代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
惑星ハヤブサ
統一暦243年(西暦2693年)6月2日
首都星京の臨時政府政庁に勝利の報告がもたらされ、庁内は沸き立っていた。
興奮の渦の中、
「おめでとう。見事な勝利であったようだな」
『ありがとうございます』
礼こそ口にしたが、浮かれているとは程遠い表情の基之に、勝敏が気遣わしげに尋ねる。
「どうした?浮かない顔だな」
『勝利こそしましたが、敵の四分の一近くに逃げられました。当初の戦略目標を達成したとは言い切れません』
「…なるほどな。しかし、だ基之。初勝利であり、我々の星系の防衛に一先ず成功したのだ。司令官が浮かない顔をしていてはな。とりあえず今日のところは喜ぼうじゃあないか」
『…そうですね。お気遣いありがとうございます』
「そういえば、幾らか艦艇を鹵獲出来たそうだな」
『ええ。四隻をどうにか。部品、というより残骸ですが、も可能な限り集めました』
「それは重畳。損害は四隻だったのだろう?これで帳消しだ」
『確保した残骸も使えば修理は可能なようなので、僥倖でした』
ふむ、と勝敏は考え込むような動作を見せる。
『何か…』
「いやあ。確かに戦略目標は達しきれていなかったのかもしれんが、それ以外は幸運もあって完璧だ。
しかし、そうは見えない程に君の顔が暗く見えてね。…何か他にあるんじゃあないのか?喜べない理由が」
基之は一瞬、恐らく注視していなければ気づくことなど不可能であったろうほど僅かに、隠し事がバレ、怒られた子供のような表情を見せた。
だが、即座に無表情を作り直し、頭を振る。
『いえ、何も…ただ、先のことを考えているだけです』
「そうか。…まあ無理はするな。此方は君等のお陰もあって市井は安定しつつあるし、問題はない」
『それは良かったです。では』
「ああ、また」
通信を切り、勝敏は椅子に深く背を預け、天を仰ぐ。
「一体何を気にしているんだ?」
気にかかるところではあったが、直ぐに次なる業務の連絡が入り、それどころではなくなってしまう。
彼は今や惑星ハヤブサの、ハヤブサ星系のトップであり、成すべきことは山積みなのだ。
山積みの書類、は最早お目にかかることはないが、代わりにズラリと並んだ大量の新規メールと何処までスクロール出来るのかという程に並んだファイル群。
これらが視覚的に勝敏の精神を無条件で疲弊させ、基之への気遣いも飛んでいってしまう。
「次は…ああ。第二大陸の復興計画か」
メールの添付を開き、彼は資料の方へとその思考を全て向けるのであった。
第七惑星ケイモーン H2b基地
通信を終えた基之は、一人、通信室で立ち尽くしていた。
「……」
基之が浮かない顔であるのは、今更ながら自軍の多くが素人集団であることを自覚したからであった。
敵が撤退行動を取り始めるや勝利だと浮き足立ち、結果として一隻の戦艦が中破した。
幸いにも今回は先の戦いで鹵獲した一隻を分解して修復可能であったが、本来避けられた損害だ。
こういうことが続いては、幾ら会戦そのものに勝利しようと、何れ破綻するだろう。
その事に思いを致さずにはいられず、鬱屈とした感情を抱いているのだ。
しかし、それを勝敏に話したところで無為な不安を与えるだけであり、なおかつ、今惑星ハヤブサに残っている鷹鸇メンバーは宇宙へ出ることを拒否、或いは積極的でなかった者達である為、増援をよこしてくれるわけでもない。
それに、彼はこの勝利に喜んでいて、水を差すことも憚れる。
故に、話すことはなかったのだ。
「訓練をするにも時間がないし…くそっ」
だが、当面の解決策もなく、明子にでも相談しようか、と通信室を出る。
外には浮かれた仲間達がおり、その邪魔をしないよう明るい表情を作りながら歩を進めるのであった。
同じ日
起源国 地球 アルワタン
アルワタンに建ち並ぶ高層ビル群、その一つを丸々占有する大企業、クルスス・プブリクス・カンパニーの本社、その最上階にて。
カルミネ・ソルデットは献金─表に出ては行けないタイプの─と引き換えに情報を売ってくれるそれなりの地位にある政治家から得た報告を読み終えると、満足そうに頷いて口角を上げた。
「そうか…勝ったのか」
クックックッと彼は押し殺した笑いを漏らす。
「ハヤブサを奪還するまでは様子見をしていたが、宇宙戦にも勝つとはね。しかも、大勝。
彼等は本物だったようだ。
そうなると、そろそろ本格的に此方もバックアップに動くべきだな」
しかし、と報告書のある1点を見つめながら彼は呟いた。
「勝敏ではなく、日野基之か。まさかあの場にいた若者が最重要人物になるとはね。
面白い。是非勝利し、宇宙に自由をもたらしてもらいたいものだ」
カルミネは書類をシュレッダー─殆ど紙の書類が無くなった今でも、いや、だからこそ、重要機密はアナログな紙でやり取りされる故に需要の無くならないどころか性能を上げ続けているその機械─に突っ込み、秘書に連絡を入れた。
「例の件、進めてくれ。ああ、設計図と、マニュアルの送付だ」
秘書から飛んできた質問にカルミネは、ん?ああ、と頷き応える。
「そうだ。私はまだ向かわない。暫くはこのまま地球にいる。
それと一月後位に第十二星系総督府への長期出張予定を入れておいてくれ。
ああ、そういうことだ。うん。頼んだよ」
通話を終え、カルミネは椅子の背に体重を預けクルリと向きを変える。
窓外に目を向け、余裕に満ちた態度でもって、彼にとって忠誠の対象たり得ない幾何学都市を眺めるのであった。
同じくアルワタン
執政府ビル
「そうか。夜影は敗れたか」
報告を受けたンガングガは取り乱しこそせず、冷静さを保ってはいたが、全く動揺していない、ということはなかった。
ダヴド・ウマール、彼の秘書から報告を受けた瞬間、彼はディスプレイとのにらめっこを中断し、即座に顔を上げ、一瞬、目を見張ったのだ。
「想定外と言う他ないな。一昨日彼から送られてきたレポート。敵の持つ策はあれだけではなかったというわけか」
「そのようです」
「敵にはどうやら戦略に通じた者がいるようですな」
ンガングガの警護主任であるパトリシオ・ボルケ大佐も会話に加わった。
「ああ。実際我が軍は今まで同格の敵と戦ったことがなかった。
それ故に地上に思考の縛り付けられていることに気が付けなかった」
「敵の方は逆に戦争の経験がなく、フラットに無重力というステージを理解出来たのでしょうな」
うん。とンガングガは頷いてから、しかし、とこめかみに手を置く。
「それ以上に夜影との会戦記録だ。…余りに突飛だが、効果的な奇策が二重に用いられている。
戦略理論だけならともかく、他の点に置いても極めて高い能力を持っていることが明らかとなったわけだな」
「優秀な参謀でもいるのでしょうかね」
「さあな。こればかりは調査を進めねば。だが、一筋縄では行かないことははっきりした。
夜影の犠牲も無駄ではない」
ダヴド、ボルケ、とンガングガは二人に命じる。
「軍の高官連中を集めてくれ。会議だ。この先の戦争方針を決めるためのな」
「はっ」
二人が下がってから、ンガングガは会戦記録へ再び視線を落とし、呟いた。
「"敵"の数は何人だろうな。…一人なら随分楽なのだが」
統一暦243年(西暦2693年)6月10日。
第十二星系総督府(旧自由合衆国)
「敵は次なる標的として第二星系総督府を狙うだろう、と執政府は予想しているわけか」
「ええ。それ故、駐留艦隊の半数を先んじて第二星系へ派遣し、増援とするよう命令が出ています」
「それを保安隊司令の私に伝えるということは──」
ライアン・マルドゥーンは地球からはるばるやって来た伝令に向き直った。
「はい。閣下には駐留艦隊の穴を埋めて欲しい、と」
「保安隊の戦力だけでは不可能だ。充分な抑止たり得ない。まだ"アレ"の試験も終わってないのだぞ」
「ええ。重々承知しております。しかし、私はただの伝令。託された命令をお伝えするのみです」
「…そうだな。すまない」
「それと、此方も執政官閣下から預かっております」
伝令の取り出した、封のされた文書をライアンは受け取った。
「それでは、私はこれで」
ライアンは封を開け、中身を開く。
そこには、執政官からの命令、というより今回の無理難題に対する解説とも言える文章が書かれていた。
『駐留艦隊は増援として送る必要性があること、君も理解してくれると思う。
さて、その上で、だが。重力圏内戦力のみの保安隊だけでは人員拡充をしたところで不安であることに代わりはないだろう。
しかも、"例の時期"が近い。警備を万全にせねばならない中で不安も多いと思う。
しかし、保安隊の強い姿勢を見れば、反対勢力も躊躇すること疑いない。
君の手腕に期待している。忠実なるライアン・マルドゥーンならば、全て成功裏に終わらせてくれると確信しているよ』
「…要するに戦力が薄くなるのをついでに利用しろ、ということだな」
はあ、と深い息を吐いたライアンは毒を吐くことも出来ず、不満であったり、表に出来ないモノを呑み込んでから、業務へと戻るのみであった。
殆ど同じ頃、惑星ハヤブサにて。
勝敏率いる臨時政府は、基之らが戦争準備を全力で進めている間も、惑星ハヤブサの掌握に全力を尽くしてきた。
これにより、当初の混乱はかなり落ち着き、無秩序な略奪や暴行等の無法は収まった。
法整備も急ピッチで進められ、生き残っていた旧ハヤブサ連邦政府の官僚も積極的に登用することで政府組織を突貫工事で形にしたのだ。
だが、治安維持組織にも素人は多く、プロフェッショナルの少ない彼等は私怨で動くことも多い。
市民の報復を無視することもままあるのだ。
「ま、待って下さい!そんな規則聞いていません!」
露天商だろうか、コーンドッグ、と書かれた屋台を背に、警察の腕章を付けた私服の男達─人手不足故、警察力の補助を担っている─から睨み付けられた青年は、怯みながらも抗議する。
「ちゃんと許可はもらっています…!」
「一昨日施行された政令だ。公道上での商売には衛生基準認定資格が必要となったのだ。
無いなら今直ぐ立ち去れ」
「き、聞いていません!通知も来ていない!」
「おや?ハヤブサ語を読めないだけでは?しっかりと営業許可のある店舗には送付された筈だ」
私服の警察達は侮蔑を屋台の青年に向ける。
「なっ!私は政庁においてハヤブサ語での言語支援を担当していたんだ!読めないはずないだろう!」
「そうかい。なら家に帰って探してみることだな。それとも、その足で役場にでも行くか?」
嘲笑。
拳を握り締め、耐えようとする青年の様子に気付いた警官の一人が「おい」と胸倉を掴んだ。
「何か不満でもあんのか?起源人ごときがよ」
「い、いえ…」
「ありそうだ」
ドッと腹を殴られた青年はその場に崩れ落ちる。
その背中に警官達の足裏が次々と襲い来る。
「お前ら侵略者が!商売させてもらってるだけ!ありがたいと思いやがれ!」
やがて騒ぎを聞きつけた、今度は正式の制服を来た警察が駆けてきて、私服警官らを解散させた。
「お前達!私的制裁は禁止されている!!直ちに止めろ!起源人相手であろうと組織秩序を乱す行為をしてはならん!」
不満げな様子の私服警官らはしかし、注意を受け素直に退散した。
それを見届けた警察官は、うずくまる"起源人"を無視し、そのまま巡回へと戻るのだった。
こうした報復や憎悪から来る差別的な取り扱いは勝敏の政府も積極的には取り締まっておらず、明確に身体へ危害を加えることのみを諌めているに留まっている。
基之の発した建前、"人質"である以上、対等に扱う必要もなく、重傷や死亡といった事案にさえならなければ大した問題ではないのだ。
そして、元々起源民はハヤブサ市民が押し込められていたゲットーに移住させ、隔離による統治を行う予定であったのだが、人質とするなら一纏めにしておくよりも人間の盾として分散させるべき、とその強制移住策は取られなかった。
一見すると、起源民にも自由が保障されているかに見えるが、市民の憎悪から守られることはない故に、より酷い状況となってすらいる。
そして、善意から起源民の取り扱いについて進言した基之が、この現実を知ることはない。
既に、遠い宇宙へと出てしまっているのだから。
彼の考えも提案も間違っていたわけではない。
しかし、それを実行するのは人であり、皆、殆どが起源民に憎悪を抱く市民であるという、極単純なミクロな視点を、彼は取りこぼしてしまっていたのだった。
統一暦243年(西暦2693年)6月18日
起源国 太陽系 地球 アルワタン
トニー・ラレド・バチスタ大将は、宇宙府の、数多の装飾が施された、周辺の無機質なビル群と比べれば場違いな荘厳さを湛えるオフィスビルへと来ていた。
「大臣閣下。バチスタです」
「来たか。入れ」
バチスタが訪ねたのは彼の元上官であり、現在も主として忠誠を尽くすルーカス・イワノヴィッチ宇宙大臣である。
「どうだった?」
「様々な人物に当たり調査しましたが、ンガングガ執政官がルーカス閣下の命を狙っているという確証は得られませんでした」
「ではもっと調べるのだ!!」
ルーカスはかつて、ンガングガと共に権力を分け合った頃からは考えられぬ堕落した体型を机の下から露わにし、磨耗した精神を興奮させて叫んだ。
「奴は間違いなく私を狙っている!確実に、だ!探すのだ!証拠を!」
ヒステリックに叫ぶルーカスであったが、根拠がのあっての発言ではない。
ただ漠然とその不安がつきまとい続けているのだ。
とは言っても、実際に狙われてはいるので、あながち全くの妄想でもないのだが。
自らの私利私欲を貪る姿にンガングガが不満を覚えていることは分かっていたので、そこから不安だけを募らせて、結果正解を導き出していた。
それでもなお自らを省みることをしない辺りがンガングガに見捨てられる要因なのだろう。
とにかく彼は全盛期からは想像も付かない程に落ちぶれてしまっていた。
「ええ。ですから、今度訪問する第十二星系総督府のマルドゥーン中将と接触して参りました。
どうやら彼はンガングガ執政官と何やら会談もしていたようですので」
「マルドゥーンが私を狙うことになるのか?」
「正直に申し上げてまだ何とも。ですが、私が先んじて第十二星系へ向かうことになっていますので、その際にプライベートで会う約束を取り付けてきました」
ルーカスは、ほう。と興味を示すと同時、多少の余裕を取り戻したようで、椅子にかけなおした。
「そこでマルドゥーンから情報を得てみせます。それと、可能ならば彼を此方に引き込もうかと」
「それは頼もしい。マルドゥーンは優秀だと聞いている。仲間になってくれるならこしたことはない」
「奴の弱点も把握しています。お任せ下さい」
ルーカスは満足と安堵を浮かべて鷹揚に頷くとバチスタを下がらせるのだった。
一つ、訂正する必要がある。
バチスタはルーカスに現在も主として忠誠を尽くしている、というのは誤りだ。
実際の所は、忠誠を尽くしているように見せているのだ。
落ちぶれた怒りっぽいだけの小心者に尽くす物好きはそういないだろう。
「チッ」
ビルを出て車に乗り込むや否や、バチスタは舌打ちし、続いて大きく息を吐いた。
「凡愚め」
「お疲れ様です」
運転手を務める副官が苦笑しつつそう労う。
「ああ。…まったく利用価値が無ければあのような男、直ぐ様切り捨てるのだがな」
「しかし、閣下が執政官となるには必要な方なのでしょう?」
「腹立たしいことにな。…ンガングガは隙が無さすぎる。取り入ろうとしたところで上手くは行かんだろう。
だからこそ、あの凡愚とンガングガを衝突させることで体制そのものに隙を作り出すんだ」
「彼に出来るでしょうか?トップには立ちたがらない方なのですよね」
フッとバチスタは笑い、応える。
「私も聞いたことがあるがね、まあ、極めて単純な答えが返ってきたよ」
「なんと仰られたので?」
「"失脚させられて惨めな生活を送るくらいなら多少の不自由は我慢し、執政官となろう"だとさ」
運転手は呆れたように肩を竦めてみせた。
「何ともまあ…普通ですな。そしてあまりにも…」
「楽観的だし、舐めているな。執政官という地位も、ンガングガのことも」
車は庁舎を走り去り、バチスタは一度たりとも主のいるビルを振り返ることはなかった。
ルーカスには最早、真に彼に忠実な部下は存在しない。
彼を全力で守ろうと奮闘する者はいない。
そして、その事に全く気が付いていない。
その楽観が、傲慢が、そして、堕落が、彼の運命を動かしがたい哀れな結末へと向かわせているのであった。