代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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番外編②‐奪還戦争 後編

檀君(タングン)住から1年程経った頃。

 

ハヤブサ連邦奪還政府、と組織の名を定め、鄭 序允(チョン ソユン)は勢力の拡大と、都市の拡張を進めていた。

しかし、大規模な作戦に出れる機会は訪れていなかった。

たまに来る新規の"亡命者"の世話や、武器類の闇取引、そうした日々の業務に勤しむ毎日だった。

 

だが、ある事件が契機をもたらす。

鷹鸇という団体が第一大陸で起こした職業訓練所襲撃。

この一件は、総督府全体に衝撃を与えた。

 

起源国側は、未だ所在を掴めず、末端構成員とのイタチごっこを続けているハヤブサ連邦奪還政府以外に脅威となる組織がある、と見せつけられたことに。

他の組織にとっては、自分達でもやれるんじゃないか、という自信と共に。

そして、奪還政府の、特に鄭序允は、頬を叩かれる思いであった。

 

そうだ。誰かが作り出す好機を待っていては行けないんだ。

 

目下の問題に対処し、実験都市の安定に注意を払ってきた彼は、いつの間にか受け身の姿勢を取っていた自身に気付くことが出来たのだ。

 

好機は、ないなら作れば良い。

 

鄭序允はその日から、都市で製造した武器類を、今までのようにブラックマーケットに流して終わり、ではなく、組織を選んで優先的に融通を始めた。

つまり、彼らに暴れてもらい、惑星各地の治安を不安定化させることを狙ったのだ。

そうすることで、起源国の戦力を分散させ、隙を生み出すことを企図していた。

 

そこから更に10ヶ月後。

統一歴241年(西暦2691年)7月

 

鷹鸇の襲撃事件に触発された各地の反乱組織が行動を起こし、幾つかは最終的に鎮圧されこそするものの、一時的に街や村落を制圧したり、重要人物を暗殺したりといった形で戦果を挙げていた。

奪還政府が流した武器も上手く機能し、起源国に想定外の消耗を強いていた。

 

第一大陸、第二大陸、第三大陸それぞれに発生した反乱に対処するべく起源国の戦力は鄭序允の目論見通り惑星全体に分散。

鎮圧後も暫くは警戒の為に送られた兵力はそのまま残される事が多く、奪還政府を警戒して配置されていた戦力は、相次ぐ各地の反乱によって手薄となっていた。

 

「ついに始める時だ」

 

鄭序允は幹部らを集めた会議で宣言した。

蜂起を。

既に実験都市の人口は5万を越え、戦える者達は三万弱。

外にも協力者は大勢いて、それらも合わせれば兵力は六万強である。

充分に戦える。

鄭序允はそう確信していた。

 

核爆弾を使われるリスクも勿論考えているが、自国の入植者を直ぐ様見捨てるとは考えにくい。

その為、彼らを人質とすれば核爆の決断を鈍らせる事が出来るだろう。

その間に第二大陸の主要部を制圧し、惑星全土に蜂起を呼びかける、というのが計画の概要だ。

 

反乱組織は各地にある。

それこそ鷹鸇のような有力組織も、大陸一つが解放されたとなれば後に続くに違いない、と鄭序允は睨んでいるのだ。

 

単独で勝てるとは思っていない。

後に続く意味を、惑星のハヤブサ市民に感じてもらわねばならないのだ。

 

「その為にはまず、第二大陸の中心都市、星城(ピョルソング)を陥とす、いや、解放する。

これには電波ジャックと妨害で連中の指揮系統を混乱させてからの、市内蜂起と我々の進軍を有機的に結び付ける必要がある。要するに、連携が重要だ」

 

その後の展望と計画も詰めていき、最後の会議は終わる。

決行は、翌日の夜10時とされた。

この時点ではあと26時間後であった。

 

「鄭序允閣下」

 

決起集会と銘打ったパーティーにて、彼に声をかけたのは民生部門の長、花畠一郎であった。

彼は花畠少将の夫である。

彼女に託された家族の一人。

彼女は消息をあの日以来絶っており、戦って散ったのか、収容所で死んだのか、あるいは逃げ延びているのかすら定かではない。

 

しかし、彼、一郎は絶望することもなく、彼の能力を檀君で発揮してみせたのだ。

彼は元々軍属の事務員として基地に勤めていた所を、少将が友人に語った言葉を借りると、"ハンティング"されたそうだ。

その事務能力は無類であり、檀君の民生部門における責任者に、身内贔屓だとかそうした感情は一切なくとも、鄭序允が是非にと着任を願う程だった。

今や彼は檀君の市長と言える。

軍事に関わること以外は彼によって見事なまでに調整されている。

 

彼もまた、彼なりに戦っているのだ。

妻が守らんとしたハヤブサの為に。

 

「ついに、ですね」

「ああ。何としても成功させ、ハヤブサを解放しよう」

 

二人は連れ立って、バルコニーへ出る。

バルコニーからは空や星が見えるわけではない。

ただゴツゴツとした岩の天蓋、そしてその下には無機質な、ロボットによって建てられた集合住宅群が建ち並び、明日の作戦に直接は関与しない民間人が道々を歩いている。

それが人工照明によって照らされ、見える景色だ。

 

「次は、星空の下でこうしてパーティーを開きいものだ」

「太陽の下でも良いかもしれません」

 

鄭序允と花畠は目で笑い合う。

共に過ごした時間は1年と少し。

それでも二人は、共に檀君を切り盛りし、起源国相手に闘いを挑めるだけの組織を作り上げたことで、深く、互いを信頼している。

故に、多くの言葉は必要なかった。

そうして二人は喧騒渦巻くパーティー会場へと戻るのだった。

 

翌日。

第三星系総督府 第四群州 星城

 

この都市は第二大陸の首都とも呼ばれており、大陸政治、経済の中心地である。

総督府の大陸分所も設置されており、副総督がここに詰めている。

政治的機能の面では総督府第二の都市である。

当然、軍も多く駐屯している、が、1年前と比べると大幅に減少している。

各地の反乱活動の鎮圧に派遣され、必然、そうならざるを得なかったのだ。

 

現在都市周辺の兵力は凡そ五万三千の陸軍兵力と、幾らかの空戦部隊、そして五千の保安隊員である。

数の上では奪還政府よりも若干多い、といったところだ。

正面から戦えばまず負けなかっただろう。

 

午後10時きっかりに、星城中心部の地下鉄で爆発事件が発生。

その後、同時多発的に市内各所で同様の爆発が起きる。

それの対処、捜査と住民の避難、に保安隊は多くの人員を割かれることとなる。

更にそこに追い打ちをかけるべく、檀君を出立していた鄭序允率いる軍勢が星城に最も近い街に攻め入り、占拠。

そのまま星城を目指す体勢を取ったことで、市内の軍は大部分が彼らの方へと向けられることとなった。

 

そしてこれは、鄭序允の作戦通りであった。

手薄になった市内。

その中心、総督府支所のある通りに手薄となった警備や軍の目を逃れて集った"名誉起源民"達が用意していた武器を手に、蜂起をした。 

当然、市内の他軍事、行政施設付近でも同様の動きが起きる。

 

市外に突如として現れた、総督府を悩ませ続けていた奪還政府の軍勢。 

これは彼らをそちらにのみ注目させるには充分だったのだ。

 

完全なる奇襲を受け、総督府支所は抵抗をろくにすることも出来ず、蜂起した市民によって占拠された。

他の施設も殆ど同様であり、唯一軍の駐屯基地のみが頑強な抵抗を成した。

 

だが、突如として指揮系統の首根っこを抑えられた、隣街に向かっていた軍勢は混乱に陥り、戻るべきか進むべきかの判断を下す前に鄭序允らの攻勢を迎える状態となる。

これにより、抵抗を成功させた駐屯基地も、援軍なき籠城を強いられてしまった。

結果として、緒戦は鄭序允らハヤブサ連邦奪還政府の大勝となった。

 

星城は陥落。

抵抗した軍基地も、市外の戦闘に勝利した鄭序允らが応援として駆け付けたことで制圧され、奪還政府は見事に地歩を固めたと言えるだろう。

 

市民の反応はと言うと、全員が彼らを歓呼で迎えたわけではなかった。

下手に協力したり、賛美したり、そんな事をしたと、後で再び起源国が戻ってきた時に知られれば牢獄行はまず間違いなく、悪ければ死ぬ。

故に、大部分は実力の未知数な彼らに対して様子見を決め込んだのだ。

しかしそれでも、全く反応がなかったわけではない。

 

熱に浮かされた者達がそれなりの数、新たに兵として加わった。

星城に居住していた"名誉起源民"と周辺ゲットーに移住させられていた住民らは全部で98万人。

その内、奪還政府の志願年齢基準18歳以上でかつ戦える者は60万人程。

そこから実際に志願した者は2割にも満たなかったが、しかしそれでも10万人近い兵力を奪還政府は獲得したのだ。

 

その内、新兵の多くはその後も広げつつある"解放区"の治安維持要員に優先して回された。

訓練を施された者達をより多く前線へ回すことがこれで可能になった。

 

蜂起から一ヶ月の間は、奪還政府の独壇場であった。

星城を中心に制圧範囲を広げていき、第四群州の七割近くを占領、解放したのである。

 

「市民諸君!私はハヤブサ連邦奪還政府首班、鄭序允中将である!我々はこの惑星を解放せんと戦っている!皆も我々の実力についてはこの一月の間によく見て頂けたことと思う!

勝てるのだ!我々は!起源国に!侵略者共に!

これを見ている、他の、奴等に抗せし勇者達よ!我々と共に立ち上がって欲しい!ここが好機だと、私は信じる。

市民諸君!私を、我々を信じて欲しい!

今年が、ハヤブサ連邦復活の年になる!!してみせる!!」

 

洗練されているとは言えない、しかし、熱意の籠もったその演説は、歓呼でもって迎えられた。

市民の半分以上は既に、この一月の大勝利によって、奪還政府に希望を見出すに至っていたのだ。

それもそのはずである。

起源軍は奪還政府の軍勢に成すすべなく後退させられていると、市民には、そして、鄭序允らには見えていた。

いや、見せられていたのだから。

 

「頃合いだな」

「しかしよろしかったので?これ程までに後退などして。幾ら戦線を整えるためとは言え」

 

第四群州の北方、第五群州に設置された起源軍司令部にてほくそ笑む、第四群州臨時戦域統合司令のエリック・ラクスマン少将は懸念を告げる副司令のアフマド・アリ・ケナディード准将に「問題ない」と伝える。

 

「奴等と我々では絶対数が違うからな。連中、戦線が伸び切っているはずだ。

何故、我々はここまで後退したのに、州全体を放棄しなかったと思う?」

 

エリック少将は講師のようにアフマド准将に問う。

 

「…何故でしょう」

 

アフマド准将はこの時点で既に、自分の感覚が単純過ぎたと察しており、エリック少将の解説を待つこととしていた。

 

「第四群州と第五群州はへその緒のように細い土地で繋がっている。地球で言えばパナマのようにな。まあ実際の幅はパナマより少し太いが。

ここまで撤退すると戦線は自然、そこに限定されてしまう。

そうなると寡兵でもって大兵力の足止めをしやすくなるのだよ。通れる軍量には限りがあるからね」

 

アフマド准将はハッと気付いた。

 

「分かったようだね。連中は我々より数が少ない。なら、戦線が広い方が不利になる。

今の前線図を見た前。南部以外、奴等は海に到達していないだろう?

言うなれば、大陸全体で我々が半包囲しているような状況だ。

緒戦で星城を奪われ、前任者が本当に潰走してしまった時には焦ったが、逆に利用してやることにしたのさ。

この戦線が伸び切った状況を作るために、軍には相手に悟られない程度に抵抗しつつ、最後には撤退するように命じていたんだ」

 

自信たっぷりにエリックは両手を広げ、笑ってみせた。

そう、鄭序允らは罠に嵌められたのだ。

どんどんと潰走する、ように見えていた、敵軍。

これによって、現状が巨大な半包囲のような戦線であることを理解していたがしかし、直ぐにそれは解消されると、誤認させられていたのだ。

実際は後方部隊が全力で形成した戦線、塹壕やら運ばれてきた地対地ミサイル、多連装ロケット砲等が配備され、万全の状態で奪還政府を待ち構えているのだった。

 

その事実には直ぐに彼らも気付く。

前線での苦戦の報告によって。

今までの快進撃が嘘のように勝利報告は届かなくなり、むしろ敗北の報すら届くようになっていた。

 

「…まさか」

 

鄭序允は一人、制圧した星城の庁舎に構えた執務室で顔を青くさせていた。

嵌められた事を察してしまったのだ。

 

「いつから…?」

 

最初は間違いなく勝利を収めていたはずだ。

最初から勝てるなら負けるフリなどする必要はないのだから。

ならば、いつから。

いや、今はそんな事どうでも良い。

対策を立てねば。

 

鄭序允は思考を立て直しつつ、ならばともかく半包囲のような現状を解消せねば、と考え至る。

 

戦力を集中しての一点突破。

第五群州へ繋がる地峡へ進撃し、敵軍を東西に分断する。

 

策を纏めていき、彼は幹部らへと作戦変更を連絡する。

 

そうだ、まだ兵力には余裕が残っている。攻勢をかけるならここしかない。

 

そこに彼らにとっての僥倖となる報ももたらされる。

 

「閣下!第五群州大河(たいが)市にて我々に協力を表明する組織が蜂起した、と!」

 

大河市は地峡から第五群州中央部に出て直ぐの位置にある都市だ。

つまり、起源軍は補給の要衝を失ったことになる。

恐らく、蜂起した者達は程なく鎮圧されるだろう。

起源軍も無視するわけにはいかないからだ。

だがそれはつまり。

 

「此方から兵力を引き抜かざるを得ない。チャンスだ!」

 

鄭序允のこの判断は功を奏し、正面の起源軍は地峡部まで一時押し込まれ、多くの軍が東西に分断された。

結果として、奪還政府は第四郡州の八割を制圧することにも成功する。

だが、これが彼らの最大版図となる。

 

3日後、迅速に動いたエリック少将の手配により、第五群州北部に待機していた揚陸艇、海上を走るモノではなく、宇宙空間を飛び、そこから兵を小型船で降ろす宇宙船の、を使用した後背への上陸。

宇宙戦に馴染みのない奪還政府の認識を借りれば、大気圏外からの空挺降下、が行われ、逆包囲の危機に奪還政府は立たされたのだ。

 

主力を集中させたことが徒となり、もしここで包囲にかけられた部隊が全滅でもすれば、たちまち奪還政府の総崩れとなるだろう状況になってしまった。

 

だが、鄭序允も黙って見ているわけではなかった。

何とか治安部隊や各戦線から無理を押して引き抜いた増援を降下してきた部隊に向かわせ、包囲を完成させぬように遅滞戦闘を試みたのだ。

最終的に、現場部隊の指揮官の戦術指揮の妙もあり、降下部隊の間隙を利用して2割の損害を出しながらも包囲の危機を脱したのだった。

 

これにより、どうにか崩壊の危機こそ脱した奪還政府であったが、損害は大きく、主力の2割が削られたこともあり、大規模な攻勢能力は事実上失われた。

 

鄭序允は、その事実を認識していた。

つまり、後は徐々に起源軍にすり潰されるのみである、ということを。

 

それでも一月、彼らは分断作戦で進軍した制圧地を除いて、街の一つも失うことなく粘った。

まだ、第一大陸や第三大陸で大規模蜂起が起きれば、あるいは、と。

 

しかし、この時の彼らは知らなかった。

この蜂起の為に惑星各地に派遣していた者達も帰還させ、兵力とした為に、他大陸の情報網の大部分が失われていたが故に。

 

第一大陸の最大勢力、鷹鸇、第三大陸の最大勢力、隼解放戦線、彼らが追随しない理由。

それは極めて単純。

彼らの兵力と呼べる人材は奪還政府に劣る。

"檀君"のような大規模拠点を有しているわけではないため、訓練なども施せないことを考えると当然のことだろう。 

その上で、今、第二大陸と同規模の面積を誇り、首府、星京を抱える第一大陸には第二大陸に現在展開されている部隊と同等の兵力が目を光らせている。

第三大陸も、面積比、人口比で考えると同規模と言えるだけの部隊が展開されている。

 

奪還政府が既に苦戦させられていることを考えると、蜂起したところで、であることは明白だ。

つまるところ、奪還政府は失敗したのである。

他大陸の部隊が援軍として第二大陸へ大規模に派遣されるような事態にまで持っていくことが出来なかったのだ。

 

現在、第四群州に展開している部隊は、元々州が属する第二大陸に展開していた部隊が9割越えを占めている。

要するに、鷹鸇らが蜂起したところで結局、手薄になっているわけでもない軍を相手に、奪還政府より少ない戦力で戦わざるを得ないのだ。

その上、下手に勝てば、核兵器使用の決断を起源国に取らせるかもしれないという懸念もあった。

 

つまり、鷹鸇も解放戦線も、負け戦を彼らの情報網から察し、一切のアクションを起こさなかったのだ。

 

更に2週間。

ついに、前線に近かった都市の一つが陥落する。

奪還政府の敗退が始まったのだ。

 

「……今日来てもらったのは、お願いしたいことがあるからです。それと、謝罪も」

 

鄭序允は花畠一郎を呼び出し、そう執務室で切り出していた。

 

「謝罪、ですか?」

「まずはそちらからだな。…どうやら、我々の勝利は難しい。

花畠少将の想いを継いで、命の危険を省みず私に協力してくれている貴方には、本当に申し訳ないと思っている。

…皆にも謝りたい所だが、彼らは今も勝利を信じている。壊したくはない。

だが、恐らく君は、察していただろう?」

「ええ。物流やら資源管理をしていれば嫌でも」

 

静かに頷く一郎。

鄭序允は、すまなさそうに項垂れた。

 

「その上で、君にはお願いしたいことがある。

まだ、我々に多少なりとも余力がある内に、やらねばならないことだ」

「なんでしょう?」

「既に、起源国に通じていた情報提供者や内通者は殆どを炙り出し排除済み。

しかし、監視カメラなんかの機械類やコンピュータは、統治をスムーズにする為に盗聴器等の余程なものは除いて維持している。

それらを、破壊して欲しいんだ。徹底的に」

「…なるほど。敗戦処理というわけですか」

 

一郎は鄭序允の目的を諒解し、頷いた。

 

「そうだ。あの時に続いて2度目の、未来への布石だ。

何も残らないよりは、少しでも希望を残したい。

結局我々は、他の大組織を動かす程の結果を出せなかった。

彼らの判断は正しいのだろう。

多くの人達を巻き込んでしまって、このざまだ。

ならせめて、次に繋がるナニかを成さねば。

第四群州の監視システムが根こそぎ破壊されていれば、暫くは反乱組織の楽園になるだろうさ」

「分かりました。それは確かに私の仕事ですね」

 

承った、と言う一郎に、鄭序允は礼を言ってから、もう一つ、と口にした。

 

「それが終わり次第、君は君の息子達を連れて離脱してくれ」

「何を…私も最後までお供しますよ。他の皆にも悪い」

 

そこを曲げての頼みだ。と鄭序允は頭を下げる。

 

「これは私のエゴだ。身勝手極まりない、不公平な提案だ。

だが…私は花畠少将から、君らを託されているんだ。…死なせるわけには行かない」

 

妻のことを出され、一郎は押し黙ってしまう。

彼もその事は檀君についた時に鄭序允自身から聞いていたからだ。

 

「…では子供達を」

「追われる身になる。子供達だけにするには余りに危険だ」

「…………一つ伺っても?」

「何だ?」

「私達に対する情が影響した判断ですか?それとも、ただ約束だから、ですか?」

「約束だからだ。情からなら、こうして正面から話していないだろうよ」

 

即座に言い切った鄭序允の言葉に嘘は、少なくとも彼の表層意識にはないのだろう。と理解した一郎は、渋々ながらも頷くのだった。

 

「承知しました。では、この任務を終えしだい、離脱することとしましょう」

「…ああ。ありがとう。すまないね。色々と」

「閣下は、序允さんはどうするんです?」

「粘れるだけ粘るさ。奇跡が起きるかもしれんしな」

 

それが鄭序允と一郎が最後に交わした会話となった。

その後、一郎は命令通り、第四群州の監視網を徹底的に破壊することに全力を費やし、鄭序允はそれが終わるまで、彼の持てる全てを使って、一月に渡って起源軍の足止めを続けた。

 

だが、しかし、精神力だけでどうこう出来るモノではない。

では何故、一月も既に劣勢となった奪還政府が耐えることが出来たのか。

 

「漸く部隊の再編と第五群州にいた軍を前線に配備し終えることが出来たな」

 

エリック少将は満足げな様子で、コーヒーを啜る。

 

「これで後は全戦線に渡る大規模攻勢を始めるだけですね」

 

アフマド准将もエリックに勧められたコーヒーを手に取りながら首肯する。

そう、今まで彼らは攻撃は程々にして準備を進めていたのだ。

確かに、奪還政府の動きは想定を越えるほど激しいモノではあったが、彼らの戦略目的からは問題になっていなかった。

第五群州の駐屯部隊大部分と、僅かに他大陸から抽出してもらった軍を各戦線へ送り、それらを主力とした大攻勢を開始する為の、準備でしかなかったのだから。

 

だからこそ、多少想定外の遅延があっても、彼らは全く問題視しなかった。

だがその僅かに紡がれた数日が、数週間が、後のハヤブサに大きな影響を残すことになる。

前線近くの街から優先的に監視カメラや生体情報を収集する機器が破壊されていき、エリックの軍が攻勢準備を整える頃には前線から離れた第四群州中央部の機器の破壊が進んでいた。

攻勢が開始され、奪還政府が敗退を始めるに至った頃には、最後の星城がその対象となり、監視網は完全に破壊されたのだった。

 

エリック少将らはこの奪還政府の動きも、焦土作戦を企図した動き、としてしか認識していなかった。

このような大規模蜂起を実行に移すような人間が、劣勢を感じるや否や勝利は不可能と悟り、次に託す為の行動に即座に移る、などと言うのは彼らの想像の範囲外であったからだ。

彼らが奪還政府の、鄭序允の意図を悟ったのは、幾つもの街を、都市を再占領し、現状確認を行ってからであった。

 

そうして、奪還政府の占領地が最盛期の半分程にまで減少した頃、数少ない確保されていた港、最も極地に近いその港から、一隻の潜水艦が秘密裏に脱出し、第三大陸に向けて逃げていったことなどは、エリックらにとっては更に知る由もないことであった。

 

ここからはハヤブサ連邦奪還政府敗北の記録が連なるのみである。

全ての戦線に渡って攻勢をかけられ、その兵力は全戦線において劣勢。

最早勝ち目はなかった。

 

この時期になるとハヤブサ市民も、敗北を悟り、奪還政府への協力を示す者達は目に見えて減少していった。

むしろ、反抗することで少しでも自分達の立場を良くしようとする者達も多かった。

 

「あんたの首を差し出せば、俺達は許されるかもしれねえ!」

 

極めつけは、鄭序允の執務室になだれ込んできた、彼の仲間、だった者達である。

檀君から参加している者達は覚悟を決めており、今もなお絶望的な抵抗を続けている。

ここに押し入った彼らは、蜂起後に合流した別の組織における幹部陣の一部であった。

 

奪還政府の快進撃に希望を見、参加したは良いものの既に勝利は不可能な情勢。

眼前に、確実な死を突き付けられた彼らは、僅かな生への希望を見出したのだ。

 

首魁の首を差し出せば、命だけは助かるのでは、と。

 

「…なるほど。こうなるか」

 

鄭序允には抵抗するつもりがなかった。

確かに、目の前にいる彼らは身勝手なのだろう。

だが、自分が見せた淡い希望の代償でもある。

ならば、受け入れるべきだ。

 

「どうした。撃たんのか?」

 

僅か数カ月とは言え、共に肩を並べて戦った者であり、そして、彼らの力だけでは到底見ることの出来なかった景色にまで連れて来てくれた、そんな男を目前に、押し入った彼らの銃口も鈍ってしまったようだった。

だが、しかし、それを下ろそうという気配があるわけではない。

ただ、惨めに決心が鈍っていただけだった。

 

「こうなった以上、覚悟は出来ているよ。…さあ、私の命で、君等の未来を買うと良い」

「……っ!う、撃てええ!!!」

 

鄭序允は、身内に射殺され、その生涯を終えた。

 

その後、奪還政府はなおも数週間の抵抗を続けたが、司令官不在で、星城と檀君周辺を残すのみとなっていた彼らは降伏する。

蜂起から、凡そ5ヶ月と数日のことであった。

 

鄭序允の遺体は起源国に差し出されたが、差し出した者達は収容所に収監され、"労働中の事故"によって歴史の塵芥と消えた。

同時期に、奪還政府の幹部陣は全員処刑され、それは大々的に報じられた。  

こうして、後世"奪還戦争"と称されることとなる、起源国が名付けたところの"星城大騒乱(ピョルソングだいそうらん)"は終結したのである。

 

残されたのは、ひたすらに監視網のみが破壊し尽くされた、第四群州のみであった。

この監視網の空白は、他の組織が拡大する重要なファクターとなる。

鷹鸇も正に、この時期になって第四群州を足掛かりに第二大陸全体へ本格的に拡大していく。

元々小さな支部が他大陸にはあるのみだったが、この機に組織網が整備され、第二大陸においても、そして第二大陸を経由した支援で第三大陸でも地歩を固め、惑星全土に広がるネットワークを整備することに成功するのだ。

鷹鸇は奪還政府の遺産によって、真に全惑星的な規模の組織へと成長するのである。

 

 

数百年後の歴史家が鄭序允に下した評価はこうだ。

 

彼自身の抱いた危惧も、起こした行動も結果的に全て正鵠を得ていた。

しかし、彼自身が望んだ結果は何一つ手に入らず、全て虚しい徒労に終わった。

だが、その徒労は、惑星ハヤブサに萌芽を残した。

次に繋がる素地を、希望を僅かに残した。

彼は、本当に望んでいた結果を得ることは出来なかったのであろうが、後世に残る確かな足跡を刻んで見せたのだ、と。

 

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