代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第三十話 出会い

 

天暦148年(西暦2687年)2月

 

青木祐輔は、雅緂(かだん)市にある中学校の一つ、第三市立中学校へと転校して来た。

彼の父は州の政治家であり、とある政党に所属している。

そして、来年、議会選挙が行われる。

彼の父は、党の選挙戦略に基づき、選挙区の変更を命じられていたのだ。

半年以上の居住実績と住民登録によって立候補が認められるようになるため、この微妙な、間もなく学年の変わろうという時期に引っ越すこととなったのだ。

彼の父、健吉は暴力的かつ、時代錯誤な家父長制の申し子である為、家族を半ば無理矢理同伴させた結果である。

 

しかし、こんなことには祐輔も慣れており、それ自体は最早何の感慨も抱かなくなっていた。

だが、今回は特殊であった。

クラスの人間と仲良くなれないなんてのは当たり前で、それも気にすることではなかったが、どうも、変な時期に来た転校生だから、という理由以上の何かで避けられている事に、三日ほどで気が付いた。

 

無視。

彼の言葉は空に舞い、誰も反応を返さない。

それだけではなく、1週間もするとモノが隠されるようにもなった。

 

いじめ、かな?

祐輔は自身のおかれた状況を察しつつも、しかしかなりの程度楽観視していた。

まあ、変なタイミングで政治家の息子が転校してくればそんなこともあるだろう、と。

不快感や怒り、苦しさを感じなかったわけではないが、家ではもっと酷い父の圧に耐えているせいか、この程度では大した問題にならなかったのだ。

 

だが、彼を虐めると決めた主犯らにとっては面白くない。

淡々と事後処理をして何事もなかったかのように振る舞い続ける"生意気な奴"に腹立たしい思いを抱いたのだろう。

徐々にそれはエスカレートしていった。

 

モノが消える頻度が高まっただけでなく、彼の授業用タブレット端末の充電器が抜かれて、結果授業で使えないことがあったり、直接的に画面を割られていたり。

未だに存在する紙の教科書をそうした事態に対応する為持ってきていたが、そちらもほんの少し目を離した隙に奪われ、水浸しとなったりした。

 

これにはさすがに祐輔も応えた。

バカな連中の行為そのものではなく、こうなってくると家族に隠すことが難しくなるからだ。

母は心配した。

それはまだ良い。

心配はかけたくなかったが、仕方ないと思えていた。

だが、祐輔の父は虐められるような軟弱な奴だと彼を罵り、あげく手を上げた。

祐輔は心中穏やかではなかった。

本来責めを負うべき人間に怒りをぶつけることなく、目前の弱者を槍玉に上げる父に対して、ドス黒い感情をも抱いた。

 

そんな日々が続いていたが、ついに連中は直接的な手段に出た。

もう、祐輔も覚えていないが、なんだかんだと因縁を付け、祐輔に暴力を振るったのだ。

その時、彼は初めて愚行の考案者の顔を知った。

 

後で、クラス名簿から名前を調べると、父、健吉のライバル候補、その息子であることが分かった。

愚かな彼は父親から吹き込まれていたのだ。

健吉がいかに悪い政治家かということ、そして、自分が当選する為には健吉が邪魔で、何か彼の人気を落とせるモノが必要だということを。

 

しかし、その愚息は、余り頭が良くはなかった。

健吉の息子に健吉、とはいっても父親から聞いたイメージの悪辣なる政治家、に対する憤りや侮蔑をぶつけたのだ。

そして、自分が主犯だと適当なタイミングで明かし、怒った祐輔が自分に殴りかかるところでも撮ろう、と画策したのである。

だが、祐輔の余りの無反応に彼の愚かさは抑えを効かすことが出来ず、直接的な暴力へと発展した。

最早その時点では、愚かなりの策謀も、計画もなく、ただただ動物的な衝動があるのみとなっていた。

 

祐輔も、毎日身体に痣を付けられるのは勘弁願いたかったが、健吉はそれでもなお息子の身を省みることはなかった。

自分の息子が虐められている、等と世間に知られたくない。

彼はそう考えていた。

健吉は、強い市民、精神的にも肉体的にも、を掲げ、スポーツ、だけなら良いが、伝統的なマッチョイズムを推進することで一部右派の人気を博していたのだ。

それ故に、息子の軟弱さを知られるわけには行かなかった、というわけである。

 

学年が上がっても虐めは止まなかった。

虐めを把握していてか、把握していなくてかは祐輔の知る所ではなかったが、主犯格と同じクラスになってしまったのだ。

クラスも変われば、収まる可能性はあった。

クラスの人間はガキ大将かつ政治家、しかも州政権与党の息子、に逆らうことが出来ず加担していたのだ。

ただ彼のその権威も学年全体に及ぶわけではなかった。

元々人望がないため、普段関わりのない人間はわざわざ従う義理もなく、クラスも違えば危害を加えられることもあまり無いので、クラスの外には殆ど一切の影響力がなかったのである。

だから、クラスが違えば逃れられた可能性は充分にあった。

現実はそうならず、後1年、最悪な日々が続くことを祐輔は知ったのだ。

 

さすがに始業式では問題も起きず、平和的に終わったが、授業の始まると同時、再び彼は地獄に落とされた。

 

だが、1週間ほどして、転機が訪れる。

それはそれは、大きな転機が。

 

「あれ。君、確か同じクラスの……青木くんだっけ?」

 

1週間の間に大抵のクラスの人間は事情を把握し、良くて祐輔を遠巻きに傍観するのみとなっていた時、放課後、隠された筆記用具を探すためゴミ箱をひっくり返していると、そう声をかけられた。

 

「…え…と」

「ああ。突然ごめん。俺、同じクラスの日野基之。始めましてだよな。始業式の日に丁度流行り病にかかっちゃって休んでたんだ」

 

あはは。と苦笑する基之。

祐輔はなるほど。それなら自分の置かれている状況を知らない訳だ、と納得し、可能な限り相手にしていないかなような突き放す態度でボソリと言う。

 

「そう。…特に用がないなら行ってくれる?」

「…ゴミ箱ひっくり返してどうしたのかと思ってさ」

「何でもない。…間違えて捨てたプリント探してるだけだから」

 

自分と話したことが知られたらきっと、日野君も奴等に脅される。

無関係な人を巻き込みたくはない。

早く、行ってくれ。

 

そう願いを込めながら、不機嫌そうな息を漏らし、基之をとにかく離れさせようとした。

だが、基之はむしろ隣に膝を付き、「手伝うよ」等と言ってきたのだ。

 

「良い。直ぐ見つかるから」

「片付けるの大変だろ?」

「……」

 

否定は出来ない。

実際かなり内容物としては一杯になっていたので、戻すとなれば一苦労だろう。

よくもまあ、こんな量のゴミの奥に隠すものだ。と、いじめっ子共の無駄な労力に変な感心すら覚える。

変に断り続けるのも不自然か。それにもうアイツラは帰ってるし…。

 

祐輔は諦めて、基之の申し出を受けることにした。

 

どうせ、明日、明後日にはもう関わらなくなるんだ。構うものか。

 

投げやりになりつつ、ガサガサとゴミを出していく。

 

「あ…」

 

基之の声に視線を向けると、そこには祐輔の筆記用具が握られていた。

 

「…」

「随分新しいのに」

 

不思議がる基之。

その彼と視線があった瞬間、祐輔はパッと目を伏せた。

先に見つけられてしまった。不味い。

そんな感情が顔に出ていた自覚があったのだ。

 

「…もしかして探し物はこれ?」

「………うん」

「そう。見つかって良かったな」

 

特に深掘りしてくることもなく、基之はそう言ってから祐輔に筆記用具を握らせると、散らばしたゴミを片付け始めるのだった。

 

色々聞かれるかも、と思った祐輔にとっては意外であったが、しかし、安心もしていた。

 

それでその日は終わった。

これだけなら、いつの日か記憶から消える日だっただろう。

だが。

 

「やあ。おはよう」

 

祐輔は、机やらに朝から落書きだったりをされないように一番早くに登校するようにしている。

だが、その日は2番手だった。

始業時間の40分前だというのに、彼はいたのだ。

 

「お、おはよう」

 

思わず普通に挨拶を返した祐輔は驚きつつも自分の席へと向かった。

 

「随分早いんだね」

「日野君のほうが早いじゃん」

「確かに。俺は早く起きすぎちゃってさ。そっちは?」

「…別に。どうせやることないから」

「ふーん。そっか」

 

それ以上、その時間、基之が祐輔に話しかけることはなかった。

 

また、ない。

今度は体操服。

毎度毎度よく飽きないな。

そう思いつつ、慣れた様子で祐輔は候補地を潰していく。

 

「はあ…」

「探し物はこれ?」

 

背後からの声にビクリ、と祐輔が驚き振り向くと、彼の体操服を持った基之が立っていた。

 

「な、何で…!」

「隣の校舎のトイレに落ちてたよ」

 

今日はそっちか。等という感想も過ったが、しかしそれより重要なことがあった。

 

「だ、ダメだよ!」

「何が?」

「俺に関わらないほうが良い。知ってるだろ?君もどうせ!」

「あー。知ってる。というか察した?…でも、それがどうしたの?」

「だから!君まで巻き込まれ――」

 

そこまで言ってから、彼は背後に気配を感じ、口を噤んだ。

 

「よう。祐輔ー?友達か?」

 

奴だった。

虐めの主犯格、その人が立っていたのだ。

 

「…いや!た、たまたま無くした体操服見つけてくれたみたいで!…ね?」

 

祐輔の様子を見て、基之は自分に求められている答えを察していた。

だが、その通りに答えるつもりも毛頭なかった。

 

「困ってたみたいだから勝手に探したんだよ。それがどうかした?」

「なっ…!」

「へえ?そいつは良かったな祐輔。…お前は確か、休んでたんだやつか?」

「ああ、日野基之。よろしくな」

 

皮肉っぽい笑みを浮かべながらの自己紹介。

愚鈍な息子はしかし、その皮肉な声色には気が付かなかったようだ。

 

「忠告しといてやるよ!そいつに関わらないほうが良いぜ?…賢い奴なら、聞いときな」

「ご丁寧にどうも。でも、俺の交友関係に口出しは不要だよ。これでも良い奴かどうかは自分で判断出来る脳ミソがあるんでね」

「ほおー?そうかそうか。ま、好きにすりゃあいいさ」

 

ニヤニヤと笑う主犯格と、取り巻き達は祐輔に嘲笑するような視線を向けながらその場を去っていった。

 

「…ちょっ!何してるんだよ!」

「ああ。やっぱりあいつらが主犯?」

「やっぱり、って…?」

「今朝からクラスで色々観察してたんだけど、なーんかあいつらが変な動きしてるなと思った直後に、そいつらにけしかけられた男子が君の体操服持ってたんだよ」

「じゃあわかるでしょ?!君も巻き込まれる!」

 

それに対してニヤッと笑う基之に、祐輔は呆気に取られてしまった。

 

「やっぱり昨日は俺を遠ざけようとしてたのか」

「それは…その…」

「気を遣わせたくないからさ。これは俺の意志だ。俺があいつらにケンカを売る選択をした」

 

この同級生は何を言っているのだろう。

祐輔は困惑しつつも、彼の次の言葉を待つ。

 

「友達になってよ。青木祐輔君」

「…なんで?!」

「んー。他の奴等とは仲良く出来そうにないから、かな。見て見ぬふりどころか加担者の方が多い連中とつるむ気にはなれない」

 

屈託なく辛辣な評価を吐く基之に、祐輔は何故だか思わず、少しだけ、しかし、本当に久しぶりに笑いを溢した。

 

「君は?嫌かな…?」

 

この手を振りほどいたら、きっと1年の孤独が待っている。

それに、もし、見放されたら?

でも。いや、そうだ。もう巻き込まれたのだ彼は。自ら巻き込まれに来たのだ。

なら今更断っても手遅れ。 

見放すも何も、彼から一蓮托生になりに来たのだ。

断る理由を、見つけられない。

 

「ズルいよ」

 

少し笑った拍子に力が抜けたこともあってか、彼が意識しない内に、今まで溜め込んでいたものが水流となって頬を伝う。

 

「ズルくないさ。戦略だよ」

 

悪戯っぽい笑顔で言う基之が差し出す手を取り、祐輔は決心した。

 

「よろしく。日野君」

「基之で良いよ。祐輔」

「うん。基之」

 

それが、2人の出会いだった。

あの日から、祐輔は救われていた。

本来、真っ暗なはずだった1年を彩ってくれたのだ。

それだけでなく、彼は怯まず、時折愚鈍なる暴力者達に反撃することもあった。

 

祐輔は彼に聞かれたことがあった。

「先生は対応してくれないのか?」、と。

教員は事態をある程度把握していたが、対処はしなかった。

両方が虎の尾だからだ。

両者共に影響力のある政治家の息子。

しかも、被害者の父と加害者の父両方が大事にしないことを望んでいた。

それで、動くに動けなかったのだ。

 

それを聞いた基之は、教師が多少は動かざるを得ないようにしてやろう、と計略を練った。

基之が標的にされた時に、それは実行された。

学校に用意されている予備とほぼ同じデザインの道具を何度も学校に持参し、彼らに印象付ける。そして、タイミングを見て持参するのを止め、しかし学校からそれを借りて持ってきているかのように偽装し、標的とさせる。

これによって学校の備品を主犯格は破壊することになった。

勿論、基之は必要故に学校から借りていただけだ。

つまり、主犯格が破壊した、以外の事実は存在しない。

 

そしてそれが、それなりに高価なタブレット端末であったなら、学校としても多少は対応せざるを得なくなる。

こうした事を数度繰り返したことで、懲りない主犯格も大概だが、ついに学校も動き、主犯格は注意された。

彼の父にも話が行き、みっともない事で呼び出しを受けるなど!とでも激しく注意されたのだろう。

その後、少しばかり彼らの行動は控え目になった。

より過激になる可能性もあるように祐輔には思えたが、しかし、基之は初めからそうなることが分かっていたようだった。

だから信じたのだ。

 

後で、聞けば、主犯格のことをよく調べ、彼の父の性格についても様々な情報から当たりを付けていた、ということだった。

だから、結果は見えていた、と。

 

ただ一緒にいてくれる人がいるだけでも、充分過ぎる程だった。

だけど、基之はずっと自分がそうしたいから、と言いながら、俺の状況が少しでも良くなるように、と色々やってくれた。

反撃みたいな手段だけじゃなくて、他にも色々。

 

沢山遊んだ。

沢山話した。

沢山、協力して、下らない虐めを乗り越え続けた。

 

高校生になってからは、愚鈍な息子が成績優秀な二人と同じ場所に行けるはずもなく、自然に解消された。

 

基之は、基之の母、優奈が病気になった時、つまり二人が高校生になってから、祐輔に助けられたことを恩義に感じている。

だが、祐輔にとっては、それこそが恩返しだったのだ。

あの日からずっと隣にいてくれた。

少しでも祐輔の立場が良くなるようにと、しかし、恩着せがましくもなく、その本意を告げることもなく静かに、考え行動し続けてくれた基之に、感謝をしているからこそ、恩返しをしたかったのだ。

だから、父に殴られようと、基之に助力することを辞めなかった。

彼がそうしてくれたように、自分も身体を張るべきだと、そう思ったのだ。

 

基之はそれを恩に感じられることだとは思っていない。

むしろある程度自信があったとは言え、状況を悪くする可能性もゼロじゃなかったから。

そして、そうすることが、助力することが当たり前だと思ったから。

故に彼は、母の事があった時に祐輔に助けられたことを恩に思っている。

 

二人は互いに恩義を感じ、そして互いに、唯一無二の親友だと、そう確信しているのだ。  

 

 

「ん…?」

 

日野基之は、真っ暗な部屋で鳴動するアラームのスイッチを手で弄り、それを止めてからのそりと起き上がった。

 

「懐かしい夢を見たな」

 

もう今はずっと昔のことのように感じられる、僅か数年前の出来事。

目が覚めてもその事ははっきり覚えていた。

 

「祐輔。元気…ではないだろうけど…どうしてるかな」

 

ポツリとそう溢してから部屋の電気を付け、彼はモーニングルーティン、といっても今日の任務の関係上、時刻は昼過ぎだが、へと入るのだった。

 

 





Tips 青木健吉について
祐輔の父、青木健吉の所属していた政党はハヤブサ議会における極右背板であり、時代錯誤かつ、民族対立の火を煽りかねない程の過激な主張を掲げていた団体であった為、国民の大多数から忌避されていた。
それ故にこそ対立候補たるいじめっ子の父親は、そんな過激な健吉と競り合っている現状に憤り息子に愚痴を溢してしまったのだ。
しかし、想定外であったのは息子の愚かさであった、ということだ。

健吉の家庭内暴力は彼の家父長制的思考の影響は大きいが、しかし元より暴力に頼る人生を送ってきた為、性格による所が最も大きな要因である。
妻、つまり祐輔の母とは結婚するまでの間、本性を隠し、子供が出来てからその本性を顕した。
それ故に彼女は健吉から逃げることが難しくなってしまったのである。

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