代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
アウグスト・バルテル第三星系総督府文化局長より第十二星系総督府への異動を命じられた青木祐輔は戦艦に乗り込み、宇宙へと飛び出したところであった。
彼にとって初めての宇宙旅行と相成ったわけだが、その感慨に浸る暇も無かった。
艦長からは平等派に弱みでも握られているのか、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも歓迎の社交辞令を述べ、丁寧に扱われた。
しかし、予想通りと言うべきか、乗員からの嫌がらせはハヤブサから離れるごとに酷くなる一方であった。
どう考えてもぶつかりそうにない通路で肩をぶつけられたり、食堂で少し水を取るために離席した隙に食事にゴミが混入していたり。
そんな"嫌がらせ"が続いたのだ。
しかし、祐輔にとっては慣れたものであり、ただ淡々と後処理をするのみであった。
名誉起源民が取り立てられいることに苛立ちを覚える者たちによる嫌がらせは日常茶飯事であっただけでなく、基之と出会う前も同じであった為、特段動揺することもない。
ただ、打てど響かずな祐輔に業を煮やした愚かな連中は、より直接的な手段に出る。
「ちょっと顔貸せよ」
素行の悪い者達はいつの時代になっても似たようなボキャブラリーしか持ち合わせていないのか、安っぽい挑発を口に浮かべながら、祐輔と階級の近しい者達が彼の部屋の前で待ち構えていた。
「何ですか?貴方達は」
樱花が護衛として祐輔の前に立ち、連中を牽制する。
しかし、彼等は動じることは無かった。
「何だお前。ああ、"護衛"だっけ?少尉如きに大袈裟だな!名誉のお守りは楽しいか?」
「無礼ですよ」
「はっは!名誉にケツ振る淫売に礼もへったくれもあるかよ」
祐輔は自らに火の粉が降りかかる分には気にしないが、しかし、樱花を愚弄されたことには冷静でいられず、祐輔を庇うように立っていた樱花の前へズイと歩み出た。
「取り消して下さい」
「あ?名誉は黙ってろ」
「付いていけば良いんでしょう?」
祐輔は連中を睨みつけ、そのまま奥へと足を運ぼうとするが、彼等はそれをせせら笑うだけだった。
「いや?気が変わった」
言うや否や、樱花の腕を乱暴に引き、リーダー格らしき男は彼女を壁に押し付ける。
「なっ…!?」
「この生意気な女に躾をすることにした」
「待て!彼女は関係ないだろ!」
「いいやあるね。第一そんなことはどうだって良い」
へへへと下品に笑いながらリーダー格の男は樱花の胸を掴んだ。
「!…っ」
「顔も身体も良いのになあ。名誉に腰を振る女でなけりゃあ完璧だったんだが…まあ玩具にはちょうど良い」
「止め…っ」
他の者達に祐輔は取り押さえられてしまう。
「お前はそこで眺めてな」
「少尉。俺達にもやらせてくださいよ」
「俺が満足してからな」
「この…」
樱花は足を蹴り上げ、リーダー格の股間に手痛い一撃を与える。
「っおおおおお!?」
「なっ少尉!!…貴様!」
驚いた周りの男達が樱花に注意を向けた瞬間、祐輔は自らを拘束していた四本の腕を振りほどき、そして左右交互に、エルボーを喰らわせた。
「はあっ!」
そして一人を床に投げ、樱花の下へと駆け寄る。
「すまない!樱花!大丈夫か?!」
「…ええ。大丈夫」
腕をしかし、小刻みに震わせていることに気が付き、祐輔は自らの不甲斐なさに固く口を結ぶ。
「お前ら…!ただで済むと思うなよ…!名誉と父親の後ろ盾を捨てた女…。貴様らなど、俺達でも充分……」
痛みがぶり返したのかリーダー格の男は言葉を途切れされ苦悶を浮かべた。
「何をしてる?」
そこに上官がやって来て、股間を抑え悶える少尉に一瞥をくれると溜息を吐きながら言った。
「大佐から連絡を受けてきてみれば…何をしてるんだ君等は。…青木少尉。君もだ。余計な騒ぎは起こさないでくれたまえ」
「なっ……はい…申し訳ありません」
拳を固く握り締めながら祐輔はその場をやり過ごし、樱花の手を引いてその場から離れるのだった。
「ごめん。樱花」
廊下を歩みながら祐輔は樱花に詫びた。
「何で謝るの?祐輔は何もしてないじゃない」
「だからだよ。何も、出来なかった。…もし、君があいつを蹴ったりしなきゃ、拘束も解けなかったし…だから、ごめん」
己の不甲斐なさに歯ぎしりせんばかりであったが、祐輔はただただ樱花の受けた恐怖と怒りを考えると、それすらも身勝手に思え、ただ全身に力を込めることしかしなかった。
「でも、貴方は動いてくれた。…その事実が重要よ」
微笑む樱花に祐輔は頭を殴られたような感覚を覚えさせられていた。
まだ恐怖は残っているのだろう、腕を意識的に隠すような動作をする樱花が、自分を気遣ってくれている。
その事が、余りに情けなく、余りに無力で、やり場のない想いだけが累積してしまうのだ。
「……そういえば」
休憩室へとやって来た二人。
祐輔は、樱花の気を少しでも紛らわそうと部屋を見回し、一つ、使えそうなものを見つけた。
中央に設置された3Dホログラム星図である。
地球を中心とし、各星系総督府を表示する宇宙の地図であり航海図だ。
「第十二星系総督府に俺達は向かってるんだよね?」
「そうよ。それがどうかしたの?」
祐輔の思惑は直ぐに樱花の察するところとなったが、彼女は祐輔の気遣いに、いじらしさに感じる所があり、そして自分自身、思考を逸らすモノが欲しかったことも手伝い、乗ることとしたのであった。
「ここ、第三星系からだと直線的に飛んだほうが近いのに何で第二星系を経由してるんだろうなって」
「…ああ、それは簡単よ」
言いながら樱花はホログラムの側にあるキーを幾つか操作し、航路を示す線を星図上に表示させた。
「第三星系と第十二星系の間、ここのポイントはどの航路でも避けているのは分かるわよね。
ここは、航行不能領域なの。私達から見て左側、こっちはブラックホールが観測されてて、右側には連星が観測されている」
「重力とかがおかしいってこと?」
「そうね。重力だったり諸々ね。それで宇宙船が飛ぶのは不可能か、困難な宙域になってるってわけ」
ふーん。と星図を眺めながら祐輔はチラリと樱花の様子を伺った。
樱花はそれには気付いていないふりをしながら星図に視線を固定したまま、解説を続ける。
「真ん中辺りは多分飛べないことは無いらしいけど、そんなリスクを無駄に負う必要がない、ってことで迂回ルートが取られているのよ。ワープではギリギリ越えられない距離だしね」
「なるほどなあ…詳しいんだね樱花は」
「むしろ…祐輔は受けてないんだね。この辺の知識。即席とは言え一応士官教育も受けたのでしょう?」
「…名誉だから宇宙に出ることはないだろうってね。宇宙に関する所を削られたんだ」
「ああ…なるほど…」
二人共、気まずい沈黙を経験することとなった。
心底、この国の下らなさに嫌気が差すが、しかし逃れることも出来ない。
彼等は口に出さないが、その心根で一致してもいた。
だが、だからといってこの空気が変わるわけではない。
気まずい沈黙を破ったのは二人の何方かではなく、別な声の割り込みによってであった。
「面白い話をしているね」
背後から突如感じた気配にビクリと二人は肩を小さく揺らし、振り向いた。
「ギンペル大佐…」
「やあ久しぶりだね樱花。青木少尉は初めましてだ」
「はっ。お初にお目にかかります」
アベル・ギンペル大佐はにこやかな笑顔で祐輔の手を殆ど一方的に握った。
「航行不能領域の解説かい?」
「え、ええ。祐輔少尉はその辺りの教育を受けていなかったようなので」
「殊勝だな。では熱心な青木少尉に一つ面白い話をしてやろう」
言いながらアベル大佐はニヤリと怪しげに微笑んでみせた。
「航行不能領域、ブラックホールか何かで通れない、ということになっているが、実はここの何処かにクラウディオ鉱が大量に集まった準惑星クラスの天体があるのでは、という噂があるんだ」
知っているかね?と樱花にアベルは水を向けた。
「聞いたことはありますけど…ただの噂です」
「まあ、確証も何もないな。だが、ワープ資源の潤沢さでもって軍事力の強大さを誇示するべく、起源国軍はクラウディオ鉱脈を見つける度に公表している。
しかし、基本的に名誉は宇宙に出れないから心配ないとは言え、万一に備えた予備があってもおかしくはない」
そうは思わないか?と、今度は祐輔に向かって彼は言う。
「理屈としては分かりますが…」
「ま、樱花の言った通りただの噂さ。噂じゃなきゃこんな風に喋ることも出来ないことだしね。
ただ、要するにこの領域はそれぐらい何も分からない場所なんだ。
天体どころか、星系があるのかないのかも不明瞭、という訳だ。
面白いだろう?宇宙の不可思議さを正に示しているようでね」
「貴重なお話をどうも…」
「そう畏まらなくて良い。こんな偉そうに言いながら、私とてブラックホールなんかだって直接見たこともないんだからな」
ところで、とアベルは話題を切り替え、祐輔と樱花、交互に視線を向ける。
「トラブルがあったようだが、大丈夫かい?」
「!…はい。その…」
「俺が安い挑発に乗ってしまったせいで、少々お騒がせを…申し訳ありませんでした」
そっちが本題か、と即座に警戒を溢れ出させた祐輔。
しかし、アベルは苦笑するのみだった。
「いやいや君等にどうこうってわけじゃないんだよ。本題はまあ関係していることだが」
まあ、簡単に言ってしまおう、とアベルは余裕をその身に纏わせ、話す。
「私は"復讐派"も"平等派"も好きではない。
全く、くだらん内部紛争程無為なモノはない。
私はただ、共に命をかける仲間に嫉妬やら憎悪やらを向けるなんてバカらしいと思っているだけさの一介の兵隊に過ぎない」
やれやれと言ったようにジェスチャーしつつアベルはため息を吐いた。
「君は私の、私達の仲間なんだ。本来あのような真似を同僚がするなどあり得ない。
…もし、何かあれば私に次からは報告してくれ。
必ず対処するからな」
とは言っても、と腰に手をつき息を吐く。
「艦長は"平等派"から良いモノを貰ったのだろう。或いは弱みでも握られているか。
何にせよ彼が君に攻撃を加えることはないだろうが、かといって積極的に諍いに介入する気はない。
だから私にもやれることに限りはあるが、しかし、可能な限り助力するよ」
「…ありがとうございます」
「それと、樱花准尉。すまなかったね。バカ共には処分を下してある。望むなら目の前に拘束して引き出そう」
彼の言葉はただの建前ではなく、実行も伴うのだ、と示され、祐輔と樱花は驚愕を隠しきれなかった。
「しかし、怪我人のなかったのは不幸中の幸いだったね」
本当に差別をするつもりもなく、祐輔を一人の人間として見、態度でそれを示すアベルに少なからず好意的な想いを抱いていたのだろう。
別れ際、祐輔は思わず、無意識的に言葉を漏れ出させていた。
「ブラックホールや連星、いつか直接、見に行ってみたいですね」
アベルはフッと笑い、いたずらっぽく言うのだった。
「私も入っていると認識して良いのかな?デートの邪魔になるかと思うのだが?」
「デ…!違います!」
樱花が横から修正し、祐輔も付き合っていません!と若干取り乱しつつアベルの誤解─果たして本当にそうかはともかく─を解こうと奮闘することになる。
この頃には樱花の気もかなり逸らされて、心も多少は軽くなっていたようだ。
祐輔もその様子を悟り、小さく安堵するのだった。
「デートではありませんので、閣下。もし、機会があって、閣下さえよろしければ、是非一緒に行きましょう」
アベルは少し驚いたように目を見開いてから、ハハハッと吹き出した。
「良いのか?私がいても気を遣うだろう?」
「閣下にはお礼をせねばなりませんから…勿論!別のちゃんとしたお礼をさせて頂きたくはありますが」
「ははっ。そういうことなら、そのお礼を受け取るとしよう。他は無用だ。気にするな」
そうしてアベルは人の良い笑みを浮かべながら自室へと戻るのだった。
防諜システムがこれでもかと言うほどに組まれ、一切の監視を受け付けない部屋。
そこで彼は通信を開く。
「やあ李中佐。元気だったかな?」
「ああ、さっき会ったよ。目標の護衛、いや、君の娘に」
「ハハハッ。思ってたより親をやってたんだな。大丈夫、手だしはしてないよ」
「目標は問題なし。ただ、もうアレは我々の手駒とは言えんだろうよ。…ああ。"平等派"の件もそうだが、何と言っても私は彼から"旅行に誘われてしまったからね。……遊んではいないさ。半分は冗談だよ。単にあれはもう此方の手綱を離れてしまっているんだ。拘る必要はもう、ない」
通話を終えると、アベル・ギンペル起源国軍大佐は、ゆったりと背もたれに深くもたれかかり、彼の率いる派閥─といっても正式なモノではなく、誰も互いのことを知らないネットワーク─すなわち、"金龍会"の、つまるところ起源国軍に巣食う寄生虫達。
これを使って彼の真なる目的を達成する為の思索へと沈むのであった。