代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第三十七話 人道主義者達

 

サミュエル総督が休憩を宣言してから1時間近く経過した頃、既に会議に参加していなかった末端の者でも、総督府ビルにいる者であればクセナキスの提案を噂として知るに至っていた。

 

「…それってさ、俺の家族どうなるのかな」

「そりゃあお前…」

 

不安そうな兵らの会話を物陰で聞く人影。

その人影はゆっくりと歩み出て、彼らから自らを知覚させるように動き、言葉を交わしていた。

 

更に15分後。

間もなく会議が再開されようという時間になっていたが、クセナキスは構うことなく急ぎ足で、かつ武装した兵を数人伴って総督執務室の扉を蹴り開ける。

 

「閣下!」

「ああ、聞いたのかい?」

 

落ち着き払ったサミュエルとは対照的にクセナキスは肩で息をしていた。

少し前までとは正反対の状況だ。

 

「閣下が降伏勧告を受け入れようしていると聞きましたが?!どういうことです?」

 

その話を部下から報告されるまでは逃げ出さず留まっているサミュエルを見直し、再評価していただけに彼女は勝手にではあるが、裏切られた想いも抱いていた。

今や彼女のサミュエルに対する評価は地の底に落ちている。

 

「そのままの意味だ。無意味に犠牲を増やす必要はない」

「閣下!叛乱軍に屈するなどあり得ません!本国が奴等を鎮圧する手助けを我々は成さねばなりません!」

「まあ落ち着きたまえ。私は君より少し長く生きている。多少は経験という知恵を身に着けているつもりだ。人という生き物について、君よりも詳しい部分がある。

だから、彼らと交渉し──」

「いい加減にして下さい!貴方の言い訳はもう沢山です!我が身大事で国家を裏切るおつもりか?!」

 

クセナキスの物言いに、サミュエルは怒るでもなく苦笑した。

 

「手厳しいな。しかし、否定はしないよ」

 

そして、と彼は続ける。

 

「君が起源国の為なら命を惜しまないこともよく分かっているつもりだ」

 

でもね、と視線を外し、サミュエルはクセナキスを説得するというよりは、まるで独語するかのような調子で言う。

 

「私ほどに薄汚れていなくとも、多くの者は君程に覚悟が決まっている訳でもない。それは理解しているだろう?」

「ええ。しかし、それがどうかしましたか?軍人たるもの、国家の為に命を散らすことを覚悟しているべきです。個人の心情など関係ない。覚悟している"べき"なのですから、無意味な議論です」

 

それに、と彼女はサミュエルを睨み付けた。

 

「軍人は上官の命に従うものでもあります。部下1人1人がどう思おうとどうでも良いことです」

「ならば私の命令を聞いて欲しいものだがね」

 

サミュエルの皮肉をクセナキスは鼻で笑い飛ばした。

 

「私の信念とは無関係に、そもそも貴方は私の直属の上司ではありません。私の直属は統合大臣であり、ひいては執政官閣下ですから」

「なるほど。道理だ」

 

しかし、だ。とサミュエルは諦めない。

 

「軍人以外も多く犠牲になる。彼らは覚悟など持っていないし、持つべきと言える者達ではないだろう?」

「時に、国家の為には少数の犠牲を覚悟せざるを得ません。大多数の起源市民の為にも、一部の市民には尊い犠牲となって頂きます。

"逃亡者"に屈するよりは、きっと何倍もマシなはずですし。

…それと、閣下が何を仰っしゃろうとも、最早自己保身の為の言い訳にしか聞こえませんね」

「これはまたまた手厳しいな。まあ、私の今までから考えれば当然か」

 

サミュエルは苦笑いしつつも、クセナキスから今度は視線を離さない。

 

「だがね、クセナキス中将──」

「もう良いでしょう?閣下」

 

クセナキスはそう深くため息をつくと、手で背後に控える部下に合図を出した。

 

「閣下。貴方を逮捕致します。敗北主義者に総督府を率いて頂くわけには行きませんから」

「罪状は?」

「"逃亡未遂"。

証拠は不要でしょう。貴方ならやりかねないと皆が思うでしょうし、数時間後には何も残っていないでしょうからね」

「なるほど。やはり、ダメか」

 

残念そうに肩を竦めるサミュエルに侮蔑を向けながらクセナキスは部下らに指示を出した。

 

「確保しなさい」

 

チャキリ。

銃身が放つ独特の金属音がクセナキスの耳に届く。

瞬間、彼女は理解した。長年の勘によって。

その銃口の向けられている先が、サミュエルではないことに。

 

「何のつもり?」

 

彼女の背に、後頭部にこそ、銃口は向けられていたのだ。

 

「申し訳ありません。中将…」

 

苦悶に歪みながらも、しかし、銃口を降ろそうとはしない彼女の部下の様子を見、クセナキスは激昂した。

 

「何をしたサミュエル!!」

「何も?…ただ少し話しただけだよ。迷える部下達とね。言っただろう。君より少し長生きしているから、人という生き物について君よりも詳しい、と」

「何?」

 

クセナキスは全く意味が分からず、ただ眉をひそめる。

 

「簡単なことだよ。皆、君程に強くはないというだけだ」

「まさか…」

「この街に、或いは鷹鸇がいる他の街に、彼らの家族が、友人が、恋人が暮らしている。

そうした大切な存在をこのまま死なせることは出来なかった。そういう訳だよ」

「唆したのか?!弱みに付け込んで!」

 

サミュエルはいいや、と首を振る。

 

「言わずとも、彼らは此方に傾いていたよ。

君は国を、祖国を守るためと言うがね、この街もこの星も、所詮この数年しか思い入れも、我々にとっての歴史もないんだ。

地球本星ならいざ知らず、そんな虚ろの祖国の為に、実存する守りたい者達、大切な、愛する人々を犠牲にするなんてのは、簡単なことじゃあない」

 

だから、とサミュエルは物悲しげな表情を浮かべる。

 

「彼らは選んだんだよ。実感のない祖国よりも、実際上の尊ぶべきモノをね。

彼等を責めてやらないで欲しい。

彼等も必死なんだよ。私なんぞに従う程にはね」

 

その言葉に被さるようにして、クセナキスの部下、だった者たちの絞り出す声が響く。

 

「中将閣下…!どうか、諦めて頂きたい…!我々とて、こんなことは!」

「……それは無理な相談ね。"逃亡者"なんかに負ける訳にはいかないのよ」

 

サミュエルは残念そうに頭を振る。

 

「そうか。残念だよ。クセナキス中将。

…私は確かに、君の思っている通りの汚い人間さ。

自己保身にしか興味のない人間だ」

「偉そうに言っておいて、貴方にはいないのね、尊ぶべき方は?」

「ああ、とうに君らに奪われてしまったからね」

 

サラリと返され、クセナキスは言葉に詰まった。

 

「…別に今更恨みを晴らしてやろうとは思わんさ。

でもね、私にはもう、この身しか残っていないんだよ。

残されたモノを後生大事にしているだけ。

ただ、それだけなんだ」

 

クセナキスは言葉を探すが、それよりも先に、サミュエルが再び口を開く。

 

「果たして、恋人や家族を守る為に大義を捨てることは罪なのだろうか?果たして、友を見殺しにする大義に唯々諾々と従うことは"正義"なのだろうか?

見えない、見えにくい、巨大な虚像に誓う忠誠よりも、見える場所にある尊き存在を優先してしまうことは、悪になるのか?」

 

答えを、サミュエルは望んでいたわけではない。

そのまま間を置かずに言葉を紡ぎ続けた。

 

「君にはないのか?国家に対する忠誠も立派だが、彼等のような、等身大の大切な存在は」

「…………」

 

クセナキスの閉じられた瞼の裏には、かつて遊んだ公園や、毎日のように通ったパン屋、そこにいた、当時の彼女から見れば、とても大きな、大人に見えていた女性。

そんな情景が浮かんでいた。

 

「…ない。私にとっては、祖国足る起源国が全てだ」

 

そうだ。あの情景だって、突き詰めれば起源国。

地球にある故郷なのだから、何も間違っていない。

内心そう言い聞かせながらも、彼女は表面上、そう強く言い切ったのだ。

 

クセナキスの答えにサミュエルは「そうか」と彼女の態度から察し、訳知り顔に頷く。

 

「でも…皆の気持ちは分かったわ。…だからといって、受け入れる気はないけれど」

「うん。そうだろうね。だから、君を逮捕する」

「罪状は…って聞くまでもないかしら」

「ああ。"反逆罪"だ。彼女を執務室か官舎の部屋にでも軟禁しておいてくれ」

 

え。と意外そうな表情でクセナキスの両肩に手を置く部下が尋ねる。

 

「留置施設ではなく、ですか?」

「どうせ数時間後には我々は全員牢の中だ。

変わるのは、大切な人達を救える可能性があるか、確実に全員死ぬか、ということだけだ。

だから、構わない」

 

神妙に頷いた部下の手によってクセナキスは連行されようとする。

しかし、彼女が後ろを振り向き、言葉を発した為、彼等も動きを止めた。

 

「最後に一つ、良いかしら?」

「何だ?」

「私がこの子らををここに連れてくると分かっていたの?」

「まさか。皆と話しただけだよ。君の方針に不安を抱く者、皆とね」

 

クセナキスは、フッと微笑する。

 

「やっぱり貴方は有能な人なのね。残念だわ…」

 

かつて優秀だった男。

ただ自己保身に長けているだけで、情熱のない男。

しかし、それだけには、見えなかった。

クセナキスにも、その場にいた部下達にも。

 

「私は有能などではないさ。ただ、少し経験を積んでいるだけ」

 

初老の総督はそのまま、連れられていくクセナキスを見送るのだった。

 

「閣下は何故、残って降伏をなさろうと?」

 

部屋に残った一人の部下にそう尋ねられ、サミュエルはニヤリ、とした。

 

「自己保身だけを考えているなら逃げている筈だ。そう思ったか?」

「いえ、その…」

「構わんよ。その通りだしな。

しかし、逃げるとして何処に?という問題がある。

惑星から出ようにも既に大気圏内は制圧されている。

ハヤブサの何処かに潜んだとしても何れ見つかるだろう」

 

ならば、と彼は天井を、いや、それを通して空を見上げた。

 

「これが最も、生存確率が高いと判断したまでさ。

戦えば間違いなく死ぬ。

逃げても、起源国、叛乱軍両方から追われるようになる。

なら、ここで降伏を受け入れ、交渉するのが一番だ。だろ?」

「はい…。そうですね」

 

サミュエルの目は、ただ生存だけを考えている男のモノではないように見えた。

もしかすると、彼は今、この火急の事態となり、かつて眠らせた才覚を完全に呼び起こしたのではないだろうか?

部下は、そんな感覚を抱かずにはいられなかった。

 

そして、前回の会議から1時間半が経過し、一人を除いて全員が部屋へと集まったことが確認されると、サミュエルは彼の考えを皆に共有した。

殆どは既に先んじて話を聞いていたこともあり、その点での動揺は広がらなかった。

 

しかし、この場からいなくなった一人の女性の存在は、多少のざわめきを生んだ。 

クセナキスの運命を察した参加者達は遅れてきた驚愕でもって、無能だと思い込んでいた総督の顔を見る。

 

彼は、無能でも無気力だったのでもなく、ただ、その能力を今まで活かしていなかっただけなのだと、クセナキスに遅れること甚だしく、漸く気が付いたのだ。

 

参加者達は、総督の決定に最早、ただ従うことしか出来なかった。

いや、正確には個々人によって態度は異なっているが。

クセナキスと同じく、徹底抗戦を考える者は苦虫を噛み潰しながら。

サミュエルに従った部下達と同じく、愛する者を切り捨てられずにいた者達は、ひっそりと安堵の息を漏らしながら従った。

 

両者共に理解していたのだ。

少なくともこのビルにいる下の兵士達は、その多くが今はサミュエルの擁護者である、と。

故に、今更抗することは、クセナキスの同調者にも不可能なのであった。

 

こうして会議はつつがなく進み、正式に降伏が決定された。

 

「"チュニス"に通信を繋いでくれ」

 

 

総督府政務ビル上空

 

基之は、総督府からの要請を受け、通信チャンネルを開かせていた。

 

『私は、第三星系総督府総督 サミュエル・デュシャン。我々は抵抗の無意味を知り、降伏を決断した。…そちらの要望通り鷹鸇のトップと会談する用意がある。

また、直ちに戦闘を停止するよう各地部隊にも伝えた。

この上は、鷹鸇(ようせん)の皆さんの寛大なる処置に期待したい』

「承知しました。直ちに上へお伝え致します」

 

一度通信が切られ、基之が後ろで見守っていた仲間達の方を向くと同時、「マジか…」という坂堂の放った感嘆を皮切りとし、皆が快哉を叫んだ。

 

「勝ったのか?!」

「やった!やった!」

「本当に、降伏を!!?」

 

基之はまだ終わっていない、と緩んだ空気を引き締めるべきかとも考えたが、しかし、彼らの喜ぶ様子を見、もう少しだけなら良いか、と一旦見逃すこととした。

しかし、当然ながら基之は彼らに混ざることはしない。

何せ本番はここからだからだ。

基之は、勝敏に通信を繋ぎながら、この先へと思考を移すのだった。

 

 

少し時間を遡り。

統一暦242年(西暦2692年)12月1日

 

「星を取り返すだけでは勝てません…。地球から、他の総督府から来るだろう軍勢を退けねば、本当の解放には至りません!」

 

惑星ハヤブサの解放=勝利の図式に囚われてしまっていた鷹鸇幹部らに冷水を浴びせた基之。

彼は会議に与えた衝撃でもって、主導権を測らずも握っていた。

 

「そして、予想される敵からの反撃に対する我々の行動として、私から提案があります。

お聞き頂けますでしょうか?」

 

異論は出なかった。

何せ誰もそこまで思考は回っていなかったのだから。

 

「まず、起源国は"第三星系総督府"回復の為に艦隊を差し向けてくるでしょう。

これにまず打ち勝つ必要があります。

その後、我々は他星系の解放に赴くのです」

「そりゃ起源国の艦隊に勝つ必要はあるだろうけどさ。でも、それだけでしょ?どうにか勝つ方法を考えるべきではあるだろうけど、そんな他星系に行くとかになる大げさな話かな?」

 

崔 明博(チェ ミョンバク)が若干腐すようにして言うが、基之は嫌な顔一つせず、「いえ」と反論する。

 

「今から理由を一つずつ説明していきます。

まず懸念されることが一つ。何ら手を打たなければ恐らく彼らは余剰兵力の大部分を此方に差し向けてくるだろうこと。

そして、仮にそれに勝てたとしても、この星系に限定した解放を目指す場合、起源国が諦めるまで何度も、何度も戦い、その度に我々の力だけで勝たねばならなくなるのです」

 

勝敏(かつとし)と烏は額に汗を浮かべていたが、崔や川辺雪菜はまだ深刻さを理解出来ていなかった。

 

「1、2回勝てば充分じゃないの?それに、君が言うほどの兵力を差し向けるかな?ここのためだけに?」

「もし、第三星系総督府を起源国が諦めるようなことがあれば、さすがに永遠に全く隠し通すことは出来ないでしょうし、そうなると、他星系に解放の希望を抱かせることになりますからね。

例え一時的に解放に成功したとしても、必ず最後には敗北する。

そういう風に他星系のレジスタンスに印象付けねばなりませんし、人類統合というお題目を掲げている以上、"他国"という概念を彼らは認めないでしょう」

 

法的にも、実質的にも、と基之は付け加えることを忘れなかった。

実際、起源国はイデオロギーに妄執している。

他国が存在するという事実そのものを認めたがらないだろう。

 

「だからって…」

 

崔が何か言う前に、基之は更に畳み掛けた。

 

「それに、我々は勝ち続けねばならないだけでなく、完全勝利を連続させねばならないのです。

何せ、我々には星系が一つ。

対して起源国は十数の星系が支配下にあります。

生産力が比べようもないほどに違います。

我々が一隻の戦艦を作る間に彼らは艦隊を一つ作ってしまえる」

 

だから、と基之は続ける。

 

「この星系一つで戦う場合、起源国がイデオロギーを諦めるほどの損害を受けるまで、此方は損害を殆ど出すことは出来なくなります」

「不可能事だな」

 

勝敏の合いの手に基之は頷く。

 

「ええ。ですから、他の星系も解放する必要があるのです。起源国の国力を削ぎながら、此方の生産力を上昇させる。

これ以外に勝ち目はありません」

「でもそうしたところで損害出せないのは変わらないじゃん?」

 

川辺の指摘。

基之はこれを否定しなかった。

 

「そうですね。ですが、この星系に籠もるよりはまだマシです。

確かに、最初の何回かはご指摘の通り条件が同じです。

損害を出すわけには行かない。

それでも、幾つかの星系を解放し、建艦能力が上がればその条件は緩和されます」

「逆にこの星系に留まるだけであった場合、生産力は上がらず、恐らく諦めの悪いだろう起源国相手に何度続くか分からん完勝を続ける必要がある、と」

 

烏の確認に基之は首肯し、口を開く。

 

「他の星系を解放する場合、必要な勝利の数も必然、限定されます。

起源国の領土も無限ではありませんから」

 

最早、崔も川辺も黙っていることしか出来なかった。

何故か上に取り立てられている気に食わない新入りの言う事故に反発していたが、既に彼らの思考を越えた場所に突入してしまっていたのだ。

 

「なるほどな。確かに、この惑星に留まるだけでは勝ちの目は薄い。

…基之の懸念は正しいように思う」

「ああ、むしろ、他星系の解放にも出れば、勝率が高まる、ということも理解した」

 

基之は2人の理解を得られたことに安堵し、僅かに肩の力を抜いた。

だが、崔がここぞとばかりに口を挟んでくる。

 

「それでも俺は反対かな」

「何故だ?」

 

勝敏に問われたことで多少怯んだようだったが、崔は呑み込まずに続けた。

 

「基之の言う通りに事が運ぶとは限らないじゃないですか。ハヤブサを解放して、奴等の艦隊を一回ブチ壊せば諦めるかも知れない」

「その可能性はゼロではありませんが、楽観的に見過ぎるのは──」

「見ず知らずの、何処にあるかもよく知らない惑星の連中の為に、命を賭ける気がないってことだよ。それなら多少無謀でも、この惑星のために命を懸けたいんだ」

 

非合理的。

思わずそんな言葉が漏れ出そうになったが、基之はどうにか抑え込む。

 

「…まあ崔の言うことも分からんではない」

 

烏から一応の同意を得れたことで、崔は調子づく。

 

「俺は惑星ハヤブサを解放する為に戦ってきたんだ!知らん奴等の為に戦ってきたんじゃあない。この星系から出るつもりはないよ」

 

最終的な勝利には必要なことだと説明したのに何故これが反論として成り立つのか、と基之は呆れていたが、しかし、勝敏や烏は神妙な様子で崔の演説を聞いていた。

 

「必ずしも、皆が合理的選択を取れるわけではないし、それに従うことを感情が拒否することもある…か」

 

崔は自身が非合理的だと言われているようなものであったが、興奮している彼が、それに気が付くことはない。

 

「…知見だな。私としては基之の提案に反対する理由はないが、崔のような者が恐らくそれなりにいるのだろう」

「まあ当然か。惑星ハヤブサを解放する為の組織なんだ。

それ以上のことをしてくれ、と言ってもどれだけ 付いてきてくれるか」

「ですが、ハヤブサを完全に解放するにはこれが一番…」

 

分かっている。と基之の言に勝敏は頷いて見せた。

 

「だが、理論と感情は別だ。この惑星を解放したら終わりだと、俺達ですらそうだったんだ。多くがそう思っていてもおかしくはない。

勿論、説明はするが、それでももう戦いから降りたい者達は多くいるだろう」

「……」

「なあ、勝敏」

 

打開策を見出だせず、黙り込んでしまった基之。

勝ち誇った崔の視線を受けながらも、諦めることはせず、どうにか前を見据えると、目の合った烏が丁度、挙手をしていた。

 

「何です?烏さん」

「とりあえずの仮案だが、希望制にしてはどうかな。全員を宇宙に出すのではなく、そも、そんな大量の船を確保出来るかも分からんのだし、もう戦いを辞めたい、この星に留まりたい、という者達は残せば良いんじゃないか」

 

どうせ、と烏は目の前にある空中ディスプレイを操作し、会議資料のあるページを開いた。

 

「解放後の治安要員、行政要員も必須なんだ。それなりに人手がいる」

「なるほど。説明しても納得してくれない。或いは、それでも行きたくない、という者達をハヤブサの統治に使えば良い、と」

 

勝敏だけでなく、基之もその手があったか、と光明を見出したかのように烏を見た。

彼はまだまだ若く、詰めが甘い部分があった、というところだろう。

 

「基之の導き出した推測は説得力があるし、勝つために、未来の安寧の為に必要ならと協力してくれる者もそれなりに出るだろうし、丁度良いんじゃないかな」

「では、とりあえずその方向で進めますか。

基之も、良いか?」

「え、ええ。ありがとうございます!」

 

深々と頭を下げる基之。

崔や川辺はまだ面白くなさそうにそれを見ていたが、最早彼らには止めようも、これ以上の妨害も出来なかった。

 

「しかし、だ。さっきの議論、まだ解決していないことがあるぞ」

「ああ、そういえばそうだな」

「…?」

「ほら言ってただろう[何ら手を打たなければ恐らく彼らは余剰兵力の大部分を此方に差し向けてくるだろうこと。]って」

 

勝敏に指摘され、基之もそれを思い出した。

崔との議論の過程でつい失念してしまっていたのだ。

 

「その件ですね。

手を打たなければ、起源国は各地から兵力を抽出して軍を回してくるでしょう。

彼らの情報統制能力は目を見張るモノがありますので、何れバレるにしても、かなりの期間、我々の反乱を隠し通せるでしょう。

そして、その間に大兵力を向けてくる、と考えられます」

「なるほど。それで?」

「その対策についても案があるのです」

 

この議案に関しては、最早、妨害の気力も失って完全に萎えていた崔達が絡むことも無かったため、大した反対はなく決まるのだった。

 

本来、もっと有効な反論、例えば、敵の待ち構えている場所に、通信のラグが大きい以上、ある程度の権限を持つ幹部を送らねばならず、敗北した場合の損害が大きすぎる、だとか、地の利が敵にある場所で戦う不利、等が考えられた。

 

しかし、この直前に基之によって惑星ハヤブサの解放が=ゴールではないとパラダイムシフトを起こされたばかりであり、参加者の多くは混乱していた為、基之を気にいっていない崔のような者が感情的反論を反射的に試みることしか出来なかったのだ。

 

勝敏や烏はこの危険性やリスクを察していたが、それでもなお基之の結論の正しさを認めていたため、あえて口には出さずにいた。

 

結果、参加者の大部分にとってはあれよあれよという間に方針が定まることとなったのだ。

これは後に禍根として残りかねないが、しかし、その頃には既に基之は宇宙にでているであろうし、そうなった以上止めようがない、と判断してもいたのだ。

 

軍事の専門家は余りいない鷹鸇故に、基之が主導権を握るには容易であり、数少ない知識のある勝敏や烏はむしろ基之の提案をその知見から認めた故に、こうして大した障害もなく決定されるに至ったのであった。

 

そうして、現在。

 

降伏を受諾したサミュエルと勝敏との会談が始まろうとしている時、既に基之は各地に散っていた宇宙戦艦を合流させていた。

 

これは星系内にいる他宇宙戦力に対抗するためである。

降伏こそ伝わっているが、総督に従わない艦が出ないとは限らない。

その万が一に対する備えだ。

それに加え、次の作戦に向けた準備も同時に進めていた。

 

その下にある総督府ビル、最上階は艦船に覆われ、電気を付けても少し暗いくらいであったが、ここに両勢力の首脳が集っていた。 

 

「総督のサミュエル・デュシャンです」

「鷹鸇の頭目をしている勝敏と申します。

まず、降伏の受諾、感謝致します。

無用な流血を避けられて良かった」

「ええ、本当に。

だからこそ、皆さんにはお願いしたいことがあります」

「何でしょう?」

「市民の生命、財産に対する保護を頂きたいのです。

我々はひとえに、その為に降伏を決意したのですから」

「……良いでしょう。勿論ですとも。略奪や殺人、強姦などはしっかり取り締まりますよ」

「ありがとうございます。それと、もう一つよろしいですか?」

 

勝敏は勝利を受け、多少上機嫌になっていたこともあり、どうぞ、と軽い調子で促した。

 

「このリストにある者達を、ハヤブサから逃がして欲しいのです」

「……地球に返してくれ、と?」

「ええ。お願い出来ませんか?戦艦を寄越せとは言いません。民間の船を一隻、解放していただければそれで…」

 

勝敏は少しの間、思案する。

狙いは何だ?と。

いや狙い何処にあろうと、何れにせよ受け入れるべきか。

もし、この講話が破談した場合どうなる?

ハヤブサの幾つもの都市が核によって焼かれかねない。

彼が降伏は無し、と言うだけで全てが覆りかねないのが今だ。

なら──。

 

「分かりました。ただし、少しだけ日にちを頂きます」

「…ありがとうございます。これで部下達への筋を通せます。私に関しては貴方方に全てお任せしますので」

 

サミュエルの達観したような物言いに、勝敏は僅かに気圧された。

勝敏は知る由もない。

彼がまさか、自己保身の鬼であり、それ以外は無気力な無能などと罵られていた男である、とは。

 

知ったとしても、信じることはなかっただろう。

それ程までに、今のサミュエルは覇気に満ちていた。

最後の輝きを放つ機会、それを彼の能力は掴んだのだ。

 

そして、散発的な抵抗は除き、惑星内の武装解除は終わった。

残すは星系内の他惑星であるが、此方も大きな問題はなく終わる。

事実上首府と、総督含む首脳が人質にされているのだ。

おいそれと攻撃は出来ない。

 

しかも、独自に核を操る権限を唯一有する総督が捕らえられているのだ。

最早、星系内の起源国軍に選択肢は殆ど無かったのである。

 

だが、なればこそ、彼らはやれることを全てやっていた。

既に地球へ救援要請と報告は送信されていたのだ。

不敵な将校はそれを基之に教えると、高笑いした。

 

「残念だったな!直ぐに地球からの大兵力が来て、お前達全員を殺す!束の間の幻覚を楽しむと良いさ!」

 

基之は怒るでもなく、しっかり挑発にのった坂堂を窘めながら、指示を出すのだった。

 

「やはり、送られているらしい。

…予定通り頼むよ、皆」

「了解」

 

彼が通信をしたのは、明子と秋久からコンピューター関連技術の教えを受けている者達だった。

彼らが手にした技術を頼りにした作戦である。

 

これでもって、基之が考案した惑星ハヤブサにおける作戦行動は一区切りを迎えたのであった。

 

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