代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
時は進み──。
西暦2659年(統一暦209年)11月初旬
当時、執政官であったシータ・アース・フェルナンデスは起源国唯一の女性執政官であった。
保守的な起源国で彼女がトップに立てたのは、偶然と、政治的妥協の故であった。
権力闘争の果てに、休戦協定が結ばれ、各派閥と敵対していなかった彼女が休戦の道具として選出された。
彼女は、多くの派閥に挟まれ、自らの意志を貫けることは少なかった。
そんな、元から権威も、権力にも敬意を払われていなかった彼女だが、遊説中にレジスタンスに狙撃されて以降、首都アルワタンから出る頻度が極端に─ある統計によれば64%も減少し、アルワタン内ですら38%─減少し、更に権威は失墜してしまう。
結果、彼女が健康的な時分から裏では権力闘争が繰り広げられ、いよいよ彼女の体調が悪くなると、公然と闘争が行われるようになった。
高官の引退が日常茶飯事となり、不審死も相次いだのだ。
そして今や、シータ・アース・フェルナンデスは床に伏せ、意識こそ保っていたが、命の残り火を燃やし尽くさんばかりである。
後継者候補達は互いを貶めんと彼らに課された責務以上に力を尽くしている。
後継候補の有力者は二人おり、その内の一人、執政府の官房長、政府の序列、形式上No.2である、"ゲオルグ・アベンゼン"。
もう一人は"ウィン・タント"、内務大臣であり、政府の序列No.3であり、実務上のNo.2だ。
内務大臣のウィン・タントは、後に大部分が"平等派"となる"非戦派"に支持されている、どちらかと言えば非主流派。
ゲオルグ・アベンゼンは後に多くが"復讐派"となる"主戦派"の支持を受けている主流派に属している。
そんな闘争激しい政府において、厳格に法律を遵守し、何方の派閥からも煙たがられている側面もありつつ、法と組織の順序を厳格に守護する故に一定の信頼も得ている男がいた。
"土星星域政務庁長官"兼"科学大臣"のジョルジュ・ンガングガである。
彼は少なくとも周囲の人間からは、堅苦しい原則論の支持者と信じられていた。
故に彼は形式上、シータ・アース・フェルナンデスに忠実であった。
「ンガングガ大臣」
省の廊下を早足で進み、執務室へと向かうンガングガの横に事務次官が進み出て、並んだ。
「どうした?」
「お聞きになりましたか?警察や検察は内務大臣に付いたそうです。
どうも、戦争よりも国内治安を優先したいようで」
「聞いている。それがどうかしたか?」
「その…閣下はどうなさるのか、と」
「…」
「何方かを支持なさるのか、あるいは…」
「事務次官」
強い口調で呼ばれ、事務次官はビクリと口を噤んだ。
「フェルナンデス閣下は生きておられる。
にも関わらず、閣下の後ばかり気にするというのは、不敬である」
「はっ。申し訳ありません…」
「分かれば良い。まあ、フェルナンデス閣下がまるで亡くなられたのかと錯覚する程に議論が交わされているのだ。無理もないが、君も不敬極まりない雰囲気に染まっては行けない」
「はい…」
不満げでありながらも、ンガングガの基本的な態度を理解している事務次官はそう押し黙るのみだった。
だが、次にンガングガの放った言葉は、彼を驚かせるものだった。
「何にせよ君の勤勉と忠誠を無為にする結果にはならんよ。
だから安心して日々の責務を果たせ」
「!……イエス・サー」
そうして事務次官と別れてからンガングガは執務室へと入ったンガングガは、朝一番の来客の存在を確認した。
「これはこれは、
まさか、と奏警務長官は笑い、「逆ですよ」と言った。
「逆とは?」
「閣下は執政官閣下、ひいては国家に極めて忠実です。それは皆がよく知るところ」
「恐縮ですな」
「もし、そんな閣下が誰かを告発でもすれば、それは他の者がするそれよりも比較にならない程の"価値"を持つ」
「価値」
「失礼。言葉を間違えました。説得力と信頼性があるわけです」
ンガングガのオウム返しに、おっと、と呟き奏はそう言い直した。
「それで?」
「いえ、ただの雑談ですよ。
ところで本題ですが、執政府の高官に関する噂、違法行為でも不倫だのでもですが、を何かしらお耳に挟んではおりませんか?」
「さてね、なぜだい?」
「ただの調査ですよ。国家の裏切り者を探すのが我々の仕事ですので」
なるほど、とンガングガは頷き「知っていますよ」と二人にとっては意外な返答を返した。
「それはそれは。例えば、誰の、どんな"噂"を?」
「誰の…勿論、官房長閣下の噂も聞いたことがあります。…そして、内務大臣や貴方方のモノも」
喜色を湛えていた奏とイワンは、サッと血の気を引かせ、貼り付けた笑いのまま固まる。
「…それは」
「"全て"。ええ、本当に"全て"記録に残して良いのであれば、全部お話しますよ?」
「……失礼。今日のところはこれで」
不自然。
しかし、一刻も早く逃げたいと奏とイワンは足早にンガングガの前から姿を消した。
ため息を付きつつ、机に向かい業務に取り掛かる。
恐らく、午後の来客に備えて先手を打ちたかったのだろうと、彼らの狙いを推測しつつ彼は執政官が倒れたことで滞っていた業務をひたすらに片付けるのであった。
「やあ、大臣。邪魔するよ」
午後一番の来客はゲオルグ・アベンゼン執政府官房長官であった。
「何用でしょう?官房長」
「床に伏せられている執政官閣下の代理として、閣下の命じられた事業の進捗確認に来ただけさ。
…クラウディオ鉱採掘計画見直しの件だよ。
どうなってる?」
「現在、関係大臣と協議し、修正案を作成中です。直にご提出出来るかと」
「資料はあるかね?」
「用意させましょう」
ンガングガは部下に連絡し、資料を纏めて送るよう言った。
「待っている間、少し雑談でもどうかな?」
実質的な本題だろう。
ンガングガはその内心をおくびにも出さず、にこやかに頷いた。
「勿論です。お茶でも?」
「それは結構。……ンガングガ大臣。君は我が起源国の大目標をどう考えている?」
「……つまり、人類統合を?」
ゲオルグはそうだ。と頷き、ンガングガを見つめる。
「勿論、果たすべき理想であると考えています」
「さすがだな。しかし、君も知っての通り、何やら御託を並べて我が国の理想を蔑ろにせんとする輩がいる。
嘆かわしくは思わんか?」
「私の知る限り、一部を除いて殆どは、現実問題に対処しなければならない以上、最優先に昇らない、とする者が大半です」
ンガングガの反論に、ゲオルグはニコリともせず、目を見開きながら頷いた。
「そうだな。しかし、大臣。
理想に邁進することを忘れてしまった者が、幹部ならともかく、国家の舵取りを行うには少々不安に思わんか?」
「……一理ありますね」
慎重に答えるンガングガ。
ゲオルグは構わず続ける。
「特に君の今担当している職分は、我が国の理想と不可分だ。
もし、理想を忘れた者が国家を握れば、君や君の部下達は冷や飯を食わされかねない」
「かもしれませんね」
のらりくらりとしたンガングガに痺れを切らしたのか、それとも狙ってのものか、ゲオルグはついに直球に出た。
「ンガングガ大臣。私と組まんか?もし、私が国家の舵取りを担えれば私が叶えられる限りの、望む職を用意しても良いぞ」
「……フェルナンデス閣下はご存命です。
その種の議論には参加致しません」
言いつつ、ンガングガはキーボードを操作し、ゲオルグにファイルを転送した。
「資料です」
「……そうか。まあ、敵でない、というだけ良い」
肩でため息をしつつ、ゲオルグは資料を確認する。
問題のないことを見ると、くるりと踵を返した。
「長官。…万が一、という際には我が国の原則に則った人物をこそ、私は望みますよ」
去り際の言葉に、ゲオルグは満足しなかったようで、まだ不満そうなままであった。
「そうか。当然の話だな。…そうだ。大臣。君に会いたいという軍人がいてね。ルーカス大将を知ってるか?」
「トリトンコロニー鎮圧戦で活躍した英雄ですか?」
「そのルーカスだ。紹介しても?」
「ええ、勿論。しかし、何故?」
「会えば分かるさ」
ゲオルグは満足そうに頷き、今度こそ退出するのだった。
そして、翌週。
シータ・アース・フェルナンデスは死んだ。
ついに、派閥間の休戦は名実共に意味を失った。
しかしさすがに、葬儀が終わるまでの1週間は遠慮もあり、両派閥に大きな動きはなく終わる。
葬儀の後、ンガングガはルーカス大将と面会していた。
「こんな時に申し訳ありません。閣下」
「元々約束していたんだ。それに丁度区切りも付いた。気にすることはない。
それで、何用かな?」
ルーカス大将は「時期が時期ですので」と勧められた椅子にかけながら話し始める。
「本当なら私の個人的興味に基づいた宇宙戦艦の話題もお話したかったのですが、本題を優先させて頂きます」
「大臣、今後政府では後継者争いが激化することが予想されています」
ンガングガは面白くなさそうに頷く。
予想は出来ていたが、やはりか、という思いであった。
「私としては、軍の優先を約束してくださっているゲオルグ官房長、いえ代理執政官を支持したいところです。…とはいっても、軍人に政治決定権はありません」
「…だから、私の協力が欲しい、と?」
「というよりも……そうですね。迂遠なことはやめましょう。要するに、内務大臣 ウィン・タントを支持しないで頂きたいだけなのです」
ただそれだけです。とルーカスはニコリと笑う。
ンガングガはゲオルグが一週間前、すんなりと引き下がった理由を察した。
別の人間を間に、しかも有名な軍人を使うことで自らの影響力と、軍という味方を得ていることをアピールするためだったのだろう、と。
「…君は。ルーカス大将。ゲオルグ代理執政官から見返りは何を約束されているんだ?」
「私と代理執政官は"友人"である、というだけですよ」
とぼけるルーカスにンガングガはわざとらしい笑い声をあげ、深く息を吸い込んでから、ルーカスに視線をしっかりと向ける。
「誤魔化さなくて良い。分かっているよ。ルーカス大将」
彼はこの1週間、部下らを使い調べていたのだ。
両派閥の人間関係を主にして。
工作ではなく情報収集のみであり、かつ、ンガングガという人間に対する周囲の評価も影響し、スムーズに事は運んだ。
「君は統合大臣の座を約束されている。そうだろう?」
「……」
ルーカスは肩を竦め、なおもとぼける。
だが、ンガングガはそれには何も反応しない。
「実質的に政府の2番手になりうるのだから、妥当な要求だろうな。本来なら」
「はて…」
ンガングガの言い回しに気になる所があり、ルーカスは一概に彼の言葉を否定しなかった。
「外惑星国家を征服、いや、人類統合を成し遂げた場合、銀河に渡る軍隊を統制する大臣になる。
それどころか一定程度統治にも責任を持つことになるだろう。
まあ、執政官に次ぐ立ち位置になるだろうことは疑いないな。
或いはもっと…。
何にせよ魅力的なポストだ。
巨大な権限を一手に握れるのだから」
しかし、とンガングガは書類の束を取り出し、ルーカスの前に放り投げた。
「これが実現しなければ、の話だ」
翌日──。
放送局から奏警務長官は緊急速報を流していた。
曰く、フェルナンデス執政官は自然死ではなく暗殺された、と言うのである。
そして、暗殺を企てたのは官房長ゲオルグとその一味と伝え、ゲオルグの拘束を行った、と全太陽系に放送したのだ。
『ゲオルグは権力を一手に握る為に執政官を暗殺するという、醜い暴挙に出たのであります。
しかし、ご安心下さい。悪は栄えません。
我々が正義と秩序を守り通すでしょう』
自らの流した放送を横目に奏はウィン・タントと共に拘束されたゲオルグを眺めていた。
「残念でしたね。貴方方の暗躍は間に合わず、だ。
ここで降参を宣言してくだされば、命だけは助けて差し上げますが」
ウィン・タントの勝ち誇った顔にゲオルグは恨みの籠もった目を向ける。
「貴様ら…」
ウィン・タントも奏も、くつくつと湧きあがる笑いを抑えきれず、ゲラゲラと笑い出す。
自分達こそが起源国を握ったのだと、そう確信していたのだ。
しかし、それは過信に過ぎなかった。
「内務大臣!!」
扉が開かれ、ウィン・タントの部下が駆け込んでくる。
「どうした?」
「放送を、放送を御覧ください!」
二人は、既に視聴を止めていたテレビの方へ視線と、耳の神経を戻す。
故に、ゲオルグのニンマリとした微笑みには気が付けなかった。
『──民の皆─。国民の皆様─。
緊急放送。緊急放送。
国民の皆様、先程の放送はデマ、根拠のない虚言であります。
これは政府に対する反逆であり、陰謀です。
フェルナンデス閣下が暗殺されたことは事実です。
しかし、犯人は官房長ではありません。
真犯人は、自らの派閥に執政官という地位をもたらす為に、ゲオルグ代理執政官始め、政府高官を裏切り者に仕立てた醜き権力の奴隷です。
奴等の言葉を信じてはなりません。
全て、権力を私物化せんとせる策謀であります』
「何だこれは?」
「くっくっ。残念なのは貴様らの方だな」
「何?」
ゲオルグに奏は詰め寄ろうとするが、その瞬間、部屋の扉が再びけたたましく開けられた。
「奏警務長官、ウィン・タント内務大臣!並びにイワン検察長官。
貴様らを反逆と執政官暗殺容疑で逮捕する!」
なだれ込んできたのは警察ではなく、MP、つまり後に保安隊となる憲兵であった。
軍が動いたのだ。
それはつまり、ゲオルグの味方、であった。
「警務長官、油断して執政府になど来ず、警務庁舎で大人しくしていれば部下が守ってくれたかもしれんのにな」
カウンタークーデター。
クーデターに対抗して起こされた側が更にクーデターを重ねることで権力を奪還する手法だ。
ゲオルグは勝利を確信し、喜色を湛え、大きく笑うのだった。
「やあルーカス君。ありがとう。君の忠誠にはしっかり報いるよ」
ルーカスの他、もう一人の影があるのに気付き、ゲオルグはその正体を知ると、より満足そうな笑顔となった。
「ンガングガ大臣。君も来てくれたのだな」
「ええ。閣下。真に国を想う執政官を誕生させる為に」
「そうかそうか。さあ、では祝おうじゃあないか。裏切り者の排除をな」
「いえ、まだもう一人」
ンガングガの言葉に合わせ、ルーカスは引き連れていた部下と共に銃を──ゲオルグに向けた。
「笑えない冗談は止めろ。ルーカス」
「残念ながら私はジョークが好きではありません」
ゲオルグはンガングガに視線を向ける。
まさか、と悟るところがあったのだろう。
昨日、ンガングガがルーカスに書類を手渡したところに遡る。
「機密というものはやはりアナログで管理するのが一番だな。漏れにくい」
「これは…?」
「読めば分かるさ」
手渡された書類をルーカスは見る。
その表紙にはこう書かれていた。
"宇宙省設置とそれに伴う大臣ポストの新設について"
「宇宙省…?」
「君も耳にはしているだろう?宇宙戦艦の試造が完了し、外惑星統合事業が現実味を帯びつつある。
故に、フェルナンデス閣下は懸念されていた。
もしもこのまま外惑星を統合した場合、人類統合に関わる職務全般を司る統合大臣へ、巨大な権力が集中してしまうことをね。
軍に、外惑星統治機構の責任者にもなるわけだ。
権威はともかく、実務上の権限においては執政官に並びかねない」
だからこそ、とンガングガはルーカスが書類を巡る手を止め、あるページを開かせた。
「それがこの宇宙大臣というわけだ」
「権限の分割…」
「その通り。軍事、つまりは実力に関わる権限は統合大臣に、行政上の実務分野の権限は、総督府の統括、という形で宇宙大臣に分割することで、権力の集中を阻止しようというわけさ」
「つまり…統合大臣は…」
「君が期待する程の権限は持たないだろうね。ましてや明確な政権No.2とは到底…」
ルーカスはしかし、なおも呑み込みきれていない、というよりゲオルグを信頼していたようだ。
「しかし、これはフェルナンデス閣下の案でしょう?ゲオルク代理は撤回される可能性も…」
「彼は強く賛成していたよ。…私もだがね。
権力の過度な集中を避ける、という点に大きな反対はまあ出にくいだろうが、ゲオルグは最も強く推進していた」
この意味が分かるか?とンガングガはルーカスに微笑んだ。
「ゲオルグ官房長はルーカス、君に一度でも、自らに次ぐ権力を与える、と明言したかね?」
言われ、ルーカスは気付く。
彼は"統合大臣"の地位を約束こそすれ、2番手の位置を明言などしていなかった、と。
しかし、宇宙大臣などというのが存在しなければ実質的に2番手になることは疑いようもなく、それ故にルーカスは疑問を抱いて来なかった。
「彼は約束を守るだろう。当然、君の期待とは異なるがね。
彼とて余計なライバルを増やしたくはないに決まってるさ。
執政官に並び得る権力を持つ役職等、認めるはずも無い」
震える手で、ルーカスはンガングガに問う。
「それを伝え、私に何を期待しているのです?貴方とてこれには賛同しているのでしょう?」
「ああ。さすがにそれ程強力な権限を持たせたくはないな。…しかし、2番手の位置が欲しいなら与えてやれる」
そうだな、と溜めてからンガングガは言った。
「宇宙大臣と教育大臣の兼任はどうだ?宇宙大臣の権限は説明した通り。教育大臣もこの先重要なポストになる。
何せ外惑星住民の"再教育"が必要だからな。
外惑星の統治と教育の権限。
軍事の権は無いが、それ以外の独占というわけだ」
「…なるほど」
「宇宙大臣は新設だ。退役軍人が就任しようと前列がそもそも存在しないのだ。問題にはならん」
ルーカスは、ンガングガの差し伸べた手をじっと見つめ、そして、無限にも思える数十秒の後、それを握り返すのだった。
「官房長、私は言いましたよね。協力を求めるのなら、私にも強力な権限を、と」
「だから統合大臣を…」
「権限を縮小させる?」
「それは仕方のないことだろう!」
ルーカスは冷たい視線をゲオルグに送る。
「官房長。ンガングガ閣下は私に約束してくださいました。政権の2番手を」
「…ッとんだ食わせものがいたものだ」
ンガングガはゲオルグの恨めしそうな目線に、肩を揺らして嘲笑を向けた。
「この際だ…執政官にはルーカス、君がなるというのはどうだ?私はそれこそ統合大臣や宇宙大臣で構わん」
ゲオルグはとにかく破滅だけは避けようとトップの座を投げ捨てる。
しかし、ルーカスにとって、それは魅力的なモノではなかった。
「私はトップには興味がないのです。
責任ばかりが大きく、全てが私にのしかかるじゃないですか。
だから2番手を望むのです。
責任は最大ではなく、そして権限はその範疇で最も強大な、ね」
「クズめ…」
「貴方に言われたくはありませんな」
こうしてゲオルグも十数分遅れて、奏やウィン・タント同様連行されて行くのだった。
「君、悪いが放送局に緊急放送の準備をするよう伝えてくれ」
近くの部下にンガングガは命じる。
「はっ!…しかし、どなたの、職位は何れで命令を伝えましょう?」
「代理執政官代行の名で出してくれ。少々…バカらしいが事実であるし致し方ない」
「はっ。では直ちに」
ところで、とンガングガはルーカスに向き直る。
「君は責任を負いたくはないのだね」
「そういうわけではありません。ただ、トップというのは無限の責任がありますから。
幾ら巨大な権力であっても、そこには無限の責任がつきまとい、自由でなくなる。それが嫌なんです」
「ふむ。しかし、君の言う2番手、No.2はトップの意向に縛られるが?」
「ええ。そうした一定の範囲で与えられる責任が一番やりやすいのです。トップは全て、自らのどんな判断にも責任がつきまといますからね」
「なるほど。一理あるな」
苦笑しつつ、ンガングガは、「では」とルーカスに向き直る。
「君には最初の責任を与えよう。
君の欲する地位に相応しい、ね」
放送局に着くと、ンガングガは直ぐ様放送を開始した。
全太陽系に向けて。
『市民諸君。私は代理執政官代行のジョルジュ・ンガングガである。
衝撃的な事実が発覚した。フェルナンデス閣下暗殺の真犯人は、ゲオルグ官房長であったのだ。
この点、ウィン・タントや奏警務長官は正しかった。
ゲオルグは自らの権力の為にフェルナンデス閣下を暗殺し、更には罪が明らかになりかねないとなるとクーデターを実行せんとした』
しかし、驚くべきことに、とンガングガは続ける。
『ウィン・タント達が、では無実であり、冤罪で捕らえられたのかと言えば、そうではない。
彼らは彼らで、汚職を働いていたことが捜査により発覚している。
自らの派閥を強化し、執政官選任会議において自身に投票させるべく幾人かの議員を買収していたのだ』
嘆かわしい。とンガングガはわざとらしく首を振った。
『国家の理想の為にではなく、自身の欲求の為に動き、祖国を私物化せんとする者達が執政官の後継にならんと画策していたのだ』
この衝撃的とも言える、二転三転する展開の中での発表に、国民は混乱しそうなものであるが、そのような事例は殆ど見られなかった。
執政官という特殊な地位を巡ってはそれなりに珍しいものの、大なり小なり、日常的にこうした失脚劇は起こっているのだ。
今更、二転三転程度で大した混乱は起きない。
彼等の大半は、最終的な勝利者を見定め、それに順応するだけなのだ。
とはいっても、強くマークはされていなかったンガングガが勝者であるこの状況は、多くの者に驚きを持って迎えられていた。
『ゲオルグの陰謀を暴いたのは、国家に忠実なる軍人であった。
証拠をその手に、私へ告発してくれたのだ。
彼によって、ゲオルグの陰謀は白日に晒されたわけだ。
…その軍人とは、すなわちルーカス・イワノヴィッチ起源軍大将!』
同時に、カメラが動き、控えていたルーカスを映し出す。
『我が国は貴官に感謝し、最大限の敬意を表するものである!
君の勇気ある行いによって、最悪の事態は避けられた!
救世主よ!ありがとう!』
ルーカスは、やられた、と内心口を歪ませていた。
英雄として祭り上げられたことで、彼は嫌っている無限の責任、その一端を押し付けられたのだ。
少なくとも彼はそう感じていた。
しかし、これを不満と裏切ることはもう出来ないし、約束を守るために必要な"実績"と言われれば反論も出来ない。
ルーカスもゲオルグも、ウィン・タントも、ンガングガという男を勘違いしていたのだ。
彼自身が、そう仕向けていたものではあるが。
つまり、法や決まりにうるさく、教条主義的な頑固者。
その印象に拠った判断が多く、彼の内に秘めた野望は、最後まで、事ここに至るまで既に亡きフェルナンデスを除き、誰にも気付かれていなかった、という訳である。
『これを機によく覚えておくが良い。
自らの利益を優先し、国家を蔑ろにする者達よ、祖国に異を唱える者達よ。
貴様らの策謀は、祖国に忠実な者達が必ず明らかにする。
時間はかかることもあるだろう。
しかし、最後には必ず明らかとなり、貴様らの陰謀は成功に終わることなどないのだ、と!
祖国を愛する忠義者達がいる限り、起源国は不滅なのだ!』
『Remember Origin!』
急遽のことであっため、観衆もいない中での放送。
しかし、テレビ局の人間が可能な限り、集まり、歓呼の声を演出として挙げた。
設定された音声ではなく、生の声を届けることこそ意味があり、効果は大きい。
そう責任者は判断したのだ。
そしてそれは正しかった。
『Origin's here!』
『Remember Origin!!』
自然発生的に湧き上がったかのごとく演出されたこの光景と音声、つまり映像は、一部とは言え、市民に熱狂を与えるに充分となり、ンガングガは見事にその地歩を僅かながらこの演説で築くことに成功したのであった。
こうして、後に人類社会を統一し、全人類の独裁者となる男は、起源国のトップに躍り出たのである。