代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
第三十九話 アルワタンポリス
統一暦243年(西暦2693年)5月2日
起源国 太陽系 地球 首都 アルワタン
古今東西、これまでに存在した計画都市、例えば中国や日本の碁盤の目を模した都市。
例えば、ブラジルは首都ブラジリア。
例えば旧UAEのマスダール・シティ。
他にも古代ローマの都市や、アメリカの植民初期に造られたフィラデルフィア等。
それらによって培われた全ての経験や技術、知識を総動員し、都市論や人間心理学を参考にして造られたこの都市は、上空からは幾何学模様にも見える構造で区分けされ、しかし極めて合理的に建造物や道路、交通機関が整備されている。
多少の事故があったとしても渋滞などとは無縁であり、市の何処から歩いても5分以内には何れかの公共交通機関に出会えるよう完璧な設計が施されているのだ。
人類の起源足る地球、そういった"起源"を重視する起源国であるにも関わらず、その首都はゼロから完全に人工的に計画された都市、というのは皮肉にも思えるが、この都市を見た者達の脳裏に、そんな嫌味が過ぎることはない。
それ程までに壮麗であり、荘厳なのだ。
余程の傑物でない限り、眉の一つも動かさず、かの都市を見ることは不可能であろう。
そんなアルワタンの中心部に位置する場所には、起源国執政官の、つまりは全人類の支配者足る男が鎮座する、執政府ビルが、街全体を見下ろすかの如き威容で建っている。
高さも最も高く、その最上階からはまるで、無限に都市が続くかのように、地平線まで人工物で埋め尽くされている景色が見える。
ジョルジュ・アース・ンガングガ第八代起源国執政官は、その最上階1フロア全てが執務室、いや執務フロアとなっていた半分を自らが執政官となってから改装し、大浴場へとしていた。
彼の故郷に温浴の習慣はない。
勿論、アルワタンにも。
日本を始め、一部の地域独特の文化である。
しかし、気候区分が乾燥帯の一種に属するアルワタンにおいて、清潔な水を大量に、温水にして貯め、リラックスする為だけに使用するというのは一種の贅沢だ。
私生活においても、公的な場面においても、華奢を好まず、女、或いは男を漁るわけでもなく、子供三人と妻一人の五人で、全人類の統治者としては小ぶりな─小さすぎるわけでもないが─邸宅に暮らす彼が嗜む、数少ない浪費だ。
この趣味を、ンガングガの公私における無欲さを知る者達が聞くと、大抵一様に安心したような顔をする。
彼にも欲があると、漬け込む余地を見いだしたからか、或いは彼も人間だと安堵したからなのから定かではないが。
だが、その理由を聞けば、彼等の顔は再び引きつるに違いない。
彼は何も、ただ自らの欲求によってのみこのような事をしているのではない。
自らの立場を再認識する為の儀式にしているのだ。
立場とは、つまり人類を、全人類を恒星を股にかけて統治する独裁者としての。
地平線まで延びるメガロポリスを眺めながら、水の貴重な気候帯にあるこの都市で温水に浸かること。
これは、身体に脂肪や糖を無駄に与える豪勢な食事よりも、女よりも、薬物などよりも、リスクが無く、そしてそれらと同じく自らの権威、権力を再確認することが出来る。
それ故に注目し、取り入れた習慣なのだ。
要するにただの私欲から発せられている趣味ではなく、彼なりのスイッチを、執政官として自らの意識を切り替える為のルーティンというわけだ。
朝、業務を始める前に、昇る陽光に照らされるアルワタンを眺めることが、ンガングガ"執政官"の1日の始まりなのである。
「おはようございます。執政官閣下」
「おはよう。ボルケ大佐、ダヴド君」
「夜影中将は太陽系を出た模様です」
「そうか。では来週以降だな、戦いは」
執政官を出迎えたのはパトリシオ・ボルケ大佐と、ダヴド・ウマール主任秘書の二人であった。
ボルケ大佐アルワタン警護主任で、内務大臣直下の執政府警護室に特別所属している軍人だ。
「それと閣下。早速のことで申し訳ないのですが、報告が」
大佐と共にンガングガを出迎えたダヴド・ウマールは執政府秘書局の筆頭だ。
1日の始めは彼からの報告で始まる。
「月面第三コロニーにて叛徒の武器密輸現場を取り押さえたそうです」
「それは重畳だな。しかし、私に報告するからには何かあったのだね?」
「はい。その組織は当局がこれまで追っていたのとは別な組織だったそうです」
「新顔と?」
「はい。何処にも記録はなく、ごく最近結成されたものと…幸いにも未然に摘発出来た、ということではありますが」
ンガングガは理解した。と神妙に頷いた。
「
「はい。あれを機に反抗運動に身を投じる連中が増加傾向にあるようで」
「…法務省と統合省に命じて太陽系内の地球外惑星においても保安隊を設置する案、あれを早く協議させろ。ちんたらと議論している暇はない」
「は。閣下が催促していた、とそれとなく伝えておきます」
「うん。他に緊急の要件は?」
「ルーカス宇宙大臣に関する告発が…」
「またか…とりあえず黙殺しておけ」
ンガングガの苦虫を噛み潰したような表情を見、ボルケ大佐が口を開いた。
「差し出がましいようですが、閣下。
ルーカス大臣の告発は余りに多い。
減給でも何でもとりあえずの処罰は下した方が良いように思えますが…」
それも一つだな、と椅子にもたれかかりながらンガングガは呟いた。
「だが、まだ奴の能力は有用だ。余計な亀裂を造りたくない。
それに、奴は我が政権の功臣だ。処罰などすれば政権のイメージに傷が付く。
避けたいところだな」
なるほど、と頷いてからボルケは「ところで別件なのですが」とイタズラっぽくも見える笑みでわざとらしく言った。
「ルーカス大臣含め執政官閣下だけでなく大臣や総督は我々執政府警護室が警護を担当しています。
最近能力の査定が出ましてね。正直、お世辞にも優れているとは言えない者が何人かおります。
それと、そろそろ前回の大規模な配置換えから3年です。
異動をしても良い頃合いかな、とも考えています」
暫くンガングガはボルケの"別件"の意味を考えていたが、十数秒ほど経ってから何度か小さく頷いた。
「なるほど。では一応、その能力に不安がある者をリストアップしておいてくれるか?"適切な位置"に配置しよう」
「はい閣下。戻り次第直ちに」
「最近は叛徒の活動が活発だからな人員の配置ミス等あってはならない」
「全くです。…では、私は一旦これで」
ンガングガはボルケが去った後、秘書のダヴドに視線を向けた。
「ルーカスは第十二星系総督府へ2ヶ月後だかに視察に行く予定があったな?
そこの保安隊責任者は…誰であったか」
「ライアン・マルドゥーン中将であります」
「マルドゥーンか。彼に連絡を。直接話したい、とな」
「伝令船で送りますか?」
「いや、迎えの船をやる。到着後一両日中に出発するよう命令文書を船長に持たせておけ」
「承知しました」
「よろしく頼むよ。…星系総督府は何処も不安定さを増している。"万が一ということがあっては行けないからね"」
ニンマリと人の悪い顔で笑いながらンガングガはそう言って、秘書を下がらせるのであった。
第十二星系総督府 旧自由合衆国 ルイス・プラネット
統一暦243年(西暦2693年)5月8日
青木祐輔は漸くこの星に到着してから始めて、生活を落ち着けつつあった。
4月初旬に到着してから暫くは引っ越し作業の傍ら、総督府の"平等派"メンバーと顔合わせをしたり、彼等が社交の場に連れ出したりとしたため、それなりに忙しかった。
しかし、4月の終わりになると、それまでが可愛く思える程に彼は政府に振り回され続けた。
例の"銀河連盟"による放送があってから、比較的レジスタンス活動は小規模であったルイス・プラネットでも事件が頻発する事態となり、僅かでも市民の目を逸らさせたいと総督府は派閥問わず青木祐輔に着目したのだ。
結果、史上初、名誉起源民としてワープ航法を経験した、確かな実績を持つ若き英雄として各メディアで大仰に取り上げられ、様々なイベントに引っ張りだことなった。
青木祐輔は一挙に有名人となり、名誉起源民の中でも起源国に逆らわず生きていこうとしている者達の希望にもなった。
ただ生きながらえるために従う生活。
そこに突然、出世の可能性が開けたのだから当然だろう。
勿論、祐輔が特殊で、上層部に目を付けられている結果なことは皆分かっている。
それでも、ただ惨めに唯々諾々と従い続けることは無意味でないのだ、と、そう彼等を慰める効果としては充分だった。
レジスタンスのテロ行為には賛同出来ないが、ただ社会の底辺層として生きるだけなのも嫌だ。
そんな揺れていた者達の中には青木祐輔を見、起源国に従うことを決めた者もいる。
こうして彼は、第十二星系総督府における、"銀河連盟"の衝撃を少しでも薄める為の格好のプロパガンダ材料として使われ、結果としてその任を十全に果たした、というわけだ。
しかしそれ故に彼はこの一週間殆ど休んでおらず、この激務の中では、彼も観た映像で、"銀河連盟"軍事部門のリーダーとして日野基之が映っていた事に対して受けた衝撃を呑み込み、ゆっくりと考えることも出来ていなかった。
漸く落ち着いた今となっては時間が経ちすぎていて、彼自身現実味を持って、最も大切な友人との、取り返しのつかない敵対をしっかりと実感することは出来なかった。
だがそれでもなお、一抹の後悔が、自室でソファに背を預ける祐輔を襲っていた。
あの時、基之の手を取っていれば、と。
何せ、彼はハヤブサを解放してみせたのだ。
ならばあの時、手を取っていれば、家族も自分も自由になれていたのでは、と、そう考えてしまうのも当然だっただろう。
例え今の結果が、自らの選択によって齎されていようと、人は後悔をしてしまうものだ。
しかし、現実は最早手遅れである。
故に、どれだけ考えようと、もう覆ることはない。
だから、祐輔は結局、覚悟を決め直すしなないのだ。
名誉起源民の英雄となり、起源国で自分達の待遇が改善されるように、起源国に尽くすことを。
罪を、重ね続けることを。
「基之。いつかお前が──」
言いかけ、今自身のいる場所が軍の官舎であることを思い出し、口を噤む。
そして、小さく息を吐き、漸く休みになったのだから、せめて休息を、と目を閉じるのだった。
同じく第十二星系総督府 首府 ニューサンフランシスコ
自由合衆国時代の首都、ワシントンD.Eは起源国の核攻撃によって消滅し、第二の都市であったエリダヌス・マンハッタンも壊滅した為、別の大陸に位置し、それなりの規模であったこの都市が総督府の首府とされた。
そのニューサンフランシスコは名誉起源民が押し込められている貧民街とでも呼ぶべき地区のとある雑居ビル。
その地下にジェラルド・ターレス率いる第十二星系におけるレジスタンスの本拠はあった。
「ジェラルド。ニューモントピリアの連中が上手く武器を調達出来たそうだ」
「良くやった!これで目標の8割を越えたな」
「それは良いんだが…今の戦力で蜂起するつもりなのか?」
懸念を表明したのはジェラルドの盟友であるジョン・アレンだ。
二人は組織図で見れば上下関係のある立場だが、実際は組織を共に立ち上げた運命共同体なのである。
「まさか。…だが、起源国の締め付けが厳しくなって来ている。調達出来る内にしておかないとな」
「なるほどな。しかし、我々はまだ当局以外には殆ど認知されていない。
蜂起の準備も良いが、市民からの認知も重要じゃないか?」
ジョンの指摘は最もであるが、知名度が上がれば種々のリスクも跳ね上がる。
それ故にタイミングを見極めねばならない。
ジェラルドはそういうようなことをジョンに伝えた。
「…タイミングか…何かド派手に少人数でもかませるナニカがあれば良いんだがなあ」
ジョンのぼやきにジェラルドは「そう都合良く行くか」と笑うのだった。
統一暦243年(西暦2693年)5月7日
地球 起源国 首都 アルワタン 執政府ビル
「ライアン・マルドゥーン中将、ただいま参りました」
その日ンガングガは第十二星系総督府で保安隊司令を勤めているまだ若さが残る年齢でそこまで上り詰めたライアン・マルドゥーン中将である。
「すまないね。突然の呼び出しで」
「閣下のお呼びとあらば」
「ルイス・プラネットでの暮らしはどうだ?」
「はっ。治安も比較的安定していますし、郊外も牧歌的な雰囲気があり、快適であります。
ただ、たまに大都会が恋しくなりますが」
「そうか。何にせよ、不満はないようで何よりだ」
さて、とンガングガはライアンの目を見、咳払いを一つしてから口を開いた。
「実は君に頼みたいことがあってね」
「はっ。何なりと」
「…ここでの会話は墓場まで持っていくと約束出来るか?」
「
「よろしい。…ルーカス宇宙大臣が近い内、そちらに訪問することを知っているな?」
「は。警備計画を策定中であります」
ライアンは訝しむように眉を僅かに下げたが、それ以上の変化は見せず、淡々とした調子を崩さない。
「その計画は破棄し、悪いが彼の警備主任が策定する計画に従ってくれたまえ」
「…失礼ながら、我々の方が第十二星系については詳しゅうございます」
「百も承知だ。…迂遠な言葉選びは止めよう。マルドゥーン中将、君には提出される警備計画を流出させて欲しい」
さすがに動揺を隠せず、ライアンは目を見張る。
「それは…どういう…」
「第十二星系に、もし、ルーカス大臣の訪問と警備計画の漏出を知った場合、何らかの行動に移る可能性のある組織はあるかね?」
「二、三心当たりはありますが…しかしそれは…」
「ならば良し。まずルーカス訪問をリークしろ。
その後、時期を見て警備計画も一部流出させるんだ。上手く鼠を通してな」
「閣下…」
「ああ、勿論、連中には悟られないよう、隠密活動の成果だと誤認させられるようにしてくれたまえよ」
「閣下!」
強い語調で話を打ち切られたンガングガだが、不快そうな顔はせず、ただ微笑を浮かべるのみだった。
「何なりと、と言ったのは君だよ」
それは儀礼であって、とは言えない。
ライアンははっ…。と黙るしかなかった。
「しかし、では、そうだな…。質問を一つだけ許そう。何か気になることは?」
聞きたいことならいくらでもある。
何故政権の功臣を暗殺するような真似をするのか。
何故逮捕をチラつかせ引退を促すのでなく、暗殺なのか。
何故こうも遠回しな計画のか。
他にも色々と、ライアンは疑問を頭に浮かばせるが、しかし、一つだけ、となれば彼自身、尋ねることは決まっていた。
「閣下…。私は、何か失敗を…?」
キョトンとした顔でライアンを見つめたンガングガは、数秒置いて彼の質問の意図を知り、ハッハッハと豪快に笑って見せた。
「まさか。君を切り捨てる理由もメリットもない。違うよ。安心してくれ。
…とはいってもキャリアに多少の傷は付いてしまうが」
しかし、とンガングガは続ける。
「大丈夫だ。全てのは責を負うのは君ではない。
それに、君を出世コースから外す真似もしないさ。
何なら直ぐに功績を立てる機会を用意するよ。
それで大将の地位になるのはどうかな?」
むしろライアンは余計に警戒感を増幅させてしまった。
美味い話が過ぎる。
それが彼の抱いた直感的な感想であったためだ。
「閣下。失礼ながら…その…ルーカス大臣に万が一があったとなれば、本来、私は降格は確実に免れません。それ故に……そのお話は…」
「信用出来ない?」
ンガングガはそう言い当ててから貼り付けていた薄く笑う唇を引き締め、ライアンへと向き直った。
「ライアン」
ファーストネームで呼んでから、極めて単純に、しかし、有無を言わさぬ迫力も帯びさせながら、こう言う。
「
「"
ライアンとしては最早頷くしかなかった。
Noと言えるわけもなし。
それに、執政官が、全人類の支配者が「信じろ」と、「信じている」とを口にしたのだ。
呑み込む以外の選択肢はあろうはずもない。
「はい。閣下。…必ずや、ご期待に沿ってみせます」
「よろしい。では、ライアン。君には2日間の休暇を与える。
日々の疲れを癒し、リラックスしたまえ。
勿論、最高級のホテルを用意させよう」
話題が移り、ライアンは漸く僅かだが肩の力を抜くことが出来、ほうっと小さく息を吐いた。
「ありがとうございます。閣下。
…その、お気遣いは大変嬉しいのですが、ホテルは結構です」
「ホテルは嫌いかね?」
「いえいえ!閣下のご厚意に甘えたい気持ちはありますが、折角なので家族の待つ家に帰ろうかな、と」
「ああ。君は家族を残しているんだったか」
「はい。久しぶりに顔を出しに」
「気が利かなくて悪かったね。…しかしそうだな。ならば君の家族の安全は私が保障しよう。
ルーカスにも手の者はいるが、近付けさせんよ。何があろうとね。
だから、そこも安心したまえ」
しかしそれは人質という意味もある。
ライアンはそれを理解していたが、当然口には出さず「心強いです。お気遣いに感謝を」と無難に礼を言う。
「それと、休暇は今日を除いて3日に延長することを認める。家族との団欒を楽しみたまえ」
「ありがとうございます。閣下」
「送迎の車を用意させよう。少し待ち給え」
言ってからンガングガは内線電話でボルケを呼び出す。
「ボルケ、君のとこのケリング少佐を3日間ライアン中将につけてやってくれ。ケリングには車を駐車場に回すようにも伝えてくれ。
…それと、護衛を何人か…五人は最低でも手配するように」
暫く電話口からの声に耳を傾けた後、ンガングガは良し。と呟き、電話を切った。
「三十分程、悪いが待っててくれ。車を用意させるからな」
「何から何までありがとうございます閣下」
「礼には及ばん。休暇を楽しんだ後は、頼むぞ」
「Remember Origin!全ては祖国の為に」
ンガングガからの激励にそう答礼し、ライアンは部屋から退出する。
「さて、上手くやってくれるかな」
呟いてからンガングガは通常業務へと戻るのだった。
同日。
惑星ハヤブサ ハヤブサ連邦臨時政府首都 星京
アーノルド・マーカスは他の起源軍人らと共に、数週間前まで彼等が"職業訓練所"と称して運用していた強制収容所や、通常の収容所に捕らえられ、ハヤブサ市民に課していたような労役につかされていた。
マーカスは、総督府が降伏し、鷹鸇が第5指定居住区に入ってきた際に自害しようと脳天にピストルを突き付けたが、直前で、ウィリアムズとの問答を思い出した。
"人類統一の内実はどうだ?差別、差別、そこらに溢れている名誉起源民の扱い!"
"君は疑問を持たないのか?下らん殺人事件一件に拘る正義とやらは、何も言わんのかね?
私は下らんと思っているよ。
何も偉大さなどない。尊敬も忠誠も誓う価値を見出さない"
自らが成してきた事から目を背けるようにしてこの世から逃げるのか?
そうマーカスの自害を企むのとは別な脳の部分が囁く。
そして、ウィリアムズに負けることになるが、良いのか?自らの信じる所を貫くべきでは?
頭をもたげたその思考が、彼の指先を緩め、そしてついには鷹鸇に捕らわれることとなったのだ。
部下のジュノ中尉は毒をあおって自殺した、と後から聞かされた彼は、孤独にただ、只管に自らの積み重ねたモノと向き合わされていた。
「何をしてる!」
さすがに若いとは言えない歳であるマーカスは、看守を勤めている鷹鸇メンバーの制服を洗濯するよう命じられ、大量の洗濯物を運んでいたが、一瞬よろけてしまったのだ。
それを目敏く見つけた看守に怒鳴られたというわけだ。
「スミマセン。ゴメンナサイ」
ここ数日で叩き込まれた簡単なハヤブサ語をつっかえながらアクセントの目立つ発音で言い、どうにか再び足を動かす。
「早くしろ!」
「ハイ!ショーチ、シマシタ!」
確かにこれは、偉大でも何でもないな、とマーカスは何処か客観的な冷めた目で自らの受ける仕打ちを、少し前までの自分とを重ね合わせていた。
そうして、結局はウィリアムズの論の、ある程度の正しさは認めざるを得ないことを認識していた。
私はおそらく、ここで死ぬのだろうな。
冷めた感覚を共にしながら、彼は洗濯場へと急ぐのだった。
「
星京の臨時政府ビルにて部下に呼び止められた勝敏は「どうした?」と振り向いた。
「アナスタシア・クセナキスの公開処刑が間もなく始まりますが」
「中継で見るよ」
「そうですか。それと、他の、サミュエル総督だったりの処遇ですが」
「ちゃんと裁判にかけてやれ。サミュエルとの約束だからな。その程度は守らねばならん。
そも、クセナキスも簡易的とは言え裁判の結果だしな」
「分かりました。それと、基之氏から星系外縁基地に到着、最終整備に入る、と報告がありました」
「了解した。報告ありがとう」
勝敏はそのまま執務室へ戻ると、テレビを付け、処刑を中継する特設チャンネルへと切り替えた。
今正に、始まろうというタイミングであった。
特別処刑場として設定されたスタジアムには大量の市民が詰めかけ、怨嗟の声を張り付けにされているクセナキスへと浴びせていた。
「悪鬼!」
「虐殺者!」
「死ね!」
「腹をかっさいてやれ!」
「悪魔!!母さんを返せ!」
そんな観客らの憎悪の声は、銃士隊の入場が伝えられると、歓声へと変わる。
「整列!」
隊長の指示に整然と従い、銃士隊はクセナキスから少し離れた正面に並ぶ。
係の者がクセナキスに目隠しを付けようとしたが、彼女は首を振り、それを拒絶した。
「不要だ!貴様らに屈しはしない」
隊長はその様子を冷ややかに眺めながら、次なる指示を出す。
「構え!」
銃口がクセナキスに向けられる。
「Any final words you'd like to say?」
隊長の問いにクセナキスは小馬鹿にした侮蔑と嘲笑の視線を送りながら、こう言うのだった。
「Fugitives, you will surely be defeated by our country. Enjoy your false freedom to the fullest」
「……狙え」
全員の照準がはっきりとクセナキスに定められ、一瞬の静寂が場内を包んだ。
「撃て!」
複数回の発砲音が連続し、クセナキスはそのまま項垂れた。
しかし、観客席や中継を観ていた者達は気付かなかったが、最後まで彼女の顔を見ていた隊長だけは、身体に寒気を覚えていた。
脳天を撃ち抜かれたはずであったのに、最後の一瞬、確かに彼女は、彼等に鋭い、生気に満ち満ちている眼光を向け、睨みつけたことに気が付いていたからだ。
場内を包む最高潮に達した興奮とは対照的に、隊長は静かに、頼りない足取りで処刑場を後にするであった。
第二部開始です。
今回からは前までと同じように週一の土曜日投稿へ戻ります。
これからもよろしくお願い致します。