代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
基之は首府 グランティア・シティへ入城するや否や、熱烈な歓迎を市民から受けることとなった。
市街戦に突入する直前、正確には外縁部では戦闘が起きていたが、市民の多数住む中心地は被害を然程受けなかったことも相まって、市民の歓迎は凄まじい熱量となっている。
「解放者モトユキ!」
「救世主!!」
「ありがとう!!」
沿道に集った市民の歓声は車の窓を通過し、基之の耳にも満ちる。
「成功だ」
親しみやすさを僅かでも演出しようと市民に手を振り返しつつ、基之は呟いた。
成功。
それは、惑星の解放をのみ指しているのではない。
誰よりも、他のどの勢力よりも早く、リオ・グランデの首都へと入城したことに対して、彼はそう呟いたのだ。
他の、リオ・グランデの反乱勢力が先んじていた場合、元より彼等の惑星なのだ、基之達はその勢力の気まぐれによって協力を得られるかどうかが変わっただろう。
しかし、政治・経済の中心地にして、惑星の象徴でもある首都を真先に制圧したことで、リオ・グランデにおける影響力は確実に強まった。
その上、市民からの熱烈な歓迎を受けているこの絵を全惑星に渡って報じれば、自ずと銀河連盟が支持されているとの印象を与えることも出来る。
交渉において、従足る存在ではなく、主として振る舞うことが可能となった。
基之はそう計算していた。
そして、それは概ね当たっていたと言えるだろう。
最強硬の惑星孤立派とでも呼ぶべき、他の惑星など知らない。一切協力もしない。直ぐに連盟を追い出し中立を宣言する。
そんなことを宣う過激派以外は銀河連盟との交渉に積極的であり、なおかつ、仮面の下は分からないが、表面は疑いようもなく好意的であった。
3日後。
惑星リオ・グランデ 首都グランティア・シティ
旧総督府政庁
「ご足労頂きありがとうございます。皆々様」
「いやいやここは我等の都市ですから。惑星の何処へ行くにも苦である筈もありません」
「道理ですね」
基之はそう笑い、事前に取り決めていた通り、リオ・グランデ最大の反乱組織、"共和国防衛同盟"の代表へ議長席を譲った。
これはアピールである。
実質は基之が最大の影響を持つことになるが、あくまでリオ・グランデの民による会議である、と印象付け、彼等の機嫌も取るための。
「では、取り決め通り、我々防衛同盟が議長を務めさせて頂きます。早速ではありますが、まず…残念ながらリオ・グランデ国民連合は来ていませんが…リオ・グランデの殆どの起源国と相対した組織が集っているこの場で、暫定政府の樹立を行いたい」
反対の声は上がらない。
ここは、台本通りに進む。
「では、リオ・グランデ暫定連合政府の設立に賛同する者は起立を」
基之は当然、リオ・グランデにおいては部外者である為、この採決には参加しない。
基之以外の、議場にいる全員が起立した。
「全会一致。これより、我々はリオ・グランデの代表者として、統治者としてこの惑星の、星系全体の運命を決める」
防衛同盟の代表者、いや、肩書改め、リオ・グランデ暫定連合政府中央会議議長は、コホンと小さく咳払いし、手元の書類に一瞬目をやる。
「この会議の様子は全惑星へと中継されている。
事態が事態故に、国民投票などのプロセスは一部省略される。その為、国民には最低限、説明責任を果たすべく、全ての議事は公開される。
また、疑似的に世論を掴むべく、リアルタイムで復旧したSNS、銀河連盟が用意してくれた投票プラットフォームの反応を反映するディスプレイを表示する」
僅かな機械音と共に議長の背後に赤青2色で半分に割れた棒が表示される。
青い方には賛成、と表示され、赤には反対と表示されている。
「これらも参考にしつつ、我々は議事を進めていく。よろしいか?」
議長は部屋を一通り見渡した後、強張った肩のまま、真っすぐ前を見据えた。
「では、最初の議題へと入る。第一はまず、我々にとっての喫緊の課題である。
即ち、軍の統合だ。現状、各組織がバラバラに武装組織を有してしまっている。これの統一は避けて通れない課題である。──」
最初は、まずリオ・グランデの課題へ焦点を当てる形で議事が進む。
銀河連盟が出しゃばることで無用な反発を受けることを避けるためだ。
あくまでリオ・グランデの中央会議、その一つの議事に、彼等のことも含まれている、というスタンスを取ることとしていた。
その為、暫く、数時間程は基之にとって暇な時間が続くこととなるが、彼は一切の緩みなく、会議を乗り切ってみせた。
「さて、一先ずの財源確保も目処がついた所で、我が国の軍事戦略に付いて議論する必要があるだろう」
一同に、静かな緊張が走る。
事前にある程度、皆、根回しは受けていたが、いざとなると、惑星の運命、それも、再び地獄となるか否かという極限の選択をせねばならないのだ。嫌な汗の一つや二つ流れ落ちるというモノだ。
しかも、結果は既に決まっている、という類いのものではない。
銀河連盟は、基之は、宇宙戦力を背景に無言の圧力を加えることも出来たが、一切そうした行動も言動もなく、ただ人々の前で議論をしたい、と申し出たのみであった。
むしろそれは、代表らを恐れさせた。
それだけの自信がある、民衆は既に自分達の味方である、との確信があるという現れであり、更に言えば、戦略においても確信をしているようでもあった。
銀河連盟に協力することこそが、唯一惑星国家を生き残らせる道である、という。
そしてそれは、代表らにも殆ど共通している想いでもあった。
実際、中立など宣言したところで起源国は守る相手ではないだろう。
単独で戦うなど、もっと馬鹿げている。
一度起源国を追い出した以上、勝利への道は一つなのだから。
「銀河連盟より、加盟のお誘いが来ている。第二の加盟国となり、共に起源国と戦ってほしい、と」
さて、と議長は固い声色で続ける。
「諸君。我々は銀河連盟へ加盟するべきだろうか」
一人の代表が挙手をする。
「ハヤブサ連邦と個別に同盟を結ぶだけで良いのではないですか?銀河連盟という機構に加盟せずとも、それで済む筈です」
「ふむ…」
予定通り、基之が今度は挙手をする。
「議長。私からご説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「では、銀河連盟のお立場から説明を願います」
演壇へと立った基之は、静かにカメラを見据え、そして、議場にいる人々を見渡してから、口火を切った。
「我々は、未来を見据える必要があります。この戦いだけではありません。
そう、起源国との戦争、これだけを見るならば銀河連盟等必要はないでしょう。
ですが、連盟は単なる軍事同盟を目的とはしていません。
戦後、人類は起源国が実現させたワープ技術のある世界を生きることになります。
これまでのように、星系国家毎に孤立した世界には、最早戻ることは出来ません」
つまり、と基之は続ける。
「我々は地球時代の様に、国家同士の関係性を再び、否応なく重視せねばならない。
その際、人類全体で議論が可能な場を提供する為の、再び人類が地球時代のように、どうしようもなく分かたれることのないようにする為にある組織。それが銀河連盟なのです。
人類の政治、経済における結び付きを象徴する為のものなのです」
「つまり、国家間の平和的な交渉を促進する為、と?」
代表の一人はそう反応する。
「世界政府の様な組織である、とも捉えられる気がしますがね」
別な一人は若干の警戒と共に言う。
「要点は、軍事同盟のみではない、ということです。勿論、互いが互いを侵略することのないようなシステム、ルール作りは必須ではありますが、ただ安全保障の為だけにあるわけではない」
そして、と警戒を顕にした代表の方へ視線を向け、基之はご懸念も理解します。と頷き、聴衆全体へ語りかける。
「起源国という最悪の人類統一形態を経験している以上、警戒するのは当然かと思います。
ですが、我々が一つの旗の下に集い、互いに協調することに一体どんな不都合があるのでしょうか」
個人的には、と一拍置き、言葉は続く。
「連盟が唯一の中央政府であるべき、とまでは申しません。ですが、かつて地球に存在したEUやAUの様な、超国家主体と為し、ある程度規律を共有した関係を築ければ、とは考えています」
無論、と反応が返って来るよりも早く、補足を忘れない。
「銀河連盟を国際連合のような討議と国際協力の組織となすか、EU、AUの如き超国家主体となすか、或いは、世界政府の様な強力な連合国家となるか、これらは各惑星其々の民意、ひいては全銀河市民の選択に委ねられるべきではありますがね」
議長が諸氏を代表し、「よく分かった」と頷き、基之と交代する形で演壇へ戻る。
議長が話し出すよりも早く、市民の反応がリアルタイムで集計され、ディスプレイのグラフが変動していく。
"さすがは英雄。先のことも見てるんだなあ"
"皆が話し合える場所、大事"
"リオ・グランデの主権はどうなるん?曖昧じゃない?"
"それを話し合おうってことじゃないの?"
"とりあえず恩返しはしたいよな"
配信へのコメントやSNSの呟きもランダムで表示される中で、集計は凄まじいスピードで進む。
そして凡そ、6割を超える位が賛成寄りという形で安定し、基之はまあまずまずかな、と小さく頷き、代表の一部は、思わぬ賛同の多さに驚愕した。
「…独立が犯されかねないだろう…」
会議には参加しているものの、比較的孤立主義寄り、とも言える代表は困惑すら浮かべている。
「ありがとう基之さん。…彼の説明で分かって頂けたと思うが、何も連盟へ加盟するということは、必ずしも独立に疑問符が付く、という類いのものではない。…もし、戦争が終わってから、連盟の性格が我々、いや、国民の望まぬ形へと変容しかねない場合は脱退すれば良い」
チラリ、と議長は基之に視線を送り、続ける。
「脱退の自由もあるのでしょう?」
「言うまでもなく。いえ、正確には現在の所、ですが。
要するに連盟とはあらゆる性格を戦後に議論する為の場である、というのが軍事的紐帯を除いた場合の現状での性質です」
「起源国を倒してから連盟の議場で組織の在り方も脱退か加盟を続けるかも決めよう、と?」
基之は小さく頷く。
「いささか、おためごかしと言うか。…抽象的過ぎるのでは?」
代表の一人にそう詰められるも、基之は一切動じない。
「肯定します。ですが、今、先の見えない状況で、とにもかくにも我々が手を携えるべき状況で組織の全容を固定化する意味が余りないかと」
少なくとも、と基之は天を指差す。
「我々には現在、共通の敵と目的があります。
即ち、起源国の打倒と星系の自由を回復すること」
当然ながらこれに異論は出ない。
「今はそれで充分でしょう。共通の目的がある今、無為に互いの利害を衝突させる必要性がない、と私は考えているのです。
何せ、これから他の星系も解放していくつもりですから。
貴方方だけで済むなら、幾らでも議論したって良いのですがね」
「問題は戦後です、共通項を失ってしまえば、国家同士バラバラになりかねない。
しかし、完全に再び国家が世界へ散らばった場合、いつの日か紛争の種が生まれ、争いが再燃しかねません」
その可能性を、と基之は力を込めて言う。
「僅かでも低くしたい。
あわよくば、今度は自由の旗の下に全人類が集える体制を作りたいのです。
だからこそ、なのです。
今、決めてしまおうとすれば、こう言っては何ですが我々の発言力が強すぎます。宇宙戦力は実質的にハヤブサのみが握っているのですから」
「む…」
基之を問い詰めていた代表は、僅かに顔を曇らせる。
「功績、という面で言っても同じことになってしまうでしょうね。
ですが、戦後ならばそれもある程度は解消されるでしょう。
我々は各星系で戦力を募集するつもりですので、戦力、功績の両面から対等に近くなれる」
「精神的な余裕、という面でも、です。
今は非常時。それにかこつけて今後数百年を縛りかねない真似はしたくはありませんから」
基之の言葉で、代表達は少なくとも彼への信頼感は増していた。
不都合とも言える部分を包み隠さず話すその姿勢に、裏を考える者は無論いるが、前提としての建前は信用出来る、と判断されたのだ。
市民はなおのことであった。真摯に語る姿勢は、既に解放者として支持を集めていたことが強く影響し、好感を増す結果を与えた。
最終的に簡易世論調査において、銀河連盟加盟支持が7割を超える結果を齎したのだった。
市民の支持もあり、リオ・グランデの結論は決定された。
銀河連盟への加盟を決定したのである。
具体的な条件としては、1.起源国打倒への、軍事、経済両面での協力。2.戦後の銀河連盟組織に関する議論への参加。3.2の結果次第において銀河連盟よりの脱退を行う自由とその場合おける他加盟国との不可侵条約の締結。
少なくとも、代表達は基之の言う所をある程度理解していた。
銀河連盟の形態次第ではあるが、国家間の調整役はやはり必要になるであろうということを。
そして、今の所だけでも、これから解放されていくだろう複数の星系国家と複雑な条約を個別に幾つも結ぶよりは、軍事同盟機構に所属していた方が簡便であり、都合が良いだろうと大勢は判断した。
そうした深謀もなく、ただ市民の傾向に迎合した代表や、国家存立の為に今は協力し、後々脱退する、と考えている者。
或いは小規模組織の代表に多いが、基之の掲げた理想に芯から共鳴する者、其々に異なる想いや狙いを持つ者は当然、多くいる。
だが、彼等は基之の提示した議論によって一つの結論へと至り、リオ・グランデは当面の結束をも確保したのであった。
「いつから考えてたの?」
議場を出た基之に、放送を外で観ていたらしい明子に開口一番尋ねられた基之は、うーん。と苦笑した。
「難しいな。いついつ。ってはっきりは言い切れないんだ。
でも、宇宙に出た頃には大枠は考えていたよ。
銀河連盟の性格についての」
「後で議論しよーってのも?」
「ああ。とりあえず団結することを優先したかったからね」
「へ〜。正直そこまで考えてるとは思わなかった」
アハハと基之は笑う。
「言ってくれるね。…ま、実際、前までの俺なら考えてなかったと思う。祐輔の奪還には直結しないしね。
…あいつは、祐輔は望んでかは分からないけれど、英雄になったんだ。
今回の件だけじゃない、惑星ハヤブサの名誉の象徴にもなっていた。
あいつは目標に、理想に近付いてる。"名誉の英雄になって、名誉起源民の立場を良くする"って
それで、俺は?」
自嘲を込めて基之は明子へ視線を向ける。
「俺は、何にもない。ただ、家族を、次は祐輔を助けたいから戦って、祐輔に言われたから、起源民の扱いを気にした。
俺が、日野基之が自分から主体的に成し遂げたいと思った事も、成し遂げるべき理想も無かった。
そんな俺が、あいつの理想を邪魔する資格がない、そう思ったんだ。だから──」
いや、と更に自嘲を深くし、基之は笑う。
「考えてみれば結局、そんな考えもアイツを基準にしてしまってるんだけどな」
「そうかもね。でも、良いんじゃない?
争いの種を無くそう、っての悪いことじゃないし」
「うん。だから、これを俺の理想に、目標にしたい。
祐輔以外の何かを、持っておきたいんだ。
アイツに誇れる、自分である為に」
「その為の銀河連盟、ってわけね」
真意の掴みきれない微笑を浮かべた明子に、基之は尋ねる。
「失望したかい?」
「何に?」
「浅ましさに。若しくは、俺の言葉の虚飾に」
「フフッ。それならとうに幻滅してるわよ。
宇宙に出る理屈を言い出した時からね」
むしろ、と彼女は羨むような目を口元の笑みで覆い隠すように笑った。
「尊敬するよ。私は、復讐しか持ててないから。
どんな理由にせよ、追うべき理想を見つけ出したんだしね」
「…ありがとう」
別に、と明子は今度こそ可笑しそうに破顔した。
「礼を言われるようなこと言ってないわよ。
…ね。私の理想にしても良い?貴方の理想を」
顔を覗き込まれた基之は、僅かに何かを思い出したかのように頬を微小に紅潮させてから、一瞬視線を逸らして反応をリセットさせる。
「君さえ良ければ」
「きっと貴方の理想に共鳴する人は増えていくわよ。やっぱり争い合う未来より、平和な明日を想像する方が楽しいものね。」