い付けられた」

 

勝敏はそう前提知識を共有し、認識を皆と擦り合わせる。

 

「だが、それももう終わりだ。最近入手した情報によると九割方、奪還政府蜂起以前にまで第四群州の監視システムも復帰しているようでな。

つまり、今までのように情報や物資を受け渡すことが容易な地域が再びこの惑星から消え去る訳だ。

その上、復興が終わったということは、他地域の監視システム強化に再びリソースが振り向けられる、ということでもある。

つまり、時間的余裕はどちらにせよもう無くなりつつあるのだ」

 

確かに、と崔が頷く。

 

「今でさえハッキングやら買収やらを駆使してどうにか逃れてるんだ。これ以上、システムが強化されると、俺達の行動は大きく制限されるだろうな」

「制限されるどころか、縮小せざるを得なさそうね」

 

川辺もそこは同意のようだ。

 

「時間は我々の敵。

故に、性急であることは承知の上で、迅速にな行動が必要だと、考えたわけだ。…ボスはな」

 

取ってつけたようなボスという言葉に対するツッコミは勝敏にとっては幸いにも飛んでは来なかった。

参加者達はどうやら既に思考に集中していたようである。

 

「…話は分かったけど。具体的な策は?」

「幾つか案はあるが、そこを含めての会議だ。ボスの方針で決定すれば、次はその実行方法の議論に移る」

「…まあ、アタシは反対する理由もないし、賛成かな。連中、いつまでも地下活動をさせてはくれないだろうしね」

「僕も賛成かな。勿論、ボスがちゃんと顔を出してくれるなら、だけど」

 

崔明博と川辺は大筋で同意見なようで、互いに頷き、一応の賛意を示した。

 

「その点に関しては約束出来ると明言しておこう」

「ボスの諒解も得ている」

 

勝敏の言葉を不自然にならないように烏が引き取った。

 

「勿論、私も賛成だ。総督交代の混乱もまだ完全には収まりきっていないようだしな」

 

結論として言えば、ほぼ反対は出なかった。

僅かな慎重意見は出たが、行動そのものに反対というわけではなく、もう少し時期を見るべき、というものであった。

 

「時期に関しては準備もあるからな。第四群州の完全復旧完了まで、短くとも二月ある。

その期間内なら、調整は可能だ」

 

そもそも鷹鸇は、ハヤブサ連邦を起源国から取り戻すための組織である。

この状況下で蜂起することに否を突き付ける幹部がいないのは、ある種必然であったと言うべきだろう。

 

「それで、作戦案は?移っても良いんじゃない?実行そのものに反対する奴はいなかったしさ」

「ああ。そうだな。まずは、我々の前提条件の確認から行う」

 

勝敏はそう言って、プロジェクターを起動。

空中ディスプレイを通してホログラムを会議参加者達が囲むテーブル、その中央に浮かび上がらせた。

 

「前提1、起源国は最悪の場合核兵器を惑星に降り注がせ、惑星そのものを壊滅させることでの鎮圧を行う。

前提2、我々に航空戦力はない。その為、本星以外の制圧は敵戦力鹵獲まで不可能。

前提3、惑星ハヤブサには地球からの植民者がそれなりにいるということだ」

 

勝敏はそう言いながら起動したディスプレイに惑星ハヤブサの立体地図を映し出させた。

 

「まず、前提1、これに関しては2とも関連し、絶対の条件が生まれることになる。

即ち、電撃戦だ。

ここでも時間は我等の敵となるだろう。

まず、起源国と言えど、いきなり大規模反乱だからと核兵器を使用することはない。

それは、奪還政府の件からも明らかだ。

彼らは第二大陸の八割近くを占領したにも関わらず、ついぞ核兵器によって焼かれることは無かった」

 

最高幹部達は椅子に座っているが、基之や明子、各最高幹部に随行してきた各基地幹部は起立したままであったが、基之は不動の体勢のまま、心中で頷いていた。

 

そうだ。起源国はこれまで自由合衆国にしたような核兵器による殲滅は行っていない。

恐らく、あくまで最終手段であり、何かしらの複雑な手順か厳しい基準、或いはその両方があるのだろう。

そして。

 

基之の思考と共に勝敏の説明が続く。

 

「前提2、此方も同様だ。星系内の他基地から援軍が来て、核兵器でなくともレーザー兵器等で我々の頭上を覆われてしまうと、勝ち目はかなり薄く、いや、ほぼ無くなる」

 

そう。故に、取るべき選択は限られてくる。

 

「だからこそ、可能な限り迅速に作戦を進めねばならないのだ。それも、政庁の陥落、最低でも指揮系統を混乱させる程度の損壊を与えることと、ハヤブサ星系を抑えるための宇宙戦力の確保を同時に、だ」

 

それがどんな策を用いるにせよ、大前提となる。

勝敏と基之の思考は、この点までは完全に一致していた。

 

「前提3に関しては我々に有利となるものだ。

奴等が核の使用を躊躇うのに全くの無関係とは思えない。

易易と国民を犠牲には出来んだろうからな」

 

とはいっても、と勝敏は断言する。

 

「ハヤブサ星系を抑えてしまえば、我々の勝ちだ。目的は達成され、自由は取り戻されるだろう」

 

何を、言っているんだ?。

基之は、突然の勝敏との意見不一致に動揺していた。

勿論、自分は勝敏のことを一番理解しているとか、そういう類いの理由ではない。

しかし、彼が見落とすとは思えないことを、言及しなかったからだ。

 

いや、まだ話は続くはず。性急な判断は。

 

そんな彼の思考を邪魔するように、崔明博が声を上げた。

 

「なるほどね。電撃戦の内容をどうするか議論しましょ、ってことか」

「まあ、そんなところだ」

「成功すればやっと解放されるんだね」

 

川辺の言葉に、周囲の者たちも若干の達成感さえ滲ませながら頷く。

 

「気が早いぞ。それは奴等をこの星系から追い出してからだ」

 

烏の注意。

だが、基之は勝敏が次なる言を発さずに、既に議論の開始を待つ姿勢へ移っていることに、烏すらも"それ"に言及しないことに、驚愕を隠すことが出来ないでいた。

 

まさか。見落としているのか?二人が?

この場の全員が?

そんなバカな。

いや、もしや…わざと、見ないようにしているのか?

確かに、今言うことは気付いていない者達に取って、精神面で不安を植え付けることにはなるだろう。

だから?

いやしかし。言わねばならないはずだ。

むしろ後から言えば、反発は大きくなる。

とすると、無意識に?

どちらにせよ、確認せねばならない。

杞憂なら良い。そんなことは分かりきっている、と笑い飛ばしてくれるなら、それで良い。

 

「…あの」

 

基之は一度大きく息を吸ってから、言葉を発した。

 

「…どうした基之?」

「なに?貴方に発言は許されていないわよ?」

「申し訳ありません。しかし…」

「しかし、なんだい?」

 

烏に促され、基之は決心を固めた。

 

「もし、私の勘違いでしたら、笑い飛ばして頂いても、処罰して頂いても構いません。

ですが、一度も話題に出ていないことがあり、確認させて頂きたく、思いまして」

「話題に出ていないこと?」

 

崔明博の訝しむ視線を受けながら、基之は続けた。

 

「その前に、杞憂であるかを確認させて下さい。

皆さんは、我々の勝利条件を、最終目標を如何にお考えでしょうか?」

「そりゃあ決まってるでしょ。勝敏さんも言ってたじゃんか。話聞いてた?政庁陥落と星系の制圧だよ」

「そうね」

 

崔明博と川辺の刺すような視線。

烏は、基之からは読み取れない表情で、重々しく、しかし、怒気は感じられない声を出した。

 

「私も同じように考えている。なあ、勝敏?」

「ええ。それ以外に何かあるのか?基之」

 

ああ、杞憂ではなかった。

本当に見落としているのだ。

若しくは、精神が本能的に目を逸らさせているのか。

確かに、"この事実"は、途方もないもので、終わりも分からないから。

だけど。

 

「皆さんは、失礼ながら勝利条件を勘違いしておられます」

 

断言的な物言い。

失礼極まりないようにも聞こえるがしかし、基之の放った一瞬の気迫によって、不快そうに基之を見ていた崔明博と川辺をも圧したようだった。

シン、と室内は静まり返る。

 

基之は昂りを抑えるために一瞬、チラリと視線を皆から外す。

丁度横に立っていた明子に目が行った形となったが、彼女は基之の意志を理解しているのか、小さく背を押すように頷いて見せた。

 

「…勘違いとは、どういうことかな?基之くん」

「…皆さんの勝利条件は、我々の戦いは、星系を制圧したからとはいって、終わりはしない、という事実が、抜け落ちているのです」

 

そうだ。起源国はこの星系にしかいない訳じゃない。

当たり前のこと。

人類社会におけるありとあらゆる惑星を支配しているのだから。

 

「星を取り返すだけでは勝てません…。地球から他の総督府から来るだろう軍勢を退けねば、本当の解放には至りません!」

 

基之の声はよく通った。

それは、彼が大声を出したからではない。

ただ、ほぼ全員が気づいていなかった。或いは、無意識的に目を逸らしていたその事実。

絶望的なまでに終わりを見えなくする真実を突き付けられ、石像のように固まっていたからである。 

決して、幹部らが無能というわけではないのだ。

ただ、人間はどうしても自らに都合が良い様に考えがちだ。

圧倒的な力を持つ起源国と戦い続ける彼らにとって、単純なゴールは原動力にもなったろう。

しかし、事ここに至っては、原動力の為の幻想に取り憑かれているべきではないのだ。

だからこそ、基之は確認せねばならない、と決意したのである。

 

皆が固まる中。しかし烏は年の功というべきか、いち早く立て直し、勝敏もその責任から、続いて動き出した。

 

「…そうだ。何故こんな当たり前の事を…」

「全くだ。これでは起源国をバカに出来んな」

 

二人はそう呻くように呟いた。

基之は、やはりそうだったか、と内心ため息を付きながらも、ならば、これも必要になるだろう、と更に続ける。

 

「そして、予想される敵からの反撃に対する我々の行動として、私から提案があります。

お聞き頂けますでしょうか?」

 

たった一言、数年に渡る極限での闘争によって、削り取られた精神が見せていた幻想。或いは、逸らしていた事実。

或いは、目の前の問題に対処し続けたことで狭まざるを得なかった視野。

勿論、皆、地球等の存在を忘れていたわけではない。

しかし、漠然と考えていたのだ。

総督府を陥とせば、起源国は諦めるだろう。と。

根拠に基づいてではなく、無意識的な願望によって。

それらによって忘れられていた"起源国"の強大さを基之の僅かな言葉によって叩きつけられたことで、彼らは混乱し事実の受容に時間を要していた。

それ故に基之に反論する者はいない。

勝敏や烏は受容こそしたものの、なればこそ、彼の話を、提案を聞くべきだと判断し、それを促しすことを決意した。

 

結果、日野基之は、形式上は一支部の隊長に過ぎない。そうでなくとも本部で多少の人員を纏めているだけの立場の彼が、2分足らずの間に、彼の放った"事実"によって、会議を牽引する主導者へと相成ったのであった。

 

 

 





Tips 奪還政府
ハヤブサ連邦奪還政府による反乱は鎮圧こそされたものの、第三星系のみならず、起源国全体においてもこれまでは比肩する者のなかった規模であった。
一つの大陸を丸々制圧せんばかりの勢いであったのだ。
しかし敗北が見えた時、彼等の指導者は目的を即座に変更し、ありとあらゆる監視網の破壊にリソースを割くようになった。
結果として、第三星系には監視網の空白がこれまで生まれていたのである。
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