代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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*注意
今回、性的な描写が含まれます。
後書き部分に分割していますが、苦手な方はご注意下さい。


第五十七話 Remember Origin

 

 

 

樱花(インファ)

「良い名前だと思わない?」

 

つい昨日に生まれたばかりの赤ん坊を抱きながら、まだ疲労が抜けきっていないながらも慈しむような視線を小さな顔に向ける女性は、傍らに立つ軍服の、彼女の夫に語りかける。

 

「…そうだな。今の季節にぴったりだ」

 

窓外には、病院の前にある公園。

そこから風に流されてきた花弁が舞っていた。

 

「この娘はきっと、美しい娘に…。

永遠でなくとも、素晴らしい人生を送って欲しい…そう願ってる」

「……」

 

妻の、子供への願いに対して、李強は返答を返さなかった。

彼はこの頃はまだマシではあったが、しかし、既に軍での権謀術数に取り憑かれつつあった。

 

そして、数年が経ち、李強は最早完全に変質していた。

娘が息子で無かったことを呪い、娘を、己が願望の駒と見なすようになっていっていた。

妻は抵抗した。

だが、彼は最早、聞く耳を持たなかった。

 

「軍になんて、入らなければ、貴方は変わらなかったかしら」

 

妻は、家を去る前日に小さくそう漏らし、それが彼女の李家における最後の発言となった。

 

そして私は、一人になった。

"李 樱花"は李 強の政治のカード。

美しく咲く必要はなく、ただ手折られていくだけの、小枝。

 

「まさかお前が女であったことに感謝する日が来るとはな」

 

私は、本当は軍になんて入りたくはなかった。

でも、拒否権はなかった。

強の"友人"。その娘が、恐らく私と同じように、男でないことを呪われているだろう娘が、"友人"の跡継ぎを期待され、軍の重鎮たるその"友人"によって士官学校へ送られるのだ。

男ばかりの士官学校で、その娘の"護衛"と"友達"の役を押し付けられることとなった。

 

私は従った。

逆らっても無駄だから。

何度も試した。

その度に、罵声を何時間と浴びせられた。

何度、頬ならまだ良い。腹、頭蓋、身体の至る所に痛みが走ったことか。

何度、自分が空腹か否かも分からなくなっただろうか。

何度、何度、何度。

 

士官学校で出会った哀れな娘、ルーシーは掃き溜めにも美点を見出そうとする娘だった。

だから、予想外に楽しかった。

そう、楽しかったのだ。あの時期は。

 

あの娘はどう思っていたのだろう。

彼女の、同じような境遇で育ったろうに、絶望など見せずコロコロ笑う姿に、私の手を引く強さに、私の方が守られているようだった。

私にとっては友人だった。

 

だから、卒業も目前となって、ルーシーは親、強の"友人"が私達の在学中に別な星系へ異動となっていたことから、彼女もそっちへ赴任することとなったと知った時、私は、憎んだ。父を、その友人とやらを。

─彼女にも、良くない態度を取ってしまった気がする。

 

また一人になることに絶望していたのだ。

 

でも──。

 

「大丈夫!私は起源国軍准尉 青木祐輔だ」

 

叛乱軍が私達が講義で訪れていた研究所へ侵入した時。

あの時、出会った彼。

 

「おい!あそこに誰かいるぞ!」

「軍人ですかね?」

「服装的に多分そうだ。やるぞ!」

 

私には、叛乱軍の向けてきた銃口が遠くにあるはずなのに、目の前にあるみたいに見えていた。

 

でも、直ぐに視界は崩れるようにして移動して、私の身体は彼に包まれていた。

銃声は私の耳をつんざいていたが、それでもはっきりと彼の声は聞こえた。

 

「二人共無事ですか?!」

 

命の恩人。

まさか、だから彼を、なんて安っぽいことは言わない。

とは言っても、多分、どちらにせよ安直なのだろう。

でも、少し気になって調べたんだ。

名前は聞いていた"名誉起源民"出身の兵ということも。

 

そして、直ぐに結び付いた。

強がよく自慢していた彼のカードこそが、青木祐輔なのだ、と。

 

私は、強から彼のことを聞き出し、他の人達からも噂でもなんでも集めた。

今にして思えば、あの時は少し、自分と重ねていたのかもしれない。

"本当の入隊理由"を知ったから、同じだと思った。

 

でも、同じじゃなかった。

彼は、どちらかと言えば、ルーシーと似ていたのかもしれない。

 

掃き溜めの中で、精一杯足掻いていた。

足掻こうとしていた。

 

全てを諦めていた私とは正反対に。

私よりも、どうにもならない立場なのに。

 

彼のことを追う内に、青木祐輔を知っていく間に──。

いつの間にか、私の頭の中にこだまし続けていたあの時の銃声は、脈打つ鼓動にかき消されるようになっていた。

再会してからは、それがどんどん大きくなって行った。

貴方は強いだけじゃなくて、優しくて─

そして、私を私として見てくれるようになったから。

 

自分にはない強さ。憧れ。感謝。少しの嫉妬。

だからこそ、私はあなたに追い付きたくなった──。

 

 

「聞きましたよ」

 

統一暦243年(西暦2693年)11月10日

第十二星系総督府 ニューサンフランシスコ

 

「…?。!。あ、樱花。何か久しぶりだ」

 

祐輔の私室へ飛び入った李 樱花は、また2日位でしょう。といつもなら軽口で返す所であったが、今日は祐輔に少々素っ気なくも思える態度でジョークには反応せず、いきなり切り出した。

 

「今度の演習への参加、決まったらしいですね」

「ああ。…何か怒ってる?」

「怒ってはいません」

「ええと…」

 

こういう時の祐輔は気の利いた言葉は言えない。

樱花ももうそのぐらいのことはよく知っていた。

 

「…不安なんです」

「不安…?」

「また私は、一緒じゃないんですよ」

 

ああ、と祐輔は頷く。

確かにそうだね。と苦笑も。

 

「俺もそれは少し寂しいし、不安だけど、大丈夫だよ。"平等派"の艦長らしいしさ」

「演習のことだけじゃありません!」

 

彼女の目が薄く湿っていることに気付き、祐輔は居住まいを正した。

彼女のこれ程までに取り乱した様子を見たことがなかっただからだ。

 

「何が、あったの…?」

「…もし、これから話すことで不快にさせたらごめんなさい」

「君の話なら、どんなことでも聞くよ」

「──っ」

 

樱花は一瞬だけ目を逸らした。

 

「私達は…皮肉な事に…不本意極まる事ですが…李強という男によって、彼の存在によって立場が保障されてきていたんです」

「…どういう…」

「でも、彼にはもう、第三星系にいた時程の力はない。…私達を、少なくとも、貴方を縛る方法がもうないんです」

「…?それは…」

 

良いことじゃ?と言いかけた祐輔。

樱花もそれを察したのか、頷き、ええ。ええ。と2回繰り返した。

 

「本当なら、おめでとう!やったあ!と叫びたい所です。…でも、もうそうは言えない。

分かりますか?李強という楔が無くなった今、私達は"平等派"に全てを握られた、ということなんですよ!」

 

 

──数日前。

樱花は、父の、李強の下を訪ねていた。

 

「まだやるつもり?今度は何が目的?祐輔さんを宇宙に出すなんて」

「知ったことではない」

 

彼女に一瞥もくれない強の言葉に、樱花は明確に怒りを露わとする。

 

「ふざけないで!ここに来るだけでも、祐輔さんは危ない目にあったのよ?!ギンペル大佐がいなければどうなってたことか!」

「…知ったことではないと言っただろうが!」

 

机を叩き付ける音と共に強は立ち上がりギロリと樱花を睨み付けた。

 

「私はもう、奴をどうこうは出来ん。家族の護衛も"平等派"の手の者に全て奪われてしまったし、第三星系の人脈も殆ど失った。

今の私は、奴の"スカウトマン"として名前が残っているに過ぎないんだよ!」

 

良かったな。と皮肉っぽく強は笑う。

 

「"平等派"の差し金なんだ。悪いようにはなるまいよ」

「それって…」

「奴の飼い主は"平等派"のみ、というわけだ」

「……」

「お前は早く戻って来なさい。"平等派"に使われるだけだぞ」

「アンタのカードになるつもりもない」

 

事態を悟った樱花は、息を深く吸い、しかし、啖呵を切る。

 

「私は、私の選択をする」

「そうか。…なら、好きにしろ。それと、ならばもう帰ってくるな」

 

そうは言ったものの、事態は深刻であった。

故に樱花は、今、祐輔の下へ来ていたのだ。

 

「だから、貴方は…もう…"平等派"の好き勝手動かせる存在とされてしまったのです。…李強という別のプレイヤーがいなくなったから」

「そういう…」

「だから、私は不安なんです。貴方が、"平等派"に使い潰されてしまうのではないか、って。

今は良くても、どんな危険な任務に出されるか…」

「さすがにもうないんじゃないかな。彼らも俺を無駄にはしたくない筈だ」

「そうでなくとも!命の危険でなくとも、何をさせられるかは分からないじゃないですか…貴方の心を、奴等が気にかけるわけがない」

 

だから私は、と樱花は涙を滲ませる。

 

「貴方が、貴方で無くなるのが、怖い」

 

私も、と彼女は更に絞り出す。

 

「私も、私でなくなるかもしれない」

 

それが、たまらなく不安なんです。

祐輔の胸に顔を埋め、そう漏らす彼女に、彼は何と声をかけるべきか分からず、ただ、黙って彼女の頭に手を置いた。

 

それからどれ程時間が経っただろう。

二人は時計を見ていなかった。

ただソファに腰掛け、静かに、互いの存在だけを感じていた。

故に細かくは分からない。

しかし、1時間はゆうに超えていたただろう。

 

「樱花、俺は変わらないよ。…もう、何があっても。…約束する」

 

樱花は腫らした目で祐輔を見る。

 

「…じゃあ、証を下さい」

「証…?」

「はい。証、です。消えない証を、私に」

 

樱花はゆっくりと祐輔の顔に、自らの顔を近づけ、重ね合わせようとする。

 

「っ…」

 

しかし、祐輔は彼女を突き放してしまう。

 

「ごめん…」

 

樱花は強くショックを受けた様子はなく、ある程度は予想していたようであった。

 

「…やっぱり私は、利用対象でしかないんですか?」

「………え?」

「多分、強へのカード、ですよね。私の存在は貴方にとって唯一、奴へのある程度の対抗になり得ますから」

「気付いてたの…か…?」

 

祐輔はソファからガタリ、と立ち上がり、震える声でそう、浅い呼吸となりながら言った。

 

「ああ。大丈夫。怒っても悲しんでもいませんよ。私が同じ立場でもそう思いますもの」

「だ、だけど…い、いつから…?」

「最初。正確には2度目に会った時ですね」

 

僅かに眉を下げながら、小さく、すみません。と樱花は笑う。

 

「でも、私が名乗った時の貴方は、とても、とても怖い顔をしてましたから」

「顔に、出てた…?」

「それはもう、はっきりと」

 

彼女はその時の祐輔の顔を、今でも鮮明に思い出せる。

彼の顔は、とても、酷く歪んでいて──とても、苦しそうだった。

彼女はそして心中で自嘲する。

 

それでも一緒に居ようとした私も、歪んでいたんだろうな。

 

「ご、ごめん。申し訳ない。許されることじゃないのは分かってる…!」

 

荒い呼吸で頭を抱える祐輔に気付き、樱花は立ち上がり、彼を包みこんだ。

 

「大丈夫です。貴方を責めたいわけじゃないですから。謝らなくても良いんです」

「しかし…!」

「私も!…私も、貴方の心を悟っていて尚、私の欲望の為に、それを利用して隣にいることにしたんですから。

…言ったでしょう?一目惚れだったって」

 

だから、と彼女は言う。

 

「お互い様、です」

「……すまない。…ありがとう…でも…」

 

まだ懺悔を口にしようとする祐輔の唇に指を当て、樱花は首を振る。

 

「私が聞きたいのは謝罪じゃないんです。…まだ、私を利用対象としてしか見ていないかどうか、です」

「…それは…違う。…違うんだ」

 

祐輔はまだ混乱が収まっていないながらも、樱花に抱擁され、多少は落ち着きつつあるようだった。

 

「最初は、利用するつもりだった。でも、君は優しくて…。俺を助けてくれて…。

楽しかった。君と話すことが。…頼もしかった。

俺を、守ってくれたことが。…他の誰も、ここでは頼れなかったから」

「なら…」

 

でも、ダメなんだ。と祐輔はゆっくりと頭を往復させる。

 

「俺には、資格がない」

「資格?」

「幸せになる資格。…君と交わる資格もない。

人並みを望んじゃいけないんだ。

それどころか、それ以上のモノを手に入れるなんて、絶対にダメだ」

 

出来ないんだ…。と苦悶する祐輔。

樱花は、そうかもしれませんね。と否定はしない。

 

「私もきっと、資格なんてないんでしょうね」

「いや、君は…」

 

言いかけて祐輔は口を噤む。

樱花も苦悩していることを知っている故に。

 

「だから、これはただの私の我儘で、自分勝手です」

 

抱擁を解き、樱花は祐輔の目を見据えた。

 

「祐輔さん。貴方が、貴方の資格で拒絶されるなら…。

貴方の幸福じゃなくて、私の為に、私の我儘を叶えてはくれませんか?

私に、想い出を下さい。

…言ったでしょう。"証"が欲しい、と」

 

樱花は、ゆっくりと祐輔へ近付いていく。

今度は突き放されることはなかった。

樱花の丁寧にケアをされた、柔い唇が、祐輔の、年齢の割には乾きの目立つそれと、重なった。

 

「私は、貴方を──」

「…それ以上は、言わないでくれ」

 

祐輔は、そこだけは譲れなかった。

 

「もし、聞いてしまえば、口にしてしまえば、全部、俺の言った事を全部忘れてしまいそうだから」

「分かりました。…なら、行動で、伝え合いましょう」

 

祐輔は背後にあるベッドへ押し倒され、樱花の影によって照明が視界から遮られる。

彼は、夢見心地と言うべきか、ぼんやりとした頭のまま、近付く樱花の身体を、ゆっくりと、受け止めた。

 

「樱花…」

「はい」

「……いや、何でもない」

 

謝罪も、感謝も、全て無用で無粋だろう。

覚悟を決めたのは、彼女なのだから。

祐輔はもう、苦悶を止め、ただ、彼女の想いに、好意に応える事だけに意識を向けた。

自らの欲望を、彼女の願望と、片隅で言い訳を重ねながら。

 

彼女の肢体の隅々に、彼の跡を付けていく。

 

「は…あっ…」

「っ…樱花…」

「い…意外と…大胆なんですね…」

 

彼女の腿に彼の唾液が付いた時、樱花は若干からかうようにして口を開いた。

 

「"俺"を刻みつけるためだ…」

「ふふっ。…ええ…そうでしたね」

 

彼女も軍人だ。

引き締まった肉体に、腹の辺りにも割れ目が薄らと見える。

しかし、その上にある膨らみは柔く、祐輔はそこにも、手を伸ばした。

 

「ん…。っ…」

 

彼の舌も、その手を追う。

樱花の艶っぽい声と、祐輔の息遣い、そして時折擦れるシーツの音だけが部屋にはあった。

 

暫く、祐輔に身を委ねていた樱花だったが、彼の身体に両の腕を伸ばし、耳元で囁いた。

 

「祐輔さん。…"証"はこれだけじゃ、足りませんよ」

 

祐輔は一瞬身体を硬くさせたが、しかし、最早理性は部屋の片隅辺りに追いやられつつあった。

小さく頷くと、身体を少し動かして、そして──。

 

青木祐輔は、李樱花と、溶け合った。

 

 

 

 

 






「樱花…」
「はい」
「……いや、何でもない」

謝罪も、感謝も、全て無用で無粋だろう。
覚悟を決めたのは、彼女なのだから。
祐輔はもう、苦悶を止め、ただ、彼女の想いに、好意に応える事だけに意識を向けた。
自らの欲望を、彼女の願望と、片隅で言い訳を重ねながら。

彼女の肢体の隅々に、彼の跡を付けていく。

「は…あっ…」
「っ…樱花…」
「い…意外と…大胆なんですね…」

彼女の腿に彼の唾液が付いた時、樱花は若干からかうようにして口を開いた。

「"俺"を刻みつけるためだ…」
「ふふっ。…ええ…そうでしたね」

彼女も軍人だ。
引き締まった肉体に、腹の辺りにも割れ目が薄らと見える。
しかし、その上にある膨らみは柔く、祐輔はそこにも、手を伸ばした。

「ん…。っ…」

彼の舌も、その手を追う。
樱花の艶っぽい声と、祐輔の息遣い、そして時折擦れるシーツの音だけが部屋にはあった。

暫く、祐輔に身を委ねていた樱花だったが、彼の身体に両の腕を伸ばし、耳元で囁いた。

「祐輔さん。…"証"はこれだけじゃ、足りませんよ」

祐輔は一瞬身体を硬くさせたが、しかし、最早理性は部屋の片隅辺りに追いやられつつあった。
小さく頷くと、身体を少し動かして、そして──。

青木祐輔は、李樱花と、溶け合った。


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