代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
「…私にルカ勲章でも受勲させるつもりですか?」
「いや…ごめん。つい…」
「冗談ですよ。…さあ、行きましょう青木大尉」
先日の事はそれ限りと二人は決め、そして、今の会話を最後に何事もなかったようにすることを、明確に定めずとも互いは諒解していた。
青木祐輔は明後日、2度目の宇宙を経験することとなる。
「いつもいつもこっちのことなんてお構い無しだ」
「今に始まったことではありませんけど、普通演習に参加するとなればもっと前から伝えられて然るべきですものね」
「いい加減慣れてきたけど…面倒だ」
「聞かれちゃいますよ」
はあ。と気だるげな祐輔のため息に、樱花
「…ありがと。ま、精々、平等派のお人形として舞ってくるよ」
そして、2日後。
統一暦243年(西暦2693年)11月12日
青木祐輔を乗せた艦隊は、ルイス・プラネットの空に消えつつあった。
それを宇宙港から見送る影が一つ。
「やはり
アベル・ギンペルは静かに呟いた。
それは雑踏の中に消えて行き、誰にも聞かれることはない。
アベルは、第三星系を喪失したことで地盤を失った李強を今まで、利用価値に期待し、何らの手を下しては来なかったが、李強はアベルの想定よりも第三星系に利権を依存していたらしく、青木祐輔以外のカードは失うか、或いはアベルにとっては大した価値を持たないものばかりとなっていた。
故に、切り離しを図ったのだ。
頼るモノを失った汚職軍人に祐輔のコントロールの半分を握らせ続けるよりも、平等派に全てを委ねる方が今後動かしやすい、と。
そして、強から切り離された祐輔を、平等派は今まで以上に重視しつつある。
だからこそ、容易に誘導出来たのであった。
「君とは別な形で出会いたかったよ」
最早、小さな黒い点のようになった艦隊に向かってアベルは言う。
程度は違えど、虐げられし者としての同情。
独立運動家のとしての計算。
彼の交錯する心情は誰にも知られることはなく、恐らく彼自身も完全に自覚することもなく、ただ、小さな声としてだけ、雑踏の波へと彼の中にある僅かな人間性と共に沈み行くのであった。
半日後。
祐輔の乗る第一艦隊は第4惑星であるルイス・プラネットから離れ、第8惑星、星系の外側に近い星域へと来ていた。
「ようこそ、我が艦へ。そして、我等の艦隊へ。青木祐輔大尉」
「よろしくお願い致します。お世話になります」
「そう固くなるな。なーに君は客人なんだ。ゆったり構えていたまえ」
「は…ありがとうございます」
祐輔を出迎えたのは第一艦隊旗艦"ソウル"の艦長であった。
彼は祐輔を艦隊司令部へと案内する傍ら、自己紹介も兼ねた挨拶を交わしていた。
「失礼致します。青木祐輔大尉をお連れしました」
参謀らと艦隊司令官が集い何やら話し込んでいた所であったらしいが、艦長の声が耳に届くや否や視線を瞬時に祐輔へと向けた。
そして一瞬の沈黙を挟んでから艦隊司令が集団を代表し、一目で作り物と分かる笑顔を貼り付けながら祐輔の下へと歩み寄ってくる。
「ようこそ。我が艦隊へ。大尉。君の活躍は聞いているよ。私は艦隊司令アンドリュー・ヴォスルー少将だ、よろしくな」
「はっ。青木祐輔大尉であります。
…閣下からの身に余る賛辞と、突然のことであるにも関わらず受け入れて頂けたこと、深く感謝申し上げます」
「堅苦しい挨拶は良いよ」
ハハハと仮面は笑う。
「まあ艦長からも聞いているかもしれんが、君はゆったり構えているだけで良い。じっくり、我等起源軍人の宇宙戦を見ていってくれ」
まあ、とヴォスルー少将は肩を竦める。
「君はどうやら宿題をせねばならんらしいが」
聞いているかね?と水を向けられた祐輔ははい。と礼儀正しい態度を崩さず答えた。
「ま、訓練中何か面白いアイデアがあれば言ってくれ。そこの艦長にでも私にでもな。
君の名前が書かれた書類があれば充分らしいし、気負わず気楽に行きたまえ」
「は…」
今度は曖昧に頷く。
ヴォスルー少将は祐輔のその使い分けになど一切頓着する様子はなく、「後はお前が相手してやれ」とでも言うかのように艦長へ視線を向けた後、参謀らとの会話へ見事なまでの速度で仮面を落としてから戻るのだった。
祐輔の航海は彼の意志にも行動にも左右されず、ただ決定された結果を持ち帰る為だけに宇宙を飛ぶのだった。
数時間後。
リオ・グランデにて鹵獲した艦を足し合わせて30隻となった銀河連盟軍艦隊は第十二星系総督府のエッジワース・カイパーベルトまで後数天文単位という所まで来ていた。
基之は、結局ギリギリまで悩んだが、次の攻略先はここしかないという結論が変わることはなかった。
祐輔に早く手を伸ばしたいと逸る気持ち。
逆に、彼と戦うことになりかねないことを恐れる気持ち。
其々が自らの判断に影響を与えていないか。
与えていたもしてもなお、それが合理的判断に繋がっているかどうか。
軍事の経験者らに詳細は伏せつつも自らの判断の適切さを聞き、彼は最終的に決めたのだ。
他の選択肢も考え得るが、第十二星系も充分戦略上重要となるだろう。
それが大方の結論であり、そうであるなら、基之が他の星系を選ぶ理由は無かった。
第十二星系は地球まで後は第一星系総督府を挟むだけで辿り着ける星系であり、尚且つ、他星系の幾つかを望む格好の位置にあるのだ。
リオ・グランデの近傍であり、マプングブエ、フィリブス・ウニティス、紅星解放星区が他星系に阻まれることなく天球上に広がる中継地点なのだ。
それ故に起源国も大戦力を駐屯させているだろうが、リスクを犯してでも取る価値がある。
前線や補給線を無為に伸ばして他星系を狙うよりは最終的には利が大きくなるだろう。
専門家も基之もそう計算した。
そしてついに、その時がやって来たのだ。
基之の決断、それが正しいか、誤りかの審判が下される時が。
「さあ、行こうか。実装したステルス機能はどうだ?」
「それは起源国軍に聞いてみなければ何とも。理論上は電波妨害の理屈を応用してレーダーを誤魔化せるとは思うけれど」
明子はまんじりともせずレーダー反応を示すディスプレイを睨みつけている。
ステルスがある程度功を奏していればエッジワース・カイパーベルトを簡単に越えられる。
しかし、失敗していれば、既に存在は探知され、待ち伏せされていることだろう。
「こういう時は祈るべきかしら?」
「神にか?それとも乱数に?」
「私の腕によ」
「そいつは重要だ」
誰一人ニコリともせず、船内には重苦しい空気が流れている。
坂堂すらも緊張感を覚えているようで、じっと前方を映すスクリーンに目を向け続けていた。
「間もなくエッジワース・カイパーベルト帯を突破します」
旗艦ハルキマスは先頭に立ち、小惑星が徐々に密度を薄くさせて行く中を慎重に、しかし速度を落とさずに突っ切っていく。
宇宙戦において、艦の位置は大した意味を持たない。
余程後方に下がっていればともかくとしても、宇宙空間に針の先どころか、微粒子以下のレーザーを、真正面にいるとは言え、これまた惑星一つ分以上は優に離れている状態を接敵と定義し放つのだ。
直撃の可能性は限りなく低く、接近戦にでもならない限り先頭だろうが後方だろうが同程度の確率でしか被弾しない。
故に旗艦は、戦意高揚の為に前方へ出ることが合理的と言えるのだ。
「前方、4天文単位先に準惑星を確認。起源国データベースによれば第十二星系準惑星の一つ、"ヴェスプッチ"です」
「良し。どうやら明子の腕は祈りに応えてくれたらしい」
「ええ。臨時休暇を与えることにする」
「それが良い」
今度は少しの笑いが起き、皆、僅かにだが力を抜けたようである。
「さあ、引き締めて行こうか」
適度な緊張感をその言葉によって引き戻させつつ、必要以上に硬くならないように意識もする。
「レーダーに反応は?」
「特には…いえ…これは…?」
「敵か?」
「分かりません。民間船舶かも…詳しく調べます!」
艦内には緊張が一挙に充満する。
よもや、気付かれていたのではあるまいか、と。
待ち伏せを受けたのでは、と。
明子も顔面を蒼白とさせていた。
自分が失敗してしまったのかも、というプレッシャーが、彼女の血色を変化させているのだ。
「…艦隊と思われます。複数の反応が同時に感知されました!」
「…!!戦闘準備は?!」
「既に総員、持ち場に付いています」
「よし。では、このまま敵影へ向かう。恐らくそろそろ向こうも気付く頃だろう。ステルスもこれ程近距離までの効果は想定していない」
基之の推測は当たっていた。
銀河連盟艦隊に遅れること5分。
起源国軍のレーダーは明らかな艦隊の影を捉えていた。
「か、艦影多数!ど、何処から!?」
「狼狽えるな!」
オペレーターの報告に参謀の一人が怒鳴り付ける。
しかし、彼の額にも汗が滲んでおり、動揺が染み出していた。
「星系外縁基地は何をやっとるんだ…!」
参謀は焦りのままにどうしようもない相手へと憤りを向ける。
だが、これの数分後、その星系外縁基地は上へ下への大騒ぎとなっていた。
彗星、つまるところただの隕石と判断したレーダー反応が艦隊であったと判明したのであるから。
通過した時の反応は複数、それも大艦隊等ではある筈が無かったのだ。
しかし、現に訓練中の艦隊から敵影見ゆ、との報告だ。
ほぼ間違いなく、隕石と思われた反応の正体だろう。
「つまり、ステルス機能というわけか」
既に訓練を始め、艦隊を二つに割ってから互いに陣形を組みつつあった所の急報である。
参謀らも軽いパニックとなっていたが、ヴォスルー少将は幾らか冷静なようであった。
外縁基地からの言い訳を修飾した急ごしらえの報告を受け取ると、そう呟いてから、数秒の思考を置き、メッセンジャーに命じた。
「まずルイス・プラネットに報告。ステルス機能の存在もな」
そう、これまで格下との戦闘ばかりであった起源国軍はステルス技術を真面目には研究して来なかったのである。
統一戦争直前まではある程度研究されていたものの、優先順位は低く、統一後は更に無用の長物として端へ追いやられていた。
銀河連盟の登場によって研究は再び加速したが、未だ実戦配備とは至っていない。
しかし、無理を押してでも配備を急がねばならなくなったことは此度の事で明らかである。
故にヴォスルー少将は直ちにそれをルイス・プラネットへ報告させたのだ。
「それと、陣形は変えるが艦隊は割ったままで行こう。敵を挟むのだ。
副司令の訓練艦隊は直ちに臨時艦隊として星域から急速離脱。付近の小惑星帯へ身を隠せ。
敵もレーダー能力から考えてまだ此方の正確な数まで把握は出来ていないはずだ」
「まず、我々が寡兵でもって敵を迎え撃ち 、油断させる。
そこを臨時艦隊が急襲し、半包囲を取ることで効果的に殲滅する」
ヴォスルー少将の指示に従い、艦隊は二手に分かれる。
そうしてヴォスルー少将は混乱する参謀らを他所に指示を飛ばしていく。
慌てる兵らへ落ち着くよう放送で檄を飛ばし、艦隊の秩序回復もなし得つつあった。
偶々このタイミングで"宿題"の提出に訪れていた祐輔は、暫く存在すら無視されることとなったが、しかし、本物の指揮、というモノを垣間見てもいた。
余り気に入る相手ではないが、しかし、その能力は祐輔自身、認めざるを得ないところがある、と内心では思っていた。
「こんなところか…。と」
一区切りついたヴォスルーは視界の端に祐輔を捉えると、また笑顔の仮面を取り付けて、祐輔に注意を向けた。
「悪いね。持たせてしまった」
「いえいえ!むしろ申し訳ありません。このようなタイミングになってしまって」
「悪いのは敵さ。…しかし、宿題どころではなくなったな。まあ良いさ。書類だけ受け取っとこう。使い方は連中が考えることだろうしな」
祐輔から書類を受け取ると、デスクにそれを放り投げてからヴォスルーはわざとらしく親しげな調子で続ける。
「まあ、君もここにいると良い。実際の戦闘を見れる機会なんてそうそうないぞ。
いや、もしかすると二度と無いかもな。
ここで連中を撃滅すれば、それで終いだ」
「はは…」
愛想笑いをする祐輔。
ヴォスルーは不快そうな表情すらも見せず、ただ無感情に仮面を落とし、祐輔からは顔の見えない位置へと戻り、声だけは尚も親しげに言うのだった。
「まあ、見ていなさい。"鎮圧"でも"蹂躙"でもない"戦争"というモノをね」
そして──。
銀河連盟艦隊
「敵の数が少ない?」
「はっ。どうも待ち伏せというには数が少なそうです」
「…つまり、遭遇戦、ということか」
遭遇戦、とは言っても広大な星系の点と点である。
レーダーの効果範囲故に両者は互いの存在を感知するに至ったが、それさえなければ気付きようもない距離感だ。
レーダーこそ敵の存在を知らせているが、双方共に肉眼で確認は出来ていない。
とは言っても、基之らが星系へ侵入したタイミングで星系内を飛び回る艦隊のいた事は偶然としては天文学的な確率であるのも事実。
つまり、基之としては偶然の産物ではない可能性を考えるのも自然であったと言える。
「罠の可能性がある。全員警戒を怠るな。それと、単座戦闘機を出せ。偵察だ」
「はっ」
基之はそして、これが敵の罠であった場合のことに思考を巡らせ始める。
「……もしや…?」
一つの可能性。
それは推測に予想を重ねたモノであり、確たる根拠はない。
だがしかし、充分考慮に値する可能性でもあった。
「小惑星帯へ向かえ」
「戦いにくい地形、いえ、宙形と言うべきでしょうか…ともかく戦闘に不向きではありますが」
「だからこそ、だ。敵はもしかすると奇襲を狙っているのかもしれん」
「…巡回中か何かで戦力が少ないだけではないでしょうか」
オペレーターを纏める操舵長の反論に、基之は否定ではなく留保付きの肯定を返す。
「そうかもな」
だが、と留保が続く。
「そうでなかったら?これが罠であるなら敵の作戦を挫けるやも知れない。
思い過ごしでも少々戦いにくくはなるが、敵も同じ。リスクが過大に膨らむということはない」
「…なるほど。分かりました。第六惑星"ノートン"軌道近傍の小惑星帯へ向かいます」
基之の危惧は当てが外れていたと言えるだろう。
実際の所、起源国側は巡回中ではなく訓練だが、偶然宙域にて戦闘態勢を取っていたに過ぎない。
だが、そこから導き出した推論は図らずも真実に近い所へと至っていた。
訓練の為に艦隊を割っていた状況を利用し二手に別れ、本隊が戦闘中となっているところを最高速度で以て奇襲。
銀河連盟艦隊を壊滅させる。
それを起源国は狙っていたのだから。
結果として、ヴォスルーの作戦は想定から大きく外れることとなる。
だが、彼の思考もまた、必ずしも基之に上回られたと言い切れないだろう。
小惑星帯は無防備な隠れんぼの為の物陰ではない。
銀河連盟艦隊にとっては知る由もない猛獣が潜む宙域となっているのだから。
かくして、互いの推測や思惑からは外れつつも、互いの狙いはある程度達成されるだろう状況下で、第十二星系における艦隊決戦が行われようとしていた。
「小惑星帯到達。索敵部隊も出ました」
「良し。では、慎重に──」
警報。
けたたましく鳴り響くそれは、基之のみならず、艦隊にいる誰もの想定を外れていた。
「何だ?!」
バッと首を振り、メインモニターを見る基之。
彼の視界に、モニターは未登録の艦、つまり、敵の艦の存在を報せた。
「なっ!まさか、読まれていたのか!?」
混乱。困惑。
基之は自らの思考が完全に看破されてしまっていたのか、と危惧せざるを得なかった。
そしてそれは、途方もない恐怖を覚えさせる。
背筋を寒くさせつつも、どうにか彼は更なる情報を求める為に、表面上の冷静は維持していた。
「偵察部隊が敵のそれと接敵!そのまま戦闘状態に入りました!」
「敵艦隊、既に射程圏内!!小惑星に隠れていたものと思われます!」
つまり、敵も同じということ。
基之は殆ど反射で叫んでいた。
「撃て!一瞬でも早く!」
命令を感知したAIがまず初撃のレーザーを放つ。
続いて、人力も用いた照準合わせによる砲撃と、人にのみ操作が許可されているミサイル等の兵器群が飛び立っていく。
敵も数テンポ遅れて初撃を繰り出し、同じくミサイルが飛び出してくる。
両者にとって完全に不意を突かれたその戦闘は、戦術も戦略もあったものではないアドリブが主役となる舞台として始まった。
「敵艦隊、先程感知したモノよりも少ないです!」
混乱の中にあっても適切に得た情報の報告をするオペレーターに、基之は訓練の成果を感じるが、即座にその感心は消え去る。
続いて安堵。自らの思考が看破されていたわけでらないようだ、と。
そして、次なる思考。これまでに判明した事実を踏まえた作戦だ。
「敵は二手に別れている?」
「何でだろ…私達を探していた?」
「それは偵察にやらせれば充分。わざわざ戦力を分散する意味もない」
「だよね。とすると、挟み撃ちでも狙ってるのかな?」
明子の言に、基之は可能性を手繰り寄せる。
「そうか。こっちはその為の艦隊か!」
「…どういうこと?」
過程をすっ飛ばした基之の結論の意味が分からず、明子はそう問う。
「俺達がルイス・プラネットへ早々に近寄ると起源国軍は判断して、そっちに本隊を置いた。
そんで、こっちに伏兵を仕込んでおいて、俺達がルイス・プラネット側の艦隊と戦闘を始めたところを奇襲する。
それを狙ってたんじゃないか?ってことだ」
「根拠は?」
「無い。勘だ。だから逆の可能性もある。向こうが伏兵ってパターン」
「その場合、今って不味くない?」
至極真っ当な指摘。
基之もそうなんだ。と頷いた。
「正直ヤバい。でもやっぱりこっちが伏兵だよ。俺達の戦力はある程度割れてる筈だけど、少なすぎる」
そう、不意の接敵であったにも関わらず基之達は現状把握の為とは言え、お喋りに興じられる程度には余裕がある。
それはつまるところ、敵が自軍よりも弱体であることを端的に示す事実だ。
「だからこのまま速攻で押し切って、正面から──」
はた、と基之は言葉を止める。
「どしたの?」
「いや、確か星図によればここって──」
同刻。
─起源国駐留第一艦隊艦隊総旗艦"ソウル"メインブリッジ─
「まさか向こうに現れるとは!全隊全速前進!!速くせねば数の差で押し切られてしまう!」
だが今ならまだ奇襲が可能。
そこまで考えたところで、ヴォスルーはいや、と自らの考えを否定する。
不自然な戦力分散。
レーダーが意味を成さない宙域に小戦力を潜ませていること。
二手に別れていることにも容易にたどり着き得る。
これらを勘案すると──。
「気付いている?」
聞こえるか聞こえないか、耳の良いモノが神経を研ぎ澄ましていなければ聞き取れなかっただろう呟き。
張り詰めていたヴォスルーの耳には偶然届いていた。
「何だ?青木祐輔大尉」
「あ、い、いえ!大変失礼致しました!」
「…いや、良い。恐らく私も同じ考えだ。言ってみろ」
「も…敵は我々の奇襲作戦に気付いているかも知れない、と」
「ふむ。理由は?」
身体をガチガチに、恐怖からか緊張からか、これ以上ない程に硬く固めている祐輔であったが、凡そ、ヴォスルーの考えたのと同じ理由を語った。
「うん。同意見だ。君は士官教育を受けていたのだったか?」
「あ、いえ…はい。即席のモノだけは…」
「ほう…?」
ヴォスルーは先程までの仮面によって演じられる表情が、ではなく、彼の素顔が青木祐輔への興味を抱いていた。
即席のモノ。確か名誉には形式的な座学のみだと聞いている。
とすると──。
「何か思い付いた事があればまた話しなさい。参考にする」
天性のものか?
ヴォスルーはこの猫の手も借りたい状況も手伝って思い切った許可を祐輔へ与えるのだった。
だが、当の祐輔は目を白黒とさせていた。
突然の高評価に、ではない。
彼に、ヴォスルーに話していない判断材料があった故に、だ。
対手が基之である事は確実である。
無論、ヴォスルーのと同じ推測もある程度は根拠となっていたが、最も大きな比重を占めていたのは、基之なら、という彼の思考を予想したに過ぎなかったのだ。
基之はそういう"もしも"であったり、"この場面での最悪の可能性"をよく、いじめっ子に対する報復を考える時に口にしていたな、という記憶からであった。
勿論、そんなことを口走ろうものなら、彼は革張りのソファから固く、冷たい鉄格子を望む椅子に括り付けられることになるだろう。
それがバレる訳には行かないが、今はともかく次に何かあった時、上手い言い訳を出せる自信がなく、それ故に、どうしたものかと、焦りによって混乱する脳ミソをフル回転させる羽目となったのであった。