代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第四十六話 権謀術数、或いは─

 

 

統一暦243年(西暦2693年)7月1日

第十二星系総督府 ルイス・プラネット ニューサンフランシスコ 総督府政庁

 

「トニーと呼んでくれと言っただろう?ライアン」

「ええ。覚えていますよ。ですが、礼儀は大切ですからね」

「ふっ。なるほど。では…ライアン・マルドゥーン中将。よろしく頼むよ」

「数日間よろしくお願いします。…ところで閣下は後からご到着されるので?」

「ああ。4日後だ。私がまず先行して下見を済ませることになっている」

 

親しげな仮面を被るトニー・バチスタ・ラレド大将はライアン・マルドゥーンに微笑みながら説明をする。

 

「そうですか。では早速向かいますか?演説会場へ」

「少し休憩をしたいな」

「ではお茶を入れさせましょう」

 

ガチャガチャと音を鳴らしながらライアンの部下の一人、アンドレ・デビ少佐が運んできた紅茶が机に並べられると二人はカップを手に取り思い思いに口を付ける。

ライアンはカップを顔の前に持ってきた一瞬、ピクリと頬を動かしたが、直後のバチスタの反応によってそれは即座に抑え込まれる。

 

「ダージリンか。良い趣味をしているな」

「…ありがとうございます」

 

さて、と一息ついたバチスタはカップを置き、ライアンに向き直る。

 

「一つ聞いておきたいことがある」

「何でしょう?」

「君は…ルーカス閣下の護衛責任者の男を知っているか?」

「名前は。しかし、詳しくは知りません」

「どうにも、正直な所、評価の芳しくない男だそうだ」

「……」

「君が任命したわけではないのかね?」

 

まさか、とライアンは微笑する。

 

「上から指名があったのですよ。評価が…あー…高くはないということも存じ上げませんでした」

「そうか。計画書を見た限り教本通りで、柔軟性にも独創性に全く欠ける。その上、気になることもないわけではないが、まあ、問題が起きなければ大した事ではないモノだ。

強いて修正を申し出る程でもない。だが、君にもしっかり注意してもらいたい」

「それは勿論ですとも」

 

バチスタはしかし、ふむ、と不満気な調子を隠すことなく腕を組み、ライアンに目を向けた。

 

「…ライアン。ところで覚えているか?約束を」

「約束…?ああ。勿論です。釣りですかね」

「そうだ。まだ閣下のご到着まで数日ある。どうだね?」

「明後日ならば問題はありません」

「よろしい。では明後日の5時に会おう。場所はまた後で送ってくれたまえ」

「はっ」

 

ではそろそろ行こうか、とバチスタが立ち上がったので、ライアンも続き、演説会場の下見へと向かうのであった。

 

同じ頃

ニューサンフランシスコの貧民街、その一角

ジェラルド・ターレス率いるルイス・プラネットにおけるレジスタンス組織の本拠にてジェラルドは盟友のジョン・アレンと共に紙の地図を挟み議論を交わしていた。

 

「本当にこの情報は信用出来るのか?」

「起源軍の拝金主義者(金龍会)から買った奴じゃないんだぞこれは。俺達の同志が手に入れた極秘の警護計画だ。十分信用出来る」

 

ジェラルドの興奮とは対称的なジョンの訝しむ姿勢。

彼等はいつもこの調子であった。

突っ走りがちなジェラルドを冷静、或いは少し冷めた目線で諌めることが常なのだ。

二人は真逆な姿勢が目立つものの、奇跡的に噛み合い、互いを補っている。

それ故これまで上手くやってこれたのだ。

今回もまた、早速入手した情報を下に暴れる計画を立てんとするジェラルドにジョンが冷や水を浴びせている最中、という訳だ。

 

「ダミーを掴まされた可能性は排除出来ない。慎重になるべきだ」

「…これは信頼がおけるんだ。お前もルーカスが来ることは事実と思っているんだろ?」

「それに関してはな。だが、それに乗じたレジスタンス殲滅作戦だったらどうする」

「っ。しかしこれを見ろ!奴等の演説会場は特設じゃなく常設だ。そこの詳しい見取り図を俺達みたいな木っ端レジスタンスを殲滅する為だけに流出させるか?」

「他の組織が狙いかもしれんだろ」

 

ジョンの指摘。

しかしこれに関してはジョンの過誤であった。

何せ──。

 

「こんな規模でもこの惑星じゃ俺達が最大規模なんだ。俺ら以下を狙うならもっと意味がないだろ」

 

これにはジョンも自らの言の誤りを認めざるを得なかった。

 

「確かにな。しかし、だ。見取り図そのものが正しいかは…」

「そいつはそれこそ拝金主義者から買ったモノと照合すれば良いだろうよ。まさか両方偽物なんて凝ったマネはしないだろうし」

「うーん…」

 

今度ばかりはジェラルドに分があるのでは、とジョンは薄々感じ始めていた。

確かに、都合の良い展開ではあるが、逃すには惜しすぎる機会でもある。

組織として求めていた、最低限の人員で最大の宣伝効果を有し、かつ起源国に打撃をも与えられる一手。

利用しない手はないのだろう。

 

しかし、だからこそ、薄気味悪いモノをジョンは感じずにはいられなかったのだ。

 

「ジョン。俺だって都合が良すぎることぐらい分かってる。そんなにバカじゃあない」

「そうか?」

「お前な…。まあ、いいや。俺が言いたいのは、それでもやるしかないってことだよ。こんな機会2度はないぞ。"銀河連盟"が暴れている今、ルーカスがここを訪問する今!俺達が存在をアピールする機会!こんな偶然、例え作られたモノだったとしても、もう絶対にあり得ない。そう思わないか?」

 

ジョンはううむ。と少し唸ってから息を吐き、頷くのだった。

 

「確かにな。……まあギリギリまで俺の方で色々調べとくよ。お前は実行計画を練ってくれ」

「!!分かってくれたか!ありがとな!」

「逃す訳にはいかないってのは否定出来ないからな」

 

仕方がない、と苦笑するジョンと大喜びのジェラルド。

二人がこれまで上手く行ってきたことを示す汎用の違いであった。

 

 

再びニューサンフランシスコの総督府政庁

人通りの少ない物置等が集中するエリアにて。

アンドレ・デビ少佐はボソボソと小型通信機で秘匿通信を行なっていた。

 

「はい。先程、アルワタンからライアン中将宛に文書が届いておりました。ええ、件名は"第二次アナーヒト計画"でした」

『先々代執政官時代に行われた反汚職運動、その引用か。中身は?』

「確認出来ませんでした。申し訳ありません」

『いや十分。恐らく中身は……よし、君にはもう一つやってもらいたいことがある。これは成功すれば助かるが、まあ失敗しても構わんさ。

その時は3日後に私が手を回すだけだ』

「承知しました」

 

通信を終えると、アンドレ・デビ少佐の通信相手、トニー・ラレド・バチスタは誰もいない部屋で独り言ちるのだった。

 

「是非、捨て石として頑張ってくれたまえ。私に火の粉がふりかからない形が一番望ましいからな…」

 

 

アンドレ・デビが保安隊司令官執務室へと戻ると、ライアン・マルドゥーン自身と彼の右腕であるライス・ヴェーラー中佐がデビを待っていた。

 

「丁度良いところに来たな。デビ少佐」

「はっ」

「君にもこれを読んでもらいたい」

 

彼に手渡されたのは"第二次アナーヒト計画"と記された書類であった。

 

「…これは?」

「読めば分かる」

 

中身を読んだヴェーラーは思わず、驚愕による揺らぎを抑えきれず、目を見張った。

しかし、むしろそれは自然な反応であり、ライアンが気に留めた様子はなかった。

 

「執政官閣下の御名前が記載されていますが…これは…まさか…」

「閣下からのご命令だ」

 

頷きライアンは別な書類を更に手渡した。

 

「こいつがそれを実行するためのプランだ。よく目を通しておけ」

「……ルーカス閣下のご到着後、ホテルまでの道中にレジスタンスをおびき寄せる…斯様なこと…」

「職務に反するが目を瞑れ。より大きな大義の為だ」

 

勿論、とライアンはデビの目を見据え、薄く微笑みながら言う。

 

「君には選択権がある。今直ぐ、今見たこと聞いたこと全てを忘れ、当日は警護計画に沿って行動するだけ、とするか否か、というね」

「む、無論、閣下のお役に立つ選択をする所存であります」

 

敬礼したデビ少佐にライアンは首肯を返す。

 

「よろしい。そいつは回収する。この部屋にいる間に全て記憶しろ。処分も全て私が直接行う」

「はっ。では失礼します」

 

そうして彼は必死に書面の全てを網膜に焼き付けんと全ての神経を視神経に集めんばかりに文字の一つ一つを丁寧に舐め回すようにして読むのであった。

 

 

書類を読み終えたデビ少佐はライアンにそれを丁寧に返却する。

そして部屋を辞そうとしたが、そこを呼び止められ、姿勢を再び正した。

 

「デビ少佐。そういえば君はよく"トニー"の紅茶の好みを把握していたな」

「はっ…」

「いつもはウバを使っているだろう?よく知っていたな?どうやって知ったんだ?」

「はい。閣下。いえ、バチスタ大将閣下の部下と話す機会がありまして。今回のことも有りましたし、好みをあらかじめ聞いていただけですよ」

 

デビ少佐は僅かに目を、ライアンから逸らしたが、それは無意識であっただろう。

 

「そうか。気の利くことだ。もう行ってよろしい」

「はっ!」

 

敬礼の後、デビ少佐が辞するとライス中佐にライアンは尋ねる。

 

「彼で最後だったな?」

「サー。5パターンの計画をそれぞれ候補者に渡し終え、ここに本物が残っています」

 

ライアンの机に取り出した封筒をライスは滑らせた。

 

「うん。さて、獲物はかかるかな?」

 

何れにせよ、数日内に明らかになることだ、とライアンはゆったりと足を組み直すのだった。

 

 

翌日。

ライアンはいつも通り数十パターン用意された通勤ルート、その一つを通る地上車に揺られながらその日の予定を確認していた。

だが、突然車が急ブレーキによって速度を落とし、ガクリと身体が前のめりになったことで彼の注意は即座にホログラムの手帳アプリから周囲の景色へと移っていた。

 

「…!ライス、伏せろ!」

 

叫ぶと同時、彼は座席の下に滑り込むようにして頭を窓の下へと隠した。

それとほぼ同時、ライアンの公用車の通り道に停められたトラック、幾つかのゴミ箱や植木、周囲の建物からわらわらと武装した私服の、ほぼ間違いなくレジスタンスだろう者達が現れ、一斉射を開始する。

 

反応の遅れた運転手は何発かの銃弾を身体に受け、頭にも直撃し、瞬時に絶命。

ライスも僅かに反応が遅れたこと、助手席へ座っていたこともあり、数発の銃弾を受け、隠れようとしていた身体の勢いそのまま崩れ落ちた。

 

「情報通りだ!ライアンだ!ライアン!」

 

レジスタンスは叫びながらがむしゃらに銃弾を消費し続ける。

第十二星系でこのような事態は珍しい。

今までは核の恐怖に怯えており、レジスタンス組織もあるにはあったが、極めてささやかな反抗に挑戦しているだけであった。

 

しかし、今回彼等は保安隊司令官、ライアン・マルドゥーンを狙うという大それたことを、何らかの確信に基づいて行なっている。

 

「……!」

 

銃撃が一旦止んだ瞬間を縫い、ライアンは素早く車を飛び出すと物陰に身を潜めた。

そして、ホルスターから銃を抜き、レジスタンスに向け発砲する。

 

「いるぞ!ここだ!ライア…っ」

 

胸を貫かれ倒れるレジスタンス。

だが、まだまだ敵はいる。

 

一瞬、顔と銃口を出し、引き金を引く。

しかし、その隙を付き、レジスタンスの発砲した銃弾が頬を掠める。

また直ぐに身を隠し、タイミングを見計らう。

そやってどうにか一人で恐らく片手では足りないだろう人数を相手に戦闘を続けていく。

だが、絶望的な戦力差である。

最早ダメかと思われたがしかし、銃弾が尽き、敵の取り落とした銃を奪い戦うライアンの耳には希望となる音が響いた。

 

「っ!保安隊が近くまで来てるぞ!まだ殺せないのか!」

「くそっ!あと一分もない!」

 

レジスタンスは最早ライアン殺害を半分諦めたようで、逃走用のライアンの車を止めたのとは別なトラックのエンジンを噴かせ、そちらへと発砲を重ねつつ退却していく。

 

こうして5分に満たない路上の戦闘は幕を閉じた。

 

「ライス!大丈夫か?!」

 

車に駆け寄ると、血塗れながらどうにか呼吸を続けるライスが座席に倒れ込んでいた。

 

「くそっ!諦めるなよ直ぐに病院へ連れて行ってやる」

 

丁度そのタイミングでサイレンを鳴らした保安隊の車両が到着し、大慌ての保安隊員らがライアンの周りに群がるのであった。

 

 

 

「閣下!ご無事でしたか!」

 

執務室に到着するとデビ少佐が若干の動揺を滲ませながら敬礼で出迎えた。

 

「無事、か」

「申し訳ありません。ライス中佐のことは聞き及んでおります。しかし、その、お休みの連絡等もなく閣下が定刻にお越しにならなかったものでしたから、心配をしておりました」

「私は問題ない。それより私の通勤ルートを知る者は限られていたはずだが?特に今日どのルートを通るかなんてのは」

「既に調査を開始しております」

 

頷くとライアンは軍帽を別な部下に預けると、デビ少佐に目だけを向けた。

 

「君に話がある」

「はっ。何なりと」

「二人で話したい。着いて来い」

「イエス・サー」

 

人通りもなく、陰気臭い雰囲気の漂う、保安隊司令部ビルの旧棟。

現在の本棟が建設されるまでの期間利用されていた、ホテルであったのを徴用した少しばかり古びた建物。

そこに二人は来た。

 

「デビ少佐。君は私の通勤ルートを知っていたね?」

「万一の際のライス中佐の代理として存じております。…まさか、私を?」

「事実の確認だよ。デビ少佐」

 

君は、とライアンはゆったりと、親しげな色すら籠めて口を開く。

 

「"バチスタ大将"の好みを知っていた。普段出している茶葉でないし、在庫表にも項目のない品だ。わざわざ地球から取り寄せたのだろうな」

「え、ええ。大切な賓客でありますから」

「君が、デビ"少佐"。私の許可も承認もなく彼の訪問が決定してからの短期間の間に地球からの荷便にあの程度の量の茶葉だけを特別にねじ込む事が可能かね?」

「ルイス・プラネットで市販されているモノを購入しただけで…」

「ほう?製造年月日は極々最近だったがな?

まあしかし、だ。では、その領収書はどうした?接待の為だったというならば提出したまえ。君の独断で判断したのだとしても、だ」

「はっ。閣下。私は…」

 

それに、とライアンは彼に詰め寄った。

 

「君に渡した計画書。あれに記載されていた"実行者"が何名か失踪しているのだが?」

「私は…閣下!」

 

哀れみさえ覚えながらライアンは最後に種明かしをする。

 

「紅茶の一件は一つの理由に過ぎないが、あれがなければ君を候補者にすることはなかったろう。

数種類あるダミーの計画書の一つを掴ませたんだよ」

 

詰めが甘かったな。それとも──。とライアンは一瞬言葉を途切れさせた。

そして、突きつける。

 

「君の上司は部下の運命よりもその日の紅茶をこそ気にするような、器の小さな男、ということなのだろうかな」

「──っ!」

 

残念だよ。本当に、とライアンはデビから離れ、踵を返す。

 

「君はクビだ」

 

乾いた金属音が廊下にこだました。

そして、デビ少佐は一瞬にして脱力した身体を崩れさせ、倒れ伏す。

 

「ここは本棟の屋上がよく見えるな」

 

広がっていく赤黒い染みからライアンはさっさと無感情に離れるていくのだった。

 

 

「やはり、私がやらねばならんか。まあ良い。最後に話し合うのもまた一興。明日は大物が釣れるか、はたまた大魚を妨げる障害を排除出来るか」

 

報告を聞いたトニー・ラレド・バチスタは、悔しがるでもなく、部下()の死を悼むでもなく、ただそう独り言ち、くつくつと笑うのみであった──。

 

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