代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
「敵旗艦と思わしき艦に着弾!」
小惑星帯での戦闘は現状、銀河連盟優位に進んでいた。
基之としては、これくらいは当然だとの想いがある。
数で優位に立つ戦いにすら苦戦していては、勝利など夢のまた夢だ。
「よっしゃー!このまま突っ切って本隊と対決だ!」
相変わらず能天気な調子の坂堂に苦笑しつつも、否定はしない。
余りに粗雑ではあるが、結局の所目指すのは彼の言う通りなのだから。
「…?いや、坂堂さん。持ち場は?」
「休憩だよ休憩!持ち場ったって今は戦闘中だぜ?行政書記官補佐のやることなんてねえよ。
第一、俺に仕事殆ど回ってこねえし」
「だから第七砲塔室の連絡係にもしたじゃないですか」
「通信機の真ん前で座ってるだけだもんよ〜。俺がいなくてもアイツらだけでも連絡出来るよ」
「全く…危ないですから座っててくださいね」
実際、彼は職務において有能であるとは言い難い。
それ故、大した内容の職務は与えないようにしているのだが、当然、そうなれば暇になる。
その為、彼は艦内の方々をウロウロし始める。
しかし、結果として彼は持ち前の人当たりの良さもあり、艦の殆どの人間と顔見知りとなっていた。
そのコミュニケーション能力。或いは人脈を形成する能力にこそ、基之は目を付けていた。
それはそれとして余りの自由っぷりに頭を抱えることも多いのであるが。
「…とにかく、問題は敵の本隊だ。恐らく、目の前の敵を壊滅させきるよりは早く連中が到着するだろうな」
「貴方の考えた策が嵌ると良いけどね」
「これこそ、祈るしかない」
「神に?」
「敵の作戦能力に、かな」
「神よりも曖昧ね」
基之は苦笑しつつ、そうだな。と肯定する。
「しかし、これが一番被害が少なくなる筈だ」
そんなことを言っていると、偵察として出ていた単座戦闘機が通信圏内へ戻ってきたようで、それからの報告が基之へと伝えられる。
「敵本隊と思わしき艦隊が接近中!それと…」
報告をするオペレーターは若干身体を震わせている。
恐怖か、武者震いか。
何方であろうとどうでも良いことである。
彼に求められているのは如何なる状況においても正確に報告を述べることだけである。
無論、ディスプレイに文字を表示させるだけでも良いだろう。
だが、常に思考し続けねばならない戦場において、指揮官に文字を追わせるという事は、より多くの並列処理を要求するという事だ。
故に、音として最初に脳に叩き込む必要があるのだ。
「それと、何だ?」
「別の…反対方向から小規模な艦隊が接近中とのこと!数は4隻!分艦隊規模とのこと!」
「!…やはり観測基地からの増援か」
星図を見た時に基之は直感的に感じ取っていた。
近隣にある観測基地。そこには大規模でなくとも多少の兵力が駐屯している筈だ。
僅かでも兵力が必要な状況下である現在において、その出撃を躊躇う理由もないだろう、と。
その予測が現実のモノとなった。
「か、数は多くはありませんが、背後を突かれかねません」
「ああ。恐らくこれが狙いだったのだろうな。敵は」
オペレーター達に動揺の色が走る。
しかし、基之は全く動じていない。
「落ち着け。既に手は打ってある。だがまずは、この不利を暫く耐えねばならない」
基之は素早く命を下す。
「陣形を方陣に変更!防御を固めるぞ!」
艦隊は、既に大部分の戦力を喪失した、小惑星帯に潜んでいた起源国艦隊を放置し、素早く陣形を変化させていく。
24隻からなる3個艦隊として組織された新たな銀河連盟艦隊は、その全てが船頭を外に向け、互いに背中を預けるようにして立体的な方体を形成した。
そして、起源国軍の2個艦隊が到着する。
一つは、ルイス・プラネット星域から急行してきた本隊。
もう一つは、付近の観測基地から緊急発進した1個分艦隊。
二つの艦隊は真反対と言える位置から銀河連盟艦隊を挟撃する。
──。
起源国軍第十二星系駐留第一艦隊旗艦"ソウル"
「くっくっ。素晴らしいな。我々は運が良い。軌道上、観測基地が近傍に来るタイミングで良かった」
僅か4隻とは言え、艦隊の半分近くが壊滅させられた以上、貴重な増援である。
その上、ヴォスルーの艦隊と合わせて銀河連盟を挟撃することに成功したのだ。
規模はともかくとして、当初の想定通りの状況へ敵を追い込んだ、というわけだ。
しかも、銀河連盟艦隊は慎重さ故か混乱からか、固まって防御形態を取る、という時間稼ぎにうってつけの選択を取った。
これにより、ヴォスルーは銀河連盟艦隊が逃亡しない程度に攻撃を続ける必要はあるが、更なる増援、ルイス・プラネットや星系の第二艦隊や他惑星の小艦隊等が来るのを待つのみとなった。
少なくとも、彼はそう判断した。
「しかし、念には念を入れるべきかな」
少ない戦力ながらも、2倍という差ではない。
増援の4隻を組み込み、攻勢へ出んとヴォスルーは画策する。
「挟撃によって敵を防御陣に追い込めた。即座の陣形変更はできないだろう。ならば戦力を集中させ、1点突破だ」
防御形態をとっていない以上、起源国艦隊の方が迅速な行動も可能となる。
戦力を集中させ、銀河連盟艦隊が起源国軍の動きに対応しようとする隙を利用して方陣の一角を破壊することをヴォスルーは考えたのだ。
「……」
祐輔はしかし、何かひっかかりを覚えていた。
何かを見逃している…?いや、違う。そういう明確な奴じゃない。でも…基之が…?
基之は無難な守りに入るタイプではない。
それは、祐輔のよく知る基之である。
そして、眼前で広がる基之の艦隊は真逆の無難さ。
「何か…あるのか…?」
「どうした」
ヴォスルーに問われたものの、しかし何ら根拠はないに等しい想像を口にすることも憚られ、「いえ、すみません」と口を噤む。
何か、根拠。
根拠は…。
「少将!後少しで陣形は組み終わります」
「よし。完了後直ちに突撃する。…ん?」
ははっ。とモニターに拡大されている銀河連盟艦隊と、それを二次元図で表示しているポインターを見てからヴォスルーは嘲笑を浮かべた。
「今更陣形を変更しようとしているぞ。…此方の意図に気付いたようだがもう遅い。
防御陣形は一定位置に留まるが故に、全方向にエンジンを噴射することになる。つまり、加速にも時間を要する」
くくくっとヴォスルーは勝利を確信しているようで、朗々と語る。
「ただでさえ次の一手が遅れる陣形で、判断も遅い!連中の知略も流石に突発的なこの状況下では冴えなかったようだな!」
過信。
そう取られてもおかしくはない言動だ。
しかし、彼のこの言葉には根拠がある。
まだ数は少ないが、銀河連盟側の宇宙戦はこれまで、彼等のホーム、つまり入念な準備が可能な環境下での奇策が勝利に貢献している。
リオ・グランデにおいては何方かと言えば起源国側の失策である。
つまり、全く未知の環境で、ろくな準備も出来ない今、この現況は銀河連盟にとって未知だ。
そして、現に彼の眼前で、銀河連盟は小さく縮こまっていたかと思えば、大慌てでヴォスルー艦隊の攻撃陣形に対抗しようとしている。
故に、ヴォスルーは彼等の知略をホームでの奇策頼りと喝破した、つもりになっていたのである。
「……」
祐輔は迷っていた。無根拠の、しかし、確信している事を話すべきか否か。
信じて貰える訳もない。悪くすればここから追い出されるだけに終わるだろう。
だが、やれることはやるべきではないか、との想いも拭えずにいた。
帰らなくてはならないから。
約束をしたから。勝たなければならない。
だから──。
僅かに時を遡り、その日の早朝。
宇宙港にて樱花は祐輔の見送りに立っていた。
「…祐輔さん」
「どした?」
「その…」
樱花は迷ってしまう。
何と口にするべきかを。
「死なないで」は、形式としては訓練に出るだけの祐輔に対して不適切だろう。
無論、両者が理解していることではある。
平等派の艦長の艦とは言え、乗組員全てが立場を一にしているはずも無い。
航海中の"事故"に合う可能性は否定しきれないだろう。
だが、それを口にするわけには行かない。
ならば、「頑張って」。
これも不適当だろう。祐輔にこれ以上起源国の為に力を尽くせ等とは言える訳もなかった。
「すみません」
迷った末に彼女は、祐輔を柔らかく抱き締めることにした。
「!…」
祐輔も、樱花の意図はある程度理解しているつもりであった。
だからこそ、黙って腕を回す。
「…樱花。折角だから言っておきたいことがあったんだ」
そうして、数秒の後、祐輔はそう切り出した。
「何ですか?」
「その…二人きりの時は、言葉遣い、もっとくだけた感じにして欲しいんだ」
「……。ええと」
照れくさそうに笑ってから、樱花はコクリ、と頷いた。
「
祐輔は可笑しそうに吹き出し、樱花がそれに少しムッとした様子を見せる。
「貴方が言ったんじゃない!」
「あはは。ごめんごめん!」
ひとしきり笑った後、息を吸って祐輔は、今度は名残り惜しそうな笑みを浮かべながら、くるり、と彼女に背を向ける。
「それじゃあ、また」
「…祐輔さん」
「なんだい?」
「帰り、待ってるから」
「うん。ありがとう」
祐輔は、そう、約束をした。
樱花に、帰るのだと。
待っている、に答えたのだ。
ならば必ず、戻らねばならない。
だから──。
祐輔は決意した。
それでも、言っておくべきだ、と。
自分にでき得るだけのことをしなくては、と。
「ヴォスルー閣下」
「…何だ」
勝利の確信による高揚。
これに水を差されたことで明らかに不快そうな顔付きでヴォスルーは祐輔に視線を向けた。
「敵は、伏兵を用意しているのではないでしょうか」
「伏兵?連中の戦力はさほど多くはない。第一、我々が来るまでに戦力の分散をしていたとして、レーダーに写らないなんてことはない」
「しかし、ここは小惑星帯ですし…敵がステルスを持っている可能性を指摘されたのは閣下です」
「……」
ヴォスルーは明確に不快感をその面に貼り付けていたが、しかし、自らの発言、発見を忘れたわけでもない。
冷や水を浴びせられる格好となったが、祐輔の言葉にも一理あることは理解したようであった。
「偵察を出せ。もし伏兵がいるなら直ぐに見つかる筈だ」
ヴォスルーはそう命を下したが、彼が高揚から覚めるのも、祐輔が決意をするのも、少し遅かった。
「新たな艦影!…1個分艦隊〜2個分艦隊規模!急速接近してきます!」
オペレーターが叫ぶのが、ヴォスルーの命を伝達するよりも早かったのだ。
「なっ!まさか本当に…!」
だが、と頭を振ってから頬を叩き、ヴォスルーは冷静さを失わぬよう努める。
「数は少ない。単座戦闘機を出して時間を稼げ!我々は予定通り敵本陣へ突っ込み、そのまま反対側へ抜けてからUターンをする!」
そうすれば正面戦力で勝ったまま伏兵と本陣を同時に相手取れる筈だ。
ヴォスルーはニヤリ、と冷や汗を浮かべながらも不敵に笑った。
これで奴等の策は破れる、と。
いや、違う。基之にしては分かり易すぎる。
あいつは不利な状況ではいつもそうだった。
何処か一箇所がズレたら終わりで、でも、成功すれば凄まじい絵を浮かび上がらせるドミノのような作戦を立ててた。
いじめっ子への報復でも、ゲームでも。
祐輔はしかし、経験からまだ終わりではないと感知してしまっていた。
「閣下!」
寒気を覚えながらも、とにかく、と口を開く。
「今度は何だ!貴様にそこまでの発言を許したつもりは無いぞ!」
不快どころか怒りを隠すこともせず、ヴォスルーは怒鳴った。
そう、彼が祐輔に目をかけたのは、自らの意見を補強してくれる存在として、であった。
自らの勝利の確信を幾度も乱す存在として、ではない。
彼は平等派ではある。
しかし、人種的平等を信じている類の平等派ではない。
経済合理性の観点からに過ぎない平等派の一派であり、祐輔への態度にもそれが現れていたと言えるだろう。
自らに都合の良い便利な人材、としての祐輔。
しかし、そうではなかった。
自らの勝利にケチを付ける存在だった。
ヴォスルーは既に、祐輔に対する興味を失っていた。
祐輔も、それは感じていた。
だが、諦めるわけにも行かない。
「閣下、お聞きください!」
「くどい!もう充分だ!我々は勝利する!貴様は部屋へ戻れ!任務は終わりだ!」
つまみ出されるようにして追い出された祐輔は、無情に扉の閉まるのを見て、最早どうにもならぬと見張りに追い立てられながら艦橋から去る。
「ああ、もう遅いか…」
けたたましい警報が鳴り響く。
祐輔は、それが何故鳴っているのか、分かっていた。
艦内通路を歩き、宇宙服が保管されている装備室へ向かう途上にある窓─正確には艦外は装甲などの影響で直接は見れない為、その場から見えるだろう位置を映すスクリーン─を見やった。
「だろうな」
方陣から陣形を変えつつある銀河連盟艦隊本陣。
それと相対する祐輔らの艦隊。
その後背を襲った伏兵。
そして──。
陣形の変更。伏兵の襲撃の二段構えによって、マンパワーに頼る所の大きい起源国艦隊の処理能力をパンクさせ、陣形変更の影でひっそりと近辺の小惑星に素早く身を潜めた、更なる別働隊。
それが、後方と前方を挟まれた起源国艦隊の左舷を、狙っていた。
別働隊と言っても、僅か2隻。
本来なら大した意味はなかったただろう。
しかし、既に挟撃に遭っている起源国艦隊にとっては、致命になりうる存在であった。
即座の対応は単座戦闘機が後方の伏兵に対応し、その他の火力は本陣突破の為に正面に向いており、不可能。
故に、左舷の2隻に、起源国艦隊は無防備な横腹を晒すこととなったのだ。
しかも、悪いことに旗艦は先頭に立つ、という定石に則り、"ソウル"は艦隊の先鋒を務めていたが、それを見越した座標に、2隻は飛んできていたのだ。
「だよな。旗艦が先頭にいるのは、同じだもんな」
祐輔は自分でも正体の分からぬ笑いがこみ上げ、くつくつと口だけで笑った。
そして突然、少し前の、自らを思い出していた。
そう、第十二星系へ移動したばかりの頃。
恐らく、樱花とも余り会えていないタイミングで、かなり精神的に荒んでいた時期。
その時に自らを振り返り、思い至った思考。
今は、樱花との約束により、思い起こされることなど、無かったはずの、思考。
それが、記憶の濁流となって、現れていた。
プロパガンダ任務に囲まれた日々の中、官舎で寝転び、自らの未来を、過去を、罪を想い、浮かんだ言葉。
「基之。いつかお前が──」
船体が地震でも起きたかのように激しく揺れる。
祐輔の身体は浮く、というよりも飛んでいた。
「俺を──」
次の瞬間、彼の視界は、真っ白に染まっていた。
──殺してくれ。