代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
番外編①‐奪還戦争 前編
天暦150年(西暦2689年)8月
ハヤブサ連邦政府は星系外縁観測基地からの報告を受け、緊急閣議を開いていた。
金森傑連邦中央政務評議会議長は、居並ぶ各評議員を見渡し、重苦しい口を開く。
「先刻の報せは皆も聞いているところだと思う。星系外縁基地より、星系から少し離れた位置で複数の反応がレーダーに捉えられたそうだ。
隕石とは思えない数であり、なおかつ高速でこのハヤブサ星系へと向かっているらしい」
「他所の星系からでしょうか…?」
それ以外には考えようがない状況ではあるが、確認は重要だ。
この単純な確認を誰かが買って出たようだ。
「そうだろうな。しかし、問題はそれらが何処から来たか、ではない。何をしに来たのか、だ」
室内に緊張が走る。
「閣下、それはつまり、敵対的な存在である可能性もある、と?」
交通政務長(交通大臣のようなもの)の確認に、金森は頷く。
「その可能性を考慮した対応を考えねばならん。何せ通信に無反応だと言うのだからな」
「とは言っても、我が国には宇宙戦力はほぼありません。万一敵対勢力であった場合は、必然重力圏内での抵抗がメインになりますが…」
防衛政務長がそう指摘する。
「そうだな。故に星系内に入るまでは今のところあと1週間はあるそうだから、その間に市民の避難等を決めねばならない」
それと、と金森は一人の老人へと視線を向けた。
その老人は形骸化して久しい外交政務長である。
政権に協力的な他派閥の者を任命するに丁度良い役職として残っているだけであるが、今は、必要性が何倍にも膨れ上がっていた。
彼は知識豊富で、充分職務に耐えうるだろうことは、時運の奇跡と言えただろう。
「外交政務長としてはどうお考えになりますか?」
「…そうですね。通信を無視しているのでは、交流のしようがありませんが、しかしまだまだ距離がありますから、受信出来ていない可能性も残っている。…直接船を差し向けてみるのは如何でしょうかな?」
それは、と労働政務長が口を挟んだ。
「それは実質的に人身御供になるのではありませんか?」
「…往復可能な無人機に通信データを載せれば問題はないでしょう?」
「なるほど。…防衛隊には即応体勢を取ってもらうとして、一先ず外交政務長の案に沿い、コミュニケーションを測ることとしよう。反論、もしくは他の意見は?」
金森はぐるりと再び出席者を見渡したが、特に反対はでなかった。
皆、この未曾有の、しかし、危険性も未知数な事態の対処は考えあぐねていたのだ。
こうして、閣議は終了へと向かっていった。
「よろしい。では、最後に、まだ国民には全てを詳らかにはしない。まだ時間はあることだし、無用のパニックは避けねばならない。
しかし、隠すことも出来ないから、宇宙政務長の方から調査中、不用意な憶測を広めないように、とコメントを発表してくれたまえ」
翌日、早朝。
まだ、陽光の昇っていない、時計上は朝という時分。
彼は中将という地位、そして数少ない宇宙航空戦力、とはいっても観測船に毛が生えた程度のモノだが。が、配備されている第二大陸基地にて参謀を勤めていることから、政府より機密情報ももたらされていた。
その為、殆どのハヤブサ市民より事情をはるかに正確に理解していた。
宇宙政務長の発表は市民に動揺の広がることを抑えるためのものであり、いささか楽観的過ぎる発表だった。
しかしそれも仕方がないだろう。パニックが広がることは防がねばならないからだ。
だが。
鄭序允は、先程新たに届けられた機密報告に背筋を寒くさせたのだ。
『星系外縁観測基地からの交信が途絶えた』
この報告は、一つの事実を示しているとしか言えない。
近づいて来ている正体不明の船隊、いや、恐らく艦隊は、敵対意思を有しているということだ。
このタイミングで通信が途絶えるなど、偶然であったなら天文学的な確率だ。
しかし、政府からは未だに新たな指示はない。
それに鄭序允は危機感を覚え、思案していたのだ。
何せ、本来の推測では最低でもあと三日は基地のある辺りまでかかるだろうと考えられていたにも関わらず、1日で到達し、しかも恐らく敵対しているのだ。
悠長に会議など開いている余裕がないことぐらい、分かりそうなものだからだ。
だからこそ、彼はこの基地に待機し続けることが良いことなのか、考えあぐねている。
「ハヤブサ防衛隊として、他に出来ることがあるんじゃないか…?」
エッジワース・カイパーベルトをY軸方向に迂回せずに直進し、更にハヤブサの技術では考えられない超加速を持っている敵対的な船隊。
もし、この星に来たとして、我々は戦えるか?この星を守りきれるか?
いや、恐らく無理だろう。負けるしか無い。
此方の宇宙戦力はお遊び程度なのだから。
「……未来にかけるしかない」
鄭序允は、決意する。
防衛隊から離脱し、未来に向けての布石を打つことを。
「すまない。
彼は階級が一つ下の後輩を呼び出した。
「お呼びですか?閣下」
「…早速ですまないが、君に尋ねたいことがある。本音で構わん」
「はっ」
「私は仲間を集ってある場所に逃げようと思っている」
「…!?!?」
「君も知っての通り、敵対勢力がハヤブサへ近付きつつある。…恐らく我が防衛隊は勝てないだろう」
事実。しかし、それは認め難い。
花畠と呼ばれた少将はぐっと唇を噛んだ。
「そこで、だ。どうせ負けるならその後を考えたいと思ってね。つまり、抵抗運動の組織だ。
勿論、此方も勝ち目があるとは言い難い。だが、何も知識も、訓練もされていない市民が抵抗運動を組織するよりは、余程マシなものが出来るだろう?」
そこまで聞いて、花畠も漸く鄭序允の真意を理解出来たようで、頷いた。
「なるほど。だから逃げる、と。そうなると、私にそのお誘いですか?」
「半分は」
「と、申しますと?」
「君がどうしたいか、だ。私と共に来てくれるならそれで良い。だが、そうでなく、残るというなら別の頼み事をしたいんだ」
暫しの長考を挟み、花畠は口を開く。
「ご家族はどうされるので?」
「当然、全員連れていく。それだけのスペースはある筈だ」
「…なるほど。では、私の家族もお願い出来ますか?」
「…君は残るつもりか?」
花畠は苦笑しつつ肯定した。
「ええ。確かに閣下のおっしゃる通り勝ち目はないでしょう。だからこそ、閣下は抵抗運動の布石を打つ決意をなされた。
ですが、敵対勢力次第では抵抗もクソもありませんよね」
「そうだな。無差別殺戮者ならお手上げだ。
私のは、敵の目的が支配であった場合の次なる作戦と言える」
「ええ。ならば私は、この防衛隊で奇跡を掴み取るために戦おうと思います。
敵の目的がどうであれ、どちらにせよ勝ち目が薄いなら、私は、私の初志を貫徹するまでです」
花畠の宣言を聞き、鄭序允は小さく諒解の意を示した。
「分かった。なら、頼み事だ。…私の代理をしてくれるか?」
「…ああ、そうですね。必要になりますね」
「頼めるか?勿論、他にアテはある。断ってくれても構わない」
「いえ、お引き受けしますよ。喜んで」
「ありがとう。恩に着るよ」
「お互い、頑張りましょう。我々がダメなら、貴方が、このハヤブサの貴重な戦力になるでしょうから」
二人は、固い握手を交わし、互いの健闘を祈るのだった。
鄭序允がこうしている間にも、敵対勢力、つまり起源国の宇宙艦隊は惑星ハヤブサへと近付きつつある。
そして、政府はこの時点ではまだ会議を開いており、対応策を練っていた。
これは金森傑や他政務長らが特別愚鈍というわけではない。
想定外の連発、そして市民にパニックを起こさせないように楽観的見通しを語った直後でもあり、どう市民に伝えるべきか、という問題まで生まれてしまい、即座に動くことが出来ていなかったのだ。
むしろ、この時点では鄭序允が推論に推論を重ねた想像で先走ったと言える。
彼も冷静ではなかったのだ。この未曾有の事態に。
だが、それが結果としては、最善をもたらす事になるのだった。
「皆…私に付いていくと動いてくれた皆、私の懸念が杞憂に終われば、笑い話としよう。私が全責任を負って処罰されるから、その時は是非笑ってくれ」
鄭序允の呼びかけに集った者達は昼過ぎには最低限の荷物を整え、家族を連れ、彼が指定した場所へ集まっていた。
「これから行くのは、実験都市、
私はかつて、そこの警備を所管する部隊にいたから知っているが、軍でも存在を知る者は少ない。
我々の移動記録や基地に保存されているデータは協力者が消去してくれる手筈になっている。
そこに潜み、我々は万一に備えるのだ」
そうして、鄭序允中将率いる、後世には鄭序允独立軍と呼ばれる集団は、静かな狂騒赴くままに、檀君へ向かうのだった。
ハヤブサ政府はその数時間後、夜には崩壊する。
"起源国"の圧倒的戦力と、圧倒的残虐さの前に。
首都の壊滅、各主要都市上空に現れた抗しようもないと直感的に理解出来るほどの巨大戦艦による艦隊。
公開処刑の如く撃ち殺された中央政務長。
次々と殺されていった防衛隊隊員達。
これらは、市民の抵抗意志を挫くには充分過ぎたのだった。
実験都市 檀君
ここは、十数年前の政権が建設を開始した場所である。
最大で100万人をどうにか養うことが可能な水耕工場や、食肉生産プラント、小魚の養殖場等が設置された天然の大洞穴を利用している、正に地下都市だ。
ここの建設計画が立てられた理由はただ一つ、この星が地球ではないから、である。
地球からの観測や到着後の調査から、大気や水に毒性がないことは分かってはいる。
しかし、他にも外惑星というのはリスクが考えられる。
宇宙というのは雄大で、千年等短期間とすら言えるのだ。
もしも、恒星が数万年に一度、致命的な太陽フレアを発生させる星であったら?
もしも、未だ発見されていない小惑星が千年の時間をかけて恒星を回っており、それがハヤブサを掠める軌道を取っていたら?
惑星ハヤブサに未だ発見されていない危険があったら?
それらが、今後数百年内に起きないという保障は?
考え始めればキリがない。
要するに、地球という運命を共にしてきた惑星であれば経験則や長い長い、先人の残した記録がある。
だが、惑星ハヤブサはせいぜい数百年程度の昔までしか調査することは出来ない、という事だ。
無論、地質調査等で多少は明らかとすることはできるだろう。
だが、結局の所完全に危険はないと断言し得る事はないのだ。
しかし、そうしたリスクは地球に未来のなかったことから、移住時には無視され、開拓初期もそんな場合ではなく、更に無視された。
だが、無視された懸念にも根拠と呼べるものはあった。
惑星ハヤブサは水生生物こそいるが、陸生生物は植物が僅かにあるのみだったのだ。
進化の過程にそういう時期はある。
だが、河川と繋がっていない湖にも生物のいる事実は、いつかの時代に陸生生物が死滅する何かがあった可能性を示唆しているとも考えられた。
勿論、そうでない可能性も考えられる。
両者共に可能性なのだ。
故に繊細な気質で有名だった当時の中央政務長は、万一があった際に、ハヤブサ市民が全滅する事態だけでも避けたい、と考えた。
そうして計画されたのが、複数の地下都市を惑星各地に建設し、有事の大規模シェルターとする構想であった。
その第一歩として実験的に建設されることとなった都市なのだ。
鉱脈のある洞穴に作ることで、資源もある程度自立して賄える構造とし、完全なるシェルターとする計画だった。
しかし、枢要部の建設が終わった頃に起きた不況とそれに伴う財政難により事業はストップ。
市民に無用の心配を与えないためにも、一切公表はされておらず、結果、現在において最も有用な抵抗運動の拠点になりえたのであった。
こうして、地下都市"檀君"は突如、大挙としてやって来た奇妙な熱意に支配された軍人らによって稼働され、彼らの手と、配備されていた建設ロボットによって開発が再開されることとなった。
既に都市、この段階では人口的には街、が安定した頃惑星ハヤブサ全土は既に起源国に陥ち、彼らも周辺地域で構築した情報網や、それら外のメンバー経由で逃げてきた人々によって知ることとなる。
鄭序允の性急とも言えた判断は功を奏し、彼らは惑星ハヤブサにおいて最も早く組織化された抵抗者となった。
第二大陸における反乱運動は彼らの影響強く、本拠地の情報を全く掴めない起源国は、彼らに苦戦し続けるのであった。
番外編です。
前後編に分けてあります。
後編は水曜日辺りに投稿するかと思います。