代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
「…散々だな」
『青木祐輔少尉は起源国始まって以来初めての名誉出身者による超光速航行経験者となります。
この名誉は、彼のこれまでの事績を総合的に判断し、与えられたモノである、とのことで───』
李強にとって、青木祐輔の異動等、本来防ぎたい事象ではあった。
自らの手から有用な手駒が一つ消えてしまうのだから。
その上、駒のもう一つである娘の
彼としては、少々頭の痛くなることなのだ。
とは言っても、彼の直接の上司であるアナスタシア・クセナキスからの指示である以上、どうすることも出来ない。
彼女が、青木祐輔絡みの業務にフラストレーションを溜め続けていたことを把握もせず、気楽に構えていたツケ、とも言えるが、李強としてもまさかこうも早急に事を進められるとは予想すら出来なかった。
仕方のないことでもある。
「しかし…はあ。まあ駒はまだある。切り替えるしかあるまいな」
ニュースをBGMに彼の手元に残っている手駒を頭の中で数え、一先ず次の計画を練ることにした。
だが、その思考は徒労に終わる。
10分程経った頃、突然、ニュース映像にノイズが走り、乱れ始めたのだ。
『…ただい…ま、映像……乱れ……訳ありません…』
「何だ?」
今時映像電波の乱れなどそう起きるはずも無い。
無線に何か問題があっても数秒内に有線によるバックアップに切り替わるシステムが首府には完備されている。
その上、有線は地中深くを通されているのだ。邪魔をされようはずもないし、耐震も完璧、ましてや火山活動のあるところなどは避けて首府に直接繋がっている。
つまるところ、電波の乱れる要因等、そう多くはない、というわけだ。
電波を受ける建物で電気系統の工事が行われているか、何者かが回線を切断した。
あるいは──
映像が切り替わり、キャスターでも官僚でも軍人でも政治家でもない人間が映し出された。
その独特な、黒の素地に赤い線が袖に通った軍服に似通った装いから即座にそう判断出来たのだ。
『──我々は"地球帰還運動"である。人類は地球にのみ暮らすべきであり、かような外惑星を新たな故郷となすなど、不届き千万である。
我々は起源国を名乗る拡張主義者に警告する。
直ちに故郷へ帰れ。人類の住むべき場所はただ一つだ』
「起源民の反乱軍なのか?!」
どうせ名誉のナニかが"奪還政府"だかの様に立ち上がり、電波ジャックをしたのか、などと考えていた李強は驚き、立ち上がった。
『我々は直ちに行動を開始する。
手始めに、起源民諸君が新たに建設しつつある街、ニューバルセロナを破壊する。
我等を恐れよ、忘恩の徒共よ!』
映像はそこで切れたが、李強はその後即座に行われたキャスターによる謝罪は聞いていなかった。
軍人としての任を直感し、部屋を飛び出していた為であった。
「何であんな変な団体名乗ったんだ?」
「連中を混乱させるには良いと思ったんですよ。
敵の正体が分からなければ、対処方針を立てるのも難しいですから。
一応地球に実在するらしいので、効果はそれなりに高いと思いますよ。
そして今の隙に俺達は予定通り行動を開始する、というわけです」
坂東の疑問に答えつつ、基之は端末を操作し、連絡を取る。
「
『了解した。第二大陸、第三大陸でも同様に、しかし、組織名は異なる放送を完了させた。
同時に海底ケーブルも切断。
衛星はあるが、それなりに通信は混乱するだろう』
「ここまでは計画通りですね。
お互い把握している組織が違うなら、それぞれが想像する敵の目的も違う。応援を回そうにも見当違いになる可能性が高い。
その上、通信に支障を来すとなれば、更に連携は困難となるでしょう。
今が好機です」
『ああ。基之と坂東のチームはそのまま予定通り行動してくれ。…この戦い、絶対に勝つぞ』
建設中のニューバルセロナには実際にある程度の兵が送られ、既にそこでの戦闘は始まっているが、あくまでそれは陽動。
本隊は既に星京周辺に集っていた。
勝敏率いる第一軍、烏率いる第二軍を主軸に、基之率いる大隊や坂東率いる中隊等、複数の部隊が軍団を補助しつつ、星京に突入、制圧する流れだ。
だが、まだ突入は行われない。
先ずは各地での蜂起を確認してからとなる。
総督府を混乱させ、敵戦力を可能な限り分散させることが重要なのだ。
同時刻
第二大陸
事前に労働者等に偽装し、1週間以上の時間をかけ、少しずつ市街に侵入、潜伏していた鷹鸇構成員は、所定の場所に別ルートで隠されていた武器を手に取り、蜂起していた。
「保安隊はバリケードを張れ!名誉共で時間を稼げ!」
星城駐屯の起源軍部隊は、大通りを中心に電光石火の勢いで中心へと迫ってくる反乱軍に対処すべく、政府機関の集っている中央エリアに戦力を集中させていた。
「行け!名誉共!」
使い捨てとして扱われている名誉出身者の部隊をまず突撃させ、時間を稼ぎつつバリケードを形成、そこで遅滞戦闘を行うことで、援軍到着まで粘る。
それが軍の戦略であった。
だが、その動きは鷹鸇側に取って想定の範囲内。
名誉出身者が突撃を開始した頃、中央エリアのいくつかあるビルで爆発が発生する。
これで起源軍の動揺を誘い、隙を生もうと言うわけだ。
しかし、今までも似た戦術を多用してきた為、起源軍側の動揺は然程大きくはならなかった。
「隊長!奴等、部隊を移動させる素振りも見せませんが…!」
「問題ない」
鷹鸇側の部隊を率いる隊長は、報告を入れてきた部下を落ち着かせるようにそう笑う。
他の都市でも同じような状況となっている地区は幾つかあった。
そのどれもが鷹鸇のやり口を理解し、ただの陽動に過ぎない爆発を殆ど無視をするよだった。
第三星系総督府 星京 総督府ビル
「クセナキス中将。い、一体どういう状況なのかね…!?」
耳障りな響きを携えてやって来たその声に内心溜息を付きつつ、睨んでいた地図から視線を上げた。
「総督閣下。報告の通りです。各地で同時多発的な反乱が勃発。海底ケーブルの断線により、衛星を通した通信のみとなっている状況です」
「保安隊は何をしているんだ!!」
その叱責に関してはもっともな所はあり、クセナキスとしても反論が出来なかった。
「…現在、情報収集に努めていますが、衛星による通信のみとなり、民間の回線もまだ遮断出来ておらず、キャパオーバーを起こしているようで、大幅な遅延や混線が発生しています。
現在、部下達に民間通信の大部分を遮断させるよう連絡をしていますが、あと1時間以上はかかるでしょう」
「首謀者も分からないのか?!」
「はい。いいえ。閣下。現在の情報から推測すると、幾つかの組織が同盟を結び、同時多発テロを実行した可能性があるようです」
「なに?!」
動揺を隠しもしない総督、サミュエル・デュシャンは不安そうに腕を組み、部屋をぐるぐると動き回っていた。
「閣下もご覧になられたかと思いますが、この大陸で流された放送はどうやら、他大陸では流れておらず、別の組織が名乗りを上げたようなのです。
故に、敵の狙いを定めきれず、援軍を送るとして何処に送るべきか、と議論していたところです」
「組織の数はどれだけ把握している?」
「凡そ、四つです。地球帰還運動を名乗る勢力。人民民主同盟を名乗る地球で指名手配されているテロリストグループ。平等派の中でも最過激派であり非公式、かつ捜査中の国家公正化委員会。
そして、新ハヤブサ奪還政府、です」
「起源民も名誉もごった煮というわけかね」
「ええ。そういうことになりますね」
ドスドスとクセナキスと部下達が囲む電子地図に歩み寄ったサミュエル総督はそれを数十秒程睨みつけると、こう言った。
「規模で言うならば人民民主同盟が最も巨大だ!連中の狙いは起源国の民主化だそうだ。つまり首府が狙いに違いない!」
「閣下。いずれ首府が狙われることは確定的ですが、ここは地球ではありません。通信網を混乱させている以上、首府の陥落を優先させる理由は無いでしょう」
何と単純な思考か、と呆れたクセナキスが窘めるようにサミュエルに言ったが、サミュエルはそれで収まりはしなかった。
「では何故、奴等はわざわざこの星で蜂起した?!
きっと交渉材料にでもするつもりだ!」
「!…何故…ああ、確かに、そうですね」
かつて優秀だったというサミュエル。
なるほど。確かにそうだったのだろう。
クセナキスは彼の視野に狭窄へと落ちていた自らの思考を開かれ、僅かに、目の前の今はくたびれてしまったその男を見直した。
「もしかして、奴等は実は一つの組織なのではないか?」
サミュエルの言から思考を広げたクセナキスはそう呟く。
「まさか。それにしては連携がおざなりです。
別組織が同盟を組んでいるとしか思えませんが…」
部下の一人がそう反論したが、サミュエルはむしろ、クセナキスの案に頷く所があったようだった。
「なるほど。確かにそうなのかもしれないな。
あえて複数組織が反乱を起こしているように見せかけ、我々を混乱させようとしているのかもしれない」
「その可能性はありえますよね。……いや、しかし、それを証明する手立てがありませんね…何れにせよ連中の最終目的が那辺にあるのかは特定出来ない」
クセナキスはサミュエルの、これまでに彼女が見たこともないような明晰な様に驚きつつ、そう思考していた。
ああ、そうか。
彼女は、ぐるぐると回る思考の渦の中で、反乱への対処とは別の疑問に対する答えに思い至り、一瞬、そちらに思考が寄ってしまった。
サミュエルにとってもこれは地位を失いかねない一大事。
だからこそ、保身の為にその残された才を燃やし能力を発揮しているのか。
サミュエルのいつにない明晰ぶりに対する解に、それならば好都合。彼も戦力として数えられる。
いやむしろ、混乱している参謀連中よりも今は使い物になる。
そう判断し、同時に再び、軍の動きについて思案を戻した。
何れにせよ、首府の守りを固めるべきか、各地へ増援に向かわせるべきか決断せねばならない。
奴等の狙いは?最終的に首府を狙っていることは敵が何であれ確定的だ。
だが、先程クセナキス自身がサミュエルに言ったように、優先的に首府を狙う理由は"起源民"の組織なら無い。
しかし、もし、そうでないないら?。
地球組織の分派が起こした蜂起に見せかけた名誉の、ハヤブサ人による蜂起なら。
首府、星京を狙う理由は充分にある。
そして更に、複数組織と見せかけた一つの組織によるモノなら、恐らく主力を首府から分散させることが狙いなのだろう。
各組織の各個撃破を狙わせ、手薄となった首府を襲う。
クセナキスはそこまで考え、しかし、と行き詰まった。
敵が本当に"起源民"地球組織によるモノであった場合、その限りではないし、クセナキスの予想通りであったとしても、敵がどの程度のスパンで作戦を立てているかによっても、やはり判断は変わってしまう。
起源国が最終手段として核による完全掃討を持っていることは誰もが知っている。
故に、数年かけた作戦は立てられないはずだ。
とは言っても、先年に"奪還政府"の蜂起が数カ月程度ならば大きく領域を制圧したところで核は使われないことを証明してしまってもいる。
つまり、数カ月〜一年程度の余裕を敵は持てるのだ。
もし、数カ月、一年以上の時間をかけての作戦であった場合、敵の最終目的が首府であっても、そこに主力を固め続けるのではなく、各地の鎮圧に動かした方が効果的だ。
逆に、超短期決戦なら、首府に固めるべき。
現状、それを特定出来る、推測出来る情報は何もない。
だが、情報が入るまで待ち続ける事も出来ない。
事態は今も、刻一刻と変わっているのだから。
クセナキスは、考えに考え、決断を下す──。
「閣下。ご提案があります」
第三星系総督府 第五指定居住区
この居住区にも鷹鸇の攻撃は及んでいた。
星京のある首都島、そこを臨む海岸都市、雅緂市は兵の増援を送るに際して使う候補地の一つとして定めており、攻略の為、兵が差し向けられている。
それ故、市の近郊に位置する第五指定居住区、"
「マーカス少佐、やりましたね」
ジュノ中尉の言葉に、マーカスもしてやったりとばかりに頷いた。
"鷹鸇"が大きな動きに出ると推測、というよりも直感し、近郊より兵を集めていたことが功を奏し、彼等の攻撃を指定居住区外縁で食い止めることに成功していた。
むしろ、ある程度押していると言えるだろう。
彼らの予想が的中したことを、二人は喜び、そして安堵していた。
元々の兵力では対処が難しかっただろう程度には多くの敵が押し寄せていたからだ。
勿論、タレコミのあった武器取引場にも兵を送っている。
そちらは既に、ダミーであることが確認済みだ。
それ故、マーカスは多少気を大きくしていた。
奴等の裏をかいたのだ、と。
してやった。これで漸く一矢報いる。いや、追い詰めることが出来る、と。
だが、彼の想像は誤りであった。
鷹鸇にとって雅緂ゲットーは数ある制圧地の一つであり、もっと言えば、雅緂市に増援を向かわせられなければそれで良い、つまり、制圧出来ずともゲットーの兵を引き付け続けられれば良い、という場所に過ぎなかった。
マーカスは指定居住区という自身の職責の範囲においては勝利したと言えるだろう。
だが、しかし、彼は想像もしていなかった。
まさか、雅緂ゲットーのみならず、全惑星に渡って鷹鸇が蜂起していたなどとは。
そして増援として兵を引き抜かれた他の居住区や都市は当然その分手薄になり、鷹鸇による占領、解放を易からしめた。
むしろ、兵を引きつける、という意味では、図らずもマーカスは鷹鸇を利してしまったとすら言える。
指定居住区を守る。
その彼に課せられた使命を守るには正しい判断であり、現場の指揮官として最大限の努力をしていた。
だが、惑星全体に渡る視野の広さを彼は持たず、この攻撃がまさか、首府を陥とす為の一貫、ついででしか無いとはついぞ思わなかったのだ。
それは彼が"名誉起源民"を見下し、指定居住区一つの解放に全力を尽くすような無能だと深層意識の何処かで思い込んでいたが故であり。
そして、彼自身の能力の限界点でもあるが故であった。
雅緂ゲットーは、この戦いに置いて、最後まで陥落することはないが、しかし、ただ、それだけに留まることとなるのだった。
Tips 起源国民における反乱活動
基之が名前だけ利用した地球帰還運動を始め、起源民、つまり地球人が起源国に反旗を翻していることは珍しくない。
民主化を求める勢力、極々少数ながら、地球統一前の国家を取り戻そうとする勢力、或いは宇宙植民に反対し、地球に全地球人は帰還するべきとする勢力。共産主義勢力。
地球帰還運動等の代表例を除き、殆どは少数ではあるが、様々の形で起源国に反対する勢力は地球や起源民の居住するエリアに潜んでいる。