代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
統一暦242年(西暦2692年)12月1日
鷹鸇 旧雅緂ゲットー支部(雅緂山脈研究所予定地跡)
基之の突きつけた事実によって会議は多少荒れたが、最終的には勝敏、烏らの賛同もあり基之の提案が大筋で採用される結果に終わりつつあった。
しかし、問題が残っている。
それを川辺雪菜が指摘した。
「まあもう決まったこと自体はそれで良いんだけどさ、ボスの諒解がいるでしょ?このまま話を続けて良いの?」
最もな指摘である。
組織の行く末を大きく左右する事柄について話し合われたのだから。
本来、ボス、トップの許可なく話を進めて良いものではなくなっていた。
それ程までに基之の言葉と、提案は多大な影響を持っていたのである。
「…………問題ない」
数秒の沈黙の後、勝敏は決心したように口を開いた。
蜂起を決意した今、最早隠す時ではない、と。
「私がボスだ」
沈黙。
参加者達が言葉の意味を理解するまでに数秒を要した。
「はっ!?」
「嘘でしょ!?」
続いて広がったのは混乱と困惑。
基之と烏を除いた参加者は須らく似た心境となった。
「すまない」
勝敏に詰め寄ろうとした[RB:崔明博,チェミョンバク]であったが、一切の言い訳などもせずただ頭を下げた勝敏に牙を削がれ、着席する。
「何で黙ってたんですか?」
川辺の問いには、烏が代わりに答えた。
スパイが何処にいるかも分からないし、敵の目標を分散させるには一番良かったからだ、と。
勝敏は、その嘘をついた最初の理由は、話さなかった。
それに関しては、彼自身、誰にも話さず墓まで持っていくつもりだからだ。
言ってしまえば、組織の信頼にヒビが入りかねず、今、そんなことになればまともに起源国と戦えなくなるだろう。
故に彼は、ただ頭を下げるだけで、一切を口に出さないこととしたのだった。
最終的には混乱も凡そ、勝敏を個人的に好いてはいなかった川辺や崔が未だ不満そうではあるものの、烏の説明した理由自体には納得した為、「頭が誰でも俺はやりますけどね、もう少し信用してくれても良かったんじゃないですか?」という嫌味を崔が残しこそしたが、それを最後に引き下がる形で収束した。
「最早、私が鷹鸇のリーダーであることを隠す理由はなくなった。…もう止まることは出来ないからだ。
皆、各々言いたいことはあると思うが、共通の目的の為に、協力をお願いしたい」
結局、ボスの正体自体は幹部級までの公表に留めることが決定された。
全体に共有するメリットがほぼないためだ。
しかし、大多数の幹部達は漸くその姿が見え、本当に存在するかも分からないボスの指令をこなしているよりは、顔の見える上司に命じられる方が精神衛生上良いようで、心なしか満足気な表情を浮かべているのだった。
青木祐輔は、基地内の寮へと戻る廊下を歩いていると、後ろから声をかけられ、振り向いた。
「何か用かな。
声をかけた李樱花はニコニコとした笑顔で祐輔の隣に立つ。
「良いところにいましたね。ラッキーです。実はお聞きしたいことがありまして」
「何だい?」
「次の休暇はいつ頃ですか?」
「次…確か今月の23日だったかな」
「近いですね!ますますラッキー」
樱花は笑いながら頬の横で手を合わせる。
そして、一瞬呼吸を整えるように息をしてから彼女は切り出した。
「あの…良ければその日、一緒に食事にでも行きませんか?…あ、外に!」
分かりきった補足を、しかし重要事として付け加えた彼女は、祐輔の反応を伺うように、彼の顔を覗き込んだ。
「…良いよ。むしろ良いの?貴重な休暇でしょ?」
「だからこそ、ですよ。親しい人と時間を過ごす方が、下心を感じる連中といるより何倍も有意義だと思いませんか?」
彼女も自身の立場、というより一方的に親の存在によって他者との交流には苦労しているようだ。
「そうかもね。なら、当日は基地の前にあるコンビニででも待ってるよ」
「分かりました。じゃあ10時半位に!」
「了解」
約束を終えると、樱花は風のように去っていくのだった。
第三星系総督府 首府 星京
「すみませんー。私、第三中央テレビの者でして〜」
通りを歩く一人の若い男性は、カメラや機材を抱えた人に後ろを囲まれるようにしてマイクを持ち、やって来たアナウンサーらしき人に呼び止められ、足を止めた。
「何ですか?」
「今、局で独自の世論調査と、一緒にインタビューも行っていまして、お時間よろしいですか?」
テレビ。
それは一時期インターネットの発達と共に廃れたメディア。
しかし、旧ハヤブサ連邦においては、今は遠い、そして、皆が最早イメージや、情報の中にしか存在しないものとなっていた地球に対して抱いていたノスタルジーによって、起源国においては、国民統御に有用なメディアとして復活し、かつてのような隆盛を誇るようになっている媒体である。
「はあ、構いませんが。調査っていうのは?」
「ありがとうございます!ええ!今、名誉起源民に対する政府の扱いについて市民でも反応が分かれているとか。
そこで我々は幾つかの設問を通して世論を調査している、というわけです」
中央テレビは派閥対立においては中立的であり、起源国の基本イデオロギーにのみ忠実として知られている。
つまり、人類統合、である。
それ以外は比較的自由にやっており、時折派閥批判も、政府批判はしないが、を繰り出す市民人気の高い局だ。
「まず1つ目の質問です!貴方は名誉起源民の分離政策についてどのような考えを抱かれていますか?。このボードの選択肢から最も近いものを選んでください」
ボードには6つの項目が書かれている。
1.更に厳しく分離を実施すべき。
2.現状維持
3.緩和し、指定居住区を縮小すべき。
4.共生を目指すべき。
5.その他(口頭でお願いします)
6.分からない。何でも良い。
「…そうですね。3、ですかね」
「ほほう。理由をお聞きしても?」
「あんまり厳しくしすぎても反発を呼ぶだけでしょう?それに、ほら、名誉でも活躍している人とかいるじゃないですか。だから、もうちょっと優しくした方が良いんじゃないかって」
「なるほどなるほど。それでは、次の質問です」
その後、何問か同じように現在の名誉起源民政策に対する質問が続けられた。
そして。
「では、最後の質問です。先程お話に出ました名誉でも活躍している、という方の代表例と言えるでしょう。
青木祐輔少尉の活躍はご存知でしょうか?」
「ええ、勿論。ニュースでもチラチラ見ますしね」
「ずはり、貴方は青木祐輔少尉の活躍をどのように評価されていますか?此方は口頭でお伺いさせて下さい」
「…うーん。難しいですね?別に俺の生活に関わる訳じゃあないし。…あ、でも確か最近何か大きめのテロ事件でも活躍したんでしたっけ?」
「はい。半年程前の事件ですね。テロリスト制圧において貢献されたそうです」
「頑張ってるなあって思います。軍人さんとしてよくやってる、って感じじゃないですか?」
「では、青木祐輔少尉の活躍から、名誉起源民全体に対する評価は何か変わりましたか?」
「まあ、ちょっとは…?ああいう人ばかりなら指定居住区なんていらないでしょうしね」
そんな調子でその通りでは暫くアナウンサーによる熱心な街頭調査が続き、様々な意見が映像に収められていった。
「あんなもの軍人なら当たり前。むしろ大げさに取り扱い過ぎて気持ち悪い。名誉起源民は出世欲にも意地汚いのか?」
であったり。
「そもそも逃亡者は罪人。それが自分達のケツを拭いてるだけでしょう?評価も何もない」
というような否定的と言うには甘すぎる程に辛辣な意見も散見されたが、7割程は比較的好意的なモノばかりであった。
「確か偉い軍人さんを助けたりもしてましたよね。起源民の軍人にも中々出来ることじゃない」
「父親が酷い奴だったそうですよね。それなのに負けずに正義を貫いているなんてカッコいい。
きっと同じ様な名誉起源民も多くいるはずです。それならばもっと融和的な政策を取るほうが良いのでは」
「誰にせよ、軍人として秩序維持にかかる功績を上げている、というのは頼もしいものです。
勿論、彼がどうこうしたからと逃亡者の罪は消えませんが」
青木祐輔個人に対しては概ね好意的。
しかし、やはり名誉起源民全体となると、という意見も目立つのが現状である。
「…とは言ってもやはり、名誉起源民のイメージ改善に役立ってはいるようだな。想定通りに、ある程度は」
テレビを消し、立ち上がったアウグスト・バルテル第三星系総督府文化局長、惑星ハヤブサにおける平等派の首魁、は、同席していた同志たるエリック少将と視線を合わせた。
「ええ。やはり我々の戦略に間違いはなかったようですね。彼個人の評価が名誉の評価に結びつきつつある。
それに、青木祐輔個人に対する評価は高い。
これは宣伝要員として有用であることを示していますしね」
「その通りだな。…全くレジスタンスの襲撃に鉢合わせたと聞いた時は肝を冷やしたが、あれも上手く活きたし、結果オーライと言うやつだ」
中央テレビは派閥の偏りがないため、あえてどちらかに都合の良い結果を流すこともない。
その為、こうした街頭調査の映像も彼らにとっては重要な資料なのだ。
この調子で行けば、総督府の主流派が我々となるのも時間の問題かもしれませんね。という冗談まじりのエリックによる楽観論に紅茶を啜りながら耳を傾けたバルテルだったが、ニコリともせずにティーカップを置いてから、腕を組み、神妙な顔つきで、だが、懸念がある。と、呟いた。
「どうかされましたか?局長殿」
「青木祐輔のことが順調であるからこそ、解消せねばならない問題があるんだよ。
件のレジスタンス襲撃に鉢合わせたあの時。
担当した科学者達が裏切っていたらしいな?」
「ええ。そうらしいですね。私としても驚きましたよ。彼らとはそれなりに知己の関係でしたから」
エリックは残念そうに肩を竦め、そうぼやくように応えた。
「彼らが情報提供者だとして、だ。
青木祐輔があそこに行ったのは君の紹介あってこそ、だよな。エリック少将?」
「………!まさか、局長殿は私をお疑いに?」
「偶然にしては出来すぎてると思わんかね?
君があそこに紹介しなければ、彼らは研究員としてあの研究所にいるだけだった。
勿論、研究成果を漏洩したりだとか、スパイならば仕事はあるだろう。
だが、生産設備もないレジスタンスがあえてそれを必要とするとは思えない。
なら、何故あんな場所にスパイがいたのだろうね?」
エリック少将は突然の展開に困惑しつつも、しかし、どうにか反論を試みる。
「お、お待ち下さい。私は確かにチャンドラ達とは友人のようではありましたが、しかし、情報提供者とはつゆ知らず!
まさか裏切る筈がないではありませんか!
今まで地球での勤務時代から局長殿とは協力関係にありました。それを今になって…!」
だが、バルテルの視線は冷たい。
「それに、仮に局長の推測が正しければ、私は方方にスパイを配置し、使うかも分からない罠を張り続けていることになりますよね!?
私にそんな権限も財産もありません!」
「もっと大きな財布があるとすれば?」
「…っ。まさか、私が復讐派だと…?」
辻褄はあっている。
エリック自身そう認めざるを得ない状況だからこそ、こうして大量に流れる汗を拭きもせずに必死に自己弁護をしているのだ。
何せ、彼に取っては身に覚えなどないことなのだから。
「し、信じて下さい。これまでの私の実績も、言葉も、その全てが無に帰するのでしょうか?
局長も、私の貢献はご存知のはずです…」
最早、バルテルの顔を見ることも出来ず、頭を下げながら泣き落としのような言葉しか、エリックは並べることが出来なかった。
客観的に揃っている証拠は、全て彼に不利。
それ故に、訴えるべきは感情と、過去の実績のみだったのだ。
暫くの沈黙が続き、全くの、溜息すらもリアクションのないことを不審に思ったエリックが恐る恐る顔を上げると、バルテルは微笑を浮かべていた。
「は…?」
「すまないね。君を試した。…いや正確には全く疑いを解いた訳では無いが」
バルテルはそう言ってから椅子に深く腰掛け、エリックにも着席を促した。
「君が本当に裏切り者なら、自分が怪しまれることくらい想定しているはずだ。
そうだろう?何せちょっと考えてみれば君も疑われることなど分かりきっている」
だが、と苦笑しつつバルテルは続けた。
「君は私の感情に訴えかけるばかりで有効な反論を持ち合わせていなかった。
さすがに10年近く協力してきた君のことはそれなりに分かっているつもりだ。
そんなバカなヘマをする男じゃあない。
まあ、裏の裏をかかれているのかもしれんがね」
エリックは話が読めずに完全な混乱に陥っていた。
「な、何故…」
「試すような真似を、か?」
簡単だよ。とバルテルは笑った。
「もう一人、客観的に見れば君程じゃあないが、容疑者になり得るのがいるだろ?」
チャンドラ達以外にも裏切り者がいる前提でバルテルは話を進めているが、これも彼に取っては自明だった。
他にスパイがいなければ、或いは、そのスパイにチャンドラ達が陥れられたのでなければ、彼らの独力で情報をレジスタンスに流すことは極めて難しいからだ。
研究所のセキュリティの厳しさは勿論のこと。
青木祐輔訪問については万全を期し、前日に予定確定の報を入れたのだ。
だが、レジスタンスは1日そこらで出来るとは思えない程迅速に複雑な研究所の各所を襲撃した上、装備も万全だった。
故に、自明なのである。
「ジェフ大佐…!」
「そう。君か、ジェフか、だ」
今日自分の命脈が絶たれる訳ではなさそうだ、とエリックは大きな安堵感を感じていた。
勿論、予断を許さないのも事実だが、自分が裏切り者だと確定させられた訳ではないことが、救いのように思えたのだ。
それ故に力が抜け、思考が少々緩んでしまってもいた。
「そこで、だ。君にやってもらいたいことがある」
「何でしょう?」
「ジェフを調べ、彼のクロを証明してくれ。
ジェフが裏切り者であるなら、君は陥れられただけ、ということになるだろう」
エリックは目の前が明るくなるのを感じた。
そうか、そうだ。
俺じゃないなら奴に決まっている。
なら証拠など簡単に見つかるはずだ。
そうだ、それで俺は潔白を証明出来る。
突然かけられた嫌疑に、そして同時に感じることになった命の危機に、それが唐突に解消されたことで弛緩した神経によって、彼はバルテルの話をそのままに呑み込み、彼の出した条件を諒解したのであった。
エリックを下がらせたバルテルは、別な人物を秘匿回線の電話で呼び出した。
「ああ。すまないね。ジェフの件も任せているが、明日からエリック少将のことも追跡してくれ。…ああ、そうだ」
一旦ティーカップを手に取ったバルテルだったが、電話口の向こうの声に反応し、口に運ぶことはストップさせた。
「問題ない。反応は充分に見れたさ。…ああ、彼には深く考えさせる隙も与えなかったからね。
暫くは自分も調査されているのでは、とすら考えないだろう。
うん。そうだな。
ん?今になって何故?簡単だよそれは。
青木祐輔に動きがあったからさ。最近彼を活躍させるタイミングもなかったからね、鼠も動く意味もなかったろう。
だが、
大きな変化ではないが、鼠が動く可能性が出てきたわけさ。
そうでなくとも、調べるには良いタイミングだろう?
理解したなら何よりだ。そう。そうだ。ジェフはそのまま。ああ。頼むよ」
電話を切り、バルテルはふう、と息を吐いた。
「全く復讐派め。面倒を増やし続ける」
まだ僅かに生温い紅茶を口へと運びながらバルテルは次なる懸案事項の思考へと移っていった。
統一暦242年(西暦2692年)12月23日
第三星系総統府 起源国軍
「お待たせしました」
基地の真前に位置するコンビニエンスストア、その駐車場に二人の人影があった。
「俺もいま来たとこだよ」
「あははっ。何だかカップルみたいなやり取りですね」
樱花の揶揄うような言葉と視線に、青木祐輔は「なっ!」と面白いように反応し、目を逸らした。
「冗談ですよ。ふふっ。さあ、行きましょう?」
その冗談は色々な意味で心臓に悪い、とは口に出さず、祐輔は小さく頷き、彼女と共に歩を進めるのだった。
「そう言えば、一昨日くらいだったかな?の中央テレビの番組見ました?」
それなりに歩くようで、道行く途中で樱花がそう祐輔へと話を振った。
「…?いや、テレビはあんま見ないんだ」
「そうなんですか。いえ、祐輔さんのことが話題になってたもので」
「へえ」
どうせまた碌でもないプロパガンダ何だろうな、とは想いつつも、自分がテレビに取り上げられた、となれば多少なりとも興味が湧く、そんな微妙な声色の相槌を打つ。
「まあ大体が上から目線としか言いようの無い感じでしたけど、それでも祐輔さんが高く評価されてるって内容でした」
「それは…珍しいね…?」
特段何かの事件に絡んだわけでもない上、平等派の根回しによるプロパガンダでもないのに自分が取り上げられること自体珍しいが、それが高評価だったということも彼に意外な思いを抱かせていた。
そしてもう一つ、今のやり取りで気になった点も、彼にはあった。
「あのさ」
それを尋ねるべく、樱花に切り出す。
「これまでにもちょいちょい思っていたんだけど、樱花さんって名誉出とか名誉起源民に対して…なんて言えば良いんだろう…」
切り出したは良いものの、適切な言葉選びに祐輔は苦戦する。
同情的?いや、少し違うし。
好意的?それも少し違う。
見下してはない、と直球に言うのも何だか失礼な感じもするし。
「あんまり名誉起源民だとかを気にしてないってことですか?」
話の読めた樱花に完全に気を使われた格好となった祐輔はバツが悪そうに頷いた。
そして、また、少し言いにくそうに続けた。
「その、軍にいて辛くないのかな、って。名誉起源民を他の人達みたいに扱っているなら、何とも無いんだろうけど…。君みたいな人には辛くないのかな、と」
「確かに。無実の人を撃つ日は来るでしょうね。……それが嫌じゃないと言えば嘘になります」
今度は、樱花が少々バツの悪そうな顔になった。
「じゃあ、どうして軍に?」
「…簡単です。私が自由でいられるのはここしかなかったから」
樱花はそう言って、自らが軍にいる理由を話し始めた。
「私の父、李強は経済界にも人脈を持ってるんです。そして私はあの男の手駒。
私があの男の意志に反して民間に行ったとしても、面接通ることはないでしょうね。
勿論、全ての企業に影響を及ぼしてるわけではないです。そんな地位にはありませんし。
だけど、よしんば通れたとしても、陰に陽に自分の手駒を戻ってこさせるよう、圧力をかけたりするでしょう。
そうでなくとも、その企業の人脈の一つ、つまりその場で駒にされるのがオチです」
でも、と苦々しい思いを滲ませながら、彼女は続ける。
「あの男に、ルーシーの護衛として士官学校へ入れられたことで、私は軍において人脈を獲得することが出来ました。
教官や校長だったりにはそれなりの地位の方々がいますから。
それに、父を快く思わない人達との繋がりも得られた。
だから、私は軍に限っては奴の思う通りに動かずに済むんです。
民間には、ずっと学生やって、駒として使われた私では、人脈なんてものはありませんが、軍なら、自由になれるんです」
「だから、軍に、か」
祐輔の相槌に、樱花はコクリと頷いた。
「…失望、されましたか?」
「え?」
「だって、身勝手な理由です。私は、私の自由の為に、誰かの命を奪うことを良しとして、ここにいます。
見知らぬ誰かの、多くの人生と、私自身の自由とを天秤にかけて、ここにいます。
とても、利己的な人間です。
祐輔さんは、私に優しいと言ってくださったこともあります。
でも、私はそんな人間じゃないんです」
祐輔は、言いしれようのない罪悪感に襲われていた。
その言葉は、樱花と親しくなる為に放った言葉に過ぎなかったから。
優しくなんてない、と嘆く樱花の前に立つ自分は、そんな彼女と対等でいることすら烏滸がましい人間だったから。
「…なら、どうして話してくれたの?」
胸中の感情を押し殺しながら、尋ねる。
「貴方には、嘘を付きたくなかったから、です」
まただ。
俺はこの娘を利用しているだけなのに。
高鳴っては行けないのに。
本当に利己的な人間は、自分なのに。
「そう。…やっぱり優しいよ、君は」
それは祐輔にとって、間違いなく本心から出た言葉だった。
「だって、言い訳一つせずに、自分の罪と向き合ってる」
「いえ、きっと優しい人なら、自分を犠牲にするでしょうから…」
「少なくとも、俺よりはずっと、善い人だよ」
祐輔は自嘲を浮かべながら、そう言った。
「俺は、家族を守る為に、多くを犠牲にすることが耐えられなくて、平等派に与えられた使命を、自分に落とし込んで逃げた。
……平等派の、俺の前言った目的も、嘘じゃない。
本当にそうしたいと思ってる。…でも、最初は、彼らの駒となることを決めたのは……俺が罪から逃げる為だった。
向き合いたくなくて、建前に逃げたんだ」
だから、と祐輔は苦悶を浮かべる。
こんなこと、言うべきじゃないのに。
まだ、樱花が100%李強に情報を流していないと確定したわけじゃないのに。
何故、止まらないんだ。
俺は、君を騙してもいて―――
最後の一線。その言葉だけは漏れずに済んだ。
しかし、祐輔は、誰にも言ったことのかなかった苦悩を、彼女に漏出させてしまったのだ。
「…祐輔さんは名誉の出で、家族もかかっています。私は、別に軍に入らなくとも生きては行けますから、同じではありませんよ。
貴方は、生きるために必要なことをされているだけだと私は思います」
逆に慰められていることに気付き、更に祐輔の胸は苦しくなった。
「…同じだよ…結局これは、俺が選んでしまった明日だから…」
そうだ。明日。
俺はあいつとは、基之とは違って、諦める明日を選んだんだ。
「明日、ですか。…でも、選択肢のない選択に責任は発生しない。少なくとも私はそう信じてますよ」
「選択肢ならあった…。その手を振りほどいたのは俺だ。あいつの手を、取らない道を選んだから…」
そこまで吐き出して、ハッと祐輔は我に返った。
「ご、ごめん!こんな話。折角食事の前なのにな!」
無理に元気を出しながら、彼は精一杯の造った笑顔で樱花に向き直った。
「…構いませんよ。漸く貴方の奥が、少しながら見れた気がしますし」
優しく微笑む樱花に、思わず仮面が剥がれそうになる。
だが、祐輔は自らを叱咤し、背筋を伸ばした。
「いや。何か別の話を…。そもそも何の話だっけ。…ああ、そうだ。テレビの話だったね」
「…祐輔さん」
遮られ、祐輔話口を噤む。
「蒸し返すようで申し訳ありません。…でも少し気になっちゃって。ああ、違うんです。罪がどうとかそんなことを聞くつもりも言うつもりもありません」
どうやら、一瞬にして険しい形相となってしまったようだ、と祐輔は彼女の反応から気付き、表情筋を整える。
「たまに、祐輔さんとの会話でも出ていたご友人と、先程の手を伸ばしてくれた方、というのはひょっとして同じ方ですか?」
「何で分かったの?」
驚きの方が勝り、祐輔は意識せずその問いを発していた。
「いえ、何となく?でしょうか。ご友人の話をされる時もそうですが、何か、大切なモノを見るようなお顔をされるので」
「…よく見てるんだね」
樱花は少しだけニコリとし、祐輔の呆れも混じった評価に応え、言う。
「とても、良いご友人なのですね」
「ああ。親友だよ」
「今もご連絡を取られたりしているんですか?」
先程の祐輔の呻きからして、恐らく関係は途切れているだろう、と予想することも出来るが、樱花は友人の話をする祐輔がこれまで楽しそうな顔をしていたことから、今も関係が続いているのでは。と考えたのである。
「いや、あの時以来一度も」
祐輔は、これ以上話す訳にはいかないことに気が付いていた。
基之、レジスタンスと友人である、と誰かに話す等、リスク以外の何物でもない。
ましてや、李強の娘に。
いや、でも彼女なら。
何を都合良く。
祐輔の思考は定まらない。
樱花を信頼してしまっている自分と、利用しているのだと叫び続ける自分とが、せめぎ合っているのだ。
「…今日行く所は完全個室で、盗聴の心配もありません。偉い人達が会食に選ぶ場所なので」
祐輔は思わず、見開いた目で樱花を見る。
「お聞かせ頂けませんか?祐輔さんの親友のこと」
恐らく、自分が何を懸念しているのか察した上で、言っているのだろうと悟った祐輔は、諦めたように頷いた。
「でも、そんなに面白い話じゃないよ」
「その方のことを話されている祐輔さんが、一番楽しそうですから。
折角の時間、少しでも良い気分になりたいじゃないですか」
やっぱり、優しいよ君は。
そんな言葉を呑み込みつつ、祐輔は樱花の跡を付いて、件のレストランへと向かうのであった。
完全予約制で個室のレストランに到着した二人は席に付き、暫くの間は食事に集中することになった。
だが、コース料理である故に待ち時間は多くなる。
そのタイミングに、祐輔は基之との思い出を、名前は出さないようにしながらも、樱花に語った。
やがて彼女は、当然とも言うべきか、やはり親しい友人同士の思い出を聞いていると気になってくることを尋ねた。
「お二人がそんなに仲良くなるきっかけって、どんなことだったんですか?」
「もっと面白くない話になるよ?」
「貴方の懐かしそうな、楽しそうな顔を見てるだけで充分です」
言われた祐輔は、少し顔を赤らめながら目を逸らした。
「…分かったよ」
祐輔は、今も鮮明に思い出せる出会いの記憶を反芻しながら、基之との記憶を語りだすのだった。
「俺とあいつが出会ったのは中学の2年生も終わり頃になった時だった」
Tips 報道について
中央テレビは派閥的な繋がりがない、とは言っても当然ながら国家、政府からの統制は受けており、起源国そのものに対する疑義を呈することはないし、許されていない。
そして、他の局に関して言えば、種々の派閥の代弁者、プロパガンダ機関に過ぎない。
復讐派に同調するメディア、平等派的なメディア。
それぞれがそれぞれの代弁機関を有し、扇動合戦を、国家理念に反さない限りの激しさとデマでもって繰り広げているのだ。