代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第四十話 始まり

 

少し時間は遡り、統一暦243年(西暦2693年)4月27日

 

全惑星に渡って鷹鸇の、"銀河連盟"の放送が成され終えたのと同じ頃。

基之率いる、惑星解放後改めて集った志願者によって構成された"銀河連盟市民解放軍"、改め"銀河連盟宇宙軍"の艦隊が惑星ハヤブサを発とうとしていた。

 

宇宙軍艦隊といっても、全ての艦艇が起源軍から接収し、起源国の記章を塗りつぶしただけのものではあるが、しかしそれでも、彼等の戦力。

多くの市民に見送られながら、船は宇宙港を発つ。

市民の期待と、未来へのまだ淡い希望を載せて。

 

 

「何で直ぐに名前変えたんだ?」

「インパクト重視の宣伝用だからですよ。普段は長すぎて不便でしょう?向こうは旧称で覚えてても別に問題はないですしね」

 

隣に立った坂堂の質問に片手間に答えながら基之はオペレーター達の報告を処理していく。

 

「なーほーね」

「それよりも坂堂さん。大気圏突破まで直ぐですから、どっか捕まるとこ探しといて下さいね」

 

司令席に座る基之は問題ないが、坂堂はまだ歩き回っていたためそう注意しつつ、彼はそれでも、少々能天気な彼が付いてきてくれたことに感謝していた。

 

「お前の言うことはそん通りだと思う。確かにあいつら倒さなきゃ終わんねえよな!」

 

いささか単純に説得されたような気もするが、しかし彼の声はよく通る。

幾らかの人々が気持ちを固めるには良い後押しにもなったようで、彼にはなんだかんだいつも周りに人が集っているのだ。

 

「変わんないね。折角肩書貰えたのに」

 

明子も呆れ顔で苦笑しつつ、ある種の敬意も抱いているようだった。

 

「そうだね。…宇宙軍務行政補佐第三書記官!手すりにでも捕まってて下さい!」

 

肩書きをフルで呼ばれ、坂堂は漸くオペレーター達の近くに、周囲からまたやってる。と笑いを受けつつ陣取った。

 

「衛星軌道圏への上昇まであと一分」

 

オペレーターの報告に、基之もシートベルトを締める。

 

「総員。シートベルト、若しくはナニカに捕まっておけ。一気に加速して衛星軌道圏内まで出るからな!まだの者は業務を一時中断して構わん。安全最優先!」

 

さすがに坂堂も大人しくなっており、緊張もあってかしっかり手すりを掴んでいた。

 

「20秒前」

 

これに関しては坂堂を笑う者はいない。

何せここにいる全員がほぼ初めてなのだ。

僅かにハヤブサ連邦時代に宇宙を経験した者はあれど、少なくとも起源国の船で、というのは誰一人としていない。

 

「5…4…3…」

 

カウントが1へと差し掛かると同時、船が一度、堕ちるのでは、と錯覚する程にガクンと揺れた。

 

「行きます!」

 

船体は急加速し、空を切り裂く音が耳に届いているかのような感覚と共に、青い、─正確には若干緑がかった─大気はどんどんと色を薄くさせていく。

いや、ある種濃くさせ、漆黒へと近付いていた。

 

そして再び、ガクン、と船体が揺れた。わけではなく、そう感じるような錯覚を全員が経験した。

これは一挙に惑星の重力圏ギリギリまで上昇した事による身体感覚の変化を、身体が衝撃と誤認したためである。

それからフワリと浮くような感覚を経験した一瞬の後、空は、漆黒と、瞬く白い星々に包まれた。

 

「大気圏外です。…重力圏外ではありませんが、一旦速度を落とし、全艦艇の点呼を行います」

 

疑似重力システムが稼働し、一瞬宙に浮いた物品達も、僅かに場所をずらし凡そ元の位置に戻り、乗組員達もシートベルトから身体や握り締めていた手すりから手を解き放った。

 

「これが…宇宙…」

 

オペレーター達の横。

つまり、最も景色のよく見える場所に陣取っていた坂堂が真っ先にその感嘆を上げた。

 

「すげえ…この下にあるのが…」

「惑星ハヤブサ」

 

基之も司令席を降り、皆と同じ位置に行き、そう応える。

 

「新陽があっちにあんのか…?輝いてる」

「この辺りはもうすぐ日の入りみたいですね」

「…そうか。これが、俺達の星…」

 

眼下に広がる、青く、─彼等は知る由もないが、地球よりも僅かに緑っぽく─美しく輝く彼等の"故郷"、惑星ハヤブサ。

坂堂はそれを眺めてから、バッと上を仰ぎ見る。

そこには、一面を埋め尽くす、星空。

輝く、星々が誘う、虚無の空間。

 

「そんでこっちが…俺等が行く宇宙…か」

「そうなりますね」

「すげえ…すげえ…!」

 

宇宙を初めて経験する者達は、その後一頻り騒ぐことになったが、基之も別段それを咎めることはなく、経験者達と基之や同じく使命感を優越させた者達だけで一先ずの業務を乗り切り、重力圏外からも脱するのだった。

そうしてから彼等は星系外惑星基地に陣取り、敵の来襲に備える。

 

戦いはまず、このハヤブサ星系から始まることは、確定的であるからだ。

 

 

時は戻り。

統一暦243年(西暦2693年)5月2日深夜

 

起源国 地球 首都 アルワタン 

 

首都を占める一角に建てられた高級将校向けの住宅地。

その一つであるマンションの1フロア。

こうした高級将校や高級官僚向けのビルはフロアが丸々その家族の邸宅となることが常であるが、ライアン・マルドゥーンの邸宅も例外ではなかった。

 

フロアの南南東に向いた位置に庭と見紛うバルコニー、陽光を無駄なく取り入れるガラス張りのダイニング。

暖炉を模した空調器具や、種々の革張りだったり羽毛だったり、高級感に溢れんばかりのフロア。

そのリビングにて彼は、子供達や妻の相手を曖昧にこなしながら、思索に耽っていた。

 

ライアン・マルドゥーンには3人の家族がいる。

愛する妻、メアリー・マルドゥーン。

ライアンの美しいブロンドの髪を二人とも─といっても本人は心労から白髪が増え、その面影は消えつつあるが─受け継いだ子供二人。

スラッとした長身の、高校生となる長男、コノル・マルドゥーン。

まだ小学生であるエマ・マルドゥーン。

この3人だ。

彼の思索の理由は、突き詰めればこの3人にある。

 

そして、家族の団欒中にこうなってしまっているのは、彼の帰宅時に起きたことからだ。

 

起源国で、こうした密告や監視が日常の国で、何かを、大切な者達を守るために必要なこととはなんだろうか。

 

例えば、今、マルドゥーン家のあるビル、その前を横切ったサラリーマン。

名前は何でも良い。ジョンとしよう。は、エリートであるのは間違いない。

何せ起源国の首都に勤めることが出来ているのだから。

家族を、彼の守りたい者達を充分養わせ、不自由無く生活させていることだろう。

 

しかし、ジョンは平社員。

何の権威も権限も、況してや政治に関わることはない。

もしそんなジョンが、上司に、それもそれなりの位置にいる、に目を付けられる、或いは嫌われるかすればどうなるだろう。

 

本人も気付かぬ内に、あらぬ罪をでっち上げられ、翌日には家族諸共牢獄の中。

その可能性は充分あり得る。

勿論、そんなことばかりではない。

そうでは社会が成り立たない。

しかし、起こり得ない話ではない。

そうなったとして、何の力も持たない市民は、抗うことなど出来はしない。

 

とはいっても、自分一人、或いは恋人か妻、兄弟姉妹、何れか一人程度ならどうにかなる。

多少の金を役人に掴ませて、別の星系か、或いは天王星の衛星コロニーにでも逃げて息を潜めて生活すれば良い。

 

では、もし子供がいれば?

一般人が大枚はたいてどうにか入手可能な偽造身分証であろうと、職務質問や交通機関の乗車申請には耐えられても、幾つもの部署や局を行き来して見分けが付けられないほどに精巧ではない。

 

つまり、子供の将来は守ることが出来ないのだ。

上手く逃げおおせたとしても。

 

では何が必要か?

ライアン・マルドゥーンにとって、その答えは明瞭だった。

権力。

地位。

これこそが、守りたい者達を守るために必要なモノなのだ、と。

 

勿論、地位を手にしたからといっても、更に上から目を付けられることはあるだろう。

しかし、ジョンでは上司の策謀に気付くことは出来ないだろうが、地位があれば、上の不穏を察知出来るようになる。

カウンターを計画することも、他の対処を考える暇も生まれる。

 

同僚や部下からの妬みも危険因子だが、民間人では虚偽の告発をされたところでやはりどうしようもない。

ジョンならば精々、尋問の際に犯人らを道連れにする自白を組み立てることぐらいか。

だが、権力があれば、それが虚偽であれ事実であれ、ある程度は揉み消すことが出来る。

部下を圧し、同僚を牽制することも容易だろう。

 

子供を育てるならば、守るならば、力が必要なのだ。

子供というものは途方もない過ちを犯す。

その一つ一つは、殆どが自由な国であるならば大したことにはならないものだ。

だが、ここではそれが家族の破滅に直結し得る。

子供の純粋無垢な一言が国にとって不都合でない、など誰にも保障出来ない。

しかし、子供の理性に全てを期待することなど無意味。

 

それが故にライアンはジョンのような"市民"になることを避け、ひたすらに権力を追い求めてきたのだ。

家族全てを守る為に。

 

上司から目を付けられづらく、部下や同僚からの嫉みの対象にはならない程度に高い地位。

それを求めてきた。

 

だが、そんな地位は存在しない。

当然だ。

そのようなポストがあれば皆がこぞって望むだろうし、そうなれば蹴落とし合いが始まり、安寧の地位でなどなくなる。

パラドックスというわけだ。

 

ライアンは中将という地位にまで上り詰め、その現実を漸く受け止めるに至った。

求めていた安寧の場所などないのだ、と。

なら執政官にでもなるか?と考えたことはあるが、しかしンガングガを見る限り、ルーカスの失脚を画策したりと似たりよったりな部分はあるのだろう、と悟ってもいた。

 

ならば成すべきはただ一つ。

国家に忠実で、有能な将校と見做され続けることで、自らに、家族に、牙を向ける敵を蹴落とし、排除し、腕を精一杯に守りたい者達へ伸ばし続けるしかない。

 

ライアンはそう考えるようになっていた。

 

さて、そのライアンが何故こう思案に耽っているのか、その理由を見るには再びほんの僅か、時間を遡る必要がある。

 

数時間前──。

 

執政官からの許可を得て久方ぶりに自宅フロアにエレベーターから降り立ったライアンは玄関扉の前に見慣れぬ護衛の立っていることに気が付いた。

先程執政府ビルでボルケ大佐より紹介された護衛の顔ではなく、その見覚えのある何人かはライアンと同じく困惑を扉の周囲で浮かべつつも、一応任を果たしている様子も遅れて目に入った。

つまり、見慣れぬ護衛は、彼等の同僚ではない、ということが明らかなのであった。

 

「…失礼。君は?」

「警護であります。此方に伺っている大将閣下直属の」 

「大将…?」

 

そんな賓客が自分の不在時に訪ねてくるとは只事ではないように思え、ライアンは自らの気配をアピールしながら扉を潜った。

 

「メアリー?メアリー!…ライアンだ!帰ったぞ」

 

声に反応し、リビングの方からパタパタと整った金髪と、年齢から考えると若々しいスタイルをそれに見合った服装で包んだメアリー・マルドゥーンが駆けてきた。

 

「あら。アナタ。お帰りなさい。お久しぶりです。休暇ですか?」

「ああ。3日程ね。…それより、お客さんかい?」

 

問われ、メアリーは笑顔で「ええ実は」と言いかけたが、そのタイミングでリビングから彼等の子供達も駆けてきた。

 

「お帰りなさいお父さん!」

「パパ!お帰り!」

「ああ。ただいま…」

 

二人の背後から出てきた人影に、ライアンは一瞬顔を引き攣らせながらも、不自然にならないよう子供達を抱きとめる。

 

「お邪魔しているよ。ライアン中将」

「バチスタ大将…」

 

トニー・ラレド・バチスタ大将。

彼はルーカス宇宙大臣の右腕として自他共に認める程に、ルーカスに忠実である。

そんな彼が、ライアンの不在時を狙うかのようなタイミングで、しかも、今日、訪ねてきている、というのはライアンにとってとても偶然とは思えなかった。

 

 

「今、バチスタ大将から第十星系制圧作戦の事を伺ってたんだ」

「何処まで話したかな?」

「ランツ准佐とネオ・モスコーに突入した所です」

「そうだった。ライアン中将。君も一緒にどうだ?共に参加した作戦だろう?」

 

一先ずライアンは微笑を浮かべつつ頷き、皆とリビングへ向かった。

 

「連中は勇ましかったがそれだけだ。我が軍の圧倒的技術力と連中と同等以上の勇猛さでもって蹂躙するだけだったよ」

「それでその後はどうなったの?」

 

末っ子のエマが目を輝かせる。

 

「エマ。口の利き方が失礼だぞ」

「構わんよライアン。我々の仲ではないか」

 

"戦友"であることを強調するバチスタに薄気味悪いモノを感じつつもライアンは「ありがとうございます大将」と返す。

 

「畏まった言い方はよせ。戦友という絆を温めようじゃあないか?是非トニーと呼んでくれ。ライアン」

「…ありがとう。…トニー」

 

造った笑顔で頷き、ライアンは視線をバチスタから離し、話題を逸らす。

 

「何か飲みますか?」

「ウォッカはあるかい?」

「勿論。ロックで良いですか?」

「ストレートで」

「ストレート」

 

グラスを取り出し酒を注ぐ間、ライアンは視線の端でバチスタを見る。

彼は息子達に笑いかけ、談笑を続けている。

 

「…お待たせしました」

「ありがとうライアン」

 

グラスを受け取ったバチスタはそれを鼻先に掲げながら言う。

 

「何に乾杯しようか?」

「祖国と執政官に?」

「それは勿論。だが折角だ。我々の記憶に乾杯しようじゃあないか。戦友としてのな」

「ではそれで」

「母なる祖国と父なる執政官に─そして、我々の勝利に」

「勝利に」

 

乾杯し、自身のグラスに注いだ分に一度口を付けたライアンは、ふうと息を吐いてからバチスタに目を向けた。

 

「ところで…今日は何かご用件が?」

「いいや?」

 

即答にむしろライアンは警戒を覚える。

何かしら用件があると嘘でも言ってくれていた方が幾分か気持ちとしては楽だった。

 

「私は長めの休暇を頂けてね。その折、君も帰ってきていると小耳に挟んだものだから折角なので寄ってみただけだよ。

同じ戦場をかけた者同士だが、我々は余り関係を深める機会がなかったろう?」

「…なるほど。それで子供達のお相手を」

 

わざとらしいバチスタの微笑みにライアンも同じ微笑みで返す。

 

「君の息子さん達は素晴らしいね。良い教育をしているようだ」

「恐縮です」

「しかし、パパは余り戦場の話をしてくれないのかい?」

 

子供達にバチスタは水を向けた。

 

「そうなんです。もっと聞きたいんですけれどね…」

「あまり自分の功績をひけらかすものではないですから」 

 

肩を竦めるライアンにバチスタはそうかもな、と曖昧に頷いた。

 

「だが、息子達は国の未来だ。過去の栄光も知っていて損はあるまいよ」

「今度、もう少し話してみることにしますよ」

「良いことだ。ネオ・モスコー制圧作戦についてでも話してやると良いさ。あれは私の息子達にも人気でね」

「参考にします」

 

その後も暫く子供達を交えた歓談は続いたが、メアリーが「今日はもう遅いから」と子供達を寝室へ送り出してくれたことで、ライアンは漸く一種の地獄から解放された。

 

「本当に良い子供達だ。国の将来を担うに相応しいな」

「ありがとうございます。…トニーのご子息らは既に軍に入られていますし、遠く及んではおりませんがね」

「軍だけが貢献の道ではないさ。…ところでライアン」

「はい」

「今度釣りでもどうだね?」

「生憎ですが私の休暇は3日しかなく…」

 

いいや、とバチスタは頭を振った。

 

「第十二星系で、だよ。近々行くことになるだろうからね。良い川か、湖ぐらいあるだろ?」

「…なるほど。でしたら、良いスポットを知っています」

「それは素晴らしい。休暇とは行かないが、少々遅く出勤するとして、早朝に数時間程度、楽しもうじゃないか」

「楽しみにしています」

 

そう社交的に笑うライアンに、バチスタは手を差し伸べる。

ライアンはその手を、一瞬、極僅かに躊躇したが、それを隠すように勢いを付けて握り返した。

 

「"戦友"として良い関係を築いていこう」

「イエス・サー。トニー」

 

そうして去っていったバチスタを見送った後、まだ寝ていなかった息子達が部屋から出て来て、今度は久しぶりに帰ってきた父親を主役として色々話し始めたのだ。

ライアンは半分彼等の話を聞いていたが、半分はバチスタの意図をぐるぐると考えていた。

 

以上が、ライアンが団欒の中で思索を深める理由である。

 

「父さん。実は試験で次席になったんだ。学年全体で!」

「それは凄いじゃあないか」

「歴史は満点だったんだ」

「起源人類の歴史に詳しいのは良いことだ。…数学はどうだった?」

「…あーそれは…」

「いつも通り80点いかないぐらいか。それで次席なのは大したものだが、数学も誇れるようにならんとな」

「はい父さん…」

「だがよくやった」

「パパ!アタシの絵も見て!」

「これは?」

「パパ!後ろのは起源国旗!」

「上手だ。パパが敵と戦ってる絵かな?」

「違うよ!パパが"ミニクイトウボウシャ"からアタシ達を守ってる絵!ほら!このパパの下にいるのがアタシ達!」

「これがエマ達か。可愛らしいな。先生も褒めてくれたのか?」

「うん!今度帰ってきたらパパにも見せてあげてって!」

「最高だよ」

 

思索の傍らでもライアンは家族に不安を与えないよう自然に会話し、彼等との団欒を過ごし続ける。

しかし、その中でもどんどんと思考は渦にのまれていき、自分の現在位置を見失いかねない。

 

メアリーが僅かに異変に気付き、気を利かせて子供達を「ほらパパは明後日までいるんだから。学校に遅れないように寝なさい」と寝かしつけてくれたおかげで、彼の脳にかかる負荷は僅かに低減された。

 

「アナタ…」

「メアリー。すまないな」

「良いのよ。それより、突然帰ってきてどうしたの?まさか…」

「何もないよ。ちょっとした任務を直接命じられただけだ」

 

降格だとか左遷だとかで呼び出されたのでは、と危惧していたのだろうメアリーは一先ず安堵した表情となる。

 

「その任務って…難しいの?大丈夫…よね?」

「大丈夫。大丈夫だよ」

 

妻を安心させるように手を握りそう言うライアンだったが、半分は間違いなく、自分に言い聞かせていた。

 

「でも、アナタがいなかったから何とも思ってなかったけど、アナタの帰ってきた日にバチスタ大将が来るなんて…何かあるとしか…」

「何もない。大丈夫だ。メアリー。大丈夫」

「……分かった。信じるわ」

「ありがとう。…だが、子供達を頼むよメアリー」

「……ええ。勿論」

 

ライアンはチラリと見た時計が、約束まで後二分を切っていることに気付き、立ち上がった。

 

「メアリー。愛してる」

「私もよ。ライアン」

 

そうして彼は自室へと入り、通信機をオンにした。

バチスタが帰った直後、執政府に連絡を入れておいたのだ。

出来るだけ早く話したい、と。

 

"例の件"で話したいことがある、と伝えると、2時間後を指定されたのであった。

この時間をまたねば結論など出るはずも無かったのだが、人間である以上、不安や心配事というのはどうしたって頭を悩ませてしまうものだ。

それが無意味と分かっていても、つい思考はそれを考えてしまう。

 

「ライアン・マルドゥーン中将です。閣下とお話させて頂く約束を──」

『ライアン中将ですね。直ぐお繋ぎします』

 

彼を今日ビルで出迎え、執政官執務室まで案内してくれたンガングガの筆頭秘書ダヴド・ウマールはライアンの名乗り終えるより早く、手際の良い端末操作でンガングガへと繋ぎ始めた。

 

『お待たせしました』

 

同時に画面が切り替わり、ジョルジュ・アース・ンガングガが映し出される。

 

「Remember Origin。夜分遅くに申し訳ありません閣下」

『構わん。何かあったか?』

「直入に申しますと、バチスタ大将が我が家を訪問していました。私が執政府ビルから何箇所か挨拶回りをして帰宅すると既に」

 

ライアンの報告に、ンガングガは一瞬押し黙り、幾秒かの思案。

そして、幾度かの首肯を挟んでからゆっくりと口を開いた。

 

『先ずはすまない。此方の手回しが遅かったようで、不安にさせてしまったな。

お子さんや奥様は大丈夫だったか?』

「息子達は幸い、戦場の話なんかを聞けて満足していたようです」

『それは良かった。しかし、そう何度もあっては奥方の心労が増えてしまいかねない。

今後は同じことにならんよう、此方も手を尽くそう』

 

それは心強いのですが、と前置きしつつ、ライアンは核心に切り込む。

 

「勘付かれているのではないですか?ルーカス大臣に。或いはバチスタ大将始め、彼の取り巻きに」

 

いや、それはないだろう、とンガングガは一定の確信を持って否定した。

 

『気付いていればもっと直接的な方法に出るよ。ルーカスならな。

これでも何十年仕事をして来てるんだ。その位は分かっているつもりだ』

 

そして、と彼は言う。

 

『バチスタが何かに気付いていようと、確信は持てていないだろう。

だからこそ、君を取り込もうとしているんじゃあないかな?

仮に何かに気付いていたとして、証拠もないんだ。

大した真似は出来ん』

 

だから安心しろ、とンガングガは言いたいのだろうな、とライアンは察していたが、それだけでは安心出来ない。

何せ彼にとっての一大事は自分の身などではないのだから。

だが勿論、ンガングガもそれはよく分かっている。

 

『安心してくれ。護衛は強化するし、何なら更に遠くから見張り続ける護衛も付けよう。

万が一があれば数十m先から不届者の眉間を撃ち抜いてくれるようなね。

希望するなら買い物も信頼出来る者に任せるが?』

「いえ。そこまでは…。家族を不安がらせたくはありませんから」

『分かった。では護衛の強化に留めよう。そして、如何なる高位の者でも事前の約束なく通さないよう、私から厳命しておく。

良いかな?』

「ありがとうございます。…漸く、少し安心出来た気がします」

 

本心からではない。

むしろ、執政官の人質としての性格はより強化されるのだから。

しかし、そうせざるを得ない。

それもライアンはよく理解していた。

ならば必要な範囲内でやれることを。

それは、彼がこれまでやって来たことと本質的には同じであった。

 

『よく報告してくれたな。ライアン中将。やはり君に任せて良かったよ』

「信頼に必ずやお応えして見せます」

『うん。お休み。ライアン』

 

わざと親しげな様子を出すンガングガに対し、ライアンは親しく返すことはなかった。

 

「Remember Origin」

 

あくまで部下として返し、暗に必要以上に距離を縮めるつもりはない、という意志を示したのである。

ンガングガはそれに対して不快感を示すようなことはなく、小さく頷くと『Remember Origin』と同じく返答し、通信を切断するのだった。

 

 

同刻

アルワタン 執政府ビル

 

通信を切ったンガングガはくっくっくっと押し殺した笑い声を漏らしていた。

 

「恐れ知らず?いや違うな。ライアン・マルドゥーン中将。面白い男だ。弱点は明白にして明確。

されど、粗雑に突き回すと突いた側が大火傷を負わされそうだ」

「扱いにくそうですね」

 

秘書のダヴド・ウマールの相槌に、ンガングガはかもしれん。と頷く。

 

「だが、上手く手綱を握れば、やはり強力なカードになる」

 

丁度、そのタイミングで執政官の端末に、本日の業務予定終了の通知が鳴った。

 

「いつも遅くまですまんねダヴド君」

「いえ、他ならぬ閣下の為ですから」

「ボルケ大佐もすまない。今日はこれで終わりだ」

「ではお車のご用意を」

 

ンガングガは立ち上がり、軽く片付けを済ませる。

 

「また明日に備えて、休むとしよう。ああ、もう既に今日になってるが…」

 

そうして執政府ビルの最上階から少しの間、明かりは消える。

だが、ビル全体の明かりが消えることは、1年を通して一瞬たりとも存在し無い。

いつ如何なる時、慶事であろうと凶事であろうと何が起きようとも僅かの間とて全ての照明が消えるなどあり得ない。

ここは不夜城。

 

人類統一国家起源国の、頭脳、その枢要部であるが故に──。

 

 

 

 

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