代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第四話 軍とゲットー

 

 

李少佐は、今回の逮捕に先立ち、あらかじめ青木家の数週間分の会話ログを部下に纏めさせていた為、青木憲吉、祐輔の父が暴力的な人間であることも把握していた。

しかし、そんなことはどうでも良いことなのだ。

課せられた業務をこなす必要があり、家族丸ごと検挙出来るチャンスだった。

ただそれだけのことである。

 

だが、故にこそ祐輔に反逆の気がないことは悟ってもいた。

そして、現状軍は人手不足であり、人材は欲しい。

その上プロパガンダに使える境遇。

つまり、反逆者であり暴力的な父親に支配され、反逆に与させられそうになったところを軍に救われ、起源国に忠誠を示すために入隊。

このストーリーに乗せて軍人にすることが出来れば、一家族丸ごと検挙等とは比べ物にならない評価を受けることが出来るだろう。

だからこそ、李少佐は祐輔に入隊を迫っているのである。

 

「さあ、どうする?青木祐輔君。入隊をするのなら、お父さん以外は助かるんだよ」

「俺は...」

 

強張った表情で、口を開いたまま、呆然とした様子の祐輔に、基之が声をかける。

 

「祐輔...ダメだ。こんなの...。他に方法がある筈だ..」

 

だが、基之も言いながら察していた。

これ以外に罪を逃れる方法などないのだろう、と。

そもそもがでっち上げられたような罪なのだ。

逃れる術など期待は出来ない。

 

「他に方法などあるわけがないだろう」

 

分かっているだろうに、と目で語りながら李少佐は溜め息をつく。

そして、彼は、腕時計型端末にチラリと目をやると、数秒思案した後、再び口を開いた。

 

「まあ、しかし、だ。私も、そして我等が起源国も薄情な国ではない。明後日まで待とうじゃないか」

「え...」

「当然、逃げても無駄なことは理解しているだろう。良く考えたまえ」

 

「収容所に家族全員が送られるか、母と兄弟を助けるか、二つに一つだ」、と言い残し、李少佐は部下らを引き連れ、学校を後にするのだった。

 

「...何だ、急に?」

 

その場での決断を迫っていた李少佐が突然猶予を与えたことに理解が追い付かず、二人とも唖然するしかなった。

 

「少佐。よろしいのですか?」

 

学校を出て車に乗り込んだ李少佐に、隣に座る彼の補佐が尋ねた。

 

「構わんよ。それよりも、思ったより時間が押している。さっさと本部に戻らねば定例会議に間に合わん」

「ですが、万一ということもあります..」

「万に一つも逃げられんよ。監視も付けるしな」

「しかし、今の人材不足下でそれは..」

「それも問題ないよ。どちらにせよあの地区に監視兼警備は必要になるのだから。1日2日早まったところでどうということはない」

「ああ。なるほど。確かにそうですね」

 

補佐の男は得心が行ったようで、大きく頷いた。

 

「では、どのように報告しておきましょう」

「奴等の証言通りで構わんよ。裏は取れてるし...っと、そうだ。奴、青木祐輔の母親と弟を釈放しておくように本部に連絡しておけ」

「まだ彼が返答をしていませんが..」

「"誠意"を見せてやるのさ」

 

皮肉たっぷりと言った微笑みを浮かべる李少佐に、補佐の男は笑いながら頷いた。

 

「承知しました」

 

その日の夕方。

基之と祐輔は午後の授業など全く記憶にも残らないまま、悶々と時間を過ごすこととなった。

漸く授業も終わり、バスに乗り、基之の家の近くの停留所で二人は降りた。

祐輔の方が少し遠くに家があるため、二人で話すとなると、自然こういう形になるのだ、

 

「祐輔も知ってるだろ。起源国軍がどんな連中かは..」

「ああ」

「何度処刑や、抗議の鎮圧をプロパガンダとして見せられたか分からない。しかも、今日来た奴等みたいに、皆を監視して、逮捕したりさせられるかもだし。

俺達地球人類じゃない人間は軍に入って正式に起源国民になったところで、差別はされるって聞くし..」

「そうだな」

 

基之の言葉に、祐輔は淡々と頷く。

 

「軍になんて入ったら..お前は...」

「分かってる」

「他に方法があるかもしれない。だから..」

 

藁にも縋る様な思いで言う基之に、祐輔が頷き返す。

 

「ああ。明後日までしっかり考えることにするよ」

「明後日の朝、バスよりも早く、お前の家に行くから。待っててくれ」

「うん」

 

口数も少なく、静かに反応を返すだけの祐輔に、言い知れようのない不安を覚えつつも、基之は、彼を見送ることしか出来なかった。

 

「何とかしなきゃ..」

 

基之がここまで必死になるのも当然である。

起源国軍の噂は既に市井に氾濫しているが、そのどれもが暗澹たるものだからだ。

彼が祐輔に言ったように、逮捕した反逆者の処刑を担当するのは、超重要犯罪を除き、大抵"名誉起源民出身"、つまり、地球人類以外からの入隊者である。

その上、民衆による抗議運動を最前線で鎮圧、もとい殺戮をするのも"名誉出"だ。

当然、形式上は入隊すると完全な市民権が与えられるが、出身地による差別も存在している。

地球人類の軍人よりも大きな戦果を上げようと、昇進するのは地球人類の方であり、"名誉出"の昇進例はまだ起源国支配が始まってから短期間であるとは言え全くない。叙勲の類いや表彰すらもない。功績を上げた者はある程度いたにも関わらず、だ。

 

更に、これは基之も知らぬことであるが、現在も未だ起源国に抵抗を続けている惑星政府が存在しているのだが、その惑星における戦闘で、死亡率が圧倒的に高い地上での前線任務にも積極的に"名誉出"が回されてもいるのである。

 

とにもかくにも、基之は、祐輔が虐殺に加担させられたり、市民を監視させられるようなことになって欲しくない、という想いから、焦燥しているのだ。

 

だが、当然これを家族に話すことは出来やしない。

祐輔を入隊させずに済む方法等、相談していることがバレただけで反逆とされてもおかしくないのだから。

 

「くそう...何で...」

 

どうにかしたい、その想いだけはあっても、金も、人脈もない学生には解決策など浮かぶ筈もない。

だが、それでも諦めたくはなかったのだ。

頬を腫らそうと、基之を助け続けてくれた、家に帰れば、殴られ、どやされることなど分かっていたのに、それでもなお、困っている友達を放ってはおけないと手伝いに来てくれていた祐輔のことを。

 

そうして、2日後。

早朝。

 

祐輔の自宅前に走ってきた基之は、家の門扉の前に軍服で先日の保安隊と同じエムブレムを胸に付けた男に睨まれ、足を止めた。

 

「何だ、こんな朝早く」

「あ、いえ...祐輔と話したいことがあって..」

「....」

 

その男は、即座に腕に付けてある腕時計型端末を基之に向けてから、空中ディスプレイを起動させる。

 

「日野基之...まあ、良いだろう」

 

どうやら、基之の顔に検索をかけたらしい。

確認すると、門扉の前から横にずれ、基之が通れるように移動した。

 

基之が、玄関口のインターホンを押そうとしたタイミングで、丁度ドアが開かれた。

 

「基之か..」

「祐す...」

 

彼は、祐輔の出で立ちに、目を見張った。

 

「何で...その格好..」

「ごめんな。基之」

 

諦観に包まれた微笑を浮かべる祐輔と、苦悶に歪んだ顔の基之は、向かい合う。

祐輔は、起源国軍の軍装に身を包んでいたのだ。

 

「昨日、返事をしたんだ。軍に入るって」

「え...でも、だって...一昨日...」

「うん。だから、ごめん」

「何で...!」

「俺も考えたんだ。でも、どうしようもない。こうするしか」

「他に方法が..」

「無いよ。お前も分かってるだろ?」

 

言い当てられ、基之は言い淀む。

実際、今の彼の言葉は、何の根拠もない願望にも等しきものであった。

 

「母さんはさ、頑張って働いてくれてるけど、"名誉起源民"じゃあ、どれだけ頑張っても、二人養うなんて無理なんだ。

貯蓄も罰金として持ってかれたらしいし。

でも、弟はまだ小学校も出ていない」

「....っ」

 

この数ヶ月の間に、軍人のみならず、その家族や多少の希望者らが地球からやって来て、入植を始めた結果、起源国による社会的差別政策は完成しつつあった。

"名誉起源国民"は半年前とは比べ物にならない程の税金が課されており、収入は実質的に半減していた。

起源民との差を設けるためである。

当然、社会保障政策も適用されず、困窮しようと支援がさしのべられることはない。

母親一人で二人の子供を養うのは、不可能になっていたのだ。

 

「軍は建前上、名誉にも完全な市民権を与えてくれるから、給与は良いんだ。だから...逮捕されない為だけじゃない。この先も家族を守るためにはこれしか..」

 

感情を押し殺しながら淡々と話していた祐輔だったが、最後には悔しさが漏れでる声色で、ギュっと拳を握り締めていた。

 

「...でも..」

 

基之には、彼の心情の全てを推し量ることなど出来はしなかった。

それでも、引き下がらないわけには行かないのだ。

 

「...金を貯めたら、逃げ出して見せるさ」

 

小声でボソリと祐輔が呟く。

その呟きに、基之はパッと顔を上げた。

 

「まだ、起源国に抵抗してる惑星はあるし、そこにでも、隙を見つけて逃げてみせるよ。

奴等の思い通りになんてなるつもりはない。

だから...」

「祐輔...」

 

確かに、未だ起源国に屈していない惑星国家は存在している。

だが、二人は分かっていた。

それも時間の問題だということを。

何せ、毎日のように戦果報告を、視聴が実質的に義務付けられている報道番組で見せられているのだから。

しかし、二人はそのことには触れなかった。

 

これもまた、ただの、何の根拠もない願望でしかない。

だが、二人が折り合う為に、必要なことだから。

特に、基之が引き下がる理由が、必要だったのだ。

必要不可欠な、柔らかい、嘘。

 

祐輔の覚悟と、意図を悟った基之は、唇を噛み締め、大きな息を吐いた。

 

「...分かった。...死ぬなよ」

 

そして、基之は最後に、一番大切な友人の顔を見据え、手を握った。

 

「ああ。お前も、もう無茶はするなよ」

 

祐輔も手を握り返し、二人は別れを告げるのだった。

 

「またな、祐輔」

「ああ、また」

 

 

統一暦240年(西暦2690年)2月

 

「よーし。今日の授業はここまでだ」

 

教室の面々は、授業の終わりと共に脱力し、HRが始まるまで、暫しの空き時間を思い思いに過ごしている。

友人とお喋りするもの、勉強するもの、部活動の準備をするもの、様々である。

 

基之は、ただぼんやりとしていた。

少し前まで、わざわざ教室の反対側から移動してくだらない話をしに来ていた友人は、もういない。

 

「元気かな..」

 

軍に入ってから、祐輔は軍の宿舎へ移動したようで、携帯も繋がらなくなっていた。

彼の家にも、周辺区域の入植者を管理する役職の者が入居し、祐輔の家族は何処かへと引っ越していってしまった。

 

「......」

 

何も出来ず、ただ祐輔に気を遣わせてしまうだけに終わった自身の無力を噛み締める数週間を過ごし、基之はすっかり魂が抜けたようになっている。

他の友人も、そんな基之にどう接していいか分からないのだろう。

余り交流することもなくなっていた。

 

そうして、一人寂しく、家に帰るためのバスに乗り込むのであった。

 

 

「ただいま」

 

家へと入ると、いつもは仕事で遅い筈の母、優菜が先に帰っていたので、基之は驚いた。

 

「ああ。基之。お帰り」

「どうしたの?今日は早いね」

 

言いながら、彼は不穏な気配を感じ取っていた。

姉の浅菜が、静かに椅子に座っており、優菜もどこか不安そうな様相であったからだ。

 

「浅菜から連絡貰ってね。とりあえず座って」

「う、うん..」

 

基之が座るのを見て、優菜が一枚の紙を基之の前に差し出した。

 

『移住命令』

 

書類の題目にはそう書かれていた。

 

「移住...って..」

「帰ってきたらこれがポストに入ってたのよ」

 

浅菜が小さく説明する。

 

「新しく建てた街に引っ越せってことらしいわ」

「新しく建てた..?何でそんな..」

 

基之は言いながら書類を読んでいたが、一つの文章が目に止まった。

 

『この書類を受け取った"名誉起源民"は順次、指定居住区域へと移動しなければならない。

現在当該"名誉起源民"が居住する区域は、地球からの入植者の居住区域となる』

 

「俺達の家が、知らん奴等のモノになるってこと..?」

「どうやらそうらしいわね」

 

基之は、嫌な想像が頭を駆け巡っていた。

あの時、祐輔を捉えに来た軍人に、挑発的なことを勢いに任せて言ってしまったが、そのせいで、目をつけられてしまっていたのでは、と。

だから、こんな書類が届いたんじゃないか、と。

 

「俺の..せい..」

 

喘ぐように呟く基之の手を、優菜は優しく握り、首を振った。

 

「あなたのせいじゃないわ。大丈夫。落ち着いて」

「この書類、この辺の住居全体に来てるみたいだから関係ないよ。基之」

 

姉も基之を宥めるように言った。

祐輔が軍に去った後、事の顛末を基之は二人に話していたので、ある程度までの事情は把握していたのだ。

 

「それに、仮にもし祐輔くんの時のことが原因だとしても、あなたが気に病む必要はないわ。友達の無実を証明しようとしたんでしょう?あなたは間違ってない。だから、大丈夫。ね?」

「...うん。ごめん。二人も不安な筈なのに」

 

どうにか落ち着いた基之を、浅菜が小突いた。

 

「良いんだよ。あんたはそんなこと気にしなくて」

 

暫し弛緩した空気が流れたが、問題は消えるわけではない。

 

「まあ、逆らうことも出来ないだろうし、準備するしかないわね」

 

書類の裏面にも何か書いてないかと捲ろうと再び書類に手を伸ばした基之だったが、優菜が先んじてそれを手に取り、立ち上がった。

 

「さ、引っ越しの準備をしましょう。一週間以内らしいし」

 

基之が見れなかった裏面に視線を落としながら、優菜がそう言ったので、基之は期限のことが書かれているのだと合点し、深くは尋ねなかった。

 

「しかし、こんなとこに半年で街をねえ..」

 

優菜は書類の地図を眺めながら、訝しげに言うのだった。

 

 

そうして、翌週。

大部分の電化製品や家具は置いていくように命じられていたため、それ以外の私物をトランクやバッグやらに詰めて、彼らは地区の住民を積載した大型の高速トラックに揺られ、2時間。

半年前までは何もなかった荒野のど真ん中に巨大な壁がそびえ立っていた。

そこの真ん前で彼らは下ろされ、集合する。

 

「私は、この指定居住区域の管理責任者であるトーマス・ウィリアムズ大佐。貴様ら"名誉起源民"に相応しい住居がこの壁に囲まれた区域に建てられている。

執政官閣下に感謝し、各々の住宅へと移動せよ。

区域外へ出る際は、いかなる理由があっても役所で許可証の発行を受けなければならない。

その点にまず留意せよ。他の注意点等は、追って通達が行く。以上だ」

 

ウィリアムズ大佐が言葉を結ぶと、壁の外と内を仕切る、巨大な門扉が開かれた。

 

壁の内側には、雑居ビル、いや、それよりも雑多で、安っぽい、わざと小汚なく作られているような建造物群による街並みが広がっていた。

 

基之達は、書類に示されていた住所へ向かう。

既に先んじて送られてきた住民が暮らしているようで、地面に商品を広げている露店商のような人々や、ハヤブサ連邦時代には考えられないようなみすぼらしい服装の人々とすれ違いながら、到着した新たな自宅は、小さなマンションの一室であった。

 

「狭いね..」

「何でこんな古くさい建築様式でわざわざ建てたんだ」

 

写真でしか見たことがないような古くさいデザインの建物、そして部屋を見、基之と浅菜は思わずといった調子で不満を漏らした。

 

「諦めるしかないでしょう。さ、荷物ばらすわよ」

 

優菜は既に殆ど諦めているようで、さっさと荷物を片付け始めていた。

 

そうして、彼らの新たな街での生活が始まるのだった。

 

 





Tips
法律上、名誉起源民に対する差別は原則的に禁止されている。
建前上、起源国は全人類の統一を標榜する国家であるため、特定の市民を差別することを法によって肯定しては統一のお題目にケチが付くためである。
最も差別と捉えうる条文でさえも、玉虫色の表現で"区別"しているのみ、という形式だ。
しかし、彼らは復讐心を満足させる為にも、差別それ自体を行わない、緩和するという選択は取らなかった。

名誉起源民に課されている重税や居住区への移住は主に、種々の法解釈や制度の悪用、黙認によって成り立っているのだ。

例えば、税に関しては「住民交流の促進」や「環境の悪化している地球に居住している市民への補助」という名目で起源民側の固定資産税や所得税が特別に"軽減"されており、本来は全国民一律で名誉起源民が支払わされている高額かつ、高率の税が課されている、というわけだ。
他にも様々な手段で社会的差別が形成されており、法による明確な差別はないままに名誉起源民を劣位においている。
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