代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第五十話 The Memorial Day of Slavery Peace

 

「存外、お元気そうで何よりですな。ルーカス大臣」

 

地球より執政官から派遣されて来た"ジェリー"はルーカスの病室に入るなり、皮肉たっぷりといった調子でそう言い放った。

 

「…貴様らの謀のせいだろうが」

 

どうせ認めることはないだろうと分かってはいたが、ルーカスとしても言い返さずには済まない。

睨みつけるが、ジェリーは意にも介さずペラペラと口を回す。

 

「おやおや。どうも事件の衝撃で混乱なさっているようですね。命はあってもやはり問題は起きるものなのでしょうか」

 

チッと小さく舌打ちをしながらルーカスはジェリー、そしてその背後に控えるライアンに鋭い視線を向ける。

 

「何が言いたい」

「ルーカス大臣閣下。我らが執政官閣下は大臣が職務の継続に支障を来さぬかを懸念しておられるのですよ」

「存外、直接的な手法に出たものだな」

 

やり返すように、しかし、若干投げやりになりつつ言い捨てるルーカス。

ジェリーは苦笑か、或いは嘲笑を浮かべながら続ける。

 

「お身体の事もありますし、閣下も良い御歳です。

その上、事件の衝撃であらぬ妄想まで抱かれているとなれば、私としては執政官閣下にありのままを報告せざるを得ません」

 

恐らく、とジェリーはベッドに寝転ぶルーカスを見下ろす体勢であったが、それに加え、僅かに胸を逸らすことで見下すかの如き姿勢を取ってから言った。

 

「執政官閣下は大臣の状況を耳になされば解任せざるを得ないことでしょう。

誠に遺憾なことではありますが、精神、肉体双方を損なった者に務まるモノではありませんから。

起源国の大臣という職は。

ましてや、宇宙空間の統轄者足る宇宙大臣などは、ね」

 

ルーカスは我慢の限界であったのだろう、まだあちこち痛む上体を起こし、苦しそうにしながらも声を荒げた。

 

「貴様ら!!恥も知らんのか!!」

 

矛先はライアンにも向けられる。

 

「ライアン!貴様は節操のない売女と同じだ!誰にでも股を開きおって!!」

 

病室に来た最初は緊張をこそ感じていたライアンであったが、喚き散らすルーカスの姿を見たことで、むしろ落ち着き、余裕を取り戻していた。

最早彼は脅威でも何でもないことを理解出来たのだ。

 

「私は一度たりとも大臣に股を濡らした覚えはありませんな。

偶々執政官閣下に逆らうつもりだった阿呆を捕まえたら彼は大臣をも利用する腹積もりだった、という事実を教えて差し上げたまでです」

「…くそっ。恩知らず共め!ンガングガもだ。誰のおかげで執政官になれたと」

 

段々と萎んでいく気勢は、彼が自身の勝ちの目は最早万に一つも存在しないことを実感として感じ行くのと反比例していた。

 

「ああ、執政官閣下からの言伝を忘れていました」

 

わざとらしくジェリーは言い、不要ながらもポーズとして、ホログラムデバイスを立ち上げてメモを表示する。

 

『長年に渡る忠節と、かつて共に国家への不忠者を粛清することに協力してくれたことに感謝する。

最早国家は安泰である。"貴官"の十全足る働きに心よりの敬意を示し、かつ、貴官の老後を保障することで、礼を以って当たるつもりだ』

 

とのことです、と言い終えると同時にホログラムを閉じ、勝ち誇った顔でジェリーはルーカスを覗き込んだ。

 

ルーカスはンガングガからの伝言でもって、全てを悟り、そして、同時に理解した。

最早、ンガングガを牽制する力は自らのどこにも残っていないことを。

 

"国家は安泰"

つまるところ、もうルーカス無しで十分に軍を制御出来る、という意味であり、ルーカスが政権に入ることとなった理由の大きな部分が消え去っていることを意味する。

ルーカスも人望のある方ではなかったが、それでも軍の人間が政権にいる、という事実が起源国軍という組織にとっては重大であったのだ。

国家、政府への影響力が段違いであるが故に。

 

だが、最早軍はンガングガに逆らうことも無く、彼の犬となり、鎖を受け入れている。

当然とも言えるだろう。

ンガングガは軍の威信を高めに高めた張本人なのだから。

 

星系国家群の征服事業。

その成功は軍の威信を極限まで引き上げ、政権に影響力を行使せずとも、名誉と、利権とを享受することが可能となった。

つまり、対して人好きされるわけではないルーカスの存在はどちらでも良いモノになった訳だ。

 

ルーカスは、バチスタによる"愚民化"ならぬ"愚人化"の方策にはまり、耳障りの良い情報のみを受け取ってきたが故に、今日までそれを知ることは無かった。

 

だが、彼は元々無能というわけでも察しが悪いわけでもない。

だからこそ、理解出来てしまったのであった。

 

「…分かった。では、辞任…いや、引退するとしよう」

 

敗北を認める降伏宣言。

それは静かにルーカスの口から発せられた。

しかし、ルーカスは曲がりなりにも過去、ンガングガと対等に政略に勤しんだ男である。

そして、ンガングガに自らの利用価値を認めさせた政治家であり、軍人だ。

 

タダで終わるつもりは毛頭無かった。

 

「そうですか。閣下ご自身で引退を決断なさって頂けるのであれば、これ以上はありませんな。

ご安心を、可能な事であれば何でも執政官閣下は大臣の望みを叶えるように、と仰っておいででした。

そして私は全権委任を受けております。

どうぞ、何か今後の生活等でのご希望があれば」

 

ライアンは後ろで静かに胸を撫で下ろしていた。

確かにルーカスの敗北は確定であったが、彼が抵抗を決意し、時間稼ぎでもされてしまえば報復として彼の家族が、地球にいる宝物達が狙われる恐れがあったからだ。

 

無事に終わりそうだと安堵をしつつ、ライアンは成り行きを見守る態勢へと移る。

しかし、直ぐ後、彼の胃は再び軋みを立てることとなる。

 

 

「そうだな。…では、邸宅を用意してくれるかな?地球の、私の故郷にだ」

「バイカルですね。構いませんよ。過去の独裁者が建てた別荘の一つがあります。そいつを譲渡しましょう」

「後は、そうだな。私の後任については…」

「申し訳ありませんが、後任の選任に関しては各派閥からの要望もあり、大臣の希望を第一とすることは出来かねます」

 

だろうな、と頷き、では、とルーカスは口を開く。

現時点で彼に成し得る最大限の、執政官や起源国に対する嫌がらせを、放つ。

 

「私の命を救ってくれたという男、名をなんといったか」

「…青木祐輔中尉ですか」

 

不穏を感じつつもジェリーは礼儀として答えざるを得ず、眉を僅かに動かしつつ返答した。

 

「そう、青木祐輔中尉だ。彼の行動は称えられるべきモノだ。違うか?」

「仰る通りですね」

 

ライアンも、何か嫌な予感を感じつつも同意する。

 

「宇宙大臣の救命措置に全力を尽くし、一命を取り留めるに一役買った、という点は、称賛に値します」

「そうだろう?であるなら、表彰してやるべきでないかね?」

「それは…」

「どうだろう。勲章を授与してやるのは?彼には受け取るべき権利がある筈だ」

「…仰る通りですな」

「私の希望としては、私の去就如何に関わらず、起源国軍人としての責務をあの場において最も忠実に発揮した青木祐輔中尉に.惜しみのない、かつ、傷のない称賛を与えて欲しい所だ」

 

ジェリーはやられた、と言うよりは、その問題があったか、と気付いたことで、顔を歪めていた。

 

この場でのやり取りなど無かったことにするのは簡単だ。

しかし、そう。

"平等派"という名誉起源民と起源民の平等を目指す連中にとってみればこれは格好の事案だ。

青木祐輔を称え、名誉の忠義を強調し、復讐派を牽制し得る。

 

例え、ルーカスが望まずとも、"平等派"が青木祐輔の叙勲を強く主張することだろう。

 

ジェリーとしてはルーカスの粛清に集中しており、そして、地球では金龍会を中心に追っている彼は、ルーカスに対する完全勝利の確信も相まって、政府、軍における派閥対立の激しさを、眼の曇りから失念していた。

そうだ。その問題があるじゃないか、と思い出してしまったのだ。

 

ああ、これは面倒だ。

叙勲すれば復讐派は反発するだろう。

執政官への支持が薄まりかねない。

だからといって、しない、という選択肢はあり得ない。

"平等派"の突き上げもあるだろうが、それ以前の話だ。

建前として円満に引退することとなったルーカス。

 

つまり、咎人でもない"起源国宇宙大臣"を救った軍人を称えない等、"政府内での権力争いがありました"と公然自白するも同義だ。

そんな真似は出来ない。

 

例え名誉だろうと何だろうと、称えられるべきことであるのは明らかだ。

 

そしてルーカスの発言。

自らの権力には頓着せず、部下の名誉を思うかのような発言。

幾らオフレコと言えど、内心に暗い情念があることなど分かりきっていようと、無下に出来るモノではあり得ない。

 

「…ええ。ええ。勿論、青木中尉には称賛を受けるべき功績があります。

…大臣の引退式と同時に彼へ勲章を授与しましょう」

 

青木祐輔の純粋な、打算のない善意は陰謀の主達を困惑させ、そして、陰謀家達の完全犯罪に泥を塗り、ぶち壊してしまったのだ。

ジェリーは、引いては、後々執政官も、腹の内では唇を噛み締めつつも、青木裕輔にこれ以上ないほどの称賛を送らねばならなくなった。

 

自らの陰謀に、ある種の芸術にケチを付けた張本人に、だ。

既にジェリーの内心は極めて不快な感覚に溢れていた。

彼自身、名誉を見下している側の人間であることも相まって、ルーカスの嫌がらせは見事に結実したと言えるだろう。

 

こうして、"名誉起源民"出身者から初めて執政官、の名代から叙勲されるという栄誉に青木祐輔は選ばれることとなったのであった。

 

 

「おめでとうございます」

 

首府の軍司令部で待機を続ける祐輔は廊下でばったり出くわした樱花(インファ)に開口一番そう言われたが、彼はまだ何も知らず、訝しげな表情を浮かべていた。

 

「あれ、聞いてないんですか?」

「え、何を…?」

「勲章を貰えるそうですよ」

「…誰が?」

「祐輔さんが」

「何で…?」

「ルーカス大臣の救命に大きく貢献したから、ですって」

「誰から…??」

「執政官閣下の名代、だそうですよ」

 

これまで恐らく基之の前以外では見せたことのないだろう唖然、としか表しようのない様相で困惑を見事なまでに表現した祐輔は、樱花の言葉の意味を咀嚼することが出来ずに立ち尽くす。

 

「…名誉の俺が…?」

「宇宙大臣を救命したのですから、当然、ではあります。本来は」

 

樱花も裏に何かあると勘付いているようで、微妙な言い方をする。

 

「んん…。また面倒事になりそうな気がする…」

「それは当たりだと思います。…祐輔さん。その…司令がお呼びなんです」

 

第十二星系総督府駐屯軍司令は平等派の幹部、その一人である。

その彼からの呼び出しとなれば、だ。

確実に面倒事に巻き込まれているな。と悟った祐輔は、しかし、今更抗する意味も、気力もない。

唯々諾々と奔流に身を委ねるのみであった。

 

 

「さて、青木祐輔中尉。既に聞いているかもしれないが、君に勲章が与えられる運びとなった」

 

軍司令は浮ついた空気感を全身から漂わせながら、祐輔に伝達し、身を乗り出す。

 

「これは名誉な事だ。君の忠誠が認められたのだよ青木中尉」

「はっ…」

 

祐輔の、微妙な表情等に、興奮する軍司令は気付くこともない。

そのまま滔々と得意気に自らの功績でもないことを語り続ける。

 

「我々としても、是非、君の功績に報いる措置を、と上には言っていたのだがね、どうも他ならぬルーカス大臣が政府の使者に要請したそうだ。

いやはや、素晴らしい事だ。

君の忠誠は"名誉起源民"全体にとっても良いモノとなるだろう」

「間違いなく、起源民の対名誉感情は好転するし、君は初めて名誉出身者として執政官から勲章を賜る。

その上…これはまだ内定で公表はされてないのだがね?

昇進も決定しているんだ。初の大尉だぞ!」

 

曖昧な笑みを浮かべつつ、祐輔は「大変な栄誉、光栄であります」と無難な返答をのみ行った。

 

まだ現実感がないかね?と馴れ馴れしく席を立った軍司令は祐輔の肩に手を置いた。

 

「もっと喜べ!君は名誉の象徴となるのだからな!笑うんだ。青木祐輔中尉。これは我々平等派の勝利だ。…無論、君にとっても」

 

"平等派"の影響力増大、そして"復讐派"の気勢を削ぐことに成功し、軍司令は派閥幹部としてその事実を喜んでいた。

祐輔の心情など推し量る事はないし、彼の機微に何らの違和すら抱くことはない。

 

彼は平等派であるが、人権だのとか経済だのとか、そうした理由から平等派にいる訳ではないのだ。

元々は平等派が勝ち馬だと判断し、自らの野心の為に派閥に与した男である。

今更不利を感じても、今から復讐派が受け入れてくれるはずもない。

両派閥誕生の時から既にそれなりの肩書を持っていた彼だ。自然、派閥内でもそれなりの地位が贈られた。

それ故に、今から鞍替えした所で、信頼されるはずも無いし、地位を得られるはずもない。

 

だからこそ、最早平等派の為に動くしかなく、不利であったこの派閥が、勝者に近付くきっかけを得られたことに、これ以上ない喜びを感じているのだ。

 

つまるところ、彼にとっては青木祐輔は正に駒でしかない、という訳だ。

 

「ルーカス大臣引退の式典が開かれるのだが、そこで君のことも表彰するらしい。

くれぐれも、執政官の使者に失礼のないようにな」

 

ひたすらに自らの野心を満足させる幸運に小躍りする軍司令から解放された祐輔は、自らに課せられる責任、嫉妬、憎悪、そうした面倒事を嫌でも想起せざるを得ず、軍司令とは対照的に重苦しく垂れ下がった肩でトボトボと軍司令執務室のあるフロアをあとにするのであった。

 

 

その頃、ルーカス大臣暗殺未遂の首謀者となった、"Free States Liberation Front(自由合衆国解放戦線)"、FSLFの首領、ジェラルド・ターレスとその腹心、ジョン・アレンは引き払ったアジトから移り、新居となった荒野に打ち捨てられた廃船となった民間の、遺棄された宇宙船に枢要メンバーを集めていた。

 

「さて、作戦自体は一先ず成功と言っていいだろう。

しかし、我々は保安隊から徹底的にマークされてしまっている。

まだここはバレていないが、今まで使ってきたアジトは9割が壊滅している。

名を広めることには成功したが、今のままでは人員拡大は難しい」

 

ジェラルドの言葉をジョンが引き継ぐ。

 

「人員ネットワークが破壊されていっていることもあり、潜伏が精一杯となっている」

 

ホログラムをため息混じりに立ち上げつつ、ジョンは続ける。

 

「犯行声明は上手くネットで拡散したが、折角集まった新規の構成員も既に半数は檻の中だ」

 

報道機関という組織体は慎重に、自らを滅ぼすことなきよう動く故に、彼等の発した犯行声明を軽々に報道することはなく、当局の報道許可を持つ。

しかし、ネットに集う個人には軽薄であったり、軽率な人間も多くいる。

彼等は"禁止されていない"という理由で軽々しく犯行声明を拡散したのだ。

遅れて混乱から若干立ち直った当局による規制が始まり、軽率な者達も事態を漸く悟ることで沈静化はした。

 

だが、それまでの時間に多くの人間の目に止まったことだろう。

その点だけで言えば、ジェラルド達は目的を間違いなく達していた。

 

残念なことに、それは誂えられた道でしかなかった、ということが彼等にとっての不幸であったのだろう。

 

「暫くは地下に潜るしかない。故に、君達には今後の目的、方針を知ってもらうべく集まってもらったのだ。

確かに、我々は今、危機にある。だが、存在感は間違いなく強まった。

つまり、来たるべき蜂起に備える時が来たのだ。

連中から身を潜めつつ、次なる戦いのために、備えるんだ」

 

ジェラルドとジョンは幹部らを見渡し、未来を語るのであった。

 

 

 

統一暦243年(西暦2693年)7月20日

第十二星系総督府 仮設式典会場

 

辛気臭い、という言葉がこれ程似合う空気も中々ないだろう。

"ジェリー"の発する重苦しい雰囲気にライアンは軽々に何がしかの言葉を発することも出来ずにいた。

 

執政官からの命令通りルーカスを処分して帰る。

それだけの簡単な、そして、執政官からの満足も貰えるだろう任務。

それがいつの間にか派閥闘争を激化させるだろう爆弾を投げ込む役目を。

それも執政官の名代として、やらねばならない状況にあるのだ。

苛立ちを、憤懣を抑えきれないのも当然である。

 

「はあ…仕方ない。……よし。行くぞ。ライアン」

 

何やら呑み込んだ様でライアンへ呼びかけてからジェリーは仮設会場へ繋がるバルコニーの扉を開けるのだった。

 

 

ワアアアアと響く、集められた、いや、"自主的に"集った市民達の歓声。

見事に揃った将校らの敬礼。

そして、はためく起源国旗。

 

これらに向かい入れられながらジェリーは演壇に立つ。

 

総督府の敷地内に急ピッチで仮設された式典会場であったが、関係者の努力によってそうとは見せない装飾が施され、演出装置による発光、市民らの統制された熱気によって簡易的なモノには見えない仕上がりとなっていた。

 

「…市民諸君。あのような事件の後にも関わらずこうして集ってくれたこと、心より感謝する。

さて、本日集まってもらったのは他でもない。

先日の件が関係している」

 

そこで一旦言葉を区切り、会場をバルコニーから見渡し、ジェリーはマイクに口を近付ける。

 

『我々はテロリズムに決して屈することはない。…ルーカス・イワノヴィッチ宇宙大臣は一命を取り留められ、実行犯も既に袋の鼠だ!』

 

最後の一言は半分嘘である。

まだレジスタンスの幹部は誰一人として捕まえられていないのだから。

だが、この程度の完全に嘘ではない程度の発言は日常茶飯事以下の虚言だ。

誰一人としてこの言葉の真実性等気にも止めない。

 

『さて、しかし、だ。大臣は一時その生命が危ぶまれた。ここで一つ残念な報せをせねばならない』

 

ジェリーは重苦しい表情を作り上げ、口を開いた。

 

『一命を取り留めたルーカス・イワノヴィッチ宇宙大臣であるが、彼は自らが完治するまでの間、職務を万全に果たせぬことを忸怩足る思いを抱えておられる。

また、完治しても、今までのように職務をこなす事が難しくなる可能性もある、と。

故に、我々に対して、引退を申し出た。執政官閣下にもお伝えし、彼も留任をこそ望まれたが、大臣の決意は確固としたモノであり、執政官閣下もついにお認めになられた』

 

ジェリーは非常に残念なことではあるが、と続ける。

 

『政府はルーカス・イワノヴィッチ宇宙大臣の離任を承認し、また、彼のこれまでの功績と忠誠に感謝と敬意を表することを決した』

 

ルーカスが将校らの拍手に包まれながら登場し、無くとも立つことは可能だが、あえて弱っていることを印象付ける為に座らされている車椅子姿で市民の前に現れた。

 

『さあ、ルーカス大臣、国民に挨拶を』

 

ルーカスは、死んだ魚のような目をしつつ、口にだけは笑みを浮かべ、渡されたマイクを手にする。

 

『卑劣なるテロリズムに撃たれ、職責を全うすること、困難極まる状態となり、極めて遺憾である。

しかし、地位に恋々とすることは国家にとって有害であり、起源国民として恥ずべきことであると考え、引退をンガングガ執政官に申し出た。

私の身勝手を許してくださったばかりか、これまでの功に褒賞を与えて下さったンガングガ執政官には感謝に絶えない』

 

ふうと彼は息を吐き、続ける。

 

『私は引退を余儀なくされたが、しかし、生きて今、ここにいる事。これに貢献してくれた者達の存在を忘れることは出来ない。

医師たちに深い感謝を。

そして、医師の到着までの間、私に救命措置を施してくれた、忠実なる起源軍人を称えたい。

青木祐輔中尉。彼の適切な処置あってこそ、私はここにいる。

どうか、義務に真摯であった彼に格別の栄誉の与えられんことを望む』

 

拍手と敬礼によって、静かに彼の演説は締め括られた。

観衆からの歓呼もなく、これは事情通が見ると即座にルーカスの失脚を悟らせるものであった。

 

その不穏さを打ち消すようにしてか、ルーカスが後ろに、下がるや否や、盛大なファンファーレが奏でられ、再びジェリーが演壇へと登る。

 

 

 

『ルーカス大臣のこれまでの忠誠に私個人としても敬意を表します。

お疲れ様でした。どうぞ、我が国を今後もお見守りください』

『さて、先程大臣からもあったが、大臣に懸命な救命措置を施し、彼の一命を取り留めるに至った忠義の者達、その最大の功労者を私からも紹介したい!』

 

一際声量を上げ、ジェリーは後ろに手を伸ばし、控えていた青木祐輔に向けた。

 

『青木祐輔中尉!!』

 

呼ばれ、祐輔は演壇へとおっかなびっくりといった心中をどうにか覆い隠しながら堂々としている、と見えるように向かう。

 

『彼のおかげでルーカス・イワノヴィッチ宇宙大臣の命は救われた。大臣たっての希望もあり、彼には勲章を授与する。

これは非常に名誉なことである!さあ、市民諸君!

彼を、青木祐輔という愛国者を讃えようではないか!!

危険を省みず、最も素早く救命に動き、適切な処置により大臣を救ってみせた若き英雄を!』

 

ジェリーから譲られた演壇に祐輔が上がって敬礼をすると同時、観衆から最初は整わない、しかし、徐々に声が均一へと揃っていくシュプレヒコールが上がり始める。

 

「Remember Origin!!」

「Origin's Here!!」

「Remember Origin!!」

「Origin's Here!!」

「「Remember Origin!!」」

「「Origin's Here!!」」

 

起源を忘れるな。起源は、ここに。

起源国の習慣として定着しているこの歓呼は、或いは敬礼と共に発せられる忠誠の宣言にもなっているそのフレーズは。

しかし、青木祐輔にとって、彼自身を起源国に縛り付ける呪縛のように感じられていた。

 

人々から、我々こそが起源だと。

それを忘れるな。お前は起源国軍人だ。

此方側に尽くせと。

そう言われている気がしてならなかったのだ。

 

数十秒の歓呼の後、人々の声が収まるのを確認してから、祐輔は僅かに、小刻みに震える腕を下ろし、敬礼解き、ゆっくりと演壇を降りた。

そして、既に背後へとやって来ていたジェリーに道を譲る様な動きで後ろに居並ぶ将校らの列に戻ろうとしたが、ジェリーの僅かな腕の動きに制される。

 

「まだだ」

 

小さく言われ、祐輔はそう言えば勲章を受け取っていなかった、と気付いた。

 

即座に動きを変え、くるり、とジェリーの方に体を向かせる。

 

「青木祐輔中尉。貴官の働きに敬意を籠めて、"ルカ勲章"を授ける」

 

"ルカ勲章" 、地球上全ての生物の起源とされている細菌生物の名前から取られたこの勲章は、子供を5人以上産んだ女性、若しくは人命救助に尽力した、つまり、人間の生命活動に貢献した者、に対して贈られる最上級の勲章である。

一般人にも授与され得る勲章でもあるため、ジェリーが苦肉として選定した勲章でもある。

 

整えられた敬礼をする祐輔の胸に勲章が付けられる。

そして、ジェリーに促され、彼と共に再び観衆へと身体を向けた。

 

『さあ!皆さん!彼は此度の功績に伴い、星系総督府出身者初の大尉ともなります!どうか、彼に万雷の拍手を!』

 

ジェリーは、内心に関わらず自らの責務を理解し、全うしている。

本心としては全く同意しかねる文章を力強く、自信を感じさせる語調で語り上げる点はある程度評価に値するだろう。

 

拍手、そして再びのシュプレヒコール。

計算された演出は、起源国の日常であったが、それが名誉出身者に充てられた事は初めてだ。

青木祐輔は、まるで本物の英雄かのように染め上げられ、仕組まれた演出の下に他星系へと広められる事になる。

 

"平等派"が望んでやまなかった名誉出身者の"英雄"がついに結実し、誕生した、してしまったのであった。

 

しかし、この一件に直接関係した者の中に誰一人として、心の底から祐輔の栄誉を喜んでいる者はいない。

ルーカスでさえも、だ。

ルーカスとしては執政官らに対する嫌がらせでしかなく、青木祐輔に特別な感情を抱いているわけではない。

 

恩知らずと言う他にないが、彼も元々は復讐派の側だ。

名誉起源民に感謝することは、プライドが許さなかったのだろう。

変わらず死んだ魚の目であるが、しかし、ジェリーの内心を想い、ほんの僅かに溜飲を下げた様子を見せたのみで、祐輔を心から讃えることは、一切無かった。

 

しかし、ここに残される記録は"真実"を映す。

執政官の名代から勲章を授かり、大尉に出世し、市民からの歓呼を受けた、名誉出身者であるにも関わらず、ルーカスを懸命に救助した軍人の鑑。

 

それが、後世に遺される記録であり、彼等の内心など無関係に、ある種の事実を無情にも伝えるのであった。

 

『そして、最後にもう一つ』

 

ジェリーはまたも演壇へ戻り、青木祐輔のそれをほんの僅かにでも打ち消す為に最後の発表へと移った。

 

『ルーカス・イワノヴィッチ宇宙大臣の命が狙われるに至った叛徒による攻撃。

これに我が軍の者が関与していることが明らかとなった』

 

ジェリーはよく訓練された市民達にもさすがに動揺の走ったことを見て取ったが、構わず続ける。

 

『この陰謀者は、ルーカス・イワノヴィッチ宇宙大臣を利用して自らの地位を高めることに終始し、あまつさえ、彼を排除することで、彼の立場に取って代わらんとした悪魔であった』

 

残念そうにジェリーは首を振る。

 

『かような悪人が放置されていたこと、慚愧に堪えぬが、奴の陰謀を打ち砕いた者がいる。

彼のことも称える必要があるだろう!』

『陰謀者の名はトニー・ラレド・バチスタ元大将』

 

そして、それを打ち破りしは、と溜めてからジェリーは高らかに叫ぶ。

 

『ライアン・マルドゥーン"大将"!!』

 

ライアンは事前のリハーサルが祐輔とは違いあった為、一切の迷いなく演壇へとロボットのような正確さで近付く。

 

『彼には、起源国防衛勲一等を授けると共に、中将から大将へと昇進で以て報いる!

市民よ!拍手で迎えよ!売国奴の陰謀を打ち破りし、もう一人の英雄を!』

 

演壇へと登ったライアンに、祐輔の時と同じような形でシュプレヒコールが浴びせられる。

さすがに彼も緊張はしているようで、やや硬い表情で敬礼を続け、やがて声が収まると、演壇から降りる。

 

 

『市民よ!そして、大多数の従順なる名誉起源民達よ!安心するが良い!我が国はテロルに屈することはない!』

『そして、我が国を破壊せんとするどのような陰謀も、白日のもとに晒される!必ずだ!

我々の忠実なる起源国軍人が!或いは秩序の守護者足る保安隊が!そして、市民諸君一人一人が!

必ずや、国家に対する陰謀を見つけ出し、破壊する。

我等が国家は、不滅なのだ。起源国は、永遠なのだ!!』

 

 

どんどんとトーンを上げていき最後には彼の出せる最大声量、絶叫に近い形で演説を締め、熱気を演出する。

そして、それを最大限引き出すための、自然発生的に見える歓呼が、シュプレヒコールが続くのであった。

 

「Remember Origin!!」

「Origin's Here!!」

「Remember Origin!!」

「Origin's Here!!」

「「Remember Origin!!」」

「「Origin's Here!!」」

 

「「Remember Origin!!」」

「「Origin's Here!!」」

 

「「Remember Origin!!」」

「「Origin's Here!!」」

 

青木祐輔は、生み出された英雄は、一人、この雨として浴びせられる呪いを前にして、静かに、ただ孤独に佇み、彼が選んだ未来を、明日の結果を噛み締めるのだった。

 

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